*50* フェルナァァァーーーーッ!!
魔法使いの都、クラングル。
ゲームの中ではあくまでそれなりの拠点として認められていたそこは、陥落した首都の代用品のようになっていた。
およそ一ヶ月前。
つまり俺がFallenOutlawの世界に足を踏み入れてしまった頃のこと。
このフランメリアという国の首都は陥落した。
フランメリアの国王ですらその大混乱の最中に死んだといわれている。
つまり、それは今やこの国を治める人間が居ない有様だという証拠だ。
かの軍勢は陥落した首都を拠点として、そこから各地に散らばって少しずつこの国を蝕んでいる。
それでも、思った以上にプレイヤーとヒロインたちは生き残ったのである。
そうして生き残った彼らはこの国の各地に散らばった。
あの大惨事から生き延びたリクとイングリッドがこの街に辿り着いた直後、その魔女とやらが支援者となって出来たのがフィデリテ騎士団だそうだ。
治安維持などを任される代わりに資金や装備、果てには住居すらも与えられる破格の見返りのもとで動いているらしい。
入団に関してはリクやイングリッド、そして魔女リーゼルが直々に取り締まっており、そう簡単に入る事のできない狭き門を作っているとのこと。
つまりこのクラングルで選抜されたプレイヤーやヒロインが集まる組織、ということらしい。
なおこの事を得意げに教えてくれたフェルナーは、
「まあつまり……俺はエリートってことだな?」
といっていた。
こいつのいうエリートというのは一体、どこに当てはまっているんだろうか。
あの事件が起きて一月が経った今、みんなはまだおぼつかない足取りで生きているようだ。
最近では侵略者である魔物の軍勢に対抗するための各地で義勇軍が組み立てられているとか、このクラングルでも近隣の土地や鉱山を奪還するために戦える者を募っているとか。
しかし、この世界の住人(NPC)の方がふらふらしているプレイヤーたちより強いらしい。
元々この世界に住んでいる彼らの方が上だということだ。
その次に強いのはヒロインたち。
元が自我をもって動き回っていた人工知能というだけあってか、割と早くこの世界に順応して戦果を上げる者が増えてきたらしい。
今では主人がいなかったり、或いは失ったりした野良ヒロインたちだけで結成されたギルドが侵略者と刃を交えているというとんでもない噂が各地で流れている。
最後にプレイヤー。
中々慣れない。生きるのが大変。運動不足だったり不健康だったり実戦でびびって使い物にならなかったり、その他もろもろ問題だらけ。
間違っても一匹狼を気取って孤独に生きていくプレイヤーは殆どいない。
何故ならこの世界では理不尽にも孤立している狼から先に狙われて死んでいくからだ。
群れて力を合わせていないと生きていけない。群れれば力強い、それが人間の姿なのだ。
これだとプレイヤーだけが圧倒的に不利かもしれないが、彼らには一応このMGOのシステムを利用することが出来るのが唯一の救いかもしれない、
しかしだからといってゲームシステムを何でも利用できて便利だぜ! というわけでもなく、むしろ使えない機能が多いという状況だ。
例を上げればメール。
メールはシステムが利用できるなら誰でも送ることが出来る。
しかしだからといって無差別に誰にでもやり取りが出来る、というわけでもない。
メールを送るにはまず、送りたい相手とフレンド登録をしなければならないらしい。
フレンドリストに登録された相手じゃないとメール送れないということだ。
だからフェルナーはわざわざリクからメールで指示を受けてから伝言を伝えにきたわけか。
それを聞いた俺はまさか、と思った。
だけど俺の役に立たないPDAには『フレンドリスト』なんてものはない。
『メール』タブを見ても一向に返事が来ないエラーまみれのメール機能があるだけ。
『情報』タブを見ても『サンディが仲間になっています』ぐらいしか表示されてない。
ずっとメールが送れない――そう、なんとなく事情を話すとフェルナーは、
「じゃあ俺とフレンド登録しようぜ! 今日から俺の友達だな!」
といってフレンド登録を申し込んできたようだけど、役立たずのPDAの画面には通知すら出なかった。
