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モンスターガールズオンライン!  作者: ウィル・テネブリス
モンスターガールズオンラインへ!
61/96

*56* 泥仕合(1)

【XP+1000】

 視界の中にいつもの表示が浮かんできた。

 ユーフィーン『だったもの』が背中から地面に折れていくと、十秒も経たないうちにぱっと姿を消してしまった。

 中身を失ったあいつの衣装や荷物を残して、だが。


「お……ま……え……、お、俺の…………弟……だぞ? は……? なんで……?」


 後ろで震えた声がした。

 銃身を折ってまだ熱い薬莢を抜いて、貴重な散弾を二発詰め込む。


「良かったなユキノ。お前の弟の頭の中にはちゃんと人間の血が詰め込んであったみたいだぞ」

「ユーフィーンさんがやられちまった!」

「な……何だとォ!? 俺たちのボスが死んじまったぞぉ!?」

「うっ、嘘だろっ!? おい!? こんなところで……ユーフィーンさんが死んじまうなんて!?」

「なんてことしやがるんだ……あいつ、頭をぶっ飛ばしやがった……」


 装填完了。振り向いた。

 前には敵。横にも敵。後ろにも敵。そして銀髪の大男が立ち上がって、


「てっ……めえええええええええええええええええええええええええッ! 良くもッ! 良くも俺の弟をやりやがったなァァァァッ! ゆるさっっ、許さねえっ!! こっ、殺す! 殺してやるううぅぅぅぅぅぅッ!!」


 恐らく今日まで一度も耳にしたことがないほど不快な怒鳴り声を上げて、そいつは周りの仲間たちを押し退けながら突っ込んできた。


「おっ……俺たちも行くぞッ! リーダーに続けェ!」

「ユーフィーンさんの敵討ちだ! やっちまえ!」

「よくも俺たちのボスを殺してくれたな! 卑怯者がァ!」


 ああ、そうだ!

 そう来なくちゃな!


