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モンスターガールズオンライン!  作者: ウィル・テネブリス
モンスターガールズオンラインへ!
62/96

*57* 泥仕合(2)

 さてどいつから倒してやろう。

 最初に突っ込んできた奴から狙ってやろうか? こっちから行って殺してやろうか?

 俺はまだやれる。

 薬の影響か、それとも元からあったのものなのか。

 今の俺にはこいつらを一人ずつぶち殺して回るぐらいの覚悟はある。


 ――と、次の行動を考えて脳内に蓄えていた時だった。


「おるぁぁぁぁぁッ!!」


 横から気合の入った叫び声が高らかに響いた。

 一瞬「敵か!?」と身構えてしまったものの、バットみたいな棍棒を持った青年が人ごみを押し退けて割り込んできた――――敵のいる方に目掛けて。

 背はそこそこにあって短い黒髪で、肌も黄色くて典型的な日本人だと分かるような見た目だ。


「なっ!? なんだテメエ!?」

「っしゃおらぁぁッ!」

「ごはっ……!?」


 俺をじっと睨んでいて注意が逸れていた一人がそいつの持っていた棍棒でぶん殴られる。

 横になぎ払われた棍棒が兜ごと頭をぶっ叩いて、ごんと音を立ててそいつを揺らがせた。


「食らい……やがれぇぇーッ!」


 青年の攻撃は続く。棍棒を構え直して確かなステップでぐるんとその場で回転。

 そして相手に立て直す隙も、誰かが助けてくれる機会すら与えず続けざまに兜ごと頭をフルスイング。

 その一撃で黒鎧の戦士が弾かれてずるずるっと地面を滑って、ダイナミックに頭から屋台に突っ込んだ。お見事。


「通りすがりのラーメン屋志望の冒険者だッ! 黙ってみてればぎゃあぎゃあうるせーんだよてめーら! ぶちのめしてやんよ!」


 乱入したそれはラーベ社の前に立ちはだかり、高々と宣言して棍棒を掲げた。街の外まで響きそうなデカい声で。

 どうやらようやく援軍が来てくれたみたいだ。

 周りの『壁』も崩れ始めていて、黒い列も滅茶苦茶に乱れている有様である。

 ただしラーメン屋とかいうせいで、わりかし雰囲気が台無しである。


「よーう、カッコいいことしてくれてる兄さん! 加勢してやんよ! 俺の名前はカズヤってんだ!」


 一撃、いや二撃で黒鎧をぶっ飛ばしたそいつが名乗りながら声を掛けてきた。

 見ていて気持ちがいいぐらいの爽やかな笑顔だ。


「こんなところに助けに来てくれるなんて物好きだな。」

「いやー、見てたら兄さんに加勢したくなっちまった! こいつら今までさんざん好き放題やってて気に食わなかったしな! ざまーみろ!」


 お陰というか、なんというか、戦闘モードで余裕がなかった頭の中にぽっかり空きスペースができて、落ち着いて周りの様子が見渡せるように。

 お祭りみたいな盛り上がりをみせる露店通りの人々に、調和が乱れて絶賛混乱中のラーベ社の連中。

 そしてこんな馬鹿なことをし始めた俺を手を差し伸べてくれている、カズヤとかいう奴のにっこりとした笑顔。


「無理に付き合わなくてもいいんだぞ? こいつらやったところで、残った奴らが明日仕返しに来るかもしれない」

「いーや、だったら尚更やんねーと駄目だわ。そんなモンにビビってちゃ、あいつらはとことんつけあがんぞ。てことで俺も一緒にカッコつけさせてくれや、兄さん」


 ――こんなやり取り、あっちの世界にはなかったな。

 戦うことで頭の中が一杯だったはずなのになんだか元の世界に引き戻されたような感じがした。

 俺は口の中に溜まった血をぺっと吐いて、舌先でちろっと傷を舐めてから。


「……とにかくありがとう。俺の名前は112(イチイチニ)だ。早速だけどもう一人ぐらいやっちまってくれ。」


 声にしっかり応じてそいつと一緒に身構えた。勿論こっちの世界での名前も一緒に教えた。

 すると棍棒を持っていた男――カズヤはぎょっと目を丸くして。


「おう……って、112(イチイチニ)だって!? あのボス狩りの廃人か!?」


 随分と懐かしく感じる事を口にした。このカズヤは俺の名前を知っている人間だ。

 良かった、ゲームの中のこととは言え俺を知ってるみたいだ。

 それなら話は早い。


「……ああ、そうだ。ちょっと出遅れたけどな。ちょっと()()()()に付き合ってくれないか?」

「へへっ、そりゃおもしれー! じゃあ俺と一緒に()()()()としゃれ込もうぜ!」


 棍棒を握った右手が差し出されてきた。

 思わず、反射的に握った左拳を伸ばしてしまった。

 がつんと拳の裏が大勢の人達の目の前で当たって「よっしゃあああ!」とカズヤが雄叫びを上げる。


 ――なんだか会ったばかりなのに、俺達はすっかり意気投合している

 不思議だった。

 どこかへ消えてしまいそうだった意識が、自分の身体の中に引き戻されるような感じだ。


 大げさかもしれないけれど、このやり取りで目の前が徐々に明るくなってきた気がする。

 色のない白黒の世界に少しずつ、赤、青、緑、と色が落ちて広がっていくように。

 今までの旅路は何色だったんだろう?

