*69* 偉大なる時計塔の魔女リーゼルさまとの会話(1)
魔女の屋敷というのはその持ち主と一緒に予想を裏切りにきていた。
そこに毒物とゲテモノと悪意をごった煮にした魔女の大鍋だとか、悪魔と契約するための恐ろしいグッズなんてものはない。
かといってひたすら豪華なものを揃えて見栄を張った悪趣味な屋敷というわけでもない。
誰かをもてなすためにあらゆる場所がピカピカに磨かれているようで、そこに行き過ぎない程度の調度品が中をシンプルに飾っている。
中はほどほどに明るくて、廊下一つにしても誰でも気軽に歩けるようにされている。
まるでこの屋敷を丸々一つ使って「誰でもお気軽にどうぞ」とでも表現しているようにも感じた。
或いはここの持ち主がインテリアに無頓着なだけなんだろうか。
「くひひひ……♪ どんな奴が来るかと楽しみにしておったが、儂の想像通り良い面構えの男じゃな。実に気に入った」
とにかく、その魔女リーゼルというのは思った通りに掴みどころのないやつだった。
ミコと同じぐらいの背丈で、意地悪そうに作られた顔からギザギザの歯を見せる子供だったのだから。
そんな小さな魔女は広いテーブルの中央に座って、
「あー……初めまして、リーゼル様。俺……私は112……」
「そんなに畏まらんでよい。ぬしには親友のように気軽に話しかけてもらわんと話が耳に入って来んかもなあ?」
「……はあ」
その正面に座っている奴――つまり俺を見て実に愉快そうにしている。
「まあそういうことじゃ。気軽に話せ。ただし「様」はちゃーんと付けて貰おうかの? くひひっ♪」
「おー、今日のリーゼル様めっちゃテンション高いッスねえ。実に楽しそうッス」
「当たり前じゃろう、頼んでおいた欲しいものがこうしてようやく家に届いたようなもんじゃからな。くひひ……」
「リーゼル様が楽しそうで何よりっす。イヒヒヒ……♪」
「くひっ。今日は実に機嫌が良い。リーケ、貴様のミスは特別になかったことにしてやろう」
「えっ、マジで? いいんスか?」
「うむ。魔女の名に誓って約束しよう。くひひひっ……」
「さっすがぁリーゼルさまぁ! 胸は薄いけど懐はデカいッスね。アヒヒヒヒッ……」
「殺すぞ糞が」
「ひえっ」
この魔女と少し頭がおかしいメイドに連れてこられた先は大きくて長いテーブルがどんと置かれた部屋で、それぞれが席に着いた途端にこれだった。
周りに座っているミコたちなど眼中もなく、ひたすら視線を向ける相手は俺だけ。
こうしてテーブルを囲んでいるというのに、実質的に俺とギザ歯の魔女だけという状況である。
「……それでリーゼル様。その……俺を探してたらしいな? 一体何の用なんだ?」
しかし目の前にいるこの魔女とやらは、間違いなくこっちに用事があるわけだ。
なので勇気を振り絞ってこちらから話を振ってみた。
すると銀髪の魔女は嬉しかったのか、椅子の上でニタァ……と趣味の悪そうな笑みを作り、
「うむ、ぬしを探しておった。この世界は今、中々に面白いことになっておるが……どうもそれに深く関わっている奴がいるようでのぉ……くひっ♪」
良くも悪くも、俺の聞きたかった言葉を送ってきた。
その声はおどけた調子だったけれども、適当なことを言ってないのは確かだ。
「……どれくらい前から探してたんだ?」
左右に座ったミコとサンディ、それから自分の手元でちょこんと座りこんでいるレフレクの視線を受けながら更に踏み込んでみた。
「そーじゃなあ……ひと月ほど前、といったところか?」
「ひと月ほどっていうと……」
「くひっ。ちょうどあの事件……グラナートで襲撃があったころじゃな?」
ひと月ほど前、つまり丁度俺があのシェルターで目を覚ましたころだ。
……待て、どういうことだ?
それだと俺を探していたのはあの出来事があってすぐってことだぞ?
