*7* Q.今日のご飯は? A.軍用糧食
なんとかシェルターに帰還した俺を待っていたのは、シャレにならないぐらい寒い室内とそれを照らす青白い光だった。
夜になると自動的に照明が点くらしい。
とはいえ幾ら明るくても冷蔵庫の中にぶち込まれたような寒さじゃその恩恵を感じ取るのはとても難しい。
本当に寒い。
寒さに耐えようと身体がぶるぶる震えるどころか、首筋の辺りが固く引き締まって痛いし、指先と足先の感覚が薄れて生きている心地がしない。
どうにかならないもんかとシェルターの中を調べても粗末な家具しか見つからない。
せめて何か役に立たないものはないかとしつこく探していたら、壁の一部に何かが埋め込んであった。
手を伸ばしてみると【HVAC(冷暖房空調設備)操作盤】と出てきた。名前からしてこのクソ寒い部屋の中をどうにかしてくれそうだ。
それなら動かしてみようと思って更に調べてみると……なんてこった。
操作する部分が見当たらないどころか、半端に千切れた配線が幾つも外に溢れていた。
更に視界の中では。
【スキル不足です】
なんていう文字が出てご丁重に『お前にゃどうにもできねーよ』と伝えてくれている。
何がスキル不足だ、配線が切れてることぐらい俺にだって分かるさ。
とはいえ本当にどうやって直せばいいか分からないので諦めた。
これ以上、無駄に体力を使ったら本当に凍え死んでしまいそうだからだ。
仮にそれで死んでしまったら俺は何事も無かったように生き返るんだろうか?
……いや、今そんな事を考えるのはやめよう。
仕方がないので戦利品を抱えたままベッドの上に座り込んだ。
紙のようにぺらぺらの毛布の上に拾ったものを置いていく。
コーラが三本、MRE(軍用糧食)、そして幾ら手放そうとしても手元に帰ってくる呪われたPDA。
念のためPDAの画面を出してインベントリの食料タブを開くと、しっかりと俺が拾ったものの名前が書き連ねられている。
"Meka"コーラが三本、MREが一つ。
クリックしてみたら説明文だの、空腹度解消値だの、満喫度だの、どうだっていい情報が表示された。
しかしこのMREとか言う緑色のパックは食べ物のようだ。
そう思っているとなんだか無性に腹が減ってきた。
一体どれくらい時間が経ったのかは分からないけど、今確かに空腹感を感じている。
確か俺はこんな事になる前にコーラを飲みながら片手にゲームをしていた。
その直前、夕食として冷蔵庫に残っていた麻婆豆腐を少し食べただけ。
別にガマンできないと言うほど飢えている訳じゃない。
だけどこれが好都合だと思った――このMREを食べてみる機会ができたわけだ。
PDAを確認すると空腹度と水分がしっかり減っていた。
一度画面を閉じてMREのパックを開いた。
防水性のある頑丈なラミネートパックで、素手でさっくりと開けられるようだ。
気になる中身は……ベッドの上でひっくり返すとなんだか中から色々出てきた。
【パスタ(ミートソース)】のパック、浄水タブレット、クラッカーにチョコバー、スポーク(スプーンとナイフとフォークが一緒になったもの)、ビタミン剤、チーズスプレッド、粉末コーヒー、タバスコの小瓶などなど。
色々詰まっていて見ているだけで楽しい。
しかしこれは賞味期限とかは大丈夫なんだろうか? 味が云々よりもこれを食べて身体を壊さないかどうかが問題だ。
とにかく食べてみない限りは何も分からないわけだ。
ここには食器なんて無いからパックのまま食べないといけない。
行儀は悪いけれどもこんな状況じゃそんな事は言ってられないし、それを咎めてくれる人間は何処にもいない。
【にんじんのクラッカー】と表示された長方形のパックを手で開けると――なんともいえない油臭さを最初に感じた。
にんじんのような色をした長方形のクラッカーだ。多分にんじんが練りこんであるに違いない。
さて味は……。
ぼりぼり、と長方形の大きなクラッカーの端っこを齧ってみると、まあなんというか無難な味がした。
これはにんじん要素が見当たらない普通のクラッカーだ。色だけがにんじんを物語っている。
【チーズスプレッド】と書かれた小さなパックは、中に何かが注がれているみたいだ。
試しに開けて匂いをかいで見るとチーズの"ような"匂いがした。
塩辛くて鼻を突くような匂いだ。食べて安全かどうかはまだ分からない。
パックを潰して中身をクラッカーに向けて絞ると、ピーナッツバターのようなものが出てきた。迷わず食べた。
……一応、チーズだ。
塩辛くてチーズのような味はするけど、正直無いほうが食べやすい。ボリュームは増すけど喉が渇く。
さて……これはどうしよう。
出てきたパックの中で一番重くて中にぎっしり何かが詰まっているメインディッシュ、【パスタ(ミートソース)】のパックと向き合った。
ヒートパックという加熱用のアイテムが使ってくださいとばかりにテープでくっ付いていたものの、使い方がイマイチ分からない。
仕方がないので思い切って開けてみた。
するとどうだろうか、スパイスの効いたトマトソースの香りがした。
匂いで少なくとも美味しそうだとは思った。スポークを手にしてフォーク側をあいたパックの中に突っ込んでみた――。
が。
「…………うわ、マジかよ」
何この……何!?