 ひたすら真っ直ぐ淡々と続く灰色か、荒廃した世界に広がる荒野の茶色なのか。


「おいそこの二人! こいつを使え!」


 そこへ俺達の後ろからまた誰かが駆け寄ってくる。

 緑のスーツにサングラスという奇抜極まりない男性だ。


 そいつはいきなり近づいてくると、大げさに感じるほど慎重な手つきで何かを手渡してきた。

 手のひらにすっぽり入るようなちっちゃい紫色のポーションの瓶だ。

 コルクで固くフタがされていて瓶はガラスのような、そうでもないような、不思議でぐねっとした柔らかい材質でできている。


「試供品だから一番ちっちゃい奴だ! もっと欲しかったら買え! 割引すんぞ!」


 その際にずいぶんケチ臭いことを言われたけれどもないよりはマシだ。

 確かこれはゲームの中では投げて使う爆弾のようなものだったはず。


「敵に向かって投げて当てろ! 外したら危ないけど危険範囲は狭い! 危ないけど!」

「っておいこんな時にそんなモン渡すな! アホかアンタ!?」

「おう、じゃあ早速使わせてもらうわ!」

「は!? おいまてカズヤ! お前……!」


 いやいや待て待て、爆発性で危険なものを何でこんな時に渡してくるんだこいつは。

 思わず抗議して返品してやろうかと思ったものの、そうしてる間にお構いなしにカズヤがその場でふわりと真上に投げた。


「外れたらごめんなー!」


 こいつは自爆するつもりか!

 馬鹿なことをして巻き込まれる前にその場から離れてしまおうと考えたけども、カズヤは放り投げた紫色のポーションが落ちるより早く棍棒を構えて――落ちてくる瓶を大ぶりに力いっぱいに打った。

