*52* ようこそラーベ社へ
気づけば無意識のうちに自分の手持ちの武器を数えていた。
拳銃はきっちり六発、投げナイフは何本かある、散弾銃には二発入ってる。
自動小銃にもフル装填の弾倉が差し込んである。
その気になれば、今この場で目の前にいる『ラーベ社』とやらの眼鏡の男と銀髪の大男にありったけの弾をくれてやることができるかもしれない。
――でも、まだだ。
頭の中はひどく冷静になっていた。
悪趣味極まりない真っ黒な見てくれを統一した下品な男たちがそこら辺の露店から物色していた。
並べられていたポーションの瓶が次々と掻っ攫われ、武器や防具が男たちの手に渡り、料理の屋台が焼きかけの串焼きごと蹴り倒される。
そんな様子を見ても、殺すことで頭が一杯だった。
「お……お願い……! やめて! 私の大切なお店……壊さないでよぉ……!」
「うるせーよ。やめてほしかったら自分で止めてみたらどうだ? お兄さんは手加減できるほど器用じゃないんだよなあ」
「いいから持ってるもん全部よこせよ。財布も装備も……おっと、下着も全部脱いでもらうかァ!」
「うひゃはははははは! お前ロリコンかよ! おもしれーし裸にひん剥いて街の外に捨てようぜ!」
酷い有様だ。
目の前で小さな子供――狐の耳に、狐の尻尾、ゲームの画面越しで何度も見た造形のヒロインが群がったラーベ社の男たちにひん剥かれ始めていた。
彼女が大事にしていた小さな店はぐちゃぐちゃに裂かれている。
商品だったと思われる衣服は全部まとめて火で焼かれて、焦げ臭い煙を広場に充満させている。
「あああああああああああああああああッ!! 放せッ! 放してくれッ! 俺は何も持ってない! やめろッ!」
「おいおい何処へ行こうってんだ!? 目の前でガキがひどい目に会ってるのに逃げるとかマジ薄情だな!」
逃げ遅れた男がなんとか隙間を潜り抜けようとするものの、後ろから足を掴まれて転倒、あっけなく捕まっている。
「なんてふてえやつだ! 良し決めた、すり潰しの刑だ! おい兄ちゃん、両手と両足、どっちがいいよ?」
「やっ……やめてくれ……! 俺が、俺が何をしたって言うんだ……!?」
「あーはいはいそういうのはいいから。手と足どっちがいいか早く答えろよ。答えないなら頭からいっちゃうぞ?」
捕まったそいつは戦鎚を持ったラーベ社の人間に問いかけられた。
しかし何も返すこともなく怯えていると、結局頭に一撃、お見舞いされたようだ。
「ひゃははっ! 見ろよ! 街じゅうが派手に燃えてるぜ!」
「うひひひっ! かく乱成功だなぁ! 今のうちに貰えるもん貰っちまおうぜ!」
すぐ近くでいい火種になった服から立ち込める煙を追うと、ふとクラングルのあちこちから煙が立ち上がっていることに気づいた。
それだけじゃない。街のあちこちで騒ぎが起きているようだ。
この露店広場だけじゃない。この街のいたるところから喧騒が聞こえている。
怒声が、悲鳴が、鉄がぶつかる音が、街を包囲するように響いていた。
「……もっ、もういやだ……何をしたっていうんだよぉ……」
「お、お願いします! 抵抗はしませんから乱暴はしないで!」
けれども抵抗する者は一人もいなかった。
黒い集団は決して露店広場にいる全てのプレイヤーやヒロインよりも数が多いとはいえない。
むしろそいつらよりも、さっきまで買い物をしたり露店を開いていた者の方が数が多いはずである。
それでも誰一人抵抗するようには見えなかった。
まるでこうされるのになれているような、諦めたような感じだ。
「あの野郎……偵察だったのか!」
「畜生……ラーベだっていうならもっと早く逃げるべきだった……!」
そんな好き放題やっていく黒い男たちの周りにいる普通の奴らは、まるでそのど真ん中にいる俺にまで恨みの籠った視線を送っていた。
完全に同類だと思われているみたいだ。
周りの『冒険者』たちにも、この『ラーベ社』とかいう奴らにも。
「……おっと! いたいた!」
その時。
店の品を分捕っていく男たちを見守っていた眼鏡野郎が、ニッコリしながらこっちを向いてきた。
