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モンスターガールズオンライン!  作者: ウィル・テネブリス
モンスターガールズオンラインへ!
42/96

*41* 腹減った!!

 木々を潜り抜けた先にあったのは――


 緑だった。一面に広がる緑が延々と続いている。

 何もない荒野に文明の残骸(ざんがい)が反吐のごとく撒き散らされたようなひどいものじゃない。


 明るい世界がそこにあった。

 見渡す限りどこまでも澄み渡る青い空。

 背の低い草たちが生み出す地平線を埋め尽くす芝生。


 血と油と硝煙の香りで満たされた世界は一体どこへ消えたのか。

そ れだけでも十分にここが異なる世界だという事は分かった。でも驚くにはまだ早かった。


「……しまが、うかんでる」

「ああ……」


 俺は一度ブレーキを踏んで、サンディのやや落ち着きが乱れた声の向かう先を一緒に見た。

 そこは空だ。見上げると大小様々な島が青い空の上に堂々と居座っていた。

 一つの島が空から綺麗な水を地上に向けて垂れ流していて、虹が描かれている。


 紛れもなく島が空に浮いている。

 雲に溶け込むような場所に浮いているのもあれば、それより低い場所で地上に向けて尖った島の裏側を惜しげもなく突きつけているのもある。

 どうして浮いているのかと存在している意味を問いたくなるものから『ひょっとしたら誰かがそこで文明を築いているんじゃ?』と思うぐらいの大きさまでまちまちだ。


 だけどそれらはみんな浮いていた。

 自分が持ち合わせている常識ではありえない光景が平然とそこにあるのだ。


 右を見れば計り知れないほど大きな滝が大地に水を落としていた。

 突き出た山の一部が水を吐き出している。

 滝つぼの裏側は丁度くり抜いたような形になっていて滝の裏側が良く見えた。

 白さを帯びた水が滝つぼに落ちていくと、それは緑の大地に伸びた道へと注がれていくようだった。


 ……今まで辿ってきた旅が嘘のように思えてくる光景だ。

 もしもPDAに撮影機能があれば、目の前に広がる絶景を撮影しまくって他人に自慢していたに違いない。


 目の前に広がる背の低い草たちが風に揺らされぱさぱさ音を立てて、そこから生じた僅かな隙間から冷たい風が(おそ)い掛かる。

 まるで自然豊かな公園の中を散歩したときのような植物と土の混ざった匂いだってする。

 ケッテンクラート越しに伝わる地面の感触も明らかに違った。

 柔らかい。それに何だか車体の裏から植物の青臭さがはっきり伝わる。


 一目見て思ったことは二つある。

 まずここは本当に"あの世界"なんだろうか?

 ようやくここまで来れたのは人生全ての力を使い果たしたような達成感を感じるものの、そもそも見たことのない風景しかない。


――モンスターガールズオンラインに浮遊島やこんな風景なんてあったか?


 己に向けてちょこっと問い詰めてみるものの思い当たらない。

 自分で言うのもなんだけどミコと一緒に殆ど遊びつくすほど遊んでいた身だ。

 気に言った風景は次々撮影して二人でシェアしたし、戦いも生産も飽きたら絶景探しの旅に出ていたぐらいである。


 しかし全く分からない。

 というかあのゲームには浮遊する島なんて無かった、もしあったら何がなんでも二人で上陸してた。

 もう一つ思ったことは。


「……なあサンディ、これから何処に行けば()いんだろう」

「……わたしも、わからない」


 一体何処へ進めばいいのか分からない。

 とりあえずこれで『ヒャッハー』ともお別れだ。

 サンディもちゃんとついてきてる。

 記念すべき最初に見た光景がこんな壮大で美しいものなのは幸先がいいと思う。


 この世界に来るというクエストもクリアしたわけだ。

 じゃあ俺達はこれから何処へ向かえばいいんだろうか?