 いや、打つと言うよりは棍棒に乗せるように振ったというのが正しいかもしれない。

 棍棒の腹に押し出されるようにポーションが敵目掛けて真っ直ぐ飛んで。


「いぎゃっ!?」


 ――当てやがった。


 恐ろしく正確に飛んでいった紫色のポーションの(びん)が、槍を構えて守りの姿に入っていた一人に当たった。

 それはブレストプレートで覆われた胸の中でぼんと小さな爆発を起こした。

 45口径の銃声よりも少し大きいかどうかの爆発音だ。


 すると砂のように粉々になった破片がぱらっと飛んできた。

 周囲にはさほど被害はないようだけど、直接ぶち当てられた本人はたまったもんじゃない。


「あ、がは……てめ……ゆるさ……あああああ顔がああああああああ!! いてえ、熱いいぃぃ……!」


 鎧はほんのり焦げている程度だが、至近距離で破片を食らったそいつの顔の下半分は酷い状態だ。

 勢いが削がれず直接当たった破片がびっしりと、それこそガラスの散弾にでもなったかのように突き刺さっているのだ。


「あっ……熱い……うわああああああぁぁぁぁ……!」


 おまけに血まみれで肉が赤く焼けている。

 あれじゃ刃物で串刺しにした方がまだ五倍マシだと思う。間違っても絶対にああはなりたくない。

 しばらくふらふらとこっちに向かってきて、結局痛みに勝てず顔を両手で覆って、地面を芋虫みたいに転がり始める。


「お見事!」

「でかした、あたしのカズヤ! その調子で全員半殺しのぐっちゃぐちゃにしてやりなさい!」


 そんなスプラッターな結果になったにも関わらずわあっと大きな歓声が辺りを包んだ。

 これじゃ俺達は悪趣味な見世物だ。


「はっはぁ! ホームランだな! うちの商品、もう1本いっとくか!?」

「いや、もういらねー。それとこんなのホームランですらねえぜ! あとは引っ込んでな!」


 紫ポーション売りが引っ込んでいった。

 物騒な会話はともかくとして今がチャンスだ。カズヤに負けちゃいられない。

 俺は紫色の小瓶をしっかり握って投げる――とみせかけて、手近な奴のところに突っ込んだ。


「びびってんじゃねえ! あんなしょぼい爆弾たいした威力じゃねえだろ!?」

「畜生あのポーション売りめぇ! あいつらに渡しやがって……って黒いのがこっちに来たぞ!?」

「なんだあいつ!? 自爆しにきたのか!?」


 今にも攻めに回ろうとしていた奴らに『投げるふり』をして踏み込む。

 本当に投げるわけない。

 幾ら投擲(とうてき)が得意とはいえ、こんな場所で投げてうっかり外してしまったら後が大変だ。

 だから小さな紫ポーションを至近距離で――真上に目がけてぶん投げた。


「はっ――――?」


 目の前にいた黒鎧の誰かが間の抜けた声を上げた。

 ポーションは手元にも、目の前の奴の懐にもいってない。俺たちのすぐ真上で飛んでるだけだ。


 距離は五メートルほど離れてる。俺にとっては十分すぎる距離だ。

 足を止めて頭上に放り投げた紫ポーションが落ちてくる前にその場で屈む。

 両手でジャンプスーツのホルダーから投げナイフを抜く。

 目標は目の前にいる黒鎧の二人。狙いは一人の防具に覆われていない目、もう一人の兜の隙間。


「――しッ!」


 その体勢のまま両腕を広げるようにサイドスローの要領で二本同時に投げた。

 手放されたナイフがほんの一瞬、銀色に光ってひゅんひゅん飛んでいく。

 今じゃナイフを投げるときにどう投げればいいか、どう当てるか、なんて自由自在だ。


「な、おあああああ……っ!?」

「ぐおっ!? ぎっ、いぎゃあああああああああああああ!?」


 そして当たり前のように刺さった。

 一本が兜の隙間から目をぐっさり貫いて、もう一本が露出していた顔に刺さって鼻と口の間からナイフの柄を咲かせている。

 本命の投げナイフだ。俺ならこれだけ近けりゃ狙った場所に嫌でも当たる。


「死にたくなかったら抜くなよ! 失血死するぞ!」

「ふぁ、ふぁい……」


 死んだってどうでもいいけど一応そう付け加えて、いいタイミングで落ちてきた小瓶を掴んだ。

 よほど痛いのか返事も出来ずに転がっている。特に目に刺さった奴はぴゃーぴゃー叫んでいる。


「い、今の見た!?」

「見た! なんか二本同時に投げたよね!?」

「す、すげえ……あの距離とはいえ鎧の隙間に当てたぞ、しかも二本同時に……あれ『投げ』スキル持ちか!?」


 感嘆の声が届けられてきた。

 だけどこんな滅茶苦茶な状況で暢気にそう言われても、正直あまりいい気分じゃないのは確かだ。


「こうなりゃヤケだぁ! 四万メルタ貰ってさっさと抜けてやるぜぇぇッ!」


 そこへ丁度よく別の奴が突っ込んできた。

 ()()()()みたいな武器を持っていて、倒れた仲間を飛び越えて、こっちに目がけて槌頭を振り下ろしてくる。

 だがかなり動きが鈍っている。チャンスだ。


「カズヤ!頼んだ!」


 俺は即席のパーティーメンバーにそう声をかけてから一歩踏み込んだ。


「おっ? おう! なんかしらんけど任せろ!」


 なんとも頼りない返事が返ってきたけれども、構うことなく突っ込んでくる奴の足元へアンダースローの要領で小瓶を放り込んだ。

 緩やかに投げたそれが一度、こつん、と床に当たって――転がっていく。


「うひゃははははは俺たちにたて突いたことを後悔させて――」


