*49* うざったい強心剤
PDAが示す時間は午後の三時。
記憶がまだしっかり残っているなら、そこはクラングルの中央公園という場所だ。
この街の人々の憩いの場として、或いはゲームのイベントの場の一つとして、様々な形で親しまれている場所である。
画面の中で見る限りはさほど大きくないと思っていたけども、この身になってから見ると広く感じる。
遠くを見れば敷石の歩道。
真っ青に続く芝地の周りは元気に育った並木たちが囲んでいる。
南側の入り口ではゲームの中で見た彫像が横列を作って公園の様子を見守るように、仲良く四つ揃って北を向いて立っていた。
あてもなくぶらぶら歩いていたらこんなところについてしまった訳だ。
FallenOutlawのシステムを詰め込んだPDAは、あれから何も教えちゃくれない。
それでも、たとえこのPDAを一時の怒りに任せてどこかにぶん投げても帰ってくる。
掌に、ポケットに、永久に解けない呪いのようにぴったりと俺についてくる。
ぶち壊そうと手を加えても傷一つもなく、綺麗なままに。
「……ここに来ればおわり、じゃなかったわけだ。最高だな、クソッ」
悩むに悩んで憂鬱な俺とは真逆に、目の前に広がる中央公園は楽しげに賑わっていた。
広場の人気の少ない場所にあるベンチに尻を乗せると、頭がぐらっときた。
「……むり、だめ」
「……ああ」
荷物を降ろすと相棒に後頭部を撫でられた。
もう何も感じなかった。髪と皮膚がざらざらと刺激されてる事しか分からない。
あの時の妖精さんがまたやってきて俺の手に擦り寄っても、多分俺は「鬱陶しい」と思って残酷にも振り払ってしまうだろう。
「……あっ! おい! そこの黒い人!」
「……あ?」
今にも折れそうな気分を必死に持ち直していると、またいきなり横から声をかけられた。
「よう、探したぜ。あんたがプレイヤーのイチさんだな? 一人だけ格好が違うからすぐ分かったぜ」
……リクやイングリッドがつけていたのと同じ十字の模様がついた軽鎧を着た男だ。
多分、そいつはフィデリテ騎士団のメンバーだと思う。
身長は俺と同じ位か、それよりもっとあるかもしれない。
「誰だお前? こんなだらしない奴を知り合いにもった覚えはないぞ」
「いやだらしないって……ひっでえ!」
しかしそいつが視界に飛び込んできた直後、最初に感じたのはだらしなさだった。
見た感じだと、その全身からだらしない印象がたっぷりと浮き出ている。
リクたちとは違って灰色の私服の上に鎧の一部を重ねただけ、ガントレットの代わりに黒い革製の手袋をつけている。
下半身に至っては防具は殆どなく、変哲もないズボンに動きやすそうな革製のブーツだけだ。
これじゃ騎士というよりは傭兵だ。
「……なんだ? まさかフィデリテの奴らか?」
とりあえず本当にフィデリテなのか確かめるために尋ねた。
「おう、いかにもフィデリテ騎士団のメンバーだぜ。団長がお前のこと探してたぜ」
「……残念だけどいかにもチンピラに見えた」
「ひでえなおい」
「それで? またリーゼルか?」
年齢は俺と同じくらいかもしれないけど、とにかく調子が良さそうなやつだ。
人間の頭の中からどうにかして重さを取り除いて、その日その日を本能とノリで生きる身軽な動物に改造すればこんな顔になると思う。
まるで人を何かのついでに探したようなノリだ……というか、食べかけのパンを持ってる。
「まあそうだな。でも今おやつ食ってるからちょっと待ってくれねーか?」
だらしない男はそう言うや図々しく隣に腰掛けてきた。
それから手にしていたパンをがぶっと噛んで顔を覗き込んで来る。
黙っていればそこら辺の女性に嫌でもモテそうな人懐っこい笑みを浮かべていて、後ろを一本に結んだ赤髪が視界を遮った。
「優雅にサボ……休んでたらメールでいきなり団長直々に指令がとんできてよお、なんか112っていう奴探せってきたんだぜ? 酷くね?」
むしゃむしゃ食べながらそいつは語り掛けてきた。
「……そうか。じゃあここから失せて二度とここに戻ってこないでくれ」
「いや、めんどくせーしここで食うことにしたわ。それにしてもほんとに格好が違うよなーお前。なんかこう、全身これでもかと真っ黒で威圧感たっぷりなのに中二病臭くないって言うか……存在そのものが威圧感みたいっていうか、こえーわ。でも俺そういうクールな格好大好きだぜ!」
「……それよかったな」
