*40* どけや!! その2
背後から地面を乱暴に叩く足音が聞こえる。
路面をなぞるようにひたすらケッテンクラートを走らせるものの、また詠唱音が聞こえる。
「……くる!」
進行先に意識を取られていた俺は、珍しくはっきりとした調子のサンディの声で我を取り戻す。
サイドミラーを見やるとあいつがまた炎の魔法を発動しようとしている。それも走りながらだ。
改造されたケッテンクラートの時速は今や時速80kmもたたき出している。
それなのに一向に距離が縮まらない。それどころかあいつは――!
炎の巨人は体に巡らされた魔力の道筋を紅く燃やしながらこっちに向かってきている。
しかもそいつはでかい図体のくせに機敏に両手を振りながら迫ってきて、少しずつ此方との距離を狭めてくるのだ。
なんてバカバカしい光景だ。
俺なんかよりはるかに大きくて、全身が炎で出来た化け物が陸上選手のように走ってきているんだぞ。
ミラーの中で全力で此方に走っていた火の精霊が足を止めた。
腕を突き出す。
炎の塊が槍に変わる。
狙いは言うまでもなく俺達だ。
でも幸か不幸か、あの炎の化け物がやる事は良く理解しているつもりだ。
ファイアエレメンタル。
そいつは【サンドゴーレム】よりずっと厄介で、生半可なプレイヤーを集めたところじゃ倒せないボスである。
まずはターゲットを決めたらしつこくそいつに集中的に攻撃してくる。
火属性の耐性がついていようがなかろうが相手が倒れるまで執拗に様々な手段で死ぬまで攻撃を続ける。
回復魔法を目の前で使うと一瞬でそいつに矛先が変わる。その癖ほとんどの攻撃が範囲攻撃だ。
そいつの一番の特徴は何か?
それは距離を置けば追いかけながら魔法を詠唱してきて、三つの炎の槍をターゲットに向けて発射する点だ。
二発はターゲットの左右に着弾して、本命の一発が高速で直撃を狙って突っ込んでくる。
直撃すれば即死。直撃しなくても即死の可能性。周囲にいたプレイヤーも巻き添えを食らって瀕死。
そんな攻撃を避けるにはどうすればいいか。
魔法防御の魔法で耐えるか、そもそも撃たせないように接近戦を続けるか。
或いは二発の炎の槍がきた直後を狙って反射神経頼りで左右に避けるか。
つまり。
「第二射くるぞ! 掴まれサンディ!!」
はるか後方から詠唱の音が止まって、じりりと空気がざわめくのを感じた。
一言警告を流したあと、俺は焦らずゆっくりとケッテンクラートのハンドルを横に切る。
サイドミラーに真っ赤な槍が写った。
ほんの僅かの時間を置いて、それが高速で突っ込んでくる。
俺達の左右でまた炎の魔法が着弾してばらばらと爆ぜた。
破片が飛び散る。熱風が伝わる。そして間もなくこっちに『アレ』がくる――
……このタイミングだ!
絞りすぎたスロットルを緩めてスピードを安定させた。
左右に着弾する直後を狙ってハンドルを反対側に切っていく。
履帯がまたぎゃりりと悲鳴を上げた。
ハンドルの操作に従って車体が斜めに向けられると、その勢いで運転席から投げ落とされそうになる。
すぐ横からずひゅん、というような飛来音がした。
そしてすぐに地面に着弾、爆発。
アスファルトが捲れ上がるような爆音が熱風と破片を連れてこっちまでやって来る。
背中が熱い。破片が当たったのか腕と肩のプロテクターからこつっと音が聞こえたような気がした。
「やっ……やったぞ!」
避けた。魔法を避けてやった。
文明の利器だからこそ出来る荒業だ。
あいつが足を止めてからある程度距離を稼げばその分、着弾までのラグは大きくなる。
サイドミラーで後方を確認する。
さぞ悔しかったのか、炎の巨人は遠ざかってしまった俺達を追うようにどたばたと走り始めている。
「よっしゃあざまぁ見ろ避けてやったぞファッ○○エレメンタル!! サンディ、大丈夫か!」
「……あたま、うった」
こちらの損害はどうやらサンディが何処かに額をぶつけた程度らしい。上出来だ。
