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モンスターガールズオンライン!  作者: ウィル・テネブリス
モンスターガールズオンラインへ!
49/96

機械と魔法が攻めてきたぞ!

気がついたらPVがいっぱい増えていました、読んでくれてありがとうございます…!!

「あ……? なんだよこれ……? でかい鏡……?」


 プレイヤーの誰かが目の前に向かってそう言った。声はぶるぶると震えていた。

 至る場所に落ちてきた巨大な何かはまるで巨大な鏡であった。

 マナの線が複雑な回路を描いてぐるりと六角形に一周するような石壁の中に、不気味に波打つなかば半透明の海が広がっていた。


 遮られた道の向こうをほのかに映すそれは、もし例えるなら水面だ。

 それを水面と見立てるのならば、その中央に石を投げこんだあとのようにじんわりと、絶え間なく、大きな波紋がとくんと広がっていた。

 そしてそこには慌てふためくプレイヤーやヒロインたちの姿がうっすらと映されている。

 だから遠目で見ればそれは、大きな鏡のように見えるのかもしれない。


「あ、は、ははは……もう訳わかんねーや……。これ夢? そうだよね? 夢じゃなきゃこんなこと、起きるはずがないもんな……!?」

「いい加減にしてくれよ、もう……いやだ! 帰る! 俺は帰るからな!! こんなところにいられるか!」


 歓楽街の通りの何処かで、また誰かが喚いた。

 するとつられて近くにいたプレイヤーたちも、遅れて周囲のヒロインたちも、各々に取り乱しながらもその場から離れようとする。

 それがきっかけで停滞していた人々はわっと動き出した。

 前ではなく後ろへと、壁と堀に守られた城に向かって進み出す。


「くそっ! 人が一杯で通れないぞ!」

「おい押すな! 俺が先だ! どけどけ!」


 倒れてしまえば誰かに踏まれ、助けを求めれば無視され、誰もかれもが我先にと一目散に逃げていく。


「こっちだ! 隙間があいてる! ここ通っていけばいけるはずだ! 急げ!」

「あっちはダメだ! あのでかい鏡みたいな奴の隙間にいくぞ! あっちにいくよりは大分マトモだ!」

「ま、まってくださいご主人さま! おいてかないでくださーい!!」

「うるさいな! 今それどころじゃないんだよ! 邪魔だ邪魔だ!」


 ぞろぞろと忙しく巨大な『鏡】から退こうとする者達に反して、あえてそれの両隅に生じた隙間に目掛けて走る者もいた。

 それは賢い選択だったのかもしれない。

 スムーズにその場から抜け出すことが出来る。

 外を目指して逃げれば内に逃げるよりはずっと安全なはず。


「はぁ……はぁ……っ! 畜生、こんなことならちゃんと運動したほうが良かった――!!」


 流れに逆らう者たちの一人が息を切らしながら人ごみを()き分けて隙間へと近づいていく。

 皮鎧にデフォルトの衣装を着た少年(プレイヤー)だ。

 一番乗りで辿り着いた彼はさっさとその場をすり抜けてしまおうと大きく駆け込んだ。

 大きさは大人が一人分通れるほどだ。

 この巨大な『鏡』はそれだけ地面に深く食い込み、歓楽街の建物を潰したということなのだろう。


 ――だが、誰よりも早く逃げられたはずの彼に『それ』は待ち構えていた。


 それは一体何処からなのか?

 少し遠くか、近くからか、何本もの矢ががひゅひゅんと空気を裂いて、吸い込まれるようにすんなりと少年に当たった。

 頭と、胸と、腹に。

 数える間もなく次々とそれは彼の体を貫いた。或いは、深々と突き刺さったまま体内に留まった。


「かふっ……!」


 隙間に辿り着く前に大きくよろめいて転んだ。

 辛うじて地面に両手を突き出して倒れまいとしていた。

 そこへ駄目押しとばかりに、かひゅんと何かが飛んできた。


「おっ……なに……こっっ」


 頭に当たった、太い矢が綺麗に額を貫いた。骨をも貫いている事は明らかだ。

 そこでようやく力尽きて、べったりと少年(プレイヤー)は倒れた。

 そしてすぐに身体が白く明るく『崩壊』を始める。

 太矢に貫かれた頭が頂点からぼろぼろと崩壊を始めて、砂のように小さな光の欠片に変わっていく。

 頭部を失った首から下すらも同じように解けていった。

 そのまま胴も腕も足すらも消えて……最後は真っ白な粒となって解けてしまった。


「は、ひっ……!? え? し……死んだ……!?」

「今、矢が刺さったぞ!? 人が殺されて……消えた!?。」


 後に続く者たちは立ち止まった。

 目の前で起きた一瞬の出来事に理解できず、足も心も止まってしまう。

 そこへ横から声が挟まる。


「【ブレイズ、ボール】……!!」


 酷く低く、猛獣の唸り声のような質の悪い声でそれは唱えられた。

 モンスターガールズオンラインというゲームの中に存在する攻撃魔法の一つ。

 魔法職であれば使い勝手の良い地味な中級魔法、と認識するに違いない。


 そしてすぐに、何処かから歪な炎の塊が飛び出してきた。

 足元にどろりと解けそうな炎が着弾すると、ぶくりと爆ぜて、周囲に火を派手に撒き散らしていく。

 炎が彼らの目前で燃え広がったのだ。

 皮鎧を、衣服を燃やして(またた)()に彼らを火達磨に変えた。


「ぎぃッやああああああああ、あ、ああ、あああぁぁぁぁぁぁ――――ッ!?」


 炎に焼かれながらごろごろと人ごみの中でのたうち回ったあと、真っ白な光に分解されていく。

 矢に、炎に、死体、ただでさえ混乱の極みに置かれたその中で、それはようやく姿を現していった。


「ハッハハーーーッ! 狩リノ時間ダァ! 準備ハイイカ、野郎ドモォ! 我ラ、黒オークノ隊ガ一番槍ダァ! 他ノ魔物タチニ先ヲ越サレルナヨォッ!」


 巨大な鏡のゆらめく中から、剣の付いた杖を持った豚のような大男が愉快そうに飛び出してきた。

 誰が一目見ても硬そうに見える黒い体毛で覆われた巨体は並大抵の成人男性よりは大きい。

 しかしぎっしりとした筋肉が屈強な身体のラインをそこに作っている。


『イーッヤッハァァーー!! 殺セ!殺セ!殺セ!!』

『スールレイヤ、バンザイ!』

『パイク隊、進ンデヤツラヲ押シ潰セ! コノママ街ノ広場マデ押シ込メ! 迅速ニ動イテ隙ヲ作ルナ!!』


 それに続いて似たような身体のつくりの――それでいて杖を持った豚男よりは一回り小さな怪物たちがぞろぞろと『鏡』の中から飛び出してきた。

 大体が鎖で編んだ鎧を着込み、長弓(ロングボウ)を持った者、(クロスボウ)を構える者、四メートル以上はあろう長槍(パイク)を握る者、とにかく様々な武器を携えた集団である。

