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*68* ギザギザ歯

 クルースニクベーカリーのギルドハウスがあるそこは『魔女の土地』といわれている。

 本来であればクラングルの市内にあるギルドハウス専用の大通りに作られるようだけども、俺たちの場合はちょっと特別らしい。


 郊外にあるその場所は、元々はかなり前に開拓するつもりの土地だったようだ。

 しかし本腰を入れる前にリーゼル様は飽きてしまい、確保するだけ確保して後はほったらかしにされている場所、とリーケは言っていた。


 『時計塔の魔女の加護を与えられた素晴らしき土地』とか皮肉なのかそうじゃないのか良くわからないことも言っていた気がする。

 要するに『お前らにタダでくれてやる、ただし訳ありの怪しい土地だけどな』ってわけである。妥当というか、けち臭いというか。


 まあとにかく、準備を終えていざギルドハウスを後にしたわけだ。

 その土地からはクラングルへの道がしっかりと延びていて、その道中で特にトラブルも出会いもなく、結果的にすんなりと街へとたどり着いてしまった。

 一人だけ用心深く移動していたのが馬鹿みたいだ。


 俺たちがクラングルへ入ると、昨日とはまた違った風景がそこにあった。

 どう表現すればいいか分からないけれども、落ち着いた様子だったといえばいいんだろうか?

 以前見た時と同じぐらい賑やかではあるものの、まるで祭りの後で疲れ果てたように空気がしっとりとしていた気がする。


 とはいえ相変わらず人は多い。

 先日のあの騒ぎを経たとはいえ活気ある場所であることは変わらないんだろう。

 フィデリテの連中を筆頭にした様々なギルドが昨日から休む暇もなく市内を駆けまわったりしているようで、見ているこちらも疲れるような姿をそこらじゅうで見せていた。


 いたるところでは『市内に潜伏したラーベ社メンバーを生け捕りにしたら報奨金が支払われます』だの書かれた紙がぽんぽん貼られていて、そういうのを躍起(やっき)となって探し回っているやつもいるようだ。


 そんな街中に入ってしまって「着替えて良かった」と思ったのはムツキがああいってくれたからか。

 とはいえ、スリングで吊るした自動小銃やホルスターの得物(えもの)が周りの視線を引き受けてしまうのは言うまでもない。

 時折、俺に向かって珍しいものを見るような視線が飛んできたり、人を疑うような目を何度も感じた。

 それでも今ではミコたちがいる。だから平気だった。


「さー、もう少しで到着ッスよ。しっかしこのあたりって相変わらず寂れてるッスねえ、アヒヒヒ……♪」


 楽しそうにゆらゆら歩くデュラハンのメイドの後を追って俺たちは進んだ。

 どんどんクラングルの奥へ潜るにつれて、騒がしいぐらいに賑やかだった白い街並みがどんどん離れ始めるとついに変化が訪れる。


「なんか……いきなり雰囲気変わってないか?」

「そりゃそうッスよ。ここからはリーゼル様の屋敷の近くなわけッスから……持ち主の性格を具現化したようになってるんスよ、きっと。フヒ……」


 街じゅうにあった柔らかい雰囲気の建物たちは一体どこへ消えてしまったのか。

 ずっと続いている大きな通りをひたすら真っすぐ進むと、寂れた建物が目立つようになっていた。

 人の気配が急に薄くなっているし、通行人だって全くいない。

 時々こじんまりとやっている店が開いている程度で、目立つものと言えばこの街を象徴する時計塔が幾つか立っているだけ。


 向こうにある温かい街並みとは対照的な……静かで慎ましい通りがそこにあった。

 一体そんな風景のどこに魔女の性格とやらが滲み出ているのやら。


「なあ、そういえばリーゼル様っていうのはどんな奴なんだ? 会う前に教えてくれないか?」


 俺は肩に乗ったレフレクを落とさないように歩きながら、全員の後姿に向かって聞いた。

 今の自分にはちょっとした好奇心がはたらいている。


「ご主人さま、リーゼル様はちょっと怖いけどノリもいいしミコの二分の一ぐらい優しい方ですよ!」

「ああ、うん……良く分からない」

「なんですと!?」


 するとミコが振り向いて答えてくれた。

 ノリがいいところぐらいしか分からなかった。


「ミコちゃんのいう通りかな。ちょっと怪しいし、怖い人だって言われてるけどなんだかんだで面倒見はいい人かなーって」

「面倒見が?」

「うん。魔法学校の子供達には人気だし…」


 次にムネが答えてくれた。やっぱり怪しいのは間違いないようだ。

 脳裏に『とんがり帽子被った偏屈なおばあちゃん』のイメージが浮かんだ。


「僕は……リーゼル様は悪い人じゃないと思う。でもちょっとロックすぎるかな、あれこそ我が道を行くっていう言葉が似合うというか……」

「どんなんだよ」


 そしてムツキがますます難解な答えを出してきた。

 ロックな魔女ババァってことか?

