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モンスターガールズオンライン!  作者: ウィル・テネブリス
モンスターガールズオンラインへ!
64/96

*59* 終わったら終わったで

 薬の効果はとっくの昔に切れていたんだろうか。

 身体に流れてた熱いものが抜けた代わりに、頭の中はすっかり冷えていた。

 それになんだか気分もいい。スカっとしている。


「おい、なんとかいったらどうだ? そういえばさっき殺してやるとか言われたよなあ? つまり今ここで殺されても誰も文句は言えないわけだよな?」


 目ぼしい奴はいないかとみていると、呆然としている革製のコートのようなものを着た男がいた。

 完全に戦意喪失といったような姿だ。ぶっ倒れて苦しげにしているやつらのど真んで呆けている。


「おい、お前。助かりたいか?」


 (いか)つい面々の中じゃあからさまに底辺だと思われるような頼りない顔立ちだ。

 見てて苛立つほど女々(めめ)しい顔の整い方で、小さめの革製コート越しに貧弱そうでほっそりした身体のラインを浮かべている。


「た、助かるほうが……いいです……はい。で、でもおれ……この人達に脅されて仕方なくやってて……」


 そんな奴が返事代わりに涙目で命乞いしてきた。

 肯定と受け取った。だから指で周りで倒れた奴を示して。


「そうか、じゃあ一仕事してもらおうか?」

「えっ……な、なにをすれば……いいんだ?」

「お前らの持ってるもの全部よこせ! 全部だ!」


 弱そうな目の前の男に命じた。

 とりあえず着ているもの、身に着けてるもの、その他全部剥ぐようにと。

 このまま放っておくといずれまた襲ってくるかもしれない。

 それなら全部奪って無力化するのが一番だ。武器も、服も、金も、全部だ。


「はっ……はぁ!? 全部って……」

「分からないのか? 全部だ。身に着けてるもの全部! あるもん全部よこせ!」


 こいつらならリーダーがいなくても物さえあれば生きていられる。

 逆に何もなくてもリーダーさえいれば生きていられる。それなら両方奪ってしまえ。

 奪った分、すべて奪い返してやる。


「さあクソども。有り金と持ってるモン全部ここにおいて俺に見逃してもらうか、それが嫌なら頭吹き飛ばされるか、どれにする? 全部でもいいぞ?」


 俺はまだ動ける奴らにそう命じてから散弾銃(ショットガン)の銃身を折って「二発だ」と見せてやった。


「ひっ……わ、分かりましたぁ! ぜ、全部差し上げます!だからどうか……」


 目の前の女々しい奴は酷く怯えてがっくんがっくんとヘッドバンみたいに上下に頭を振って始める。

 それから残った仲間と周りの装備を剥ぎ取り始めた。倒れた大男のミスリルの鎧も、ユーフィーンが落とした杖も、俺が落とした投げナイフも。


「少しでも抵抗する素振りを見せたらこいつで『どーん!』だ。俺が手加減すると思うなよ? こいつはてめーらの頭を丸ごとぐちゃっと吹っ飛ばすぞ。引き金も羽みたいに軽いからうっかりミンチにしちゃうかもなぁ!?」

「イチ兄さん、あんた盗賊かなんかか。ていうか何この状況? なんでこいつらが逆に剥ぎ取られてるの?」

「なにやってんだよイっちゃん……」

「……あの人怖いよー」

「えげつねえ……。盗賊かあいつ……?」

「流石にあれはやり過ぎじゃないのかな……!?」


 ギャラリーどころかカズヤとフェルナーもドン引きだ。

 だけどこうしておけば黙って放置しておくよりは仕返しを食らう可能性は低い。

 ただし少しでも変な動きをしたら文字通り撃つ。本当に撃って殺す。

 口に銃口を捻りこんで空高く打ち上げてやる。


「おら早くしろ! 持ってるもの、財布、着てるものも全部ここに置いてきやがれ! 倒れてるやつらの分も全部だ! 借りた物は全部返せ! 早くしないとおめーらのリーダーみたいに一人ずつ口ぐっちゃぐちゃにして総入れ歯にすんぞコラ! 余所見すんじゃねえ!」

