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モンスターガールズオンライン!  作者: ウィル・テネブリス
*プロローグ* ゲームのはじまり、ゲームのおわり
4/96

*4* Shotgun and head

 不思議な出来事が起きた。

 気分がぼーっと遠のいていったかと思ったら、砂糖をざらざらとかき混ぜるような音、それからずしりと足に感じなれない感触が走った。


 ――そう、例えるなら靴を履いたままちょっとした段差から地面に飛び降りたような。


 突然だから当然、(おどろ)いた。

 意識が徐々に戻って目がしゃっきりと覚めると、俺の目の前から電源のつかなくなったパソコンが……消えていた。


「えっ……あれ?」


 最初に思ったことは自分の大事なパソコンが消えたと言うことに対するショック。

 当然だ、色々大事なものが沢山詰まっているHDDが残っているしバックアップを取ったのはそもそも結構前に――いやそうじゃない。


 目の前にあったはずのパソコン一式に机にコンセントといったものが無いとは分かった。

 けれどもそれ以前の大きな問題にぶちあたった。


 白いコンクリート製の冷たくて硬い床と地面が広まっていて、オマケに肌寒い。

 自分のパソコンが消えてしまった方がよっぽどショックだったのか今ようやく気付いたこと。バカか俺は。


 部屋の中は何もないというわけじゃなかった。そもそもの話とても自分の部屋とは思えない有様だ。


 ひんやり冷たい壁には窓が一つもない。

 申し訳程度に鉄格子つきの窓が一つあるだけだった。

 それも真上、天井の手が届かない場所のど真ん中である。

 そこから外を見ようとしても真上しかみえず、過剰(かじょう)なほど明るい青空が続いているだけだった。


 目の前にあったはずのパソコンと机はない。

 本当に何もない。視線を横にスライドさせると(さび)で赤くなった粗末なパイプ椅子に見慣れないノートと鉛筆(えんぴつ)が置かれた埃まみれの机が放置されている。


 部屋の隅には脅威(きょうい)の薄さを誇る毛布が一枚置かれただけのベッド。

 錆だらけの蛇口と洗面台。

 何も入っていない開いたままのロッカーに動いているのか分からない表面が黄ばんだ小さな冷蔵庫。


 開きっぱなしの扉があったのでちょっとだけ中を覗いてみると、バスタブにトイレにカーテン。

 おかしい、俺の部屋はいつからトイレ兼風呂場の西洋式バスルームと直結したんだ。


 ははっ、これじゃFallenOutlawの世界みたいだな。

 非常識(ひじょうしき)ぶりに(おび)えるどころか、なんだかつい今までやっていた洋ゲーのことを思い出してなんだか笑えてきた。


 そうだ、あのゲームはこういう感じだ。


 主人公は荒廃した地上を彷徨い、脱出する前に渡された個人情報端末(PDA)の情報の中にあった小さな個人用核シェルターに向かう。

 崩壊した文明で人を(さら)って殺して犯して好き放題に生きるレイダーと呼ばれる野蛮な人間たちがうろつく、昔は何処かの田舎町だったところだ。

 手付かずのシェルターを見つけた主人公はそこを拠点に、PDAに記された情報やラジオを元に冒険していく、というのが大体の物語である。


 それで、俺は一体どうしちゃったんだ?


