*45* めしや
店の中で俺たちを待ち受けていたのはおいしそうな匂いだった。
香辛料を効かせて焼いた肉や魚の匂い。
パンが焼かれたときに出るようなふんわりとした香ばしい香り。
匂いを嗅ぐと異常な事態に巻き込まれてからの食生活が何故か蘇ってくる。
最初はトマトと麺がぐちゃぐちゃになった軍用糧食から始まって、途中でオークや鹿の肉で作られた肉料理を挟んで、ラストはまた軍用糧食。
果たしてこの世界はちゃんとしたものが出るんだろうか――いや、モンスターガールズオンラインのことだから問題ないと思う。
何故ならこのゲームはやたらと料理の種類が多いからだ。
和洋中問わずお構いなしに料理のレシピが存在していて、それはまさに『もやし炒めからドラゴン肉料理まで』といわれるほどのバリエーション。
お好みであればゾンビ狼から腐る寸前の肉を剥いでステーキにすることから巨大サソリのマリネなんてものまで作れる始末だ。
しかもそれら一つ一つにちゃんと効果が設定されていて、調理者の『料理スキル』によって品質や効果も変わるのがまた面白い。
そしてヒロインたちはそんな食べ物をゲームの中で味わうことの出来る特別な存在だった。
良くミコが「味はするけどお腹は膨れませんよ」とゲーム内でハイカロリー系な料理を食べる様子を見せ付けてきたのを覚えている。
「……いらっしゃい」
店に入ると料理の香りに続いてぶっきらぼうな低い声が飛んできた。
中はそれなりに綺麗だ。
あくまでそれなりに。
店内は気にならない程度の明るさで、名前の割にはごく普通の木製のテーブルや椅子が規則正しく置かれている。
その中でテーブルを囲って楽しそうに会話を弾ませながら料理を食べる人たちが見えた。
そこには俺と同じくらいの年齢の若い男が三人いた。多分プレイヤーだ。
服装は……ありふれたズボンやシャツの上に皮防具を取り付けたような、いわゆる【初心者』と認識されるるようなものだ。
『……おい、あいつ』
『なっ……まさかラーベか……?』
『おいおい……銃なんて持ってるぞ、あいつ』
すると魚のフライを切り分けていた一人が俺の存在に気づいて何やら指を指し始めた。
やっぱり俺は誰から見ても違和感の塊なんだろうか?
横から挟まってくる視線を意識しないようにしていると、
「客か。ようこそ女騎士と卑劣なオーク亭へ」
俺たちの目の前にすたすたとウェイトレス――じゃない何かがやってきた。
冷徹を表した顔立ちで目つきが鋭く、健康的な色合いをした褐色肌に長い耳。
俺の記憶が正しければ目の前にいる女性はダークエルフという種族だ。
ただし衣装はウェイトレス衣装に軽鎧のパーツをぶち込んだせいでごてごてしている。
「はろー、ご飯食べに来たよ」
その横から砕けた感じのリクの声が割り込むと。
「……なんだ、リク殿にイングリッドか。今日は随分と変わった人間を二人も連れてきているな。まさか盗賊か?」
きっ、と一際鋭く研がれた視線が俺に向けられた。
しかしなんでだろう、声にちょっとだけ期待感が篭っている感じがする。
「賊じゃないよ。おじさんたちを助けてくれた恩人だよ。」
「誰が盗賊だコラ」
ダークエルフは俺が賊じゃないと知るなりがっかりした様子で、
「……なんだ、賊じゃないのか。まあいい、四名だな? お前達は奥の方のテーブルに座っているといい。今メニューと水を持ってくる」
がしゃがしゃと鎧から音を立てて去っていった。
誰だこんなやつを雇ったの。
色々と思うところはあるけど堪えることにして、移動を始めたリクについていくと。
俺は信じられないものを見てしまった。
「……おい、リク。あれ……」
「ん? どうしたんだい?」
厨房の中は何処からでも見えるオープンな構造になっていた。
遠くから見ても一目で分かるほど清潔で整った環境で、そこから料理の香りが漂っている。
が、その中に立っていたのは。
「……ふん、誰かと思えばフィデリテの頭か。よく来たな」
「やあメシヤさん、ごはん食べに来たよ」
俺の目が腐ってなければそこにオークが立っている。
