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モンスターガールズオンライン!  作者: ウィル・テネブリス
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65/96

*60* 後片付けについて


「あああ~! 目が、目がぁぁぁぁ……!」

「い、いてえよぉ……死んじまう……!」

「俺様の、ミスリル鎧が……」


 満身創痍の患者が担架に乗せられて、そんな情けない声を上げながらすぐ横を通り過ぎていく。


「貴様がやったのか?」


 衛兵たちからぎろっと睨まれた。

 でもさっきの連中に比べれば、このトカゲっぽい女性の一睨みなんて大したことない。


「ああ、ユーフィーンとユキノは死んだ。俺が殺した」

「……冗談を言っているのか?」

「兄弟そろって仲良くあの世へいったよ」

「本当に……貴様が殺したのか?」

「ああ、二度と悪さはできないだろうな」


 手短に答えるとやはり信じられないといった様子で俺を一目見てから、


「あー……ところでフェルナー。怪我はないかい?」

「大丈夫っすよ団長。便乗するみたいにやっつけちまったけど別にいいっすよねこれ?」

「ははは、むしろよくやったよ。フェルナーがちゃんとお仕事するなんて明日は雪でも降りそうだね。」

「ひっでえ! あの鉄……鉄骨……のばんちゃ、いやまっちゃ? とかいうの倒したんすよ、俺!」

「ああ、鉄槌のレッチャね……。ってレッチャを!? 嘘でしょ!?」

「ほんとっすよ団長。ほら、イッちゃんも周りの奴らもみんな見てたし!」

「フェルナァァァァァァーーーーッ! お前はまた勝手に面倒ごとを起こしたな!? 怪我はないか!?」

「やべっライちゃんがきた! こっちくんなっ! こんな時に追っかけてくるんじゃねぇぇぇーーッ!」


 後ろで騒がしい様子のフィデリテの面々を見て、リザードの衛兵は「ふぅ」と緊張から解放されたみたいに息を漏らした。


「……ふっ。そうか、討ち取ったのだな」

「ああ」


 相手に短くうなずくと、意外にも衛兵たちは何も言わず右に左に分かれてすんなり道を開けてくれた。

 「通って良し」ということらしい。


「行っていいのか?」

「深くは問わん。それに我々の仕事は狼藉(ろうぜき)を働く者に対処することだ。構わず進め」

「そうか、じゃあな」


 てっきり今からあれこれ尋ねられて足止めを食らうと思っていたけど……そうでもないみたいだ。

 実に呆気なく、すんなり解放されてしまった。


「……待て、やはり少しだけ話しておきたいことがある」


 衛兵たちの間に足を踏み入れて進もうとすると、後ろから呼び止められた。


「なんだ?」

「まずは礼を言わせてくれ。奴らは罪のない人々に手をかけてきたが、神出鬼没で姑息な連中でずっと捕らえることができなかったのだ。ラーベ社にやられた罪のない人々もこれでやっと報われるだろう、ありがとう」