駄目元であて先をフェルナーにして、「エリートサボり魔」とメールを送信してみたものの。
そもそもそんなの無駄だ、とばかりに何も起きない。エラーすら出ない始末だ。
しかしエリートサボり魔は「諦めずに色々試せばいいじゃねえか!」と強く言った。
フェルナーはいい奴だった。
深くは言わなかったものの別のゲームからやって来たと告げても、深くは考えずに接してくれる。
こいつは俺を異物扱いなんてしないし、むしろ同じMGOのプレイヤーとして扱ってくれるのだから。
あれこれ考えてるうちに、俺はこの世界に来る前にPDAが突然アップデートされたことも思い出した。
もしかしたら、今なら何か出来るかもしれない――そういった謎の根拠が生まれた。
だから二人で色々試すことに。
いつの間にか案内を受けたりすることも忘れて、そこら辺の道端に留まって手当たり次第にPDAを弄った。
実験一回目。
送信先をムツキと入力して、
「去年の夏イベントの時に着たスク水ニーソ」と夏の思い出を書いて送った。
結果は失敗。エラー表示すら出ず不発に終わった。命拾いした。
実験二回目。
送信先をムネマチと入力して、
「去年の秋イベントのムツキのバニー姿」と書いて送った。
幸いにも不発に終わった。
実験三回目。
送信先をリクと入力して、
「このオカマ野郎!」などとフェルナーと一緒に考えた色々な罵倒を込めて送った。
これも不発だ。
実験四回目。
送信先をサンディと入力して、
フェルナーのクソ素晴らしい提案で「おっぱい」と書いて送った。
すると画面に【送信成功】と白い文字が浮かんだ!
まさか、と思ってサンディの方を見るが……当の本人はそもそもPDAすら持っていない。
俺の視線に向かって「なあに?」と首を傾げるだけ。
結果は謎である。
実験五回目。
あて先をミセリコルデと入力して、
「今クラングルにいる。どこにいるんだ?」書いて、久々に送った。
自分の記憶がまだ正しく残っていれば、最後にメールを送ったのはかなり前だ
信じられないとは思うけど、あれからまだそれほど経っていない。
同時に背中を任せられる相棒が出来て、少しは心に余裕が生まれたせいからだろうか?
狂ったように送っていたメールは送らなくなっていた。
だから、久々に送るメールに「もしかしたら」という気持ちがあった。
画面に【送信成功】と表示されて、俺のメールを見たミコからすぐに返事がくるんじゃないかと。
*ERROR422*
だけど駄目だった。
見慣れた文字がいつものように出てきた。これも不発だ。
「……やっぱり駄目だったな」
分かっちゃいたけど、やはりこの忌々しいクソッタレのエラー表示を見ると気分が悪くなる、
俺はクラングルの『赤金通り』という場所でPDAをポケットに捻りこんだ。
この通りは旅人やこの世界の住民(NPC)たちが商売を行う市場に一番近い場所だという。
「うーん……お前のその……PDA、とかいうのどうなってんだよ? フレンド登録もできえねし、色々試して収穫が「おっぱい」の一言とか虚しすぎんだろ」
「そのメッセージを考えたのは誰だ」
「俺だな! でも送ったのはイっちゃんだろ。ところでよお、一つ聞いていいか?」
「ん?」
「さっきのスク水ニーソってなんだよ」
「ああ。装備品の制限がなかったから、ヒロインどもが居ない間に二人で着たんだ。野郎同士で。勿論ゲームの中で、だけどな」
どうでもいい話だけど、MGOには装備品の年齢制限や種族制限といったものが案外ゆるかったりする。
この種族だから着れない、あの種族だから着れない、ということはそんなになく、むしろ男がバニー姿になることだって出来た。
だから二人で『鬼の居ぬ間に』バニーやスク水に着替えたことがある。
結果どうなったかは言うまでもない。
ムツキは心に深い傷を刻まれて、俺は最初は爆笑していたけど後から深い自己嫌悪に陥った。
「え? だからってマジで着たの? うっわ……ないわあ……」
流石のフェルナーもMREのぐちゃぐちゃパスタを噛み潰したような顔して速攻でドン引きした。
きっとこのサボり魔は今こうして目の前にいる世紀末世界からやって来た茶髪の男が、両手に手袋をつけてニーソをはいて名前つきの旧スク水姿になったんだと思っているに違いない。
