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*74* 結局使い道は分からなかった

 いや、どうすればいいんだこれは。

 いくら世紀末から来たと言ってもあっちの方まで世紀末にはなっちゃいない。

 つーかなんでキスするだけなのにあいつらバニー姿なんだ?


『ご主人さま! 逃げるなこらァ!!』


 パンドラの箱ならぬパンドラの扉の向こう側から、元気いっぱいで恐ろしいミコの声が聞こえてきた。


「やだよ何その怖い絵面!? おめーら揃いもそろって何着てんだよ!?」

『ご主人さまの大好きなミコバニーさんですよー♥ わっサンディさんがもはやバニーではない淫獣にー!?』

『……むぎゅむぎゅ』

『ぎぃやああああああー』


 ………。

 なにこれ!?

 バニーの呼び声が止んですぐに思ったのは、なんかヤバイこの状況に対する色々な疑問だった。

 というかやっぱりあの魔女やらかしたじゃねえかクソが!

 もういい!二度と信じねえからなあの野郎!


「だっだれか客観的な見解を求む!」


 魔の領域へと続く扉の前で混乱していると、向こうから誰かが歩いてきた。


「およびですか?」


 ゴーレムのメイドさんだった。

 頭からウサギの耳をみょんみょん生やして、しなやかな身体をバニースーツで包んでいる。

 ……いやこれはもうメイドじゃない、なんでこいつもバニー姿なんだ!?


「おい、どうなってんだこれ! つーかなんでお前もバニーなんだよ!?」

「リーゼルさまがここにお越しいただいた殿方の性癖を調べ上げておりまして」

「性癖!? ほんとに何させるつもりなの!?契約ってキスするだけだよね確か!?」

「ヒロインとの再契約をスムーズに進めるために 元契約者である殿方の性癖を満たす格好にさせるよう命じられています」

「俺たちに一体ナニさせる気だったのあの人!? 逆に思いっきりグダグダってんだけどこれ!?」


 そんなえらい格好をしているゴーレムのメイドさんは本当に無機質な感じで淡々と答えてきた。

 やっぱりあの魔女を信用するべきじゃなかったと思う。


 というかなんで人のヒロインにバニー衣装着せてるんだあの人は……。

 サンディならまだしも妖精サイズのバニースーツとかどうなってんだ。

 そして一体なにを思ってそれをためらいなく着せた?

 キスだけするはずが難易度だだ上がりで絶賛スタック中だ。


「待て、じゃあムツキも……」


 ……この様子じゃあいつもえらいことになってそうだ。

 俺は反対側にあるムツキたちのいる部屋と目を向けたけども、今のところあいつが扉から出て来る様子はなかった。


「はい、ムツキさまは背中開きスク水タイツを着用した上でローションでぬるぬるにしたムネマチさまと一緒です」


 と思ってたらとんでもないことを教えられてしまった。

 何で俺はこの世界に来て、そしてこんな場面に立たされてわざわざ友人の性癖を聞かされなきゃいけないんだろう?

 いやそれよりもあいつの趣味やばすぎるだろ!?


「うわっあいつの性癖思った以上にやべえ……」

「私もドン引きでした」


 きっとムツキたちのいる部屋の中はここよりもっとやばいことになってる可能性がある。

 でもあいつは一対一の真剣勝負だ、こっちはスリーバニーVSポストアポカリプス野郎の三体一だからあっちの方がまだマシだ。


「申し訳ございません、お客さま」


 その後ろからまた違うメイドさんが来た。やっぱりバニースーツだ。

 もういい。これ以上増えようがクラングルにいる人間が全員バニーになってようが知ったことか。


「なんだよ今度は……!?」

「大切なものをお渡しするのを忘れておりました。これをお使いください」


 サンディぐらい声にめりはりのないゴーレムのメイドさんが何かを手渡してくる。

 ……綿棒(めんぼう)みたいなものと大きな鳥の羽だ。

 羽は茶色でとても触り心地が良くて、前者は柔らかい綿みたいなものが小さな棒に巻き付けられていて()()()()していた。


「……あの、これ、なに?」


 しかしそんなものをいきなり、ましてこんな状況で渡されてもその意図が分かる訳ないだろうと思った。


「サキュバス謹製の道具をお持ちしました。羽は健康なハーピーの良質なものですのでご安心ください」

「いや……何これ!?」

「妖精の方とのふれあいには必要なもの、とリーケ様が申しておりました」

「何に必要なんだよ!?」

「では失礼します……ごゆっくり」

「おいっ待て! 聞けよ!? ちょっとォォ!」


 ……機械的なメイドさんは半分強引に用途不明の道具を押し付けて消えてしまった。

 それで俺はこれを……どうすればいいんだ?