目が合った。最悪だ。
そいつは山羊の装飾付きの杖をしっかりと握ったまま、大げさに両手を広げてさぞ友好的な様子でこっちに近づいてくる。ゆっくりとだ。
その隣にいた銀髪のデカい男もこっちに気づいて、
「おっ、あいつか?」
「そうですよ兄さん。あいつです!」
一目見て荒っぽいと分かる不愉快な顔に笑顔を浮かべていた。
……そんな二人を見て、俺は完全に戦闘モードに入った。
「……サンディ、良く聞け。移動してここを見渡せる場所にいけ。俺がやらかしたらこいつらを撃て」
「……わか、った」
まだ騒がしいうちに、そっと……サンディにだけ聞こえるように言った。
相棒はやる気だ。相変わらず眠そうな顔をしているけども、機会さえあれば躊躇なく殺す。
「頼んだぞ」
俺はずっと吊り下げていた自動小銃と、背負っていたバックパックを外した。
それから二つともサンディに突き出した。お前を信頼する、と意味を込めて。
「……死なない、で」
それからいつもの調子のない細い声でそう返された。
声は少しだけ不安そうだったものの、サンディは静かに受け取ってくれた。
ずっと背負っていた重荷が外れてだいぶ身体が軽くなるのを感じた。心は依然、重いままだけれど。
「……生きてやるさ」
それでも俺は前に進まなきゃいけない。
俺は今自分が出せる精いっぱいの強気を顔になんとか浮かべてやって、サンディの顔を見た。
綺麗な顔が本当に少しだけ、悲しそうに歪んでいたけども……すぐにいつもの無表情に戻った。
――これでもう憂いはない。
頼れる相棒がそれを取ると、まるで幽霊のようにぬるりと人ごみの中へとその姿を割り込ませていく。
銃やバックパックは結構な重さがあるはずだけど、特に気にも留めずスムーズに移動していった。
どさくさに紛れて露店の商品だった茶色のローブを手に取って、それにくるりと身を包んだまま何処か潜り込んでいくのが見えた。
きっとサンディならここからうまく潜り抜けてくれるだろう。
「よう」
俺は相手がこっちに辿り着く前に自分からそいつの目の前へと歩いてやった。
胸糞悪い二人は下品なニヤニヤを続けたまま、止まった。
改めてそいつらを見ると――その二人の顔つきがどことなく似ていることが分かる。
人殺しの目をしていたからだ。
この二人は間違いなく、誰かを殺して生きている。
「やあやあ、お待ちしてましたよ。先週からずーっと探してたんですが……まさかこんなところで会えるとは! やはりあなたはラーベ社のメンバーになる素質をお持ちのようだ!」
すると……眼鏡の男がまるで俺が仲間だ、といわんばかりの態度で馴れ馴れしく話しかけてきた。
周りにいたラーベ社の奴らも随分と親しいクソみたいな笑顔を浮かべている。
どうやら俺はこいつらに好かれているみたいだ、最悪だ。
「探してた? 先週から? 悪いけど俺はついさっきここに来たばっかだ。人違いじゃないか?」
用心深く、いつでもその眼鏡のど真ん中にお見舞いできるように身構えていると。
そいつはそんな言葉を待ってました、といわんばかりに……この世で一番醜い笑顔をにたりと形作った。
「いーえ、確かにあなたをお待ちしておりましたよ。112さん……いいえ、加賀祝夜さんだったかな?」
「……!」
恐らく、その口から出たのは死ぬまで一生頭の中から離れないであろう衝撃的な言葉だった。
俺の名前を、ねっとりとした気持ち悪いテンポで俺に告げてきたのだ。
間違いない。それは俺の名前だ。
プレイヤーとしての名前だけじゃない。本当の俺の名前もこいつは知っているのだ。
「……おい。なんで俺の名前を知ってるんだ?」
俺はこいつがいかに趣味の悪い男なのかを良く理解した。
悪寒と一緒に得体のしれない不安が一気にこみ上げてきて、心臓がバクバクし始めるのを感じた。
こんなタチの悪い集団のリーダーが、それも見た目も口調も嫌悪感の湧くような胡散臭い男が、まるで俺のことを良く知っているとばかりに自分の名前を呼んでくる。