 そういってトカゲの衛兵は頭を下げて、今度は少しばかり親しげな表情を浮かべて、


「それから……あの二人は賞金首でな。ずいぶん前からその首にそれなりのメルタがかけられていたのだが……」


 柔らかくなった態度からずいぶんと明るい話題を持ち掛けてきた。


「いや……、いらないさ、なんだったら全部困ってる人たちにやってくれ。それより俺には先にやるべきことがあるもんでね」

「なんだ……いらないのか? ふふっ……変わったやつだな、貴様は。あとでやっぱり欲しかった、と言っても上げられないぞ?」

「俺の気が変わる前にさっさと誰かに渡しておいてくれ」

「承知した」


 ……でもまあ、今の俺にはどうだっていい話だ。

 今はポケットに収まりきらない沢山の金よりも少しばかりの休息が欲しい。


「……ああ、そうだ、あの時に賊と間違えてしまってすまなかったな」

「いや、こんな格好だし気にしちゃいないさ。今後はあんたらと仲良くやれるようにイメチェンしておくよ。じゃあ……またな」


 そう冗談を残して先を急ごうとすると、目の前のトカゲの女性たちはとうとう破顔した。


「……はははっ! 気に入ったぞ、人間。もし何か困ったら我々衛兵のところに来るとよい、その時は我々が親身になって君の悩みに付き合ってやろう」

「ありがとう。これから大変だろうけど頑張ってくれ」

「ああ……こちらこそ本当にありがとう、強き人間よ」


 俺たちはまた進んだ。

 今度はカズヤと……真っ赤な羽のハーピーの姿があった。


「お疲れカズヤー! よくやったわ! でもアンタちょっとしか倒してないじゃない!!」

「途中参加だったから仕方ねーだろ!」

「じゃあもっと早く行きなさいよ……。あっ、うちの馬鹿(カズヤ)がお世話になりました……」


 その近くを通り過ぎようとすると、赤い鳥の女の子がご挨拶に来た。

 やっぱりカズヤのヒロインだったか。


「お前は俺のオカンか何かか!? それはおいといて、見ててスッキリしたぜイチ兄さん! 楽しかったな!」

「ああ、助けに来てくれてありがとう。おかげで色々と助かった」

「へへへ、どーいたしまして。これでクラングルがやっと平和になるかもな」

「もー、あの時ほんとにびっくりしたんだぞー? いきなり「ちょっといってくる!」とか突っ込んでいっちゃって……あんた馬鹿なの? 死ぬの?」

「いやあ、(たぎ)っちゃって……。つーかお前もどさくさに紛れて全力でキックしてたじゃねーか、あいつ死にかけてたぞ」

「隙だらけだったあっちが悪いのよ! っていうか何が滾ったよ! 買い物ほっぽりだしていきなり突っ込んじゃって!」


 人間(プレイヤー)とヒロインか。

 そんな仲の良い二人を見ていると、なんというか、早くミコに会いたいという気持ちが胸の内側でどんどん膨らんでいくようだった。

 それは焦りを感じるほどで、俺は手で「じゃあな」とだけ伝えながらも先へ進もうとした……が。


「……ま、なんだ。おかえり、イチ兄さん! また組もうぜ!」

「おかえり! イチサン! あたしたちクラングルにいるからいつでも声かけてね!」


そんな声が聞こえて振り向くと、二人分の元気な笑顔がこっちに向けられていた。

……ああ、そうか。戻ってきたんだな、俺。


「……ああ! またな、二人とも!」


 なんだかつられて笑ってしまって、手を振ってから更に進んだ。

 出口が見えてきた。

 最後にもう一度だけ振り返ろうとすると、ちゃんとサンディがいることを確認して――


「……いこ」


 いつも何を考えているか分からない、ぼーっとしている猫のような表情の相棒がしっかりといた。

 そして俺たちはまだ混沌としている広場を後にした。

 ところが通りに出た途端、


「これでこのエリアは最後だ! 逃げられないようにしっかり縛れ!」

「身に着けてるものは全部剥がして拘束、そしたら一か所に集めて下さーい!」

「動くなよ! 少しでも変な真似を見せたら……」

「わ……分かったよ……、何もしねえから……」

「くそっ……どうなってんだよ……、ボスがやられちまったってマジかよ……」


 これはどういうことだろう。

 そこでは人間(プレイヤー)が、ヒロインが、数え切れないほど集結していて、いたるところで黒い鎧を着た連中をひっ捕らえていた。

 床の上には散乱したポーションの空瓶や打ち捨てられた武器や防具といったものが戦いの痕跡として残っている。

 捕まったやつらは全員ぎちぎちに拘束された状態で集められているようで、その周りにはしっかりと見張りの手が回されていて逃げようがなかった。

 当然そんなところに出てしまえば周りから一斉に身構えられてしまうものの。


「……ん!? あいつもラーベ社か!?」

「いいえ……残念だけど違うわ、さっき連絡にあった人だと思う。あの二人を殺した奴よ、あれ」

「なんだよ……紛らわしい。あんな格好してたら間違えられても仕方ないぞ」


 何故かは分からないけれども、すぐに何事もなかったかのように無視されてしまう。