 話の流れからレフレクに使えばいいのか?

 そもそもこの綿棒みたいなものと鳥の羽を何に使えっていうんだ?

 リーケの奴は一体何考えてやがるんだマジで。


「くひひひ……なんじゃ、まだやっておらんのかぁ?」


 バニーどもの待ち受ける扉の前で綿棒と羽らしきものを手に立ちつくしていると、背後からあの声がした。

 言うまでもなくあの魔女のものだ。

 振り返るとやっぱりそうだった。ギザ歯を見せていやらしく笑っている。


「ふざけんなオイ!? もうなんか部屋の中がアブノーマル極まりないことになってんだけど!?」

「ただキスするだけじゃ不安だからのう。情欲的にいけば成功率が上がると思ってぬしの好みにあわせてやったんじゃぞ?」

「嘘つけ、あんた絶対面白がってやってるだろこれ!?」

「それもある。じゃがこの方がぬしにとってやりやすいじゃろう?」

「雰囲気ってもんがあるだろ!? キスするだけなのに難易度凶悪に跳ね上がってるよ!」

「ふん、しょせんキスなぞ子孫繁栄(ヤるため)の前準備みたいなものであろう? はよヤってこんか」

「キスにそんな意味持たせないでお願いだから! アンタの粋な計らいですこぶる余計なことになってんだよこれ!」


 とんでもないことになってしまってるけど、ムツキは正々堂々立ち向かっているんだろうか。

 あいつの性癖はこの際触れないでおくとして、あっちですごい状態になった自分のヒロインと向き合ってると考えると中々にシュールだ。


「あれー、まだ入ってなかったんスかぁ? イチさまぁ……♥」


 と思ったらリーケがにやっとしながら現れた。

 リーゼル様そっくりなニヤニヤ顔を浮かべてるのを見て確信した、こいつら絶対楽しんでやってる。


「おいあんたら。キスしたら契約できるって嘘だろ」

「嘘じゃないッスよー。うちらクラングルにいる人たちで試してるんスけどちゃーんと契約できてるッスよぉ? ねぇ、リーゼルさまぁ……アヒヒヒ……♪」

「そうじゃのう。(わし)は異世界から来たぬしがちゃんできるか知りたいわけじゃしな? 早くやってもらわんと困るんじゃがなあ。くひひひ……♪」

「……そうか」


 二人そろって悪趣味な笑顔を向けられて、もう行く先がこの部屋しかないことが分かった。

 これ以上ここでグダグダしてたらこいつらの思うつぼだ、だったら行ってやる、ああ、行ってやるとも!


「分かったよ、分かったよ畜生が! 行ってやる! 最高の心遣いをどうもありがとうございます、この魔女様!」

「ついでにキス以上のこともしたら面白いんじゃがのう……くひひ♥」

「覚えてろよあんたら。あっ、あとこの綿棒と羽って何に使うの!?」

「考えちゃ駄目ッスよぉ? その身で感じることが大事ッス。アヒヒヒ……」


 俺は大人しく扉を開けて中に踏み込んだ。

 覚悟というか、悟りあきらめるというか、もうどうにでもなれとかそういう感じだった。

 逆にもう「さっさと終わらせてやる」という気持ちで溢れてるぐらいだ。


『みんな待ってますよー?』


 するとバニー姿の妖精がそう書かれたウィンドウを掲げてお出迎えしてくれた。

 たとえ今の俺が足のつま先から頭頂部(とうちょうぶ)まで防弾装備で戦車のごとく保護してとしても、その無邪気な笑顔は無人兵器の金属棒より軽々とぶち抜いてくると思う。良心を。