その調子の良さそうな男は口からぼろぼろとパンや生ハムの欠片をこぼした。
もう完全にここに居座るつもりだ。人の気持ちなどお構い無しに一人で楽しく食事タイムときている。
「しかしお前さあ……なんかすっげー顔色悪いよな。どうしたんだよ? 嫌な事あったのか? ちゃんと昼飯食ったの? 良けりゃ聞くぜ、サボりの口実にもなるしな!」
「……うるせーよ」
本当に鬱陶しい。
あまりにしつこく絡んでくるので俺は思わずホルダーから投げナイフを堂々とその場で抜いた。
それ以上ふざけた事を言ったらテメエの口にねじり込んでやる。
「……やる?」
待つ間もなく、サンディも隣で小銃を高く持ち上げた。
銃口は空に向けられているものの、その気になれば一瞬で頭をぶち抜いてくれるだろう。
「おいおいおいおい! ちょっと待てって! 別に喧嘩売りに来たわけじゃなくて伝言あんだよ! その物騒なモン降ろせよ!?」
「だったらその無駄に動く口を閉じてくれないか。一生、二度と開かないぐらいに」
「……うざい」
「俺に黙れとか死ねっていうようなもんだぞ!? 無理無理! 寂しくて死ぬわ! とりあえず話だけでも聞いてくれよ!?」
二人で獲物を向けていると、そいつはかぶりついていたパンを道連れに両手を上げてきた。
情けないし、うざいし、きたない。
それらが三位一体になっていて、こいつを見ていると嫌いな人間三人と対峙している気分がする。
ともかく、そいつが食べ終わるまで待っていると。
「……あー、うまかった。んで、俺はお前に伝言を持ってきたんだ。別にお前を捕まえてこいとか、首とってこいとか言われてないからな?」
そいつは腕で口をぬぐって、おいしい食事をとれて満足、といった様子で話し始めた。
「また『リーゼル』か」
「まあ……半分当たりだな。いやな、まず団長から伝言があるんだけど」
「伝言……リクからか?」
「おう、『さっきはすまなかった』ってさ」
こんな奴が伝えてくるせいもあってか、いまいち謝意の伝わらない謝罪の言葉だ。
「……それだけか?」
「それだけじゃねえよ。まあ、真っ先に謝罪の言葉を伝えてやってくれ、といわれてたんだけどな。でも本当に申し訳なさそうだったぜ、うちの団長」
だったらもうちょっとマイルドに伝えたりしてほしかったもんだ。
いや、あんなものを連れ込んでしまった原因は俺が作ったのだから仕方ないか。
「それでな。俺たちの飼い主はお前のことを随分探し回ってるみたいだけどよ、うちの団長はお前が落ち着いてから向かってほしい、だとよ。その辺も魔女様には説明しておくから、今はここで心を休めて元気になってくれってさ。以上、フィデリテ騎士団からのお知らせでしたっと」
そう伝えると、そいつは食べカスをぽんぽん払ってだらしなくベンチにもたれかかった。
満腹なのか、言いたいことを言えて満足なのか、すっきりした様子でくつろいでいる。
「……そうか。他には?」
「特にねーけど、俺からもあるぜ。どんな事情なのか分からねえけど休んで元気出せ、ぐらいだな。顔色悪くてゾンビみてえで怖えぞ」
「ほっといてくれ。ところで、俺のことはどこまで知ってる?」
さっきの妖精に負けないぐらいの愉快な奴に、俺は気になった事をぶつけた。
こいつは俺が無人兵器を呼び出した原因だと知っているんだろうか、と。
「何処までって……とりあえず見つけろ、ぐらいしか言われてねえから知らね。何かやらかしたん?」
「……いや、それならいい」
赤髪のバカは首を傾げた。本当に何も知らなさそうに。
どうやらこいつはリクと違って俺が何をしたのか知らないらしい。多分、だけど。
つまり、この事情を知ってるのは下っ端じゃなく上の奴だけなんだろうか。
ともかく、このだらしない男を経て運ばれてきた言葉を受け止めて、何ともいえない気分になった。
「……伝言ありがとな」
「おう」
あんまり気持ちのこもってない感謝の気持ちを伝えて、その場を移動することにした。
「……なあ。うちの団長は男色だし変態だけどよ、ぜってー悪い奴なんかじゃないぜ?」
呼び止めるように、フィデリテの男がずっしりとした重い声で言ってきた。
俺は静かに立ち上がるのをやめた。
「……そうかもな」
そいつが言うとおりかもしれない。
二人はこの世界に来たばかりの俺たちにとても親切に振舞ってくれたのは確かだ。
「ああ、そうだ。リクは……悪い奴じゃない、かもな」