「ああ、イチさんって呼んだ方がいいですかね? さて……私からも名乗りましょうか。私はユーフィーン。ラーベ社の代表、明るく楽しくフリーダム!をモットーとするマスターです。ユーくん、ユーフィちゃんって呼んでくださいね♥」
背筋にでっかい虫でも這いあがってくるような気色の悪さを感じた。
その馴れ馴れしさは言語に出来ないぐらい気味が悪かった。
ユーフィーンと名乗った男は爽やかな笑顔を浮かべて俺の右手を取ると、無理やり握手――それから恋人みたいに手を握って引っ張ってきた。
「まあ、色々言いたいことはあるでしょうが……順を追って説明しますよ。さあさあ、とりあえず我が社の素敵な勤務風景をお楽しみください。何でしたら好きな物があれば持っていっちゃってもいいですから」
ついてこい、ということか。
芝居のかかった胡散臭い言葉にあわせて足を動かすと、そいつはすぐに手を放して俺の前をやや早足気味に歩き始めた。
「ヒャッハー! ミスリル製の盾だぜぇ!」
「あっくっそ!! それ俺が貰おうとしてたのによぉ!」
「おいおめーらさっさと荷物まとめろよ! リーダーにぶっ殺されちまうぞ!」
「やっべ! 人形みたいな女の子殺しちゃったー! どうしよー!」
「うひゃははははは手加減もできねーのかよ! まず手足の先からじっーくりやれよ!この下手くそ!」
ここにはまだ逃げ遅れた人々(かも)がいる。手つかずの商品もたくさん転がっている。
さっきまでここは色々な人がいて、買い物をしたり、談笑していたり、平和な光景があったはずだ。
だがあっという間に黒色に塗りつぶされて、一瞬でラーベ社のテリトリーとなってしまった。
「ポーション、魔法習得用の結晶、武器、防具、の順だぞ! 飯だとか可愛い子は最後にしろよ!」
「どーせ全部持ってくから順番なんてどうでもいいだろ? クソ真面目に守らなくても大丈夫だって」
「おいっ! 爆発するポーションなんてあったぜ! 今度どっかでテロしようぜ!」
「クソ魔女の屋敷にお見舞いしてやるってのはどうだ? あのいけ好かないクソ生意気なババァの困る顔が見てえ」
そいつらは盗品をいっぱいに詰め込んだ樽や木箱をせっせと広場のど真ん中に運んでいた。
多分、こいつらは奪うものが揃ったらまとめてポータルで持ち帰るんだろう。
「ああ……どうです? このありとあらゆるものを根こそぎ持っていく勤勉な姿勢!貪欲さ!そしてちょっとの茶目っ気! 素晴らしいでしょう?」
ちょうどそんな様子が見えた頃、目の前のクソ野郎は立ち止まって……それからこっちを向いた。
整った顔に無邪気な笑みを浮かべたまま両手をいっぱいに広げて、略奪のしがいのありそうな露店広場を示している。
そいつの言う素晴らしい風景とやらは今もなお、暴虐の限りを尽くしているのだが。
そんな様子を見て、
「みんな自分に正直でいい子だな。御社は教育に力を入れてるようで」
と、俺は皮肉で返した。
緊張のせいだろうか。くだらない冗談が喉の奥からスムーズに出てきた。
ところがユーフィーンというやつはさぞ楽しそうにニッコリとした笑みを更に深くしていて。
「そーなんです! ラーベ社はこの無気力、無抵抗のクソみたいな奴らには死ぬほど厳しい……ですが仲間にはとても優しいのですよ! 新人には優しく教育、ボーナスたっぷり、負傷しても私の兄が魔法で治してくれるし抜けたいときは多額のお金を払えばいつでも抜けて良し! 福利厚生も完璧でっす!」
「あっ、ユーフィーンさん。さっき好みの女の子見つけたんですけど……持ち帰っていいですかね? リザード族のツンツンした子なんですが……」
「んもう!! 仕事中なのにそういうことしちゃう!! 駄目っていったのに! でもいいですよ。他のメンバーに取られないように大切にね」
「あざっす! 大切にします!」
「ほらこの通り! えらいでしょう!」
「うえっへっへ……ここ最高ですよ、あんたも入ったらどうっすかね」
近くを通りがかったメンバーの一人を捕まえて、親しそうにくだらないやり取りを繰り広げて……最後に二人仲良く俺に向けてドヤ顔を浮かべてきた。
これじゃ果たしてちゃんと皮肉として受け取られたのかも怪しい。
