*38* 重い!!!
その夜、俺はマダムたちと共に夕食を食べた。
ピッグマン(実際はオークだけど)の肉を使ったバーベキューと豆とライスの盛り合わせ、それとマッシュポテトにグレービーソースをかけたものだ。
最初は静かな食事でもするのかと思ったけど、マダムの機嫌は良くてやがて『ガーデン』全体を巻き込むようなバカ騒ぎになった。
気がついたら町を挙げてのお祭りだ。旅人とトレーダーも町の住人も関係なく、食べて飲んで騒いだ。
俺とサンディは出された料理を一杯食べながら、マダムやその部下達、或いは旅人の話を聞きたくてしょうがない酔狂な住人達に色々な事を話した。
死んでも死ねず、シェルターに篭って盗賊に怯えながら必死に生きていたこと。
盗賊を返り討ちにしたこと。
盗賊団のボスを倒して町を出て行ったこと。
サーチの町であったこと、サンディを助けたこと、町の住人を自分の手でとめたこと。
無人戦車に追われて死に掛けて、『砂の巨人』と無人戦車の戦いを見たこと。
思いつく限り、矢継ぎ早に話しまくった。
今まで誰かと話す機会が滅多になかった分、胸の奥にたまったものを全て絞りつくすかのように。
そんな俺の話を聞いた人達は本当に色々な反応を見せてくれた。
みんなは『信じられない』とバカにするときもあれば、俺の胸の傷を見て哀れんだり驚いたりした。
盗賊団を倒した話をすれば大勢の人間が喜んで聞いてくれたし、キッドの町の『無人戦車と砂の巨人』の話は一番盛り上がった気がする。
それを聞いていたマダムはすっかり酒で酔いつぶれていて、号泣したり怒ったり突然笑い出して周りを困らせていた。
"削ぎ肉"とキャベツのセットとフライド・トーフを食べたばかりだったはずなのにこの時ばかりは沢山料理を頬張った。
まともな食事をしたのは久々という理由もあるけれど、ひょっとしたら明日にはこの世界から脱出できるかもしれないからだ。
そのためにはしっかり食べて自分の血と肉にして、危険地帯に向けて備えなくちゃいけない。
集まった人々が騒ぎ疲れて解散するまで、俺とサンディはゆっくりと時間をかけて料理をひたすら食べていた。
そして、PDAが夜の23時を示した頃。
久々の熱いシャワーを浴びて汚れを落としてさっぱりして、置いてあった本を読み漁っていた。
スキルが上昇する上にレシピが増える本がいっぱいラックに挟んであったからだ。
まずは【射撃】スキルが上がる【もっとライフルを!もっと弾を!】というそれほど厚くない本があったので読んだ。
内容はライフルの撃ち方や使用する弾薬についてのもので、知識を吸収した頃には【射撃】スキルが30から50に上がっていた。
続いて【最新版重火器"娘"図鑑】という……爆発物やあらゆる重火器が少し歪な美少女に擬人化されて解説されている本を読んだ。
見てくれはともかく色々な知識がついた。【重火器】が30から50に上がって、製作の際のレシピが幾らか増えたようだ。
最後は【おいしい煙草密造マニュアル】というあんまりよろしくないタイトルの本。
もっともこの世界じゃ取り締まる警察がいないので問題は無い。
読んでみると煙草の栽培と加工の仕方から葉巻と紙タバコ、果てには大麻を使ったとっておきまでの自作方法が書かれていた。
別に俺は煙草は絶対に吸わないし麻薬なんて絶対にごめんだ。
だけど何故か【料理】スキルが65まで上昇して、クラフト画面に煙草のレシピが追加されていた。何故に料理なのか。
俺は最後の本を閉じて、そのままベッドの上で仰向けになって天井を見た。
ただの綺麗な天井だ。
今までこうして眠っているときがあれば、大抵は狭苦しいシェルターの中だとか、埃まみれで天井や壁に穴が空いている場所だったりしたものだ。
視線を落としてテーブルの上を見た。
いつでも着替えられるような状態の真っ黒なジャンプスーツが置いてある。
ずっと俺が着ていた服はいまや軽鎧のような頼もしい見てくれで、傷も塞がるどころか一段と立派な姿になっていた。
自分の手足を持ち上げてみてみると、包帯が巻かれて適切な治療を施されて万全の状態だった。
痛みはもう殆どない。
明日、この部屋の中で目覚めたらすぐにここを発つ。
そして俺たちは東に向かって一気に進んでいくつもりだ。
何が待ち構えているのか分からない。そこにから何をすればいいのかすら分かっちゃいない。
でもゴールは目の前にあった。
それに今はサンディという心強い相棒がいる。
だから要するに『どうにかなる!』という根拠のない変な自信があった。
それが今の原動力だった。