 不思議と俺は心の底から笑いがこみあげてきていた。

 周りにはギャラリー、目の前には敵、そして倒すべきボスがこっちにやって来る。

 最高の状況だ。ここには欲しいものが全部ある。


「隙だらけだァァ! 死ねェェェェェ!!」


 後ろから声がする。

 散弾銃(ショットガン)の撃鉄を起こしながらそっちに振り向くと、黒い鎧の男が斧と槍が混じったような武器――ハルバートを振り上げながら突っ込んできた。

 そいつを迎え撃とうと構えた、いや、相手の方が早かった。

 叩き落としてくると見せかけて、軌道を変えて鋭い先端で薙ぎ払われて――銃身に当たる。


「くそっ!」

「ひゃはははっ! これでお前もおしまいだァ!」


 落としてしまった。

 目の前でハルバートの穂先がこっちに向かって突っ込まれる……と思った時だった。

 遠くからぱん、と硬いものが破裂するような音がした。


「死にやがうぼぉぁ!?」


 そいつはいきなり首の一部が()()()()()しまい、目の前で赤色が飛び散る。

 俺に叩きつけるはずだったハルバートに引っ張られて、後ろへと吹き飛ぶように倒れてしまった。


「なっ……なんだぁ!? 何が起こった!?」


 敵の動きが止まった。

 視界の中に【XP+300】と表示されて、俺は何が起きたのかをすぐに理解した。


「構うこたーねえ! 囲んでさっさとやっちまえ!」

「相手は一人だぞ! 早いトコぶっ殺してここから……」


 倒れた奴の後ろから新手が二人やってきた。

 また銃声がどこからか聞こえた。


「おふぁぁぁ!?」


 片手剣を手に迫ってきた男が構えていた盾ごと身体をぶち抜かれて転んだ。

 その後ろから続く奴も横に向かって倒れていた。


 【XP+600】


 多分、貫通した弾が当たったんだろう。308口径のあの弾なら十分納得できる威力だ。


「なっ……なんだ今の!?」

「ま、まさか狙撃か!? どっからだ!? 誰がやりやがった!?」

「あいつだ! さっきいた茶色いローブを着てた乳のデカい女じゃ……!?」

「馬鹿! どうして捕まえなかったんだよ!!」

「だ、だって仕方ねえだろ! ボスが物資集めるのに専念しろっていうしよぉ…」

「言い訳はいいんだよ! クソッ! どうすんだよ!?」


 ――サンディだ。

 たった二発でラーベ社の連中の動きが止まった。

 どこにいるかは分からないけれども、俺の相棒はずいぶんと良い仕事をしてくれるようだ。


「これくらいで止まるなお前らアァァァァッ!! 狙撃がなんだ! あいつを殺せッ! 刺し違えてでも俺の弟の仇を取れェェェ!! 」

「ユキノさん、落ち着いてください! これじゃまずい、一旦引かないと!」

「黙れ!! 下っ端のくせに俺に口答えするなァァァ!! 俺が行けといったらお前らは行くんだよォォォ!」

「とりあえずリーダーであるあなたが混乱してる奴らおぐ……っ!?」


 といっても、目の前で狙撃をされようが激怒しているユキノだけは全く気にもしていないが。

 それどころか忠告しに来た部下を掴んで、脇腹にざっくりと曲刀を捻じりこんで黙らせている始末だ。


「そうだ、リーダーの言う通りだ! 構うもんか圧し潰せ!」

「待て! さっきあの時計塔が光ったような……」


 そんな様子を見て鞭で尻でも叩かれたように、混乱に陥ったラーベ社が強引に進み始める。

 すると今度は「たんっ」とも聞こえるような音がどこからか聞こえてきた。

 さっきとは違う銃声だ。

 後ろで遠くの時計塔を指で示していた奴の頭がばすっという音を立てて弾けた。


「ひっ、ひぃぃぃ!? や、やられちまったぞ!?」

「どこだ!? どこに居やがる!?」

「もう付き合ってられねえ! ユーフィーンさんがいねえならこんなところおさらばだ!」

「俺もだ! 悪いがリーダー、マスターには従えるがあんたには従えねえ! 今日限りでやめさせてもらうぜ!」

「もっ、もうだめだ! 俺は逃げさせてもらうぞ! ポータルトラフィッ……」


 混乱が更に広がる最中、ラーベ社の奴らの何人かが【ポータルトラフィック】を詠唱して逃げようとしていくのが見えた。

 だがあいつはそれすら許さない。

 周りの仲間を押し退けて、逃げようとする人間の背中に曲剣を突き刺して、魔法で逃げようとする奴を掴んで、


「……フレイミングジャベリン!」

「――はっ!?」


 そいつの腹に杖を押し付けて、ユキノの詠唱が始まった。


「リーダー、何をする……ごっ、ほ!?」


 魔法のスキルが高いのかすぐにマナの青い光が作用して、男の身体が槍のように細長い火にぶち抜かれる。

 形を持った熱が鎧ごと腹を貫いて、背中を通り抜け、血と肉が焼ける音と匂いがした。


「あっ……あ、ああ、つい……?」


 そいつは最後にロクな言葉すらも出せずじたばたともがきながら、地面に倒れていく。

 取り巻きの一人が青い光に分解され始める。

 焼かれた血の跡と少し焦げ臭い遺品がそこに残って、逃げようとしていた奴らが詠唱をやめる。


「ユキノ……さん? 何してんすか……?」

「…………いいから! お前たちは!! あいつを!!! 殺せぇぇぇぇぇぇ!」


 ……何をやってるんだか。

 流石の俺も、マスターを失っただけでここまで崩れてしまうあいつらが哀れに思えてきた。


 当然その隙を見逃すつもりもない。

 拳銃(リボルバー)を持ち上げてユキノの顔にぴったり合わせた。

 この距離ならいける。引き金をゆっくり絞った。


「……! り、リーダー! 危ないッ!」


 撃った――だが最悪のタイミングだったみたいだ。

 45口径の弾丸を叩き込んでやろうとした矢先、誰かがあいつを押し退けたのだ。


「なんだ……がぁぁぁっ!?」


 しかしとりあえずは命中したようだ。

 ユキノが仰け反って、怯んだ――――だけだった。


「がっ、ごっ……おぶっ……んぶっ……!」


 そのまましばらく顔を抑えたままその場で立ち尽くしていて、あいつの足元にぽたぽたと血が滴っていくのが見えた。

 手が離れていく。

 ユキノの顎と口の一部が吹き飛んでいて、血が滝みたいにだらだらと流れていた。


「――がほっ、がああああああああああああッ! ふひが! ふひがああああああ!」

「なっ!? リーダーに何してんだテメェェ!」


 まだ生きてる。

 でも敵の士気は落ちまくりだ。