 とにかく三人分の答えをまとめてみるとこんなイメージが浮かんできた。

 身体はずんぐりしていて背は丸く、ぐつぐつ煮えたぎっているでっかい鍋を暇さえあればいつもかき回してる魔女のばあさん、という教科書通りの姿だ。

 俺の貧相な想像力じゃ、そいつが屋敷の中で爬虫類の干物やら怪しいきのこやら鍋にぶち込んでそいつを食わせようと俺たちを待っているという光景しか思い浮かばない。


「リーゼル様はサイコパスだし魔王みたいな人だし敵とみなした相手にはとことん酷いことするしおまけにブラックコーヒー飲めないけど根は優しい魔女ッスよぉ。ウチは結構好きな方ッス。アヒヒヒ……♪」


 仕上げにその魔女のメイドとやらがこういうのだから、もはや俺の中ではこの街を牛耳る巨悪か何かとして固まっている。


「……なあ、お前だけなんか悪い部分ばっかピックアップされてない?」

「そーんなことないっすよぉ? フヒッ……」


 しかしそんな魔女と会ったとしてもろくでもないことが起きそうなイメージしかない。

 確かに会いに行くと判断したのは俺だけど、話を聞けば聞くほど会いたくない気持ちがどんどん強くなっていく。

 最初は「あーめんどくさいけどいくかー」だったのに、今じゃ『行きたくない歯医者さんの元へ向かう途中』のような気分だ。


「……なあサンディ、今日も一波乱(ひとはらん)起きそうな気がしないか?」


 新たな一日だというのに早々に何かまた起きそうだ、と俺は肩に座っている妖精と一緒に褐色肌の相棒の方を見た。

 あっちの世界にはない色々な風景をぽけーっと見ていた狙撃手がこっちに意識を戻してくると、


「……だいじょうぶ、イチはわたしが守る」


 と、吊り下げていた小銃(ライフル)を持ち上げて、ずいぶんと頼もしい返事をしてくれた。

 背中にエルフの作った短弓(ショートボウ)を背負ってますます狩人らしくなったサンディは、ついこの前よりもずいぶんと逞しく見える。

 盗賊(レイダー)に連れ去られかけて、宿屋でぼんやりとしていた姿はどこへいってしまったのやら。


「そりゃどうも、また何かあったら脳天をぶち抜いてくれ」

「……うぇい」


 なんとも気の抜ける応答を耳にそのまま進んでいくと、


「……ミコモイルンデスヨー……フヒ……」

「誰ッスかー、ウチの物まねしてるのはー……フヒヒ……」


 まるで先頭をゆく不健康メイドのようにどんよりとした声を上げながら、桃色の髪のヒロインが腕にしがみついてきた。

 前髪ぱっつんで良く見えるミコの表情はあからさまに不機嫌というか、嫉妬しているというか。


「あーうん……ごめん。ミコ、お前も頼りにしてるよ」

「ご主人さまひどすぎです……でもでもミコだってご主人さまをお守りしますからね! 守護魔法と回復魔法上げてるんですからばっちりです!」


 ……しかし気のせい、なんだろうか。

 昨日から自分のヒロイン見てみるとなんだか……画面越しに見る姿よりもちょっと()()()()してる気がする。

 いや別に「やべえこいつ太ってる」とかそういう訳じゃない。

 どう見ても全体的に肉付きが良くなってて、頬はちょっとばかり丸くなってて……太もものあたりがむっちりしているような。

 さっきからうしろ姿を見ていたらハイニーソックスの上に肉が溢れているというか、乗っかっているというか……。


「って、どうしたんですかー? ミコのことじーっと見てますけどー」

「んー……いや、お前が健やかに育ってるようで安心しただけだよ」

「ふふん、そうでしょう! ご主人さまがいない間もご飯はしっかり食べてぐっすり眠って毎日にんじん齧ってましたから!」

「……にんじん?」


 身体つきについては言及しないでおこう。

 もう屋敷に到着するまで黙っておこうと考えていると、今度は反対側からサンディがすり寄ってきた。

 ついでに肩に乗っていたレフレクがすりすり頬ずりしてきた。頬のあたりがとてもふにふにする。


「いいですか、サンディさん。ご主人さまはですね……太ももとかお尻とか大好きなんですよっ!」

「……そう、なの?」

「おいやめろォ!」

「しかもこのご主人さまぴったり密着されたりすると喜びます。うりうり」

「……むにゅむにゅ」

「おい放せェ!」

「じゃあウチもやるッス。前はいただくッスよ、アヒヒヒ……♥」

「放せっ! おいマジでいい加減にしろあー!!」

「……イチさん、やっぱりそういうのが好きだったのか……」

「……変態さんだったんだ……」


 ……こうして、しばらく挟まれたまま不自由に歩く羽目になった。


 と、そうこうふざけているちに街の奥にある屋敷とやらが見えてきたようだ。

 そこは街の北側を更に超えた先にある場所だった。

 驚くほど静かな通りを抜けると段々と街の様子から引きはがされていって、その向こう側にはまるでクラングルの守りを突き抜けるような形で大きな屋敷があり、庭園も広がっていた。