 話す相手がいたらきっと絶え間なく話し続けたと思うぐらいに色々な言葉を胸のうちに溜めながら、肌寒い部屋のベッドに座り込んだ。

 頼りないベッドだ。

 石みたいに固くて机か何かの上に座ってるみたいで心地悪い。尻が痛くてため息が漏れた。


 ……というかおい、ため息をついたら真っ白な息が出てきたぞ。

 まだ雪が降るような時期じゃないのに。

 信じられなくて笑いが口から漏れると白い息がまた出てきた。

 白い色を意識したせいかすごく寒くなってきた。


 熱をもった自分の息を目で追うと――正面、つまりこの狭苦しい牢獄(牢獄)みたいな部屋の入り口と思われる扉があった。


 それは決してただの扉なんかじゃない。

 どう見ても銀行とかにある金庫の扉のような、少なくとも一般的な家庭におくべきじゃない(たぐい)のハンドル付きの丸い扉が突き出ている。


 困ったことにそれには見覚えがとてもあった。

 そう、割と最近、現実の世界じゃないけどゲームの中でお目にかかれたような代物だ。

 的確にいってしまえば、あの世紀末世界で生き延びるゲームの中に出てきた扉と瓜二つといったところ。

 操作した主人公がハンドルをぐるぐる回して入り込んだ安全地帯の出入り口は丁度こんな感じだ。


 ……おいおいまさか、夢でも見てんのか?


 よもやこの俺が「パソコンの電源つかなくなっちまった!」というショック程度で寝込んで夢の世界に辿り着いたなんてありえない。

 しかもよりによってあんなゲームの世界の夢を見るはめになるなんてありえるだろうか。

 俺は夢なんか見ていない。夢だったらこんな自由に動いて思考が働くもんか。

 冷静に、とにかく冷静になろうと妙な状況に震えながら深呼吸をしていると。


『――聞こえますか。もしもし。聞こえますか?』

「……ん?」


 丁度尻の辺りから声がした。

 別に自分の尻が声を発していたとかそういうわけじゃない。

 もしそれが本当に「やあ、調子はどうだ!」とでも喋っているなら即座に夢だと判断できたと思う。

 何故ならその声は女性の声、しかもこれもまたかなり覚えのある声で。


『聞こえますか、112様。聞こえたら返事をしてください』

「……」


 その声はしっかり俺を呼んでいた。

 様々な世界(ゲーム)の中で使ってきた、もう一人の自分の名前を呼ぶ声が。


 恐る恐る自分の身体を持ち上げて座っていた場所を見てみると、物凄く……とにかく印象深い形状をしたものが転がっていた。

 まさについさっき考えていたことの中にあった、あの『FallenOutlaw』の主人公が持っているPDAだ。

 手のひらに収まる長方形で色はダークグレー。音量調節のつまみの隣には汚染測定器とコンパスが埋め込まれていて、上にはこんな文字が書いてあった。


【PDIY-1500】


 一見すればこれはただのちょっと大きなスマートフォンか何かに見える。

 でもこのPDIY1500というのは完全にあの『FallenOutlaw』の中に出てくるPDAと同じ名前だってことだ。

 記憶が確かなら、ハーバーダムの中に設けられた核シェルターで暮らす生存者達はみんなこれを所持していた。

 "シェルター族"のユニフォームである黒いジャンプスーツとこのPDAの二つがこの物語の主人公のトレードマークである。


 つまりどういうこった? 俺は主人公にでもなってしまった夢でもみてるのか?