 錯乱したような様子でそいつがまっすぐやってくると、期待通りに足が小瓶を踏んづける。

 するとぼんっ、ともいうような音がして爆ぜた。

 紫色のポーションが破片とそいつの足裏で熱をまき散らして、細かい破片が飛び散ってくる。


「うおおおおっ!? いっ、いってえええええええええッ!?」


 それで転びはしなかったものの、足を抑えて大きくバランスを崩した。

 よし、今だ。

 突っ込んできた男の横を通り抜けて、振り向きざまに背中を蹴って突き飛ばした。


「やれ!」

「おうよ!」


 即席の相棒はちゃんと分かっていたみたいだ。

 そいつを蹴飛ばすとよろめく先をカズヤが塞いで、


「もーらいッ!」


 その場で一旦ストップ、それから相手の動きに合わせてその顔面に綺麗な回し蹴りを当てた。

 顔に一撃をお見舞いされた奴がこっちにまた戻ってくると、身体を傾けて足を持ち上げて――その頭にブーツの底を押し出すようにぶち込んだ。

 ヒット。男がまた押し飛ばされる。


「食らいやがれオラァァァァッ!」

「ぶげええええええええっ!?」


 仕上げにカズヤの鈍器がその先で待っていて……その頭にごすっと叩き込まれて動かなくなった。


「お見事!」

「へっへー! いい連携!」


 敵がまた一人減った。

 俺たちの目の前にはまだまだ黒い鎧の連中が待っているけれども、頼もしい味方のお陰でまだまだやれそうだ。


「さっきまでの威勢はどうしたぁー! ラーベ社も対したことねーな!」

「くううっ! こいつも強……ぐほあぁぁぁぁぁ!?」


 カズヤは褒められてよほど嬉しかったのか大層ご機嫌な様子である。

 罵声を浴びせて勝手に一人で突っ込んで、目の前にいた黒鎧の一人を鎧ごと胸を横殴りにして押し倒し始める。

 やられまいと黒鎧がカズヤの足を掴もうと――ああ、トドメに股間を棍棒で突かれてデッドボールになってしまった。

 このままカズヤに任せてほっとけば倒してくれるんじゃないか、とか思っていると。


「へーい! これ使いなさーい!」


 また誰かが近づいてくる。

 露店通りのギャラリーの中からやってきた、酒瓶を持ったちっちゃい子だ。

 一見すれば平均的な10代前半ぐらいの少女の背丈、気軽さを感じるような薄黄色の長い髪でとても可愛らしい顔をしている。まるで人形のようだ。

 だけどスカートの裾の下から覗く膝は人形のような球体関節だった。

 肘も同じく球体関節。確かそれは、ヒロインの種族の一つである人形の魔物……だったはず。


 その人形が持ってきたのは酒だ。

 モンスターガールズオンラインにあるスキルで作ったものなんだろうか?

 それは中にりんごが詰まったお酒だ。

 フラスコ型のボトルの中は黄金色の液体で満たされていて、その中で大きなりんごが溺れている。


「えーと……なんだこれ」

「私が作ったお酒よー! 名前は『囚われのお姫様』、ビンの中で小さな林檎を魔法でじっくり育ててそのまま漬け込んだ蒸留酒!」


 自信作らしい。えっへん、と胸を張って両手で一生懸命に突き出している。


「あー……お代はどうすればいい?」

「身体で払いなさーい!」

「任せな!」


 これでどうしろとかは思ったものの、礼を言ってりんごが収監されて酒責めにあっている酒瓶を手に戦線に戻った。


「も、もう駄目だぁ……逃げようぜ!? こんな奴らとマジで戦わなくていいだろ!?」

「相手はたった二人だぞ!? 俺達ラーベ社がこんな奴らにやられていいはずがねえッ! 逃げるんじゃねえぞ!」

「逃げるのか卑怯者ー!」

「最後まで戦え、ろくでなしども 逃げたら俺達が許さないぞ!」

「何時もの威勢はどうした! たった二人相手にびびって逃げるのか!?」

「くくくくクソッタレがあッ! こいつら俺達がやられた途端つけあがりやがってぇ……!これが終わったらてめえら全員ただで済むと思うなよ!」


 指揮系統も完全に崩れてぐだぐだになっている黒鎧たちが今にも泣いて逃げ出しそうな勢いで立ち向かっている。


 だがギャラリーに囲まれてるせいで逃げ場はない。

 逃げようとしたラーベ社の一人が観衆によって押し戻され、仕返しに誰かが武器を振ろうとすれば腹を蹴られて押し戻される。

 囲まれたラーベ社の人間に何処からか液体の入った瓶が投げつけられたりもしている。


 あ、兜に当たった。

 無傷だったもののガラスの破片と柑橘類の爽やかな香りが当たりに漂った。多分香水だ。


「誰だ俺に香水投げた野郎は!?」

「野郎じゃないもーん、かわいいブラウニーさんだよー。」

「ざけんじゃねえぞ! 殺してやる! ぜってー殺す!」


 これじゃ完璧にデスマッチである。


「ったくよー、こんなになってもまだやんのか。つーかラーベ社のやつらまだまだ戦う気満々じゃねーか? これがコンバットハイとかいうやつ? おー怖えー怖えー」

「おいカズヤ! こいつでもぶち込んでやれ! うまい酒だ!」


 それならそれで壊滅すればいいだけだ。

 ひとまずいらない酒瓶をまだまだ闘志みなぎるカズヤに放り投げるように渡した。

 押し付けて処分ともいう。


「おう、任せろ! なんて名前だ!?」

「えーと……囚われのお姫様っていうらしい!」

「なら開放してやんねえとなあッ!」


 使い道が速攻で思いついたのか、左手に酒瓶を握ってカズヤがまた突っ込んでいく。

 おいおい、何をするつもりなんだ?