俺はしつこく追いかけてくるファイアエレメンタルに向けて後ろ向きに中指を立ててやった。
そのまま遂にデイビッドダム・ロードの奥へと辿り着いた……だけど俺は思わずブレーキをかけて立ち止まってしまった。
――そこは凄まじい光景が繰り広げられていたのだから。
そこでは戦争が始まっていた。
橋へと続く道の上で今まで見たことのないほどの規模の戦いが始まっていたのだ。
機関銃や自動小銃が連射される音、行き場の定まらない罵詈雑言と悲鳴、魔法の詠唱音や化け物ならではの雄叫びがごちゃ混ぜになっている。
盗賊たちは誰であろうが橋から先へと行かせないとばかりに重厚な防御を作っていた。
どこかで機関銃を二つ束ねた銃座のついたバギーが後退しながら掃射していく。
銃声を響かせていたそれは、巨大な戦斧を持った一つ目の巨人――【サイクロプスファイター】の真っ正面からの突進を食い止められずにいた。
全身に銃弾を受けても止まらぬ怪物に、バギーが勢い余って空っぽのダムの中へとバックで飛び込んでいく。
それを追うように勢いを保ったまま一つ目の巨人も同じように飛び込んでしまう。
すると飛び込んだはずの車がまた戻ってきた。
盗賊たちが必死にしがみついたままのバギーが空高く弾かれていた。
そしてダムの壁から骨で作られた偽物の蜘蛛が這い上がってくる。
【ヒュージスケルトンスパイダー】だ。
八本の足を人間の腕の骨で形作った巨大な怪物が口を開けて落下するバギーを受け止め、咀嚼。
人間と金属がごりごりと咀嚼される音がした。
丸見えの肋骨の間にぐちゃぐちゃになったものが見えて――と思えばそこに戦車のように改造された黄色いブルドーザーが突っ込む。
前面に備えられたブレードごと体当たりをお見舞いした戦車モドキがバキバキと骨で作られた足を巻き込んで、頭部を押し潰していく。
砕けた。
そのまま頭部がもぎ取られると骨の怪物はバラバラに砕けていった。
ダムから一つ目の巨人が這い上がってくる。
改造ブルドーザーがやけに角ばった手作り感溢れる砲塔をたどたどしくそいつに向けて、真っ直ぐに伸びる太い砲身を顔面に合わせる。
車体に見合わないほど大きな戦車砲が発射されてがこん、と酷く唸った。
車が発射の衝撃でひっくり返りそうになったと思えば、至近距離から頭部に砲弾を叩き込まれた巨体が顔を抑えながらダムの中へと倒れていく。
安心したのもつかの間。
そこへバイクに乗った盗賊たちが聞き取れない悲鳴を上げながらブルドーザーの方へと突っ込んでいって、二台のバイクがブレーキもなしに車体の横にぶつかった。
しかし頑丈な装甲に包まれたそれは斜めを向いていた。
制御不能になった盗賊を受け止めるどころか受け流していって、ダムに設けられた障壁を飛び越えるように落下。
改造ブルドーザーが戦場のど真ん中で盗賊たちの支援に向かうが、今度は方向転換中のところにその真上に何かが落ちてきた。
それは巨大なナタを連想させる剣を持ったトカゲのような怪物。
顔に石のような質感をした肉体と羽を持つ【ガーゴイルファイター】だ。
砲塔ごと真上から串刺しにした怪物がばさばさと飛び立っていくと、それっきり戦車に似せられたブルドーザーは動かなくなってしまった。
左を向けば山から押し寄せる骨人間と緑色の小鬼が群れを成してが盗賊を切り裂き串刺しにし。
右を向けば空やダムの中から巨大な怪物が現れて、逃げようとした奴を考え付く限りの残酷な手段で殺していく。
対して数十人以上はいるであろう盗賊は必死に戦っている。
機関砲が、機関銃が、散弾銃が、小銃が、拳銃が、ありとあらゆる方向に向けてぶっ放されている。
銃弾の嵐に晒されても続々と現れる魔法の世界の怪物に背を向けて逃げる者。
半狂乱のまま乱射して味方ごと敵をぶち抜く者。
勇ましくも弾の切れた銃剣で突っ込む者。
夢のようでもあって地獄だった。
ゲームの中のモンスターが、別のゲームの中のキャラクターと戦って死闘を繰り広げているのだから。
どれくらいそれに見蕩れていたのかは分からない。