 停車したケッテンクラートの上でサンディと仲良く頭を悩ませ始めると。


 【クエスト追加:我が家はあと少し!】


 何の前触れもなく視界の中に大きな文字が浮かんできた。

 丁度見ていたサンディの顔に覆いかぶさってしまうような形で。


「あーいや、今指示が来た」

「……どう、したの?」

「道案内が来たってことだ」


 実にいいタイミングできてくれた。それにタイトルも何だか希望を持てるいい名前だ。

 それもそうだ、良く考えてみればこういう時こそ俺の第三の相棒でもあるPDAの出番である。

 俺は早速ジャンプスーツのポケットからPDAを抜いて画面を取り出し、お決まりのように画面を覗く。


 【SSYYYYSSTETETEMMM・STUUUUUTSIVTRYYYYY】


 ……なんてことだ、バグっていた。


 最初に見えたのは文字がぐだぐだに崩れたまま表示された画面。

 ステータス、システム、インベントリ、どれもこれもがぐちゃぐちゃの文字が縦横斜めに不規則な形を作ってバラバラになってしまっている。


 滅茶苦茶になった画面に手を触れようとすると急に真っ青な画面が複雑な文字列と共に表示される。

 ブルースクリーンだ。PCを使っている人間なら絶対にトラウマになるぐらい忌まわしいアレだ。

 かと思ったらブルースクリーンがぱっと消えた。

 するとPDAの画面が勝手に再起動を始めて【PIDY-1500】のロゴが表示される。


 【アップデート中...】


 良く分からないけどPDAがアップデートを始めてしまった。

 恐ろしいスピードで色々なものをダウンロードしていく様子が流れていく。

 ダウンロードが完了すると画面に表示されたインストール進行率を表すゲージがどんどん横に進む。


 10%……30%……60%……100%!


 【WELCOME to your P-DIY 1500!】


 アップデートが完了。起動画面がメッセージと一緒に流れたあとに元の画面が表示された。

 画面の中に表示されていたのは見た事のない場所の地図だった。

 荒廃した世界のものとは違う広大な大地の地図が緑色に染まった状態で大雑把に載せられている。


 だけど地図の中では道のりがつけられていた。

 ここから北へ少し離れた場所に目印が浮かんでいる。

 本当に目的の世界に来れたのかという疑問はようやく解けた。

 これで安心して前へ進めるわけなのだから。


 インベントリ画面を見ると今現在の持ち物がちゃんと表示されていた。

 武器も防具もまずいMREもちゃんと載っている。


 しかし【資源(リソース)】タブを開くと明らかな変化があった。

 なんと見知らぬ単語が並んでページ内の情報が膨れ上がっていたのだ。

 ミスリル、金、銀。火、水、土、風の結晶。今まで見たことのない資源が増えてしまっている。


 もしやと思ってステータスを見ればボーナスポイントを割り振れるといつもどおりの様子があった。

 だけどスキルタブを開いた途端に頭痛がした。

 スキルが前より増えている。

 それも一つ二つどころじゃなく、元々表示されてたスキルの倍ほどにも及ぶ項目がずらっとだ。


 モンスターガールズオンラインにあったスキルが入り込んでしまっている。

 刀剣やキックといったものならともかく、黒魔術から召喚魔術までもが平然とスキルタブの中に入り込んでしまっている。

 軽く見る限りは【投擲】のような二つの世界で共通した名前のスキルはまとめられているようだ。

 とにかくごちゃごちゃで見るのも気持ち悪くなるレベルにまで達している。


 画面を見て固まっていると端に【ソート】というのがあったので押してみた。

 【ソート中…】と表示された。

 瞬きを何回か繰り返す頃にはごちゃごちゃだったスキルタブの中がスッキリして、表示されていたスキルが二種類に分かれていた。


 【MGO】と【FO】というタブが画面上に増設されている。

 試しに【MGO】を押せばモンスターガールズオンラインのスキルがずらりと表示された。スキル値はどれもこれもが0だ。

 続いて【FO】に指で触れるといつものステータス画面が出てきた。

 ボーナスポイントも振れるとちゃんと表示されている。

 安心して【称号】を見るとレベルが上がったせいかまた収得可能な称号が増えていた。

 良かった、ここはいつもどおりだ。


 他にちょくちょくPDAに色々な要素が追加されてしまってる以外に問題なし。

 俺はPDAをしまってケッテンクラートを進めることにした。

 これなら安心! さあこれで旅の続きが出来るぞ!


 ……そんなわけあるか。


 ますますややこしい状態になった事にきりりと胃が痛む。

 まずは無事にモンスターガールズオンラインの世界に来れたのはまあ良かったとしよう。

 これで悲願を果たしてめでたしめでたしってやつだ。


 でも考えてみれば俺がここに来た瞬間に経験値が入っていた。これは大問題だ。

 モンスターガールズオンラインに経験値なんてない。つまりFallenOutlawの要素である。

 しかもPDAの画面を見たら別のゲームのスキルが表示されていた。

 というかミスリルだの結晶だの知らない資源が増えていた。

 果てにこの世界のものと思われる地図が表示されている始末ときたもんだ。


 ……ひょっとして二つの世界が混ざってしまっているんじゃ……?


 そう考えた途端に色々なものが脳裏を過ぎった。

 無人戦車と戦ったサンドゴーレム、おいしく頂いたオーク、襲い掛かってきた火の精霊や盗賊どもとガチバトルの魔物の皆様。


 そこから生まれる考えは――無人戦車が暴れ回り、モヒカンがヒャッハーいいながら魔法の世界を蹂躪し、僅かな資源を巡ってプレイヤー同士が略奪しあう構図。

 悪夢だ。悪夢以外の何ものでもない。

 ひょっとしてこっちの世界もとんでもない状態に陥っているのでは?

