*5* スタート地点への凱旋
背中を痛めつける硬い感触で意識が戻った。
上半身を起こしてみるとコンクリートの冷たい壁と床が視界の中にあった。
とても寒いし、殆ど何もない最低限の粗末な家具しか置いてない殺風景な部屋である。
気のせいか頭をショットガンでぶち抜かれる悪夢を見た。
それもFallenOutlawというゲームの中に迷い込んだ自分が、ゲーム画面の中で殺していた野蛮人に挨拶代わりにぶっ放されて、頭をぐしゃっとつぶされると言うタチの悪い夢。
ああそうか夢だったのかと安心しようとしたけどそうもいかない。
また目が覚めて周囲を見渡せばゲームの中の小さな核シェルターの中。
片手にはしっかりとあのPDAを握ったままで、自分は今黒いジャンプスーツをしっかり着ている。
極めつけは丸く突き出た金庫の扉みたいな扉がしっかり開いていて、赤い非常灯で照らされた階段が外に伸びているという事だ。
間違いない、死んだ。
でも生き返った。或いは夢のまた夢だったか。
流石にこれ以上自分を騙してまで夢だ夢だと言う気力が失せてきた。
いいや……もう全て本当なんだと甘んじて受け入れるしかない。
俺はため息をついた。
とりあえず気を紛らわそうとベッドに座り込んだまま、手にしていたPDA――PDIY1500のOPENボタンを押して画面を出した。
このPDAは主人公のステータス画面とも言える役割を果たす道具だ。
世界が荒廃する前のものらしく、『ジョニー・モデル』という最新型だ。
ステータスを押した。
空腹から疲労までの欲求を表すゲージの横で、『お前はひよっこだ!』とばかりに1と表示された自分のレベルに、全く何も入っていない空っぽの経験値バーが緑色で表示されている。
スキルタブを開いてみてみた。基本射撃、近接武器、重火器、罠、格闘、話術、製作、運転、投擲水泳裁縫――とにかくスキル値はALL10。全部初期値だ。
STR(力)、DEX(器用さ)、INT(知性)、AGL(敏捷性)、そしてLUCK(運の良さ)。どれもこれも4。これもまた初期値。
それならとInventoryのスイッチを押して開いてみた。
突き出た画面の中では何1つアイテムをもっておらず、防具のタブに『ハーバー・ジャンプスーツ』と書かれているだけ。
端にあるリソースと書かれたタブを開くと、ゲーム通りにアイテムを作るときに使う資源の項目が出てきた。
金属は0、つまり何もないことを示す。
化学薬品も0。
布も粘着剤もガラスもプラスチックも0。
何処を見ても0か0、何の貯えもなく何も作れない状態だ。
仕方がないのでSYESTEMのボタンを押した。
そして画面を見てみるとさっき開いたこの世界のマップが表示されていて、クエスト、情報、ラジオ、そしてメールというタブが画面下に揃っていた。
クエストを指で突いて開いた。
『フランメリアへ向かうべし』
というクエストが一つだけ表示された。
説明文はなく、チェックを入れるとマップ画面に切り替わって、クエストを達成するためのマーカーと遠い道のりが浮き出てきた。
DEATHVEGASだのBoneToothだのと穏やかでもまろやかでもない場所の名前が表示されたマップの中で、かなり離れた場所にある――ハーバーダムと繋がっているコラルド川(もっともこの世界じゃ枯れてはいるが)をひたすら南下した先にマーカーが置かれている
デイビッド・ダムという場所だ。俺は今からそこに辿り着かないとダメらしい。
記憶が正しければゲームの中ではそこはハーバーダムと同じように核シェルターとして使われていたはずだ。
いや……本当に行くにしてもそもそも滅茶苦茶遠いし、あんな『こんにちは、死ね!』と躊躇も無く散弾銃で頭を吹き飛ばしてくるヒャッハーな連中が徘徊する世界だ。
それを一人で走破するなんて絶対に無理。出来るわけがない。
情報タブを開けばPDAの画面に一件だけ『PDIY1500をお買い上げいただきありがとうございます!』という項目があったので開く。
貴方の生活をアシストし円滑なコミュニティツールとしての機能を云々……別にどうだっていいのでメールのタブを開いた。
……メールが来ている。
件名は『いらっしゃいますか!?』だ。
このゲームの世界のどこのどいつが俺にメールを送ったんだろうか。
確かあのゲームの中じゃPDIY1500を持つ親しくなったNPCが送ってくるはずだけど――。
「……!? これって……まさか……」
メールの送信者を目にした直後、俺は思わず目を疑ってしまった。
誰もいない空間にたった独りの言葉を吐き出してしまう。
俺が良く知っていて、絶対に忘れないと誓った名前。『ミセリコルデ』だ。
そうだ、相棒である短剣の精霊の名前――ミコだ!!
