*39* どけや! その1
*二十九日目*
早朝にガーデンのマダムたちに見送られて、東へと続く道路を進んだ。
俺とサンディは旅立ちの前に貰った『朝食』を食べながらひたすら長い道路を進んでいた。
「……うまいな、これ。さすがマダムだ」
「……うまうま」
マダムが自ら焼いたというコーンブレッドと、ピッグマンの肉で作られたソーセージを炙ったものだ。
トウモロコシの粉で作ったパンはずっしりとして、ブロック状にカットされたものがごろごろと紙袋の中に入っている。ほんのりと甘くてうまい。
炙られたばかりのソーセージは大ぶりのものが六本も紙に包まれていて、肉汁がたっぷりで食べ応えがある。
朝食にしては随分と重量感のあるそれを二人で半分ずつ食べながら、俺達は旅路の終着地点へと着実に近づいていた。
……とはいえ、びっくりするぐらい何もない。
横は不毛を見事に体現してみせた荒れた大地に無数の丘。
盗賊どころかミュータントすらそこで生きることをためらうほど何もない。
そのおかげで難なく、というよりは何一つ障害にぶち当たることなくスムーズにデイビッドダムへの道のりを進みきってしまった。
襲う側からすれば奇襲も罠もかけ放題の丘ばかりの道は、走り続けても何も起きず。
その次に立ちふさがった険しい地形に挟まれぐにゃぐにゃと曲がった道路に差し掛かってもミュータント一匹すら見つからず。
ようやく分岐点ともいえるハイウェイに差し掛かっても立ち塞がる壁がない。
そのまま進んでようやく【デイビッドダム・ロード】という本命への道へ入って進み始めたものの、一向にトラブルが舞い降りない。
あるのは活動を停止し寂れてしまったダムの姿と淡々と前へ続くアスファルトのみ。
それまでサンディと一緒にずっと周囲に注意を払っていたのがバカらしくなってしまった。
てっきり強大な壁が立ち塞がったり、いきなり後ろから盗賊たちがヒャッハーいいながら車に乗って激しいカーチェイスでも始まるのかと思っていたけど何一つなかったのだから。
結局俺達が警戒し続けて得る事のできたものは、ソーセージの食べすぎによる胃もたれと、長々と走り続けて生じた眠気だけだった。
「……結局何も起きなかったな」
気分転換を必要としていた俺は後部座席にいるサンディに向けてそう言った。
とても眠かった。胃にソーセージの油が行き渡ってむかむかする。
時速60kmほどのケッテンクラートの速度にあわせて段々と近づいてくるダムの姿を見て、俺はなんとも言えない気持ちになってしまった。
そりゃそうだ。てっきり何か起きると身構えていたのに何もなかったのだからとんだ肩透かしだ。
「……ふあー」
後ろからは返事代わりに普段よりも一段と気だるそうな欠伸が聞こえてくる。
昨晩全裸でヘッドロックを決めて、緊張で眠れなかった俺を朝までぐっすり眠らせてくれた犯人だ。
サイドミラー越しにその姿を見てみると、下手な全裸よりずっといやらしい姿のサンディが眠そうこっちを見つめている。
ついさっきまでは小銃を抱えたまま休む間もなく四方八方を見張っていたというのに、今じゃすっかりリラックスしきって眠ってしまいそうだ。
「……どうする? 一旦休憩するか?」
「……ねむい……けど、だいじょぶ」
少しでも眠気を誤魔化そうとサンディに話しかけてみるものの、当の本人は珍しく弱った調子の声で返してきた。本当に眠そうだ。
かくいう俺も眠い。そして首が痛い。
長い運転のせいで睡魔というラスボスがすぐ目の前まで迫っている感じだ。
このままじゃうっかり眠りこけてあらぬ方向に突っ込んでしまいかねない。
「やっぱり休まないか? 無理は良くない」
「……ねむねむ」
サンディだって俺に負けないぐらい眠いはずだ。
何故ならこのデイビッドダム・ロードにつくまでずっと周囲を警戒してくれたからである。
お互いにぐっすりと眠ったはずなのに、無駄に気を張り詰めさせていたせいですっかり気力を浪費してしまった。
ここで無理をしてデイビッドダムに向かって一体何の得があるんだろうか?
