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*75* 契約完了の対価

 親しい友人たちに無差別バニーテロしでかすような人間として認識されてしまったのはさておいて。

 怒涛の不運ラッシュが終わったお陰で、逆にスッキリした感じだった。


「さっさと済ませるぞコラ」


 もう早く終わらせちまおうという気持ちで一杯だった。

 もはや雰囲気がああだの服装がどうこうだの文句をつける気力もない。


「ご主人さま、なんで若干キレてるんですか。はっ……まさかニーソじゃなくてタイツじゃないとダメでしたか!?」

「違う、その微妙なこだわりじゃない。ちょっとピュアな心で見れなくなるからバニーさんやめてくれ頼むから」

「――大丈夫。ミコ、ご主人さまのためならバニーの精霊さんにだってなりますから……」

「こんな状況で新しい種族を開拓しないでくれ……」


 とにかく、座った。

 それから、自分のヒロインと向き合った。

 もう完全にこいつと事務的にキスだけしてすべてを終わらせて、世界に平和をもたらしてやるという気持ちしかない。


「……んー♪」


 ……だったはずだったのに。

 一呼吸おいてミコに手を伸ばそうとしたら、ものすごく嬉しそうにこっちを待っていた。

 いつものあの得意げな顔つきはどこへいってしまったんだろう。

 あれだけうるさかった口はきゅっと柔らかく締まって、ひたすら前向きな目はふんわりとカーテンをかけるようにゆるく閉じていて、どれだけ安心してるかを伝えてるようだった。