 そんな考えすら浮かんでくると途切れのない不安要素が山のように襲い掛かってきた。


 ミコはどうなった? ムツキは大丈夫なのか? 他のプレイヤーは無事なのか?

 ますます嫌な構図が浮かんで来る。

 モヒカンになって『ヒャッハー!』を合言葉に元気に日本刀でプレイヤーの首を切り捨てて自宅に飾って『これがデスメタルだ!』とヘッドバンしながらシャウトするムツキ。

 罪の無いプレイヤーたちを炎の魔法で『(ゴミ)は消毒だ~!』と焼殺するようになったサイコパスと化したミコ。

 魔法の世界に蔓延る鉄と油まみれの盗賊どもの軍勢。

 プレイヤーもヒロインも盗賊も魔物も見つけ次第無差別に攻撃をして殺戮していく無人兵器。

 生き残る為に略奪と殺人を犯す組織をつくり盗賊そのものと変わり果てるプレイヤーたち。


「……かおいろ、わるい」


 色々とヤバイ光景を思い浮かべていると後ろからくいっと服を引っ張られて我に返った。

 サンディが心配そうにこっちを見ていた。

 サイドミラーで自分の顔を拝むと本当に顔色が血の気が失せている。


「……ごめん、今ものすごく考え事してるから……あとにしてくれ」

「……むー」


 ……自分の考えだけで全て決めるのは良くないことだ。

 ひとまずさっきまでの考えは忘れて、PDAの情報どおりに北へ向かおう。

 スロットルを操作してケッテンクラートを動かした。


 芝生が作る大地の間に穏やかな流れの川が幾つも走っている。

 適度なスピードで走行を始めると、柔らかい地面の感触に強い違和感を覚えた。

 今までこの乗り物と走って来たのは硬い地面の上だけだったからだ。

 きっとこのケッテンクラートも俺と同じように戸惑っているに違いない。


 しばらく進むと川に石で作られた立派な橋が架かっているのが分かった。

 注意深く見てみると橋は石畳で作られた道と繋がっていて、それが一種の道しるべとして北へ向かって伸びているようだ。

 ということはそれを辿っていけばいずれ目的地に辿り着く。

 長い道のりだけど、デイビッドダムを目指すまでの道のりに比べれば随分と近く感じる。


 石畳の上に乗り上げて北へ向けての道を走り始めると、爽やかな風が何処からか吹いてきた。

 目線を斜め上にずらせば空に浮いた島から流れる水が綺麗な虹を描いていた。

 地上を見ても綺麗な緑が広がるだけで、そこに散りばめられた小さな川は驚くほど綺麗で魚の姿すら見える。


 スピードを落として石橋をゆっくり渡り始めると川の姿が良く見えた。

 水面に興味深そうに此方を見ている二人の姿が浮かんでいる。

 一人はマスクで顔を隠して眠そうな目をした女性。もう一人は間抜けな顔をしている短髪の男。

 そんな二人の顔を遮るように、川の流れに沿って銀色に光る魚たちが優雅に泳いで横切っていった。


「……おさ、かな?」


 サンディが興奮気味な声を上げた。

 魚を見るのは初めてなんだろうか?

 俺は魚を見るのは初めてじゃないものの、しばらく口にするどころか目にすることもなかったので酷く珍しく見えた。


「……魚だな」

「……じゅるり」


 サイドミラーの中でサンディが目を輝かせて川を凝視している。

 どちらかというと好奇心によるものじゃなく猫が好物を目の前にしたときのそれに近い。


 かくいう俺も魚を見た瞬間に思ったものは――焼き魚だった。

 今までのことを思い返すと最高に不味かったMREから始まって、鹿肉のシチューやオークの肉とフライド・トーフ。

 最後に食べたのは肉汁たっぷりのソーセージとぼそっとしたトウモロコシのパンだ。


 野菜なんてロクに食べてなかったし魚なんてものはない。

 缶詰はあったものの殆どが肉と炭水化物の煮込み系やスープで、今持っている缶詰に至ってはどういうことなのか【チーズバーガーの缶詰】である。

 だから魚を一目見て反射的に思ったのは魚料理だった。

 焼いただけの魚を食べたい。そこに大根おろしと醤油があればなおいい。


「じゃあ釣ってみるか?」


 橋を渡り終えた俺は後部座席のサンディに冗談を込めて尋ねてみた。

 何故なら遠ざかっていく川をじっと見つめているからだ。

 もしも川の近くで休憩でもしようものなら、勝手に川の中に飛び込んで魚を素手で捕まえようとしてもおかしくないほどの覇気を感じる。


「……つる!」


 返事は即答だった。

 瞳を輝かせたサンディの返答はいつも以上に力強くて嬉しそうだ。

 よくよく考えれば俺達はずっと休みを挟まないでここまでやってきたのだから、昼食も兼ねて足を止めることにした。



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