*61* 112のアイツ
一人は綺麗な蒼い髪。
誰かさんに似てとても純粋そうな顔つきで、髪色の真逆を行くような赤い瞳でこっちを見ている。
身の丈はサンディよりやや小さい、といったところではある。
もっとも、比べる対象と違って程よく肉のついた身体はベストにスカートといった衣装に身を包んでいて、いかにもなこの世界のヒロインの姿だった。
それでもそこに尖った耳や、見慣れたツインテールもあってすぐ分かった。
「ムツキくん、この人……」
「……うん、間違いないよ。イチさんが……戻ってきたんだ!」
「イチさん……? 本当にイチさんなの……?」
ムツキのヒロイン、ムネマチだ。
ゲームの画面で見てきた姿そのものだった。
こうして実際に――いや、ここが現実なのかどうかすらは分からないけども、本物の彼女を目にすると何もかもイメージ通りだった。
画面越しに見るのとは違う姿も、声も、表情も、全部確かに彼女のものだ。
「よお、ムネ」
そんな刀の精霊に「自分だ」と証明できるものはその呼び方ぐらいだ。
でも俺がそう呼ぶと、ムネはすごく興奮して、感極まってしまったのか一気に泣き出してしまった。
ああ、間違いない。やっぱりこいつはムネだ。
「あっ……ああ……、良かった……、無事だったんだ……!」
「ちゃんと五体満足だ。ムツキと仲良くしてたか?」
「ああ……ほんとだ、イチさん……イチさんだぁぁ……! ずっとどこ行ってたの……!? 私たちすっごく寂しかったんだよ……? ムツキくんともちゃんと仲良くしてたよ!?」
「……ごめんな」
「……無事で良かったよぉ……!」
あっという間に涙も鼻水も垂れ流しまくりになったひどい顔のムネが抱き着いてきた。
両腕を広げて受け止めてやると声を押し殺したように泣き始めてしまった。
泣き虫なところはあの時からずっと変わってなかったか。
「……やっと会えたんだね、僕たち」
「ああ。やっとだ。大変だった分感動もひとしおだな」
ムツキはずっと堪えてたんだろう、その後ろで今にも爆発してしまいそうで声が潤ってる。
主人はヒロインに良く似るとはよく言ったもんだ。
俺は片方の腕を空けてやった。
「ほら、お前も来いよ。ムネを一人にするつもりなのか?」
すると慌ててムツキも駆け込んできて、そこにピッタリ収まってきた。
「……僕も寂しかったよ。イチさんが無事でよかった」
「当たり前だ。くたばってたまるかって思ってこうしてしぶとく生きてやったよ」
「あはは……イチさんらしいなあ……」
今、間違いなく自分は二人を感じている。
これは夢でもない。ちゃんといつもの二人がそこにいるんだ。
それだけ分かれば十分だった。
「……ご主人さま?」
そんな時、後ろから聞いたことのない声がした。
正確に言えば、その声は耳にしたことはなくても自分が良く知っているものがいっぱい詰まっていて、その呼び方も間違いなく知っている。
丸みのある柔らかい声だった。
聞いているとものすごく落ち着くような、誰にでも受け入れられそうな可愛らしい声だ。
「ほら、もっと会いたがってる人がいるんだから行ってあげないと」
「ふふっ、ヒロインを一人にしちゃだめだよ?」
抱き着いてきた二人が離れていった。
声の持ち主はその後ろにいた。
小さな女の子だ。身長はまさに子供というぐらいに小さくて、ひらっとした白いワンピースみたいなヒロイン用の衣装を着ている。
全体的に柔らかそうな感じがする身体つきで、そんな彼女の性格を表すようにさらさらとした桃色の髪が印象的だった。
そして何より、目の前にあるその顔。
色々な思いが詰まった表情は……間違いなかった。
「……ご主人、さまですか?」
「……ああ」
間違いない。
いや、間違えるもんか。
ミコだ。本物のミセリコルデが、今俺の目の前に立っている。
人工知能ではない本物のミコだ。
いつものように俺の頼みごとを守ってくれて、いつもみたいに律儀に俺を待ってくれたんだ。
「よう、待たせたな」
屈んでミコに目線をあわせた。
会ったら何か色々と言ってやるつもりだったのに、気の利いた言葉が全く思いつかなかった。