それは流れ弾だったのかもしれない。
俺のこめかみの上をひゅん、と銃弾が掠めてきてようやく我に返れた気がする。
ダムを占拠した盗賊と、モンスターガールズオンラインに存在するはずの怪物たちとの死闘の中に確かに道はあった。
橋へと続く道だ。そこを抜けてすぐ曲がれば長い旅は終わる。
「ほんとに……地獄みたいだな。まるで悪夢だ」
「……引き、返す?」
「はっ! 今更引き返せるもんか! サンディ、準備はいいか!」
「……うん。いけ、る」
俺はスロットルをしっかり握りながら後ろに向けて問いかけた。
返事はすぐに来た。肩の辺りをぽんと叩かれた。
ふとサイドミラーを覗くと後ろからようやく追いついてきたであろう炎の巨人が此方に真っ直ぐ走ってきている。
これからする事は実に簡単だ。
戦場の中を突っ切る。障害物はぶっ飛ばす。この2つだけだ。
「さあて……突っ込むぞォォォッ!!」
可能な限りスロットルを絞ってケッテンクラートを進ませた。
履帯がいつもより忙しく動き始めて、あっという間に猛スピードまで加速したそれが俺達を地獄へと運んでいく。
緑色の人間――ではなく【ゴブリン】の群れと交戦中の盗賊と出くわす。
道路の端に目掛けて突っ込んで、僅かに乱れたゴブリンたちの列を崩す。
緑の亜人が何人かぶつかった。後ろから突っ込んだ俺達のせいで列が大きく乱れると、そこへ盗賊たちの射撃の雨が襲い掛かる。
「何かきやがったぞ!!」
「新手かよぉ!? かまわねえ撃ちまく――」
土嚢を組み立てて作った陣地があって、それを遮蔽物にしていた盗賊たちがいた。
何人かが此方に気付く。
バリケード代わりの土嚢から身を乗り出した盗賊に銃を向けられた、が。
「れええええっ!?」
頭上から銃声がしたかと思うと前方の一人が回転するように倒れていく。
【XP+300】と経験値の入手が表示される。
その戦闘で弾倉のついた散弾銃を此方に向けて撃とうとした男の顎が吹き飛んだみたいだ。
サンディの狙撃だ。走行中だっていうのにまったくもって頼もしい。
「あの二人こっちに突っ込んでくるぜ!?」
「後ろから新手が来てるぞ!! クソッ! あの炎の化け物じゃねえか!」
「早く制圧射撃だ! このままじゃ飲み込まれて……」
スピードを緩めずに突っ込む。
土嚢で組み立てられた陣地は複数あった。
その中でも一番脆そうで、そのまま突っ切れる場所へと走る。
斜面と隣接している端だ。
「どけ! ボルダーの怪のお通りだッ!」
スロットルを固定、片手でハンドルを掴んで、運転席に立てかけていた自動小銃を左手で抜いた。
弾は装填済みだ。ハンドルの左側に弾倉を引っかけるように銃身を置く。
土嚢に向けてトリガーを引き絞った。
*PAPAPAPAPAPAPAPAPAPAM!!*
自動連射で5.56mmの弾がお構いなしに土嚢へと吐き出される。
すると視界の中で盗賊たちが咄嗟に伏せた。
条件は悪い、全弾ばら撒いても一発も当たってないだろう。
でもこれは直撃を狙ったものじゃない、怯んでくれればそれでいい。上首尾、好都合だ。
「サンディ! 捕まれ!」
「……うい!」
残りの弾も使いきるように撃ち続けながらも陣地の横側に突っ込んだ。
車体が傾く。揺れる。重量にものを言わせて土嚢をどさどさと弾き飛ばしていく。
流石に無茶があったのか失速してしまう――突き抜けた先で、向こうで遮蔽物に身を隠していた盗賊たちと目が会った。
一瞬何があったか分からないといった様子のそいつらはすぐに銃を構えて。
「と、突破されたぞォォ!!」
「なんだこいつらは!? 敵か!?」
「どっちだっていいだろ! 面倒くせぇし殺しちまえ!」
俺は弾の切れた自動小銃を運転席の中に放り込んで、ジャンプスーツのポケットから球状の手榴弾を抜いた。
肩越しにサンディのしなやかな手が伸びてくる。
安全装置を成しているピンが引き抜かれて、発火開始。
それと同時に思い切りスロットルを整えて、土嚢の裏にいる連中目掛けて放り投げた。