……どんな地獄絵図だそれ。
「あれはヤバかった。あの時のスクリーンショットが見せられるならその時の様子を是非見せてやりたい」
「怖いもの見たさって意味じゃ興味はあるけどな、ああでもそういうのは団長に見せたら喜ぶと思うぜ」
「……あいつ、ほんとにあっち側なのか」
「おう、あの人マジでどっちでもいけるぜ。俺も入団当時はやばかった、尻が……!」
「なあフェルナー、ほんとにフィデリテってエリートギルドなのか?」
とんでもない話に発展しているとすごく嫌な情報を聞いてしまった。
「でもよ、俺とかに送ったときにPDAにエラーなんて出てないよな?」
フィデリテ騎士団のエリートは、仕事なんてほっぽりだして地面に座りながらそう指摘してきた。
言われて見れば、確かに違った。
サンディにはメールが送信できて、ミコだけにはERROR422という文字が出て来る。
「……まあ、そうだな。確かにエラーが出るのはミコに送った時だけだし」
フェルナーが言う通り、このERROR422はミコにメールを送ったその時だけしか出てこない。
でもこの世界ではフレンド登録をしなければ受信するどころか送信することすらできないらしい。
ところがどういうことなのかサンディには送ることができた。
それ以外は送るどころか送信そのものが取り消されたようで、何故かミコだけは例外的にエラー表記だけが出てくる。
フレンドリストなんてものはPDA内の何処を探しても見つからない。
逆にフェルナーにフレンド登録を要請してもらっても、何もメッセージが出ずにただ不発で終わる。
つまるところ……白旗。お手上げだ。
PDAはこの世界の常識で動いてくれそうにはなかった。
これじゃ余計に道に迷っただけだ。
理解できないメールシステムの状態にますます訳が分からなくなっていると、
「もしかしたらさ、お前のヒロインのところにちゃんと送られてるんじゃねえの? って思うんだけど、どうよ?」
しばらく考えていたフェルナーが親指でサンディをぐいっと示しながら言った。
サンディは「なにかあったの?」と言いたげにまた首を傾げた。
「だったらなんで返事が来ない?」
突拍子もなく言われた事に思わず食いついてしまった。
言い出したフェルナーはゲームのウィンドウを手馴れた様子で引きずり出している。
「何か事情があって返事を送れない、とかじゃねえのかな」
「つまり俺は今まで一方的にミコにメールを送ってた、っていいたいのか?」
「おう、そうだぜ。だから信じてやれよ、自分のヒロインをよ」
するとそんなことを言われて、ミコのことを思い出した。
あいつは今頃、俺が死んでしまったとか考えてるんだろうか?
……いや、あいつのことだしきっと律儀にしぶとく俺を待ってくれているかもしれない。
考えてみればすぐにそう思った。
「……そうだな。俺が信じてやらないとな」
「それでよしっ!」
「……よし」
なんだか気持ちが軽くなったと思えば、びしっと背中を叩かれた。
二人の手の感触のおかげか、萎れかけていた自信がまた身体の内側で膨らんできた。
それどころか、身体の中にあるものが硬く引き締まって、覚悟のようなものが作られた気もする。
「お前、優しい奴だな。こんな見ず知らずの、得体のしれない奴を励ますなんて」
正直に言って、フェルナーの言葉はとても嬉しかった。
指摘されたとおりの顔を手でぬぐって崩して前を見ると、フィデリテエ騎士団のエリートは、
「俺の仕事だからな! それに、優しいってのはこのおっぱいでけえ姉ちゃんもだけどな!」
「……どやあ」
到底真似できそうにない爽やかな笑顔を浮かべていた。
なんとなくだけど、どうしてこんな奴フィデリテ騎士団に入れたのか理解できる気がする。
フェルナーの顔には感染力か何かあるせいか、つられてくしゃっと笑ってしまった。
「……ありがとう、フェルナー。もう大丈夫だ、これで前に進める」
「おう。力になれたようで何よりだぜ」
これでまた進むことができる。
いつものようにPDAの画面を確認した。
マップを開けばクラングルの大まかな地図が表示されて、現在地が記されている。
「それじゃあ……そろそろ行くとするか」
