*58* 泥仕合(3)
三人でこの惨状にどうコメントするか困って「あーどうしよう」と顔を見合わせていると、今更になってざわざわと観衆が動いて通り道を作っていく。
まるで「さあどうぞお帰りください。」と、俺達か、仲間を全員やられて一人取り残されたリーダーに通ってもらうように。
「お前らの……」
目の前でラーベ社のリーダーは震える声を上げながら周囲を見渡す。
今にも折れそうなぐらい杖を握っていて、無力化されて使い物にならなくなった仲間を見て酷く腹立たしそうだ。
「お前らのせいだ……! この、役立たずめ。たかがこんな男一人に沢山やられて、そのくせ下っ端のクセに俺に指図して……このザマだと……? あの悪夢みたいな日から命からがら逃げ出してきて、ようやくここまで上り詰めてきたのに……なんだ、なんなんだ、この有様は……! 俺たちの夢が! 俺たちの輝かしい未来が! たった一人の奴にこんなところで壊されちまうだと!?」
傷はすっかり治って、出会った時のように発音もすらすらしている。
そいつは役に立たなくなった鎧の男――鉄槌のレッチャとかいうやつを踏んづけた。
それから俺達に真っ赤になった顔を向けてきた。
歯は剥きだしで顔中の筋肉をびくびく痙攣させて、やり場のない怒りに打ち震えている。
「やる気もなくだらだらとこの世界で過ごしてる連中から物を奪って何が悪い? そういった連中には俺達みたいな『気付け薬』が必要だろ? 確かに俺達は物は奪った、女子供に乱暴もした! だがな! イチ、お前ほど人は殺しちゃいねえ! お前は沢山の人を殺してきたはずだ! 俺の部下も、俺の弟もだ!」
「……それで?」
「俺達はこのクラングルの必要悪であって正義だ、だから今まで俺達のやってきた事は許されてきたんだ! 現に誰も文句を言わなかっただろ!? この街を仕切る魔女だかなんだかしらんが、今までずっと俺達が盗もうが乱暴しようが黙認されてきたじゃねーか!」
「はあ」
「街を守る事で精一杯のクソトカゲどもも! オーク相手に逃げ出す腰抜けのフィデリテの奴らも! ここの平和ボケした連中も! そこの単眼奇形野郎も! 俺達がいないと駄目なんだよ! この街は俺達がいるから成り立ってんだよ!」
言ってることはよくわからない。
支離滅裂な部分は弟と同じってところか。
「お前さえ、お前さえいなけりゃ俺達はこのまま何事もなく過ごしてた! もしかしたら俺達がこれから先この世界を救えるのかもしれないんだぞ!? 俺の大事な弟をあんなおぞましいやり方で殺して、化け物みたいに部下を次々ぶっ殺して、ヒーロー気取りで俺たちをやっつけられてご満足か!?」
「……ねえまだ終わらんの? ちょっとなげーから一行にまとめておくれよ」
すぐ隣でフェルナーが横から口を挟んで、ものすごく盛大な欠伸をかました。
こいつは完全に空気を読んでいない。それどころか話も聞いてないだろこいつ。
「……ああ、えーと……長すぎてわかんね」
つられてカズヤも顔を手でごしごし拭いながら俺に尋ねてきた。
駄目だ、こっちはこっちで完全に聞く気もない。
「俺のせいだとさ」
ごちゃごちゃ語り出して良く分からなかったので、とりあえず自分を指差して二人に言った。
「ふーん、まあお前らいなくてもどうにかなるだろ。世界ならイチ兄さんがきっと救ってくれるさ。俺応援してるよ」
「いや応援って……」
「頑張れよイっちゃん、骨は……拾ってやるからよ! さてじゃあ帰るわ!」
「ちょっと待てやフェルナー、お前骨って……縁起でもないこと言うなよ……つーかお前は帰っちゃだめだろ立場的に!?」
「あばよ二人とも! 後はよろしく!」
「おまっ……おいちょっとマジで帰るのかっ!? 職務怠慢にも限度ってもんがあるだろお前!? おい待て! フェルナァァーーーッ!」
「……フィデリテ騎士団ってさ、一応この街から選抜されたエリートプレイヤーの集まりって聞いたんだけどよお。あいつ見てると俺でも入れそうな気がするわー」
フェルナーが本当に背を向けて人ごみをかきわけて逃げ始めた。
だがその時。
「……聞いているのかあああぁぁっ!!」
遂に向こうでユキノがキレた。
喉を潰してしまいそうなぐらい甲高い声を上げて、杖を構えて詠唱を始める。
マナの青い光が空中からかき集められて、青い線になって杖の周りに集中していく。
溜まったマナが杖の先でしゅるしゅる巻きあうように組み立てられて、すぐに球体になった。
「あっ……やっべ! イチ兄さん! あいつ魔法使えるんだった!」
「――このっ!」
それならこうだ!