 それはモンスターガールズオンラインではありきたりともいわれたはずの敵、オークだった。

 武装もあり、規律もある彼らは魔法の国の首都の地に降り立ち、すぐに行動を始めていく。


「放テェーッ!!」


 その先頭で杖を振りかざした大豚男の声が高らかに響くと、オーク達が一糸乱れぬ動きでずらりと横一列に並んで、長弓に矢を番えた。

 少しの間を置いて発射準備が整った。斜め上に目掛けて矢が一斉に放たれる。

 同時に弓兵の列が一歩後退する。

 すぐに代わりに(クロスボウ)を構えた列と入れ替わり、それと同時に水平に放っていく。


「ぎゃっ!!」

「い、たぁぁぁぁ!?」

「や、やめろやめてくれえええぐあっ!?」

「に、逃げろ! 後ろから撃たれてるぞぉぉぉぉッ!」


 当然、その先にいたプレイヤーとヒロインたちの背中にそれが大雨となって降って行くのである。

 圧倒的な矢の弾幕に晒された者たちがバタバタと倒れていく。

 その上を槍を真っ直ぐに構えて姿勢を低くしたオーク達が歩幅をあわせてずんずん進んでいった。


「うっうわあああああああああああ!?」

「オークが、オークが攻めてきてるぞォォォ!」

「いぎあああああああああっ!?」

「た、たすけ――」


 歓楽街の店から飛び出した人間が何人かそれに巻き込まれて、鋭い槍に軽々と串刺しにされる。

 無謀にもそれに向かって剣を抜いて立ち向かおうとした衛兵たちが、振り上げられた槍で頭を叩かれて潰される。

 オークたちの列の後ろから矢の雨が絶えず降ってくる。

 抵抗する手段すら持たない相手を一方的に嬲るための行進が、どんどんそこにいる者たちを奥へ奥へと追いやっていくのだ。


 ――ごおん、と大きな鐘の音が響いた。


 国の外にまで届きそうな勢いの音が何度も何度も街中に響き渡る。

 そ何度か繰り返された後、人々が逃げ戸惑う歓楽街の彼方此方からぐらぐらと音を立てて建物の壁が持ち上がった。

 そこから赤と白で組み立てられた服と白金(しろがね)の鎧を身に着けた者たち――このフランメリアに仕える兵士たちが剣や槍を持ってぞろぞろと飛び出してきたのだ。


「クソッ! 何故ここに汚らわしいオークどもがいるんだ!?」

「それに逃げ戸惑ってる彼らは……旅人と精霊たちか!? 一体何がどうなっているんだ!? どうして彼らがここに集まっている!?」

「人が邪魔で騎兵が進めないぞ! どうにかあいつらを俺達だけでも食い止めるぞ! 後続の魔法部隊と弓兵部隊と合わせて押し返せ!」

「この騒ぎだ、どこもかしこも指揮系統が混乱してる! いいか! あいつらの間合いで戦うな、防御陣形を取って戦力を削っていけ!」


 黒オークにも劣らぬ数の兵士が戦場となった歓楽街の通りへ飛び込んだ。

 槍を構えて前進する兵士の後方から雷撃の魔法が放たれオークたちの視界を奪い、建物の屋上や二階の窓から弓兵がオークの隊列に矢を放つ。


「ススメ!ススメ!トマレバオモウ壺ダ!」


 それでも亜人の行進は停まらない。

 先頭にいたリーダー格と思しき黒いオークが矢と魔法の雨を受けてもなお、怯みもせず堂々と進んでいるからであった、


「ハンッ! ヤットオデマシカァ!? オモシレェ! 正々堂々ト勝負トイコウジャネエカ! 野郎ドモ、敬意ヲ持ッテ人間ドモヲ丁重ニモテナセ!」


 オーク軍団の頭領が喜びに満ちた吼えるような声を上げると、フランメリアの兵士たちとオークたちが一斉に駆け出した。

 まだ逃げ戸惑う人々がいる通りの上で激しい鉄と肉がぶつかりあった。

 しかし、たったそれだけでこの惨状が済むはずがない。


『オオオオオオオオオォォォォォォォォォーーーーーーッ!!』


 『鏡』の生む波紋の中から更なる異形達が這い上がってくる。

 五メートルはあろう背丈をもつ一つ目の巨人が非常識なほど大きなナタを引き摺って現れる。

 出来損ないの天使を連想させる歪で羽の生えた真っ白な人間が金切り声を上げて空へと舞い上がる。

 腐乱した肉体を鎧で包んだ不死(アンデッド)の戦士。

 骨だけの身体にバラバラの武器を持ったスケルトンの部隊。

 青いマナの線をびっしりと毛に覆われた肉体に描いた犬のような人間。

 そして果てには灼熱の炎を今にも吐き散らそうと口中に蓄えているドラゴンたちが、首都の上空で獲物を狙っていた。





 ミセリコルデはログアウト状態の『112』へと送るメールを大急ぎで作成していた。


>『ご主人様、大変なことになりました! 良く分からないんだけどプレイヤーの人達がこの世界にやって来て、訳も分からずみんなパニックになってます! ミコも完全混乱状態です! 今何処にいますか!? ご無事ですか!? 返事待ってます!!』