赤褐色のシャツの上にエプロンを着たオークが、奥で煙草をふかしながら料理を作っている。
さっき見たオークの騎兵をもう少し丸くして筋肉質にした感じの見た目だ。
石のように固い表情のまま、二本の包丁で手際よくタマネギをざくざく刻んでいる。
「オークが料理してないか?」
「ああ、あの人は店長だよ。無口だけど腕は最高さ」
「そうか………」
オークがボウルに刻んだタマネギをさっと入れるのを見届けながら、無言で席についた。
「サンディ、弾抜いとけ」
「……うい」
ずっと下げていた銃を降ろすと肩が一気に楽になった。
弾倉は抜いてボルトを引いて薬室の中にある一発も抜いた。
サンディも手馴れた手つきで安全装置をかけてボルトを引ききってから、壁にそれを立てかけた。
これで武装解除だ。
「ふっ、待たせたな。メニューはこちらだ、注文が決まったら私に声を掛けるが良い」
そこへ凛々しい声がしたかと思うと水とメニューが出てきた。
ちゃんと読める文字で色々な料理の名前が書かれている。
見る限りどれもこれも洋食だ。
真っ白な紙の上にやたらと川魚を使った料理が並んでいる。
メニューの中で可愛らしくデフォルメされたエルフの姿がオススメの料理を剣先で示している。
「何この店」
なんだかもう色々と抑えきれずにメニューを見ながらそう一言。
ひょっとしたら俺は世紀末な世界よりもやばい世界に来てしまったんじゃないかという微かな不安を覚え始めていた。
「NPC……まあNPCといっても今じゃおじさんたちと同じように感情もあるんだけど、この世界の住人がやってる料理店だね。店主はメシヤさんっていうオークだよ。」
リクの方を見るとゲーム内で見たウィンドウのようなものを宙に浮かばせていて。
「メシヤじゃねえ。メシアだ。」
その横からとても男らしい低い声が通り過ぎた気がした。
はっと声のしたほうを向いて見るとでかい背中をこちらに向けているオークの姿が見えた。
「……なあ、俺はこの世界に来たばっかりで良く状況が理解できてないんだけど……この世界は今どうなってるんだ?」
とりあえずメニューに目をやりながら、俺はとにかく一番知りたかった情報について尋ねた。
一度、メニューのことはおいてリクの方へ目を向けると、
「……そうだね、まずプレイヤーがこの世界に来てしまった、ってところから話そうかな?」
目の前に浮かべていたウィンドウを指先で弄りながらも真面目な顔をしていた。
その隣で座っていたイングリッドも今までの倍ほどは真面目な顔つきになっている。
唯一例外なのはこくこくとマイペースに水を飲んでいるサンディだ。
「教えてくれ。あの時、何があったんだ?」
コップの水を飲み干した。おいしい水で、喉と胃がきりりと冷えて気持ちいい。
「ゲームをしていたら突然「助けて」って聞こえて目の前が真っ暗になって、気がつけばおじさんや他のプレイヤー……そしてこのゲームの醍醐味であるヒロインたちがゲームの中に放り込まれていたんだ。いいや、ゲームに酷く似た世界といったほうがいいかもね」
早速、話してくれた相手の顔は少しだけ苦くなっていた。
言葉に少し落ち着きがなくて、さっきまでは和やかだったはずの空気が僅かに重くなった気がした。
「そうか、やっぱりみんな……ゲームの中に来てしまったのか」
……いや、俺だって今まであったことはあんまり思い出したくない。
多分それと同じで、リクにも何か悪い事があったに違いない。
俺は頷いて話の続きを促した。
「じゃあ……ヒロインたちはどうなってるんだ?」
今度はリクの隣にいる生真面目をこじらせたようなヒロインを見た。
「……イチさんなら当然ご存知かと思いますが、私たちは人工知能(AI)で組み立てられた存在です」
「ああ、良く知ってる」
「……でも、私たちがこの事件に巻き込まれたことによって大変な変化が生じました。人工知能として定められていたルールから開放されて、より一層人間に近づいてしまったんです」
人間に近づいた? どういうことだ?