俺は荷物をしっかり持った。今までの旅どおりに。
「……どこ、いくの?」
「何処でもいいだろ。まあ、ひとまず宿屋でも探すか」
石畳の上に座ってぼーっとしていたサンディも起き上がった。
「案内はもういいのかよ?」
「もう大丈夫だ」
「そっか。へへへ、さっきよりいい顔してんじゃねえか」
「どんだけ酷かったんだよ」
「うーん、グールぐらい顔色が悪かったな。ダンジョンで敵に回ってる方の。まあイっちゃんの顔こえーしそれもあるだろうけど」
「……お前、それ、割と失礼だから――」
進む準備が出来た。次の目標は、とりあえず宿屋でも探して身体を休め――
「フェルナアアアアアァァァーーーーーーッ!!」
「……!?」
フェルナーに別れの挨拶でもしようとした矢先、なんか走って来た。
バケツみたいな兜を被った鎧姿の奴が、低い声で怒鳴りながらこっちに向かってがしょがしょ疾走してきている。
フェルナーと比べれば割と騎士っぽい姿だ。
金属鎧ですっぽりと身体の殆どを覆っている。
「なっ!? なんだあいつ!?」
敵が全速力で突っ込んできたのかと身構えそうになるものの、すぐ隣にいるサボり魔の名前を叫んでいるのでやめておいた。
「うわっやべっ! ライちゃんきやがった!」
「お前はまたサボっているのか!? さっきメールで全団員に通告があったのに何故そんなところで道草を食ってるんだ! やつらがここに戻ってきているんだぞ!」
「いやあ、ちょっと色々あってな……ってあいつらが? クソッ! 帰ってくるんじゃねえよこんな時に!」
「既にクラングルの中にかなりの数が入ったそうだ。だがやることはいつもどおりだ。どうせいつもどおりだが、配置につくぞ!」
「けっ! 今日もまたにらめっこするだけかよ!」
どうやらこの忙しい様子の甲冑はフィデリテのメンバー、つまりフェルナーの同僚らしい。
耳を傾ける限りはこのクラングルで何かがあったようだ。
良く見れば甲冑男は長い槍の穂先を剣状にしたようなリーチのある武器をきつく握っている。
「……ん? フェルナー、そこにいるのはなんだ? 黒い服装……まさかラーベ社か?」
そいつは俺の視線に気付いたのか、こっちに振り向いて興味を持ち始めた。
緊急事態、とかいっていた割にはまだ余裕そうだ。
「あ、こいつが112(イチイチニ)だぜ。イっちゃんって呼んでる。見た目以上に繊細な奴だから優しくしてやれよ」
さっきまでサボっていたフェルナーがくいっと親指をこっちに向けて説明すると、
「なんだと!? この方が!?」
甲冑の奴はオーバー気味なリアクションで食いついてきた。
「あなたがイチ殿ですか。始めまして、フィデリテ騎士団のメンバーのライナーです。こっちのバカですぐサボるやつがフェルナーといいます」
「ああ、どうも。俺は112(イチイチニ)、MGOのプレイヤーだ。おたくのサボり魔は勤勉だな」
「ひっでえ!」
甲冑男――ライナーは改めてその場でがちゃりと綺麗な礼をしてきた。
隣にいるサボり魔と比べると随分堅苦しい態度と口調だ。
まあ礼儀正しい、ともいうけれども。どちらにせよ頭の中も硬そうなイメージがある。
「おいフェルナー! この方に何か失礼なことはしなかったか!?」
挨拶が終わるなり速攻でライナーは赤いサボり魔を口で小突いた。
というか掴みかかってがくがく揺さぶり始めた。
「まだしてねーよ! ちょっと挨拶しただけだっての!」
「まだ!? ではこれから何かするつもりだったんだろうな!?」
「だから何もしてねーよ!」
「ちゃんと伝言は伝えたか!?」
「ああ、伝えたぜ」
「本当か?」
「マジだって。なっ、イっちゃん?」
怒涛のやり取りの後、フェルナーが得意そうな顔で親指を立ててきた。
……というよりは助けを求められている気がする。
それにしてもイっちゃん、というのは改めて考えると変な呼び名だ。
「そのサボり魔からは確かに教えてもらった。あんたらの団長の言うとおり、少し休ませてから魔女のトコへ向かわせてもらうよ。それでいいな?」
まあ街の案内をしてもらったりして助かったのは事実だ。
そう答えるとライナーは掴んでいたサボり魔を手放して、びしっと「気をつけ」の姿勢をとった。