ゴールが近いからと言って焦る必要なんてない。ましてここで一旦体勢を整えた方が賢い選択だ。
「よし……サンディ、一旦休憩だ。少し休もう」
「……わか、った」
このまま居眠り運転でもして事故でも起こしてしまうのはごめんだ。
俺はケッテンクラートを少し早めに走らせた。
休憩を挟める場所を探しながらしばらく先へ進む。
「昔、ここで何があったんだろうな」
「……ごちゃごちゃ、してる」
デイビッドダム・ロードを北へ上がっていると途中で分岐路がまた見えた。
パーキングエリアだった。
乗り捨てられた車両がいくつかと――明らかに普通の車両じゃない何かの残骸が置いてある。
ともあれ休憩を挟むなら都合がいい。
俺は一度ハンドルを曲げて途中の道に入った。
「……おいおい」
どんな悪路でも大抵は走れるケッテンクラートが中に入っていくと、さっき見た何かの残骸の様子がはっきり伝わってきた。
それを目にすると眠気が少し晴れた。気が自然に引き締まっていく。
「……サンディ、疲れてるとこ悪いけど少し警戒」
「……てき?」
「いや、敵だったものがある」
そこに入ると……廃車の列に混じって明らかな違和感の塊が鎮座していた。
モスグリーンの装甲に身を包んだ無人戦車だ。
それも前見たものとは違って、履帯じゃなく巨大なタイヤを左右に四つずつ装着したものだ。
巨大な機関砲を搭載した砲塔は一体何処を狙っていたのかダムの横に向けられたままで、角ばった車体の側面中央にはぽっかりと穴が空いている。
――さて、一体どうしてこうなったのか。
ふと思った疑問に突き動かされてケッテンクラートで少し近づいてみると、装甲の一部がひしゃげて大きな穴の周りが焦げていた。
その穴の大きさは酷いものだ。人間が楽々と中に入れるほど広い穴があいていて、無人戦車の中身がはっきり見えている。
それどころか車体の上面が殆ど焼け焦げている。
近づけば火薬と焦げた金属の交じり合った香りがほのかに迫ってきて、良く見れば砲塔は潰れて機関砲の砲身がだらりと垂れ下がっている。
少し考えてすぐ分かった。
足回りは無事だ。その代わり砲塔と車体上面の損壊が著しい。
つまり横から何かを受けてその中にあった弾薬に引火して爆発したのだと。
そうなると誰が? もしそれが出来るとすれば対戦車兵器――例えば対戦車ロケット弾や、戦車に対抗できるような砲を持っていた?
それもまた少しの考えで導き出された。
デイビッドダムを占拠したとされる盗賊どもの仕業じゃないのかと。
「あれをみてくれ。無人戦車がやられてるだろ? 横から何か……対戦車兵器でも食らったような感じがする」
俺は車と車の間にうまくケッテンクラートを停めた。
駆動音を抑えるように改造されたエンジンが停止すれば、そこで休憩を取るついでに親指で無人戦車の残骸を指で示した。
「……せん、しゃ?」
じっと後部座席に座っていたサンディはその場でぐっと両手を組んで、気持ち良さそうに伸びて、腕を下ろしてぶるんと胸を服越しに揺らしながら降りていく。
相変らず裾が調整ミスをしでかしたのかと疑いたくなるスカートと、ニーソックスで締め上げられた太腿をこっちに見せつけながら戦車の残骸へ近づいた。
興味津々といった様子でぺたぺた触って何か調べ始めている。
「……いって、くる」
「気を付けろよ」
それから程なくして大きな穴からするりと無人戦車の中に入り込んでしまった。
その際にスカートの中身が見えそうになったけど顔を逸らしたのでセーフ。
俺は鞄から水筒を、それからスーツのポケットからPDAを取り出した。
ぬるくなった代わりに塩素臭くない水を一口飲んでから画面を開く。
ステータスを見ると『首を痛めてます』という余計な情報が見えたけど無視。
マップを開いてこの近辺の情報を調べると、間近に迫ったデイビッドダムに道筋が表示されていた。
このまま道路を真っ直ぐ道なりに進んで、その先にある橋を渡って、そのすぐ左にある湖のほとりに行けばいいらしい。
一旦PDAをしまった。
それから双眼鏡を取り出してダムの方向を確認。
干上がって機能を果たせなくなったダムはぼろぼろのままだ。
だけど良く目を凝らしてみると拡大された視界の中で何かが動く。
人間だ。銃を持った人間が五名か六名ほどダムの上から周囲を見張っている。
装備は殆どが小銃のようなものを持っているようだ。
遠くで見る限りは詳細は分からないものの、間に合わせの粗製品じゃなく洗練された造りで恐らく自動で撃てるタイプだ。
格好はというとそこら辺にいるような盗賊とは全く違うものだった。
灰色のジャンプスーツの上にケブラー製のベストやポーチをつけて、その上で軍用のヘルメットを被って防御を固めていた。
あれは間違いなくデイビッドダムのシェルターから奪ったものだ。
間違いない。あそこにはダムを占拠した盗賊がうじゃうじゃいる。
更に様子をじっくり観察してみると、何やらダムの上でうろついていた盗賊たちが急に立ち止まり始めていた。
するとそいつらの間に割り込むように一際違った姿の人間が現れる。
黒い甲冑――いや、真っ黒なプロテクターをべっとりと貼り付けた装甲服に身を包んだ盗賊だ。
見た目も明らかに周囲とは違って、他の盗賊たちも何やらそいつに向ける態度も違った。恐らくリーダーだと思う。
そいつは大型でドラム型の弾倉が斜めに取り付けられた機関銃を片手で軽々と持っていて、何やら山の方を指で示していた。
その指の動きに合わせて盗賊たちも振り向く。
つられて双眼鏡越しに視線を向けるものの……何も見当たらない。
そのまま山の方を見ながらも何かあるのかと考えてみた。
いや、一つだけ思いついた。
丁度目の前にある無人戦車の残骸の砲塔が向けられていた先と一致する。
つまり山の方角に何かがいた、或いはまだいる?