 俺は迷わず動揺しているラーベ社の奴らの中へと飛び込んだ。


「クソッ!! ユキノさんを守れぇ!」


 黒い鎧の群れが進ませないと迫って来る。

 それでも構わず走って、口を押えているユキノの腕を思い切り掴んだ。


「オラアアアアァァァァァァッ!!」


 杖を握っていた手を思い切り、遠慮なく横に捻った。

 関節が変な方向へ曲がる感触がした。

 構わず更に力を込めて思い切り()()()やった。


「ぃぎゃあああああああ!」


 と、また悲鳴が上がる。

 あらぬ場所へ曲がった手の付け根に――投げナイフを抜いて、素早く振り下ろして、突き刺す。

 肉をがりっとぶち抜いた。引っこ抜いてユキノを屋台の中に蹴って突き飛ばす。


 近くの屋台が音を立ててがらがら崩れる。

 これであいつは崩れた屋台に頭から突っ込んで焼きたてのパンに埋もれた。


「あっっがああああああああああああああああああああああぁ!? おえのふぇがあああああああああッ!?」

「うおっ!? リーダーがやられちまった!?」

「もう関係ねえ! やるぞ! お前ら! ここでやらなきゃ俺たちは終わりだァ!」


 ――なんだろう。こいつらを見ていると無性に腹が立つ。


 なんだかさっきから調子がおかしい。こいつらが異様に憎たらしい。

 殺意というか敵意というか、目の前の敵に対する嫌悪感で胸が押し潰されそうだった。

 それでいて目玉が飛び出してしまいそうなほど脳がちりちり動いて、自分でも信じられないぐらい目の前の事に集中できる。


 そうだこいつらは、あれだ、盗賊(レイダー)だ。

 背中から俺を撃ち殺して、銃のストックで喉を殴りまくって、捕まえた俺の腹を開いて、何度も俺を殺してきたあいつらにそっくりだ。


 ああ、だめだ、もう頭の中が完全に戦闘モードだ。

 いかにこいつらを効率的にぶちのめすかどうかの考えで頭が一杯だ。

 盗賊(レイダー)と戦うときを思い出せ。遠慮しなくていい、存分に痛めつけてやれ。

 盗賊(レイダー)にむごたらしくやられた時も、惨めに命乞いしてきたときの表情(かお)も思い出せ。

 自分に言い聞かせた。「いいか自分(おれ)。こいつらはなんてことない、いつもの獲物だ」と。


「銃なんて汚ぇぞ! この野郎!」


 そこで後ろから誰かが俺の首に掴みかかってきた。

 焦らなくていい――振り向きざまに右の肘をぶち当てて引き剥がす。

 肘から硬い肉を潰したようなごりっとした感触がした。


「ぶっ……がっ、てめふぇえええええええええっ!? な、なふぃしふぁはる!?」


 その隙に口と顎を押さえたユキノが黒鎧たちの後ろに逃げ隠れていく。

 そして抑えが聞かなくなったラーベ社の連中が次々と立ち塞がってきた。

 相手も完全に戦闘モードだ、ひと暴れしてやる。


「ひゃははっ! こいつ一人で勝てると思ってんのかぁ!?」

「上等だ! お前ら! こいつをたっぷり痛めつけてやろうぜ!」


 あいつを逃がしてたまるか。

 ごちゃごちゃとした黒鎧たちの塊を掻き分けるように飛び込んだ。


 途中で横から殴りかかってきた男に腹をぶん殴られる。

 拳銃弾ぐらいなら弾いてくれる黒いプロテクターが弾いてくれたようで、俺を殴った誰かが「痛い」だの「畜生」だのと喚いた。


「くふぉぉッ! だふぇかあいふをやっふぃまえ! そふぃふぁら二万メルファくふぇへやふ!」

「ひゅう! あいつ一人で二万メルタだとよ!」

「よっしゃ! 二万メルタは俺が貰った!」


 そのまま逃げるリーダーを捕まえようとすると取り巻きの一人の手が伸びてきて、手首を掴まれて足首を思い切り蹴られた。

 クソ(いて)え。治ったばっかの部分だ。


「大人しくしやがれ! この××××! ぶっ殺してやる……!」


 腕を引っ張るそいつの顔を見ようと見上げると、そいつはさっきレフレクを袋の中にぶち込んだ奴だった。

 顔は憎たらしいぐらいに下品に歪んでいる。

 まるでこれから俺を甚振って、あわよくば自分達の力を見せ付けるために大勢の人間の前でクソみたいなことをしようとする、クソ野郎の目つきだ。


 俺はお前を良く知っている。

 そうだとも、そいつそのものじゃないけどお前はそっくりだ。

 お前はあの俺の腹を掻っ捌いて生きたまま食おうとしたクソどもと同じだ。


 そのせいか見てるだけで胸がぎりぎり痛い。

 傷が蘇って腹を割かれるような感覚がじわじわ蘇る。不愉快だ。


 そいつに負けないぐらい力を込めて睨んだ。

 多分、今の俺は相手よりもずっと気持ちが悪くて不愉快な表情をしている。


「お前のせいで俺の輝かしい人生が台無しだぜ。せっかく金を貰ったのによぉ……」

「知るか。お前の人生はここで終わるんだよ、クソ野郎」

「ああっ……なんだと!?」


 中指を立てて挑発した。

 たった一言、それだけでその男は一瞬でトマトみたいに顔を真っ赤にして誰がどうみてもわかるぐらいキレた。

 こいつもあの盗賊(レイダー)みたいに耐性がないみたいだ。

 まるでいつもの獲物だ。

 死ねば経験値(XP)になる盗賊(レイダー)みたいなものだ。殺してしまってもいい存在だ。


「死ぬのはテメエだコラアアアアアアアアアアァッ!」

「ぎゃははははは! あいつキレすぎだろ!」

「外野は黙ってろ! こいつの髪と歯全部引っこ抜いてボールみてーにしてやる! 今俺を笑ったテメエもだ!」


 黒鎧の仲間に笑われて気が逸れてる。隙が出来ている、チャンスだ。

 掴まれていた腕を時計回りに回して拘束を解いた。

 さっき蹴られた足を相手の片足の内側に絡ませて、そのまま腕を掴み返して引っ張る。


「うおぉぉっ!?」


 男がするっと転んで背中を打つ。

 そいつの腰に吊るしてあった鞘からナイフを抜いた。


 腕を引っ張って持ち上げ、鎧に覆われていない腋に目掛けて――ナイフを横に刺す。

 刺したと言うよりも無理矢理捻りこんで抉った。

 ざくりと肉を貫く感触を確かに感じた。生肉に思いっきり切れ込みを入れたような感じだ。


「ぃいあああああああああああああっ!? 痛い! 痛い! 痛い痛いィィィ! やっめてええええええ!」


 口から女みたいに裏返った悲鳴が飛び出してきた。

 暴れる腕を押さえて何度も何度もそこに突き刺した。

 柔らかくて刺しやすくて、時々骨に当たったのか硬い感触がこつこつこつこつ届いた。


 そうして数十回は腋のあたりをざくざく刺しまくったかもしれない。