 手馴れた手つきで作り上げた、だが内心の焦りが一杯に詰まったメッセージが送信されていく。

 いつもだったら1分もしない内にメールか『ささやき』で返事が帰ってくるはずだった。

 ところが。

 空からはドラゴンの群れが。

 壁の向こうから破壊魔法を紡ぎながら獲物を求めてやってきた死霊たちが。

 すぐ目の前には獰猛な黒オークたちになぎ倒されるフランメリア国の兵士が。

 


「に――――」


 無秩序な情報の塊となって視界一杯に飛び込んでくる惨状にミセリコルデは何かを言いかけた。

 だがすぐに行動に移った。

 きっと自分の主人は運よく巻き込まれなかったのかもしれない――そう無理に言い聞かせて。

 そして逃げ戸惑う人々の中で、無理矢理に自分を落ち着かせて。


「逃げますよっ! ムツキさん、ムネちゃん! 走って! とにかく走って!!」


 二人の手――プレイヤーのツキと、そのヒロインであるムネマチの手を取って走り出した。


「ミコが……ミコが誘導します! 死ぬ気で走って、走って走って走りまくってください! 裏路地に向かいますよ!」

「う、あ……う、うわああああああッ!!」

「ムツキ君、しっかりして! 走って!」


 ミセリコルデが走り、次にムネマチがムツキの腕を引っ張って走り出す。

 此方に向かって逃げてくる人々目掛けてあえて踏み込み、酒場『ノミヤ』から少し離れた先にある横道へとするりと入り込んでいく。

 三人が逃げ込んだ裏路地にはそれほど人はいなかった。

 たまたま迷い込んだか、或いは分かっていて逃げ込んだ人々が奥に目掛けて走っているだけだ。


「止まっちゃ駄目です! 動かないとやられちゃいます!」


 曲がり角をほぼ急カーブで転ぶように曲がって、頭上に降ってくる魔法の余波を浴びながら、三人はどんどん走り続ける。

 入り組んだ路地へ進めば進むほど道は狭くなる。

 この世のものとは思えない何かの雄叫びや、人間の悲鳴が徐々に彼女らの背中に近づいてきていた。


「はっ……はっ……! み、ミコちゃん! 何処いくの!? このまま逃げてもモンスターと鉢合わせちゃうよ!?」


 怯えて走るだけしか出来ないムツキを引っ張りながら、ムネマチは甲高い声で問いかける。


「あれっ!あれです!」


 尋ねられた彼女は走るペースを意地でも保ちながら、返事がわりとばかりに細い指で空を示した。

 そこには不気味な色の空があった。

 何枚もの『鏡』があった空には、今や獲物を求めて飛び回る怪物たちが地上を品定めしている。


「はふっ……はぁ……っ、多分、きっとですけど、この首都全体を囲むようにモンスターが出てるんです! だから、いずれあのまま中央に向かって逃げたら、それこそ逃げ場がなくなっちゃうんです!」

