*66* 一説ではルイボスティーのような何か
おいしい朝食を食べ終えて、それから後片付けを手伝ったりして、一息ついてから俺たちはまたテーブルを囲んだ。
ムツキたちからこの世界について色々と聞くことになったのだ。
今この世界はどうなっているのか?
俺たちのような人間やヒロインはここで何をすべきなのか?
そしてこの世界でどうやって生きるのか?
こんな事態に陥ってから今までのほとんどを世紀末世界で過ごしてきた俺には、ようやく再開した仲間たちから聞きたいことは山ほどあった。
俺の中に焦りに良く似たものがあるのは間違いない。
およそ一か月ほど経ったというこの世界では、ムツキたちはもちろんのこと、この世界に来てしまった人々にはどんな心境の変化があったのか。
『遅れを取り戻す』というのは少し不適切かもしれないけれども、すっかりこの世界の住人となってしまったみんなに追いつきたいという気持ちが少なからず俺にはあった。
その途中でそんな俺を少しでも落ち着かせようとしてくれたのか、ミコがお茶を持ってきてくれた。
水出しで作られた冷たいお茶がグラスに注がれたものだった。
低木の葉を乾燥させて作ったもので、クラングルでは良く飲まれているらしい。
――それではこの世界は今、どうなっているのか?
ここは魔女の故郷、或いは魔女の産地とも言われる大陸にあるフランメリアという国だ。
世界中から魔女が集まり、その影響で魔術が発展し、オートマトンと呼ばれる機械の人形たちが勝手に都市をつくり、豊かな国土に先進的な技術といたれ尽くせりの世界一幸福な国家……といわれている。
ただし、これはあくまでゲームの設定での話だけども。
そこにある日突然、俺たちプレイヤーとヒロインたちがこの世界に放り込まれてしまったのは言うまでもない。
かき集められた全ての人々がグラナートと呼ばれる首都へと強引に捻じりこまれ、身動きが取れないところへ化け物の軍勢が外から押し入ってきた。
その結果、首都は壊滅。国家も崩壊したわけである。
何処から現れたのか分からない魔物の軍勢が次々と各地を荒らしまわり、占拠し、それに対して力をもった幾つもの都市が抗い続けているそうだ。
これが俺たちのいるこの世界の背景、ということらしい。
――まず、結論から言うとこの世界は【モンスターガールズオンライン】そのものではないようだ。
あくまで俺たちの知っているそれに近い世界、というわけである。
その証拠にゲームには出てこなかった都市、土地、人物……そういった俺たちの知らない何かがここには山ほどある。
……例えば、ここに来るまで何度も耳にした【魔女リーゼル】というやつがそうだ。
俺の知る限りはそんなNPCは存在していなかったし、そいつが【クラングル】の所有者だったということも聞いたことがない。
もちろんほかの奴もそうだったらしく、誰もが『魔女リーゼルとは誰なのか?』と疑問に思っていたらしい。
でも実際のところ、その人物のおかげで多くの人々が助かったといわれている。
その魔女とやらはあの事件が起きてしばらくしないうちに、この世界へ迷い込んだプレイヤーやヒロインを自らの都市へといち早く招き入れた。
やがてクラングルは急速に力をつけていって、時計塔の魔女のもと、まるで一つの都市国家のように形を変えていったようだ。
しかし一体、そんな胡散臭い魔女とやらと一番初めに接触したのは誰なのか。
【魔女リーゼル】とやらは自分が何者なのか聞かれた際にこう答えたらしい。
いわく、国王とは知り合いだったとか。
いわく、自分は数百年以上も生きていて13人も妹がいるとか。
いわく、クラングルは二つ目の首都のようなものだとか。
いわく、楽しくなってきた。これだからこの大陸はやめられないとか。
胡散臭いことは間違いないのだが、それでもカリスマ性のある人物だとみんなが口をそろえて言う……それが魔女リーゼルだという。