 外野から悲鳴が漏れたり「やりすぎだ」とか言われた気がした。

 心の中にはそんなことをいちいち気にする余裕なんてない。


 これからどう次の奴を、そのまた次の奴をぶちのめすかで頭が一杯だ。

 あの憎たらしい男だったものの腕を突き離して、また声を上げる前に顔面に肘を叩き込んで次の獲物を探した。


 【XP+300】


 死んだようだ。こんな奴が一人死んだところで、何も問題ない。

 いや、ここは封印だったか。


「こいつ……結構強いな。そこの店の槍を使え! 串刺しだ!」

「わ、分かった!」

「おう! 俺達に任せろ! こんな奴二人で力を合わせれば楽勝よ!」


 次の獲物がやってきたぞ。

 腰からナイフを引き抜いて片手に構える黒鎧と、一つ目娘の店から槍を分捕って構える奴が二人だ。

 三人とも硬そうな兜を深く被って頭をがっちり守っている。故に頭部への攻撃は当てにならない。

 それなら防御されてない場所を執拗に狙うか、防御できない一撃をお見舞いするかの二択だ。


「てめえええええ! うちのリーダーをあんなひでえ目にしやがって!」

「行くぞ相棒! 二万メルタは仲良く分けようぜ!」


 二人の槍持ちが詰め寄ってきて手にしていた槍を二人同時に突き出してきた。

 何処に向かうか何となく分かる。槍の構えが若干高い、だけど視線は下に向かっている。多分狙いは足だ。


 当たった。

 俺の両足――太腿を狙って交差するように穂先が飛んでくる。

 避けるか防ぐか、そうだ避けよう。それから反撃を決めまくって少しでも数を減らすのが先決だ。


 地面を蹴って跳ねた。手にしていたナイフを手放した。

 槍の先が当たらないように祈って飛んで、その下を交差するように二本の槍がびゅっと過ぎっていく。


 結果、そいつらの槍は俺じゃなくて硬い地面を抉った。

 ほんの間を置いてじゃりんとナイフが落ちた音が重なった。

 ×印を作る槍の間へと着地して、空振りした槍の柄を掴んで抑えた。


「よっ、避けられた!?」

「ちぃっ!」


 攻撃のチャンスが生まれた。

 槍を掴んだ途端に何時ものウィンドウが目の前に出た。

 物質を資源(リソース)に変える『分解』コマンドだ。

 迷わず目の前に浮かんだウィンドウを指で突いて分解作業を開始。


  【リソース入手:金属100 木材200】


 すぐに何時ものように槍が二本とも『分解』される。

 槍が姿を消して視界の中で資源(リソース)が手に入ったという知らせが浮かび上がってきた。

 無力化完了、これで二人は素手だ。


「……ぶ、武器が消えちまった!?」

「消えただと!? こいつ一体どんな手を使いやがった!?」


 槍持ちの二人がうろたえた。でもすぐに立て直して一人が突っ込んでくる。

 蹴りが飛んできた。俺の下腹部を狙っていて、スキルの恩恵でも受けているのかやたら早い。

 でもそれだって十分避けられるレベルだ。そんな動きじゃ良く分かる。


「はっ! だがなあ、槍だけしか使えないと思ったら大間違いだぜ!」


 思い切りその場で屈んだ。

 そのままでんぐり返しでも出来るぐらいに背を低くすると、鋭い蹴りがすぐ真上で髪を(かす)って鈍い音がぶおんと響いてくる。


「――――ふっ!」

「なっ、避けやがった!?」


 残念、はずれ。

 立て直される前に迫撃。

 そいつの懐の下でバランスを取っている片足を掴んでその場で立ち上がった。

 そのついでに相手の足を持ち上げるように引っ張る。


「っとおおおおおっ!?」


 支えを失った相手の身体が一瞬浮いて、すぐに手放す――。

 すると黒鎧の身体が滑稽だと思うぐらいくるっと回って、()てい(こつ)の辺りから派手に床に落ちた。

 尻を押さえて「おお……」と悶え始める。


「うらあぁああああああああああっ!!!!!」

「ひっ、まままっひぎゃっ!?」


 トドメに踏むように顔面に蹴りを放つ。靴底が顎に綺麗に入って完全に大人しくなった。

 大乱戦は続いている。取り囲んでいる奴らはまだまだやる気満々だ。


「くっそおおおおおッ! やりやがったな!? 原型留めなくなるほどてめーの顔滅茶苦茶にしてやる!」


 体勢を立て直そうとした矢先、もう一人がここぞとばかりに姿勢を丸めて突っ込んできた。

 鎧の重さを含んだ身体がずっしりと当たる。

 身体に両手が絡みついて、そのまま後ろにもっていかれそうになった。


「く……ッ! なんだこいつは……ちっとも動かねえぞ……!?」


 身構えて押さえ込む。身体が倒されそうになったけれども踏ん張って抑えた。

 ぴたりと止まってしまう。思ったより簡単に塞ぎとめることができた。

 これだったらまだあっちの世界の荒野にいる犬の方が力強い。


「どうした? まさか手加減してくれたのか?」


 同時にそいつのうなじの辺りに目掛けて肘を下ろして打った。

 一撃目で揺らいだだけで、速攻で二撃目を入れると、がくんとタックルの姿勢が崩れてそいつの身体が下に落ちた。


「かはっ……!」


 押さえ込めた。

 上等だ、これでしとめてやる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお……!!」


 体勢が崩れたそいつの背中に抱きついた。

 右腕でぎゅるっと首を絡めとる。左腕で下腹部をがっちり押さえ込む。

 左手に冷たい鎧の感触とその重々しさが伝わってきたけど、問題なんてここには一つもない。


「ぐ、おおおお……ッ!? は、離せ……なにするんだよ……!?」


 むしろ好都合なぐらいだ。

 お前はこれで一回死んだ。俺がこのまま首を横に捻ればお前は死ぬ。加減してやるんだから感謝の言葉ぐらい聞かせて欲しいもんだ。


「ああ、お望みどおりに離してやる……!」


俺はそのまま、誰かの横槍が入る前にそいつを()()()()()

首に腕を巻きつけ腹を押さえて、人間を一人分、背中から逆さまに抱え上げてやったのだ。


 だからかなり重い、ずっしり来る、そりゃそうだ、人間を――それも防具で身を守った人間を逆さまにするように持ったままなのだから。

 でも今の俺にはそれくらいのことなら出来る。

 このまま何処かに投げ落とすぐらいなら辛うじて出来る。

 これはFallenOutlawのスキルとステータス、それから称号による恩恵なんだろうか?