山の姿からさっきの盗賊たちのところへ双眼鏡を戻すと、何故か盗賊たちは慌てふためいた様子でその場から移動していった。
「……イチ、みて」
やがてダムから人の姿が消えた直後、特徴のない平坦な声に呼びかけられた。
それをきっかけに双眼鏡を下ろして振り向けば、
「どうした?」
「……おた、から」
「おたから?」
サンディが無人戦車の残骸の前で俺を手招きしている。
なんだと思って近づくと何故か嬉しげに両手を差し出してきた。
心なしかマスク越しにほのかに微笑んでいるように見える。
そんな彼女の手のひらの上を見てみるとそこには若干煤けた銃弾――308口径の銃弾が山のように乗っかっていた。
「……それどうしたんだ?」
「……なかに、あった」
何となく一発だけ手にとって見ると、ちゃんと視界の中で【308口径弾】と名前と、その品質や状態が表示された。
問題なく使えるしサンディの銃でも使えるもののようだ。
でも308口径の弾というと俺がガーデンで結構な値段で買ったものだ。
確か買い物の際『どうせここで最後だし奮発してサンディに買ってやるか!』とわざわざ高価なのに十発も思い切って買ってしまったのだから良く覚えている。
なんてこった……折角買ったのに無駄になってしまった。
……いや、ちょっと待った。
まずその銃弾をサンディは何処から手に入れた?
俺は少しだけ薬莢が焦げていたりする銃弾をサンディの手のひらに戻して、恐らく彼女が調べていたであろう戦車の残骸を見た。
「サンディ、この戦車の中にあったのか?」
「……うん……ぜんぶ、ひろった」
サンディに尋ねてから嬉しそうに答えられた俺は一瞬で眠気が吹っ飛んだ。
思わず俺はサンディを押しのけて無人戦車の状態を調べる。
まず車体の横には穴が空いている。砲塔は中で爆発が起きたのか外れかけていて車体は焦げている状態だ。
「ちょっと待ってろ、見てくる」
車体に駆け寄ってタイヤを蹴って手早く登った。
そして砲塔の上面を調べると真っ黒焦げのハッチが辛うじて繋ぎとめられていて、そこから中身が丸見えになっていた。
「……どう、したの?」
「おかしいんだ。妙だぞこれは」
中は……狭くて殆どが焦げている。
奥に機関砲の一部とそれに併せて取り付けられた機関銃の後部の姿があった。
試しに機関銃に手を触れてみるものの分解は出来ず【使用可能】と出る。
それはつまり弾さえあればまだ撃てるし、頑張って取り外せばそのまま使えるという事だ。
すぐに砲塔から降りてサンディの入った穴から調べてみると、結構な数の無事な部品がその中に残されているようだった。
俺はすぐにおかしいと気付く。
単純なことだ。考えてみればすぐ思い浮かぶ。
シェルターを襲撃してその中にあった物資や技術を根こそぎ吸収する盗賊たちがすぐ目の前にいるのに、殆ど手付かずだ。
――それっておかしくないか?
仮にこの無人戦車をそいつらがやったとしよう。
じゃあ倒した戦車をそのままにするか?
いいや、するはずがない。
この世界では食べ物はおろか銃弾すら貴重だ。
それなのに貪欲な盗賊たちがまだ使えるパーツが眠ったままの残骸を、ましてやまだ使える銃弾や機関銃をそのままにするか?