「……人間に近づいたって?」
イングリッドをよーく見れば、何と言えばいいのか困ってるとばかりの表情がそこに浮かんでいる。
「はい。どう説明すればいいのか……とにかく、もう私たちは人工知能ではないんです」
「つまりヒロインたちはプログラム上の存在じゃなく、人間に限りなく近い存在としてこの世界に来てしまったってことだね。おじさんたちみたいに食欲も睡眠欲も性欲も必要とするし、モンスターガールズオンラインの中のように運営やプレイヤーに不利益を生じさせないように設定した規制も外れて、こうして生命を与えられた……といえばわかるかな」
「っておじさん!? さらっと性欲とか混ぜないで下さい!」
「大丈夫だよ、おじさん性欲を向けるのは男の人だって誓ってるから。かわいいイングリッドには手は出さないとも誓ってるあるからね。大丈夫」
「何を誓ってるんですかおじさん!? そんなねっとりとした目でイチさんを見ないで下さい!」
「……飯食いに来たのにねっとりとかいうなよ、頼むから」
つまりこういうことか。
俺たちプレイヤーはこの世界に連れてこられてしまったぞと。
そしてヒロインたちは『なんということだ!奇跡の力でAIから生物になってしまった!』と。
ということはミコがプログラム上じゃなく本当に生きているのか。
このイングリッドみたいに、人のように意思をもって実際に歩き回って声を出して喋るわけだ。
「……信じられないな」
「そうかもね。ヒロインの子たちも最初はかなり戸惑ってたし、うまくなりきれなくて苦しんでる子も沢山いるしね」
……少し考えたら何だか楽しみ半分、恐ろしさ半分のイメージが浮かんだ。
あのテンションとキャラ性が実際に存在していたとして果たして俺は耐えられるのか。
「でも……自我と生命を与えられたのはプレイヤーと一緒にこの世界に呼ばれたヒロインだけじゃなかったのさ」
リクがくるっと厨房の方を覗いた。
つられて同じ方向を向けば、鎧とウェイトレス衣装の合体事故を起こしたダークエルフと、タバコを吸いつつ手際よく料理中のオークの姿がある。
「NPCも、ってことか?」
「そういうことさ。おじさんからのアドバイスだけど、NPCだなんて考えずにこの世界の住人、と割り切った方が幸せになれるよ」
厨房の方からぱちぱちと揚げ物を作る音が聞こえてきた。
それからリクが思い出したようにメニューと向かい合って、
「おっと、おじさんはクラングル風カルボナーラにしようかな。それからポトフとあげじゃがも頼もうか、みんなで丁度良くシェアできる量だし」
そこに書かれていた料理を選び始めたので俺もいい加減に選ぶことにした。
白身魚のフライに……黒パン、これにしよう。
ぱっと見てすぐに注文を決めると、
「それから……イチさんはこの街に来たときにやたらと女の子が多いと思いませんでしたか?」
イングリッドが尋ねてきた。
言われてみれば確かに、女の子だらけだった気がする。
「確かにそうだったな。男がほぼ見えなかったっていうか……」
「水の補給だ。受け取れっ」
「ああどうも」
あの女の子だらけの空間を思い出しているとウェイトレス騎士がコップに水を注いでくれた。
一口水を飲もうとすると、イングリッドが困った顔を浮かべていて。
「……いわゆる野良の子たちもみんなこの世界に来てるんです」
「……なんだって?」
その口から『野良』という単語が出てきたせいで、唇を湿らす程度に終わった。
プレイヤーたちに見捨てられるような形で増え続けたヒロインたちのことだ。
野良ヒロインは規制がかかるまでかなりの数が作られて、実際ぞんざいに扱われていた。
歯止めがかかるもそのころには手遅れで『人工知能をペットのように扱っていいのか?』という問題も社会に浮かび上がってたのも良く覚えてる。
「それだけならまだいいのですが……中にはプレイヤーに見捨てられたことを恨んでいる子や、他人を襲う子も出始めています」
