*55* Head and shotgun
「やめるって……何をです?」
二本の銃口の先でユーフィーンはとぼけた様子で袋を持ち上げてきた。
「そいつを放せ」
「……なんで?」
「いいから放せ、クソ野郎。お前の胸糞悪いやり方にはもうウンザリだ」
「はぁ」
しかし相手は動じない。
すっかり熱が冷めて白けてしまった様子で袋をぷらぷらさせ始めている。
あの妖精が入った袋はぴくりとも動かない。でもまだ死んじゃいないはずだ。
「……こいつ、やっぱりか。こんなことなら最初からぶっ殺しておくべきだったなぁ?」
目の前にいたユキノが声の音色を変えて武器を構え始める。
片手に湾曲した剣を、もう片方にナイフよりは一回り短い杖を握って……さながら二刀流といったようなスタイルだ。
それに合わせて周囲にいた奴らも一斉に得物を手に身構えていく。
「なぁんだ、こいつ敵だったのかよ」
「俺は一目見たときから胡散臭ぇと思ってたぜ!」
「ユーフィーンさんに生意気なこといってんじゃねぇぞコラァ!」
剣が、斧が、槍が、槌が、杖が。
それぞれの得意とするものを手に、黒い鎧の連中が敵意の籠った視線を浴びせてくる感覚がする。
あの時。あっちの世界で何度も向けられてきた殺意と同じだ。
ただまあ、その質で言えばこっちの方はぬるく感じるが。
こいつらの向けてくるそれは熱を持ったボールが身体の表面に当たって跳ね返ってくようなものだ。
けれども、俺が向こうで感じたものは氷で作られた矢が身体の中にじんわりと入り込むような……まさに『背筋も凍る』ものだった。
状況は最悪だが、皮肉にもあの恐ろしい盗賊との経験がまだ少しだけ自分を冷静にしてくれている。
「……ふーーーーーーん。そうですか、そうですか。じゃあつまり、はなから我が社に入るつもりはなく。私たちを殺すつもりで。わざわざ会いに来たと?」
散弾銃の銃口の先でそいつは革袋をちらつかせながら訪ねてきた。
俺は黙って、ただ上下に頷いた。
「……あーあ。つまんないです」
ところがラーベ社のマスターはやる気をごっそり持ってかれたのか、手にした袋をゆっくりと降ろす。
それと同じタイミングで、片手で自分の兄であるユキノに「引け」というような手振りを向ける。
手の動きに従って目の前の大男も、周囲にいるやつらも、一歩か二歩引っ込んでいく。
「ま、なんとなくですけどそう来るかなとは思ってましたし。でも今は私の番ですからこの妖精さんは返しませんよ?」
返す気はない、ということか。
この男はその気になれば今この場で、あの子の首を折ってしまうかもしれない。
けれども殺してから「はいどうぞ」と返されるよりはいい。
あいつの手元でまだ生きている限りはまだチャンスはある。
「そいつは関係ない。それに、興味があるのはそんなチビじゃなくて俺だろ?」
「まあ、そうなんですけどねー」
サンディは今こうしている間にも、ここにいる誰かに――できればこのギルドマスターとサブマスターのどちらかの脳天を狙ってくれているだろうか。
あのPDAの機能はまだ使えるだろうか。
いや、ここで呑気に取り出して確認する時間も、不確定なことをする余裕もない。
しかも俺は致命的なミスをしてしまっている。取り出した武器が不適切だったのだ。
この距離でこの切り詰めた散弾銃なんてぶっ放せば妖精ごとユーフィーンを穴ぼこチーズみたいにしてしまうだろう。
「おい、弟よ。その妖精さんはずいぶん元気がないみたいだな? 死んじまったのか?」
だが、そこへ銀髪の兄が言葉を挟んできた。
芝居っ気のこもった実にわざとらしい不愉快な口調だった。
「ああ、なんということでしょう。これではゲームになりませんね。楽しむことができませんねえ……。さあ、どうしましょうか兄さん」
それに合わせてギルドマスターが胡散臭い整った顔に大げさな表情を作る。