「……じゃあなんだ、あんたは……あの出来事があってすぐに俺を探してたって言いたいのか?」
気味の悪い話になってきた。
それでも知りたい俺は正面でにやけている魔女へと尋ねたものの、
「そうじゃが? あの見たこともない鉄の化け物はお主が連れてきたんじゃろう? くひひひひっ……」
ギザ歯の魔女は相当に悪趣味な微笑みで俺にそう答えてきた。
まるでその時にそこにいて、実際に見てきたような言い方で。
――こいつはどこまで知っているんだ?
話に割り込めず何も言えなかったミコたちが、その一言で更に黙り込むのを感じた。
そして間違いなく全員の視線が俺に集まってる。
信じられないか、あるいはとっくの昔になんとなく察していたか。
「……ああ、多分、俺が原因だ。この世界にないはずのものがあるのは、俺のせいだ」
今、ここで全員に自分がそうなのだとはっきりと認めた。
もはや「違う」と答える立場も、理由も、もうどこにもないのだから。
しかしどうだろう、この魔女は。
「……くひひ、認めたか。まあそこはどうでもいい話じゃ、外からやって来たお主らが勝手にこの地で野垂れ死のうが、儂には関係ない話じゃからな」
「どうでも、いいだって?」
「うむ。ぬしのせいで得体のしれぬ機械が来ようが、侵略者の軍勢が首都を陥落させようが、儂にはどうでもいい話ということよ。それより大事なのは他に沢山あるからの」
本当に興味がなさそうな様子で、そんなことはどうでもいいとばかりにニヤニヤしている。
「……まあ、ともかく。まずはぬしから質問したらどうじゃ? 色々と知りたいことがあるんじゃろう? 答えられる範囲だったら答えてやろう。くひっ♥」
話を勿体ぶるようにもちかけてきて、まるで餌をちらつかされてる気分だった。
思わず立ち上がって「じれったい!全部話しやがれ!」と叫んでやろうかと思った。
「……! ……?」
手元のレフレクが指を撫でながら心配そうに見上げているのが目に入って、やめた。
周りを見渡せばミコやムツキたちも不安そうにこっちを見ていた。
サンディは行儀よく座って俺とリーゼル様を見比べているぐらいだ。
「さっき、あの事件が起きてからすぐ俺を探したっていったな? 誰から教えてもらったんだ?」
俺は遠慮なく口を開いた。
「ああ、それは……いや、お主らも良く知ってるあのお告げと言えば分かるか? 儂にもあれみたいなやつが聞こえてきてな。 112、とかいう旅人が別の世界から来る……と」
返ってきた答えには覚えがあった。
お告げ、というとPDAから聞こえたあの声のことか。
「お告げって……あの女性の声のことか? あんたにもあれが聞こえたのか?」
「そうじゃな。そいつが言うには……その旅人が何故か異世界に飛ばされてしまった、だの……そのせいで別の世界と繋がってしまった、だの……最後に儂に何か頼んでいたような気がするが、早口で一方的に話していたものじゃから良く覚えてはおらんな。くひひひっ……」
次の質問にも、目も口も意地悪そうにして答えてきた。
なんとなくだけど、こいつは何か嘘をついている、と思った。
嘘というより……言っていることは真実、だけどまだ何か沢山隠してるといったところか。
「……次だ。ラーベ社の奴らが俺のことを知ってた。あんたが絡んでるのか?」
「情報屋というやつがこの街におるからな。かくいう儂もそいつに世話になってな、奴は何でも知っておるぞ? ぬしの本名もな」
「確かに、あんたの言う通り俺の名前を知ってた。で、そいつは何者なんだ? ラーベ社の仲間なのか?」
「少なくともラーベ社の馬鹿どもの仲間ではない。が、奴は……お主らと同じ同類、つまり旅人じゃろうな。じゃが金さえ払えば何でも教えてくれるぞ、まるで魔法みたいにな。くひひひっ……」
「……俺たちと同じプレイヤーってことか」
まただ、答えてはくれたものの、何かまだ隠している気がする。
勿体ぶってるような……いや、まだ今は話せない、とでも言うようなふわふわとした調子の声だ。