「おい、弟よ。クラングルに散らばった部下から連絡が来たんだが……今日も無抵抗、やりたい放題、だとよ。この勢いで他のところも荒らしちまうか?」
今度はこいつが『弟』とかいうやつが割り込んできた。
背は高いし、着込んでいる鎧の上からでもがっしりとした身体つきだという事が分かる。
その顔つきはこのクソマスターと同じく品のないニヤニヤがお似合いで、目つきは鋭く、好青年の顔の上に性格の悪さが良くにじみ出ていた。
「ああ、兄さん! 今は駄目だ! イチさんが来てくれたんだから仕事の話は後!ま!た!あ!と!で! とりあえずかく乱! 深入りせずに適度に暴れるように!」
「ははっ、どうやらユーフィーンはイチさんのことが大好きみたいだな。こんなにガキみてえにご機嫌な姿を見るのは久々だぜ」
柄の悪い男は俺の肩をぽんぽんと叩くと、悪意が隠しきれてない顔に不細工な笑みを浮かべてきた。
こいつらはよほど人を不快にさせたいらしい。
「よう、うちの弟が興奮してて申し訳ねえ。俺はユキノ、このラーベ社の実行部隊を取り仕切るリーダーだ。弟がマスター、俺がサブマスターっていや分かるか?」
そいつは弟と違って意外と落ち着いた様子で俺に話しかけてきた。
しかし、なんというか、そんな姿にやはり敵意に近いものを感じる。
こいつは絶対に信用してはいけない類の人間だ。
ここまでたどり着いた俺の中で危険信号が発せられていた。
「ああ、気にしちゃいない。ラーベ社のマスターさんは仕事熱心でユーモアのある素晴らしい人間だな。とても魅力的だな、どおりで部下に愛されてるわけだ」
「へっ、いい褒め方しやがるぜ。そこまで人を見る目があるなら是非ともうちのメンバーになってほしいもんだな。ということでどうだ、入らねえか?」
「おいおい、ラーベ社は面接もなしに人を入れるのか? ちゃんと人事部を通して決めた方がいいんじゃないか?」
「心配すんなよ、もちろんうちはちゃんと面接があるからよ。それに今のあんたに色々話すこともあるしな。」
興奮しまくりな弟とは裏腹に、しっくりくるような調子の声だ。
相手の人柄はともかく、なんとなく話しやすい人物だという印象がある。
もっとも、こうも悪意を隠せない『典型的な悪者』相手に気を許しちゃいけないが。
……いや、そんな奴となんとなく会話ができてしまう俺も俺か。
「そうか。じゃあ是非ともやってもらおうか。そっちの時間は大丈夫か?」
「心配するな。俺の部下たちがクラングルで暴れ回って警備を滅茶苦茶にしてやってるからな。まだ時間はたっぷりとある」
「そりゃ良かった。履歴書はないけどいいか?」
すると饒舌になった俺の目の前でユキノと名乗った男は自分の腰のあたりをまさぐって、
「へっ、うちはそんなもんいらねえよ。さあ……本題に入ろうか? 人殺しさんよ」
短杖やら剣やらを吊るしているそこから……『何か』を取り出した。
「へへ……。こいつのことは良く知ってるだろう?」
「……ああ、良く知ってる」
そいつは俺よりもずっと手慣れた動きで『それ』を抜く。
腰のあたりからぱちりと何かを開ける音がしたと思うと、ごつごつとした手に見覚えのあるものが握られていた。
ちょうど握るのに適したサイズの茶色いグリップに、大き目の引き金。
暴発を防ぐためのトリガーガードに、その前方に位置する大きな弾倉。
そしてまっすぐに伸びるやや長めの銃身が、ちょうど俺の額あたりに向けられている。
「こいつはこの前、雑魚オークのキャンプを襲ったときに手に入れたもんでな。箒とかいう名前だそうだ。これがなんだか……お前にゃ分かるよな?」
古めかしい作りだが間違いなく銃だ。
大型の拳銃を慣れた手つきで構えたユキノは人差し指を引き金に添えた。
多分、こいつは弾が入ってないだとか安全装置だとか、そういうミスをするような人間じゃない。
この兄弟は決して馬鹿じゃない。そのままじゃ使い物にならない馬鹿どもをまとめる強い力がある。
「……それで? 何が言いたい?」
「……まあ、なんだ、つまりこういうことだ」
すぐ目の前で大き目の引き金がゆっくりと、引き絞られ始めた。