思わず顔をしかめた。
中身を持ち上げて早速お目にかかったのは、なんだか太い麺のようなものがブツブツに千切れた状態で、真っ赤でもったりとしたソースに埋まっている得体の知れない物体だった。
もしもバイオレンスなゲームが好きなプレイヤーが見たら、
『肉と血の塊の中に蛆虫うじゃうじゃ』
という認識をしてしまいそうな見てくれだ。とても残念なことに今の自分にはそう見えている。
何も見なかった事にしてパックの中にそっと戻した。
しばらく葛藤してやっぱり現実と向き合うべきだと思った俺はもう一度引きあげた。
『パスタの猟奇殺人事件』みたいな有様のメインディッシュが出てきた。
……いや、これ、どうみても人間が食べるものとは思えないんだけど。
ぶちっと切れてぶよぶよにふやけた麺に粘土のように固まったソースが絡まった一品。
果たしてそれをパスタと呼んでいいんだろうか? そもそも俺はこれを食べる必要が果たしてあるんだろうか?
何も自ら地雷原を踏み抜く必要はない、と思いながら食べるのを諦めようとした――だけどやっぱり腹が減ってるし、好奇心が勝ってしまったので思い切って口に含んだ。
もちもち。最初の食感は音で表すならそれだ。
というかなんだろう、麺というより小さな餅を食べてるような食感。
もちみたいな感触のパスタにただ酸っぱくて塩辛くて油っこいだけのトマトソースの塊が混ざり合って……要するにまずい!
中から掬い上げただけであんな見てくれなのだから、パックの中はそれはもう悲惨な光景になっているに違いない。
そう考えただけで吐き気がするし、そもそも食品偽装したんじゃないかというぐらいに別の料理になっている。
食えないことは無いものの後味が渋いような……例えるなら洗ったあとの皿に料理を載せてから食べたら、洗剤がまだ少し残っていてほんのり苦く感じるような、そんな感じの名残を感じる。
懲りずに捨てようと思った、だけど勿体無いと思った俺は一体何を血迷ってしまったんだろうか。
タバスコの小瓶をたっぷりパックの中にぶちまけてぐしゃぐしゃ。
味見をして少しは味がマトモになってきたところで、小さなパックを開けて塩をざーっと投入。皿にぐちゃぐちゃに混ぜて味見。
辛くて塩味が整ってきた。
でもなんだか味が物足りないので……チーズスプレッドを全てぶちまけた。そしてごちゃごちゃに混ぜる。
混ぜて完成。112スペシャル。
スポークで掬い上げると味が調節された、ぶつぎりどころか米粒のように細かくなったパスタがソースに絡んでいると言う余計に悪化したような見てくれの何かがそこにあった。
もうこれは食べ物のような何かというべきだ。
勢いに身を任せてぱくっと食べた。
すると意外といける。これは麺だと言う先入観をゴミ箱に捨ててしまえば食えないことは無い。
俺は冷凍庫のように寒い部屋の温度など気にせず、辛くて酸っぱくて塩辛い食べ物のような何かを残ったクラッカーと一緒にひたすら食べた。
そして仕上げにコーラを1本開けて飲み干すと……胸焼けしたように物凄く気分が悪くなって、ゴミをあたりに散らかしてから毛布を被って寝込んだ。
俺は誓った。二度とこいつは食わないと。




