*44* クラングルへようこそ。
戦利品を載せたケッテンクラートを走らせて二人の白馬を追いかけることしばらく。
「ほら、見えてきたよ! 君が良く知っている魔法使いの街、クラングルだ!」
風景が変わって次第に整えられた街道に入り込むと、やがてその先にある都市の光景が見えてきた。
石で舗装された道を目でなぞればその先には大きな時計塔たちの姿。
円状に作られた大きな街の中で白い塔が何本も立っていて、巨大な時計で延々と時を刻み続けている。
遠くから見る限りは街は全体的に白くて明るい。
晴れた日の明るさも相まって円状に広がる街並みは光を反射する鏡のようで、見ているだけで『とりあえず白くて明るくて眩しい』とだけ分かった。
そんな街の奥にはまるで城のような建物が時計塔の印象に負けじと建っていた。
屋根は蒼くて壁は白く、建造物そのものの構造はまさに城か何か。
西洋式のちょっとした城がそのまま存在しているように見える。
そこに隣接している無駄に広い庭園のせいで、そこがいよいよ本格的に城か何かに見えてしまうけど――俺にはそれがなんなのか理解できる。
「おいおいおいおい……マジかよ、これ……魔法学校もあるぞ!」
クラングルの観光地兼ダンジョンと呼ばれた魔法学校だ。
ゲームの設定では強大な力を持つ魔女が魔術の使い手を産出する為に建てたといわれるけれども、俺達 プレイヤーやヒロインからすれば無駄に広いせいで出入りがすこぶる面倒臭い事で有名だった場所である。
クラングルの街そのものも中々ややこしい構造だった。
円状の都市は街に聳え立つ塔を目印に区画が区切られていて、街中は迷路の如く複雑だ。
空を飛べる種族のヒロインか、空を飛ぶ手段を持つプレイヤーじゃないとほぼ確実に迷う。
その代わり魔法関係のアイテムとスキルに関しては一流の品揃えで、幻想的でとても広い不思議な街の見てくれが好きでこの街を拠点にする奴は多い。
そして俺とミコが拠点にしていたその街が、ゲームの中にあったはずのものが今こうして俺の目の前で実際に存在している。
もはやなんといっていいのか分からない。
FallenOutlawの世界で十分驚いたものの、こっちの世界はまだまだ俺を驚かせたいみたいだ。
「ははっ……ほんとだ! ほんとにクラングルがあるぞ!」
「ここはいい街だよ! おじさんたちが安心して暮らせるところさ!」
すぐ目の前を走っている白馬に目掛けて思わずそう言うと、いよいよ入り口に辿り着いた。
……さて、これで到着した。
街の門の手前まで辿り着くと、やはりここは異世界なんだと認識した。
現実でもFallenOutlawでもない、おとぎ話のような世界がしっかりと俺を待ってくれていた。
ゲームの中では冗長と思うほどに広かっただけの街並みは、門の前に立つだけで分かるぐらい圧倒的なスケールを生み出していた。
門の先には白を主体とした明るく温かい街並みが見えた。
街を形成する建築物は石畳の路地を挟みこむような形で建っていて、遠くから見る限りは現代的な構造をしたものは一つもない。
いわゆる『古風』な建物ばかりだ。
中世時代の西洋の世界にメルヘンチックなアレンジを加えたようなものがずらりと並んでいる。
しかし屋根のついた建物のような門の間は盛んに様々な人――じゃなく、どうみても人間じゃない何かが行き来していた。
――例えば下半身が蜘蛛の女の子。
年齢は10代後半にも満たないと思う。
なんだかガサガサ音がすると思ったら門の向こうから巨大な蜘蛛の怪物……じゃなく、真っ黒な蜘蛛の下半身を持つ黒髪サイドテールの女の子が歩いていた。
蜘蛛の巣を模した髪飾りをつけたその子はご機嫌な様子で街の外へと向かっていく。
だけどその途中で俺を見つけると、信じられないとでもいった顔で怪訝な視線を送られた。