「はっはひいいいいいいっ! い、今すぐ集めます! みんな早く集めろ! オレたち殺されるぞ!」

「く……そ、が……今、どうなって……。」

「おおおい起きるな! 黙っとけ! 死んだフリしとけって!」


 時折、こちらの様子を伺っている奴もいたので背中を蹴ったり散弾銃で殴りながらも『収穫』を促す。

 剥ぎ取ったものが目の前にごろごろ投げこまれていく。

 パーツごとに分解されたミスリル鎧に、ラーベ社の奴が持っていた大剣やナイフに切断された斧が雑多に固まって奇妙なオブジェが完成した。


「ぬ、脱ぎました!」

「おいお前、他の奴も脱がして俺の前に全部置け。パンツは残せよ、靴下もそのままだ。」


 しばらく見ていると各々が服を脱いで、ぐったり伏せている奴からも服と財布を剥ぎ取った。

 慌てまくっていきなりびりびりと破いた者もいる。

 そうして脱いだ服が丸められて、財布と一緒に転がってきた。

 俺は念入りに散弾銃を突き出しながらも一つずつ拾う。

 ずっしりとした重さがして、相当に溜め込んでるみたいだ。


「よーしいいぞ。隠そうなんて考えるなよ? おいフェルナー、持ってろ。」

「え、ええー……。もうこれ、やってること強盗と同じじゃね……? あれ、これじゃ俺も共犯じゃねえの?」


 投げられた汗臭い兜にそれを詰め込んで片手でフェルナーに無理矢理預けた。大漁ってやつだ。

 目の前に残った服を丸め込むように抱えて、集められた武具に被せてから触れると【分解可能!】と視界に文字が浮かんだ。

 すぐにまとめて『分解』――おっと、一つ目の子がくれた盾は忘れず回収して実行した。


【リソース入手:金属3500 布2000 ミスリル3000 木材500 金200】


 目の前で一杯に積まれていたものが一気に解けて嬉しいお知らせが視界に映った。もしかすれば今までで一番の入手量かもしれない。

 これで資源(リソース)が一杯手に入って、武具も消せて一石二鳥だ。

 問題は『分解』した武具がこの露店通りで奪ったものかもしれないと言う点だけである。


「フェルナー、その金はお前にやる。後は好きにしろ」

「はっ? やるって……おま、どーいうことよ!?」

「自分がなんなのか少し考えろアホ!」


 さてこれからどうしよう、ここから逃げるか? それとも衛兵が来てくれるの待つか?


「ううっ……おれ、ほんとに何もしてないのに……」


 なんて考えていると、さっきの女々(めめ)しい奴がぶつぶつ不満を言いながらもこっちを睨んでいた。

 しかもまだ服を着ている。よほど気に食わないのか命令に従っていない。


「おいお前! お前もだ! サボってんじゃねえ! 他の奴は両手を後ろで組んで地面に伏せろ!」

「さ、財布もって……分かった! 出せばいいんだろ! だからその銃降ろせよ!?」


 お前だけ特別扱いはさせねえぞ、と付け加えて散弾銃を顔面に突きつけた。

 するととてつもなく嫌そうな素振りでそいつはローブのポケットから皮製の財布を取り出して、突き出してきた。

 分捕(ぶんど)って開くと――銀貨が一枚しか入ってない。たったの一枚だ。

 こいつはひょっとして何処かに金を隠しているんじゃないんだろうか? そんな気がしてきた。

 いや絶対そうだ。


「ああ!? たったこれだけだぁ!? まだあるだろ!? 何処に隠してんだよ!?」

「だ、だからおれは嫌々やってただけなんだって! だから金も持ってないんだよ、信じてくれよ!?」

「お前の都合なんかしるか! じゃあ脱げ! そしたら信じてやる! 服を全部脱げ!」


 散弾銃の銃口を目の前の女々しい奴に、時々後ろで両手を組んで伏せている奴に向けながら服を脱ぐように命じる。

 こいつが何か武器を隠し持っている可能性だってある。いまいち信じられない事も言っているし油断は出来ない。


「ぬ、脱げって……流石にそれは……」

「じゃあ死ぬか!? ああ!? じゃあテメエの頭を挽肉にすりゃいいんだな!?」

「わ……分かったよ……!」


 出来る限り強い口調でもう一押し。ついでに散弾銃の銃口でごつっと額を突いた。

 そこで折れたのか相手は渋々脱ぎ始めていく。

 気付けば隣でサンディが次の矢を番えてあちらこちらと忙しく構えてくれている。


「イっちゃん、流石にえげつねーわそれ……」

「ああ!? サボり魔のくせにごちゃごちゃうるせえよ! 見てないでお前も手伝え!」

「いや、あのな、俺って一応……この街に雇われてる身なんだぜ……?」


 なんだかフェルナーも共犯のようになっているけど、こいつなら別にいいだろう。

 そうやって女々(めめ)しい奴がまずブーツを、次に紺色のハイソックスを、そして革製の魔法使いの衣装をがばっと脱ぐ様子を見ていると、最初に白くてむちっとした太ももとお尻を包む真っ黒なショートスパッツが見え――。