 リラックスした身体から伸びる柔らかそうな腕はちょうど男が一人が入れるぐらいに開かれていて、凄まじい包容力が作られてるような。


「……あれー? しないんですか……?」


 そんな姿に呆気に取られているというか、見惚れてしまったというか。

 じっとミコを見つめていると、とろけてしまいそうなほど柔らかい声でそう言われてしまった。

 本当にミコの声なんだろうかと思った。

 いや、こいつは本当に俺の知っているヒロインなのかとも思った。

 とても落ち着いていて、聞いてるだけで背筋を撫でまわされるような艶やかな声というのか。


「えっ……あっ……ちょ、ちょっと待ってくれないか……」

「……んふふ♪ ミコは逃げませんから大丈夫ですよー? ご主人さまがしてくれるまでちゃーんと待ってますから……♥」


 複雑な気持ちだった。

 お前ほんとにミコなのかとか、どっからそんな声出るの?とか色々な疑問が一斉に検出されている。

 いつもよく見ている俺の知っているミコではない、別の誰かが目の前にいるのだから。


「……ほんとにキスだけで契約できるのか、これ……?」

「実際にやってみればわかりますよー? んふふ……♪」

「……あ、あと……ち、小さい子相手にキスとかしちゃっていいのかなって……」

「ふふん、元は人工知能なんですから心配ご無用! つまりこの世界ではみんな合法ですっ!」

「何が!?」

「ほらほら、早く契約しちゃいましょ?」


 でもやっぱり……駄目だ。

 ものすごく我儘かもしれないけども、やっぱりこういうシチュエーションでバニーはない。

 雰囲気的にこう、綺麗な儀式みたいな感じなのにどうしてロリバニーと危ない契約するみたいな構図になってるんだ。


「……なあ、ミコ。せめて着替えないか? 俺はバニーと契約したいんじゃなくて短剣の精霊と契約したいんだぞ?」


 俺はきっとこの世で一番情けない発言をしているに違いない。

 でもどういうことだろう、心の奥底から素直にそういうと、


「……むー、めんどくさいい人ですねえ。それじゃあ――」


 あっさりと受け止めてくれたみたいだった。

 ただしミコはほんの少しだけこっちに向けて「ふふっ」と悪だくみをするように微笑んだあと。


「……脱いじゃいますねっ♥」

「…………ん゛ん゛っ!?」


 脱いだ。

 一肌脱ぐとかそういう表現的なものじゃなくて、本当に脱ぎ始めた。

 ミコがその場で頭の上のぴょこぴょこを外して、ぴっちりと吸い付くようなバニースーツを脱いで、


「よいしょっ……。これ、食い込んできて結構キツかったんですー」

「ちょっ……おまっ……」

「あっ、ニーソは残しておきますねー?」


 もちもちした柔らかそうな身体を少しだけくねらせて、スーツをするりと身体から降ろしていって……。


「……はいっ、これで準備完了です♥」


 バニーの抜け殻がぽとりとベッドから落ちた。

 これでバニーさんが一人減った、やったね――――じゃねえよ。


「何脱いでるの!? 着替えろって言ったよな俺!?」

「裸じゃありません、ご覧の通り裸ニーソですからちゃんと着替えてます……フヒ」

「ちがうそういう局地的なことを頼んだんじゃない!もっと常識的に考えてくれよ!?」


 バニーから裸ニーソの精霊になってしまったミコをみるのは色々とまずい。