屈んで足元に手をやる。一つ目娘の作ったまた盾をがしっと掴んだ。
詠唱中のそいつの顔面目掛けて水平に、引き絞った腕でスナップを良く効かせてやって力一杯ぶん投げた。
「ぅらああああああああああああっ!!」
フリスビーのように重くて頑丈な盾がふぉん、と鈍く風を切る音がした。
それはもう、自分でも見事だと思うぐらいに綺麗に飛んでいった。
見る見るうちに魔法の発射準備が整った魔法使いの顔面、丁度顎のやや上あたりにそれは飛んでいき。
「食らえクソ虫どもッ! マナレイがっぱぁっ!?」
命中した。
開きかけの口から覗いていた前歯に当たって、その口に盾がずっしりめり込んだ。
聞くに堪えない嫌な音がぐしゃりとこっちまで聞こえてきた。
自分でやっておきながら「これはないわ。」と心の中で呟いてしまった。
「あがあああああああ! あ、あああああ! はがああああああああっ!?」
杖が地面に転がった。
遅れて、真っ赤な液体とそいつの砕けた歯がびちゃびちゃ、ころころと落ちてきた。
ユキノの治ったばかりの口が銃弾をぶち込まれた時よりもっと真っ赤に染まる。
液体なのか固形物なのか分からないほどの真っ赤な塊が一瞬で足元に溜まっていく。
これは、うん、どうみてもやり過ぎだ。
あいつは流石にぶち殺すつもりだったものの、見ているだけで口が痛くて、思わず自分の口を手で押さえてしまった。
「これは……やりすぎた」
恐る恐る隣に向かって呟くと、カズヤも口をそっと押さえて「そりゃねーわ」といわんばかりの表情を浮かべている。
「うげー、痛そう。イチ兄さん、幾らあいつが気に食わなくてもあそこまでせんでも……」
「うわあ……エグいわあ。せめて口以外狙ってやれよ、見てるこっちも痛々しいぜ。つーかあんなになってもまだやる気満々とか、あっちもあっちで怖えよ」
気付けば何時の間にかフェルナーが戻ってきていた。蹴りでも入れてやろうかと思った。
「……マファ……ふはふとっ……!」
するとユキノがマナの光をくみ上げて、また何かを唱えようとした。
発動しない。ぼろっとマナの光が崩れた。
マトモに喋れないせいで魔法が発動できないみたいだ。
「ま、まなあふぉー……」
ユキノがまたマナの光を溜めて詠唱した。
発動しない。
「イチ兄さん、こいつどうするよ?」
「ああ……ぶっ殺すつもりだったけどな、哀れすぎて殺す気が失せてきた。ざまーみろって感じだ」
「……なあなあ、これとりあえず逮捕したほうがいいのか?」
そんな相手を見て一体どうすればいいのか。
俺達は『三馬鹿』となって相手がこれからどうするか見ていた。
地面には結構な量の歯が抜け落ちているし、血も思った以上に酷い。
それでも必死に魔法を詠唱しようとするのは凄まじい執念だけど、同情するレベルの惨事にこれ以上迫撃する気が起きない。
「てめふぇえええええええええええっ!!」
それがまずかったのか。
口から血をどばっと拭きながら、この世のものとは思えないぐらい醜い顔つきでユキノが露店通りの人々の中へと飛び込んでいった。
くそ、バカか俺は。同情するんじゃなかった。
思わずホルダーに手を伸ばして投げナイフを抜こうとした。
すぐ隣で緩んでいたカズヤとバカフェルナーも身構えたが。
「ひ、ひ、ひひひっ! こおなっふぁら、こふぉしふぇひゃる!!」
「やっ……! やめてください! 離して……っ!」
そいつは仲間の背中に刺さっていた投げナイフを抜いて、人ごみから一つ目少女の手を掴んで引き抜いていく。
一つ目少女が激しく抵抗しているせいかオーバーだと思うほど、ぐらっと大きく揺れる。自分で捕まえたくせに今にも転びそうだ。
髪を千切れそうなぐらい掴んで涙で潤んだ一つ目が丸見えになると、細い首に鋭い刃先が突きつけられてやがて大人しくなった。
いわゆる、人質とか言う奴だ。
「うるふぇえ! おまふぇのふぇいだ! おまふぇがこんなふぉころにいるかはだ! きもひわふいつらしやがっふぇ! おふぇーふぁ! みひをあけふぉ!」
何を言ってるか分からないけど、とにかくその子を無茶苦茶に罵倒しながら人質にしてるのは分かった。
一つ目少女の首には絞め殺そうとばかりに腕が巻きつかれ、握っていたナイフを振り回して人ごみを掻き分けようとしている。
だけど俺にはいまいち、というかはっきりと危機感を感じ取れなかった。
それもそのはず、ちゃんとした『理由』が俺の視界の中にあったからだ。
……なんてこった。サンディが待ち伏せている。
そいつの横――本当に注視しなきゃ分からないぐらいの絶妙な距離と場所で、あいつがいた。
世紀末世界からの相棒が無事にこうして生きていたことは物凄く嬉しかった、けれども。
あいつは今、人ごみに溶け込んで横から……どこから手に入れたのか短弓に矢を番えている
多分サンディに気づいているのは俺か、その間近な場所にいる誰かくらいじゃないだろうか?