そして今日も偉大なる魔女さまのもと、各地にある敵の拠点を破壊し、奪われた場所を奪還するために奮闘しておりますとさ。
……要するにとんでもないことになってるってわけだ、おわり。
「それで……つまり、今のお前らはそのリーゼル様っていう魔女に従ってるってことなのか?」
みんなから一通りは話を聞いた俺は、なんだか頭痛に近いものをずっしり感じていた。
元々のゲームが中々に混沌としていた世界だったのに、それが更にアレンジされて追い混沌されてるわけだ。
「うん、その通りだね。僕たち……っていうか、みんなリーゼル様のところで活動してるよ。貢献したら報酬もらえるし、いろいろ恩恵があるし」
ムツキの話をこうして聞くと、まるで俺たちの味方か何かとしては聞こえるけども……正直なんとなく怪しく感じる。
会ったことはないけれども、そもそもそいつは俺を見つけたら連れて来いといってたようなやつだ。
何かきな臭いぞ、これは。
「どうも胡散臭いけどな。そのリーゼル様っていうのは」
とにかく、どの道これからそいつと会うことになるだろう。
俺はグラスに注がれたお茶をがぶっと飲んで口を潤した。
飲み干したそれを置くと、近くでレフレクがマイグラス(妖精サイズ)に注いであるお茶をくぴくぴ飲んでいた。
「うーん……確かにイチさんの言う通りかもしれないね。僕は良く分からないんだけど、見た目もちょっとアレだったし」
「会ったことあるのか? どんな奴だった?」
「あるよ。なんていうか……半分びっくり、半分納得な人だったかな」
「なんだそりゃ」
正面に座っているムツキのいまいちピンとこない返事にますます疑問を感じていると、
「でもミコはちょっと好きなタイプです。ノリもいいし、支払いがいいところが特に!」
「お前のそういう現金なところ嫌いじゃないよ」
「にゅふふ……分かってますねえ、ご主人さま」
横からガラスのピッチャーが差し出されてきて、中に入った飴色の液体が置いたグラスに減った分だけ注がれた。
ミコが淹れてくれたこのお茶は不思議とうまい。
うっすらとした甘さがあって、後味がとてもすっきりして、ふんわりと甘い香りがする。
「イチさんが言ってること、なんとなく分かるかも……」
ひんやり冷たいお茶を口にしていると、ムツキの隣にいたムネマチがぽつりと言いだした。
俺と同じく『何かうさんくさい』ということらしい。
「というと?」
「あのね、私たちは結構前にギルドを設立したんだけど……作ってすぐにリーゼルさまに呼ばれたの。少し話があるって」
「そういえばそうでしたね。ミコたちがギルドを立ち上げたらすぐにあのメイドさんがやって来て『ちょっと来て欲しいッス』って!」
……なんとなくオチが読めてきたぞ。
「それで、どうしたんだ?」
「えっと……まず先に言っておくと、クラングルってギルドハウスって一定の人数で、なおかつ実績があって、資金も豊富なギルドにしか与えられないの」
ああ、うん、予感が確信に変わるというのはこういうことなんだろうな。
ムネがこれから言うことを大体理解してしまった俺は、色々とこみ上げてくるもやっとした感情と一緒に少しお茶を飲み込んだ。
「まあそうだろうな。それで?」
「でもね、リーゼル様にあったら突然『ギルドハウスをやる』っていって貰っちゃったの。市内にある大通りじゃなくて郊外の空き地だけど……」
「まだ三人しかいないし作ったばっかりなのになんで貰ったんだろう、って僕たち疑問に思ってたよ」
「でもでもお陰で毎日お料理作れるしパンも焼けるしすごく助かってます! さすがリーゼルさま! さすリー!」
なるほど、これは『会いに来い』って言ってるわけだ。
向こうにはよっぽど俺と会わないといけない理由があるらしい。
「ということは、どうも俺は魔女様とやらに会いに行かないといけないらしい」
そう言って、俺はポケットからPDAを取り出した。
それからOPENボタンを押して画面を出すと。