「う、う、うおおおあああああああああッ!」


 それにあわせて手近な奴が他の仲間の落とした大剣を拾って、カズヤの腹を突き刺そうとした。

 が、跳躍。回避。

 腹に向かって突き出された刀身を軽々と避けて、そのまま両足でずっしりと刀身を踏んで大剣を地面に縫いとめ。


「よう! お前酒は好きか!?」


 その時カズヤの顔は見えなかったものの、きっとこれでもかと満面の笑みを浮かべているだろう。


「えっ、はっ――――?」


 地面に押さえつけられた大剣とカズヤを交互に見て、黒鎧の男が唖然とする。

 その矢先、カズヤは俺から受け取った林檎入りの酒瓶を目の前で――ひょいと天高く放り投げた。

 どこかで「いけっ! 私のお酒ええええっ!」と気合の入った女の子の声が聞こえた気がする。


 黒鎧の一人が放り出された酒瓶(それ)に釘付けになった。

 その直後。

 カズヤが斜めに踏み込んで、野球のように振りかぶった棍棒を相手の顔まで落ちてきた酒瓶ごと叩いた。

 足の位置、腰の入れ方、半身の捻り方、どれをとっても野球そのものの立派なフォームで放った一撃が酒瓶を割って中身をぶちまけた。


「ぐひゃあああああああうっ!?」


 こうして"囚われのお姫様"は晴れて自由の身、外の世界に酒と割れたガラスと一緒に旅へ出た。

 行く先は黒鎧の口の中という狭い世界だが。おまけに完全にノックアウトだ。


「イーヤッホオオオオオオオオウ! これが本当のホームランだぜ! 恐れ入ったか!」


 カズヤがまた盛り上がった。

 爆ぜるような歓声がどっと()き上がった。

 そのせいで敵はただでさえリーダーが機能していないというのに、どんどん戦意を失ってぎこちなくなってきている。


 また群集からアイテムが投げこまれる。今度は熱々のスープの入った小さなポットが誰かに当たった。

 「熱ぃ!」とかいって一人やられた。こっちにもその熱いスープがはじけ飛んできて、美味しそうな魚介類の濃厚な香りを感じた。


「ラーベ社に恥をかかせた罪は重いぞ! 死ねぇっ!」


 そんな様子に俺も目を奪われていたら、槍を持った奴が柄を短く握ってこっちに突っ込んできた。

 避けてやろうかとでも思ったものの彼方此方に苦しそうに倒れている黒鎧の連中だとか、散乱した露店の商品や机などのせいで動き辛い。


「これっ! 使ってください!」


 その時、視界の中に何かが飛び込んでくる。

 円形で、平べったくて、金属製で――ゲームに出て来る『ラウンドシールド』だった。

 円盤投げみたいに放り込まれたそれを、【投擲】スキルが上がっているせいか自分の手は難なくうまく掴んでキャッチすることができた。

 投げられてきた方向をちらっと見ると……一つ目のあの子がいた。


「借りるぞ!」


 そのまま後ろに少し引いて、身体の中央あたりで斜めに向けて盾を構える。

 同じタイミングで間合いを詰められた。胸に目掛けて槍が素早く突き出される。

 盾で(あお)ぐように槍の動きにあわせてガード。

 すると、がん、と穂先(ほさき)が当たった。角度は浅い。

 だけど一つ目の子の作った盾はしっかりと弾いてくれて、穂先がうまく斜めに逸れていった。


「くっ……お前をやれば四万メルタ……! 貰うもん貰ってこんなクソギルド抜けてやる!」


 相手が酷く怒った顔を此方に向けて来た。そしてまた槍が突き出されてくる。

 今度は相手の方に踏み込んだ。

 相手の動きにあわせて、狙う時間を与えずに、槍に当たりにいくように。


 続けざまに二度目の槍が真っ直ぐ顔に目掛けてやってくる――と、思いきやフェイント、横に振った槍の柄で殴ってきた。

 慌てず盾を斜めに当てにいく。がつんと盾がまた槍を弾いた。

 いい盾だ、これで二度俺の命を救ってくれている。

 立て続けに槍の先がこっちに捻りこまれる。

 肩を向けて間合いの中に潜りこんだ。黒いプロテクターが、づるっ、と斜めに穂先を弾いてくれた。


「か、硬え……! 効かねえじゃねえか……!」


 さて、狙うとなれば鎧と兜の隙間だ。

 防御の硬い部分にわざわざ律儀にぶち込んでやる必要なんて一つもない。

 だから狙う先は幾つかある。例えば――首とかである。


「これでも元()使()()だ!舐めんなッ!」


 逸らした槍を片手で掴んで引っ張る。

 無理に(りき)んでいた相手が面白いようにこっちによろけて飛び込んでくる。

 隙だらけの相手の首へ横にした盾を殴るように捻りこんだ。


「げごっ……!?」


 ごつっと喉仏を潰す感触がした。金属製の盾一杯にぎしりと殴った衝撃も回ってきた。

 力任せで技術もクソもあったもんじゃない一撃。ただ重さだけをぶちまけたような感じだ。


 相手がぐらっとよろめいた。

 ぱくぱくと空気欲しさに口を動かした後、そいつは喉を押さえてぐったりと地面を転がっていく。

 用済みになった盾を足元に置いた。


「こいつ……思ったより強いぞはぁんっ!?」

「こいつ"ら"だろ!? 勝手に一人消してるんじゃねーッ!」


 その様子を見ていた別の奴にカズヤが回り込む。

 そしてそいつの背中に野球みたいに思い切り撃ちつけた。


 幾ら鎧を着ててもああも派手に叩かれれば中にずっしり響くに違いない。

 見事なフォームで殴打された別の黒鎧の男が、鎧の重さにすら引っ張られるように倒れていく。

 さながら野球のようだ。


「はっはーーっ! 余所見してんじゃねーよ! バカどもが!」

「ちょっ痛だあああぁぁぁぁぁぁぁ―――っ!」


 すっかりテンションが高まってしまったカズヤから迫撃が飛んだ。

 倒れたそいつが起き上がろうとする矢先に、棍棒を肩に担ぎながらぐりぐりと重みを与えるように膝裏をきつく踏みつけていた。

 そこへ鉄製の棍棒(メイス)と盾を持った黒鎧と、その後ろで杖を抜いて詠唱を始める黒鎧の姿が見える。


「乱戦になるなバカ野郎ども! 距離だ! 距離をとれ! 俺が魔法で援護する!」

「任せろ! そこの野球野郎から片付けるぞ!」


 あれはカズヤ狙いだ。

 肝心の本人が気付いたころにはメイス持ちの黒鎧が今にもカズヤの方へ突っ込んでいた。

 やばい。そう思って俺も加わろうとすると、ナタのような剣を持った奴が何もないところから現れて切りかかってくる。


「待て、お前の相手はこの我だ」

「……どけよ」


 目というか、視線が合った。

 黒鎧の上にフードを被って顔を隠している奴だ。


 その場で一度回転するように横に踏み込んですんでのところで避けた。

 重そうな切っ先が地面をがつんと叩いて抉って突き刺さる。

 するとその剣士が剣を持ち上げ、いきなり俺に目掛けて、


「聞け! 我は暗殺剣士の――」


などとなんかふざけたこと言い始めたのでダッシュして突っ込む。


「――数多(あまた)の首を屠ったこの肉切包丁(ミートイーター)で貴様を」

「邪魔だっていってんだろ!」


 そして相手の右側を通り過ぎるように踏み込んで、拳を握って片腕を広げたまま一気に進んだ。

 勢いをつけて腕の内側で無防備なそいつの首を()()()()()


 腕の筋肉に助走の力を加えた一撃が決まった。ラリアットだ。

 どすんと中々いい衝撃が伝わって、そいつは「おうふっ!」とかいいながら倒れた。

 ついでに覆いかぶさって思いきり肘を顔面に叩き込んだ。これで変な奴は戯言を言わなくなった。


「俺ぁごちゃごちゃうるせーのは嫌いなんだよ! 少し黙ってな!」

「うひゃはははは! そんな木製の貧乏くせー棍棒なんざ、この鋼鉄製の棍棒(メイス)にゃかなわねえ……よっ!」


 そうしている間、向こうでカズヤが早速殴りかかった。いや、盾で弾かれた。


「うおっ……鋼鉄かよ……!」

「てめえ棍棒スキル幾つよ? 俺は……80だぜ!」

「だからなんだよ!? スキル値なんざ関係ねーぜ!」


 そのせいで一瞬カズヤが隙を生む。

 それを埋めあわせようと棍棒を短く振りかぶるが、遮るように鉄製のメイスが叩き込まれて頭上で棍棒同士がぶつかる。

 ……まずい、膠着した。

 そうして生まれた隙を黒鎧を見逃さず、


「うひゃはははは鼻貰ったぁ!」


 持っていた盾ごと半身を捻りこんで、その硬い表面をカズヤの顔面目掛けてがんっとぶち当てたのだ。


 モンスターガールズオンラインの盾の技、盾殴りだ。

 ゲームの技が実際に目の前で繰り出されてるのだからびっくり――いやそうじゃない、カズヤが鼻血出してよろけている。


「がっ……!?」


 空を見上げるように意識がぶっ飛んだ矢先、黒鎧が足払いをかけて転等。

 仰向けに倒れたカズヤの上に立つと額目掛けて盾を振り下ろす。


 ごしゃ、と潰れるような音を響かせて額に盾の縁が当たった。

 額から血が流れてカズヤの手から棍棒が滑り落ちる――まずい、意識が飛びかけてる。


「うひゃはははは鼻貰ったぁ! 次は膝を砕いちまおうかなぁ!? それとも首いっちゃうか!?」

「カッ、カズヤッ!」


 横からは悲鳴が聞こえてきた。

 赤いサイドテールのハーピーがギャラリーの中から泣きそうな顔で(わめ)いている。

 あの様子だと多分、カズヤのヒロインに違いない。

 俺はカズヤを助けようと動いた……が。


「なにアタシのカズヤに手だしてんのよ! 死ねェェェェェェッ!」


……赤いハーピーが凄まじい勢いで弾丸のごとく突っ込んできて、馬乗りになった男を派手に蹴り飛ばしてしまった。

鳥の足で蹴られた黒鎧は彼女ごとすっ飛んでいき、ギャラリーの中へと吹き飛ばされていく。あの勢いじゃ多分壁に激突したと思う。


「もういい!知ったことか!!魔法で全部焼き払ってやる!」

「おう!やっちまえ! 詠唱時間は俺が稼ぐ!」


 また別の黒鎧たちが現れて一人が杖を掲げて詠唱を始め、もう一人が槍を手に立ちふさがる。

 どんな魔法を使うかは分からないが、二対一じゃ分が悪い。


 慌てて立ち上がって両手でホルダーをまさぐる。――しまった、もう二本しかない。

 仕方がなく一本ずつ投げナイフを抜く。

 狙いを定めた。右で前を、左で後ろを。

 まずは右手を振りかぶって武器持ちの黒鎧に目掛けて大雑把にぶん投げる。


「ひゃはっ! あの鳥女、 今度あいつの羽折って足も砕いて達磨(だるま)みたいなっぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁうあああああッ!?」


 当たった。

 ただし目に斜めから刺さってしまった。多分あれは()()