とても明るくない話題を聞いてしまった。
いくら人工知能とはいえ、ベースは人間の思考なのだから妬んだり悲しんだりするわけか。
「つまり、プレイヤーにヒロイン、そして野良ヒロインってことか。複雑だなこりゃ」
「この状況では【野良】ヒロインの問題は深刻になっていますね……。あっ私はグラタンで!」
【野良ヒロイン】というと保健所にぶち込まれた動物だとかそういうイメージが湧くかもしれない。
だけど実際は違って、つかえるべき主もいないからプレイヤーのように遊んでいる子も沢山いた。
ミコは野良のヒロインと仲良くなっていたし……ムツキのギルドにもそういう子が結構いたぐらいだ。
「だから今のこの世界は男より女が多いってことになっているのさ。ああ、女じゃなく男だったらよかったのに。男まみれになるのがおじさんのハーレムなんだよ」
リクからまた熱っぽい視線が飛んできた。
あまりの熱さに思わず、冷たくておいしい水を一気に飲み干した。
「……おじさん、ご飯食べに来たのに変な話にもっていこうとしないでください。ドン引きです」
「そんなおじさんについてきているイングリッドが大好きだよ」
……こいつの性癖はともかく、この世界は思ったよりかなりこじれた状態になってるみたいだ。
ゲーム内にいたヒロインが人間同然に生命と自我をもってしまったって?
なんてややこしいんだ。
世紀末世界にいたほうがよっぽど精神的に楽なんじゃないかと思ってしまった。
「さて……注文決まったかな?」
と、そうこうしてるうちに二人が注文の品を決めてしまったみたいだ。
自分のすぐ横では「もうきまったよ」とばかりに目を輝かせて俺をじっと見ているサンディがいた。
「……きま、った」
「俺も決まった」
デフォルメ化したエルフの騎士がやたらと川魚をおすすめしていいて『川貝と川魚のワイン蒸し』『白身魚のバターソテー』『白身魚のフライ』などとあった。
なので食べごたえのありそうな揚げ物を選ぶことにした。
「……とにかく思ったより大変な状態になってるんだな、こっちの世界は。まだ世紀末世界の方が楽そうだ」
「君が一体どういう境遇なのかは分からないけども、大変な目に会って来たというのは何となく分かるよ。余計な詮索はしないし、分からないことがあったらどんどん聞いてね。助けてもらったお礼だよ」
「そりゃ助かる。ありがとう、リク」
「……かぼちゃプリン、チョコレートケーキ……じゅるり」
「……デザートもあるのかよここ」
ひとまず注文が決まると、
「ふっ、決まったようだな。では注文を聞こうか」
ダークエルフのウェイトレスは呼ぶまでもなくこっちにやって来た。
ついでに空になったコップに水を注いでいった。
この世界に来て最初に良かったと思うのは綺麗な水がタダという点だ。
しかしダークエルフと本物のオークが共存してる店というのはやっぱりおかしい構図だ。
「えーと、おじさんはクラングル風カルボナーラを大盛り。ああそれから、ポトフ一鍋、あげじゃが一つ。飲み物はお茶で」
「私はですね……グラタンとシードルをボトルごとお願いします!」
「俺は白身魚のフライと黒パン。それから……レモン水ってある?」
「あるぞ」
「じゃあレモン水も」
「……かぼちゃプリン、チョコレートケーキ……飲み物は、ミルク」
「……ふむ」
ダークエルフは注文の品をすらすらと紙に書きつけていった。
「……確認するがカルボナーラ、ポトフ、あげじゃが。グラタンと白身魚のフライと黒パンとカボチャプリンとチョコレートケーキだな。飲み物はお茶、シードル、レモン水とミルク。以上だな?」
「うん、おっけー」
「分かった。しばし待たれよ」
注文の確認にリクが適当に答えると、褐色肌のエルフはすたすたと厨房の方へ向かっていく。
俺は再び注がれた水をもう一杯飲み干して。
