そうして彼らは生き抜いた
書きたくなったので書いてしまいましたが次から主人公の視点に戻ります、つい書きたいという衝動にかられてしまって申し訳ないです…。
そこは都市の地下に作られた巨大な下水道だった。
『設定』であれば、魔力を使った徹底的な水の浄化を主に、市民が衛生的に生活し健康を損ねない為に国が多大な資金を投入したとか、魔法実験で生み出した生物が逃げて巣食っているだとか、緊急時における国外への脱出ルートが幾つか埋め込まれているといった場所である。
しかし今となってはそんなことを気にするものはいない。
一体何処まで続くのか分からない長い道に、数えるのもうんざりするほど作られた曲がり角。
道の側では赤黒くどろりとした水が流れて、肉が腐ったような悪臭がそこから立ち込めている。
水の中では骨のようなものが浮かび、見るものにその場所の異常性を必死に訴えていた。
「みんな、洞窟が見えてきた! もう少しで出口だ!」
そんな薄暗い下水道の中、一団は戦っている。
黒い髪の青年――カズヤがトゲを放射状に打ち込まれた棍棒を何かへと振り下ろした。
振り下ろされる先にいたのは人間だったものだった。
モンスターガールズオンラインをプレイした者なら一目で分かる、『グール』と呼ばれる敵である。
「うおおらああぁぁ……っ!」
その敵は本来であればこんな下水道に出現しないはずだったとプレイヤーなら分かる。
だがここにいる彼らはそんなことを考える余裕すらも残ってはいない。
目の前にはおびただしい数のグールが外の世界へとつながる道を塞いでいるだけだ。
「はは、やっと出口か! おじさん頑張っちゃうぞ……とっ!」
グールがバランスを崩すと、別の人間のショートソードがうなじに深々と刺さった。
トドメを刺されたグールは今度こそ死んだ。
「こっちに近づけるな! とにかくリーチを保て!」
「間合いを詰められたら迎撃するのよ!」
「うおおおりゃあああああああああああっ!」
おぼつかない足取りで近づいてきた他のグールたちも、生存者たちが手にしていた槍で胸を貫かれ、斧で頭をカチ割られて殺されていく。
「後ろからどんどんきてるぞ! 急げぇぇっ!」
「邪魔な奴だけ倒すぞ! 他は無視だ!」
「も、もう駄目……疲れた……!」
一体どれだけの時間をかけて彼らは走り続けたのか。
下水道に雪崩れ込んだ彼らを待ち受けていたのはグールの群れだった。
迷宮のように入り組んだそこで、予期せぬ怪物の存在に最初に何人かの生存者が犠牲になった。
「まだ、まだなのかっ!? 一体どんだけ倒せばいいんだァァ!?」
「わめかないで! 諦めないでとにかく進みなさい!」
「ここで諦めたら全部おしまいだ! 気合入れて突っ込めェ!」
地獄のような地上から逃れてまだ数時間か、ひょっとしたら半日以上は経っていたかもしれない。
正確な時間すらも分からぬまま腐臭の漂う汚い下水道の中で、安全な場所を見つけては僅かな休息を挟みながらひたすら彼らは進んでいた。
何人かは精神に限界が訪れていた。
ある者は悪臭とグロテスクな怪物を目の当たりにしたせいで。
またある者は共に逃げてきた主人や、ヒロインを失ったせいで。
そして倒しても倒してもきりがないグールたちに全員が疲弊している。
「カズヤ! 前っ! 前から来てる!!」
その時だった。
死に物狂いになっている生存者達の後ろで、赤髪のハーピーの少女が高い声をあげた。
向けられた先は彼女の主人である青年――カズヤの前で、暗がりの中から幽霊のように現れたグールが手を伸ばして掴みかかってきたのだ。
「しまっ――!?」
棍棒で振り払おうとするものの間に合わず、掴まれたカズヤはぐらりとその場で押し倒される。
グールが口を開けた。不揃いで黄ばんだ歯をしっかりと見せつけて彼の首元に噛み付こうとして――
「離せ……っ! 臭ぇんだよ……このゾンビ野郎……!」
「ううおおらあああああぁぁぁぁぁッ!!」
誰かが下水道に雄叫びを撒き散らしながら、覆いかぶさるグールの頭にぐさりと何かを打ち込む。
肉が潰され、骨が砕ける音も響いたかもしれない。
鈍器のような一撃でグールが頭をぶち壊されると、倒れたカズヤの目の前で振り下ろされたものがぐぐっと持ち上げられた。
「おっ……おお、助かった……!?」
「ちょっとカズヤ!? 大丈夫なの!?」
「平気だ! マジでびびったぜ!」
それは大きな剣だった。
刃もさほど鋭くはなさそうで、そのずっしりとした重さだけが強みのような粗悪品である。
そしてその大剣を持っていたのは――ムツキだった。
「だ、だ、大丈夫!?」
血と腐肉でべっとり汚れた大剣を引っ込めながら彼はカズヤに尋ねた。
気がつけば倒れたカズヤに生存者の誰かが手を差し伸べてくれて、すぐに持ち直した彼らはまた一塊となって下水道を進み始める。
「助かったぜ。ありがとう、ええと……ムツキさん、だっけか?」