そのまま用心されつつ郊外へ消えていった。
――例えば妖精のような女の子。
掌よりやや上かどうか、というぐらいににちっちゃくて、全身のあらゆる場所から幼さを醸しだしている。
青い髪に青い衣装を着た小さな女の子が宙に浮かびながらこっちにひらひらと向かってきた。
両目を髪で隠していて背中には羽が生えている。
横に尖った耳も相まって、その種族の特別性を訴えていた。
その子と目が合うと何故か「こわいよー」とばかりに急に怯えだして、街の中へとすっ飛んでいった。
――例えば蟻みたいな下半身の女の子。
やっぱり顔立ちからして10代後半にも満たない年齢である。
サンディのように硬い表情をしていて、紫色の髪をポニーテールに束ねた下半身が蟻の子。
胸元に布を巻いただけの格好で臍は丸出し。外見だけで言えば何処かサンディと似た部分がある。
腰にはロングソードが鞘ごとベルトで固定されていたし、大きな鞄を背負っていた。
そんな彼女は此方に近づくと、俺を見たあとにケッテンクラートを、その次にサンディを品定めするように見てから横を通り過ぎていった。
――前を見れば女性、女性、女性。
それも人間じゃない外見の女性ばかりで男が見えない。
しかもこの街の特徴というべきか、魔法使いが被るような尖がり帽子を被っている者が多い。
当然、そういった女性が何なのか俺にはすぐ理解できた。
プレイヤーに与えられるヒロインである。
人間ではない種族のヒロインたちが今こうして実際に目の前を歩いているのだ。
だけど肝心のプレイヤーの姿は見えないし、それどころか今目の前に見えるのはどう見ても人間じゃない外見の女の子ばかり。
「……どうなってんだ」
ゆっくりと移動を始めた白馬を追いかけながら今日で一番の疑問を漏らしてしまった。
仕方がなくリクたちについていきながら大きな門の中央をそのまま通り過ぎようとすると。
「待たれよッ!」
突然、門の隅から声が聞こえて俺達を押し留めた。
若い女性の声だ。
聞いていて気持ちの良い凛々しい調子の声だったものの、エンジン音に負けないぐらいの勢いと威圧感はある。
早く街の中に入りたいと思っていた俺にはそんなのただの苦痛だったが。
「あー、なんだい? お嬢さんがた」
俺は慌ててエンジンを切った。
「なんだ貴様は!? その怪しい格好にその怪しい乗り物はなんだ!? まさか盗賊か!?」
「……と、とうぞく……!? いや、俺は盗賊じゃなくて……」
そして第一声がこれである。
あからさまに用心されている部類の声が続いたかと思えば、その声の持ち主はずかずかと俺の目の前を遮るように現れてきた。
「不審な奴め……それにその格好、まさか貴様は……!」
まず一言で言えば女性だった。
背は高く地面に立てた槍を誇示しながら怪訝な目で俺を見ている。
その人物の容姿といえば、腰まで伸ばした紅い髪に健康的な褐色肌の身体――そして赤い尻尾を生やしたやはり人間じゃない身体つきだった。
爬虫類の尻尾のようなものがにょろにょろと不安を示すように蠢いていて、そんな彼女が槍を握っている両手は鋭い爪が生えて肘の辺りまでが鱗に覆われていた。
人に爬虫類の特徴を中途半端に足せば丁度こんな感じになると思う。
「どうした!? 騒がしいぞ!?」
「なんだ!? 賊か!?」
「変な格好の人間がいるぞ!! リク殿もいる! まさか賊を捕まえたのか!?」
……そんな騒ぎを聞きつけたのか同じような格好の女性たちがぞろぞろ現れ始めた。それもなんだか嬉しそうな様子で。
爬虫類のような女性達は髪色や肌色こそはバラバラだったものの、統一感を持たせているのか装備は大体が同じだ。
威圧感たっぷりの槍を手にして、金属製の防具で部分的に肉体を保護している。
