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モンスターガールズオンライン!  作者: ウィル・テネブリス
ケッテンクラートと世紀末男の短い旅路
37/96

*37* 多分これが最後の休憩

 308口径のライフル弾を十発、表面がギザギザの手榴弾を二つ、MREのパックを四つ、チーズバーガーの缶詰を二つ、ケッテンクラートの燃料(ガソリン)を五リットル。

 マーケットを歩き回って購入した物資は以上だ。

 ここには人が沢山いるだけあって色々なものが売っていた。

 多分、これはこの世界での最後の買い物になると思う。


 そのあと購入した物資を抱えながら町の中心部にある宿へと向かった。

 マダムが一番いい部屋を用意したと言っていたから楽しみだ。

 どんな場所かと思って探そうとすれば、苦労することなくそれはすぐに見つかった。


「……そこのお前、ここはVIPルームだぞ。うろうろするんじゃねえ」


 散弾銃(ショットガン)を抱えた人間が要人でも守っているみたいに徘徊している綺麗な状態のモーテルがあったのだから。

 少しでも不審な奴が近づけば撃つ! とでもいいたそうに一階と二階をゆっくりとうろつく人間は戦闘用のボディアーマーを着て、鉄仮面を被っている。

 ちょうど不審者に当てはまるものとして扱われているのか、モーテルの守護者は時折こっちに目をつけてしっかりと引き金に指を置いていた。

 まさかここが俺達の泊まる場所なのかと狼狽した。

 そりゃ散弾銃を手にして戦闘モードの格好をした人間が立ってれば誰だって近寄りがたいものだ。


「あー……間違えただけだ、気にするな」


 それに散弾銃にはいい思い出がない。

 そういうわけでその場でくるっと回って来た道を戻ろうとすると。


「おや? ひょっとしてあなたがマダムのいってたイチさんですかい?」


 誰かに声をかけられた。

 モーテルの方向を見ると階段に腰をかけていた小柄の男がこっちを見ている。

 白髪で老けた顔つきは今時の安っぽいアクション映画に出てくる渋い悪役みたいなもので、しわくちゃな紙巻たばこをくわえていた。

 頼りない姿なのに威圧感があるのは、やはり手に持っているポンプアクション式の散弾銃(ショットガン)のせいか。


「そうだけど。ここがマダムの言ってた宿?」

「ああ、やっぱりか! マダムから話は聞いてますよ、一番いい部屋を用意しましたから使ってくだせぇ!」


 どうやらそうだったらしい。

 相手は俺がマダムを助けた人物だと知ると、思ったより親しみのある様子でこっちに近づいて鍵を手渡してきた。

 それからひょこひょこと細かい足取りで歩いていく小さな男の背中を追うと、モーテルの一階の端に案内される。


「ここが最高ランクの部屋ですぜ。セキュリティは万全、荷物も運んでありやす、更にシャワーも使えて二人用!」

「シャワーも使えるのか。ありがとう、ゆっくり休ませて貰うよ」

「ごゆっくり、マダムを救ってくれたヒーローさん!」


 ついさっきオークの肉とフライド・トーフを腹いっぱい食べたせいか眠くなってきた。

 まだ夕方にすらなっちゃいないけど早くベッドに転がりたい。

 それに目的地がすぐ目の前にあると考えると、どうしても頭の中が次へ進む事で一杯になって気が休まらなかったからだ。

 俺は案内人にさっと別れを告げて鍵を開けて部屋の中へ押し入った。


「……おお、こりゃすごい」


 思わず声が漏れるほどの綺麗な空間が待ち受けていた。

 床に敷かれた清潔なカーペット、傷一つない壁、綺麗に磨かれた窓、カビ臭さのない空気、どれもこの世界に来てから一度も味わったことのないものだらけだ。

 俺は久々にまともな休息を取れると考えると、どっと疲れが蘇ってベッドに飛び込みたくなった

 部屋の隅にあったバックパックの側に買ってきた物資(アイテム)を放り投げるように置いて、靴を脱いで大きなベッドに飛び込む――


 ……ん?

 ジャケットを脱いで白くてふかふかのベッドに飛び込もうとした時、なんだか違和感を覚えた。


 別に不吉なものだとかそういったものじゃない。

 この部屋はベッドが一つしかない。そしてさっきの奴は二人用の部屋だと言っていた。

 しかしなんだろうか、どうみてもでかいベッドが部屋に一つあるだけで他に横たわれるようなスペースがないような。


 まさか。

 今になって無駄に大きいベッドに違和感をようやく感じた。

 電光石火レベルのスピードでがばっと毛布を捲ってみると。


「……これ、ダブルだよな?」


 なんということでしょうか。一体どういうつもりなのか枕が二つも置いてある。

 ベッドは二人が入れるほど広い、なんだかベッドの周りは向こうが透けて見えるぐらい薄いカーテンで包囲されている。

 そして口にするのも恐ろしい(いやら)しい小物がベッドの近くでずらっと並んでいる。


 なるほどだから二人用って言うのか畜生アホかそうじゃねえ!

 まさかあのマダムは俺とサンディがこのベッドの中で一緒に寝るとでも思ったんだろうか。

 いやそうじゃなくそもそもの話だけどサンディだって一応女の子だ、それなのに同じベッドで寝るなんてそもそもいけない、絶対だめだ。

 そうだとも決して俺達は不健全な仲でもないしあんな露出度が高すぎて何考えてるか分からないやつと一緒の毛布の中に包まるなんてだめだ、危ない、一緒に寝るