*67* 首がない
何処からか現れた不健康そうなメイドはちょっとだけふらつく足取りでギルドハウスの玄関まで近づいていって、
「お邪魔するッスよー」
そのままノックも無しに無遠慮に扉を開けて入っていったようだ。
なんだこいつはと身構えていると、廊下からぬるっとメイドの頭部が出てきた。
「あひひひっ……♪ よーやく見つけたッスよイチさまぁ……」
本当に顔色が悪そうに見える。
宙に浮かんだ頭は何かヤバイ薬でもキメてるんじゃないかと思うぐらいグルグルと渦巻く不思議な瞳をこっちに向けていて、何がおかしいのか口元はニタリとにやけ続けている。
それでいてものすごく耳にこびりつくような、調子のおかしいくすぐったい声をこちらに向けてきて……控えめに言っても気持ちが悪かった。
……まあ、問題はその頭が胴体とお別れしてるっていう点だ。
「…………は?」
咄嗟に自分の目を疑った。
首がないメイドの身体がまだにやにやしてる自分の生首を抱えてリビングに押し入ってきたのだ。
ミニスカート型の黒と白のメイド服を着た身体は首から上がまるでギロチンで処刑されてしまったように綺麗になくなっていた。
代わりにその生首は両手で持ち上げられて、イってしまった目でじーっとこっちを見ている。
「フヒヒ……。皆さんお揃いのようッスねえ、賑やかでうらやましいッス」
「あ、おはようリーケさん。なんだか一気に増えちゃったよ」
「リーケさんおはよー、首取れてるよー?」
「リーケさんリーケさん! これがミコのご主人さまですよ!」
「アヒヒヒ……みんなウチの生首に慣れててちょっとつまんないッス」
そして何でお前たちはそんなナチュラルに接してるんだ?
目の前に自分の生首を持ってやって来たヤバそうなメイドがいるというのに、ムツキもムネもミコもさも当たり前のように挨拶している。
「……!? ……?!」
すぐ近くにいるレフレクはビビってジャンプスーツのポケットの中に潜り込んできた。
「……あの、なんか首取れてね?」
目の前の妖精ぐらいしか首が取れてることについて反応していないようなので、黙ってられなくてつい言及してしまった。
胸ポケットを開けてレフレクを収納しようとしていると、
「イヒヒヒヒッ♪ そうッスよー、取れてるッスよー。いやあ、ここ最近そういう反応してくれる人がいなかったから嬉しいッスねえ。アヒッ……♪」
そんな俺の反応を待ちわびていたのか、ニタっと笑った生首がこっちに向けられてきた。
このまま首の断面図を見せてきそうな勢いだ。
「……まさかヒロインか?」
そんな不気味なメイドを見て、恐る恐る尋ねてしまうと。
「そのとーりッス。ウチの種族はデュラハン、首無しッス。フヒ……」
生首を持ったメイド姿の不審者は「大正解」とでもいうようにぐるっと渦を巻いた目で笑ってきた。
こいつは、あれだ、本人の言う通り【デュラハン】とかいう種族のヒロインだ。
剣技と特定の魔法スキルに強い適性があるぐらいで、ゲーム内だと「なんかあの生首が取れるやつ」ぐらいの認識しかなかった覚えがある。
そのくせ「妖精なのかアンデッドなのかよくわからない」という種族として扱われていて、とりあえずそれっぽいという理由から物理系スキルを上げて鎧を着て首無しの騎士になるヒロインが続出したという。
「ウチはリーゼル様の忠実なしもべ兼、根暗でスケベで性根のねじ曲がった友達がいない魔女の友人を務めさせてもらってるリーケっていうメイドさんッス。てことでよろしくッスよ、イチさまぁ」
そんなデュラハンのヒロインがとても毒のこもったご挨拶を終えると、
「あ、リーケさんお茶どうぞ!」
ミコからあのお茶を差し出されて、ずっと持ち歩いていた生首を自分の胴体にあわせるとぐぐっと力を込めてくっつけてしまった。
「おおっ、ありがたいッス。喉乾いててなんか欲しかったところでしたッス。ウェヒヒ……♪」
それからグラスを豪快につかんで、飴色のお茶を口の中に流し込んでいく。
見てくれに反して気品もクソもない飲み方で一気に飲み干してしまうと、首と胴体からお茶が漏れ出す……ということもなくちゃんと飲めたようだ。
「リーケさん、相変わらずメイドさんらしくない生き方してるね」
「そりゃそうッスよー。だってウチ、元はただの戦士だったんスよ? それがリーゼル様にいきなりメイドやれとか言われて……なれるわけないじゃないッスか。アヒヒヒ……」
「別に無理してなりきる必要はないんじゃないかな? そういえば確か前はどこかのギルドにいたんだよね?」
「そうッスよー、ヒロインばっかのギルドにいたんスけど……めんどいし、リーゼル様が良い条件で雇ってくれるから速攻抜けたッス。おかげで毎日エンジョイしてるッスよ。グヒヒヒ……♪」
……ムツキですら普通に接してる。
俺の友人が首の取れるようなヒロインと自然体で話しているのを見ると、こいつらもだいぶこの世界に慣れてきたんだなと思えてきた。
「……さてさて、ということでイチさまぁ」
ポケットの中で怯えているレフレクを撫でていると、とうとうタゲがこっちに回ってしまった。
なんというか、やはり気味が悪かった。
渦を巻くような不思議な目がこっちを見ている。
「あー……行けばいいんだろ? 今から行こうと思ってた」