「ぬ……脱いだぞ畜生!! これでいいんだろクソが!?」


 見えたけれど。

 いや、見えてしまった。

 これは一体どういうことだろう。

 何故俺の目の前に、下着姿の女性が泣きっ面で立っていて罵声を浴びてくるのか。


「あー……えー……? じょ、女性……?」

「なっ……なんだよっ!? おれが女で文句あるのか!?」


 すごく困って、どう返してやればいいのか言葉に詰まった。

 率直に言ってしまえばその女々しいやつは女性だったということである。

 背は俺やサンディよりも低いといったところか。サンディのように豊満とまではいかないものの、するっとした細い骨格に柔軟さを感じる程よい肉付きをしている。

 胸は、まあ、この際サンディのことは引き合いに出さないとして、胸もお尻も平均的に肉がついて、ほんのり筋肉がおまけ程度についてるようなものだ。

 胸だって大きいとは言えないけどそこそこ、中途半端に育っているから黒いスポーツブラをしっかり膨らませている。


「こっ……この鬼! 外道! レッサーデーモン!」


 肝心の顔は――なんだか不思議な事にさっき見た時よりも女性的に感じる。

 やさぐれたラーベ社の面々というよりは、ただのキリっとしたボーイッシュな女性の顔だ。

 ただし恥ずかしいのか悔しいのか今にも泣き崩れそうで、頬を膨らませながらこれから死ぬまで一生恨み続けるような勢いで睨みつけてきている。


「ちょっ、おいおいおいおい……こいつ女だったのか!?」

「ひゅう! 女の身ぐるみ剥いで泣かせるとかこりゃ完全に変態サイコだわイッちゃぐふう!?」


 とりあえずドン引きする二人から事の重大性がひしひし伝わってくる。それからフェルナーがうるさいので脇腹に肘を強く当てて黙らせた。


 ――なんてこった、女性だった。

 そして俺はそんな相手に追い剥ぎして公衆の面前で裸にさせたということになるわけで。


「そのまま地面に伏せて床舐めてろコラァ!」


 「だからなんだ!」という結論に落ち着いた。

 すぐ持ち直した。

 散弾銃をホルスターへ捻りこみ、ついでにフェルナーに拾った盾を無理やり持たせて、


「お、覚えてろよ! お前のこと一生忘れないからな! いつか仕返ししてやる!」

「うるせえ、今度目の前に現れたらぶち殺すぞ! じゃ、後は頼むわフェルナー。フィデリエの人達で頑張って対処してくれ!」

「おまっ……何処行くんだよおい!? いやいやほんとにいっちゃうのかよぉ!?」

「よしずらかるぞサンディ! こんなところにもう用はねえ!」

「……うい」


 下着姿のそいつを伏せさせて速攻でその場を離れる事に。

 いそいそと露店通りから出て行く。人ごみがぱっくり割れて作られた道を二人で真っ直ぐ歩いた。

 その途中、そいつらが俺達に向けていた表情は少なからず「スッキリ」していたような気がする。

 サンディと並んで作られた道を渡ってからふと振り返ると、下着一枚に剥かれたラーベ社の奴らはまた群集に閉じ込められていった。


「よっ、お疲れさん」


 その途中で、壁に寄りかかっていた緑色のスーツの男に声をかけられた。

 サングラスのせいで目元は隠れているものの、口元はニヤっと笑って愉快そうだ。


「あんたは……さっきのか。()()()()ありがとよ、助かった」

「おー! ちゃんとお見舞いしてくれたな? ま、あれ失敗作なんだけどな。あんなのにやられるとか俺もびっくりだわ」

「失敗作ってお前……」


 そいつは大げさな手振り身振りで良く喋る男だった。

 でもまあ、そんなに嫌な感じはしない。まあサンディは不愉快そうに見ていたけれども。


「俺は……タカテュ、アイメンマハだ! ポーションとか色々売ってる。まあまた会おうぜ」

「あー、えーと、タカテュ……?」


 アイメンマハと名乗った男はフレンドリーに両手を広げて「へへへ」と笑った後、


「アイメンマハ! 長いからメンマでいいや。じゃあな! また今度!」


 そのままくるっと広場の方へ戻っていった。

 どうやらそいつの仲間なのか、眼鏡をつけた小柄な女性とフードで頭部を隠した男が緑スーツの男の姿を退屈そうに見ていて。


「ごめん、ジェイスとレレさん! もう済んだぜ!」

「遅い」

「レレさん激おこやぞ、メンマ。用は済んだしさっさと戻るぞ」

「フライドチキンおごるから許してー!」

「許す」

「許すんか……」

 