 視界の中に種族チェンジしてしまったヒロインが映ってしまう前に反対方向に向いたものの、


「……私も、脱ぐ」


 窮屈そうだったサンディもほぼ胸が溢れていたスーツをお構いなしに脱ぎ始めていた。

 待ってくれ相棒、お前も脱がなくていいからやめろ。


「サンディーッ!? 真似しなくていいから! 脱ぐんだったらせめて服着てくれよ!?」

「……はだかにーそ」

「何? バニーの次は裸ニーソがブームなの? オーケー分かったお前ら今すぐやめろォ!」


 こうして大きめのバニーの抜け殻ができた。

 代わりにとんでもない痴女がベッドの上に残されていて、ほぼ全裸でキス待ち中だ。

 こんなにうれしくない全裸待機が他にあるんだろうか。


「……っ♥」


 ……とどめとばかりにレフレクがものすごく恥ずかしそうにバニースーツを脱ぎ始めている。


「レフレクも脱ぐな! やめろ! こういう時に変なチームワーク発揮しなくていいからやめよう!?」


 流石に妖精の子にそんな恰好をしてもらうのはかなりまずい。

 全力で制止の声を浴びせると『着替えてきます』とウィンドウをこっちに見せて、何処かへ飛んで行ってしまった。


「にゅふふ……裸ニーソ包囲網、完成しちゃいましたねっ!」


 ――どうしてこうなった。

 俺は今、裸ニーソの女性二人に囲まれてしまっている。

 ベッドの上にはまだ温かそうなバニーの抜け殻が転がっていて、一向に進まぬ契約の中に取り残されている自分がいるのである。


「これムツキに見られたらどう説明すればいいんだよ……」

「ご主人さま、据え膳という単語はご存知でしょうか? それを喰わぬは男の恥ってもんですよ?」

「……もう好きにしてくれ」

「えっ? 好きにしていいんですね?」


 ひょっとしてこの世界は変態と変人しかいないんじゃないのか。

 そんな不安すらよぎってきて扉の方を見ていると、ミコがこっちに近づいてきた。


「……んふふ♪ じゃあ失礼しまーす……?」


 小さな体を猫みたいに動かして擦りついてきて、かと思えばむにゅっと膝の上に乗ってくる。

 実際、動きも身体もふにゃっと柔らかかった。

 すぐ目の前まで近づいた桃色のさらさらな髪からおいしそうな甘い香りがした。

 ミコが膝の上でまたがり始めて、両手で頭を撫でてきて――対面するように密着してきて。


「――――♥」


 あともう少し顔を近づければぶつかる、というところででミコは「むふっ」と意地悪そうに笑う。


「……お、おい? な、なんだよ?」

「……ねえご主人さま。ミコの口の動きを見ててくれませんか?」

「え? あ、ああ……いいけど」


 それからまず小さな口を開けて、けれども声は出さずに何かを言うようにゆっくり動かした。

 多分、それは「だ」といってるんだと思う。

 次にゆっくりと、口を横に広げて「い」と受け取れるような動きをとった。

 小さいけれど、艶があって綺麗な色の唇がふんわりすぼんで「す」というように形を作った。

 そして最後にとても優しい笑顔を浮かべて、「き」と発言するように口を動かして――――


「……馬鹿。卑怯だぞ、そういうのは」


 ……なんて回りくどいやりかたで伝えてくるんだ、お前は。

 相変わらず意地悪なやつだと思った。

 でも負けた。完璧にまでミコにやられた。


「んふふ、流石ご主人さまですね。ミコのいってることがちゃんと分かるなんて、えらいえらい♥」