「勿論だぜ。あの人だけじゃなく、副団長も一緒にさっきからずーっとあんたのこと心配してんだよ、二人揃って本心でバカみてえに悩んでる。俺は下っ端だから"一体どうしてお前を探してるか"なんて細かいことは知らないけどよ、うちの団長と副団長の腹ん中には裏表なんてないぜ? 無理強いはしねえし俺が言えた義理でもないけど、あの二人を信じてやってくれねえか?」
「……ああ、善処する」
「そんなに硬くなるなって。ガチガチに考えないでありのまま適当に受けりゃいいんだよ! 悩みまくり考えまくりだと俺の同僚みてえに頭の中に真面目さだけしか残らなくなっちまうぜ!」
赤髪のバカは仕上げに俺の背中をばんばん叩いて、爽やかさだけはある笑いを振りまいた。
でもこの騒がしいバカな奴が頼もしく感じたし、羨ましいと思った。
俺もこれくらいバカになれたら、今までの人生がもっともっと楽になったのかもしれない。
「……そうだな。ありがとう、少し気が楽になった」
「こんな事になってからもう一ヶ月ぐらい経っちまったし、お前の境遇なんて分からないけど……まあ、とにかく元気出せよ」
「そういわれて出せたら苦労しない」
「その通りだけどよ。俺はお前の事情なんて良く分からねえけど……諦めるにゃまだ早いぜ」
「お前に何が分かるんだよ」
「全然だぜ! なんか苦労してそうな顔してる、ぐらいしか分からねえ!」
「……」
こいつも無邪気だ。さっきの妖精とタメを張れるぐらいに人懐っこく笑っている。
「でも団長たちがお前を心配してるなら、俺も一緒にお前を心配するのが任務ってわけだ! てことでこんなところで閉じこもってないで一緒に歩こうぜ!」
「……はあ。お前には負けたよ」
負けた。また負けた。
ノリが寿命みたいなこいつに抗うのは時間も気力も無駄になるということだ。
「よっしゃ、勝った!! じゃあ行くか!」
「……」
皮肉を込めた降参の台詞が引金となったのか、赤いバカは誇らしそうにガッツポーズを取りながら銃弾のごとく立ち上がった。
「折角だしここに来たばっかのイっちゃんにこの街の案内してやるよ。実際のとゲームのとじゃ大分違うからな、気晴らしの散歩といこうぜ」
不思議な事に、今のそいつの姿はこの街に入ってから一番頼もしく見えた。
思わず笑ってしまった。
さっきまでは無神経でうざいやつだとは思っていたけど、ここまでしつこいと逆に嬉しいものだ。
「それなら気晴らしに案内でも受けようかな。……でもイっちゃんってなんだよ」
「なんか軽くていい呼び方だろ?」
「ああ、悪くない」
「そうだろ! わかってるなイっちゃん!」
今にも一人だけ何処かにすっ飛んでしまいそうな勢いのバカを追って、俺も荷物を持って立った。
さっきよりちょっとだけ足が軽い。
「サンディ、行くぞ」
「……だるだる」
「だるだる?」
話からずっと置いてけぼりでぽけーっとしていたサンディも遅れて立ち上がる。
それから相棒と足並みを揃えて、またクラングルの中を歩き始めた。
赤いバカの背中を追って、また俺達は先へと進んだ。
「おっと、そういや名前まだ教えてなかったな! 俺は軽戦士のフェルナーだ!フィデリテの一等団員で、さっきまでサボっておやつ食ってた!」
「……いや、サボっちゃだめだろ」
「大丈夫だって、イっちゃん探してたって言えば許してくれるだろ」
「その時はリクたちに一つ口添えしてやろうか?」
「頼むわ! ついでに勤勉な態度で励んでいたって言ってくれね?」
「分かった、美談になるように盛ってやるよ」
「ありがてえ! ありがてえ!」
「その代わりだけど……この世界のことも教えてくれないか? 訳あって遅れて、今日からスタートになったんだ」
「今日からスタートって何があったんだよ……。まあ、それならイっちゃんが遅れを取り戻せるようにこの世界のことも俺が教えてやんよ、話してる最中に眠るんじゃねえぞ?」
なんだか俺がサボりの口実にされているようけどそこは気にしないでおこう。
好奇の視線をいっぱい浴びながら、フェルナーにあわせて少し早足気味に地面を踏んだ。
「ところでその胸のでかいねーちゃんはヒロインか? すげえなおい」
中央公園から離れていく最中に、ふとフェルナーが足を止めないままそう尋ねてきた。
「ヒロインじゃないけど……まあ相棒だ」
「……相棒」
俺と相棒はいつものように、拳の裏をごつっとあわせて見せた。