「そんな…っ! じゃ、じゃあ……お城のある方向に逃げた人たちって……!」

「はい……! 駄目かもしれません! でも……っ、このまま奥へ奥へ行けば、商店街のある区域につきます! そこからちょっと入り組んだ路地の先に下水道があるんです!」

「下水道って……確かダンジョンだよね!? 大丈夫なの!?」

「はいっ! ちょっと大きいし危険かもしれないけど、首都の外に出られるはずです! 少なくともここよりはずっとマシなはずですよ! ミコを信じてください!」


 踏み込むたびに揺れる桃色の髪を追って、黒髪で長身の青年と薄青色のツインテールの少女が走る、駆ける、ひたすら足を動かす。

 その途中で空から青白い矢が降ってきた。

 三人の足元に何本もの魔力の矢が降り降りてきて、中間にいたムツキの体のどこかを掠った。


「ひぃあぁつッ!?」


 首をギリギリ掠ったそれが薄皮一枚裂いていき、そこからうっすら血が流れる。

 ムツキが転びかける。だが立て直す。歯をぎりりと食い縛って、涙目になりながら意地と根性で立て直したようだ。


「ムツキ君!? 大丈夫!?」

「だ……大丈夫! 大丈夫だよ!!」

「くっ……! 上から狙われてます! 時々ジグザクに移動して避けてください! 直進するよりマシです!」


 走る。ひたすら路地を走る。

 ぶつからないように、(つまづ)いて転ばないように、空から射抜かれないようにジグザグに。

 魔法の矢が近くに落ちる、身体のすぐ側を青白い矢が過ぎっていく、背後からは絶えず人の悲鳴とオークの怒声が聞こえてくる。

 けれども三人はがむしゃらに走り続けて、歓楽街の裏路地を突破した。

 鍛冶屋や魔法道具販売店、冒険の必需品を売る雑貨屋が立ち並ぶ領域へと三人は足を踏み入れた。


 ――だが今やそこも戦場であった。


 濃い煙のようなものが彼方此方に立ち込めて視界は悪く、時折遠くから小さな炸裂音や、高位の攻撃魔法を使ったような爆音が何度も響いている。


「み、ミコちゃん……! ついたみたいだよ……! でもなんだか、すごい煙……!」

「商店街エリア……っ! まだです! このまま反対側にある路地に行きますよ!」

「……うん! ムツキ君、もうちょっとだよ! 頑張って!」

「はぁ……はぁっ……わ、分かったよ……!」


 そこに踏み込んだ途端、背後からの喧騒や空からの攻撃魔法は静かに消えていったようだ。

 かわりに三人の正面では小規模の爆発が起きたような音や、無機質な音を中心に人々の悲鳴がおぞましい声が渦を描いているようである。

 一息つく間もなくミセリコルデが再び先導しようとすると。


「おおおおおいっ! ま、まってくれー! 俺達も連れてってくれ!」


 その後ろから誰かが情けない声を上げてやってきた。

 若干ぼさっとしている短い髪に、そこに今にも泣き出しそうな若い顔立ち。

 そしてお姫様抱っこで持ち上げているハーピーの女の子という混沌とした格好をしている。


「いっったあああああっ! ちょっと! 急に止まらないでよ! 足に矢が刺さってんのよ!?」


 彼女は真っ赤な髪にサイドテールで、普段なら強気そうな顔は歪んでツリ気味の目は潤んでいた。

 だが片方の腕――厳密に言えば片翼がぽっきりと折れている。

 しかも人間的な部分である肌色の太腿には矢が突き刺さったままだ。

 そんな彼女は痛そう、というよりは随分恨めしそうな顔で上空を睨んでいたが。


「あんたたち、逃げ道だとか、下水道がどうこういってただろ!? ひょっとして安全な場所があんのか!?」

「ここよりマシ程度ですがあります! 付いてくるならしっかり付いてきてください!」

「ありがとう! 俺はカズヤだ! こっちの怪我してるアホ鳥はアイリ!」

「誰がアホ鳥よ……いったあ……! く、くっそ~! カズヤと一緒に飛んで逃げようとしたら、片腕やられちゃったし……! あのドラゴンめー……今度あったらぶっ潰して焼いて食べてやるぅ!」

「そんなこと言ってる場合かよ!? ていうか俺を持ち運べるわけないだろ!? なんであんなバカな真似するんだよ!」

「アンタが転んで『俺のことは置いて逃げろ!』とかカッコつけるからでしょ!? あんたこそバカじゃない! バーカバーカ! ドM童貞カズヤ!」

「はああ!? お前だって『アンタを置いてくなんてハーピー失格よ!』とかカッコつけてたくせに体当たり食らってたじゃねーか! お前のほうがもっとバカだばーかばーか! 耳年増! つるぺたちっぱいまないた!」