「ど、どういたしまして……。怪我はないかな?」
「おうよ、ちょっと顔がグール臭くなったけどな。さっきの一撃カッコ良かったぜ、またピンチになったら助けてもらえるか?」
「あはは……善処するよ。でも無茶しちゃ駄目だよ?」
「ははっ、勿論だ。一つ借りが出来ちまったな」
「カズヤァァァッ! あんたさっき『俺が壁になる!』とかさんざんカッコつけてたのに何あぶなっかしいことしてんのよ!? 気をつけて戦いなさいよ!」
「あーもういちいちうっせーな! 俺はタンクだったんだぞ!? みんなの前に出ないでどうすんだ!」
「タンクってあんた今盾もってないじゃない! それにあんたに死なれたら困るの! 寂しくて死んじゃうぞー!」
「そう簡単に死ぬつもりはねーよ! だから泣くな! あと怪我人は大人しくしてろ!」
「人じゃないわよ、怪我ハーピーって呼びなさいよ!」
「語呂悪ッ! つかハーピーって半分人だから別にいいじゃねーか!」
出口は間近だった。
そのせいか彼らは少しずつ希望を取り戻しているようだ。
まともな休みも取れず誰もが疲れていたものの、出口がはっきりと近づいている実感に解けかけていた気がきりりと引き締まっていた。
「おじさん、交代です! 私がいきますっ!」
「わ、わたしもいくよっ!」
のろのろと近づいてくる数匹のグールに、前衛の間を縫うように二人のヒロインが飛び出していく。
「ああ……臭いし暗いし狭いし……早く出てお風呂に入りたいです!」
刺突剣を持った銀髪の少女と、ロングソードを持った蒼いのツインテールの少女――ムネマチだ。
銀髪のヒロインが前に立つと、相手が腕を伸ばした瞬間に刺突剣をしならせるように突き出す。
腕を絡め取るようにレイピアでくるりと軌道を横に逸らした。腐った手が空気を掴んだ。
グールが腕を広げてバランスを崩したところで低く構えたレイピアで頭をぐさりと貫く。
「わたしも……早く出たいな……っ!」
命を完全に失ったグールが倒れると同時に、ムネがロングソードを構えながら更に奥へと突っ込む。
「……しつこいよっ!」
待ち構えていたグールが両手を広げて転びかねないバランスで飛び込んでくる。
ムネマチは構えていたロングソードを解いて滑り込むようにその懐へとあえて踏み込んでいく。
自らグールに詰め寄り、身体を横に翻しながらロングソードの柄頭を額へと叩きつけた。
「はっ!」
さほど力を込めなかったのか、腐った身体がぐらっとよろけて後ろに転ぶか転ばないかの体勢になる。
そしてトドメの一撃――身体を立て直すと同時にその場でくるりと回転、そのついでとばかりのグールの首にロングソードの刃がねじ込まれていく。
そして首が刎ねられる。
残されたグールの身体が大の字に床に倒れて、斬り飛ばされた頭部が真っ赤な下水の中へと転がっていった。
「隙間が出来た! 今だ! 突っ込むぞおめーら! 槍持ってるやつからいけ!」
「うおおおおおおおおおおおっ……!!」
「こんなところで死んでたまるかぁっ!! 絶対に、生き延びてやる!!」
すかさずムネの前へと割り込んだカズヤがメイスについた血を払いながらも叫ぶと、槍をもったプレイヤーやヒロインがばらけたグールたちに突っ込んだ。
突き出された槍の間を、潜り抜けた雑多な武器を持つ者たちが襲い掛かった。
ナイフが、斧が、剣が、思い思いにグールたちの身体を、頭部を、あらん限りの力で破壊していく。
誰もその行為に躊躇うことはなかった。
ただひたすら、外に出て悪臭と暗闇から開放されたいという気持ちだけで動いていた。
「もう少し……! もう少しっ!」
「走れ! 走れ! あとは構うな! 振り向くな! とにかく走るんだ!」
「はぁっ……はぁっ……早く、帰りたいよ……!」
密集した生存者たちが一気に駆け抜けていく。
横から飛び掛ってきたグールが棍棒で殴り倒される。
前に立ち塞がったものも誰かが投げつけた剣で刺されて倒れる。
誰かが掴まれれば、横から槍や刺突剣がその頭を貫いて引き剥がす。
「うううぉぉぉおおおおおおおおおーーーっ! ラストスパアアアァァートッ!」
先頭にいたカズヤが下水道の先にある洞窟の床を一番乗りで踏んだ。
次の人間も、そのまた次の人間も、次々に冷たい洞窟の中に駆け込んでいく。
洞窟に入って少し進んで曲がったところで、疲れ果てた彼らをうっすらとした光が出迎えた。
走る。進む。動く。
進めば進むほど光がはっきりとしてきて、外から新鮮な空気すらも流れ込んでくる。
「つい……たああぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
残った息を搾り出すかのようなカズヤの叫びがゴールを告げた。
外の世界だ。見たことのない緑に包まれた地上があって、空が美しい朝焼けを見せていた。
下水道を駆け抜け、洞窟から飛び出して、それから一体どれくらいの時間が経ったのだろうか?