そうやって二人が実に息の合った絶望的に下手くそな芝居を見せてくると、
「そうだ、弟よ。こうしよう。そのおチビちゃんに元気になってもらうってのはどうだ?」
「ほう、それは良い考えですね! しかし兄さん、どうやってこの子を元気にするんです?」
「それなら問題ない。この前拾ったこいつがあるだろう?」
ユキノがポケットをごそごそし始めて、何かを取り出すと俺に向かって放り投げてきた。
棒みたいなものが二本、自分の足元にからんと軽い音を立てながら転がっていく。
「……何のつもりだ?」
それに意識を全て持って行かれそうになったけれども耐えた。
まだ真っすぐ銃を向けたまま、あと一歩踏み出せば靴に当たるところにあるそれについて尋ねた。
ユキノが攻撃的なニヤニヤを浮かべる。
「まずは銃を降ろせ、それからそいつを拾え。大丈夫、ちゃんと拾えば手は出さねえからよ」
向こうから到底信用できそうにない返事が返ってきただけだった。
馬鹿正直に「分かりました拾います」というわけにもいかず銃を構え続ける。
「ほら、ちゃんと拾わないと妖精さんがグシャっていっちゃいますよー?」
するとユーフィーンの手が革袋を思い切り掴んで握りしめていく。
恐らくそれで中にいるあの子が目を覚ましたんだろう。
また袋がもぞもぞと忙しく動いていくのが見えた。
「……どうした? 早く拾えよ。びびってんのか?」
「……分かったよ」
駄目だ、従うしかない。
今にもぶん殴りたい二人の笑顔を前に、俺はしぶしぶ散弾銃をホルスターに戻す。
それから足元に転がったそれを見た。
薄汚れた白いボールペンのようなものが二本転がっている。
周りの視線に気を付けながらも拾うと、中に何かが詰まっているようで見た目以上に重さがあった。
「これはなんだ?」
と、思わず問いかけるものの……俺の手の中では既に答えが出ていた。
プラスチックで作られているペン型のそれは何かの薬らしい。
視界の中に『薬物』という事だけが表示されていた。
「そいつは何かのやべー薬みてーだなぁ。試しに使ってみようと思ったんだが銃と同じで使えないわけよ。まあ、お前なら使えるだろう?」
ユキノの言う通り、これは何かの薬を打つための注射器であることは間違いないようだ。
本体は薄汚い白いテープで巻かれ、表面に手書きの雑な黒文字で『LettingGo』と書かれている。
文字の裏側に当たる部分にはテープがくり抜かれた部分があり、そそこに滑り止めが彫りこまれたスイッチが付いていた。
「それはお薬ってやつですねぇ、きっとあなたなら使えると思って取っておいたんですが……」
「こいつをどうしろっていうんだ? お前らは」
それの先端は窄んでいて、その中に短い針のようなものが収まっているのが見える。
これは『リアリティ』という名前の……何かの薬物だ。
手にした瞬間に浮かんだ情報には、中身がまだ満たされているということしか記されていない。
「それを妖精さんに全部打ってください」
考える隙も与えないつもりなのか、ラーベ社のマスターは手にしていた袋をこっちに向けてきた。
「……冗談でも言ってるのか?」
「いいえ、私は妖精さんに早く元気になってほしいのです。そしたらあなたも逃がして差し上げますよ。二本も打てばさぞ元気になるでしょうしね」
「ぶふっ!」とそいつの兄がすぐ横で噴き出す。
周りにいる取り巻きたちも新しい遊びに期待を込めた視線を送ってきている。
こんなものを二本も彼女の身体に注射したら、たとえこれがきれいな薬でも死に至らしめる毒になりかねない。
「そいつを打てばきっと元気になる、そしたらお前も命拾いする、お得じゃあねえのか?」
「その通りです兄さん。イチさんがやってくれれば丸く収まるって寸法ですよ」
「まあ、効きすぎて死んじまうかもなぁ? うはははははははっ!」
「あはははははははっ! 確かにその通りですね!」
それくらい馬鹿だって分かることだ!