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおらあああああああああああああああっ!!!!」


 ともあれこれからすることもその恩恵によるものだ。

 このまま()()()()やる!



「お、おい待てやめろ! 離せ! 畜生ッ! 離しやがれぇぇぇぇッ!」


 逆さに持ち上げたそいつもろとも倒れるように地面目掛けて落とした。

 そいつの頭を石畳にたたきつけてしまえ。

 頭から落として潰してしまえ。

 お互いの体重を、生きてる生物全ての足を引っ張る重力を、全部そいつの頭に流して地面に叩き込む。


「――まっまてまてまて降参だ降参するからくぐひゅうっっ!?」


 骨……とまではいわないものの、恐らく兜がひしゃげるような非常に()()()な感触が神経にどっしりきた。


 見事に頭から垂直に地面に落としてやった。

 お陰で尻と腰にずっしりきた。

 これで生きてればラッキーなぐらい綺麗に決まった。ざまみろ、あわよくば死んでしまえ。


 【XP+300】


 いや、くたばったか。


「二万メルタ貰ったぁ! 死ねぇッ!」


 派手に頭から落としてやったやつを手放すと同時に、いきなりもう一人の男が両手剣(ツーハンドソード)を横薙ぎに払ってきた。


「……うおっ!」


 声なんか上げるからすぐ気付けた。スライディングで相手に飛び込んで避ける。

 びゅおっと額の上で切っ先が空振りした。

 音だけで額の皮と肉が切れそうで、髪の生え際から血の気がさっと引いていく。

 でも肝心の持ち主は隙だらけだ。そのまま体重を乗せて地面を滑って腹を蹴り上げる。


「くっ、避けられっってうはああああああっ!?」


 当たった。よろけて相手が背中から転んだ。

 身体を起こしてすぐにそいつに跨る。


「死ねッ!」


 兜を無理矢理引き剥がして握った拳を顔面に一発捻りこんだ。

 ぐしゃりと拳骨が鼻をへし折る感触がした。


「おごっ!? がっ!? ぐあぁぁっ!?」


 続けざまに何発か丹念に殴ってから髪を掴んで持ち上げて、思いきり床に叩きつけた。

 まだ死んじゃいない。だから殺す。

 そいつに覆いかぶさって両目に思い切り親指を突っ込んだ。


「あっあっ……ぎゃあああああああああああああああああああぁぁーーーッ!!? あっ、いぃやあああああああああああああ!?」


 体重を乗せて抉った。ぐじゅりと嫌な感触がしたけれども、構わずもっと奥までぶち込んだ。


「ひぃ!? あ、あ、あいつ何してんだよぉぉぉぉ!?」

「おいおいおいおいマジで何してんだよ!? おい……狂ってやがるのか!?」

「気を付けろ!薬でハイになってんぞ!」


 抉って、抉って、持ち上げて、もう一度床にぶつけた。


 【XP+300】


 経験値の表示が見えた。俺は悪者をやっつけた。


「な、なにこんな相手にこんな苦戦してるんだ! 包囲しろ、取り囲め! いつもみたいに数で押せ!」

「こんな場所じゃ戦いづれぇ! んなことしたら同士討ちしちまうって!」

「いいや構うもんか! 取り囲んでやっちまえ!」


 立ち上がろうとすると背中に何かが叩きつけられる。

 ハンマーで殴られたように重くて痛い。

 だがジャンプスーツのプロテクターが俺を守ってくれていた。ただの『痛い』で済むのだからこれ以上の幸運はない。


「背中がお留守だぜ、クソがッ!」


 振り返ると別の奴が片手斧を持ち上げていて、俺の背中を叩ききろうとしていた。

 向かってきた相手に滑り込んで足首を掴んだ、引っ張った、転ばせた。しかし肘で受身を取られた。


 掴んだ足を持ち上げたまま鎧にも覆われていない急所(こかん)に足を捻りこんで踏んだ。

 靴底からぐしゃっと何かが潰れた感触がする。


「ぐほおおおおぉぉ……!?」


 男の悲鳴が一杯に響いて酷く苦しみながらのたうち回る。

 やっぱりこいつらは盗賊(レイダー)と何も変わらない。殺してしまってもいいんじゃないのか。


「いっ……痛ぇ……やっ、やめろ、まだ死にたく……ない……!」


 俺は倒れたそいつに転ぶように覆いかぶさった。

 そして頭をがっちりと抱きしめた。それから、腰の動きを入れて思い切り引っ張るように捻じった。

 ぼきっという音がした。

 目の中に【XP+300】という文字が浮かんだ。


「このっ……そいつを捕まえろ!」


 また一人仕留めて立ち上がった矢先、いきなり前から飛び出てきた奴に顔を殴られた。

 もろにくらった、口が痛い。口の中が鈍く切れて新鮮な血の味がした。


「ようやく捕まえたぜぇ、二万メルタ君! さあやっちまえ!」


 頭が一瞬揺れかけて意識がどっかへ飛びかけた。

 よろけた。そこで後ろから別の奴に羽交い絞めにされてしまう。


「よくやった! 楽しいリンチの時間だ……って痛ってえええええええ!? こ、こいつ鎧つけてやがった!?」

「バカ! 良く見てから殴れ! そんなもん取っちまえ!」


 捕まったまま腹に黒鎧の拳がたたきつけられた。