「……って! 手榴弾だぁぁぁ!! 撤退ィィィ!!」
ケッテンクラートが再び凄まじいスピードで走り出す。
目で確認する間もなく、土嚢から離れていった直後にパイプボムよりずっと強い爆発音が響いてきた。
一つ遅れて盗賊たちの悲鳴も聞こえた。
それはすぐに怪物たちの奇声や足音に飲み込まれて聞こえなくなった。
【XP+1200】
土嚢を越えた先では空っぽのダムから這い上がってくる怪物たちを次々と叩き落としている盗賊たちがいた。
此方には気付いておらず、そこにいる全ての車両と人間がダム側に向いている。
「へっへっへっへッ! 待ちやがれ侵入者ども! ここを通すわけにはいかないぜ! このデイビッド・ダムの王のレン・レイヤーズを無視するつもりか!?」
その眼前にいきなり黒いプロテクターで全身を守った奴――双眼鏡の中で見た盗賊団のリーダーと思われる変なおっさんが立ち塞がってきた。
俺は思わずブレーキペダルを踏み締めた。
「それどころじゃないだろ! 周りの化け物が見えないのか!? 死にたくなけりゃそこ退け!」
「そうはいかないぜぇ! 人間だろうが化け物だろうが関係ねえ、俺の城をタダで通り過ぎるやつは死刑だ! ここから先にいきたきゃ通行料を払うか……力づくで押し通って見せろ!」
そいつは唯一俺達に気付いていたみたいだ。
機関銃を威圧的に真上に向けて構えたまま、プロテクターだらけの肉体を堂々と此方に見せている。
……相手にするのもバカらしい。
「貴様がなんなのか知らんが、この俺様の要塞であるデイビッド・ダムをタダで素通りする事は……」
今はそれどころじゃないんだ。それくらい分からないのかこいつは?
停車状態のまま『やれ、サンディ』と左手で後ろに向かって合図を送った。
「やれ!」
耳元でかちゃりとボルトが引かれた。
薬莢がはじき出されると同時にサンディの小銃が俺の頭の上を過ぎていく。
一瞬の間を置いたあと、頭上で銃声が響いた。
「ッぎゃあああああっ!?」
ケッテンクラートを走らせると同時にダムの王とやらは――利き腕をぶち抜かれたようで、足元に機関銃が転がり落ちた。
俺は最後の手榴弾を片手で取り出す。
後ろからそっと褐色の手が伸びてきた。
ピンが抜かれた。
「きっ貴様らああああああ!! 人が話しているのにいきなり撃つとはなんてふてぶてしい奴等だ! 許さねぇぞ! おいこの侵入者どもに――」
「悪かったな! こいつはお詫びだ!」
腕を押さえながら怒声を垂れ流すそいつとすれ違うと同時に、横に向けて発火を始めた手榴弾を転がす。
「まっ、待ちやがれ卑怯者ッ!! ここは俺の要塞だ! 俺の城だ! 俺の財産だ!! 化け物だろうが人間だろうがここはタダじゃ通らせねえ! 頼むから俺を無視するんじゃ―――!!」
自称ダムの王から逃げるように全速力で盗賊と怪物の戦場をすり抜けたあと、背後で爆発音が聞こえた。
爆風と破片が飛んできた。
ケッテンクラートの尻が、かつん、と破片を弾いた気がする。
「知るか、バカ野郎が」
「……へんな、ひと」
【XP+1200】
それに続いて盗賊たちの悲鳴が、銃声や化け物の唸り声よりもはっきりとこっちに伝わってきた。
「だ、だめだ! この前より数が多すぎる!!」
「退却ー!! ダムの中へ逃げるぞぉぉ!!」
「ぼ、ボスが死んじまったァァ!!」
「何時の間にやられちまったんだよ!?」
「ど、どうすればいいんだ! あの"炎の巨人"もこっちに来てるぞ!!」
「撃て! 兎に角撃ちまくれ! 退却しつつ射撃継続しろぉぉ!」
一度の混乱を挟んでから、不規則な射撃音が後ろで撒き散らされる。
盗賊たちと怪物たちのキルゾーンから抜けたら、あとは真っ直ぐ橋を進むだけだ。
橋の上には何も見当たらない。
強いて言えば橋から見渡される干からびた地の中で、数え切れないほどの"魔物"の死骸や車両の残骸がぐちゃぐちゃになって重なっている光景が見えたぐらいだ。