「リク、今この世界にプレイヤーは何人いるんだ? さっき街をぱっと見た限りヒロインの人口が多いように見えたけど……」
リクにそう聞いて話の続きを紡いだ。
今の俺の頭の中には親友とも言えるムツキのことが浮かんでいた。
異変に巻き込まれる前にあいつもログインしていたんだ、きっとこの世界の何処かにいる。
「ああ……、それなんだけどね」
そんな俺に質問に相手はばつの悪そうな様子で言葉を詰まらせていた。
気付けば隣にいるイングリッドも同じような調子だ。
これから来る食事には見合わない複雑な表情を浮かべている。
「……プレイヤーは沢山いたよ。モンスターガールズオンラインの全てのサーバーからかき集められたらしい」
「全部のサーバーって……そりゃ結構な数だな。でもその割には少ないような……」
二人を交互に見守っていると。
「その数は併せて十万人、もしかしたらそれに数万人を足したほどはいたと思うよ。イベント前だったから今まで以上にプレイヤーはログインしていたからね」
リクは後ろに見える席を親指で示した。
食事を終えて満足そうな様子の男が三名、テーブルにチップを置いて支払いへ向かっている。
やっぱり俺の姿が気になるのかそいつらから視線が飛んでくる。
「じゃあ十数万人……ヒロインも同じくらいいるってことになるな」
「それに付け加えて野良のヒロインたちも全てのサーバー分いるからね。ともかく山ほどプレイヤーはいたよ、だけど……」
支払いを終えた男たちが店から出て行った。これで店にいるのは俺たちだけだ。
「だけど?」
俺は空になったコップを手で弄びながら話の続きを待った。
ほんのり冷たさの残ったそれを指で撫でていると、その内リクは苦い顔をして。
「……この世界に転移させられてすぐに、半分ほどを失ったよ」
肺から無理やり絞り出すように、そんな言葉を吐き出した。
「……は?」
俺は思わずコップをテーブルの上に倒してしまった。
半分を失った?
その言葉を聞いてすぐに浮かんだのが、プレイヤーの半分が死んだという有様だった。
悪い冗談を言ってるんじゃないかと思ったけど、リクは真面目でありとても残念そうでもある。
「まずプレイヤーとヒロインは城下町に送られたんだ。フランメリアの城下町といえば……君なら知ってるだろ?」
「ああ知ってる。【グラナート】……だろ? モンスターガールズオンラインじゃプレイヤーが一番集まるトコだったな、無駄にデカすぎて露店巡りが大変だった」
リクが言う【グラナート】はいわゆる、この世界の舞台であるフランメリアと呼ばれる国の首都である。
プレイヤーが最も集まり、商売の場としても交流の場としても、ゲーム内イベントが執り行われる場所としても「とにかくここ!」と推される場所だ。
特徴なのはそのマップの広さ。
街の各地に設置されたポータルと呼ばれる転移装置を使わないと迷子になるほど広大な街並みで、数万人のプレイヤーが常駐してもまだまだ余裕があるぐらいだ。
それが現実的なサイズで再現されているとなるとさぞ圧巻だろう。
むしろどんなものか見てみたいぐらいである。
「当然だろうけど大混乱だった。ゲームの中に飛ばされたと思ったら街全体がプレイヤーやヒロインで溢れかえっていて、しかもヒロインたちは自我を持ってるときたんだから現状を把握するのすら大変だった」
「そりゃ考えたくもないな」
「大変だったよ。身動きが取れなかった」
言葉を聞いて凄まじい光景が用意に想像できた。
一人一人が混乱していてそれがプレイヤーとヒロインあわせて20万人以上も密集しているとなると、『大』混乱どころか『特大』混乱もいいところだ。
「グラナートはとにかく人が一杯で出口が見えなかった。おじさんはイングリッドとギルドメンバーと合流してなんとか二人で外へ出れないか街中を駆け回ったんだ。そしたら……あれが起きたんだ」
リクの様子がどんどん悪くなっていく。
今まで見せてくれた明るく余裕のあった表情に暗い陰が落ちていた。
