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モンスターガールズオンライン!  作者: ウィル・テネブリス
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*46* いやなよかんがする



 頼んだ料理がテーブルの上にどんとやって来て、まず最初に思ったことが『うまそう』だった。

 一体どうしてか腹が減っていて――まあどうせあのPDAの機能のせいとしか思えないけども、とにかく空腹だった俺は話すことを忘れてとにかく(めし)を食らった。

 新鮮な食材を当たり前のように使って、味もしっかりしている。しかもやたらと量が多い。

 ポトフの鍋から各自食べたい分だけを取って、そのついでに油で揚げたじゃがいもをつまんで。


「最初に声が聞こえた」


 と、もしゃもしゃと熱々の揚げじゃがを噛み締めながら食事中に話を切り出した。

 あの日の、パソコンのモニターが真っ黒になってからの出来事からだ。

 それから思いつく限り、何度も死んだことからマスターリッチが待ち受けていたことまで。

 腹ぺこの自分にテーブルの上の料理をどんどん詰め込みながら、ざっくり話すだけのつもりが手当たり次第に今までのことを話してしまった。

 とにかく、目の前にいる二人に自分の境遇をどうしても知ってもらいたかった。


「ということがあったんだ。信じられるか?」


 と、最後にそう一言だけ告げて話を閉じると、なんとも二人は複雑そうな顔をしていた。


「……そっか、そんなことがあったんだね」


 そんな話をずっと、真剣に聞いて受け止めてくれたリクは一目で分かるぐらい重い雰囲気だ。

 本当に複雑そうな顔で、伸びてしまったカルボナーラの麺をフォークでくるくる巻き続けている。

 けれどもそれが口に運ばれる素振りは一向にない。


「信じられないなら信じなくていい」

「いや……信じないわけじゃないさ」


 ただ、どことなく違う事を考えているようにも見えた。

 きっとあんまりにも信じられなかったに違いない。

 今まではへらへらした顔だったというのに今は実に悩ましそうだ。


「……あの、イチさん。そのお話、本当ですか?」


 その隣にいたイングリッドもリクと同じく雰囲気が重い。

 真面目というか、クソ真面目に聞いているみたいだ。

 (から)にした瓶を指でごろっと撫でながら、酔う気配もないまま俺の話に釘付けになっている。


「本当だ。形は違うけど俺も二人と同じで……この世界を救う為にやってきたってことだ」

「……そう、ですか」

「やっぱり信じられないか?」

「いえ……信じますよ」


 俺はすっかり冷めてしまった残りの白身魚のフライをざっくりとフォークで割った。

 この白身魚のフライは当たりだ。

 冷めてもさくさくし、白身も引き締まって味が濃くて、異様なほど空いた腹が喜ぶ味だ。

 ポトフだって今はぬるくなっているものの、煮込まれた野菜やソーセージがいい味を出している。

 黒パンもうまい。食べごたえぎっしり、酸味があってうまみたっぷりのポトフのスープと特に合う。


「本当は一人で来るつもりだったんだけどな。でも向こうで相棒が出来たから、こっちに連れてきたんだ」


 フライを一口食べて、それから俺は隣にいる"相棒"を親指で示した。


「その……褐色の子がかい?」

「ああ、こいつの銃の腕にはかなり助けられたよ。もしこいつがいなかったらこっちの世界には絶対に来れなかったぐらいだ」


 横目でちらっとみると、そこにいるのは……なんだか感極まった様子でもぐもぐとケーキやプリンを頬張っているサンディが。


「……おいしい」


 今、相棒は俺の話なんてどうでもいいやとばかりに歓喜している。

 チョコケーキをフォークで割って頬張り、スプーンでかぼちゃプリンを削って口に運び、休む間に濃い牛乳をぐいっと飲んで、まるで機械の作業みたいに黙々と食べている。

 相応おいしいのかか無表情な顔がにへっと緩んでいるように見える。生き生きしてるというか。


「ふふふ……そのお菓子は私が趣味で作ったものだ。うまいだろう? これでもこの辺りでは一番うまいと評判なんだぞ」

「……すばらしい」

「ふっ……そうだろう。もっと褒めてもいいぞ?」


 横から割り込んできたダークエルフが空になった食器や空き瓶を取って片付けていった。

 ごちゃっとしていたテーブルの上が綺麗になると、そこでリクが苦しそうなため息を吐いてから。


「……なるほど、良く分かったよ。なんだか聞いてるだけでお腹一杯になる話だったけども、とにかく君が無事にこっちの世界に来れてよかった」

「聞いてくれてありがとう。あの時は食べるものどころかマトモな水すらなかったんだけど、今じゃこうしてちゃんとしたうまい飯を食べれるんだ。死んでまでこっちに来た甲斐があった」