疲れた身体を休める彼らの前には、見たことのない風景がさも当然のように広がっている。
目の前には不気味に生い茂る小さな森がある。
後ろでは遠くで煙の上がる都市の無残な姿が小さな姿となって生存者たちの目を引いている。
空を見上げれば青い空に熟した太陽が朝の始まりを告げていた。
見知らぬ『世界』だった。
「……これからどうしよう」
誰かがそう声を漏らすとそこにいた人々はお互いに顔を見合わせた。
その答えは誰にも出せなかった。
誰一人それに相応しい言葉も口にできず、今はただひたすら芝生の上で心と身体を癒すだけだった。
「……ご主人様、どこいっちゃったんですか……?」
そんな中、洞窟の側で座り込んだ一人のヒロインがぽつりと小さな声でそう言った。
その両脇には背の高いプレイヤーと、蒼いツインテールのヒロインが彼女を挟むように座っている。
三人はフレンドリストを開いてフレンドの安否を確認しているようだ。
しかしところどころが抜けていて、僅かなフレンドが『ログイン』しているという情報だけがそこに残されている。
「やっぱりいない。イチさんの名前も消えてる」
「……で、でもログアウトって出てたよね? たまたま巻き込まれずに済んだんじゃないかなって……思うよ?」
「どうだろう。僕たちがこうなる直前まではちゃんとログインしてたよ? それに、ミコさんがイチさんからメールが来たって言ってたよね?」
「うん。じゃあ実際はわたしたちと同じで、この世界の中に来てたのかも?」
フレンドリストには『ログイン』しているプレイヤーだけが表示されている。
だが『ログアウト』状態のプレイヤーは載っていない。
どうして消えたのか? そこにいた生存者達はなんとなくではあるが、既に理由を察し始めていた。
「それだと、イチさんはもう」
「……ムツキ君。それ以上は駄目だよ」
「……ごめん」
その時だった。
「――やっぱりそうだ! あいつは死んじまったんだ……!」
休んでいたプレイヤーの一人がいきなり怒声に近い悲鳴を上げた。
そこにいた全員が何事かと一斉に目を向ければ、その一人はメニューからフレンドリストを開いたまますすり泣いていた。
「おい、どうしたんだ!?」
寝転がっていたカズヤが慌てて駆け寄ると、そのプレイヤーは目の前に浮かぶそれを指で示した。
フレンドリストだ。
「死んだんだ。 俺のヒロインが……死んだんだ。俺が見殺しにしちまったんだ……。化け物が怖くて、あそこに見捨ててきて……」
「何があったか分からないけど落ち着けよ! そもそもなんで死んだって分かるんだよ!? まだ決めるには早い――」
「あんたも分かるだろ? リストから名前が消えてるんだよ、死ぬとここから名前が消える。 さっきまで一緒に戦ってきた友達も化け物に食われて目の前で死んだんだ。するとどうだ? リストからそいつの名前が綺麗に消えて、もう俺のフレンドリストには誰も載っちゃいない。真っ白だ。みんな死んじまったんだ! あんたも見てみればいい! 死んだ奴がリストから消えてるはずだ!」
そのプレイヤーが早口気味に言葉を押し付けると、手にしていた槍を思い切り地面に突き刺した。
彼はそれっきり何も言わずにうなだれて地面の上に力なく座り込んでいく。
目の前で何一つ掛ける声を失ったカズヤは『ちくしょう』とあてもなくそう呟いて、彼を待つヒロインの前に戻っていった。
「あ……うぅ……ご……ご主人様が……死んじゃっ……やだぁ……!」
それが引き金となってしまったのか。
ムツキとムネマチに挟まれていたミセリコルデは我慢の限界がきて、遂に泣き崩れてしまった。
自分の主人が死んだことがはっきりしたからだ。
「イチさん……嘘だよね?」
「そんな……死んじゃったなんて……わたし、信じたくないよ」
「ご主人様がいないなんて嫌です……嫌です、嫌です嫌だ嫌だ嫌だ嫌だミコを独りにしないで置いてかないで……!」
「しっかりしてミコさん! 確かにみんなのリストから消えてるけど、だからって死んだって決めつけるのはまだ早いよ!」