それは本人だけじゃない。すぐ隣のイングリッドの顔つきも沈んでいる。
「何が起きた?」
「虐殺だよ」
「……虐殺?」
今まで聞いた中で一番不吉な単語だった。
最悪の印象をもった言葉のあと、リクは僅かな深呼吸のあとに口を開いて。
「プレイヤーたちが混乱している間を狙って、城下町におびただしい数の魔物が攻めてきたのさ。地平線が見えなくなるほどの化け物たちの群れが城下町に突入して、身動きの取れないプレイヤーたちを襲った」
その原因を話してくれた。
「……攻めてきた? 魔物が? それってつまり……」
今までの経験あってか、凄惨な現場の様子が簡単に思い浮かんでくる。
ダムに巣食っていた盗賊を蹂躪した魔物の姿が最初に浮かんだ。
あれが地平線を埋め尽くすほど大挙してやって来て、城下町に押し込められたプレイヤーへと突っ込んでいく……その結果どうなるかは言うまでもない。
「そうだよ、酷い有様だった。それだけならまだしもスキル、所持アイテム、装備品、ギルド、活動経歴も全部初期化されてたんだ。プレイヤーがたくさんいようが、特別な力もなきゃただの人間さ」
ここにきてから希望で一杯だったはずの胸が潰れそうなほど衝撃的だった。
絶句、という言葉のとおりだった。
目の前にいるこの男とヒロインは、そんな地獄から辛うじて生き延びたのか。
それに全て初期化された……つまりゲームで得たスキルだの装備だの、そういうのは一切ないままただの人間として放り込まれた、となると。
「待て、じゃあ城下町にいた人たちはどうなったんだ?」
「訳も分からずこの世界に放り込まれてたプレイヤーがあんな化け物の群れにどうにかできると思うかい。できるわけがないだろ? 酷かった、本当に酷かった、東と西、それから北門の三方向から魔物の軍勢がやってきて、プレイヤーは南へ向かって命かながら逃げたんだ。敵にやられながらもね」
相手の喋るテンポが焦りを帯びたように少し早まってきた。
手が震えていた。
顔が青ざめている。
リクは何とか体裁を保とうと表情筋が無茶をして嫌な汗が流れている。
「嘘だろ。そんな
「そこで何があったと思う? ヒロインがプレイヤーを守る為に囮になって食い止めたんだ。その逆もあった。そうしないのもいた。私の目の前で大勢の人間がやられた、私のギルドメンバーも殆ど死んでしまった。そのあとはプレイヤーたちはバラバラになってこのザマさ。グラナートは魔物に占拠されて、残ったプレイヤーはこの世界の各地に散ってしまったのさ」
「……リク。何があったかは大体分かった、無理して話さなくていい」
「いいや話させてくれ。話さないと気が落ち着かないんだ。私は……」
「……おじさん、もう話さないで下さい」
蒼白のまま必死に語ろうとするリクにイングリッドの声が挟まって、そこでようやく語りは止まった。
リクが我を取り返した途端、悲しさを顔に浮かべてから、
「……はは、すまないね。おじさんちょっと熱くなった……いや冷たくなったかな。とにかく今この世界ではプレイヤーは半分に減って各地に散っている、そしてアテもなくこの世界で生きている……ってことさ。この世界を救え、なんていわれたけどこの状態じゃ何も出来ないけどね」
わずかに深呼吸のあと、いつものにやけたような表情をぎこちなく取り戻した。
その様子と表情を見て「痛そうだ」とつい思った。
本当に辛い人間の浮かべる顔だ。よほど辛い目にあって心に傷が出来ているに違いない。
「リク、なんだか辛いことを思い出させてしまって……すまない」
「いやいや、大丈夫大丈夫。むしろちょっと話せて胸がすっきりしたよ。ほら、イングリッドもそんな悲しそうな顔しないの」
「……はい」
なんとか二人は立ち直ったものの、反面、俺は頭を悩ませていてため息の一つぐらい吐きたかった。
この世界は思ったより深刻な状態だ。
そうなるとミコやムツキは?