 ミコが子供でもあやすように頭を撫でてくる。


「舐めてんのかお前は」

「舐めてませんよー? でも舐めまわしたい気分ではあります、ぺろぺろと」

「…………お前がサキュバスのヒロインじゃなくてすごく安心したよ」

「ミコがサキュバスさんだったら圧倒的女子力で三回ぐらい搾り殺してたかもしれませんね☆」

「殺そうとするなばかやろう」


 調子に乗っているヒロインの背中に手を回して引き寄せてみた。

 案外すんなりとこっちにきてくれて、ミコの顔がぐいっと近づいてくる。

 ぎゅっと抱きしめてみると本当に柔らかくて、身体は信じられないほど温かかった。


「……んー♥」

「……じゃあ、するからな?」


 覚悟はできた。

 身体から力を抜いて、唇を近づけようとすると。


「…………んにゅっ」

「…………んっ!?」


 小さくて暖かい両手が、うっすらと頬に添えられるのを感じる。

 ミコは俺の顔をそっとおさえると、かくっとわずかに首を傾けて迫ってきた。

 ……気づいた時には、ふにゅっとした柔らかい感触が唇一杯に広がってて。


「……んふっ♥ ちゅふっ……♥」

「……ん…………ふっ……」


 お互いの口を塞ぐような深いキス、とでもいうべきなんだろか。

 ミコを抱きしめたままキスをしていると舌先がぬるりと入って来て、その先端同士がちろっと触れた。

 ちょっとだけ、舌の温かさに交じってなんともいえないミコの味がしたような気がする。


「じゅっ……んんっ……んふふっ♪」


 舌先と舌先が何度かぶつかると、更に奥へと温かいそれが口の中へと捻じりこまれてきた。

 絶対に【契約】には必要ないであろう、くちゅくちゅとした音が何倍にも増幅して頭の中にどろっと流れ込んでいく。


「…………あふっ♥」

「……ぁふっ……」


 にゅるっとした感触の舌がこっちの舌を押し退けて、上の歯茎をくすぐってくる。

 目の奥まで突き抜けるような()()()()する感じが走って、力がふにゃっと抜けてしまう。


「……ぷあっ……、ふーっ……♥」


 やっと満足したような声を漏らして、やっとミコの口が引っ込んでいった。

 つーっと細い糸を引きながら唇が離れていく。

 その繋がる先をたどると、気持ちよさそうに顔を緩めてぺろっと舌なめずりをするミコがいた。

 なんていうか……顔が()()()()いた。


「……んふっ♪ ごちそうさまでした、ご主人さま♥」

「…………は、はい」


 こっちからキスをするはずが、もう完全にあっちにおいしく食べられてしまったというのか。

 結果がどうであれ変な気持ちだった、というより、ちょっと気持ちよかった。

 上歯茎をなぞるぬるっとした感触がはっきりと残っていて、余韻が抜けきってないというか。


 【ミセリコルデがあなたのヒロインになりました!】


 と、そこでミコの顔に被さるような形で緑色の文章が視界の中に浮かんだ。

 ……ちょっと待て、本当に契約できてるぞ、これ。


「……マジかよ、契約できてるぞこれ……」

「あっ……ご主人さまっ! 契約完了ですっ! ほんとに契約できてます! なんかミコ、みなぎってきました!」


 ミコも同じタイミングで【契約】が完了したみたいだった。

 俺と同じように突然そういうお知らせが浮かんでくるんだろうか?

