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*76* ロックな人だった

 なんとか【契約】が終わると、しばらくしないうちに俺たちはリーゼル様へ報告へ向かった。

またあの大きなテーブル越しに対話が始まると、俺は結果的にどうなったかを包み隠さず話した。


 無事に【契約】が終わったこと。別の世界の人間ともできてしまったこと。

 それからサンディの喋り方がはっきりとするようになったことや、レフレクの声が聞こえるようになったこと……あとはPDAの【称号】を手に入れたことについても正直に伝えた。

 何が起きたのかを事細かにリーゼル様へと説明すると、


「……なるほど。して、三人で楽しめたか? くひひ♪」


 俺の言ったことをよくかみ砕いてからの第一声がその言葉だった。

 ちょっとひどすぎる。


「……せっかく話しておいてそういう話は酷くないか、リーゼル様」

「なんじゃ、何もしとらんのか。まあよい……これで異世界から来たぬしやそこの乳の化け物でもできることが分かったしの。やはり【契約】はヒロインに特別な力をもたらすようじゃが……」

「しょうごーって何スかー? うちらにはないステータスをお持ちみたいッスねー、イチさまぁ……アヒヒ♪」

「あっちの世界(ゲーム)のステータスみたいなもんだよ。手に入れると色々な効果が貰えるんだけど……さっき【契約】が完了したら増えてたんだ」


 俺はリーゼル様の背後で興味津々な様子のデュラハンメイドへPDAを見せた。

 ついでに、肩に乗っているレフレクが画面を覗いてきた。


「へー……別のゲームのステータスをお持ちなんスねー。その称号ってどんな効果があるんスか?」

「色々だ。走りやすくなったり、重い荷物を持てるようになったり、投げナイフを正確に投げれるようになったり……一つ手に入れると割と実感できる程度に効果はあると思う」

「いいなぁー、ウチも欲しいッス……フヒ」


 ステータス画面には称号の項目が表示されていて、【特殊な称号】とやらが増えているようだった。

 それも一つだけ増えたわけじゃない。

 【慈悲の一突き】【EyeSeeYou!】【NYOA!】と、覚えのない称号が三つも入手済み称号リストに並んでいる。


 最初に【慈悲の一突き】という称号を指でつつくと。


『あなたは短剣の精霊から学びました、慈悲を込めた一撃こそが強いものであると! あなたはナイフを使う際、相手に致命的な一撃をお見舞いすることができますよ』


 まるでミコのことを示すような文章が書かれていて、画面に細長い短剣のようなイラストが表示されていた。

 文面だけ見ると結構強力そうに見える。

 次に【EyeSeeYou!】と書かれてる称号を調べてみれば。


『優秀な狙撃手からのアドバイスは実にシンプル、それは良く見ることでした! 全ての火器を使う際、あなたはより正確に狙いを定めることができます!もっともあなたの相棒は500メートル離れた犬の背中のノミでも軽々と撃ち落とせそうですが……』


 小銃(ライフル)のようなマークと一緒に、いつもの調子で書かれた説明文があった。

 ここに書かれているのは多分、サンディのことだと思う。

 これもこうして見ると中々の効果がありそうだけども、それでも相棒の腕にはかなわないってことか。

 最後に【NYOA!】……ニョア?と書かれた称号を指でなぞると、文章に太陽みたいなアイコンが添えられていて。


『妖精さんかわいい!っょぃ! 妖精は幸福で、無害な種族であることを世に知らしめてやりましょう! 物色中、たまーにいいものを見つけられるでしょう』


 いつもよりふざけ成分増量中とばかりのメッセージが書かれていた。

 一番効果が実感しづらさそうだけど、これは間違いなくレフレクのことだ。

 つまりこの特殊な称号は……【契約】した三人分による恩恵、なんだろうか?