 俺は手に持った用途不明の綿棒と羽をポケットにねじ込んだ。


「ご主人さまー、ちゃっちゃと終わらせちゃいましょー。優しくしますよー、ふひ……」


 ベッドの上には桃色髪のバニーがいた。

 絶対にキスだけじゃ済ませないような意味を込めたような笑みを浮かべている。

 口から「お前をそんな風に育てた覚えはない!」という言葉が一瞬飛び出しかけた気がする。

 でもどっちかっていうとゲームの方ではあいつに育てられたようなもんだった。


「……しないの?」


 その隣でウサギの皮をかぶった肉食動物がすっかりくつろいだ様子で座っている。

 決壊寸前のバニースーツを窮屈そうにしながらくすっと笑っていた。

 とてもじゃないけどキスだけする雰囲気じゃない。


「…………けっ契約するぞ」


 ものすごーく、やりづらかった。

 ラーベ社の奴ら30人を素手でぶっ殺せ、というのと、こいつら三人とキスしろ、だったら前者の方がマシなレベルだ。


「あれあれー? ご主人さまー? 顔赤いんですよー? ミコたちただバニーさんの格好してるだけなのに何想像しちゃってるんですか? うけるんですけどー……♥」

「……ふっ……」

「ふっ?」


 この場合の一番のボスは何をいおうこのミセリコルデとかいうやつだ。

 自分のヒロインだ。いや、この場合は元ヒロインになっているのか。

 こいつは今、ここぞとばかりにバニースーツで包まれたもちっとした身体を強調している。

 長い付き合いでミコがずっと前から俺に好意的だったのも知ってるし、俺からもそうだった。

 あいつはなんでも受け入れてくれたし、俺だってなんでも受け入れてやるつもりだった。

 でも、でも。


「……雰囲気ってもんがあるでしょ!?」


 思わず叫んだ。

 もう俺が血で血を高圧洗浄しちゃうようなあっちの世界の住人だろうが関係ない。

 できれば、できればもうちょっとこう……キスするムードとか考えてほしかった。


「雰囲気ですと!? なに乙女みたいなこといってるんですか!?」

「だ、だってそういうのって……もっとこう……お互いのことをもっと良く知ったりとか……正しいお付き合いとかしてから……しない?」

「ごめんなさい、まさかご主人さまがムネさんばりに純情だとは思いませんでした……」


 みんなが集まってるときにやれ、とか言われなくてよかったと思う。

 そうだとも、何を隠そう俺は女性経験がキスからそのあとまで全くないような人間なのだから。

 というかそもそも彼女すらできた経験もないっていうのに、いくら自分のヒロインでもいきなりキスしろとか言われてできるわけない。


「きっ、キスしたことないんだよっ!」

「ミコもですよ? だったら問題ないですよね?」

「…………ほんとに大丈夫?」

「マジです! ほら、だいじょーぶですからさっさとしちゃいましょ?」


 もしここにムツキがいたら、あいつにはどんな光景として見えていたんだろうか。

 ラーベ社の奴らを殴り殺したヤバイ男が顔を真っ赤にしてバニー姿の子供にリードされているという、ファンタジーじゃなきゃ片付かないような光景だと思う。


「……わ……分かった」


 観念してミコの隣に腰かけた。

 絶対にムツキたちに見られたくない光景だと思う。

 部屋のドアに向けて「誰も入ってくるな」と祈りまくった。


「何ビビってるんですかご主人さま。ちゅってするだけですよー?」


 そんなこっちの心境なんて関係ないぜとばかりにミコが早速すり寄って来た。

 いつもの自信たっぷりな顔だったけども、ほんのり頬が赤くなってるし……いつもより子供っぽくて、甘えるような声をしている。

 なんとなくだけど分かった、ミコもけっこう照れているんだと。

 問題はバニー姿だということだけだ。


「……わ、わかった。じゃあ……いくからな?」

「……もー、そんなに緊張しなくても大丈夫です。リラックスですよ? 」


 そんな自分のヒロインがふにゅっと優しく微笑んでいるのを見て、覚悟を決めた――


「いっ、イチさーん!? な、なんかすごいことになっちゃってるよー……」