 念のためPDAの画面を開いて確認……しようとしたら跨ったままのミコが邪魔で取り出せなかった。


「早速確認してみよう。ミコ、ちょっと降りてくれないか?」


 キスを終えてから乗りっぱなしのミコにどいてくれ、と(うなが)したものの。

 本人は首を傾げて……それから「むふっ」と可愛らしくうっすらと笑って、両足を腰に絡みつけてぴたっと抱き着いてきた。


「……えー、せっかくキスしたのにもうさよならですかー? ちょっとご主人さまそっけなさすぎませんかー?」


 色々とまずい構図になってる。

 あと、ミコの身体がものすごくもちもちしててとても気持ちいい。

 でもだからってこいつらがほぼ全裸だということを忘れたわけじゃない。


「……ミコ、マジで離れてくれ。あの、裸で抱き着くのはまずいと思うんだよ……」

「何も問題はありませんよー? だってちゃんと発情してますから!」

「嫌なこと伝えなくていいからステータス確認させてくれって言ってんだよ変態ヒロイン!」

「むー、わかりました。でもご主人さま超顔真っ赤ですよー、んふふ……♥」

「うるさい」


 そういうとミコは最後にまた顔を近づけてきて……ちゅっと額のあたりにキスしてきた。

 親しみを込めたんだろうけど、それは柔らかくて暖かくて、髪の生え際がむずむずする。

 こうしてファーストキスを奪われた俺は自由になった。

 けれども、まだ背筋がぞくぞくしてキスの余韻に力がふにゃっと抜けてしまっている。


「……またしましょうね?」

「……お願いだから服着て……!」


 ひとまず、はしたない姿の桃色ヒロインからダークグレーのPDAへと視線を移した。

 画面を開けばちゃんと【ミセリコルデがヒロインになりました!】と通知がきていた。

 しかしそれと一緒に【特殊な称号を獲得しました!】とも表示されている。

 どういうことだろう、今朝も習得した覚えのない称号が来ていたけれども……また何か手に入れてしまったんだろうか――



「……じー」


 PDAに釘付けになっていると、今度は横からサンディの視線が突き刺さって来るのを感じた。

 それは「早くこっちにこい」という催促(さいそく)に近い。

 隙あらばこっちからもやってやろうとかいう感じすらする。


「……イチ」

「ん?」


 画面とじっと(にら)み合っていると、いきなり耳元でめりはりのない声で囁かれた。

 サンディの落ち着いた声だ。

 PDAを降ろして声のした方向に顔を向けると、そこにはベッドの上で四つん這いになった狙撃手がいた。

 さながら肉食獣のように豊かすぎる褐色の身体を揺らしながら迫って来ていて、すぐ眼前にまで近づいた無口な表情で。


「……えーい」

「サンディ? なにするんだお……おふっ!?」


 全ての重量をその一撃に乗せてきて、ベッドの上に押し倒されてしまった。

 それはもう、柔らかくてずっしり重かったとしかいいようがない。

 自分の胸のあたりに何か大きなものがばるんと押し当てられているみたいで、おまけに両肩を掴まれて完全にテイクダウンされている。


「……んふー♥」


 そんな馬乗り状態のサンディと目が合って、ぞくっとした。

 今まで見たことのない狙撃手の顔があった。

 あんなに硬く閉じていた口が柔らかく溶けてしまっていて、ほんのり桜色の唇がおいしそうな獲物を見つけたように歪んでいる。

 いつもは眠そうな目はちょっとだけ力が入って熱っぽく、温まっているみたいだった。


「……さ、サンディ……? キ、キスするだけだからな……?」


 どっちが上でどっちが下なのかハッキリさせるような構図のまま、おそるおそるサンディに向けてそう言った。

 ところが相棒はもう完全にスイッチが入っちゃったようで、こっちを見下ろしながら「ふーっ……♥」とほのかに荒い息遣いだ。

 完全にこっちを獲物を見なして、捕食者となってしまったサンディは、


「……好き」


 柔らかくなった表情で俺より男らしくストレートにそう告げてきた。

 相変わらずその声はのろのろとしていたけども、前に比べるとずいぶん温かみのこもった調子だった。


「……っ……」


 こういう時、俺はどう返せばいいんだろう。

 隣でミコからガン見されてるのに「俺もいっぱい好き♥」なんてお茶目に答えればいいのか?

 それともごめんとかいって拒否すればいいのか?

 ほんとにどうすればいいんだ。

 というかそもそもなんでファーストキスを奪われた挙句、二人の女性に好きだと言われる状況に放り込まれてるんだろうか。


「あっ……そっ、その……あ、ありがとう?」


 とりあえず、恥ずかしくなってきて目を横にそらした。

 頬のあたりがくすぐったく感じて、口元がにやけてしまっていると思う。


「……ふふん♥」


 しかしそんな様子もこいつにとっては「YES」だったんだろうか。

 サンディがこっちを見降ろしながら、そっと上半身を密着させて顔を近づけて来る。

 すぐ近くまで顔が近づいてきたせいで、やっぱり顔つきが()()()()になってるのが分かった。


「ごっ……ご主人さまがヒロインにされちゃいます……!」


 横から恐ろしいことを言われた。

 駄目だ、このままじゃほんとにミコの言う通りヒロインにされかねない。

 いやそもそも別の世界の住人のサンディと【契約】なんてできるんだろうか?