「ミコ、サンディ、レフレク、ちょうど三人分【称号】が増えてる。多分、契約の影響だと思う」

「……つまりなんじゃ、ヒロインと契約したらぬしも強くなったと? どうなっとるんじゃそれ」

「俺たちプレイヤーにもなんかこう、効果があるんじゃないのか?」

「今まで何度か試させたことはある、じゃがそのような話は聞いとらんわ。契約でヒロインに変化がある、というのは間違いないが……ぬしらのような人間にも影響があるとは初耳じゃのう」

「おいおい、また俺だけ例外的なパターンか?」

「くひひ、そうでなくてはぬしを呼ぶ理由などないからの」


 つまり、どうやら俺は相当にイレギュラーな存在として成り立ってるわけだ。

 違う世界(ゲーム)のステータスが合体したような状態になってるんだからこんな異常はまだまだあると思う。


 きっとこのギザ歯の魔女はそんな俺の中にある潜在的な何かがお目当てなんだろう。

 いってみれば、俺なんか人間じゃなくて鍵のかかった宝箱か何かに見えているのかもしれない。

 ……問題は開けられたその時に、この意地の悪い魔女の気に入るようなものがちゃんと詰まってるかどうかだ。


「……おい、ムツキよ。おぬしらはどうなんじゃ?」


 するとリーゼル様がムツキたちへと声をかけた。

 友人と刀の精霊は前より少し席が離れていて、二人とも照れくさそうにしている。

 この二人もキスしたと考えると、一体どんな様子でやったのかちょっと気になる。

 ……いや、ぬるぬるで背中空き水着はやっぱりないわ。


「あっ……僕ですか? 契約したけど特に何も変わってないです」

「ふむ。ではムネよ、何か変わったところは?」

「えっと、あります。身体が軽くなったっていうか……いつもより調子がいいかなって!」

「そうか。やはりヒロインにだけ特別な効果があるということじゃな」


 自信のなさそうな調子のムツキの様子とは裏腹に、ムネは少しご機嫌で声も元気だ。


「……で、ぬしが手籠めにした三人はどうなんじゃ?」

「手籠めとかいうな」

「裸にひん剥いて四人でベッドの上で楽しんでおったくせに何をいっとるんじゃ? くひひ……♥」

「やめて! ベタだけどすごい誤解されるからそういう言い方! つーか待て何で知ってるんだ!?」

「ちっちゃい子に負けてたッスねえ、アヒヒ……♪」


 畜生、なんでバレてるんだ。

 しかもムツキとムネが信じられないといった様子でドン引きしてる。


「ミコはなんだかすっごく元気です! みなぎってきてます!」

「……私は、なんだか()えてるみたい」

「レフレクはマスターさんたちと喋れます!」

「……ふむ。効果があるのは分かったが、そこの乳のデカイ人間もできるとはのう。もしや人同士でも【契約】ができるのか……?」

「……私がどうかしたの?」


 ……確かにサンディは人間だ。胸は異様にデカいけども。

 だけどプレイヤーじゃないのは確かだし、ゲーム的に言えばNPC相手にも契約ができるってことなんだろうか?