 すると物凄く高めの悲鳴が露天通りに響いて、投げナイフが刺さったままごろごろごろごろと地面を転がりはじめる。


「フレイミングスト――ひぃっ!?」


 それを目にした魔法を使う黒鎧がびびって折角のスペルの読み上げを中断した。

 またとないチャンスだ。


 左手に掴んでいた投げナイフをサイドスローで投げた。

 それはひゅるるんと軽い音を立てて飛んでいって。


「あああああっあああああーッ!?」


 そいつが逃げようと背を向けた途端に腰にぐっさりと突き刺さった。

 結果、転んで顔面から倒れた。


 二人がロクに戦えない状態になるとカズヤが額を押さえてむくりと起き上がった。

 良かった、無事だった――わけでもなく、結構な量の血がだらだら垂れて顔面が血まみれだ。


「……うぐっふ……ってーなおい」

「カズヤ! 大丈夫か!?」

「これくらいどうってことねーよ。しかしすげー血だわこれ、俺って健康だし血もさらさらだからかね? やっべー止まんねー」

「大丈夫みたいだな。一旦後ろに下がって止血してこいよ」

「いんや、これくらいすぐ治る。自然回復スキル持ちだしツバつけときゃ治る治る」


 足元に小さな血溜まりが出来ている。

 だけど当の本人といえば暢気なことをいって笑っているあたり割と余裕そうにみえる。

 しかも手で顔を拭くついでに、流れてる血を指で掬って舐めて「うわまずっ」とか言い出した。

 いまいち怪我をしたという実感がなさそうで逆に心配だ。


「一体どうなってるんだ……! こんな、こんな二人ごときにやられちまうなんて……! 夢でも見てるのか!?」

「お、俺達どうなっちまうんだよぉ!」

「もうだめだ……俺はもう降参する! もう嫌だ! 付き合ってらんねえ!」


 さて、もはや目の前には戦意のある奴は指で数えられる程度しか残ってない。

 俺は手の甲を舐めながらあたりを見回した。

 ぺろっと舌先で撫でると良く煮込まれた魚介類の味がする、さっきのスープか。


「さあ! もうおしまいか!?」


 残ったラーベ社の連中といえばまず一人が無言で大斧を握っている、全身を金属製鎧で保護した奴。

 そいつだけは落ち着いた様子でいてちゃんと戦意は残っているみたいだ。

 あとは小突けば今にも逃げ出しそうな奴が三人に、相変らず口押さえて痛そうにしながらもあーだこーだと指図してるリーダーが一人。


「……ま、まだどうにかなるだろ? この街にゃ他の仲間が沢山いるんだ! きっとそいつらが来てくれる!」

「で、でも来ないじゃねえかよぉ……あいつら、まさかやられちまったんじゃ……」

「それに戦わないと……ユキノさんに何されるかわかんねーだろ……?」


 他の人間は身も心もボロボロになって戦闘不能になっているか、戦意喪失して跪いて降参しているか、どっちかだ。

 ただしあいつらは逃げ出せない状況だった。

 下手な盗賊(レイダー)より過激なギャラリーたちがそれを許さないからだ。


「くふぉっ……くふぉぉ! おまふぇら! しふまでたたかふぇ! にへるんひゃないふぉ! ふぁふぁはってしへえ!」


 唾代わりにぺっぺと血を飛ばしながら、徹底して最後まで戦えと命令しているみたいだ。

 しかし彼らはもう何処にも逃げられない。観客達は肉壁となって逃げ道を塞いでいるのだから。


 だというのに一向に降参する素振りを見せてくれない。

 一体なんの意地かは知らないけどリーダーから下っ端まで「死ぬまで戦え」という意気込みだ。


「サボり魔フェルナー総勢一名参陣!! 待たせたなあああああああッ!」


 そんな時、ギャラリーの中からいきなり赤い髪のバカ――じゃなくてフェルナーが現れて、最後の五人の内の一人に飛び掛っていく。


 突然に奇襲に対して仲間を守ろうとした全身鎧の斧が横薙ぎ。

 駆け込んできたフェルナーの首を狙って道を塞ごうとする。


 しかし大きく屈み込みながら突っ切ってあっさり回避。

 するりと攻撃を抜けて、その隣で身構えていた一人に派手なとび蹴りをお見舞いしていった。


「なんだこの男ぐへえ!?」


 顔面に当たった。兜と一緒に頭が地面にごしゃっと叩きつけられて見事に昏倒。

 これでまた戦況が滅茶苦茶だ。


 着地したフェルナーに迎撃の大斧が突き落とされるが、ぐるっと前転してそれも回避。

 そうやって一人しとめたバカが急いでこっちに向かってくる。相変らずうざい部類の爽やかな顔だ。


「おいフェルナー、どうせ来てくれるならもっと早く来てくれよ……。なんでこんな時に来るんだよお前」

「悪いなイっちゃん! 俺たちやっと動くことができたんだよ! だからちょっとラーベ社の奴らをとっ捕まえてて……まあ、途中でサボってこっちに来たわけよ」


 何があったかは良く分からないけれども、要するにサボってこっちに来たってことか。

 でも正直嬉しかった。今ばかりはこのサボり魔はとても頼もしく見える。


「あー……そいつ確か、治安維持を任かされてるフィデリテ騎士団っていうギルドの奴だろ? ちゃんと街から援助してもらってる分しっかり働いて欲しいよなぁ。」

「いや……あのな、ライナーのやつに追い回されてなきゃもっと早く来てたと思うわマジで。それからその言葉は俺じゃなくて団長に言えよぉ! 俺悪くないもん!」

「カズヤ、そいつも最後にしばいていいぞ」

「おう、それならやらせてくれ。ケツバットな」

「ひっでえ! っていうかお前血流しすぎだろ! お家に帰れ!」

「流したぶん頑張って作りゃいいだろ! 気にすんなこんくらい! ほら若干傷も塞がってるし!」


 来るのが遅すぎた感じは否めないがこれで三人になった。

 まあこれで三対十五……じゃなく、三対四だ。

 肝心のユキノに至っては、


「あが、が、がふ……おまふぇえ……ぶひふぉろしふぇやるぁ……。こんふぁやふに……らーふぇひゃがやはへるわけ……ふぁいんだ……おまふぇみたいふぁくふぉふひどふぉに……!」