それも自分たちが住処として使っているダムのすぐ近くなのにだ。
「……サンディ、残念だけど休憩は出来ないみたいだ」
何か妙だ。
俺は焦げ臭い砲塔から離れるとサンディに言った。
自分の使う銃の弾をタダで手に入れられて満足げなサンディはすぐに首を傾げてくる。
「……どう、したの?」
「変なんだ」
「……へん、って?」
「……おかしくないか? 無人戦車の残骸があるのに中身は手付かずだ。盗賊の拠点があんな近くにあるのにだぞ?」
得体の知れ無い不安すら感じる。
俺はダムを指で示しながらサンディに最低限の説明をした。
当然頼れる相棒はすぐに緩んでいた気を引き締めてくれて、がちゃりと小銃のボルトを引いて初弾を装填する。
「……たし、かに」
「それにさっき双眼鏡で様子を見てたんだけど……ダムの上に盗賊たちがいた。でも山の方に注目していて、慌てた様子で去っていった」
段々と嫌な予感が拭いきれなくなってきた。
盗賊たちが指差していた方角と、大破した無人戦車のだらりと垂れた砲身が向かう一つの山を見て色々な考えが巡った。
INTが無駄に高まったせいなんだろうか。こんな状況なのにスムーズに回る。
例えば、例えばだ。
山側に敵がいた。それも盗賊にもこの無人戦車にも共通の敵となる何かがいた?
もしそうならこの無人戦車は盗賊にやられた訳じゃないのでは?
山のある方角に砲塔を向けたまま横から射抜かれて大破というのはおかしい。
無人戦車は多少遠くにいる敵でも的確に砲撃できるし、生半可に隠れても必ずそいつを見つけ出す能力もある。
それにこの無人戦車は合計八輪のタイヤで突っ走る機動力のあるタイプだ。
センサーで目ざとく敵の発見し、強力な火器で攻撃も的確で、走行する車を追いかけられるほど機動力もあるこれがどうやって不意を突かれたんだろうか?
そもそも盗賊たちがやったのか?
じゃあどうやってこんな大きな穴を開けた?
中に積み込まれていた砲弾が引火して広がった?
いいや、爆発した際に火が真上に向かって逃されているように見える。
穴の原因は外側から加えられた衝撃によるものだ。
それもこれほど大きな穴を空けて中身を燃やし尽くすような――
「……イチ、あっち」
色々な考えが浮かんでいよいよ自分達のいる場所が異状だと思い始めてきたその時。
そこでサンディが微かに強い調子の声で俺の気を引いたと思えば、彼女は小銃をパーキングエリアの北東に向けてスコープを覗いていた。
それに見習って双眼鏡で同じ方向を見ると、向こうで強烈な光がぎらっと反射したような気がした。
その発生源を目で辿ると。
「……そういうことか。サンディ、こりゃヤバい。最高にヤバい事態だ」
「……やば、い?」
もし頭の中で解ける寸前の簡単なパズルがあったとすれば、ここでようやく解けた。
そこにはダムへと続くもう一つの道路がある。
そのまま進めばダムのふもとに辿り着く。
その道中に人が倒れているように見えた。それも数え切れないほど。
「モンスターだ。モンスターがいる」
「……もん、すたー?」
「ああ、スケルトンファイターだ。こんなところまで出張かよ」
「……しり、あい?」
「腐れ縁だ。今まで散々倒したのに欲しいものをドロップしてくれなかった」
だけど俺の双眼鏡の中に移っているのは一体なんだろうか?