 どうやらプレイヤーやヒロインたちが、統制の取れなくなったラーベ社のメンバーを片っ端から捕えているようだ。


「……これであいつらも終わりだろうな」


 後ろにいるサンディに聞こえるようにそう言って、俺はまた歩き出す。


 【XP+5000】


 人ごみを避けて何処かに向けて進み始めると、思い出したように経験値が入ったというお知らせが浮かび上がる。

 すっかり聞きなれたメタル風のBGMが流れてレベルが上がったことを伝えにきた。

 PDAの画面を確認するとボーナスポイントがちゃんと入っていて、【称号】を一つ習得できる状態になっている。


「……どう、したの?」

「いや、なんでもない。それより宿を探そう」


 しかしそんな音が流れても、周りにいる誰かには聞こえない。

 後ろにいるサンディすら聞こえちゃいない。

 このレベルアップ時の音楽が聞こえるのは俺だけで、「やった!レベルが上がった!」と喜べるのはこの世界に俺一人しかいないわけだ。



「……イチ、あれ」

「ん? あれ?」


 今はそのことを忘れようとポケットにPDAを突っ込んで進もうとするが。


『待って!』


 と、そんな文字が書かれたオレンジ色のウィンドウが空中にふよふよ浮かんでいる気がした。

 それが自分の目の前にあると分かって、俺は「まさか」と思ったのはいうまでもない。

 思わずその場で見上げた。


「……!! ~~!!」


 ――ああ、良かった。

 口がゆるんでていたらきっとそんな言葉が漏れたと思う。

 今にもまた泣き出してしまいそうなレフレクがすぐ目の前で浮いているのだ。


「レフレク! 無事だったか!」


 まだ目は腫れてるし少し元気がない。

 でも正直そんな彼女をこうしてまた見ることができて、とても安心したのは言うまでもない。


『しんぱいでした』


 オレンジ色のウィンドウにそう一言、いつもより小さくて自信のない文字が書いてあった。

 でも俺はこのことの約束通り、死なずにこうして生きている。

 どちらも死なずにこうして再会できたんだ。これほど嬉しいことがあるんだろうか?


「もう大丈夫、悪い奴はいなくなった。ほらおいで」


 ともあれこの妖精がこれ以上泣く理由なんてもうここにはないだろう。

 手で水をすくうような形を作って、レフレクの小さな体の前に差し出した。

 すると妖精はぱたぱたと掌の上に着地、ぺたりと座って腫れぼったい目で見上げてきて。


「……! ……!!」


 両手を上げてばんざい、といった感じでにっこり笑った。

 それはもう全身を使って嬉しいと表現するかのように。

 そのままレフレクが親指にぎゅっと抱き着いてきて、もちもちしてる頬ですりすりしてきた。

 髪が手にこしこし当たってくすぐったい。

 かと思えばちゅっと親指にキスされた。そしてまた頬ずりを繰り返す。

 なんだか手がこそばゆい。


「……! ……。」


 そして人の手を堪能したレフレクが立ち上がって、その場でぱたぱたと羽ばたき始める。

 妖精の身体がふわっと浮かぶと、腫れた目はともかくまたあの時のような温かい笑顔がそこにあった。

 これで大丈夫。これで彼女はすっかり元気になったみたいだ。


『ありがとうございました』


 彼女は空中でぺこりを礼をすると、最後にウィンドウいっぱいに書いた綺麗な文字で俺に別れの挨拶を送って来て――。

 俺はそんな彼女を見て。


「ついてこないか?」


 思わず、いや、あの時からずっと言おうと思ってたことを伝えた。

 何と言えばいいのか、『気が変わった』とでもいってしまえばそれまでだろうけど、今の俺にはこの子を仲間にする理由が二つもあるからだ。

 単純な話だ。

 あの時レフレクは俺を信じてくれたし、俺もまた彼女を信じた。ただそれだけである。


「……?」


 案の定「え?」といった感じのリアクションをされた。

 今にも何処かへ行きそうだった妖精がこっちにくるりと振り向く。

 続いて小さな手で自分に指をさして「わたし?」というように身振りで尋ねて来た。


「俺と一緒に行こう、レフレク。一人じゃ寂しいだろ?」


 もう一押し伝えた。

 するとどうだろう。

 言葉の意味をようやくかみ砕いたレフレクの目からじわっ……と涙があふれてしまって、


「~~~~!! ――――!!」


 よっぽど嬉しかったんだろうか?

 彼女は今まで見た中で一番うれしそうな顔を浮かべてこっちに飛び込んできた。

 額のあたりまで飛んで来るとまず初めに、ちゅ、と啄むようにキスされた。

 そして橙色の髪の妖精は満面の笑みをこっちにしっかり見せつけてきてから、ジャンプスーツ越しの肩へと向かってぺたりと着陸。


 【レフレクが仲間になりました!】


 丁度いいタイミングで緑色の文字が浮かんできた。

 112という人間の特等席に座った彼女は、こうして俺たちの仲間になったわけだ。


「さて……行こうか」


 レフレクを肩に乗せたまま再び進んだ。

 狙撃手に妖精にジャンプスーツを着たプレイヤーという変な組み合わせだけど、そんな俺たちをこの世界は受け入れてくれるだろうか?