「まあよい、ぬしらのお陰でこうして期待以上の成果が得られた。今日のところはもう帰ってよいぞ、というか話すことなくなったしさっさと帰れ」


 一通り話を聞いたリーゼル様が椅子から降りて、そっけない様子で部屋から出て行き始めた。

 やることはやったしさっさと解散、ということか。

 背の小さな恐るべき魔女がてくてく部屋の出口まで向かっていくと、


「……ああそうじゃ、イチよ。儂がぬしを雇うからには金子(きんす)を渡しておくぞ。支度(したく)にでも使うとよい」


 最後にくるっと振り向いて、そう言い残して部屋から出て行ってしまった。

 そして部屋の中には微妙な雰囲気に取り残された俺たちと……あとデュラハンメイドしかいない。

 俺は何も言わずムツキの方を向いた。

 そうするとげっそりと疲れた様子の友人がこっちの顔に気づいてくれた。


「……なあムツキ、ほんとにロックな人だな」

「……でしょう?」


 あんな人のために今日から働かないといけないと考えると先が思いやられる。

 俺はあのギザ歯の魔女が『新しいオモチャを手に入れたぞ』みたいな顔をしていたのを、二度と忘れらぬまま生きていくんだと思う。


「あんなにご機嫌なリーゼル様見たの始めてッスよ。ずいぶん気に入られてますねえ、イチさまぁ……アヒヒヒ♥」


 そんなことを考えているのにも関わらず、リーケがニタァっと笑ってきた。

 不健康に見える顔色がこの時ばかりはもっとひどく見えたのは言うまでもない。


「……あれが?」

「いつもだったら『そうか分かったじゃあとっとと帰れ』で終わってますよー。ひどい人ッスよねえ……フヒ」

「ミコに対するご主人さまばりにドライっすねえ、フヒ……」

「誰っすかー? またウチの真似してるのはー……アヒヒ♥」


 不健康メイドの物まねをしてるミコは置いといて、気に入られてるならまあ別にいいだろうと思った。

 少なくともああいう意地の悪い人間に嫌われるよりは幾分かマシだ。


「でもでも、レフレクはわるい人じゃないと思いますよー?」


 誠実さが足りてないようなメイドを目の前にしていると、肩のあたりからふにゃっとした声が届いてきた。

 レフレクだ。喋れるようになってから雰囲気(ふんいき)が変わったような気がする。

 でも多分この子は人を疑うことを知らないタイプだ。

 願わくば、この妖精がまたあんな目にあわないでほしい。


「……レフレクちゃんが喋ってる……」


 そんな様子を見てたのか、ムネが向こうで驚いてる。


「はいっ、これでみなさんとおしゃべりできますね!」

「ふふっ、もっとにぎやかになっちゃうね。そういえばどうして今までお話できなかったんだろう?」

「あ~……それはアレっすよー、ムネさん。この世界に元々いた妖精さんは喋れるんスけど、うちらみたいな『元』ヒロインの妖精だとなーんか喋れないんスよねえ……フヒ」

「そうなんだ……妖精さんって大変なんだね……」


 ……なるほど、つまりこの世界に来てしまったヒロインの妖精だと喋れないってことか。


 しかし、果たして初日から族だとかデーモンだとか呼ばれた男とこんな可愛い妖精の組み合わせは他人にはどう見えるか心配だ。

 いつかこいつと街を歩いてるだけで『妖精さらい』だとかいうわれるんじゃないんだろうか。

 肩に乗せてるだけでストックホルム症候群と思われないことを祈ろう。


「……まあ、これで用は済んだわけだ。さっさと帰るぞお前ら」

「はーい。あっ、ご主人さま! 帰り際に食材とか買いに行きましょう!」

「買い物か? 別にいいけど……」

「ふふふ……米とお味噌汁、食べたくないですか?」

「よし聞いたなお前ら! 帰るついでに買いものだ! 異論は認めないからな!」


 良いことを聞いてしまった。まさか、まさかこの世界に日本食がちゃんとあったなんて……。

 そういえばこのゲームはやたらと料理が和洋中問わず沢山あった気がした。

 でかした運営、これで俺は一つ救われたぞ。


「ほらいくぞレフレク。落ちるんじゃないぞ」


 俺は指でレフレクの頬をぷにぷにしてから立ち上がった。


「あははー♥ マスターさんくすぐったいよー」


 妖精が嬉しそうに手に頬ずりしてきた。

 すっかり肩がこの子にとっての特等席になってしまっている。


「あー、もう帰っちゃうんスかー? もっとここにいてもいいんスよー? リーゼル様がなんかいってましたけど……アヒヒ」

「ああ、またなリーケ。案内ありがとな」

「いえいえー……♪ 近々そちらにリーゼル様から指示がくるんで、いつでも動けるように準備しておいてほしいッス」

「分かった、任せてくれ」

「今日は楽しかったッスねえ……♪ ではではー、このデュラハンメイドさんが玄関まで案内するッスよー……フヒ」


 俺は自動小銃を手に取って、リーケを追って部屋を後にした。


 【XP+2000】


 その途中、経験値が入った。

 PDAにあった魔女に会えというサブクエストを終えたからだと思う。

 これでこの世界に来て二つ目のクエストを消化した訳だ。

 さあ、次は何が待ち受けているのやら。



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