 当然プロテクターに保護されているのだから衝撃がこない。

 だが避けたくても押さえ込まれて動けない。


「くそっ! なんなんだこの防具は!?」


 そんな俺を三度ぐらい殴ってからやっとプロテクターの存在に気づいたのか、真っ赤になった手で乱暴にプロテクターを剥がされた。

 どさくさに紛れて拳銃(リボルバー)も掴まれて、引っこ抜かれていく。


「へへっ! 銃もーらい!」


 攻撃が止んで隙が出来ていた。

 その隙を狙って頭を思い切り後ろに振る。俺の頭はハンマーか何かだと自分に言い聞かせながら。

 頭突きが決まった。自分の後頭部の一番固いところがぐしゃりと何かを潰したような気がした。


「ほがっ!?」


 拘束がゆるんだ。

 半身を捻ってすり抜けて脇腹に肘を叩き込んで、羽交い絞めにしてきた奴の腕を掴んで背負い投げの要領で目の前にぶん投げた。

 手を真っ赤にしているバカが巻き込まれて崩れ落ちた。

 ホルダーから投げナイフを抜いてそいつの上に飛び乗っていく。


「に、逃げんじゃね……いっ!? いぎゃっ!? いたっ!? あっ、がっ、いっ!?」


 肩の付け根に突き立てた。顔を串刺しにした。胸部の隙間も上腕部も刺しまくって手当たり次第に抉った。

 トドメに握った拳を鼻と唇の間に振り下ろして叩きつける。

 そいつは鼻を押さえて苦しそうに喉を詰まらせてだらんと脱力した。


「……貰った! その首刎()ねててここに飾ってやる!」


 また後ろから掴まれた。

 髪を掴まれてぐっと持ち上げられる。首にナイフの冷たい刃先がひたっと当たった。

 皮膚ごと千切られるような痛みがびりっと走って、その瞬間に全身に燃えるような怒りが走る。


 両腕を真後ろに広げた。得物は逆手で持ったままに。

 髪を更に上へと引っ張り上げられる。

 後ろに回した腕に力を込めて相手の脚を突いた。筋を押し切るようにざっくりと。


「あああああああああっ!? あ、足がっ! 俺の足があぁぁぁっ!?」


 深く刺さったような気がする。真後ろから聞くにも飽きた苦痛の声がしてきた。

 髪から手が離れた。すぐに立ち上がり、振り向きざまに太腿にざくざく打ち込む。

 布ごと皮膚を貫いて肉を鈍く切った感触がした。

 肉の塊を下ごしらえしようとフォークを刺せば丁度こんな感じだ。


「いぎいっ……!?」


 そいつのナイフがからんと地面に落ちた。

 太腿から刺さったものを引き抜いて、すぐによろめいたそいつの頬に逆手に構えてぶっ刺した。

 刺さった頬の中から痛々しい声が漏れた。

 サイドキックを腹にぶちかまして身体ごと引き剥がす。


「いでええええええええええええええっ!? よくも、よくもやって――――げふぇえっ!?」


 そいつにとどめを刺そうとしていると遠くから銃声が聞こえた。

 頭の一部が小さく爆ぜたようにぶち抜かれて、血まみれのままごろんと前のめりに倒れていった。


 【XP+300】


 上出来だ。こんな状態でもあいつは上手にやってくれている。


「おい、リーダーはどうした!?」

「キレて手がつけられねえ!」

「あんなバカほっとけ! 囲んで潰しちまえ!」

「ちっ、畜生! つーかよ、あんな傷ぐらい魔法で治しちまえよ!」

「リーダーの奴、詠唱できなくて回復が使えないみたいだ! 他に魔法使えるやつは逃げちまった!」

「ばっ、バカかあいつら!? なんで勝手に逃げやがった!? こっちは何人も殺されてんだぞ!」


 あれだけいた黒鎧たちは結構な数を失ったようだ。

 目の前にいた奴らの包囲も解けて一体多数と対峙する形になっている。


 まだまだ相手は残ってる。

 それでも相手の命令が混乱してるのは大きい。これならこのまま全部やれる。

 首筋が浅く切られてぴりっと熱くなっている。だからなんだ、これくらい大した問題じゃない。


「くっ! おい露店通りのクソども! 見世物じゃねえんだ! ぼけっと見てないで俺達に回復魔法をかけろ!」

「てめーらも痛い目みたいのか!? 俺達はこの街の英雄(ヒーロー)、ラーベ社だぞ!?」

「おいこら逃げるんじゃねえ! 畜生が! この黒い奴にやられたからってこいつらいい気になりやがって!」

「おいてめえ! そこの回復薬をよこせ……! 待て! 逃げるな! 薬おいてけ!」


 目の前にいる黒鎧のやつらはあからさまに混乱している。

 リーダーがあれで、回復魔法を使える人間が逃げたお陰で混乱しているみたいだ。

 しかもそいつらは露店通りにいる人間やヒロインに無茶苦茶な要求を突きつけているときた。


『…………』


 当然誰かが応じてやるはずもない。

 黒鎧たちが大声で脅したり、露店を蹴り荒らしたり、勝手に店のものを取ろうとしたりしても人の波はざらっと後ろに引っ込んでいくだけだ。


 おまけにラーベ社の列が大きく崩れ始めて逆に観衆に取り囲まれるような形になっている。

 魔法使いの格好をした者が冷ややかな目で引いていき、エルフの女の子が売り物の回復薬を鞄にせっせと詰め込んでその場を離れて、代わりに罵倒や嘲笑が飛んでいく。