 と、唾のように何度も血を吐き捨てながら、さぞご立腹のご様子でこっちに杖を向けている。

 それにしても、周りの人間は良くユキノの言っている事が理解できるな、と感心してしまった。


「リーダー、頭を冷やせ、落ち着け。後ろで回復魔法で傷を治せ、ゆっくり一文字ずつ唱えろ。あなたが無事ならまだ勝機はある。あとは俺様が引き受ける」

「わ……わふぁっふぁ、ぶひふぉろせ……!」


 そこで寡黙な様子の全身鎧の男がようやく喋った。

 顔は兜で見えないものの多分呆れている。

 そいつはとても低い声でリーダーにそう指図してから此方に向かってずっしり動いた。


「貴様ら、良く聞け。俺様はこのギルドの誇る重装戦士『鉄槌のレッチャ』だ。本来ならこんなところで貴様らの相手などせず、このまま退かせて貰うのが正しい選択なのだが……仲間がこんなにもやられてしまい、あの役に立たないリーダー殿はあのように貴様らを始末しろとしつこく言っているのでな」


 全身は鎧でがちがち、頭にはバケツのような兜を被って、動きは遅いものの今までの奴らに比べてあからさまに雰囲気が違う。

 しかもあの鎧や兜はほのかに青色を帯びている。とても滑らかな表面にツヤがあって、まるで鏡みたいに太陽の光を反射していた。


「おいおい全身鎧とか……しかもあの色、ミスリルじゃねーか……。どんだけ金持ってんだよ。それにリーダーが回復してんぜ。どうするねイチ兄さん」


 カズヤにそう尋ねられたものの、とりあえず思うところは名前と獲物が釣り合わないところぐらいだった。


「あいつ鉄槌とか言ったのになんで斧持ってるんだろう? ちゃんと鈍器持てよ」

「……いやそこ大事なの? まあそれはおいといて……ミスリルじゃ俺の棍棒効きそうにねーな。しかも全身包んでるときた」


 カズヤが言った通り、鎧の色はミスリルの色だ。

 ただし鉄槌とか名乗ったくせに斧を持っているのが気になる。

 ほんのり青い金属のインゴットから作られた武器や防具は大体がそんな色をしているのだ。

 つまり高くて性能が良いということ。そしてそいつは今、そのミスリル装備でがっちりと身を守っているわけで……。


「どれくらい硬いんだ?」

「超やべえよ、ドラゴンに噛みつかれてもギリ耐えるぐらい硬いらしいけど」

「例えが分かりづらいけどヤバイのは分かった」


 しかしだからといって身体全てをがっちり覆っていると言うわけじゃない。

 肘や股間の付け根、脇に兜と首の隙間といった箇所には隙間があるみたいだ。

 そりゃそうだ、流石に関節まできっちり覆ってしまったらああして動けないか。

 あとは――膝周りと膝裏だ。そこだけは一目で分かるほど隙間が大きいか、全く保護されていない。


「うへえ、ミスリルかよ……硬そうだなおい。あー駄目だこれ、俺の剣じゃ相性悪そうだわ俺……。帰っていい?」

「おう帰れ帰れ。後はイチ兄さんと俺でやっから早退しろ。サボり魔のいる場所ここにねーから」

「ひっでえ! じゃあ俺帰らねぇから! 死ぬまで戦ってやるからなちくしょー! 足引っ張ってやる!」


 だけどここまで来てしまえば、もうどんな手段を使っても勝てるような気がする。ただしフェルナーがうるさい。

 近づいてくる大男を前にごちゃごちゃ話す二人と一緒にどうするか――などと少し考えて、どうしようか、どうするべきか、悩んでいると。


「これ!使って!!」


 急に人ごみの向こうから声がした。

 声のした方へ意識をもってかれると、そこに誰かが俺の拳銃(リボルバー)を掲げているのが分かる。

 そいつは身長がかなりあるせいで良く目立っていたし、お陰ですぐに気づくことができた。


「投げるよ!!」

「ああ!こっちにくれ!」


 また()()()()か。

 俺が手を上げると背の高い奴が勢いをつけてそれをぶん投げた。

 周囲のギャラリーの頭上を軽々飛び越えてこっちへと銃が飛んで来る。

 ちょうど真上に落ちてきて、手を伸ばすとうまくグリップを掴むことができた


「ありがとよ!」


 手元に戻ったそれの回転弾倉のカバーを開けると、弾はちゃんと入っていることが分かる。

 問題ない。シリンダーに指を滑らせて回転させてからカバーを閉じた。


「フェルナー、どうせならあいつやってきてくれないか? 隙は俺が作る。合わせてくれ」


 撃鉄を起こしながらサボり魔フェルナーに声を掛けた。そっと、さりげなく。


「へっ? 俺か? いいぜ! どういうプランだ?」

「よーいドン、だ」

「よーいドン……オーケー、任せとけ!」

「じゃあ俺はぴんぴんしてるほうを叩いてくっかー! 任せたぜおめーら! 」


 承諾してくれたようだ。

 バカことフェルナーと二人で大男に当たる事になった。

 カズヤが残党のいる場所へ飛び込んでいった。

 そして俺は――近づいてくる大男の前に堂々と歩いていって、その道を塞いで立ち向かう。


「さあ、どうする? 誰が俺様とやる? それとも二人、いや、三人がかりでくるか?」

「その様子だと降参しないのか?」

「俺様は真っ正面から敵を潰すことしか能のない不器用な男だ。敵に背を向けて逃げられればそれで良いのだろうが、どうもそれが苦手でな」

「そりゃ立派なことで」

「フーッハッハッハ! これ以上の言葉は不要! 全力で掛かって来い! 俺様を楽しませてみせろ!」


 芝居をかけたような大げさな口調だ。

 それになんだ、鉄槌って。お前が持ってるのは大斧じゃないか。


 返事を返すのも面倒臭いので代わりに拳銃(リボルバー)を突き出した。

 これみよがしに両手で構えて、堂々と目前でかちりと撃鉄を起こしてやった状態で。


「……なんだ? 脅しているのか? そのようなものでこのミスリル製の鎧が貫けるとでも?」