「でも、でも……」
他の生存者たちもそれを耳にしていよいよ認めざるを得なくなってしまった。
おそるおそるフレンドリストを開いた途端、悲しみ始める者や深いため息をつく者が現れ始める。
脱出の喜びなどほんの一瞬で水の泡になって、重くどんよりとした空気に押しつぶされる。
「なあ、アイリ。俺たちどうすればいいんだ?」
「……あたしに聞かないでよ」
「なんだよ。その反応」
「……それくらい自分で考えなさいよ。そしたらあたしがしっかりついていってあげるから。絶対に離さないから。ずーっと一緒にいてあげるから。だから好きにすればいいのよ」
「……そっか。ありがとな、アイリ」
「ふふん、もっと感謝しなさい? あんたなら特別に地獄でも天国でもついていってやるわよ」
「いやあのそれ死んでるから……」
「細かいことはいいのよ!!」
「細かくないからなそれ!?」
その内、誰かが立ち上がった。
黒い髪の青年と赤い髪のハーピーだ。
まだ血のべっとりとついた棍棒を握って、さてこれからどうしようと周囲を見渡し始めた。
「……イングリッド。おじさんたちもこんなところでうじうじしてる場合じゃないね」
「……はい。もう十分休みましたし、先へ進みましょうか」
「うん、そうだね。こんな頼りないおじさんだけど、ちゃんとついてきてくれるかい?」
「……ううん、そんなことないです。おじさんは立派な人ですよ。また二人で一緒に歩いていきましょう。私達にはこれからやるべき事が山ほどありますから」
「ありがとう、イングリッド。とりあえずここにいる人達をまとめるところから始めようか」
また誰かが立ち上がった。
薄っすらと髭を顎に蓄えた金髪の男と刺突剣を携えた銀色の髪の少女だ。
二人は身だしなみを整えると、立ち上がった青年とハーピーの方へ向かって何かを話し合い始めた。
そして気付けばごく自然に、残った者たちも次々と立ち上がっていく。
プレイヤーが。ヒロインが。誰かの助けを求める声を思い出して、この世界で何かをするために動き出そうとしている。
「……ムツキさん、ムネちゃん。ミコ、どうすればいいのかな? ご主人様がいないのに、どうやって生きていけばいいの?」
消え去りそうな声でミセリコルデが二人に尋ねた。
最初に、ムツキがそれを否定し始めた。
「……イチさんが死んだなんて、まだ信じちゃ駄目だ。僕だって信じられないし、信じたくもない」
真っ正面から力強くムツキはそう言った。
けれど、ミセリコルデはその否定を否定する。
その言葉を受け入れられないとばかりに首を横に振る。
「でも、ご主人様の名前が消えてるんですよ? 存在しないキャラクターだって出たんですよ? ご主人様が死んだってことですよ……?」
彼女が弱弱しくそう言って、その言葉にムツキが押し込まれる。
そこで二人の会話が途切れそうになった。
でもムツキはそんな態度に限界がきたとばかりに、しゃがみ込んでミセリコルデの肩を掴んで。
「だからこそだよ! 僕たちはイチさんに実際に会って、死んだところを目にした? 見てないよね? まだ僕たちはこの世界でイチさんにすら会ってないじゃないか! だからって死んだ死んだって簡単に決めつけるなっ! だからこそミコさんが信じてやらないと駄目だろ!?」
怒ったようで、泣いたような顔と声でミセリコルデからの否定をそこで完全に拒んだ。
つられて小さな短剣の精霊が静かに泣き出した。
その様子を近くで静観していたムネマチが二人の間に割り入って。
「……うん。わたしも、死んでないと思う。だってフレンドリストの情報だけで決め付けるのは判断が早すぎるよ。ミコちゃんがすごく辛いのは分かるけど、イチさんと連絡がつかないけど、それでも信じてあげなきゃ。イチさん、きっと一人で寂しがってるよ」
そういって二人を抱き締めて、まとめた。
これで三人になった。
四人のはずが、肝心のもう一人はここにはいない。