「……そうでしたか。我々はあなたの味方です。リーゼル様も貴方を一刻も早く連れて来いと言っておりますが、あのお方も決して悪意があってそうしている訳ではありません。とにかく、今はこの街でお身体を休める事に専念してください」
「ありがとう。お言葉に甘えてそうさせてもらう」
「……それから、我らの団長を救っていただきありがとうございます。団長の命を救っていただいた貴方は私の恩人同然です。もし何かお困りでしたら、私に気兼ねなく何なりとお申し付けください」
……見た目どおりにお堅い人物だ。
少なくともフェルナーと比べれば礼儀の正しさは身についているし――でもいちいち口にする言葉が着ている鎧みたいに硬すぎてなんだか苦手だ。
「あ、あー……うん、とりあえず、その、そんな堅苦しくならなくてもいいからな?」
「うっわ、そんなお堅い言葉じゃ何も伝わらねーよ、簡潔に柔らかく喋れよ。そんなんだから魔法学校のガキどもに頭の中もフル防御って呼ばれんだぞライちゃん」
すると横からフェルナーがバケツみたいな兜に目掛けておどけた調子で口を挟んだ。
「フェルナァァァーーーーーーッ!!」
直後、カタブツが全力疾走で追いかけ始める。
凄まじく喧しい声と共に迫る甲冑姿を前に、身軽なフェルナーが北に向かって猛ダッシュ。
僅か一瞬で、あいつはどっかに消えた。
「うわっこっちくるんじゃねええええええええええええええッ!」
……愉快なやつらだ。
しばらくするとライナーは追跡を断念したのか、がちゃがちゃ音を立てながら戻ってきた。
それから頭を覆う装甲越しに、呆れともとれない微妙な調子のため息を「ふっ」と漏らして、
「……まあ、ご覧の通りにあいつはバカです。ですがただのバカではありません。困ってる他人を見捨てられない良いバカですから」
と、さっきより柔らかい声の調子で朗らかに俺に言った。
きっとバケツみたいな兜の中じゃ、このライナーとか言う奴の顔は小さく笑っているに違いない。
「……そうかもな。でもアンタもバカだな」
「はっ、私が……ですか?」
「ああ、バカ正直で、バカみたいに親切だ。お仕事頑張ってくれ」
「……ははっ、その通りかもしれませんね。では、任務があるのでこれで失礼します。幸運を」
俺は忙しそうなフィデリテのメンバーに別れを告げて、また先へ進むことにした。
と思ったら、いつの間にか戻ってきたフェルナーが甲冑姿の後ろからひょこっと顔を出している。
「まあ、あれだわ。こんなバケツ野郎みたいにクソ真面目に考えてると頭の中ゆで卵みたいになって死んじまうから、気楽にやってこうぜ。それじゃ元気でなイっちゃん!」
「フェルナアァァァーーーーッ!!」
「うっせ! バケツで窒息して死ね!」
割り込んできたサボり間に台無しにされたライナーが、彼の名を叫びながら追いかけていった。
今度こそ二人はここに戻ってきそうにはない。
「……げんき、だね」
嵐のように去っていった二人の後に、サンディが珍しくぽつりとコメントした。
「うん、うるさ……元気だったね。俺達もあの二人を見習わないとな」
「……いちー、って……さけぶ?」
「なんで局地的なとこを見習おうとするんだよ、もっと広く捉えてくれ……」
とにかくこれで忙しそうな二人が街中に消えたので、宿でも探しに行くかと考えていると。
【クエスト追加:KICK-ASS!】
予想外のタイミングで、俺の視界の中にあの大きな文字が浮かんできた。
この世界に来たばかりの時と同じものだ。
そう、つまりクエストの開始を告げているのである。
「……来た!」
「……なに、が?」
色々悩んだけど、とにかくクエストの指示通りにやっていくしかない。
PDAの画面を開いて、クエストタブを開くと『KICK-ASS!』というクエストが記載されていた。
詳細を求めて開くと縮小されたクラングルの地図が表示。
どうやらこの『赤金通り』にある、少し離れた場所にある露店市場にいけ、ということらしい。
「クエストだ。えーと……」
そのクエストについての情報を眺めていると、こんな説明文があった。
『露店市場に現れたラーベ社をぶちのめせ!』
『オプションA:ラーベ社に加入しろ』
『オプションB:リーダーを殺せ』