「貴様ッ! さては狼藉を働いている者だな!?」
「でかしたリク殿! あとは我々に任せよ!」
「おい、おい! ちょっと待ってくれ! 俺は賊じゃないんだけど……」
でもそういった防具の隙間からは大胆に肌が露出している。
特に太腿は付け根まで見えそうで、下半身はスカート状の衣装に覆われてはいるものの色々と際どい。
しかし人間と一致する部分はとても綺麗で適度に引き締められていて、サンディほどじゃないけど豊満だ。
「ふふ……怖いのか? リク殿に捕まるとは運の悪い賊。さあ、我々に引き渡してもらおうか……!」
「そこの角無しミノタウロスは賊に捕まっていたのだな? もう大丈夫だぞ、ここは安全だ」
「……みの、ってなに?」
そんなトカゲ女たちは美味しい獲物を目の前にしたような勢いだった。
目を合わせると黄色い目があって、瞳孔が縦に割れた変温動物の目玉がしっかりと俺を掴んでいる。
「……だから族じゃないって」
とはいえこうしてぞろぞろと挙ってやってきた挙句盗賊だとか言われると傷つく。
そりゃこんな格好だったら怪しまれるかもしれないけれども、そこまで大げさに警戒することははないだろう。
あまりに面倒臭いのでそのまま無視してケッテンクラートで突破してやろうかと考えていると、
「落ち着いて! 仲間だよ! これおじさんの仲間!! そんな用心しなくていいよ!?」
「この人は盗賊じゃありあませんよ!? 皆さん、落ち着いてください! 微妙に傷ついてますから!!」
白馬に乗っていたリクたちが大声で彼女達を制しはじめた。
すると最初に声を上げた人物は咄嗟に槍を引っ込め、
「り、リク殿! イングリッド殿! ではこの怪しい格好の奴は……」
「そうだよ! 人間だよ! 盗賊じゃないよ!」
「……こ、これは失礼した! 通ってよし!!」
「…………初対面の人間に盗賊呼ばわりとか酷くない?」
彼女達はリクとイングリッドの声を聞いてようやく過ちに気付いたのか、非礼を詫びながら道を開けていった。
「……はは、ちょっと色々事情があってね。その、あんまり気にしないように……」
『お気の毒に』とばかりに微妙な表情のリクがこっちを向いて笑ってきたものの、まさかここにきて早々盗賊と間違えられるとは思わなかった。
「畜生あいつら、マジで覚えてろ」
当然ながらいきなり盗賊扱いされて黙ってはいられなかったので、横切る際にほんの一瞬だけ恨みたっぷりの視線でひと睨みしてやった。
◇
トラブルはあったけれども、門をようやく通り抜けた先では幻想的な世界が続いていた。
石で舗装された道を目で辿ると真っ白な壁の建物が無数に連なっている。
日の光を受けたそれは絶えず光を反射して輝いていて、それを追って見上げれば時を刻みつづける時計塔の姿が見えた。
「どうだい? 綺麗だろう?」
「ああ、ゲームの画面越しで見るよりはリアルだ」
そこから視線を落とすとレンガ造りの街並みが規則正しく広がっていた。
広い道の両脇では様々な露店が大胆に開かれている。
よほど活気に溢れていなければ見受けられない光景だ。
組み立てた屋台でおいしそうな香りのする料理を売る店や、地面に敷いた布の上で商品を並べる露店もあった。
そのせいもあってか道の向こう側からは甘い香りが幾つにも折り重なって届いてきている。
「……でもなんか、女の子ばっかじゃないか? 気のせいか?」
しかしなんというか……人の姿があんまり見えない。
最初にそこに足を踏み入れて思ったことはそれだった。
「そこはちょっと訳ありでね、プレイヤーより女の子が沢山いる状態になってるんだ」
「ワーオ、そりゃすごい。ハーレムだな」
つまり女の子だらけだ。
ただし俺たち人間が少数派になっているような状態にひどく不安を感じた。
かわいい子ばっかなのが唯一の救いか?