「て、テメーこらああぁぁッ! 何人質なんて取ってんだよっ!? そいつは関係ねーだろがよぉ!」
「……人質ってベタだなぁおい。そういうことやってるとやられちまうぞ、早く離してやれよ」
「何暢気に見てやがんだよサボり魔!? あのままじゃあの子が危ねーんだぞ!? テメーまさか見殺しにするってのか!?」
「あーいやそういうわけじゃないぜ、カズやん。ただまあ……あれじゃもう手遅れだわ。ユキノの奴が」
「はあ!? 何いって――」
いや、フェルナーは気付いてる。
そいつの横――今にも矢を放って頭をぶち抜いてしまいそうなサンディに指先を向けていて、呆れ果てたような表情で目の前の茶番を見守っている。
だけどもう手遅れだ。もうこれ以上少しでも変な動きを見せればあいつは撃つ、絶対に――。
「や、やだぁ……はなし……てっっ……ひゅっ……!」
「へへへへへへこのまま、締め、締めころふぃて……」
少しずつ、ユキノが動く。
一つ目の女の子をずるずる引っ張って、首をぎりりと締め上げながら。
喉を締め上げられて潰れた声がこっちにまで届いてくる。小さな身体が痙攣して、絡みついた腕をかりかり引っかく。
このままだとあのクソ野郎は本当に絞め殺しかねない――だけどサンディの狙いは完璧に頭を捉えている。
「どうふぃた!? こいふを助けけへみほお! せいふぃのひーおーふぁんよ!?」
「ぎっ……おっっ……! かっ……!」
そんなことに気が付かないままに一つ目の子の首を捻るように締め上げて、ユキノが人ごみからの脱出を試みる。
その度に人質は苦しげな息を漏らして身体をばたばたさせていた。
酸欠で空気を求めて開いたり閉じたりしていた口から白い泡が溢れている。いよいよ本格的にまずくなってきた。
「ふざけんな! その子を離せ!」
「やめて! 離して上げてよ! このままじゃ死んじゃう!」
「卑怯者! 大人しく降参しろ!」
だがもはや孤立したそいつの周りは敵ばかりだ。
ギャラリーたちからは抗議の声や罵倒の声が飛んでくるし、中には助けようと人間、ヒロイン問わずそいつをぶちのめすチャンスを伺っていた。
ところがサンディの矢は、隙あらば完璧にあいつの頭をぶち抜くことが出来る。
狙われてる本人どころか周りすら気付けないほどの絶妙な位置にいるのだ。
じゃあ俺がその隙を作ってやろうじゃないか。
サンディ、俺はお前を信じてる。今もこれからもだ。
「おい、ユキノ!」
「ああ!? あんふぁああ!?」
ほんの一瞬だけ、注意が俺に向かった。
そして。
「……死ね」
人ごみの発する騒ぎの間を縫って、はっきりと相棒の声が聞こえた。
同時にギャラリーが一瞬、静まり返った。
何故なら――無表情でマスクとフードで顔を隠した相棒がむくりと立ち上がって、ぎりりと引き絞っていた矢を放とうとしていて。
「ふぇっ?」
かひゅん。
そんな軽やかな音が弓から響いて、そうやって躊躇いもなく放たれた矢がひゅんと飛んで――横からユキノをぶち抜いた。
「あ、れ、るぇー……?」
例えば目の前にりんごがあるとして、その横からいきなり矢が飛んできて、真横にぶっ刺さった感じ。
まさにそれだった。
頭に横から矢がぐっさりと刺さっている。深く刺さりすぎて反対側から鏃がにょきっと突き出てる。
頭蓋骨も射抜かれたそいつが一つ目の子から手を離して、それでもまた捕まえようと両手で誰もいない空間をあたふた撫でる。
「危ない! こっちおいで!」
「大丈夫か!? おい、誰か回復魔法を!」
首を絞められていた彼女がげほげほと苦しげに咳き込んでいると、ギャラリーたちから無数の手が伸びて、彼女をその場から引きずり込んで保護してくれた。
結果。何もない空間を何度か撫で回してからそいつはようやく倒れる。
その寸前。そいつは固い床から頭を起こして、随分と恨みで一杯の目でこっちを睨んできたような気がした。