つまりあいつはこういってるわけだ。
偉大なるラーベ社のギルドマスターが直々に殺すか、それかお前の手で殺すか、どちらか選べと。
「さあ、やってくれますよね? 私は今ちょっと機嫌が悪いのですが、貴方がぶすっとやってくれればお釣りが戻ってくるほどご機嫌になれると思うんですよ」
「おいおいイチさん、こいつは最後のチャンスだぜ? 俺の弟の機嫌を損ねてお前もこいつも死ぬか。何か1つ面白いことをしてこのクソ生意気なチビもお前も死なずに済むか。どっちかだ」
決められなかった。
周りはラーベ社の奴らに囲まれていて、広場にいる見物人たちは何もせずただざわめいている。
目の前にいる二人は人をとことん不快にさせる胸糞悪い笑顔で俺の答えを待っている。
軽く空を見上げればクラングルの街並みから上がる煙に、幾つもある時計塔の姿と、ちかちかと目に刺さるような鋭い光が見えた。
「……分かった」
……一呼吸おいてから俺は覚悟を決めた。
「やったら本当に逃がしてくれるんだな?」
手にした注射器をしっかりと握って尋ねると、ユーフィーンは「え?マジ?」とでも言いたいそうな驚いた顔つきになった。
そいつが俺の言ったことが信じられないというように何度か瞬きをすると、
「……ええ! そこだけは律儀に守りましょう。あなたのせいで少々時間を食い過ぎたので、やってくれたら許しちゃいますよ。後はお好きなように!」
その場で両手を広げて顔に笑顔を作っていく。
「ちっ、ほんとに逃がすつもりかよ。今ここで殺しとかないと後々厄介なことになるぜ?」
「まあまあ兄さん、目的を達成したらさっさと逃げるもんですよ! でも妖精が苦しみながら死んでいく……なんて見たいですよね! 見たくないですか?」
「へへっ、確かにそいつは見てみたいかもな。あのチビがどんな風に死ぬのか興味があるぜ」
「でしょう? いやあ、言ってみるもんですねえ! じゃあお願いしますよ?」
そしてそいつは呆気なく革袋を手放した。
放り投げるといった方がいいかもしれない。
子供が手にしていた玩具に飽きてしまったように、無造作に俺に向けて放り投げてきたのである。
その酷いやり方はともかく、言ったことを律儀に守ってくれて引き離せたわけだ。
「お、っと……!!」
慌てて駆け寄って、革袋に手を伸ばして受け止めた。
中身は結構軽いようだ。おそらく革袋よりも軽いかもしれない。
こんなものの中で振り回されてしまえばどれだけ苦しいか……こうして手にして良く分かった。
「おいチビ! もしお前が逃げたらこの男をぶっ殺すからな!?」
ユキノから脅すためにこの世に生まれたような声がびりりと響いて、中身がびくっと震え出す。
……良かった。まだ無事だったみたいだ。
俺はその場でしゃがんで足元に注射器を放り投げて、妖精のつまった革袋をゆっくり開けた。
「……!!……!!」
すると不快な匂いのする袋の中からあの妖精が出てきた。
ひょこっと頭が出てきて一瞬、目が合うとラーベ社の悪い奴らを見るような怯えた顔になったが。
「……! ……!!」
俺だと分かった瞬間、彼女はやや乱れた橙色の髪と一緒にずぼっと這い出てくる。
袋の中で散々滅茶苦茶にされたせいか羽はぼろぼろで、それでもあの時見せてくれたような明るい顔をなんとか作ろうとしていた。
あれだけ無邪気だった顔はまだ青ざめていて、真っ赤に腫れた目が痛々しい。
それにかすり傷がついている。また泣きだしてしまいそうだ。
「……ごめんな」
そんな彼女を見て喉の奥を手でかき回されるような胸の痛みを感じた。
でもそれと一緒に、この小さな妖精がまだ無事だった、という何事にも代えられない大きな収穫を得たのだ。
「……~~~!!」
目の前の妖精は革袋を脱ぎ捨てて羽ばたいてこっちに飛んで来る。
思わず片手を差し出すとそれにしがみついてきて、それから、嬉しそうなのか、悲しそうなのか、どちらともつかない様子でぐりぐりと掌に頭をぐりぐりとしてきた。
「もう大丈夫。お前を助けに来た」
そんな彼女を見て俺は決意した。
自分の中でずっとほったらかしだった意志に、熱くたぎった自分の血が注がれていくのを感じる。
自分がどうしてこうなったのか。
自分がどうしてここまできたのか。
そして自分はなんなのか。今なら全て分かる気がする。
ミコやムツキたちに会うためだけにここに来たんじゃない。
きっと大きな役割を与えられたんだ。
この世界を救う、というのは大げさすぎて俺に見合うモノじゃないけれども。
それでも今の俺にはこの子を助けることができるんだ!
「……そういえばお前の名前、なんていうんだ?」
俺は足元に注射器が落ちていることを確認しつつ、掌の上の妖精に聞いた。
小さな彼女は赤くなった目をぐしぐしと拭ってから、またあの時と同じようにウィンドウを作り出す。
指先ですらすらと文字を書き込んでいくと、くるっとこっちに向けられた。
『レフレク、です』
レフレクか。
言葉にせずとも、良い名前だな、と意味を込めて笑ってみた。
するとレフレクはいそいそと表面を手で消してまた何かを書き込んでいく。
そうしてウィンドウに新しい文字が完成すると、
『あなたをしんじてました』
そんなことが書かれていて、彼女はあいつらに負けないぐらいの笑顔を浮かべてくれた。
無理に作っているのは分かる。でもこの妖精は負けちゃいなかったのだ。
あいつらはこの子の心を折ることができなかった、ということだ。
どれだけ酷いものを見せられても、どんなに酷いことをされても、小さなヒロインは笑っている。
そしてこんな俺を信じてくれている。
そうだ、俺たちはまだ負けちゃいないってことだ!