だって思い出してみれば――なんやかんやで俺はどうにかここまでやってきたのだから。
心配は山ほどあるし拭いきれないものばかりだ。
仮に辿り着いてもそこからどうすればいいのか分からないのもある。
果たして途中で何事もトラブルを起こさず辿り着けるのかという不安もある。
もしどうにかして向こうの世界へいけるという事が明らかになった場合、同行しているサンディはどうなるのか……とかそういったものだ。
考えれば考えるほど不安が大きな波を作って襲い掛かってくる。
だからこそ何も考えずにひたすら前に進むと言う選択肢があった。
細かく考えすぎて前に進む勇気も勢いも失ってしまっては元も子もない。
人間は時にはうだうだ考えて足を止めずに勢いとノリで前に突っ込む必要だってあるのだ。少しでも前に進むために。
準備は出来た。覚悟もある。だからあとは眠るだけだ。
だけどこういう時に限って眠れない。
ああしてこうして色々考えているとシャワールームの方から扉が開く音がした。
サンディだ。すっかり際どい服装になった彼女は何故かご機嫌な様子で、三十分ぐらい前からじっくりとシャワーを浴びていたみたいだ。
相変らず多くは喋らないし行動も理解できないものの、ここに来るまでサンディには本当に助けられてきた。
今夜はそんな相棒とこのベッドで一緒に寝るわけだ。
さっきまでは『一緒のベッドで寝れるか俺は床で寝る!!』なんて思っていたけど、明日から死地が待ち受けているというあまりの緊張にそれどころじゃなくなった。
むしろ柔らかくて温かいベッドの中でぐっすり眠って疲れを取りたい。
出来る事なら眠るまでの間、話し相手が欲しい。
そこでサンディの出番というわけだ。
決していやらしい目的とかそういうものじゃない、ただ純粋に心の緊張を解したくてたまらなかった。
「……さっぱり、した」
部屋の向こうから少し途切れた言葉が聞こえてきた。
よほど熱いシャワーが気持ちが良かったのか声の調子が満足そうだ。
顔を向けてみるとほんのり湯気を立てて僅かにほっこりした顔のサンディがこっちをじっと見ていた。
するとしっかり水分をふき取った褐色肌からぽろりとバスタオルが落ちて――
「……おまた、せ」
「……んんん!?」
さも当然のようにするりとベッドの中に入り込んできた。
少し濡れた髪で枕を湿らせながら、サンディが眠そうな顔をこっちに向けてじっと見つめてくる。
それも裸で。
「……じー」
「……おいサンディ」
しかしこういう時なのに『ちゃんと髪乾かせよ!』とか『風邪ひくから何か着なさい』という言葉が喉から出かける俺はなんなんだろう。
何の遠慮もなしに素っ裸のまま同じ毛布に包まったサンディはひたすらこっちを見ているだけ。
まるで俺が何か口に出すのを楽しみに待っているようで、毛布の下でぺちぺちと足で足を叩かれる。
サンディのつるつるした足が擦れて微妙に痛くて、くすぐったい。
気付かれない程度のため息をついてサンディをじーっと見つめ返すことにした。
シャワーで身体の疲れが解れたのか、普段より褐色の頬がふにゃっと柔らかく見えた。
眠そうな顔立ちは今すぐにでも眠りについてしまいそうだ。
きゅっと締まっている唇は何一つ言葉を紡ごうとしていない。
そんな様子をしばらく眺めていると見るだけでは飽き足らず、自分の嗅覚が反応していく。
サンディから石鹸やシャンプーの香りがほんのり漂っているのを鼻で感じた。
あとを追うように耳がサンディの吐息をがっちり掴んだ。
ただ何一つ口にすることもなく、ひたすら俺を見つめたまま浅く呼吸をしているだけ。
呼吸のペースは息をしているのかどうか疑うほどゆっくりで調子も柔らかい。
「……どう、したの?」
ハンバーガーの具のように毛布とベッドに挟まれたままじっと見ていると、目の前の相棒がようやく口を開いた。
「……いや、ちょっと考え事をしてた」
「……なに、を?」
「これからの事とかな」
サンディから目を離した。
彼女は言うまでもなくこの世界のNPCだ。
俺と同じ人間じゃないのは分かってる。
恐ろしいほど精度の高い狙撃をするという点を除けば、殆どは人間とそっくりだ。
ところが俺がこれから行く先は、あの声が正しければモンスターガールズオンラインの世界の中だ。
そこは手違いでこのFallenOutlawの中に送られた俺が本来行くべきだった場所のこと。
俺は無事に辿り着けるんだろうか。
向こうの世界はどうなっているんだろうか。
あっちはこの荒廃した世界よりもマシなんだろうか。
――そして相棒はどうなる?