「あ、あの……せめて優しく……っ!」

「……んちゅっ……」


 何をされるか分からなくて、また顔を反らそうとしていると……首にぬるい息がかかってくすぐったさが背筋に走る。

 だけどそれは下ごしらえだったんだろう。

 クラングルの広場でいきなりやられた時みたいに、首筋に唇が当たって、すぐに離れてしまった。

 あの啄むようなキスをまたされてしまって、首の神経から背筋までびりっとなぞられるような刺激を感じた。


「……かわ、いい」

「…………マジで勘弁してくれ」


 トドメとばかりに一番言われたくないことを言われた。

 心が折れた。


「……いた、だきます♥」


 するとサンディがミコに負けないぐらいの甘い声を漏らしながら、目を瞑って顔を近づけてきた。

 くちゅ、と乾いた自分の唇にしっとりとしたサンディの感触が伝わって来る。

 こっちの形にあわせるように柔らかいそれが覆いかぶさって来て、はむっと唇を食べられる。

 世紀末世界で引き離されたはずのものが蘇ってきて、()()()()()()をされたら嬉しいのだと神経がこね回されるみたいだった。


「……わっ……ご主人さま、顔真っ赤ですねぇ……♥」

「んっ!? んんっ……!? んふっ……」


 追い打ちとばかりに、耳にささやくようなミコの声がぞわっと届いてくる。

 押し倒された俺に合わせて、ベッドで横になったミコが興味津々にこっちを見ていた。

 人の腕を勝手に枕にして、温かい手で上着の上からつーっと胸の傷のあたりを撫でている。

 口をふさがれてるのをいいことにちょっかいをかけにきたミコの顔は、もう俺の知っているヒロインじゃなくて完全な『女性』だった。

 それも一線を越えてしまった部類の、リミッターが外れたともいう本当のヒロインのものだ。


「……むっ……じゅるるっ……♥」

「……ん……! ん、ぢゅっ………」


 ミコの()()()()にあわせて、気をもってかれたところにサンディの舌がずにゅっと奥に入り込んできた。

 ぐちゅぐちゅとした音が口から部屋へと広がっていく。

 ミコとは違うねっとりと絡みつくようなサンディの味がした。


「んっふっ……んじゅぅぅ……♥」

「……!!」


 もう【契約】なんて二人にはどうでもいいんだろうか。

 貪欲すぎる狙撃手の舌がただの好意じゃなく「これからずっと縛り付けてやる」ばかりに舌を絡めてきて、舌先から付け根までを表裏関係なく撫でまわす。

 刺激で溢れてきた唾液が啜られて、持っていかれて、嬉しそうに吸いついていたサンディが一通りこっちの味を堪能すると。


「……ぷはっ」

「……んはっ……?」


 やっと解放された。

 とろっと糸を引いて口が離れると、絶対に今まで見ることのできなかったような、はっきりとした笑みがそこにあって。


 【サンディがあなたのヒロインになりました!】


 離れていったサンディの身体に重なるように緑の文字が表示されていく。

 無事……ではないけども、これで【契約】が完了したみたいだ。

 世紀末世界から連れてきた人間なのにまさか契約ができるなんて思わなかった。


「……どうだ、サンディ」


 ずっと握っていたせいで汗で濡れてしまったPDAの画面を見ると、確かにヒロインになっていた。

 見上げると、褐色肌の狙撃手は首を傾げ始めて、


「……ヒロインになったみたい。不思議な感じがする……」


 ……ものすごく滑らかな発音で喋った。

 今までのところどころが途切れているような、ぎこちないものじゃない。

 淡々とした声の調子はそのままだけど、少し生気がこもったすらっとした喋り方になっている。


「……ど、どうしたサンディ!? なんか前より喋り方が変わってないか!?」

「……どうしたんだろう。でも、ちょっとだけいい気分かな……」


 まさかとは思うけど、この【契約】っていうのはヒロインになった相手に何か特別な効果を与えるんじゃないんだろうか。

 謎の効果ではきはきとした喋り方になったサンディと目が合うと、


「……ふふ。イチ、これからもどうかよろしくね……?」


 さっきまでのあの妖しい顔はいったいどこへいっちゃったんだろうか。

 生まれ変わった相棒は押し倒した俺から離れていって、いつもどおりにくすっと笑った。


「おめでとうございます、サンディさん! これで一緒にヒロインですねっ!」

「……ありがと。ミコもよろしくね……?」

「んふふ……これで二対一ですねえ……♥」

「……二対一ってなんだよ!?」


 よっぽどめでたいのかミコとサンディが抱き合ってしまった。

 かなり危ない構図になっている上に、その矛先が未だにこちらに向けられていて前より面倒なことになってるぞ……。


「……あっ……そうだった……」


 ――忘れてた。

 ベッドの上にいる二人の後ろからひょこっと姿を見せたレフレクを見て、最後のボスが待ち構えていることを思い出した。