「オーケー、レフレク。良く聞いてくれ」
自分を信じてくれた彼女に小声で言った。
掌の上のヒロインは何も言わずこっちの顔を見上げてくる。
「……今からこいつを使うから全力で逃げろ。すぐ真上に飛んでここから離れるんだ」
そういって足元の注射器を拾った。
当然彼女はふるふると首を振って嫌がっていた。
距離が近いせいでまた泣きそうになってるのが良く分かる。
「レフレク、信じてくれ。俺は絶対に死なないから」
レフレクの目を見ながら言った。
僅かに目が泳いでいたけれども覚悟してくれたんだろう。
俺の指をぎゅっと抱きしめてから力強く、うなずいて応えてくれた。
「さあ行くんだ!! またどっかで会おうな!」
よし、行くぞ!
俺は――レフレクが乗っていた手を思い切り振りあげる。
彼女の橙色の髪がふわりと踊って、目の前で水晶の羽がぱたぱた羽ばたき始める。
一瞬、不安そうにこっちを振り向いた気がした。
けれど彼女はそのまま空に向かって一直線に飛んで、風に乗ってすぐに何処かへと消えてしまう。
「……おやおや、おやおやおやおや……、これはいったいどういうことでしょうか?」
「……ちっ、こんなに気に食わねえ奴は初めてだ! もういい! ぶっ殺すぞ!」
最高に不機嫌なユーフィーンたちの声が聞こえてきた。
これで心置きなく戦えるってわけだ。
ああでも……もしこの世界で死んでしまったらどうなるんだろう?
まあ……後で考えるか。
「まあ待てよ、ユーフィーン。俺は打たないなんて一言も言ってないぜ」
俺は立ち上がった。
それから手にしていた注射器を両手に持って、くぼんだ先端を左右の首筋にゆっくり押し当てた。
こういうのは初めて使うものの、この世界の影響なのかなんとなく使い方が頭に中に浮かんでいる。
「あっ……まさか自分に打っちゃうんですか? そんな得体のしれないもの打ったらヤバイですよ? まあ……いっか、もうあなたは必要ありませんしお好きなように」
「おいおい、お前が代わりに打つのか? おもしれぇ! 使ったら感想教えてくれよ? 生きてればの話だけどな! ぎゃはははははっ!」
はたから見ればおかしな行動なのか、見世物でも見るような目であいつらは俺を見ている。
ユーフィーンも、ユキノも、俺が全てを諦めたとでも思っているんだろう。
「あいつ自分に打つつもりだぜ! 頭おかしくなっちゃったんじゃねーの!」
「おい兄ちゃん、二本も打っちゃうのか? ぶっ倒れるなよ! うへへへへ!」
「怖いから薬に逃げやがるのか!? 情けねー奴だなァ!」
多分、身体に当ててスイッチを押せば注入されるはずだ。
思いきり首に注射器を叩きつけて……スイッチを握りしめた!
「…………ん……ぐッッッ!!!」
ぢくり、と首に何かがささった。
飛び出した針が皮膚を貫通していく痛みが走って、それと同時に二本の注射器がぷしゅっと音を立てて何かを注いでいく感じがした。
冷たくてひんやりとしたものがとてつもない勢いで針から皮膚へと叩き込まれ、首から背筋へと「ゾクゾク」する感触が飛び跳ねていく。
腹の底がひとりでにきつく凹んでいき、全身の筋肉が一瞬解けて鉄のように引き締められていく感覚。
身体に敷かれた血管に乗って氷水と熱湯が交互に凄まじい勢いで爆走していくような刺激。
頭皮を貫き、頭蓋骨を穿ち、頭の中に突き刺さるような衝撃が全ての不安をぶち壊し、それらすべてが強い意志になっていく。
「お前ら、全員……」
「…あぁ? なんかいったか?」
「ふふふ……二本も打つなんて馬鹿ですねえ。まあさっさとやっちゃいましょうか」
周りが一瞬、ものすごくゆっくりと流れていった。
注射器をぶん投げた。
棒状のそれはとてもゆっくりと石の床へと落ちていって、それを合図に時の流れが急に戻っていく。
二度と閉じないぐらいに開いた目にあの憎たらしい兄弟が映れば、俺はたまらず駆けだして、
「Raaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaar!!!!!!」
突っ込んだ。
自分でも信じられないぐらいの力で床を蹴って、目の前に立ち塞がろうとした取り巻きたちを避けて、眼鏡の男へと一気に距離を詰める。
そいつがぎょっとして慌てて引き下がろうとするのが見えた。
