*51* ラーベ社だァ!
フェルナーと別れたあと、この赤金通りにある『露店市場』という場所へと向かった。
街の地図をなぞるように進むと、そこは大して苦労もせずにすぐ見つかった。
路地を離れて、石畳を辿って、人通りが盛んになったところを横に曲がればあら不思議。
道の途中で案山子を模した看板が『露店広場はこちら』と身体の向きで主張しながら吊られている小さな門がいきなり目に飛び込んできたのだ。
その小さな門の中を潜り抜ければ、その先にあるのはまた今までとは違う別の世界だ。
壁のように立ち並ぶ建築物にぐるっと囲まれた大きな広場があって、人々はその中で多種多様な露店を規則正しく並べていた。
なんというかでかい。
安直な表現しかできなくなるぐらい、とにかく規模がでかい。
ここに来たばかりの時に見た、門のすぐ先にあった露店の列に比べてずっとびっしりしている。
世界に来る前に最後に立ち寄った『ガーデン』の文明的な街並みは確かに賑やかなものだった。
これと比べてしまったら……あっちはまるでようやく人が住み着き始めた廃墟みたいなものだ。
早速、その露店市場へと足を踏み入れるとごちゃごちゃとした喧騒が待ち構えていた。
が……PDAの画面はその中にいるラーベ社というものをぶちのめせ、と示しているものの、肝心の市場の中は賑やかな人々の平和的な様子しかない。
「エルフ特製のショートボウ、練習用の矢が二十本ついて10000メルタだよー!」
「アラクネが編んだ防御力抜群の猫ローブを3000メルタで販売中だよ! 買ってー!」
「ドワーフのあたしが作ったスペシャルな槍はいらないか? 8000メルタでどんな盾も貫けるぞ!」
ちっちゃかったりクモだったり更にちっちゃかったりとバリエーション豊かな見た目のヒロインたちによる商売っ気盛んな姿が左右に広がり。
「爆発するポーションを売ってるぞ! いざというときの切り札にどうぞ! 今ならタルごと買えば三割引! ただし火気厳禁、一度樽を開けたら衝撃に注意!」
「って人間さん!? なんで私の店の隣でそんな物騒なもの売ってるの!? それ爆発しないの!?」
「大丈夫大丈夫、魔法で保護された樽だから絶対に壊れないし爆発もしない! ただし一度開封したり48時間ぐらいほっとくと魔法が切れてマジやべえ」
「それって魔法の意味ないんじゃないかな……! っていうか隣でそんなの売らないでよ!? なんで売ろうと思ったの!?」
「魔女様にダメ元で申請したらちゃんと許可下りたしいけるかなって思ったんだ……」
「おい待てこらぁ! あたしの隣でそんな危険物売るなよ!? 衛兵呼ぶぞ! 爆死するなら人気のない場所で一人で死ね! つーか良く露店許可でたなそれ!?」
「お前たちヒロインに何が分かるッ! 爆発はな、ロマンなんだよ! 映画でも欠かせない過程と終末だろ!?」
「それ結局あぶねーじゃねーか! あたしの店から百メートルぐらい離れろこのサイコパス!」
「……まあ冗談はおいといて専用のボトルに詰めないと爆発しないようになってる。ほらこのずらっと並んでる奴。小瓶タイプから徳用サイズまで一杯あるぜ。そこの腐った姉ちゃんこれ買わなーい?」
「誰が腐った姉ちゃんだごるぁぁぁあああぁぁぁッ!! あたしはフレッシュイーターだ!」
「そーりぃ!」
足を踏み入れた途端に緑色のスーツとサングラスという世紀末世界基準の感覚でも怪しい身なりの男が物騒な商売をしていて。
その反対側でやる気のなさそうな店主がごちゃごちゃとした店構えで客引きをしており、
「雑貨、小物はオートマトご用達のぎっちょん雑貨店へどうぞお。よく切れるバターナイフからメンテナンスフリーの懐中時計まで何でも売ってるよおー」
それに便乗するようにゴスロリ衣装……からサイズが釣り合わない機械仕掛けの手足を生やした女の子がゼンマイ仕掛けのクロスボウを売ろうとしている。
「オートマタの街で作られた弩入荷です! ちょっと重いけど威力も抜群ですよ!」
ここでは人間や人間ではない女性たちが、反対側の出入り口まで届くほど石畳の上にずらっと露店を広げているのだ。
その規模と密度は凄まじい。
忙しい人混みを避けながら進んでいると、サンディが好奇心一杯の様子で周りを見渡していた。
「おー……」
相棒は露店や行き交う人々に目を配ってるばかりでとてもやる気が感じられない。
呆気にとられているというか、楽しんでいるというか。
『…………』
そんなサンディを連れて歩いていると、今までとは比べ物にならない数の視線を肌に感じた。