「……ああ、とにかくなんとか無事についたね。 おじさん、今日こそはダメかと思ったよ」
そんな女の子だらけの街中を、気の抜けたリクの背中を追いながら進んだ。
ケッテンクラートは馬を停めるスペースがあったので馬と一緒に停めた
まとめた荷物を抱えながら歩くついでに後ろを振り返ると、
「……ふんすふんす」
サンディが興奮気味に彼方此方を見回していた。
今まで見たことのない光景に興奮しているようだ。
俺にはしっかりついてきているものの、あちらこちらに忙しく目がいってしまってる。
「本当にありがとうございました。味方を逃すために囮になったのですが、まさか騎兵が来るとは思わなかったもので……」
「囮って……そこのへんた……おっさんがギルドマスターなのに随分と無茶なことしてたんだな」
「へへへ、私達のギルドは皆が家族みたいなものですから。子供を守るのは親の役目でしょう?」
綺麗な仕上がりの石畳を踏むと、イングリッドが歩きながらにっこりと礼を述べてきた。
彼女をこうして良く見ると耳が尖っているのが分かる。
「本当はあんなの楽勝なんだけどねえ。まともな武具も手に入らないし中々スキルも上がらないし、ゲームのようにとはいかないのが辛いところだね」
「今団員からメッセージが来ましたよ。全員無事にクラングルに帰還したようです、ギルド本部に戻って治療を受けているそうです。みんなおじさんに感謝してますよ」
「それは良かった。身を張った甲斐があったねえ」
「後始末はやっておく、と言ってますからお昼ご飯にしましょうか」
「じゃあ報告を聞くのはあとにしようか。おじさんすごーくお腹減っちゃってるしご飯食べないと死んでしまいそうだよ」
「最後に食べたのは昨日の昼でしたしね。いつものところで食べます?」
「そうだねー。混んでいるところだと落ち着かないしそうしようか」
そんな二人の話は今耳に入ってこなかった。
正しくは受け入れる余裕がなかったとも言える――何故なら異様に腹が減っていたからだ。
「……腹減った」
一応、休息ついでに腹に詰め込んだはずだ。
なのに胃の中が誰かに盗まれてしまったかのようで、ひどい空腹感で満たされていた。
どうもPDAの機能を使ってからずっと腹が減っている。
あれはひょっとして凄まじい効果を発揮する代わりに腹を空かせる副作用でもあるんだろうか?
まだ未確定の部分は多いけど、そうとなると今後は使いどころが限られてしまいそうだ。
「ん? お腹がすいたのかい?」
「ああ、死にそうなぐらいすいてる」
「そうか……それならおじさんが奢ってあげよう! いい店があるんだ!」
「マジか……! 奢ってください……」
「ごはんまでもう少しですよ、頑張ってくださいイチさん!」
そういう事情があって今にも倒れそうなぐらい腹が減ってしまって、これから二人が何処かで食事を奢ってくれることが頼りだ。
二人を追いかけてから俺を出迎えてくれたのは、その人々がこっちにピンポイントで着弾させてくる好奇心たっぷりの視線で。
「今日も沢山売れたねー、わたしの武器よりきみの料理が売れるってなんだかおかしいよね……って何あれ!?」
「仕方ないじゃない、まともな素材が手に入らないんだから料理の方が……!? えっ、なんかすごい人いる!?」
一回目。
途中で屋台を片付けていた二人の少女と目が合った。
「く、黒い鎧…? まさか悪い人?」
一人は獣の耳を生やした少女だった。
犬か猫か判別が難しい中間的な耳と尻尾があって、茶色い髪に溶け込むような色をしている。
手足は体毛に覆われて肉球のついた動物のそれだ。
人間と獣を組み合わせたような感じの外見で、鎧とスカートを合体させた衣装を着ている。
「なっ、なにあれ……銃持ってない?」
もう一人に至っては上半身は花を模した髪飾りをつけた金髪ロングの美少女そのもの。
ただし下半身は巨大な植物の中にすっぽりと納まっている状態だ。
臍から下は人食い花か何かに下半身を食われてしまったみたいな外見だ。
スプラッターな光景なのかと思って注視すると単純に下半身が大きな赤い花になっているだけだった。
「よ、よう」
「うわっ挨拶してきたよ!」
「なんかヤバイかも! 逃げて!」
彼女達は人間じゃない、多分ヒロインだ。
でもいざこうして実際に目にすると人間じゃない見た目は違和感だらけに感じて、どうしてもその姿に親しみがもてなかった。
二人は逃げた。植物っぽい女の子はずるずると花を引きずるように動いていた。
「あれ……プレイヤー? なんだか見たことのない格好してるね。それになんか怖い!」
「っていうかこのゲームって銃なんてあった? モンスターガールズオンラインって銃は絶対出さないって言ってたわよね?」
二回目。
いかにもエルフですというような背丈に見合わない大きな弓を背負った、金髪で尖った耳の小さな女の子が一人。
もう一人は――いやもはや一匹として認識するべきかもしれないけども、全身が透明感のある薄いピンク色でスライムめいた女の子。スライミーな縦ロールツインテールがぶら下がってる。
とはいえ向こうも、俺を違和感の塊として認識しているのだからお互い様である。
突き刺さる視線に抗うどころか段々と圧倒されつつも進んでいくと。
「うわー、なんかすごく濃い人いるー……」
「あれ、男の人だー。変わった格好してるねー」
「あっ、リク団長だ! でも後ろにいる人は……盗賊!?」
「その後ろにいるお姉ちゃん……お、大きすぎない? なにあのお化けサイズ……」
三回目。
色々な女の子にガン見された。
一体ここはどうなってるんだろうか。
スライムだったり、半分わんこだったり、背中に羽が生えてたり、下半身ヘビだったり、そういった女の子達からやたらと視線が集まる。
「……わるいひと?」
「血の匂いがする……あいつ危ないよ」
「ねーねー、あの人の格好……」
「ちょっ! 近づいちゃだめ!」
それが憧れの篭ったものならまだしも今向けられているのは街中に現れた珍獣か何かでも見るような、好奇心一杯の目線だ。
これじゃまるで見世物になってしまったようだ。
「……もてもてだな、俺」
「ははは……その格好はちょっとまずいかもしれないね」
「ここにいるやつは黒い格好が嫌いなのか?」
「あー……いや、ちょっと訳があるんだ」
それで落ち着けるかって?