そうはさせまいとユキノがこっちに向かってくる。
「なっ、何事ですか!? まさかハイになっちゃったんですか!?」
「クソがッ! ありゃヤバイ薬だったみてぇ―――――!?」
どけ、クソ野郎。
全身から湧き出る馬鹿みたいな力で邪魔な障害物を思い切り蹴った。
ブーツの底がユキノの腹にがつんと当たった。
鎧ごと当たったのにも関わらず、まるで段ボールでも蹴るような感覚がした気がする。
「どおおおおおおおおけええええええええええええええええええええッ!!!!」
「だっ……うおおおおおおおおおッ!?」
悪趣味なサブマスターがアホみたいな声を上げながら取り巻きたちに突っ込んでいく。
そんなものに構わず一直線に走った。
同時に、ホルスターから一際強力なアレを引き抜く。
「ま……まずいっ! マナプロテク………」
ユーフィーンが慌てて後ずさって、腰から短い杖を抜いて呪文の詠唱を始める。
杖の前に自身ほどはあるマナの青い光が組み立てられていく。
攻撃を防ぐ防御呪文、マナプロテクションのことだ。良く知っている。
だったら――完成する前にテメエを終わらせてやる!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおらああああああああああああああああああああああッ!!!」
全身にある全ての力を振り絞って、身体をぶつけるぐらいの勢いで眼鏡の男に突っ込んだ。
あと少し踏み込めば頭突きができるぐらいの距離まで近づいて、あいつの顔がはっきりと見えた。
あの憎たらしい男はまるで化け物か何までも見るような怯えた目をしている。
そいつの口はぽかりと開いたまま詠唱を中断していたが、慌てて裏返った声で「シショョォォン!」と叫んだ。
「ユウウウウウウウゥゥゥゥゥゥフィイイイイイイイイイイイイイインッ!!!」
すかさず切り詰められた散弾銃の銃口を、あの悪魔の中へと思い切り捻じりこんだ。
喉の奥までついてやるぐらいの勢いで強引にぶち込んで、邪魔な前歯が折れて舌がずるりと押し退けられる不快な感触が確かにした。
「ぶっ、がふああぁぁぁッ!? ぼっっ、うふぉああああぁぁぁ!?」
この街に災厄をもたらした全ての元凶はもごもごと何かを言った。
銃を突っ込まれた口がうごめくたびに、そこから血と砕けた歯がぼろぼろと地面に零れる。
手から杖が落ちた。散らばった白と赤の上に着地していく。
せめてもの抵抗にあいつの眼鏡越しのきざったい顔が「やめろ!」と左右に振られ始めた。
「助けてくれって? いいや、お前は――――」
「んぶっっ! んぐぅぅぅっ!? ぶぅぅぅぅっっ!? ふっ、ふぁああああ!?」
相手の杖を持っていた腕を掴んで足を払った。
ユーフィーンのさほど大きくもない身体がぐらついて、転ばないようにその場で引っ張った。
口に突っ込まれたままの散弾銃のせいで派手に転ぶことも出来ず、そいつは目の前で膝立ちになる形で俺を見上げる。
銃口で口の中が更に抉れて、赤色が更に溢れる。
どろっと血を吐き出しながら「やめろ!放せ!」と必死に目の色と頭の動きで命乞いをしてくる。
「地獄へ落ちろ、クソ野郎」
「――――ふあっ?」
二つの引金に指を置いた。
間抜けな声がユーフィーンの口から漏れた。
「やっ……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーッ!!」
取り巻きたちの中からユキノの声が響いてきた。
構うことなく、膝立ちのクソ野郎へと――引き絞った。
*ボォンッ!!*
切り詰められ、人をズタズタに引き裂くために特化された化け物が手の中で跳ねあがった。
いつもよりもくぐもった――まるで銃声というよりも何かが破裂するような音が広場いっぱいに響く。
真っ赤な花火が上がっていた。
思わず顔を反らしたが、鉄臭い雨があたり一面に広がっていくのを全身で感じた。
取り巻きの連中から情けない声が上がって、見ているだけのギャラリーから沢山の悲鳴が届いた。
「お、ま、え、ら、ぜ、ん、い、ん、こ、ろ、す!」
人をぶち殺したという感触が自分の手にひどく淡白に伝わってくる。
きっとあの時、俺の頭をぶち抜いた盗賊もこんな感じだったんだろう。
――言うまでもないが、これは俺が経験した中で最悪な死に方の一つだ。