ほんの一瞬だけ。視界の中で賑わっていた店がこっちを見てぴたりと沈黙したような気がする。
「ちょっと待って、あの格好って……まさかラーベ社のやつなのかしら?」
「黒い防具にあの顔つき……おいおい、あいつらはしばらく戻ってこないんじゃ無かったのか?」
歩を進めるなりそんな声がはっきりと聞こえるようになってすぐに後悔した。
ジャンプスーツに貼られたプロテクターすら貫けそうなそれらは、今日感じた視線やかけられた声の中で一際強く負の要素が詰まっている。
「さ、さっきフィデリテ騎士団の人たちが街の正門からラーベ社の人たちが戻ってきたって言ってたよ……? まさか……」
「嘘だろ……しばらくは戻って来ないって言ってたじゃないか! もう化け物たちを退治して戻ってきたのか!?」
街中を歩いていて飛んでくるようなあの好奇的な視線なんかじゃない。
ここのそれは俺を完全に忌まわしいものと見なしている。
全員がピリピリしているというか、心に余裕が無いというか、ひどく怯えているような気がする。
……まあその原因がどうであれ雰囲気的にもこの場所がクエストが始まる場所という事は間違いない。
ともあれ今は深いことは考えず、マップに従って二人で慎重に進むことにしよう。
「……おみせが、たくさん」
「ああ……店が一杯あるのに綺麗だな。みんなお行儀がいいっていうか……びしっとしてる」
「……びしっ?」
「そう、びしっ」
「びしっ」
ここは乱雑に露天が立ち並んで無秩序な列を作っている、というわけでもない。
むしろ綺麗だった。
壁のように左右から立ちふさがる嫌悪の視線さえかき分ければ、道も十分に作られていてスムーズだ。
規律良く、通行や景観の邪魔にならない程度に間隔をあけた露天が、軍隊のする整列よりも優秀な並び具合を成している。
「はっ、早くお店閉めないと!」
「早く店畳まないとまたあいつらに……!」
「あいつこっちにきたよ! 荷物まとめて中央広場に撤収!」
つまり規律があるということだ。
雑多なものじゃなく整然とした様子で露天が幾つも並んでいるのだから、利用者のマナーの良さが混ざり合って生まれた景観なんだろう。
「あいつ一人で来たのか?」
「いや、もう一人お供がいる。銃……みたいなの持ってるぞ。どの道あんな怪しくて黒い格好してるんだ、二人ともラーベ社の奴に違いない」
「じゃあどうするんだよ?」
「逃げるんだよ! 早く逃げないと巻き上げられるぞ!」
「クソッ、久々の商売なのに……! 何がフランメリアの救世主だ、お前らなんかリーダーがいなきゃ何も出来ないタダの烏合の衆のくせに!」
「おいバカ! ぶち殺されるぞ! 逃げ道が無くなる前にここから出るぞ!」
さて、ではその景観の何処にこの物騒なPDAが画面に示すクエストの目標はいるのか?
進めば進むほど賑やかな声が減って、代減った分だけ蔑むような視線と罵倒が俺たちに回される。
ここにいた人々は俺を見るなり口々に『ラーベ社』といって次々と逃げ出し始めている。
「あー…………サンディ。今更だけど迂闊に近づくべきじゃなかったな」
「……もう、ておくれ?」
「そうらしい。賊か何かと勘違いされてる。超アウェーだ」
思い切り悪者かなにかと勘違いされた挙句、
「この泥棒野郎!! あんたなんかに上げるモンなんて何もないんだから!」
「どうして俺のヒロインを殺したんだ!? おい!! あいつはただお前らに金払えって言っただけなのに……どうしてあんな惨いことをしたんだ!?」
「も、もう私のお店を荒らさないでください! これ以上売るものがなくなったら私、今日からどうすれば……!」
「おい、おい! 勘違いしないでくれ。俺はただ……」
罵倒したり嘆願してきたり勝手にパニック状態に陥っている人たちを前にどうしようもなくなると。
「た、大変だ皆! ラ……ラーベ社の奴が遠征から戻ってきたらしいぞ! このクラングルに帰ってきた!!」
実に最悪なタイミングでその知らせは人々の間を縫って隅々まで届いた。
誰もが唇を縫い付けられたようにぴたりと黙り、お互いに目を見合わせていた。
嵐の前の静けさ、とかいうやつだ。
確かなのはこの静寂がふと終われば更に大きなパニックが確実に起きるような、一発触発の場面に放り込まれているということ、それだけである。
「サンディ、仕事だ」
そんな中だというのに頭の中ではひどく冷静に戦いの血が巡っていた。切り替わったというべきか。
冷静というよりは、殺さなければ先へ進めないと自分が囚われているからかもしれない。
「……うい」