アスファルトの上でごろごろと転がっているそれは盗賊たちじゃない。
それに良く似たもの――正しく言ってしまえば『骨』だ。
石炭のように真っ黒な人骨が丸ごと転がっている。
バラバラになってしまってるのもあれば、頭だけを失って残りは無事なまま地面に倒れているのもある。
それが普通の死体じゃないと教えてくれたのは見覚えのある骨の色だけじゃなく、その側に転がっているものもあったからだ。
武器だ。
骨が持つには些か勿体ない綺麗に仕上げられた木製の盾や、太陽の光を反射して輝く鋭利な長剣や片手斧が人骨たちの側で無数に散っている。
その姿は【サンドゴーレム】【ピッグマン】に次いで、俺が良く知っている姿だった。
【スケルトンファイター】だ。
地下遺跡というダンジョンで数に物を言わせて侵入者を殺しに掛かる、カルシウムの分際でに攻守のバランスをわきまえた厄介な敵だ。
此方が盾や受け流しを使えばガードを崩す技を発動して、通常攻撃を使えば盾の技で防いできたりキャラクターを気絶させる強敵でもある。
加えて倒しても骨ぐらいしか落とさず、骨で出来た片手剣という貴重な装備を落とすものの『一万匹倒せば落とすんじゃないか?』と言われるほどドロップ率が低く、皆から嫌われていたものだ。
そんなスケルトンたちもこの世界で苦戦したようだ。
道路から外れたところに盗賊たちが倒れていて、近くには空になった弾倉や散弾銃の空薬莢が転がっている。
スケルトンを良く観察すれば頭をぶち抜かれて無力化されたものもいる。
打撃を食らったか、散弾銃でもお見舞いされたのか胴がぱっきり折れているのも。
対して盗賊たちは五体満足な状態で、頭や胴体を綺麗に何かで射抜かれて死に至ったように見える。
つまりそいつらは無人戦車にやられたということになる。
308口径の機銃だけでも人間にとっては脅威でしかない。
それが人工知能で制御されて確実に命中させてくるものとなれば尚更である。
じゃあ無人戦車はどいつにやられた?
ここまで来るともはや嫌な予感しか残されていなかった。
盗賊たちがスケルトンの相手をして、無人戦車が盗賊たちをぶち抜き、そして別の何かが無人戦車を仕留めた。
「……なにか、くる」
その答えは早々にやってきた。
サンディが西の方角に銃を向けると同時に、ダムの方から無数の銃声や得体のしれない何かの雄叫びが織り交ざってこっちに響いてきたのだから。
相棒の銃口を目で追えば、そこでは何もない荒野の上であからさまに不自然な様子の巨大な火の手が上がっていた。
いや、この場合は火の"手"じゃなく"人"といったほうがいいんだろうか。
「……にんげんが、もえてる?」
「……いや違う。あれは火そのものだ。ついでにいうと――」
西の方角にある荒野の上で真っ赤に燃え盛る巨人が此方に向かって歩いている。
それがただの巨人の焼身自殺と異なる点は、まず身体そのものが火で作られている点だった。
動けば炎で作られた身体が揺れて、目を表現する黄色い炎の塊は敵意がこもっていた。
最初はのろのろ歩いていただけの火の巨人はやがてこちらをはっきりと認識すると、徐々に早足、最終的にどすどすと地面を揺らして走り始めて。
「タチの悪い放火魔だ! やべぇサンディ早く乗れええええッ!」
火精霊はこっちに近づきながら手のひらから炎の塊を生み出してきた。
手のひらの上で炎が球体から長方形へ、長方形から分割されて3本の槍へ、圧縮された炎の槍が手のひらを発射台にこっちへ向けられる。
「しっかり掴まれ! ここから一気に突っ切るぞ!!」
「……わか、った……あしどめは、まかせて!」
「落ちるんじゃないぞ――いっくぞぉぉぉぉぉッ!」
俺はケッテンクラートのエンジンを慌ててスタートさせて、サイドミラーにちゃんとサンディの輪郭が移ると同時にスロットルを絞りきった。
車体がはねるように道路からはずれていくと、その後ろを凄まじい勢いでクソ熱い何かが掠めていった。
そして背後でクソ熱い何かが、ぼん、と爆ぜる。
地面が割れて熱が散って、熱風が破片と一緒にこっちに向かって飛んできた。
「畜生お前までいるなんて聞いてないぞ!このクソファイアエレメンタル!」
全速力で走るケッテンクラートの後方から、炎が燃え盛るような魔法の発動音がいやでもこっちに伝わってきた。
最大加速のまま道路に乗り上げてそのままデイビッドダムへと続く道に入った。
両足の裏で履帯がぎゃりぎゃりと甲高い音を立てた。まるで誰かの代わりに悲鳴をあげるように。
まずい、すぐ第二射が来る。
サンディが後部座席で小銃を撃ち始める。
すぐに【炎の魔槍】が両側面と真後ろに着弾して、熱風と衝撃に挟まれてケッテンクラートのバランスが崩れかけた。
ぐらぐら揺れる車体をなんとかハンドル操作で持ち直しながら、俺はひたすら道路を走り続けていく。
そいつはファイアエレメンタル。
魔法に対する防御手段を持たないやつを一瞬で蒸発させて、敵も味方も関係なく燃やし尽くす最悪のボスキャラだ。
何が一番最悪だって?
そいつに挑んで一度も勝てたことがないからさ。