 流石に裸じゃなくて、俺の言った通りにちゃんと服を着ている。えらい。

 ところが本人は二人の後ろからそんな言葉の書かれたウィンドウを見せてきて、


『いけないことをしちゃうんでしょうか…?』


 顔を真っ赤にしていた。

 しまった、こいつピュアだった。

 俺はこんな純粋すぎる子に野郎がぐいぐい押されている汚い光景を見せてしまったのか。


「ご主人さま……レフレクちゃんもいけちゃうんですか? 年齢、種族共に守備範囲広すぎますね♥」

「……ちっちゃいほうが好きなのかな……?」

「違う! キスするだけだから誤解しないでくれ頼むから!」


 一方で既に俺は満身創痍だ。

 この世界、あっちよりめっちゃ恐ろしい。

 今日から死ぬまで延々とこの二人に弄ばれ続けるビジョンが脳裏に浮かんでいるぐらいだ。


「……!……♥」


 レフレクがぱたぱたと飛んで来る。

 とりあえず両手を向けて着地場所を作ってやると、唯一の常識人はぺたんと座ってきた。

 しかしさっきの凄まじい光景を目にしてるせいなのか、掌の上で座り込んだ妖精はドキドキした様子でこっちを上目遣い気味に見ている。

 誰だこんな空気を作った馬鹿野郎は。


「……ほら、早く契約しちゃうぞ」

「……♪」


 これ以上飲まれてたまるかと、妖精を目線にあわせて持ち上げた。

 両手に乗ったヒロインと視線が合うと「いつでもしてください」と目を閉じて、キスを受け入れるように小さな口を向けてきた。

 その身体を自分の口にあたりまでもっていくものの。


「……えっと、これは……どうすればいいんだ?」


 そこでようやく大きな問題と対面するハメになってしまった。

 こうして向かい合うまでは良いとして、こんな小さな子とどうやってキスをすればいいのか。


「どうしたんですかー?」

「……どうしたの?」

「いや……妖精とキスするって……これだと顔ごといっちゃうような……」


 顔ごと思いっきりいけばいいのか?

 それともうまく唇だけ狙ってやれっていうのか?

 情けないことに、二度連続で唇を奪われた男なんかに最適な答えは出せなかった。


「……? ……!」


 あれこれレフレクを色々な方向に動かしたり、傾けたりして試そうとしていると「どうしたの?」といいたそうに目をあけてしまう。

 けれど「どう妖精とキスすればいいか分からない」という情けない姿を見てすぐに状況を理解してくれたんだろうか。

 レフレクは得意げに起き上がると、こっちに向かって身を乗り出していって。


「……っ♥」


 ゆったりを目を瞑ると唇の端を掴んで、自分より大きなものにくちっと啄むようなキスをしてきた。

 流石に二人のようにアグレッシブすぎるものじゃないものの、確かな温かさが唇に広がっていく。

 そしてレフレクの小さな唇が離れ始めると。


 【レフレクがあなたのヒロインになりました!】


 結局こっちからすることはなかったものの【契約】が完了したことを確認した。

 (てのひら)の上の妖精をそっと顔から離せば、レフレクはちょっとうっとりしているみたいで


「……えへへ、マスターさんとキスしちゃいましたー……♥」


 ………ん?

 知らない女の子の声がした。

 誰だろう。今まで聞いたことのない舌足らずな喋り方の声だ。

 だけど少し考えればすぐに分かった、この声の主は自分たちがいる空間で一人しかいない。


「……まさか、レフレク」

「はいっ、なんでしょうかマスターさん?」


 ああ、いたわ。

 掌の上でぺたっと座りながらふわふわした喋り方をするヒロインが一人、確かにそこにいた。


「……ど、どうしたんだこれ!? レフレク、お前もか!?」

「えっ……? あれっ……!」

「ご、ご主人さま? レフレクちゃんが喋ってませんか?」

「……喋れるようになったの?」


 間違いなかった。

 今までずっと言葉を発してなかったレフレクが普通に喋っている。

 しかも俺だけに聞こえているわけでもなさそうで、ミコたちにもしっかりと声が届いてるみたいだ。


「あっ……本当です! レフレク……喋れます!」

「マジかよ……」


 これも契約の効果なんだろうか。

 手に座った妖精は可愛らしい女の子の声でぺこりと頭を下げてきた。


「……あの、あらためてよろしくお願いします、マスターさん!」

「あー……よ、よろしくな?」


 喋れるようになってレフレクは清純さ二割増しだ。

 その声もあって、今までよりも明るいイメージが強くなったような気がする。


「……ヘヴィだぜ」


 とにかくこれで三人分の【契約】が終わったわけだ。

 一日分の体力だとか気力だとかを使い果たした俺は、ぼふっとベッドの上に背中から倒れて沈んだ。




ロリおに

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