「……のふぉって……やる、クソむ……んふうんっ!?」
かひゅん。
何かを言いかけたそいつの眉間にまたサンディの矢が飛んで刺さった。
二発目の矢も綺麗に、というか恐ろしく正確に頭をぶち抜いていた。
前と横からぐっさり刺さってしまったら、誰がどうみても死ぬレベルだ。
これじゃ多分、これから先どんな奇跡があっても助けようがない。
「おっ……おっ……かあ……ふぁん……とふぉ……ふぁん……」
「……くたばれ、ユキノ」
頭に矢をぶち込まれたユキノがふらふらと、背を向けてどこかへ行こうとした。
あいつを何処にもいかせるつもりはない。
俺はこんなになっても逃げだそうとする大男の後を追って――その尻を思い切り蹴飛ばした。
「ぎゃっ……ひぃぃぃぃぃ~~~~~~~~~~~っ!!」
それがトドメになったんだろうか。
ユキノは最後に人間とは思えない甲高い悲鳴を上げて、それから血まみれの床の上へと倒れ込んだ。
【XP+1000】
そしてそいつは死んだ。視界に経験値の入手が浮かび上がる。
手にしていたナイフやら何やらをその場に残して、ぽつんといきなり姿を消してしまった。
「こっ……降参だ……降参する……」
「お……おい、どうなってんだ……? 他のメンバーはどうして来ない……? 俺たちは見捨てられちまったのか……?」
「……お願いだ、殺さないでくれ……もう何もしない、助けてくれ……」
後は広場の上で悶えていたり気を失ってる奴だけだ。
あれだけいたギルドのやつらは今や全員が戦闘不能か、戦意喪失のどちらかである。
はたからみれば異様な光景だ。
あれだけいた奴らが広場の中央で肉団子みたいに固まったまま、武器を捨てて身を守るようにその場でうずくまってる。
「……うわ、えぐっ。容赦ねーわあの人……」
なんともいえない最期にカズヤが乾いた血をごしごししながら、白旗を上げた残党へ向かっていった。
サンディの矢が決め手となったのかそいつらは完全に戦意喪失状態だ。
狂ったようにぶつぶつ命乞いすらしている。
「うっひょう、やるねえ。あのおっぱいデカい姉ちゃん、あれヒロインか?」
「うちの相棒だ」
「あんなヒロインいたっけか? 羨ましいぜ!」
結局帰らなかったフェルナーは「ざまあみろ」だとかいいながら降参した奴らの背中を蹴り飛ばしていた。
こいつは最期までブレないバカだったけど、あのミスリル鎧の大男を倒してくれたのは事実だ。
それにある意味、思い切りのある性格で少し憎めない。少しだけだが。
「……ふふん」
見事に美味しいところをもっていったサンディがやってきた。
そこら辺の露店から拝借したであろう短弓を片手に持っている。
「お見事」
「……やった、ね」
もう片方の手には俺が投げた拳銃が握られていた。
投げ渡してきたのでキャッチ、ホルスターに納めた。
すると握ったこぶしの裏を見せてきた。いつもみたいに当てろということらしい。
ひとまず同じように拳を握って、差し出されたそれにこつんと同じものを合わせた。
「無事でよかった。ありがとな」
「……どやあ」
拳をあわせると大満足といった様子でマスク越しに笑んだ。
結局この世界に来てからもサンディには助けられっぱなしである。
「さて……」
辺りをじっくりと見回した。
目の前には呻いたり泣いたりぐったりしているラーベ社の連中ばかりだ。
その周りでは露店通りの人々が相変らず壁を作っており、戦意喪失して降参しているやつらが残っているだけ。
「さあどうする? 助けて欲しいか? 死にたいか? 好きなほう選ばせてやるよ。お前らと違って俺は寛大だからな」
俺はもう動くことのできないならず者たちに向かって歩く。
その途中、さっき落とした散弾銃が転がっていたのに気づいて拾った。
さあ、立場が変わったところで今度は俺がこいつらに尋ねる番だ。
『助けてほしいか?』と。