「じゃあ話は早いッスねえ。ウチが案内するからはよ準備するッス、リーゼル様があんたが来るのをすご~く楽しみにしてるッスよ。アヒヒヒ……♪」
ともあれ、これで出発の準備をしなくちゃならないわけだ。
「……ってことでリーゼル様のトコへいくぞ」
「分かった。じゃあ準備しようか」
「ふふっ、リーゼル様のところへ行くの久々だね」
「はーい。じゃあちょっと着替えてきますね」
「……うい」
こうして俺たちはリーゼル様とやらに会いに行くことになった。
囲んでいたテーブルを離れて全員が動き出して、それぞれが準備を始めていく。
俺も自分の部屋に向かって一度装備品を整えよう、と考えていると。
「イチさん、フル装備じゃなくても大丈夫だよ。リーゼル様の屋敷はクラングルにあるし……でも念のため武器は携帯しておいて」
通りすがったムツキがそういってきた。
流石にこんな世界でも武器もなしに出歩くのは危ないっていうことか。
「分かった。何か他に持ってくものは?」
「財布ぐらいかな。それから僕が思うにしばらくはその服はやめておいた方がいいかなって思うよ。なんというかその……ラーベ社っぽいし」
「服……」
服、といわれて自分の身体を見てみると。
ああ、そういえばあれからずっとジャンプスーツのままだった。
これだと「ラーベ社だァ!」と見た目で語っているようなもんだし、ムツキの言う通りかもしれない。
「じゃあ着替えてくる。こいつで下手に周りを刺激したら大変だしな」
「分かった。着替えはある? ないなら貸してあげるけど……」
「大丈夫だ、着替えならある。それにお前の服は合わないと思う、すごくデカいし」
「僕だって好きで大きくなったわけじゃないよ!」
「畜生、なんで俺よりデカいんだよお前は!」
俺は高身長イケメンに背を向けて、着替えをしに部屋へと向かった。
ジャンプスーツにはまだうっすら血がこびりついているし、プロテクターが何個か破損していて綺麗な状態とは言えなかった。
無理にこの衣装にこだわって街でトラブルを起こしたり周りを不快にさせる必要なんてない。
幸いにも【ガーデン】のマダムからもらった服があるし、そっちに着替えてしまおう。
「ほら、レフレク。着替えるから離れてくれ」
ついでにポケットに隠れてたレフレクを引っこ抜いた。
生首メイドのせいでげんなりしてる妖精は「もう大丈夫?」といった感じで俺の顔を見上げてくる。
それからぱたぱたと羽ばたくと、近くにいた短剣の精霊の頭へとぽふっと着地した。
「ふひひ……覗いたら駄目ですよー?」
すると頭に妖精を乗せたミコがメイドに負けないぐらいニヤニヤとこっちを見てきた。
「じゃあ着替えて来る、遅れるなよ」
俺はスルーして自分の部屋の扉を開けた。
「うわっ、ご主人さま反応がドライすぎます。まさかこれが倦怠期ってやつですか?」
「はよ準備しろ」
「くっ! 初心な頃のご主人さまはどこへいってしまったのだっ! もういいです、ミコはレフレクさんと仲良くしてますから」
いやらしいピンクは部屋の中に引っ込んでしまった。
するとその後を追ってサンディが中に入っていき、ぱたんと扉が閉まって。
『ぎぃやー! 痴女ー!!』
向こうから一体どういう状況なのか少し気になる悲鳴が聞こえてきた。
……本当に賑やかだなオイ。
とにかく、部屋の中に入った俺はバックパックを取ってベッドの上に座った。
ついでにポケットからPDAを取り出す。
ステータス画面を開くと色々な通知があったものの、その中ででかでかと表示されている『特殊な称号の獲得』があったので開いてみた。
称号カテゴリを開くと……なんだこりゃ?
【スマイリーフード】
習得した覚えのない称号を入手していた。
気味が悪いので念のためクリックしてみると、
『おめでとう! 第二の世界に辿り着き、苦難を自らの手で取り除いてきたあなたは強さの秘訣を自力で発見しました!それは……手放すことだ。今後あなたの攻撃は万物に対して致命的なものとなるでしょう』
と、いつものノリで説明文が書かれている。
良く分からないけれども称号ポイントは減っていないし、この世界に来たご褒美として特別に称号を貰ったんだろうと思った。
ついでにステータス画面を開いていつものようにLUCKに全て振り分けた。
「大丈夫、俺はもう一人じゃない」
ジャンプスーツを脱いで、それからマダムからもらった明るい色のボトムスを履いて、腰にベルトやらホルスターを付けていく。
最後にバックパックの中にあった暗い緑色のトップスを着て完成。
……なんだかカジュアルな格好になってしまった上に、いつもの全身を覆う感じがしなくてやはり違和感を感じる。
荷物は念のため、ベッドの下に押し込んで隠しておいた。
自動小銃のマガジンを抜くと弾がごっそり減っていたので、残った弾を全て詰め込んで補充した。
これで5.56㎜の弾はマガジン二本弱しかないわけだ。
サンディのライフルの弾もそんなに余裕はないはずだし、これからそういった弾薬の事情も含めて考えないといけない部分が山ほどある。
まあ、ここまで来てしまったら弾が無くとも何とかやっていけるだろうけど。
――今はとにかく、進むだけだ。
俺はボルトを引いて装填中の一発を抜いてから、新しい弾倉を突っ込んだ。
◇