そんな二人に囲まれるようにアイメンマハ――もといメンマは人ごみの中に消えていった。


「くっそおおおおおおお! てめーら、そこをどきやがれ!」

「リーダーは、リーダーはどこいっちまったんだ!?」

「なんで俺達裸にされてんだよ!? おい、どけ! 俺達はラーベ社だぞ!? こんなことして済むと思ってんのか!?」

「逃がすなー! 囲め囲めー!」

「このまま衛兵に突き出してやるからな! 覚悟してろよ!」

「盗んだぶん金返せー!」


 俺達の後ろでは目でも覚ましたのか、やかましい声がぎゃーぎゃー上がっている。

 しかしそれに負けないくらい威勢のいい、老若男女関係ない抗議の声があたりを塗りつぶしていく。

 きっと露店通りの人達はひん剥かれた黒鎧たちが尻込むほど「激おこ」状態だ。


 ――散々な状態になっているけどこの世界なら『サーチ』の街みたいなことにはならないとは思う。

 これ以上気にはしなくていいはずだ。


「よーしサンディ、ややこしい事になる前にさっさとずらかるぞ。荷物を返してくれ」

「……うい。おもかった」


 人ごみを避けて歩いていくと、サンディがローブを脱いで何時みても大きな褐色の塊と、それからいつの間にか手に入れていた弓が見えた。

 ひとまず預けていたバックパックやら自動小銃やらを返してもらった。

 背負うと相変わらずずっしりとしていて、いつもの重みが自分を引き締めてくれる気がした。


「襲われたようだけど大丈夫か? 怪我はないか?」

「……フィデリテに、助けてもらった」

「あいつらに助けてもらったのか?」


 いまいち信じられないけれど、サンディはフィデリテ騎士団の連中に助けてもらったらしい。

 一体だれかは分からないしどういう状況だったのか分からないけれども、助けてくれて有難いことは確かだ。


「……そうか。ありがとう、サンディ。今日もまたお前に助けられた」

「……もっと、ほめて」

「後で幾らでも」

「むー」


 渡した武器が手に戻った――さっきよりずいぶん軽く感じる。

 ふと弾倉(マガジン)を抜いてみるとやはり軽い。だいぶ弾が減っている。

 まさかと思って銃の照準を調べてみるとピープサイトが長距離に設定されていた。

 そういえば途中で銃声が変わった気がする……、そうか、こいつで撃ってたのか。


「……まさかこっちで狙撃したのか?」

「……うん、貫通、しちゃうから」

「おいおい……こんなのでどうやって当てたんだ?」


 弾が減って軽くなった自動小銃をいつものように吊るして、また進んだ。

 そこで「そういえばその弓は?」と何処で手に入れたのか分からない武器について聞こうとすると。

 ぎゅん、とサンディがいきなり真横に曲がったせいで掴み損ねた。

 なんだと思って目で追うと、あいつは片手に握っていた短弓(ショートボウ)を小さな店の前にずいっと突き出していた。


「あっ、さっきのお姉ちゃん。おかえり!」

「……ただ、いま」


 ミコのように尖った耳の女の子が開いている露店だ。

 店の前に手作りの弓やら矢が置いていることから、店主はそういったものを作成できる【木工】スキル持ちかもしれない。

 そうとなれば多分、エルフの子だ。

 エルフという種族のヒロインは弓を作るときに性能にボーナスが与えられるからきっとそうだ。


「……勝手に使って、ごめんね。これ……いくら?」


 そんなサンディは小さなエルフに向けて、これまたいつ手に入れたか分からない財布を短弓と一緒に差し出そうとしている。

 その財布はさっきの奴らのものだろうだけどまあいいやと思った。

 エルフの子は呆気に取られて褐色肌の爆乳娘を見上げている。

 多分位置と身長の差の関係上、胸で顔が見えてない。


「……ううん、いらないよ!」


 ところが、エルフの女の子はにへっと笑って可愛らしい八重歯を見せた。

 それから小さな腕をサンディの腕へ伸ばして。


「へへへ、特別にお姉ちゃんに譲ってあげる。私の弓強いでしょー? これはいい宣伝になったかも!」


 彼女は明るく笑って返そうとした弓を押し返した。

 その時にほんの僅か、サンディがマスク越しに笑った気がする。

 エルフ特製のショートボウを手に入れたサンディは掴みどころのない表情を浮かべて、ジャケットの背中の金具に引っ掛けて。


「うぇい」