盗賊みたいな何かをぶちのめせという指示、そして二つの選択肢があった。
ぱっと見た限りはそいつらの仲間になるか、そいつらをぶちのめすかというものか。
一度見ただけで妙な不安を覚えるものの、自分の行く先にまだ道しるべがあるんだと安心した。
やっぱり俺には、これからやるべきことが山ほどあるみたいだ。
「……サンディ、早速だけど俺たちもお仕事だ。行くぞ」
「……うい」
ホルスターに散弾銃や拳銃がしっかり差し込まれている事を確認してから、相棒を連れて目的地へと向かった。
「あっそうだ、最後に一つだけ確認してえことがあんだけど。いいか?」
「はっ!?」
と思っていたら物陰からひょこっと元気そうなフェルナーが出てきて道を塞いできた。
整った道が続いているのに思わず独りでに転びそうになった。
「……おい!! 戻ってきちゃ駄目だろそこは!? ちゃんと仕事しろよ!?」
「いやあ、もう一つ大事なことを聞くの忘れてたんだよ。すっげえ気になって気になって仕事にならないから……来ちゃった☆」
「来ちゃった、じゃねーよ! そんなの後で聞けばいいだろ!?」
全力でサボりにきたようだ。
流石にそれはまずいんじゃないんだろうか。
「……で、なんだ」
もう好きにしてください、と諦めるとフェルナーは待ってましたとばかりに口元を緩めて。
「お前ってさ、まさか対人大会で優勝したあのイチさんか?」
不意打ち同然に、思いがけないことを俺に向かって言ってきた。
対人大会。
そう、それはゲームの中で行われたちょっとした公式イベントの事だ。
プレイヤーとプレイヤー、或いはヒロインとヒロイン、プレイヤーとヒロイン、といった具合で執り行う試合だった。
「……ああ! 俺は112(イチイチニ)だ!」
……そうか。フェルナーは知っていたんだ。
こいつは世紀末世界から来た俺じゃなく、MGOの方の俺を知っているんだ。
こんな事を聞くためにわざわざ戻ってきたバカに、俺は出来る限り強く答えた。
「へっへっへ、やっぱりそうだったかぁ! 実は俺、お前のファンだったんだよ! おかえり!」
「……ただいま!」
満足といった様子でフェルナーは白い歯を見せてにっこり笑った。
とても嬉しそうだ。俺だって同じくらい嬉しい。
「さーて……今ちょっとこの街で厄介な連中がうろついてるからよ、黒い鎧のやつらには近づくんじゃねえぞ! 特に群れてるトコには絶対にいくな! 関わるのもアウトな!」
一本に結んだ短い赤毛を見せながら、サボり魔はそういい残してその場を去ろうとした。
その時ふと、俺は自分が持ち運んでいた荷物を思い出す。
オークの騎兵を倒したときに回収した――ミスリル製の剣のことだ。
「フェルナー、待て!」
今にも去ろうとするところを呼び止めて、ずっと背負っていたミスリル製のロングソードを掴んだ。
鞘に生渇きのオークの血がついていてまだべっとりとしている。
「ああ!? なんだよ!?
「ほら! もってけ!」
そして俺は、それをフェルナー目掛けて放り投げた。
投擲スキルを鍛えたお陰なのか、落ち着いた軌道を描いたそれを手袋に覆われた手が掴む。
「はっ? ……とぉ、いきなり投げんな! なんだこれ、剣……?」
この世界では、そのミスリルで作られた剣が一体どれほどの価値を持っているのかは分からない。
でも俺が持ってるよりはあいつの方がうまく使いこなしてくれそうだ。
そんな気がしたから、なんとなくだけどあいつにプレゼントすることにした。
「っておいぃ……!? ミスリルロングソードじゃねえか! これ四万メルタぐらいするやつだぞ!?」
「いらないからやるよ! さっさと行っちまえ! サボり魔!」
「……へへっ、ありがとな! また会おうぜ、友よ!」
フェルナーは最後にとびきりの笑顔を見せてから、急ぎ足で街の奥へと消えていく。
これで今度こそサボり魔は仕事へ戻った。
――さあ、俺のするべき事を進めにいこう。
PDAの画面を確認し、するべき事が待ち受ける露店市場へと続く道を進んでいった。
ただその途中で、
【フェルナーが仲間になりました!】
という文字が前触れもなくいきなり浮かびあがって、流石にびっくりして派手に転んでしまった。
せいじろうさんみたいな人