そんな世紀末世界の男に、褐色の相棒からそっけなく殺気で一杯の頼もしい返事が返って来た。
――しかし次の瞬間。
いきなり向こうで青くて白い光がぼんやりと灯る。
少し離れたところで握りこぶしほどの大きさの穴が何もない場所に空いていた。
マナの光を循環させた幾何学模様がカチカチと表面でうごめく、ゲーム内で上位の魔法だということを示す複雑な魔法の証拠がある。
それは空間に空いた穴を拡張するように模様を規則正しく並べて、広げて、ついに人間が通るのに苦労しないほどの大きさになると、
「……やあやあ皆さん、お久しぶり。待ちに待った世界の英雄ラーベ社の凱旋ですよ!」
最初に灰色の髪の頭が出てきた。
穴から黒いローブを着た眼鏡の男がずるりと半身から現れ始め、山羊の化け物でも模したような悪趣味な杖を振りかざしながら石畳の上へと踏み込んできた。
表情は爽やか過ぎて逆にうさん臭さが隠しきれず漂ってくるような、さぞ根拠のない自信だけには不自由していないような好青年の顔だ。
「門が閉まってて入れねえなら、魔法で押し入ってしまえってか! ギャハハハハハ!」
するとその後ろから続いて誰かがくぐり抜けてきた。
最初に入ってきた爽やかすぎてクソみたいなやつより一回り背が高く、そして虫みたいな下品な黒い色の軽鎧に身を包んでいる銀髪の男だ。
こちらは爽やかさの代わりに粗暴さと無教養を頭いっぱいに捻じりこんだような男で、荒事には事欠かない人生を送っていそうなやつである。
「あっはっはっは! 東で西で、魔法習得アイテムをずーーーっとうちらで独占した甲斐がありましたね、兄さん! これで物理も魔法も我々がトップ、歯向かえるものはもう居ませんよ!」
「おう、おかげさまで今日の補給も安泰だな! 今日は好きなだけ食って飲んで大騒ぎだぜ! 愛してるぜ、弟よ!」
「さあ兄さん、同志がかく乱している間にさっさと済ませちゃいましょう。楽しい楽しい全品百パーセントオフの買い物タイムをねっ!!」
兄だの弟だのと言ってるあたりそいつらは実の兄弟か何かだろうか?
それだけで終われば「いきなり露天市場に魔法で現れた痛々しい兄弟」で済んだのかもしれない。
だが、その二人がただの馬鹿な兄弟ではないという証拠はすぐに訪れた。
「お、おい見ろ……ラーベ社のマスターに……あれは……!?」
「な、なんだ!? なんだ!? ぽ、ポータルが……すごい数だぞ!?」
「嘘でしょ……どうやってこんなにあの魔法を揃えたの!?」
「待て、待て待て……なんで俺たちを……取り囲むように出てくるんだ!?」
「どうなってるのよこれ!? なんでこんなにあの魔法が発動してるの!?」
「やべえ……やべえぞ! 早くここから逃げないと……!」
ポータル、という魔法がある。
正式名称はポータルトラフィック。
ゲームの中の設定では貴重な移動魔法という体で存在する、指定した場所へ一瞬で移動する道を生成する魔法の事である。
「ヒャッハァー!! 久々のクラングルだぜェ!」
「みんな大好きラーベ社のご帰還だー! 飯と装備と……ついでに金もタダで寄越せぇぇ!」
プレイヤー感覚で言えば「ちょっとヘヴィに課金すれば手に入る」それなりに貴重な魔法だ。
それが今――この露天市場のあちこちに、一斉に開通し始めている。
まるでここに取り残された人々を取り囲むように、忌まわしいマナ色のポータルが次々と、数え切れないぐらい開いていて。
「イーッハァァーーッ! クソ魔女がなんだァ! 俺たちにびびって出てこねえクソババアなんざ怖かねえ! 奪え奪え~!」
「この時をずっと待ってたぜ! これだからラーベ社はやめられないな!」
「皆さん! タイムリミットまで好き放題にじゃんじゃん奪ってください! 食料、装備、必要なら女、なんでもです! 抵抗する奴がいたら三、四人ぐらいで囲んで半殺にするように! それではラーベ社補給部隊、散開!」
『うぇーい!』
ポータルから真っ黒な鎧を着た男たちがぞろぞろと現れて、下品に市場になだれ込む。
思い思いの武器を持った黒鎧の群れは絶え間なくポータルから姿を現しては、そこにいる人たちの逃げ場を封じるようにあたり一面に浸透していった。
そいつらのぎらついた幾つもの眼が向かう先には、逃げ遅れた人々は当然のこと、彼らが扱っている商品がたっぷりとある。
「さあ、さあ、お腹いっぱいになりましょうか! 打ち合わせ通りにやりますよ!」
あとは眼鏡の男の指示どおり、あるいは本能のままに、黒鎧の男たちは広場へ駆け込んでいった。
遠くで誰かが悲鳴を上げた。
そこで地獄が始まった。