相手はなんでも答えてくれるだろうけど、話せば話すほど会話は胡散臭くなっていく。
「次。そのお告げとやらで「魔女が」といってたな? それってもしかしてアンタのことか? アンタが俺たちを呼んだのか?」
それならと、ずっとにやけている顔に向かってなりふり構わずそう言ってみた。
しかし時計塔の魔女は動じない、それどころか俺がそういうのだと分かってたように、
「阿呆か、そんなことして何の得がある? 儂がお主らを呼び寄せたりあんな悪趣味な侵略者を引き入れるわけなかろう。大体、儂だったらあんな城下町に人が集まったところで城ごと焼いて綺麗さっぱり灰にしてくれるわ」
ここぞとばかりにさぞ饒舌に喋り返してきた、それも楽しそうな感じで。
ただし焼くという部分は冗談じゃなく割と本気のように感じる。
「アンタじゃないならだれがやったんだ? ここは他に魔女がいるんだろ?」
「それは分からん。だいたい、このフランメリアはいわば魔女の集会場みたいなものじゃ。一口に魔女といっても一体どの魔女か分からぬほどに魔女がおるからな。ピンからキリまで、な」
「大体の見当はつかないのか?」
「現時点ではな。儂は同じ魔女の妹を腐るほどもっておるが、あの馬鹿どもは力はあれどこの国を滅ぼすほどの頭も情熱も持ち合わせておらんしな。くひひ」
「つまり現状、誰がやったのかはっきりしてないままってことか」
「ふん、だいたい、この国を手に入れたところで何の得がある? つまらない内政に顔色伺う外交に民草の面倒……あほくさくてやってられんわ。くひひっ」
「っていうかリーゼル様みたいな人がトップだったら速攻で国滅んでそうッスよねえ。アヒヒッ」
「この大陸を丸ごと阿鼻叫喚の地に変えて歴史に名を残してから、何処か遠くの豊かな地に移り住むわ。くひひ……♥」
「リーゼルさまぁ、その時は是非ともウチも連れてってくださ~い。一生ついてくッスよ……フヒヒ♥」
「貴様は何があろうと連れてゆかん、ここで死ね」
「そんなぁ~、ひどいッスよぉ」
……この様子じゃ、下手にしつこく聞いてもはぐらかされるかどうかってところか。
「今、この世界はどうなってる?」
それなら答えやすい質問をしてみよう。
短く尋ねると、目の前の魔女は今までとはまた違って……少し冷めた様子になった気がする。
「どうなっておるかって? 首都は突如現れた侵略者に乗っ取られ、この国の鉱山や港は占拠され、都市は狙われ……賊に猛獣、更に得体のしれぬものがあちこちに現れて実に混沌としておるな。くひひっ……」
「相当酷いみたいだな。で、その得体のしれないものっていうのはなんだ? 機械の化け物のことか?」
「それもそうじゃが、ひと月ほど前から急におかしなものが増えておるぞ。エルフどもの里の近くに錆だらけの巨大な鉄の船が現れただの……農業都市の地下に旅人たちが『でぱーと』とか呼ぶ遺跡が眠っておっただの……」
「……そうか」
そう答えられて、本当にとんでもないことになってやがる、と感じた。
まだまだ話が続きそうな様子に、話を聞く態度を見せて続きを促した。
「ああ、それから……【スペルピース】が高騰しておるぞ。どこぞの馬鹿どもの集まりがかき集めて使いまくったせいで、呪文を覚えることが難しくなってしまって……やれやれ」
「前はめっちゃあったのに、あいつらが馬鹿やったせいで超貴重品と化したッスよね。まあうちは魔法より剣ッスからどうでもいいんスけど」
【スペルピース】というのはゲーム内に出てきたもので、魔法を使うためのアイテムだ。
例えば回復魔法というスキルがあったとして、それを使いたければどうすればいいか。
それは呪文を習得することであって、つまりその為に必要なのが【スペルピース】だ。
使えば中に封じ込めた呪文を習得して使えるようになるわけである。
「じゃあなんだ、魔法の国なのに魔法を使えるやつが貴重になってるってことか?」
「そういうことにもなる。儂ら魔女なら魔法なんて自力で作れるが、おぬしら旅人どもには到底無理じゃからな。あれだけ豊かにあったのにあっという間に貴重品になるとは……くひっ」