「うぇい! 木工スキルが上がったらもっと強いの作るから、その時は買ってね!」

「……うい」

「うい!」


 褐色の手を差し出して真っ白なエルフへと二度ハイタッチを求めた。

 エルフの子がぴょんぴょん跳ねてなんとかタッチを返して無事に成立。二人はご機嫌な様子で別れた。


「良かったなサンディ、じゃあ行くか」

「……うん。どうする、の?」

「うーん……なんか疲れたし寝るところかな。確かクラングルには宿があったはず。寝床を確保してから考えようか」

「……だぶる、べっど?」

「ダブルはもう駄目だ」


 これで一件落着……に見えてとんでもなく面倒臭いことになっているので、貰うものは貰って早くここから出て行こうとすると。


「さあ進んだ進んだ! ラーベ社の奴らをどんどん捕まえていくよ!」

「はいはい皆さん!今まで動けなかった分たっぷり働いてください! 抵抗する人間がいれば何が何でも無力化してください!」

「次は露店通りだ! 他所で味方が食い止めてる間に速やかに制圧するぞ!!」

「今までのお返しだ! 遠慮なくやるぞって……あれ? なんか妙に静かじゃないですかこれ……?」


 絶妙なタイミングで露店通りの入り口からぞろぞろと白い鎧を着込んだ奴らが飛び込んできた。

 統一された衣装に、立派な見てくれの剣やら槍やらを手にして臨戦態勢の物騒な面々だ。

 その先頭でついさっきまで昼飯を一緒にしていたはずのリクがいる。

 つまり、フィデリエ騎士団の連中が今更になってやってきたらしい。

 ただし、全員血や傷でぼろぼろになっている上に息を切らしていたが。


「間に合ったか……って、なんだいこれは!? どうなっているんだ!?」

「よおリク。何しにきたんだ?」


 突入してきたリクたちに映るのはきっとあれだ、ひん剥かれて取り囲まれたラーベ社の奴らだろう。

 完全武装で入り込んできたフィデリテ騎士団の面々は一瞬、何があったのか、どうすればいいのか分からず停止していて、


「何って……ついさっき魔女様の指示で市内に現れたラーベ社を一網打尽にするところ、だったんだけど……ここにギルドマスターがいるっていうから……えーと?」

「あの……おじさん? 各地の協力者からラーベ社のメンバーが次々と撤退、もしくは投降してるって……報告がきてますけど……」

「ええ……? どうなってるのこれ?」


 リクがいうにはフィデリテ騎士団はラーベ社と戦っていた、ということなんだろうか。

 ともあれ、もしそうなら手遅れだ。


「ああ、ちょっと喧嘩した」

「喧嘩ってレベルじゃないよねえこれ!? なんか大変なことになっているんだけど!?」

「ついでにラーベ社のボスが死んだ」

「死ん……えっ!? 誰がかな!?」

「マスターとサブマスターだ。二人とも死んだ」

「おじさんの聞き間違いじゃなかったらユーフィーンとユキノっていうプレイヤーだよね?」

「だから、そいつが死んだ」

「死んだって……」


 リクは混乱している。

 まず何から話せばいいか……いや、面倒なので無視してさっさと別の場所に移動しようかと考えていると。


「おっ、団長! 遅かったじゃないっすか」


 ラーベ社の連中を取り囲んで一発触発、今にでも暴徒と化してしまいそうな観衆の中からにゅるっとフェルナーが現れて、危機感もクソもない態度で割り込んできた。


「フェルナーじゃないか……っていや、あのこれ……どうなってるのかな? ちょっとおじさん理解に苦しむよ」

「イッちゃんがやらかしたんで便乗しました。そんだけです」

「……えー……、なんか絶望的にややこしい事になってないかい? どうしてこうなったんだい?」


 フェルナーが困惑するリクの視線を遮って、取り囲む群衆を剣で示してへらへら笑う。

 けれどもあいつは注意しないと分からない程度に、使っていない方の手の親指で出口をくいっと指し示して、目でちらちらと俺を見ていた。

 どうやら今のうちにさっさと逃げろということらしい。こればっかりはフェルナーにも感謝だ。


「イっちゃんがキレて殴りこんで、ばったばった倒してるところに加勢して……まあこの有様ってやつです。被害者はそこにいるんで事情聴取したほういいっすよ団長! ああそれとぶちのめされたラーベ社のやつらも起きてあっちで一発触発状態だしマジやべぇです! おわりっ!」