「お二人さん! 言い争ってる暇はないですよ! ミコについてきてください!」


 三人の前でなんとか追いついた一人と一匹の下らない言い争いが始まる。

 そのままミセリコルデが呆れて煙の中へと突っ込もうとすると。


「ま、まってえええええ! 逃げるなら俺達も連れてってくれえええ!」

「わ、私も! おいてかないでえええええッ!」

「はあ、はあ、はあっ! 逃げ道があるって!? おじさんたちにも教えてくれないかなー!?」


 運よく生き延びてきたであろうプレイヤーやヒロインたちがぞろぞろとやってきた。

 ぞろぞろと、といっても二十人か、それより少し上かという程度だが。

 年齢も見てくれも種族もバラバラ、そういった集団がいつ会話を耳にしたのかやってきたらしい。


「ああああもう! とにかくミコについてきてください! もうこっから死ぬ気で走りますよ、早くしないと置いてきますからね!?」

「お、おう! 行くぞアイリ! しっかり捕まってんだぞ!」

「分かってるわよ! 振り落としたりでもしたら一生呪ってやるんだからね!?」

「はいムツキ君、これで押さえてて? ……服が血でべたべただよ」

「うん……大分、落ち着いたよ……ほんとにありがとう、ムネマチさん」

「……ごめんよ、イングリッド。おじさん、みんなを見捨ててきちゃった」

「……ううん、おじさんは悪くないです。だからそんな悲しそうな顔しないで下さい。今はひとまず生き延びましょう?」


 各々が準備を整えて、少しばかり静まった路地の中から何人かがそっと通りの方を覗き見た。

 濃い煙が相変らず辺りを覆っている。

 その時、遠くからぱぱぱぱ、と乾いた音が連続して響き渡った。

 続いてどごん、とずっしりした炸裂音が一回、二回、三回。


*照準システム破損! 照準システム破損!*


 そうすると煙の中から機械的な声が響く。

 別の方向から爆音も響いた。空に向かって吐き出すような重苦しい音――まるで何かの発射音のようなそれが響いた直後、煙に包まれた地面に大きなドラゴンが落ちてきた。

 生存者たちの目の前にオレンジ色の巨体がたたきつけられ、ぐしゃりと音を立てて潰れた。

 シンボルともいえる翼に無数の大きな穴が空いている。

 喉元や頭にも小さな硬貨ほどの穴がぽつぽつ生じていて、それが死因だと物語っていた。


「なっ……なんだありゃ!?」


 通りの様子を見ていた一人が空気を読まずにいきなり喚き散らした。

 そこにいた誰もが、空気を読まずに大声を上げる誰かに食いかかろうとしたのはいうまでもない。

 煙の中から何かがぎゅらぎゅらと重低音を響かせていた。


「あれは……せ、戦車か!? 」


 続けざまにその誰かが興奮気味にそう言った。


 *暴動鎮圧! 暴動鎮圧! 補助照準作動中! くたばれ人類ども!*


 濃い煙の中から真っ黒なボディに身を包んだ――六つのタイヤを備えて、旋回する砲塔を中央に添えた機械の塊が墜落したドラゴンを踏みにじっていたのである。

 当然、モンスターガールズオンラインにはそのような敵は存在しない。

 そこにいる誰もがそうだと理解していた。


 *暴徒を発見! 根絶せよ!*


 煙の向こうから砲塔に詰め込んだセンサーが反応、赤く発光する。

 砲塔がくるりとスムーズに回転。そして音のした方向目掛けて照準をあわせて発射。

 戦車の砲から重い炸裂音が発射ガスと一緒に外に漏れた。

 ばらばらっと建物が砕ける硬い音と、戦車の中からがこんと無機質に弾を装填する音だけが響いた。


「ねえ……。あれ……戦車……だよね?」

「うん、戦車……っていうのかな、でもMGOって……あんなの出なかったよね?」

「ゲームの中に転移して、化け物が現れて、今度は戦車ぁ……? 一体どうなってんだよぉ……」