「僕もイチさんもムネマチさんも、ミコさんをずっと信頼してきたよ。イチさんもまだ二年ぐらいの付き合いだけど、今まで僕たちをいっぱい信じて、頼ってくれたじゃないか。僕たちは家族みたいなものだよ。ゲームの中でだけど、実際に会ったこともなかったけど、僕はみんなを信頼してるよ」
「だからミコちゃん、泣かないで? 大丈夫、きっとイチさんに会えるよ。わたしとムツキ君がついてるから、心配しないで?」
「……ごめん、なさい。ごめんなさい……」
「きついこと言ってごめんね、ミコさん。だから僕たちも行こう。こんなところで立ち止まってちゃ駄目だ」
「うん。三人で先へ進もう? これから大変だと思うけど、きっと、何処かでイチさんに会えるよ。」
「……ごめんなさい。うん、そうですよね……。ご主人様が死んだなんて、決め付けるにはちょっと早すぎました。ミコってバカですね、こんなフレンドリストの情報ぐらいでそう決め付けちゃうなんて」
三人は立ち上がろうとした。
背が高くきりりとした整った顔立ちの青年と、そのヒロインである蒼い髪の少女が一緒に立ち上がって、挟まれていた桃色の髪の少女へとそれぞれが手を差し伸ばす。
ずっと座り込んでいたミセリコルデがそっと両手で二人の手を取ろうとした矢先だった。
「……あっ!」
二人の間でずっと意気消沈していた彼女が急に明るさの戻った声を上げた。
自分の目の前に小さなウィンドウが何の前触れもなく表示されたからだ。
ミセリコルデは慌しく目の前のウィンドウに指を近づけて、操作して開いて、その内容を確かめた。
>>『ミコ、俺は今の状況が信じられないし、それに説明し辛いぐらい酷い目にあってる。でも心配するな、必ずお前のところにいく』
>>『心配してくれてすごく嬉しかったよ。そういえばミコは出会ってからずっと、俺のために色々してくれたな。最初はうざいとか思ったけどお前に会えてよかった。良いヒロインと出会えたんだなって痛感してる』
>>『だから必ずお前のところにいく。感謝の気持ちはここじゃ言わない、お前に直接この口で伝えるまでのお預けだ。元気でいろよ。』
>>『あとムツキたちを頼んだ。寂しかったらごめんな』
メールにはそう書かれていた。
送信者の名前は『112』とあった。名前も、独特な調子の文章も彼そのものであった。
ミセリコルデは思わずぱっと喜んで、笑って泣いた。
そしてすぐに、身体の水分を使い切ってしまおうとばかりにまた泣き出してしまった。
「ってミコさん!? ど、どうしたの!?」
「うぇっ!? ミ、ミコちゃんがまた泣いちゃった!? 今度はどうしちゃったの!?」
「……ご主人様が生きてる、生きてます! ご主人様は死んでません! 良かった、よかったですよぅ……!」
その知らせを聞いたムツキとムネマチは思わずお互いに顔を見合わせた。
それから目を丸くして――嬉しそうにミセリコルデの両手を取った。
「ぷっ……ははっ! そっか……やっぱり生きてたんだ! 相変らずしぶといなぁ、あの人は! ほんと……ほんとに良かったよ」
「ふふっ、ほらね? イチさんはミコちゃんのことになるとすっごく頑張っちゃう人だから、きっと何が何でも戻ってくるよ?」
「だからミコさん、僕たちも行こう。こんな世界に来ちゃったけど、生きている限りはチャンスはある」
「……はいっ! そうと分かればこんなところでグズグズしてられませんね! ごめんなさい、お二人とも! ミコ復活です!」
最初は一人のプレイヤーと一人のヒロインに引っ張られて。
次第に自分の力だけでミセリコルデがゆっくり立ち上がる。
彼女は真っ赤な目をごしごしと擦り、崩れていた頬をきりっと引き締めて、ムツキとムネマチの背中を追いかけていった。
「……ご主人様。お二人のことはこのミコにお任せください。ちゃんと二人を支えてあげて、みんなでご主人様の帰りを待ってますからね? 」
やがて生存者たちは次へ進む為に歩き始める。
遥か遠くでは怪物と無人兵器に蹂躪され、破壊の限りを尽くされた首都が眩しい太陽と青い空の下、南へ向かって進み出す彼らの背を静かに見守っていた。