「ご主人さま、なんですかそれ? スマホですか?」
好奇心旺盛なミコが目を輝かせてひょこっと覗き込んでくる。
「PDAのPDIY-1500だ。お前らでいうステータス画面みたいなもんだと思ってくれ」
画面でも見せてやろうと思ったものの、何やら通知がごっそり届いていてえらいことになっている。
【称号を獲得可能です】だの【特別な称号を獲得しました】だの【電波を受信しました】だの……数え切れないほどの報告で画面がパンク寸前だ。
そんな大量の通知で埋め尽くされた画面を見せられて、家に届いた請求書の山を見てしまったような気分になった。
「それがイチさんのステータス画面?」
「ああ、そっちと違って経験値とレベルがあるけどな」
「経験値とレベルって……こっちにはなかったよね? MGOってスキル制だし」
「レベルと経験値にスキル制が合体してるんだよ。ややこしいだろ」
「なんだか複雑なことになってるね……」
ムツキも興味津々だ。
とりあえず画面をタッチして【クエスト】タブを開くと、やっぱりそこにはこう書かれていた。
【魔女リーゼルに会え】
それ以外に特に指示はない。
トップ画面に戻ると自分のレベルが上がったことやら、新しい拠点を手に入れただとか、気になることはいくらでもあったけれども……。
「ご主人さまはこれでメールを送ってたんですか?」
「ああ、こいつで送ってた。っていってもほぼ機能してなかったけどな」
……そういえば、あの始まりの日にミコがメールを送ってきたんだよな。
俺がなんとなく送ってたメールはちゃんと伝わっていたんだから本当に良かった。
「ほら、受信できたメールはこれだけだ」
メールのタブを開いて「このメールに助けられたんだぞ」とミコの送ってきたログを見せつけた。
ミコがPDAの画面に顔を近づけると、少しびっくりしたみたいだ。
「あっ……これって……」
「ああ、お前のメールだよ。でもこいつのおかげですごく助かった、会うまで絶対に死んでたまるかってな」
そういって見せていたら、ほんの一瞬だけ、自分のヒロインの目が潤んだ気がした。
けれども気のせいだったようだ。ミコはすぐに自信でいっぱいに笑った。
「ふふふ……そうでしょう! ミコはスピードに優れてる子ですから! 迷わずご主人さまに報告して正解でしたねっ!」
俺にはその笑顔の中にどんなものが詰まっているのかよく知っているつもりだ。
もしもミコからメールが届いていなかったら、自分はこの世界に来ることも出来ずあっちでずっと過ごしていたかもしれない。
「そういえばこっちの世界だとメールは制限つきで使えるんだったか?」
「そうだよ。今じゃ誰でもメールが使えるってわけじゃなくて……フレンド登録したりしないと送れないとか、そう言う制約があるよ。使えないよりはいいんだろうけど」
「おい、こっちもこっちでややこしいな」
ムツキのいうことからしてメールの機能は使えるらしい、もっとも俺はそうもいかないけれども。
二つ分の世界の事情が詰め込まれたこのPDAは、他のプレイヤーのようにやらせてはくれない。
「実はフィデリテの連中にリーゼル様が探してるから会いに行けって言われてたんだ。たぶんギルドハウスをくれたのもそれが絡んでるだろうな」
ここに居る全員にそう伝えて、俺は残り少なくなったお茶で唇を湿らせた。
ムツキもつられてグラスを傾けようとしてたけれども、結局一気に飲み込んでしまった。
「探してるって……イチさんが? リーゼル様に?」
「ああ、わざわざご指名で俺に来いって言ってたらしい。つまりこういうことだ、ただでやるつもりはない、ってな」
「……確かにできたばっかりの弱小ギルドにいきなりギルドハウスっていうのも変な話だね」
貰ったものは仕方ない、お望み通り会いに行ってやろう。
「向こうがお呼びしてるんだ。会いに行くか」
俺は飴色のお茶を一気に飲み干した。
グラスを戻そうとすると、表面に『歯車』みたいなマークが模様があることに気づいた。