「で、でもカズヤ……あの戦車、化け物を撃ってない? ドラゴンだってきっとアレにやられたんだわ。ってことは……助けに来てくれたのかも!」


 生存者たちのすぐ目の前でそれはまたくるりと砲塔を反対側に翻す。

 続けざまに何処かに狙いを定めると、ぱぱぱぱ、と短い連射――砲身に取り付けていた機関銃が何かに向けて放たれた。


 *暴徒を一名排除。射殺の正当性あり*


 薄くなっていく煙の中で何かがどさりと倒れた。

 標準的な子供よりは一回りは大きい、緑色の皮膚と筋肉質な身体を持ったゴブリンだ。


「おおーい! 助けてくれ!」


 そんな光景を見て一体何が嬉しかったのか。

 隠れていた誰かがたまらず飛び出して、黒い戦車に向かって無防備に近づいていった。


「おっ……俺も行こう! こっちだ! 助けてくれー!」

「た、助かった! きっと救援がきてくれたんだ!」


 生存者の一部が咄嗟にそれについていこうとしてしまう。

 だが、ミセリコルデがびっと腕を横に突き出して制止すると。


「まさか俺たちを助けにきてくれたのか!? 早く助けてくれよ! ゲームの中に来ちゃうわ人は死ぬわでもう頭がおかしくなりそうで――」


 戦車のセンサーが彼を探知したようだ。

 そして坦々と、砲塔が回転してすぐにその先端が無謀な誰かに向けられた。


 *暴徒を感知、根絶せよ!*


 電子的な声がすると男は無言で背を向けて、ミセリコルデたちのいる路地へと逃げ込もうとした。

 しかし黒い戦車は彼の背中に大雑把に照準をあわせると、躊躇うこともなく砲を放った。


「くぶぁッ!!」


 腹の奥から絞り上げるような低い声を断末魔として彼は『穴ぼこ』になってしまう。

 それは巨大な散弾で、男はふくらはぎから顔まで文字通り『穴だらけ』になって倒れた。

 誰が見ても即死である。

 無残に殺された男はしばらく無様な姿を見せつけて、何の脈絡もなくポツリと姿を消していった。


 *暴徒を一名排除。射殺の正当性あり*


 やがて戦車はモンスターや人間の死体を踏み潰しながらも街の中央を目指して消えた。


 *敵歩兵部隊を感知、対地掃射任務続行中*

 *他国の航空兵器を再び感知、対空任務開始*

 *犯罪者を探索中。市民の皆様、車上荒らしには気を付けてください*

 *農場を荒らすことは重罪です。どのような理由であれ見つけ次第射殺します*


 そのあとに続くように履帯(りたい)を装着して四門の大きな機関銃を角のように生やした戦車が。

 ハリネズミのように機銃を備え付け、地鳴りのような音を響かせて宙に浮かんでいる戦車が。

 様々な兵器が、綺麗な一列を作って生存者達にその姿を見せつけては遠ざかっていく。

 立ち込める濃い煙が消えた頃、生存者たちのいる商店街は全てが死んだように静まり返っていた。


「……おいおいおいおい、なんだぁ、ありゃ……?」


 去っていく謎の兵器の後姿をおそるおそる見届けながら、カズヤが言った。


「……さあ、なんだろうね。でも……少なくとも今がチャンスだと思うよ、おじさんは」


 百鬼夜行ならぬ()()()()が終わると、金髪の中年男性もぽつりと言った。

 門への道を塞ぐように現れた『鏡』は流れ弾を受けたのか根元から折れるように倒れている。

 無差別攻撃を受けたのか、穴だらけだったり体を踏み潰されたりする怪物たちが積み重なっていた。

 ボコボコに殴られて(へこ)んだり、鋭い何かで中枢部を貫かれたような状態の戦車が残骸として残っていたりもしている。

 総じて、そこには無差別な破壊の跡と無数の死が転がっていたのである。


「……何が起きてるかさっぱりですけど、今がチャンスです。皆さん、行きましょう!」

「……よ、よかった……のかな? みんな、大丈夫?」