それで落ち着けるはずがない。落ち着けるわけがない。
街の風景や雰囲気を楽しむどころかじっくり観察する余裕すらない。
歩けば歩くほど段々ストレスが溜まって気分が悪くなっていく。
考えてるうちに、身体の内側で不愉快さという数値がとうとう空腹を追い抜いて。
「……街中歩くの辛い」
リクの後ろについていきながらも、遂にそんな己の弱さたっぷりの言葉を口から漏らしてしまった。
それにしても腹が減りすぎて気分がすこぶる悪い。
これは間違いなくあの称号で手に入れた能力のせいだ。
あれを起動してから物凄く腹が減っていて、このままだと溶かすものが無い胃液がしかたがなく胃の壁をじゅうっと溶かしてしまいそうだ。
「なんだか君イレギュラー過ぎてすごく注目されてるねえ」
「た、確かになんだかイチさんって明らかに違和感に満ちてますね……。で、でも大丈夫ですよ! この街にいる人達はみんないい人ばかりですから!! だからそんな今にも泣きそうな顔しちゃだめですよ!」
「まあ詳しい話はご飯食べながらしようか。おじさんおすすめの良いお店だよ」
奇異の目に晒されながら二人の騎士のあとをぎこちなくついていくと、俺の背中を後押しするように褐色の手がぽんと俺の肩を叩いてくれた。
「……わたしが、いるっ」
「……ありがとう、相棒」
正直、今の俺はちょっとだけ涙目だ。
これならまだ無人兵器に獲物としてターゲッティングされて追いかけられたほうが数倍マシだ。
「……初日からこれじゃ先が思いやられるな」
肩にくっついたサンディの手を優しく解いてなんとなく空を見上げた。
街の隙間から見える空はとても青い。
途中に空を何かが飛んでるのが見えた。
箒に跨った黒い衣装の少女が建物の上を優雅に飛んでいる――。
魔法使いの産地といわれる街ならではの姿だ。
「ついたよ。ここがおじさんたちの大好きな隠れた名店……」
そうこう考えつつ黙って二人の跡を追いかけて、複雑な路地を何件か通ってしばらくすると。
「"姫騎士と豚戦士亭"だよ。名前も中身も変わってるけど、雰囲気も味も最高の店だと思うよ」
目的地についたみたいだ。
陽気な声を聞いて顔をぐっと持ち上げると、そこは市街地の表通りにぽつんと埋め込まれているような見てくれの店があった。
店の外からでもはっきりと分かるほどいい匂いが漂ってくる。
肉や野菜を組み合わせたような複雑で整然とした料理の香りが、一体どうしてかひどく懐かしく感じた。
「……姫騎士と豚戦士?」
壁から忽然と白い看板が伸びていて、そこにはえらく丁寧な文字でこう書かれている。
『姫騎士と豚戦士亭』と。
店の見た目は普通だけど、看板で印象をかなり損ねている気がする。
「……相変らず変な名前ですよね。私はもう慣れましたけれど……」
「……え? まさか俺達ここ入るの?」
「……おなか、すいた」
さっきまで続いていた悩みが一刀両断されるほど凄まじいインパクト名前だった。
しかも中身も変わってるとか言わなかったか。
名前が既に怪しいのに、中にも変なものが待ち受けているといいたいんだろうか。
「……姫騎士と豚戦士ってなんだよ……」
心の中で「イロモノがでませんようにイロモノがでませんように」と必死に願いながら意を決して飛び込んだ。