「試してみるか? ミスリルと拳銃(こいつ)、どっちが強いか。」

「その格好といい、持っているものといい、面白い奴だ! さあ掛かって来い! そんな玩具(おもちゃ)が俺様に通用すると思うなよ……!」


 そいつの言うとおり45口径の銃弾が効くかどうかは分からない。

 むしろなんとなく、撃ったところで普通に弾き返されてしまいそうなイメージしかない。


 *ドンッ!*


 なので大男の顔面目掛けて構えて――と見せかけて、引き金を引いて真上に目掛けて撃った。


 威嚇射撃だ。

 ほんの一瞬、そいつの意識が上に行った。

 まだだ。すかさず右腕に力を込めて、握っていた拳銃(リボルバー)を大男の顔面に目掛けて放り投げる。


「……むっ!?」


 大男が早く反応してくれたのか両手で構えた斧で咄嗟に防御。

 俺が投げ飛ばした拳銃(リボルバー)が柄にかつんと弾かれて、


「いけっ!フェルナー!」

「いっくぜえええええぇぇ……!」


 その隙に横からフェルナーがミスリル製の剣を振り上げながら突っ込んでいった。


 大斧を満足に震えない距離まで間合いを詰めて、『サボり魔』は耳がびりっとするような気合で満ちた声を浴びせながら一気にそいつに叩きつけていく。

 当然、大男はそれを防ごうと両手で持った斧を構える。


「はいだらぁぁぁぁぁぁっ!!」


 だがフェルナーはそんなことは関係ないとばかりに、とにかくでかい斧ごと――その柄をぶった切ってしまった。


 ごつんと重い物が床に落ちた。金属の悲鳴が聞こえる。

 あれだけ頑丈そうな斧が柄を残して斧刃を落してしまったみたいだ。


 咄嗟(とっさ)にフェルナーの足が斧刃を蹴って遠くへ飛ばした。

 これで目の前にいるのはただの棒を持った大男だ。ただしミスリル製の鎧を着ているが。


「……なんだと……!? お、俺様の斧が……!」


 ただの棒切れを持つハメになった大男が唖然としてフェルナーの前で棒立ちになった。

 しかしすぐに立て直す。それならとただの棒を構えて後ずさり、間合いをとろうとしていく。


 相手は武器を失ったとはいえ防御力抜群の鎧を着ていてしかも図体がデカい。

 そうなれば多少武器がなくてもゴリ押しで突っ込んでくる可能性がありえる。

 ミスリル鎧を着た巨体そのものが武器になるからだ。


 だけどそれは、でかい図体に鈍重な鎧を持つそいつをカバーできる人間が周囲にいるときだけだ。

 つまり――


「フェルナー! 足だ! そいつを倒せ!」


 慌てず簡潔にフェルナーに指示を飛ばした。

 あいつなら俺よりうまくやってくれそうだからだ。

 少なくともあの腕なら俺なんかよりも有利に違いない。


「へっへっへー! りょーかいっと!」


 またもすぐに応じてくれた。

 俺の指示を聞くと同時に動いている感じだった。


 フェルナーが武器を失って狼狽する相手の側面をすり抜けて、返す刀で膝裏にするりと剣を滑り込ませて軽く斬りつける。

 装甲に覆われていない部分に綺麗な曲線を描くような一撃が決まって、大男が重々しく揺れてバランスを崩す。

 でもまだ転んじゃいない。


「おやすみの時間だぜ! 早く倒れろこらぁぁッ!」


 フェルナーがダメ押しとばかりにもう片足のすねに踏みつけるような蹴りをねじ込んで――そいつはようやく派手に転んで尻餅をついた。

 どしん、とまるで空から大きな石でも落ちてきたみたいな音だ。

 あまりの音の大きさに観客たちが何人かびくっと跳ねた。


「ぐっ!? き、貴様等……! 正々堂々と戦わんかぁぁぁぁッ!」

「うっせ! マナーの悪い奴らに一番言われたくねえよバーカ!」

「ぐごあっ!!」


 支離滅裂なことを吐く大男の兜をフェルナーの手が乱暴に剥ぎ取る。

 そいつの強面な顔とスキンヘッドが裸にされると、こめかみにどすっと剣の柄頭が叩き込まれた。

 俺から見てもその一撃はいい具合に決まった気がする。

 ところが一撃でそう易々と倒れてはくれず、そいつは両手を広げてフェルナーを追い払おうとした。


「おらおらおらおらぁッ! 剣ってのはこうやって使うもんだぜ! 覚えときやがれぇ! 死ね!死ね!死ねやああああああッ!!」

「離せッ! 離れろッ! ぐっ、や、やめっ――」


 だからフェルナーがもう一度。いや、もう一度。いやいやもう二度、三度、四度と柄でがんがん殴りまくった。

 そうして力いっぱい殴りつけられた大男がようやく地面に叩きつけられて派手に後頭部を打った。

 無駄に抵抗するせいで顔の彼方此方を殴られて鼻血まで出て、しかも白目まで剥いてる。お気の毒に。


「もっ、もうやだ! 入隊するんじゃなかった! 許してくれ!」

「降参だ! 降参する! だからもう殴らないでくれよぉ!」

「へっへっへー! じゃあ武器捨てて両手を組んで跪きな! 少しでもおかしな動き見せたらケツにフルスイングだかんな!」


 向こうではカズヤが戦意喪失した奴等を完全に無力化させていた。一人ぶん殴られて昏倒していたが。


 ふと辺りを見回すとどうだろう。

 おびただしい数の人間(プレイヤー)がゾンビのように(うめ)きながら血や涎を流して、果てには失禁して石畳を汚く彩っている。


『…………』


 露店通りに一杯いたギャラリーからは賞賛の声も驚愕の声も聞こえない。

 これは純粋にドン引きしている。あまりの光景に出したい声も出せないといった感じだ。


 だけどそもそも、この露店通りに集まった野次馬どもが逃げ道を作ってやればそれでこいつらは無事に逃げられたかもしれない。

 まあここで痛い目見とけということだろう。この露店通りの人達は随分と意地が悪いもんだ。


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