「くそっ!! 今度は侵入者も来ちまったぞ!!」
「殺せ! 全部殺しちまえ! どうせ俺達はここで死んじまうんだ!!」
「ヒャッハー!! 女もいるぜェ!! どうせ死ぬならあの二人ヤっちまおうぜェ!」
お次は目の前に、あの戦場から逃げ出してきたであろう盗賊たちが立ち塞がった。
土嚢を蹴り飛ばし、バリケードを超えて仲間達を見捨ててきたような……小銃で武装しただけの、もはや説明も不要なろくでなしだ。
そして粗末な小銃や短機関銃が3人分、此方に向けられると同時に様々な音を立てて銃撃を加えて来る。
薬きょうが落ちる、連続した銃声が響く、そして弾が身体のすぐ横をひゅんと掠めた。
何発かケッテンクラートの装甲に当たってカンカン音を立てて弾かれていく。
「……じゃま、どいて」
俺の真上で相棒の小銃が構えられた。
それに合わせてケッテンクラートのスピードを緩めた。
サンディがボルトを操作して空薬莢がはじき出されて、続けざまにばぁん!と308口径の弾が放たれる。
「男は半殺し、女は手足をもいで仲良く三等分と――ひぎゃあっ!!」
ど真ん中にいた一人が顎をぶち抜かれて、ぐるりと片足で回転しながら弾けとんだ。
俺も自動小銃を手元から押しのけて、片手で散弾銃を抜いて残った盗賊たちの合間を狙う。
「おい、お前ら! 散弾は好きか!?」
照準は大雑把でもいい――二つの引き金を全て引き絞った。
いつも以上に派手で強烈な、2発分の散弾の同時発射だ。
片手が吹き飛びそうなほどの反動、小銃以上の束ねられた銃声、短くなった銃身から散弾の雨が向こうにいた盗賊をずたずたに薙ぎ払った。
【XP+900】
死体の確認をしなくても結果が分かるほどの威力だ。
反動で持ち上がって痺れる手でケッテンクラートの座席の中に散弾銃を放り込みながら、俺は死体を避けて進む。
いよいよ橋の奥へと入り込む直前、スピードを落としてサイドミラーに頼らず振り返った。
お馬鹿なリーダーを失い、防御が崩れてバラバラになった奴らが死に物狂いでダムの内部へと敗走しているようだ。
運悪く誰かが炎の巨人の関心を引いてしまったんだろうか。
炎の槍が後退する車両ごと人を焼き払う。
這い上がってきた骨の蜘蛛が散らばった人間を掃除機のように吸い上げて、逃げ遅れて取り残された盗賊たちが粗末な槍や棍棒をもったゴブリンたちに群がられて残酷な死に様を迎える。
それは今までこの世界で見た光景の中で一番衝撃的だった。
俺の同郷たちはよほどこの世界の盗賊たちが気に食わなかったんだろう。
思うが侭の残虐を振舞って、あっという間にダムに巣食う奴らを蹴散らしてしまった。
――まあ結果的に楽に突破できたんだ、さっさと立ち去ろう。
その時、後ろを向いたままの俺の視界の中で、執拗に盗賊たちを追い回していたファイアエレメンタルがこっちに向かって頭を向けた。
紅い炎で表現された瞳が俺に向けられている。
まずい。あいつに気付かれたか?
慌てて走り去ろうとしようとするものの、不思議な事に炎の巨人は動かなかった。
二つの紅い瞳はただ此方を見ているだけ。
やがてそいつは興味を失ってしまったのか……くるりと振り返って、盗賊を蹴散らしてご機嫌と言った様子の背中を見せながらその場を去っていった。
「なんか、思ったよりすんなりいけたな」
「……んむ」
そしてケッテンクラートで屍と残骸の間をすり抜けて、デイビッドダムの端の向こうへ辿り着いた。
過程がどうであれ難関は突破できたんだ、これでやっと旅が終わる。
橋を渡り終えた俺は背後にいる相棒にむけて左腕をぐっと伸ばした。
「……はあ、なんとかなったな」
「うぇい」
「よくやった、サンディ。今日もお前に助けられちまったな」
「……相棒、だから」
伸ばした手にぱちんと手が重なった。ハイタッチだ。
殆どサンディが立ち塞がる敵を倒したようなものだけど、今は二人で一つだ。
俺達が去ったあとのデイビッドダムは、もう二度と盗賊が住むことが出来なかったと言う。