 周りの人間は敵意丸出し、先ほどと明らかに雰囲気が違う。

 その気になればこの黒鎧(バカ)たちを一斉に襲ってしまいそうな雰囲気ですらある。

 だけど誰もそうしようとはしない。きっと面倒臭くてその仕事を俺に押し付けているに違いない。


「が、ぶっ……そ、そふぃつをはかふぁはずやふぇ! くふぉくふぉくふぉくふぉっ! ひふぉをゆふぁんはへほいて!」

「り、リーダー! もうやめましょう! こんなところでマジになる必要なんてありませんって!」

「そうですよリーダー! 無理に戦わないでここは一旦引きましょうぜ! 後でたっぷえりやっちまえばいいんですよ!」


 まだまだ相手はいるけど勝負は決まったようなもの。

 それなのに相手はまだまだやる気だ。立ってる人間も半分以上は残っている。

 ただし、怒り狂った色々と脅してリーダーが無理矢理まとめているような感じか。


「うるふぁい! ばふぁれ! おふぇのいふこふぉがふぃへんのふぁ!? そふぇとも……こふぉふぃふどをぬふぇたいほか!?」

「ぬ、抜けたくはないっすよ!? このギルドから抜けたら俺たち生きてけませんよ!」

「へ、へい! 俺達最後まで戦いますとも!」


 それにしても下っ端たちは、あいつが何を言っているのか理解できてるんだろうか。

 もふぁもふぁ言ってるせいで理解できないけど、一体何を言っているのかとても気になる。


「倍ふぁ! 四万……四万メルファやふ! なひがふぁんでもやふぇ!」

「よ、四万……!? 」

「たった一人で四万……ひひっ、喜んでやりますとも!」


 すぐ向こうでは必死に溢れる血をとめどめなく吐いているリーダー。

 その周りに何人かが密集し、大雑把な扇形に広がってこっちと対峙している。


 それでも俺はこれから幾らでもお前らをぶちのめせる。

 一人ずつ串刺しにして全滅させれるぐらいだ。

 何故なら遠慮が出来ないからだ。

 俺にはこいつらが人間(プレイヤー)だとは認識できない、こいつらは盗賊(レイダー)と一緒だ。


 違うのは持ってる殺意の差だ。

 そもそも敵対してる奴に遠慮なんて必要ないのだ。

 だけどこいつらはなんといえばいいのか、俺に対して加減してるようにも思えた。

 いや、躊躇(ためら)っているといったほうがいいんだろうか?


 あっちの世界の盗賊(レイダー)は初っ端から殺す気まんまんで襲いかかってくる。

 初日で初対面の相手に銃ぶっ放して人の胸に穴開けるぐらいだ。

 仲間やお友達以外は食肉か宝箱か暇つぶしのおもちゃか、総じて獲物としてしか認識できない。

 だからあいつらは何のためらいなく殺せるし、捕まえた人間を掻っ捌いて生きたまま食べられる。


 だけど、目の前にいるこいつらは人間(プレイヤー)だ。

 殺すだの死ねだのと物騒な言動だけは盗賊(レイダー)とは何も変わらない。

 けれどもこっちを殴ろうが蹴ろうが斬りかかろうが微妙な加減をジャンプスーツ越しに感じる。

 俺を本当に殺す気なんてないんじゃないか?

 そもそも、こいつらの何人が人を殺したことがあるのか?


 まあ、どうであれ()()に殺すぐらいの覚悟で正面から応えてやろう。

 だが油断は出来ない。

 だからって気を抜けば、俺は簡単に死ぬ。

 せっかくここまできたのに死んでしまうなんて実に嫌な話だ。

 本当に死ぬのか、封印されるのか、それともあの世界に戻されるのか。


「ほーう? お前……中々やるじゃないの。次は俺の相手でもしてもらおうかな?」


 血まみれの投げナイフを投げ捨てると誰かが正面から歩み寄ってきた。

 頭に血が上って、どばどば血を吐き出してるリーダーの声を受けて、黒鎧の連中の一人が随分と余裕のある様子で近づいてきた。

 まるで動物が威嚇をするかのような少々オーバーで大胆、それでいてゆったりとした身体の動きでこっちに迫ってくる。


「俺達にたった一人で挑むなんてたいした度胸だな、そのくせこんなにやりやがって……すげえなお前、気に入っちまったよ。名前教えてくんない?」

「そりゃどうも」

「なあなあ、こんなんやめてよお、俺と組まない? お前と組めばこれからなんだってやれそうな気がすんだよ。二人で最強コンビとして名を馳せていく……なんて面白そうじゃね? なっ?」

「お前が死んでから考えてやるよ。間抜け野郎」

「そっか駄目かぁ。んじゃ、タイマンの時間といこうか! こんだけ強けりゃぶちのめしがいがありそうだからなぁ!」


 金髪でオールバックの背の高い男だ。

 多分、年齢は俺よりちょっと上ぐらいか。

 ただし武器はもっておらず、その代わり握った両手を持ち上げてボクサーのように慣れた構えでいる。

 呼吸に合わせて身体を動かして、何時でもこっちに殴りこめるように距離を取っているようだ。


「ふふふ……! こえーか? 俺はこう見えてもリアルじゃボクシングやってたんだぜ? 素手とキックのスキル値は80だ! てめえなんざボコボコにしてやんよ! かかってこいやァ!」