 しかしだからといって無駄に広い土地があるとか、不必要なまでに豪華だとか、まして気持ち悪いぐらいに不気味なわけじゃない。


 そこは確かに広い。

 広々とした庭が柔らかい芝生と一緒にずっと遠くまで続いていて、良く手入れされた生垣が道を挟んで屋敷への道を強調している。

 道の合間合間には一体誰がやっているのか、良く手入れされた花壇がたくさん並んでいた。

 開きっぱなしの門から続く道を目でなぞっていけば、それはレンガ造りの大きな屋敷の玄関に行き着くことになる。


 屋敷は小さな城みたいな十分なスケールを持っていたけれど、クラングル市内にあった魔法学校のスケールと比べればさほど派手なわけでもない。

 むしろあっちの方が十分に大きいのは間違いない。


「はーい到着ッスよー」

「いつみても綺麗だなあ」

「ふふっ、そうだね。でも今日はメイドさんたちがいないねー」

「メイドたちならイチさまを迎え撃つ準備してるッスよ」

「迎え撃つって何!?」

「迎撃しちゃうの!?」


 そんな場所に踏み込んで感じたのは、ここにはとても性悪な魔女がいるだなんて思えなかったってことだ。

 呑気に道を歩くムツキやムネの後をついていきながら周りを見ていると、無駄を削がれて必要なものだけを残したような、ここの持ち主の合理的な性格を感じた。

 まあ、ちゃんと手入れがされているし(つた)に覆われてるような屋敷じゃないんだし……中にいる人は案外マトモなんだろう。


「さー、どうぞ中へッス」


 ギルドハウスを()ってからずっとへらへらしていたデュラハンメイドの案内に従っていくと玄関の前に辿り着いた。

 大きな入り口には二枚の扉がはめ込まれていて、その向こうからは誰かがこちらを待ち構えているような、そんな雰囲気があった。


 しかしリーケは扉を開けようともしない。

 むしろ、何故か俺に向かって「さーどうぞ開けてください」とばかりに期待に満ちた眼差(まなざ)しだ。

 というかそういう空気なのか、周りにいるみんなが誰も手をつけようともしない。

 何故か全員、俺にこれを開けろと無言で訴えている――ああそうか、わかったよ畜生。


「……開けるぞ」


 役割を果たそうともしないメイドに不満一杯の目線を浴びせてから、扉を両手で押した。

 木製の扉はすんなりと開いて、魔女が待ち受けているという屋敷の中へと俺を引きずり込んだ――。


「いらっしゃいませ」


 しかし扉が開くと待ち受けていたのは背が高くてほっそりとした金髪のメイドさんだった。

 声は平たく、髪は腰のあたりまで届きそうなほど長くて、眠そうに絞られた目がまっすぐとこっちを見ている。

 サンディと同じぐらいに表情に変化がなくて、それでもリーケより健康的な白い肌がちゃんと仕事をこなす事務的な雰囲気があった。


 が、両腕はどうだろう。石で作られた籠手みたいな防御的デザインの大きな手が袖から伸びている。

 ロングスカートから見える両足も無骨な防具を思わせる頑丈そうなものになっていて、それが人間ではなく別の種族のメイドなのだと伝えにきていた。


「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ」

「…………」


 まあそれが人間じゃなかろうが別にいい。問題はそこじゃないからだ。


 そんな感じのメイドが一人や二人そこにいるぐらいならともかく、扉を開けた先にある広いホールがその姿で埋め尽くされている。

 一歩踏み出そうとした先にメイド。

 入り口から柱の裏までメイド。階段もその先もメイド。

 もはや歩く場所が所狭(ところせま)しとみっちりとメイドに支配されてはいることができない。


 同じ姿の……というより表情も背も目線もみな平等に揃えられてしまった大量生産品みたいなメイドが入り口を封鎖するレベルの数と密度で行く手を塞いでいた。

 多分、俺を通したいんだろうけどみっちり詰まってせいで誰一人身動きが取れないんだと思う。


「……うわ」


 思わず扉を閉めて封印した。

 待て、一体なんなんだあのメイドアポカリプスは。


「……なあ、あれなに? なんか……こう、全力で(さまた)げにきてるんだけど」


 思わず振り向いてみんなの顔を伺ってしまった。