「……うん、混沌としてるってことは分かったよ」

「てことで捕まえちゃいましょうぜ団長。イッちゃんが半殺しにして今にも死にそうな奴もいるから治療してやんないとやべえっす」

「えっ、これイチにゃんやったの……?」

「俺とそこの顔面血まみれの奴も加えて三人でこう、ぼこっとやっちまいした」

「……よ、よしみんな! ここに集まってる人達を隔離、ラーベ社のやつらを全員拘束するんだ! イングリッドは事情聴取を……」

「……ああ、こんなに一杯おいしそうな血が……はっ! だめだめ! 今すぐ被害者の方に連れて来ますね!」

「あっ!あとあいつらが今まで奪ってきた金が返ってきました。ほらこんなに! どうしますこれ?」

「ど、どうなってるんだ本当に……!!」


 白い鎧の集団は与えられた指示の元、きりきり動いて人ごみを払ってラーベ社を取り囲んでいく。

 が、パンツ一枚にされたままのよりどりみどりの男たちを見たリクが、


「って……うほっ、ほぼ裸のいい男が一杯いるじゃないか!? おじさんも一緒に拘束しちゃうぞ!」

「おじさんんんんん!? 流石に場の空気を読んで下さい! なに欲情してるんですかこんなときに!? っていうかなんでこの人達パンツ一枚に靴下だけなの!?」


 とても汚い発言をしながら目の色を変えて黒鎧のいるところへ飛び込んだ。

 流石のイングリッドも押さえ込もうとその背中を追いかけていく。

 あんな変態にこの街を任せて本当にいいんだろうか。


「さあ悪い子は捕まえちゃうよー。おかしな動きをしたら……分かってるね?」

「だ、団長! ここは我々が引き受けますのでどうか下がって! 脱がないで下さい!」

「世間の目の当たりが悪くなるから引っ込んでください! お願いします!」

「もうやだこの団長! なんで男絡みになるとこうなんだ!? お陰でうちら勘違いされてるんだぞ!?」


 結果的にこれでリクたちの注意が逸れた。

 フィデリエ騎士団のメンバーが一斉に無力化された連中へ近づいていく。それとホモの変態も。

 今がチャンスだ、こんなところ早く出て行って――。


「待たせたな、リク殿! 助太刀に来たぞ!」

「有志が手を貸してくれてかなりの数を減らしたぞ! 後はマスターの首級のみ!」

「って何事だ!? その倒れてるやつらは……ラーベ社の奴らではないか! それになんだこの凄まじい量の血は!?」


 と思った矢先にその後ろからトカゲな女性たちが十人ほど、槍を構えてずらっと立ち塞がってきた。

 クラングルの衛兵達だ。

 結果、出口は隙間なく塞がれた。

 しかも先頭に立っていた一人にばっちり目をつけられて、まるで賊か何かでも見るような怪訝な目が一斉に全員分飛んできた。

 そりゃそうか。真っ黒で手や顔に返り血がついてればラーベ社のメンバーか、ただの盗賊にも見えるかもしれない。


「待たれよ! 貴様、何処へ行くつもりだ?」


 衛兵の一人が言葉を突き出してきた。

 槍は構えられていないものの、少しでも妙な動きをすれば本当に串刺しにされそうな雰囲気だ。


「ここがやかましいから離れようとしてるだけだ。構わないでくれ」

「では尋ねるがなぜ血で汚れている?」

「これは……その、あれだ、ちょっとトラブルがあった」

「トラブルだと? 我々は奴らの大将がここにまだ居ると聞きつけてやって来たのだが……どうして奴らがあそこであられもない姿で丸まっている?」

「ああ、それは……」


 後ろにはフィデリエ騎士団、前には衛兵。

 困ってサンディと顔を見合わせれば、「どうするの」と相棒は首を傾げる。

 答えに詰まれば詰まるほど怪しまれていく――だからなんだかもう、面倒臭くなって。


「全員ぶちのめしてやったよ」


 お手上げとばかりに腰のホルスターを叩いて適当に答えた。

 すぐ後ろで「心配したんだからねこのバカズヤー!」とか聞こえて、ばちーんと誰かが叩かれる音が響いてきた気がする。


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