それでも食べ物や水が貴重品になってしまうよりは十分マシなものだ、と思った。
「……さて、質問はもうおしまいか? 他に何か聞きたいことはないのか? くひひっ♥」
さて、こっちだって色々と細かく聞きたいことがあったはず、だった。
散々答えてくれた相手は「まだまだあるじゃろ?」とこちらからの質問を楽しみにしている。
だけど俺はもうこれ以上、質問する気になれなかった。
「……俺からは以上だ」
最後にそういって「質問は終わり」と伝えると、リーゼル様は輝くギザ歯を見せてきた。
今度はこっちの番だぞ、と言わんばかりに。
「これで終わりか。では今度は儂から幾つか質問させてもらおうかのう?」
「ああ、好きなだけ聞いてくれ」
でも隣にいたミコが何か、色々と言いたそうな様子だった。
それは俺に対してか、この魔女に対してかは分からない。
けれども不満に近いものを胸にため込んでいるんだと思った。
「くひひ、そうか。そうじゃな……」
そんな短剣の精霊の気持ちを汲み取るつもりもなく、魔女はテーブルの向こうで品定めするように俺とムツキを見て。
「おい、ムツキ」
それから友人の名前を一字一句間違えずにはっきりと呼ぶのが聞こえた。
ずっと黙っていた本人はとても驚いた様子で一瞬、座ったままびくっと小さく跳ねていた。
「えっ……あ、はい!」
まさか呼ばれると思っていなかったようで、ムツキはかなり動揺している。
そんな相手にリーゼル様がまた口を開けば、
「ぬしの名前はなんだ?」
「な、名前ですか? ムツキ、です……」
「いいや違う。儂が聞いているのはぬしの本当の名前じゃ、旅人どもの言葉を借りれば……『中の人の名前』とでも言うべきかの? くひっ」
こんな状況じゃ答えづらいだろうとんでもない質問をしていた。
中の人……というのは誰が最初に言っていたのやら。
この魔女様はキャラクターとしての名前じゃなく、本当の名前に興味があるようだ。
しかしただでさえ動揺していた友人はそう咄嗟に答えられるわけもなく。
「僕の……本名ですか? えーーーーと……」
かといって答えないわけにもいかず……少ししてから覚悟した様子で、
「僕の名前はムツ……じゃなくて、佐久間いつきです」
ムツキ――もといイツキは自身のなさそうな調子でそう答える。
もしもこれがゲームの画面越しで、見知らぬプレイヤーがたくさんいる場所でそう暴露するならかなりの覚悟が必要だったかもしれない。
しかし、ここはもはや一つの現実であり、だから答えられたんだろうか。
ミコやムネ、それに俺がいるのにあっさりと自分の名前を喋ってしまったわけだ。
すぐに「佐久間いつきっていうんだ……」とムネが喋ったような気がした。
「サクマ、イツキ、か。では……イチ、ぬしの本当の名前は?」
「加賀祝夜だ」
「カガ、シューヤじゃな」
当然、俺は抵抗感なんてなかったし……そもそもラーベ社の連中にバレてるのですんなり答えられた。
「……それがぬしらの本当の名前で間違いないんじゃな?」
二人分のプレイヤーの名前を聞いたリーゼル様が確認を入れてくる。
「ああ、そうだ。112はもう1つの名前で、そっちが本当の名前だ」
「うん、間違いありません」
「……そうか」
それを聞いて一体どうするのか。
しかしリーゼル様は少し何かを考え始めていて、そこから話の続きは続こうともしなかった。
「……聞いてどうするんだ?」
「いや、なに、ぬしらの真の名前が気になってな。その名を忘れぬようにな? くひひひ……♪」
こちらも少し気になったので聞いてみたものの、妙に優しい言い方で閉じられてしまった。
時計塔の魔女は、二つの名前を良く噛みしめるようにうんうんと頷いて。
「さてイチよ、次の質問をしよう。ぬしは【異世界】から来たようじゃな? そこがどんな場所だったか、そしてそこで何をしてきたのか、儂に教えてくれぬかのう? くひひひ……♪」
懐から楽しみにとっておいた質問を取り出してきた。