 良く分からないけど、つまりボクシング習ってたから強いという事らしい。

 それでいてスキル値が高いからことさらすごいと。

 でもそいつのスキルとやらはゲームの最高値である100に達しているというわけじゃない、むしろ控えめに言っても中途半端な数値だ。

 それにこんな状況でスキルやボクシングがどうこう言われてもいまいち説得力がないと思う。


「そりゃよかったな。いきがるんだったらサンドバッグ相手にでもやっててくれ」


 総評するとバカだ。

 黙ってこっちに突っ込んできて一発殴ればいいのに、なんでわざわざ口に出さないといけないんだ。

 確信した。こいつらの大半は生きた人間相手にロクに戦ったことがない。周りがビビってるのをみて満足してるだけの中身のない連中だ。


 ――まあとにかく、こんな奴の誘いに乗る必要なんてないわけだ。

 そうであるなら俺のやる事は実に単純、まずはここから動かないことだ。その上で。


「お? どうした? そっちがビビってんのか? ならこっちから行くぜ。まずテメエの歯を全部砕いてその次は顔もぐちゃぐちゃにしてやるからな、麻酔なしの大手術といこうや!」

「ああそう」


 相手が何もない空間をしゅっしゅと殴り始めたので、黙って片手を挙げた。


「おおっと忘れてた! やっちまう前に言っとくが、俺はラーベ社で三番目に強い拳闘士(グラップラー)のリョウだ。他の奴みたいに手加減はしてやれねえ、もし一発で死んじまっても文句はいうんじゃ……」


 空に伸ばした手で『やれ』と合図した。

 それと同時に遠くから乾いた金属音がして、


「ない……ふぇっ!」


 首が弾け飛んだ。

 肉が飛び散って「嘘だろ」といった様子で俺を見て、それから口と喉からごぶっと血を吐き出しながら倒れ伏せた。


「こ、この野郎!! 銃なんて使いやがって!

「そんなのありかよ卑怯者がぁ!!」

「チートか!? 正々堂々戦いやがれクズがぁ!」


 目の前の敵は数はあれど、総崩れといった感じの様子だ。

 こうしている間にも【XP+300】と表示された。

 三番目に強くて()()か。変な奴だった。


「さあ、次はどいつだ? 降参したら見逃してやってもいいぞ」

「ほ……ほんとか? マジでいってんのか…?」

「ばっ、馬鹿! 信じるんじゃねえ! 逃げたところで捕まっちまう! ユーフィーンさんもいないんだぞ!?」


 頼れる狙撃手(スナイパー)がいるぞ、と時計塔のあたりを親指で示しながらラーベ社の面々を見た。

 まだやる気の奴らが多数。何をすればいいのか分からないやつが同じくらいといったところだ。


「マ、マファ…マ…ナ…ふぃ、ふぃーる……! ふふぉっ……ふほぉっ……こんなふぁひゃふに……くふぉぉ……! おまえふぁ、ごっふっっ……!」


 その後ろでは口を破壊されたユキノが――地面に飛び散った自分の血や肉をかき集めて、必死に魔法を小刻みに詠唱している。

 頭から血が抜けて少しは冷静になったんだろうか。

 一応魔法としては成立しているみたいで、少しずつ治っているように見える。

 問題はあいつがいるせいでまだ辛うじて機能しているということだ。

 ユキノが死ねばラーベ社は崩れる。そしておそらく、あいつを殺せばクエストが終わるはずだ。


 とにかくこういう時は魔法を使われると厄介だ。サンディに殺してもらおう。

 おっ始める前に『ユキノを狙え』とでも言っておくべきだったか――。


「どうするんだ? これ以上続けても何もいいことはないぞ? まあ、どちらにせよお前らのサブマスターにはくたばってもらうけどな」


 そう思いながらもう一度手を挙げようとすると、また遠くで銃声が聞こえた。


 ラーベ社の奴らがそれに驚いてしゃがみ込む。

 誰かをまたぶち抜かれる――と期待していると、また銃声が響く。

 一発や二発じゃない。立て続けに単発の銃声が何度も聞こえてきて、それが俺が渡した自動小銃によるものだとやっと分かった。


 【XP+900】


 経験値が入った、多分()()()だと思う。

 ……クソッ、そういうことか。

 こいつらはサンディの居場所を嗅ぎ付けたわけだ。


「へ、へへっ、惜しかったな……街じゅうにいる仲間に連絡させてもらったぜ!狙撃手がいるから殺せ、ってなぁ!」

「……ちっ」


 おまけに向こうで誰かがそういったのを耳にして確信した。

 ……いや、あいつのことだ。きっと自力でどうにかしてくれるはずだ。

 幸いにも周りのギャラリーは絶対に逃がさないぞとばかりに硬く壁を作っているから、こいつらも迂闊に逃げられはしないだろう。


 ただしこれで俺は攻撃手段を三つも失った。

 拳銃(リボルバー)散弾銃(ショットガン)は手元になく、サンディはおそらく交戦中、あとは投げナイフぐらいだ。

 俺の【投擲】スキルならユキノに当てられるかもしれない――が、取り巻きに守られていて確実に命中させる自信がない。


「これで形勢逆転だなあ! よくも俺たちの仲間をやってくれたな!?」

「ユーフィーンさんの仇だァ! 頭ねじり切って俺達の遊び道具にしてやるぜ!」

「お前を殺せば四万メルタだ! 金貨四十枚も貰えるんだからな!」


 ラーベ社の黒い面々が武器を手にずらっと詰め寄ってきた。


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