こいつはこの世界の登場人物だ。あっちの世界に連れて行けない可能性がある。
それならそれでサンディをここに置いていって俺だけ行けばいい話なのかもしれない。
そうすれば無事にこの世界から脱出できてハッピーエンド。
たった一人の人間(NPC)と別れるだけなのだから何も問題はない。
……確かにそうかもしれない。でも今の俺はその選択肢を拒んでいる。
たまたま助けて、ついてこられて、仲間になってそんなに時間は経っていない。
だけど彼女は俺を助けてくれた。この『ガーデン』のマダムだってサンディの射撃の腕が救ったようなものだ。
口数も少ないし何を考えているのかも分からない性格だ。
だけど俺はこの褐色肌の女の子をこの世界で一番信頼している。
だから『用は済んだからバイバイ』なんて薄情な真似は絶対に嫌だ。
だってこいつは、もう立派な俺の相棒だ。
出来れば一緒に向こうの世界に行きたいし、それがダメならせめて、働きに見合った正当な報酬を与えたい。
俺は天井を見上げたまま口を開けた。
「なあサンディ。ちょっと確認したい事があるんだけど……いいか?」
「……なあ、に?」
「明日になったら俺達はデイビッドダムにいく。その前に、俺がどうしてそこを目指してるのか話したい」
「……いい、よ?」
サンディはごろんとうつ伏せになってこっちに顔を向けてきた。
まさに興味津々(きょうみしんしん)と言った様子だ。
気まぐれで無口なサンディは、内側に好奇心を一杯に詰め込んだ寡黙なネコみたいなものだと思う。
さしずめ俺はその飼い主か、或いは遊び相手の同属か。
「まずは『実は俺はこの世界の人間じゃない!』……なんていったら信じてくれるか?」
初っ端から思い切って言ってみた。我ながら大胆な発言だと思う。
だけどサンディはそれを耳にして、
「……うん」
いつもの顔つきであっさりと頷いてしまう。
ここまで疑われないと逆に不安になる。
「……そうか。実はな、俺は違う世界――本来行くべきだった場所を目指して旅をしてたんだ。デイビッドダムにいけば、俺が本来行くべきところに辿り着く。長かった旅がようやく終わる。そこで何が待っているのかは分からないけど、ここから東へいった先が旅の終着点なんだ」
「……ついたら、どうするの?」
「この世界から出ていくつもりだ。でも……もしかしたらここには二度と戻れないかもしれない。二人で一緒に向こうに行けるかどうかも……」
「……わたしを、おいてくの?」
ふくらはぎにこつんとサンディの足のつま先が当たった。
彼女の方に顔を向けると不満と不安が篭ったような顔がそこにある。
口下手な俺がぐだぐだ言おうとしている間に、相棒は俺が何を言いたいのかをしっかり理解して……そう尋ねている。
そうだとも。お前を連れて行けない可能性があるって言いたいんだ。
「……それは」
一瞬だけ、舌が回って『ここでお別れだ。』なんていう台詞が浮かんだ。
舌がもう一回転して『お前は連れて行けない。』と言葉が装填された。
だけど舌はどちらも嫌がっていた。
どちらもお断りだ。そのおかげで次に言う言葉がようやくはっきりした。
「置いてくもんか。一緒に行くぞ、ちゃんと俺についてこいよ? 相棒」
やっぱり俺はうだうだ悩むよりも前に進んだ方がお似合いみたいだ。
勢いとノリでそういってから、思わず笑ってしまった。それから――サンディの頭にぽんと手を置く。
サンディはそんな俺の答えが意外だったのか、いつも以上に目を大きく見開いていた。
「分からないことは沢山あるし、二人一緒に無事に辿り着けるか分からない道だ。だけど俺はもうお前を置いてかないぞ。お前はもう俺の相棒だ、俺が死ぬ時までとことん付き合ってもらうからな。いいな!」
ノリと勢いではきはきとそういった。