『お願いします……どうか返事をしてください。112様』


 だけどその女性の声は確かにそのPDAのスピーカーから聞こえる。


 手に取ってしまった瞬間、何故か後戻りできない世界に踏み込んでしまうような強い不安がする。

 でも、もしも本当に自分が主人公だったらそれを取って応じなければいけない。

 ゲーム風に言ってしまえば、クエストの始まりがそこにあるのだから――。


 俺はいっそこの夢の主人公だと割り切ってそのPDIY-1500を手に取った。

 冷たくてそれでいながら生々しい重さがする。


 表面にあった『OPEN』と書かれた銀色のボタンを押すと、かしゃんと音を立ててPDAの画面がスライドして出てきた。

 緑色のインターフェースに緑色の文字。自分の名前である『112』という文字と、数本のゲージが右に向かって伸びていた。

 ゲージは今のところ綺麗に画面の端まで並んではいたけど、『空腹』『水分』『疲労』『経験値』とご丁重に日本語で書かれていて驚いた。


 どうやら俺はこの世界の主人公になった夢を見てるようだ。

 なんだか不安が全部吹っ飛んでしまった。夢の中とはいえゲームの主人公になれるだなんて滅多にない経験だ。


 PDAの『SYSTEM』とかかれたボタンを指で押すと、画面が切り替わって――この世界のおおまかな地図が浮かんできた。

 現在地は核シェルターのあったハーバーダムから離れたところにある、かつては街があったものの盗賊が住み着いてしまった廃墟の中のようだ。


『112様……どうかお返事を』

「……えーと、いるけど……」


 もう一度、本当にそれで最後になってしまうんじゃないかというぐらい弱弱(よわよわ)しい声が聞こえてきたのでぎこちなく(おう)じた。

 しばしの沈黙。

 そして一呼吸分ほどしてPDAから声が響き始める。


『ああ……良かった! 112様ですね!?』


 どうやらこの声の主は、ちゃんとゲーム内で設定した俺の名前を呼んでくれてるようだ。

 ここは一つ、主人公になりきったつもりで応じてみようか。


「ああ、そうだ」

『……申しわけありません、112様。貴方にはまず先に謝らないといけません』

「謝るって? というか……誰だ?」


 本当に申し訳がなさそうな情けない声が聞こえた。謝るとは一体なんのことだろうか。

 そしてまたしばしの沈黙。

 仕方がないのでPDAの画面に指を当てて画面をスライドさせた。あ、動いた。

 そうやって指でつるつるなぞってマップをざっと見渡そうとしていると。


『……私は危機が訪れたフランメリアを救う為に貴方達『プレイヤー』を呼んだ者です』

「……フランメリア?」


 ステータスを開いて画面下のタブをいじって『スキル』だの『称号』だの表示させたところで、不意に聞き覚えのある名前を耳にして手が止まる。

 これが夢だなんて考えをふっ飛ばしてくれるどころか、考える隙間も埋め尽くしてしまうほどの衝撃がきた。


 何故ならそれは……あのモンスターガールズオンラインの中に出てくる、俺達プレイヤー、そしてヒロインたちの冒険の舞台の名前だったからだ。


 ははは、なんだ。つまりあれか? 俺の夢の中じゃあモンスターガールズオンラインとFallenOutlawが合体してしまってるってことか?


『……本来であれば私は貴方をフランメリアの国へと召喚するはずでした。しかし……手違いで全く関係のない、私の知らない異世界へと貴方を送ってしまったのです』

「あー……いやいや、あのー……」


 夢だ夢だとはさっきは散々考えたことだ。

 だけどなんだか話を聞いているうちに少しずつ、自分の中で決定的だった何かが崩れ始めていた。


「ちょっと待ってくれ、何いってんだ。フランメリア? あのモンスターガールズオンラインの?」

『今、プレイヤーと呼ばれる方たちは(みな)フランメリアの地にいます。あなたも本来であれば、私の娘達――貴方にとって大切な存在である『ミセリコルデ』の元へ送られるはずだったのです』


 ミセリコルデ。

 そんな名前を耳にした瞬間、どっと強い不安が走ってこめかみの辺りから嫌な汗を感じた。

 どうして。どうしてここが夢じゃないという不安が芽生えているのか。


「ミコ…? おいおい待て! 何いってんだ? まさか俺がゲームの中に入ったとか言いたいのか?」

『……信じられないと思いますが、貴方の言うとおりです。ですが……貴方だけそうはいかなかったのです』


 ゲームの中に入れたら、だなんていつも思ってたぐらいである。

 あんなゲームの中に入ってこうしたい、このゲームの中でこんなことをやらかしたい。

 そんなはっちゃけた考えは時々するし、望んでいたことでもあった。


 ああそうだとも。

 だけど――これはなんだ? 夢にしちゃここが現実だと言う感覚がこのPDAから発せられる綺麗な声に乗せられて届いている。


『何故か貴方だけフランメリアではなく、私の知らない危険で荒廃(こうはい)した世界に降り立ってしまいました。何度も貴方を取り戻そうと手は尽くしたのですが……その世界には私の力が届かず、このPDAというカラクリ仕掛けの道具越しに貴方に道を告げることしか出来ないのです』

「……ああ」


 そんなことを言われてああそうか、そうだったのか、なんて速攻で返せる奴がいたら羨ましい。

 ただしそいつはよほどイカれているかイカれてるぐらい頭がいいかのどっちかになるが。

 でもまさかこいつの言っていることは本当じゃないんだろうかという、不安でもあり希望でもある考えが過ぎる。


 フルスクリーンで強制表示されるゲーム画面と文字に聞こえてくる声。

 その間、俺は俺しつこく別のゲームを起動させようとした。

 声の持ち主にゲームの世界へ引きずり込まれるはずが、手違いで意地でも起動しようとしていたFallenOutlawというポストアポカリプスなゲームの世界へ送られてしまった……。


 そして現在に至るのであった!