空になったグラスを持ち上げて少しだけ調べていると、
「……会いに、いくの?」
じっくり味わいながらお茶を啜っていたサンディから声をかけられた。
行くならついていく、といった具合もいつもの調子だ。
「ああ、俺からも色々と話したいことがあるしな。ほんとはこのままもうちょっと休んでいたいところだけど……」
ひとまず聞きたいことは聞けたわけだ。
美味しい朝食とお茶で満足して眠気が出てきたところで、少し身体を動かそうとしていると。
「あ、にゃんこさん起きたみたいだよー」
いきなりムネが窓の外を見ながらそう言いだした。
何事かと思って同じ場所を見てみると、ケッテンクラートの上に転がっていたあの大きな黒猫……じゃなくて、ヘルキャットの女の子がむくりと起き上がっていた。
地面に降り立つとまるで猫、というか本当に猫そのものの動きで気持ちよさそうにぐーんと力いっぱい背伸びしていく。
目をぎゅっとつぶって伸びがおわると、ヘルキャットはまだ眠そうな様子でこっちに向かってぽてぽて歩いてきた。
「お目覚めですね! 朝ごはんあげないと!」
「あいつってギルメンかなんかじゃなかったのか?」
「ちがうよ、にゃんこさんはわたしたちのマスコット的存在なんだよ」
「なんだか僕たちのギルドハウスには欠かせなくなってきてるよね、にゃんこさん」
地獄の使いが尻尾をぴーんと伸ばしたまま段々とこっちへ近づいてくる。
するとミコがキッチンからサンドイッチのようなものを載せた皿を持ってきて、
「にゃんこさーん、おいでおいでー!」
窓をがらっと開けて寝起きのヘルキャットへとそれを差し出した。
寝起きで意識がぽやぽやしてる真っ黒な猫のヒロインはまたむすっとした様子で、
「アリーはねこじゃない」
と不満一杯の声でそういって、猫そのものの両手でサンドイッチを受け取った。
薄切りの肉やらレタスやらがたっぷり挟んであるそれを咥えると、でっかい地獄の猫はケッテンクラートの荷台に戻ってむしゃむしゃ食べ始めていく。
「お前さあ……ヘルキャットを餌付けするなよ。野良猫じゃないんだから」
「餌付けじゃありません、朝ごはんです! あ、でもヘルキャットをギルドメンバーに迎え入れるというのもいいかもしれませんね、かなり強いって言いますし……ふひひ……」
まあ別に悪さをしてるわけじゃないならいいか。
すっかり猫の居場所となってしまった乗り物の上でおいしそうにミコのパンを食べている姿を見て、まあいい……いや、食べかすとか落とさないで欲しいかなぐらいは思った。
「……とにかくだ、リーゼル様に会いに行こう。まずはそれから――――」
窓から貴重なヘルキャットの朝食シーンを見ながらこれから何をするべきかはっきりさせよう、と思ってると。
その更に向こうから誰かがゆらゆらとこっちに歩いてくるのが見えた。
ふらついている、という方が正しいのかもしれない。
「お~、やっと来たみたいッスね。遅かったじゃないッスかぁ……あひひ……♪」
メイドさんだ。
俺と同じぐらいか、そうでないかの背丈の女性がこっちに向かってきている。
濃い緑色のセミロングヘアーはところどころ跳ねているし、顔色は不健康そうで生気がない。
でも小綺麗なメイド服に身を包んでいて、腰に鞘に納めた『刀』を携えている。
ただし俺から言わせてもらえば薬物中毒者がメイドの格好してるようにしか見えない。
「……なあ、ミコ。まさかとは思うけどあれも知り合いか?」
まさかあれもミコの知り合いなのかと嫌な予感がしたものの。
「あっ、リーケさん! おはようございます!」
「いひひひ……♪ おはようッス。そこにいるデーモンみたいな怖い人連れてくるよう言われてしかたなーく来たッスよー」
「誰がデーモンだ!!」
嫌な予感というものが今まさに当たってしまった。
自分のヒロインに友達はちゃんと選ぶようにと教えた方が良かったかもしれない。