「ああ、おかえり。よくこっちへ戻ってきたね、イチにゃん」


 にっこりと笑って、リクは「おかえり」と優しさのこもった柔らかい口調で俺に言ってくれた。

 だけどその笑顔はなんだかぎこちなく、少し無理を込めてぎくしゃくと作っているようにも見える。

 ……何か違和感がある。

 無理に作ったというか、話に合わせていると言うか、自然な笑顔じゃなかった。


「大変な旅路だったようですね。本当に、お疲れさまです」


 その隣にいるイングリッドも、何故か目を伏せて、何か言いたそうな様子でじっとしている。

 その様子からして、二人にとっては俺の話がやっぱり信じられないのかもしれない。

 別のゲームに連れて行かれて、何とかこっちに来ましたー、なんてそう信じられる話じゃない。

 だからきっと、いまいち信じられなかったんだろうか。


「あー……その、やっぱり信じられなかったか?」


 俺は思わず、自分の不安をぶちまけてしまった。


「……いや、そういうわけじゃないんだ」

「じゃあ、なんなんだ?」


 するとリクがフォークに絡めていた麺ごと皿の上にかつんと置いた。

 いや、置くというよりは投げ捨てた、というのが適切だったかもしれない。


「でも」

「……でも?」


 言葉の歯切れが悪いし、あからさまに態度が違う。

 不愉快というか、苛立っているというか、どちらにせよ好意的じゃないのは確かだ。

 ひょっとして何かまずい事を言ってしまったんだろうか?


「……いや、とにかく、信じるよ。君の言ったことは間違いなく事実だ」


人間の体ぐらいなら簡単に突き抜けそうな真っ直ぐな視線を俺に向けた。

敵意ではないけど、受けているだけで押し倒されそうなヤバイ威圧感がたっぷり篭っている。


「君の言った話は全部信じるさ。でもイチにゃん、今ここで……これだけは約束してくれないかい?」


そんなリクの様子に向ける言葉を何一つ作れないでいると、そういわれた。


「……その、約束っていうのは?」


 恐る恐る、その意味を尋ねた。

 得体のしれない不安で、揚げ物を詰め込んだ腹の中が一杯に満たされていくのを感じる。


「いいか。その話は、無闇に他人に話しちゃ駄目だ」


 そしてリクが言った。

 そう手短に、小声気味に俺に言うとリクは残ったお茶をぐいっと飲み干した。


「……なんだって?」

「……もう一度言うけど、その話題は気軽に話さないほうがいいよ」

「なんでだよ。何かまずいことでも言っちゃったか俺」

「いや……とにかくここじゃまずい。この件については別の場所で話そう」


 何故か少し顔色の悪いリクが立ち上がると、椅子から静かに立ち上がって荷物を取りはじめた。

 見てるだけでこっちも顔色が悪くなりそうなほど悪い。

 青ざめていると言うか、顔に血の気がないというか。


「おいリク、顔色悪いけど……大丈夫か?」

「ごめん、ちょっと気分が悪いんだ。とにかく……ここから出ようか、話はそれからだ」


 そういってまだ皿の上に残っているカルボナーラを背に、さっとテーブルから離れてしまった。

 そんな様子を見て妙な胸騒ぎをぽつりと感じた。

 リクの後ろ姿を見て慌てて残った白身魚のフライを口に放り込んで、俺も同じように立ち上がる。


「……イチさん」


 と、リクの後ろを追おうとしたところでイングリッドが声をかけてきた。

 振り向けばそこには今まで見てきた彼女らしさのある、きりっとした顔立ちはもうそこにはない。

 悲しそうな顔が言葉では言い表せないぐらい複雑に、気まずさを押し出している。


「なあ、一体どうしたんだあいつ? なんか急に顔色悪くなったけど……」

「……ごめんなさい、この話題はここではまずいんです」

「まずいって?」

「ひとまず場所を変えましょう。イチさん、今は何も言わずに私たちについてきてください。」

「って……おい! 待ってくれ! 何処行くんだよ!?」


 イングリッドはテーブルの上に残った食器を片付けると、同じようにそこから去っていった。

 後に残されたのは、丁度チョコケーキとかぼちゃプリンを食べ終えて満足しているサンディ。

 そして訳の分からぬままバカみたいに突っ立って、呆気にとられている俺だけだ。


「なんだっていうんだよ、一体……?」


 わけがわからない。

 でも何故か、今の自分は二人の妙な態度に強い不安を感じている。

 不安というよりは、勘だった。

 今まで生き抜いてきたおかげで培われた勘が、非常に良くないと自分の耳にささやいている。


「……サンディ、いくぞ。どうやら俺たちに話があるらしい」

「……うい」


 テーブルの上に残されたグラスを取って、レモンの輪切りが突っ込まれた水を一気に飲み干す。

 酸っぱくて強烈な柑橘類の香りと強いハーブの香りで意識がしゃきっとしてきた。


「何か嫌な予感がする。一応……警戒しとけ」


 グラスを戻して、サンディに小声でそう伝える。

 相棒の返事は行動で返ってきた。

 立てかけていた小銃(ライフル)を持つ上げて「何時でも撃てる」とアピールされた。


「……まか、せて」

「任せた。頼んだぞ」


 自分も荷物と銃を手にとって――満足気味のサンディを連れて二人の後を追うことにする。

 途中、店の中にいるダークエルフとオークの二人に「ごちそうさま」と手短に感謝の気持ちを伝えた。

 俺は相棒と一緒にさっと店を出ていった。




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