「あ、あはは……なんか僕、すごく怖かったのに吹っ切れちゃった……はぁ……。何でこんな目にあってるんだろう」

「ははっ、あんた背がでかいくせに小心者だなぁ。俺なんかアドレナリンずっと出てるし、もうこれから何があっても驚けねーわ。アイリ、痛くないか?」

「すごく痛いわよ……。足も泣きそうなほど痛いし……。でもあんたが胸のこというからどうでもよくなったわ。無事に脱出したら覚えてなさいよー?」

「ははは、みんな元気だね。元気な男の子の姿を見てると、おじさんまで元気になっちゃうよ」

「おじさん、こんな切羽詰った状況で男の人をいやらしく見るのはやめてください。キモすぎます」


 謎の兵器のおかげか会話をする余裕ができていて、少しずつ生存者たちの間に明るさが戻っていた。

 途中、彼女らは化け者達に襲われた店から使えそうなものを拝借して簡単な準備を済ませた。

 怪我人の簡単な治療と、お世辞にも質が良いとは言えない装備を手にして下水道へと向かっていく。


「よーし……武器も手に入ったしいくかー! 鈍器使いカズヤ復活だぜ!」

「ふー……、進むときは怪我人を挟んで守るようにして移動するよ。この様子じゃ下水道もヤバそうだからね」

「まかせてください、おじさん。こんな状況ですけどみんなで絶対に生き延びましょう!」

「ぼ、ぼくこういうの持つの初めてなんだけど……大丈夫かな」

「ムツキくん、無理はしちゃだめだからね? 危なくなったら私に任せて」


 首都の彼方此方では怪物たちに交じって聞こえている。

 きっと未だに彼方此方でおぞましい惨劇が続いているのだろう。


「……あっ!」


 ひとまず作り上げた即席のパーティーをまとめるべく、出発前に小休止も兼ねて物思いに(ふけ)っていたミセリコルデの目前で小さなウィンドウが現れた。

 メールの着信のお知らせだった。

 心当たりのある彼女は飼い主が帰ってきた犬のように忙しくそれを開いていく。


>>『俺だ、112だ。今良く分からない状況になってて、なんていえばいいのか……とにかく別のゲームの世界にきてる。でも無事だ』


 それは良いのか悪いのか迷うところではあるが、ひとまずミセリコルデは喜んだ。

 見る限り恐らく自分たちと同じ状況なのか、しかし別のゲームの世界というのが理解できない。

 ともあれ、自分の主人がまだ生きている。そう分かっただけで随分と安心が出来た。

 思わずミセリコルデは半べそをかきながらも胸を撫で下ろした。


>『ご主人様、今ミコ達は商店街の裏通りで脱出の準備をしてます。今何処ですか? もし近くにいるならミコがすぐ迎えにいきますから、無理しないでじっとしててください。絶対に死なないで下さいね。ミコ、ご主人様がいないとさびしくて死んじゃいます』


 興奮を抑えきれぬまま彼女はすぐに返事を書いて送った。

 だがその返事は送信した直後に返ってきてしまう。


*そのキャラクターは存在しません。*


 エラーを示すメッセージが点滅し、強調されて彼女の目の前に広がった。

 このタイミングでいえば、それは対象が死んでしまったということになるのだろうか。


「……え? 嘘……なんで……?」


 何かの間違いだ、と普段なら笑い飛ばしていたに違いない。

 けれども彼女はそう思うことが出来なかった。

 それでも彼女はメールのウィンドウを消して、空中でフレンドリストを開いた。

 リストにはムツキたちはもちろん、今まで知り合った友人たちの名前がまばらに表示されていた。

 だが一目で分かるほどに『112』という名前の人物が綺麗に消えていた。


「ミコのご主人様……死んじゃったの……?」


 そこに書いてあったという名残も残さずに。




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