「……なに今の!?」


 良かった、ムツキは普通の反応だ。


「あ、歩く場所、なかったよね……?」

「どういう状況ですかあれ!?」


 ムネとミコも大丈夫か。


「……すごい、つまってた」

『おそろしいことになってます』


 サンディとレフレクから見てもやっぱり異常だったか。

 じゃあなんだあれは? なんであんな詰め込まれてんだ!?


「ゴーレムのメイドさんッスよぉ、イチさまをお出迎えするようにずっとああしてスタンバってるッス」

「あそこでずっと俺待ってたの? 何考えてあんな風になってんの?」

「細かく命令しないとああいう感じになるんスよねえ、てっきり昨日アンタが来ると思ってお出迎えするようにいったらああなったから放置してたッス」

「え? 昨日からずっと? あのまま一晩過ごしてたの? もうひしめきすぎて歩く場所なかったんだけど!? まさかあれ俺のせいなの!?」

「命令更新するの忘れてたッス。まあリーゼル様は引きこもりだし大丈夫かなって……」

「大丈夫じゃねえだろあれ! どんだけいるんだよあのメイド!?」


 すると扉の向こうから怒鳴り声が聞こえてきた。


『……ええい、いい加減にしろバカどもが! 確かに(わし)は『出迎えろ』とはいったが誰がここまでしろといった!? 昨日からずっと邪魔で身動きが取れんわ!?』

『しかしリーゼル様』

『現在、命令権はリーケ様にあります』

『しかし命令の更新がされていないため』

『イチ様が中に入るまではここで待機しております』

『あの馬鹿デュラハンはどこへ行ったァァァァ!』


 ……一体中はどうなってるんだろうか。

 しかも扉の向こうにリーゼル様と思しき人物がいると思う。多分メイドに埋もれている。


「……ちょっと片づけて来るッス。このままじゃリーゼル様にぶっ殺されそうなんで……」


 そういってリーケが渋々扉を押し開けて屋敷の中へ入っていった。

 やっぱりメイドだらけでホールが埋もれてる。しかしリーゼルと様と思しき人物がどこにも見えない。


「あー、メイドさんども。もうここで待機しなくていいッスよ、後はいつも通り指定された行動を繰り返せッス」

「かしこまりました」

「かしこまりました」

「かしこまりました」


 隙間なく詰まっていたメイドたちはリーケの言葉を受けると、屋敷の奥へなだれ込むか、玄関を通って外へ行くかでぞろぞろとホールから去ってしまった。

 そして俺たちの前から綺麗さっぱり姿を消していけば、この元凶を作った不健康メイドよりも小さな誰かがそこで腕を組んでいて。


「……お前といいラーベ社の件といいどうして予定がここまで狂うんじゃ!? リーケ、お前には二度とゴーレムの制御はさせんからな!」

「すいませーん、命令したの忘れてたッス……」

「忘れたまま一晩もほっとく馬鹿(ばか)者がおるかっ! しかも儂に黙って無断で外出するとは何様のつもりじゃ!?」

「えー、だってー……ウチもラーベ社の奴ら切り刻みたかったッス……」

「ならせめて行くなら行くと言わんか……はぁ、どうしてここまで思い通りに進まぬのか……」


 すっかり広くなったホールに残っていたのは――ちんまりとした銀髪の女の子だ。


 輪郭はまるで人形のように綺麗。

 けれども顔のパーツは意地の悪い人間として配置されている。

 小さな宝石のような碧眼は悪巧みを好む人間にあわせて釣りあがり、鮫のようにギザギザとした歯はそいつの意地悪さを表現していた。

 手には短剣(ナイフ)をくくりつけたような一メートルほどの長さはある杖が握られており、


「……じゃがお主はちゃんと来てくれたな。一日遅れだが、まあよい」


 頭には自分が何なのかを示す大き目のとんがり帽子を被って、


「さて、儂はこのクラングルの支配者、または……時計塔の魔女リーゼルじゃ。ようやくこうして会うことができたなぁ、イチよ。くひひ……♪」


 いかにもその姿が『魔女リーゼル』であると真っ先に俺に伝えてきた。

 つまり目の前にいるこのギザ歯の子供がこのクラングルを牛耳る魔女とやら、というわけである。

 もうこの世界はなんでもありだな、とつくづく実感した瞬間だった。


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