「……よろ、しくね?」


 横からそんな声がしたので横目で確かめると、明るい妖精は褐色肌の狙撃手に向かってけらっと笑っていた。


「しかし……あれだよな、得体の知れない薬を二本も打って、一人で突っ込んで、大勢に囲まれて……良く生きてるよな俺。ぶっちゃけあそこで死ぬかと思った」

「……わたしの、おかげ」

「……!」

「最初にあいつらの足止めしてくれたのはマジで助かった、お陰であいつら釘付けになってたしな。……っておい、こら、首にすりすりするんじゃない」

 新しい仲間を迎えて三人になった俺たちは、とりあえずこの通りから出ることにした。


「よし、決めた。宿見つけて寝るぞ! 絶対寝る! この世界に来た記念に明日の昼まで寝続けてやる!」

「……わたしも、ねむい」

「……!!」


 なんだか今日はとても疲れた……まあ、色々あったから仕方がないといえば仕方がないが。

 この世界に来れたと思ったらいきなりオークの相手に銃を向けるハメになったり、得体のしれない薬でハイになったり、敵のど真ん中に単身で飛び込んだり……たった一日でどんだけ無茶したことか。


「ということで宿探しだ。探すぞサンディ」

「……うい、だぶるがいい」

「ダブルは駄目だ。あとレフレク、首にぐりぐりするんじゃない」


 だから今日の目標は寝床の確保だ。

 頭を擦りつけてくる妖精をなだめながら、ひとまず宿のありそうな場所を探すことに――。


「おーい!!」


 ……おいおい、今度はなんだ?


 人がいざ次なる目標に向かって進み始めたっていうのに、あからさまに俺に向けられたような誰かの声を背後から感じた。

 面倒に思いつつ肩のレフレクと一緒に振り向くと、誰かが叫びながらこっちに向かって猛ダッシュ中だった。


「ちょっと待ってー! そこの人ー!」


 そいつはなんだか妙に背の高い奴だった。

 年齢は二十代前半あたりだと思う。

 顔つきは悪くない。少しおっとりしているものの綺麗に整っていて、遠目に見てもきりっとした美男子として見えると思う

 格好は全体的に青くて、ジーンズに鎧のパーツを組み込んだようなものに、青い上着に使い古されたブレストプレートを重ねている。

 髪もさっぱりと整ったショートヘアで深い海のような紺色をしている。

 いちばん特徴的なのがその背丈だ。誓って180㎝かそれ以上はある恵まれた身長が肉体面での豊かさをこれでもかと押し出していた。


 ……つまり高身長イケメンのことだ。憎たらしいぐらいの。

 ただしその身長にだけは見覚えがある。

 こいつは確かラーベ社と戦っている最中に銃を投げ入れてくれた人だ。


「どうした? 俺になんか用か? 悪いけど死ぬほど疲れてるんだ」


 そんな背にも顔にも恵まれている奴のためにわざわざ立ち止まると、


「……イチさんだよね!?」

「うおっ!?」


 そんな背にも顔にも恵まれている奴がいきなりがしっと両肩を掴んできた。

 かなりの力だ。レフレクが飛び上がって緊急回避した。

 それを敵だと勘違いしたのかサンディが小銃(ライフル)に手を付けようとしたのが見えて、片手で「やめろ」と制した。


「いきなり何だよ!? 確かに俺はイチだけど……」

「112だよね!? 1と1と2で112!?」


 質問に俺が答えると、高身長イケメンくんは薬でもキメてるんじゃないかと思うぐらい興奮した様子で聞きほじってくる。


「いや……112だけど……それがどうしたんだ?」

「やっぱり!そうだ!」


 とても正常な精神状態とは思えない勢いでそいつがしつこく聞いてくるので、下手に刺激しないようにゆっくりと答えると。


「……イチさん! 僕だよ! 僕が分かる!?」


 俺よりもずっと背の高い男は今にも泣きそうな情けない顔で喚き始めた。

 正直なところ気味が悪くてドン引きだった。

 でもなんというか、すごく懐かしく感じる喋り方だった。

 忘れかけてた何かを思い出させてくれるような――その声を聞くのは初めてだったのに、なんだか今まで何度も聞いてきたもののように感じさせられて。


「お前、まさか……」


 俺は「まさか」と思った。

 驚きと期待感が攪拌(かくはん)されたような複雑な感情が湧いてきて、思わず目の前の男を『ある人物』と重ね合わせてしまう。

 それから、相手の態度を良く見て気づいてしまった。

 これ以上の言葉が出てこない。

 だけどそうしなくても目の前の男――いや、俺の友人は分かってくれている。

 そいつは、いや、ムツキはでかい身体で更に近寄ってきて、


「そうだよ、ムツキだよ! ずっと探してたんだよ! 僕が分かる!? 覚えてる!? イチさん!」


 そいつは俺がずっと探していた人間で間違いないと証明してくれた。

 間違いない。こいつはムツキだ。俺の知っているムツキだ!


「……おい、お前……マジで……ムツキなのか?」

「……そうだよ! ムネさんも、ミコさんもいるよ! 僕たちずっと、イチさんのこと探してたんだよ!?」


 ようやく再開できた友人の背後から見覚えのある姿が二人、こっちにやってきた。



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