……それだけ、俺も感極まってるってことだ。
「……はい」
俺のヒロインは短く答えて近づいてきた。
向こうもきっとそうなんだろう。
ヒロインは主人に似るというし、何か色々と言うことがあるのに言えないんだと思う。
「ミコ、ずっと待ってましたよ?」
それからミコは抱き着いてきて……もちろん受け止めた。
髪を触るとびっくりするぐらいさらさらしていて、背中に触れると不思議と温かかった。
それから、ぎゅっと抱きしめられるのを感じた。
「もうミコを独りにしないでください。ミコ、ご主人様がいないとダメなんですから」
ジャンプスーツの布地の上からミコの涙声が伝わってくる。
良かった。いつものヒロインがここにいる。
「ああ。分かった」
「……でもミコ、ちゃんとご主人様を待ってましたよ? ご主人様に頼まれたことも……ちゃんと果たせました」
「うん。ありがとう」
「えへへ、伊達にご主人様の相棒ですからね。……でも、時々、ご主人様に捨てられたとか、嫌われたとか、死んじゃったとか……毎日毎日いやなことばっかり浮かんできて、すごく辛かったです」
「……うん。待たせてごめんな」
「……でも、ミコ偉いでしょ? ご主人様の頼みとあれば、完璧にこなしちゃう子ですから。ちゃーんと守りましたよ? ムツキさんたちも、ご主人様の帰る場所も、ちゃんとミコが守りました」
「…………うん」
「……これから、また一緒に過ごせますか?」
「……うん」
「……良かったです」
「うん。」
ミコは肩に顎を乗っけて「もう大丈夫」といった感じでぎゅっと強く抱きしめてきた。
腕が解かれて離れていくと、短剣の精霊はいつもの自信たっぷりな顔つきに戻っていた。
俺だって負けちゃいられない。
起き上がって顔にきゅっと力を注いだ。
「ただいま! ミコ!」
「お帰りなさい、ご主人さま! これで平常運転ですねっ!」
ミコの元気の良い声を聞けて、生き返った気分になった。
これで俺はもう、元の112だ。
「ただいま、ムツキ!」
「お帰り、イチさん!」
ムツキも声にしっかり力が入っている。
気になるのは身長が想像以上に高いという点だけだ。俺を追い越すぐらいに。
「ただいま、ムネ!」
「イチさんおかえりっ!」
ムネはまだ声が濡れていたけどもう大丈夫そうだ。
目の前にはいつもの泣き虫で健気なヒロインがいる。
ムツキも、ムネマチも、ミコも、みんな無事だ。
みんな生きてて、しかもみんな俺を待っててくれたんだ。
それ以上の幸せがこの世界にあるものか。
ミコたちにとってはこの世界がスタート地点なのかもしれない。
でも俺の始まりは、あの文明が崩壊して不毛な荒野に暴力と死の恐怖が蔓延った世界にある小さなシェルターだ。
でも今日からここは俺の新しいスタート地点だ。
向こうの世界にはまだ気になることが山ほど残っている。
何故か分からないけど、俺にはあっちの世界で何かをするべきだという得体のしれない使命感を感じている。
また向こうに行かなくてはならないという気持ちすら何処かにあるぐらいだ。
だけどここに来るまで様々な出会いがあった。
それと一緒に困難が幾度も立ち向かってきた。
俺は行く手を塞ぐ壁に真っ正面からぶつかっていって、時には道を逸れて避けながらうまくこのフランメリアへやってきたのだ。
その結果がこれである。
ここが俺の本当の――いや、もう1つのスタート地点だ。
本当に、本当に、ここまで来るのに長い道のりを歩いてきた。
「ああ、そうだ……紹介しよう。俺の旅の仲間のサンディとレフレクだ」
おっと、仲間も紹介しなくちゃいけないな。
俺は後ろにいた褐色肌の狙撃手と、ふわふわと浮いている妖精を親指で示すと。
「……よろ、しく」
この世界に溶け込めていない凄腕の狙撃手はミコたちに軽く手を振って、
『はじめまして』
ついさっき仲間になったばかりの小さなヒロインはそう書かれたウィンドウを抱えてぺこりとお辞儀をした。
ようやく叶った再開に、二人は一緒に喜んでくれているみたいだった。
ここまで頑張ってきた甲斐があった、ってやつだ。