>『ご主人様、大変なことになりました! 良く分からないんだけどプレイヤーの人達がこの世界にやって来て、訳も分からずみんなパニックになってます! ミコも完全混乱状態です! 今何処にいますか!? ご無事ですか!? 返事待ってます!!』
本文を開くと、見覚えのあるメッセージが緑色の文字で表示された。
皮肉にもこれが夢だとか言う迷いはすっぱり切り捨てられてしまった。
あのPDA越しに聞こえてきた女性の声も本当で、俺は本当にゲームの中にいるんだと……少しずつだけど、これでようやく飲み込めた。
だけど何よりこんな状況で、あのミコからメッセージが送られてくるのはとても嬉しい。
色々な考えが吹っ飛んでしまった。すぐにメッセージを送り返すことにした。
>>『俺だ、112だ。今良く分からない状況になってて、なんていえばいいのか……とにかく別のゲームの世界にきてる。でも無事だ』
少しでも早くミコに自分の置かれている状況を伝えたくてたまらなく、慌ててPDAの画面に出てきたキーボードでメッセージを書いた。
件名にも念のため『大丈夫だ』と書き添えて送信。
これでひとまずは伝わるはず――なんて考えていたら。
*ERROR422*
……エラーが出た。
そんな警告の文字が緑に点滅して一瞬目を疑った。メッセージ送信は不発に終わった。
が、俺はしつこい男だ。懲りずにもう一度さっきと同じ文章で送信。
*ERROR422*
何がエラーだクソッタレ!!
422だかなんだか知らないけど折角書いたメッセージが良く分からないエラーで送れないってなんだ、ふざけるな!!
思わず手にしていたPDIY1500を開いたままの入り口に目掛けてぶん投げる。
が、途中で消えた。
放物線を描いて空を飛んでいたPDAがいきなり消えてしまったのだ。
そのまま地面に落下するならともかく、途中で消えるって言うのはどういうことなんだろうか?
思わずベッドから立ち上がって自分の投げたそれを探そうとするものの、ふと自分の片手に何かを握っている感触がして。
*HURRAH! HURRAH!*
いつの間にかそれは手元に戻っていた。
しかも自分はしっかりとそれを無意識のうちに握っている。
それだけならまだしも、勝手にラジオのタブが開いていて勇ましい男達の叫びが行進曲と一緒に流れてきた。
まるで自らの凱旋を得意げにアピールするような大音量の行進曲は部屋一杯に鳴り響いている。
うるさくてたまらないので音量調節で消えない程度のボリュームに抑えてやると、勇ましい曲はかすかに聞こえる程度に静まった。
*Huurah……Huurah……*
もう1度ベッドの上に座りなおす。
そしてPDAを自分の側に置いてため息をつく。
一体これからどうすればいいんだろう。そんな先行きが見えない不安しかここには残っていなかった。
「……ああ、分かったよ。行けばいいんだろ?」
上等だ。それなら外に出てやるさ。