慣れないことを一気に言い終えるとなんだか自分の凄まじい言葉のセンスに恥ずかしくなってしまう。
中学生の頃に書いた黒い方の歴史のお勉強で使ったノートを発掘して読み上げたときのようだ。
言いたい事をどばっと言ったので毛布を被って即退散。
意思表示は十分出来たんだ。もうこれ以上考えて頭がパンクしたりする前にさっさと寝よう。
「……くす」
毛布の外から小さく微笑む声がした。
気のせいかもしれない。
だけど――もしもそれがサンディのものだったら、きっと俺の見えないところで微笑んでいるのかもしれない。
もっともあのセメントで固めたような無表情な顔が笑むのかどうか怪しいけど。
今日はもう寝る。明日のためにじっくり疲れを取ろう。
うつ伏せになって枕に顔を埋めて力を抜いていると、ごそごそと毛布が蠢いて、すぐ隣にサンディが割り込んできた。
「……おやすみ。イチ」
毛布の中で身体がぴったりくっ付く。
二人分の体温で暖かくなってくると、ふと耳元からとても滑らかな調子の言葉が響いた。
「……おやすみ。相棒」
俺も同じように言葉を返した。
困難は沢山あるけどきっとなるようになるさ。今までの旅のように。
ぐにゅ。
「……んんんっ!?」
……ところがいきなり毛布の中でサンディがもぞもぞ動き始めたと思うと、いきなり背中からぐにゅっと何かが当たる。
なんだこれは。ずっしりしていて、柔らかくて、ついでに何だか温かい。
むにゅり。
頭の中が混乱し始めたところで何かこう大きなものが頭の上に覆いかぶさってきた。
というより背中にサンディが圧し掛かっているみたいだ。背中が重くなって身動きが取れない。
「……これ、すごく……おちつく」
ついでにサンディの声がその裏から聞こえた。
何が落ち着くんだ。しかも何で人の背中に勝手に乗っかろうと――ん!?
「……サンディ?」
「……なあに?」
……頭の上がすごく柔らかくて、すごく重い?
まさかと思って見上げてみると、ぼふっと顔が何かで覆われた。
褐色で柔らかくて、大きくて生暖かい――
「……!」
――サンディの胸だこれ。
普段は身に着けているものから溢れている胸の肉が当たったんだと気付いた瞬間、それはもう色々なものが吹っ飛んだ。
さっきまでの余韻だとか暗い気持ちだとか覚悟とかそういったものが強引な形で消えてしまう。
慌てて頭を引っ込めようとするとその拍子に褐色の塊が二つぶるんと揺れた。
身を捩るとサンディは呆気なく背中から離れてくれた。
毛布から頭を出した状態でなんだか楽しげな表情を浮かべてこっちを見ている。
「……おまっ!? なにしてんだ!?」
「……むね、大きいから……疲れるの」
「ああだから乗せてたのね……」
いやそうじゃない、何でこいつは俺の頭の上にそんなものを置くんだ。
いつから俺の頭はこいつの乳置き場になった。
「……むふーっ」
慌ててサンディからのけぞると、何故だか分からないけど得意げな顔を浮かべていた。
しかも何故か両手を構えてこっちに近づいてきている。
おいまて、なんだそのわきわきしてる手の動きは。
「何がしたいんだよ!?」
「……あそ、ぼ?」
「明日は早いんだ、さっさと寝なさい!」
サンディが膝立ちになって両手を構えたままこっちにやって来る。
それも全裸で。
まずい、このままじゃ何かされてしまう。
俺は極力相手の身体を見ないように顔を背けたまま身構えた。防御の姿勢で。
「……いやあの待って。遊ぶってそれ何するつもりだ。なんでこっちに来るんだよしかも構えながら!?」
「……れん、しゅう?」
「おいちょっとマジでやめろ! 何押し付けてきてるんだよ!? 何の練習だこれ!?」
「……じゃあ……すう?」
「何を!?」
「……えーい」
「やっ、やめろォ!」
酷い目にあった。
◇