まさかやられてしまったのか?
そしてこの世界で死んでしまった人間はどうなるんだろうか。
まさか俺みたいにシェルターのベッドの上で復活している……なんてことはないだろう。
「……もう一つ教えて欲しい。この世界で死んだらどうなるんだ?」
あまり良くないタイミングだとは分かっていたけどリクに尋ねた。
相手は今まで一度も手をつけていなかったコップの水を半分飲んでから。
「厳密に言えばプレイヤーとヒロインには"死"という概念は無いよ。殺されたプレイヤーかヒロインは……封印されるんだよ」
と答えた。
「封印?」
さすがに封印の一言では良く分からず尋ね直すと。
「封印というのはある場所に存在する墓に閉じ込めてしまうことなんです。この世界にいつの間にか【大墓地】という場所が作られていて、死んだプレイヤーはヒロインはそこに閉じ込められます」
更に良く分からない返答が向かってきた。
困ったのですぐ隣にいるサンディに顔を合わせようとするものの、「おなかすいた」とばかりに厨房をじっと見つめていて構ってくれない。
「つまり……牢獄みたいなもんか」
「そうかもしれませんね。命は失いませんが、一度死んだらその命は墓の中に閉じ込められて……誰かがこの世界を救うまで出られない。墓標にそう刻まれていました。今も大墓地には沢山のプレイヤーとヒロインが封印されています」
「もしかしたら開放してあげられる手段もあるかもしれないけどね。良ければ大墓地へ案内してあげるよ。このクラングルにもそこへ通じるポータルが置かれているんだ」
「案内してくれるなら是非頼む。せっかく命かながらここまでやってきたのに、まさかこんな状態になってるなんてな」
「そういえば別のゲームからやってきた、っていってたけど……よければおじさん知りたいなぁ」
「私も気になりますね。その格好にその装備、どう見ても普通じゃありませんし……。」
話を一通り聞いて、今度は俺が話す番になった。
「じゃあ今度は俺が話す番だな」
と思っていたら…
「待たせたな、ポトフとあげじゃがだ。今から取り皿と飲み物を持ってくる。食らうが良い」
突然料理を持ったダークエルフがやって来て、どんとテーブルの上にポトフの入った鍋が置かれた。
ソーセージや肉の塊と一緒にカブやじゃがいもといった根菜類がごろごろ入っている。
隣では丸ごと揚げられた小ぶりのじゃがいもたちが組体操をして小さな山を作っていた。
「ありがとう、ここのポトフは美味しいからねえ」
「ふっ、私とメシアの愛の結晶だ」
「客に気味の悪いことを言うんじゃねえよ、馬鹿エルフが」
相変らずぶれない態度のダークエルフはドヤ顔を浮かべて、オークのりう厨房の方へ戻っていった。
「ここのあげじゃがは最高だよ。一度茹でたものをカリっと揚げてあって、熱々のやつに岩塩をかけて食べるんだ」
「私の大好物です。シードルとすごく合うんですよ?」
「こんな真昼間からお酒は良くない気がするよおじさんは。あとボトルごと一気にあおるのは身体に良くないと思うんだけどなぁ」
「何をいっているんですか。大事なのは飲むか飲まないかじゃありません! 飲んだ上で職務を果たせるかどうかでしょう!?」
「……まあつまみながら話そうか。俺はあの時、FallenOutlawっていうゲームをしてて……」
「……ぷりんとけーき、こない」