 と思ったら……ドアがばんと開いて、なんかぬるぬるになったすごい恰好のムネがやってきた。

 さっきゴーレムのメイドさんが言ってた通りの姿だった。

 ムツキ。お前は真面目でクリーンな心を持ってる奴だとずっと思ってたけど、いったいどんな性癖を抱えてたんだ。


「って……」


 ……いや待て。

 別にムネが入って来るのはいいとして、今来られたらかなりまずいだろ。

 そう気づいた時には遅かったようで、


「……えー……」


 最悪のタイミングだった。

 寄りかかって来るミコに、ずいぶん熱っぽい視線を送って来るサンディに、そしてバニーを着せられた純真無垢な妖精さん。

 しかもそれをダブルベッドの上でやっているのだから、きっとムネの中でかなり複雑な誤解として受け取られてると思う。


「……ごめんなさい、間違えました」


 ばたん。

 ムネが引っ込んで、そっと優しく扉を閉めていく。

 親しい人間には向けちゃいけないようなすさまじい顔を浮かべて、何事もなかったかのように。

 果たしてあいつは何を間違えたんだろうか。


「何を間違えたんだよお前!?」

「ご主人さまとの付き合いとかじゃないですかー?」

「うおーい!? 違うんだムネ! 俺が着せたんじゃないんだ!! 自発的に着てるんだよこいつらが!?」


 すると閉じた扉の向こうから、


『なんか、ごめんね……わたし、前々からイチさんがバニー好きなのは知ってたけど、一度に三人は欲張りすぎだと思うよ……』


 ものすごく人を疑うような調子の声が届いてきた。

 駄目だ、二度と解けなさそうな誤解の連鎖が生じている。


「違う! リーゼル様の罠だったんだよ!」

『あと……レフレクちゃんにまでそんなの着せるなんてちょっと失望しちゃった……!』

「……もう勝手に失望しててくれ……」


 一体どこで俺の歯車は狂ったんだろうか。

 もう弁解する気もなくなってきていると、今度は外から誰かがどたばた走って来る音が聞こえた。


『ほんとにどうなってるのこれ!? なんでムネさんがヌルヌルにされてるの!?』


 多分ムネを追いかけてきたんだろうか、ムツキの声だ。


『わたしだって分からないよ!だっていきなり着替えさせられてぬるぬるにされたんだもん!』

『どういうことなの!? いっ、イチさーん!? なんかすごいことになってるけど大丈夫かな!?』

『あっ……待ってムツキくん! 入っちゃ駄目ェ!』


 向こう側ですごい会話をしてる。

 あ、駄目だこれ……流れ的にこいつも入って来る感じの奴だ。


「ちょ……ムツキ、入るな!」

「入るよ!」

「いや入るなって言ってるだろ!おいっ! やめろっ!」


 一応、こっちくんなと言ったのに何のためらいもなく扉が開かれた。

 なんでお前もノックせずに入って来るんだ。


「……」


 ムネの二の舞を踏むように、高身長イケメンはバニーハーレム状態の俺を直視。

 それから親しい人間に向けちゃいけないすさまじい顔を浮かべて。


「……うわ、何着せてるのこの人……」


 気まずそうに部屋を出て行ってしまった。


「ム、ムツキー!! 誤解だ今のは!」


 流石にこのままほっとくと二度と解けない呪いのようなものになってしまう。

 慌ててムツキを呼び戻そうとすると……扉の向こうから声が聞こえてきた。


『イチさん…………何してるの、あれ』

『イチさんは…………とりあえず、戻ろう? やっぱりバニーさん大好きだったんだね、あの人……』

『……そうだね、うん、部屋に戻ろうか。もう忘れよう……僕たちが触れちゃいけないよ、だってアレは……』


 ……。

 扉越しに友人が何かを言おうとして、だけど結局最後まで言い切れぬまま静寂だけが残ってしまった。


「いやちゃんと最後まで言えよ!? 絶大な不信感で一杯だよそれ!?」

「お二人の中でご主人さまが揺るぎなき変態として認識されちゃいます! ヤバイですね☆」

「もう何言っても余計に食い込んでいくパターンだわこれ」


 明日からの二人の視線がとても心配だ。


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