 ――なんて考えたけどやっぱり馬鹿馬鹿しい。やっぱり夢だ夢。


『幸いにもフランメリアへの道を作り出すことだけは出来ました。これ以上の介入は…―――せん…も、貴方を見捨てることは――、……どうかご無事で――」


 仕方がなく聞き流しているとざーざーとノイズが混じって、PDAの話はそこで途切れてしまう。


 しばらくPDAは無言だったものの、すぐに代わりとしてラジオが流れ始めた。

クラシックだ。

 弾けるような弦楽器の一斉演奏によるスタートのあと、心地よく力強い音色が盛大なパレードのように響いた。


 クラシックは好きだからタイトルも良く分かる。

 これはベートーヴェンの交響曲の第七番の第四楽章だ。

 あんな声よりも明るく盛大な交響曲のほうがまだ有意義である。


 とにかく、ここでじっとしているよりまずは外に出よう。

 元気の出るクラシックが流れるPDAを片手に、俺は部屋の丸い扉のハンドルをぐるぐる回してあけた。

 何度か一生懸命回したあと、扉はさほど音も立てず重々しく開いた。


 開く途中、鏡のように磨かれた扉の表面を見ていると、自分が黒いジャンプスーツを着ていたことに。

 核シェルターのユニフォームだ。随分と本格的な夢だなと思う。

 コンクリート製の壁に囲まれた、赤い非常灯で照らされた暗い階段がみえた。駆け足気味に駆け上がった。


 その先には――――見事にぶち壊され、さび付き、倒れかけ、汚い姿をさらす小さな街の姿があった。

 晴れ晴れとしていて青い空はとても綺麗なのに、いかにも世紀末と言わんばかりに汚く険しく退廃的な世界がずっと広がっている。


 クラシックを垂れ流しながら街を進む。

 飼い主を失い、長い間放置された上にパーツをごっそり抜かれた廃車が幾つも並ぶ道路に足を踏み入れる。


 すると車の陰から人の姿が見えた。

 ボンネットの裏から身を乗り出して、何故か此方の様子を伺ってるようにも見えたけれども。

 ともあれ向こうに誰かがいる――俺以外に誰かがそこにいると分かった瞬間、物凄く安心した。

 こんな訳の分からない状況に放り込まれて、街そのものが死んだような場所にたった一人でいるなんて不安だったからだ。



「おーい! そこに居る人!」


 良かった、ちゃんと人がいたのか。

 少し早口になりつつも、俺は道路のど真ん中でそれに声を浴びせながらぶんぶん手を振る。


 そいつは男だった――堂々と立ち上がってこっちに姿を見せてくれたから、すぐにはっきりとした全体図が見えた。


 薄汚い肌に、底が抜けかけたぼろぼろのブーツ。

 黒いライダースーツにそこら辺の鉄くずでも貼り付けたようなごつごつとした見てくれに、獲物を見つけた獣のような血走った目と、それから此方に向けて構えている――。


「ひゃあっ! 新鮮な肉がいやがったか! 今夜はご馳走だぜ!」

「――はあっ?」


 銃身が二本水平に並んだ散弾銃(ショットガン)の銃口が二つ。

 そして銃口は此方(こちら)に向けられ。



 *ダァンッ!!*


 銃声が聞こえた。

 頭がぐちゃぐちゃになるような信じがたい痛みが一瞬ぎりりと走ったあと、波のように広がる衝撃がゆっくりと淡白に伝わった。



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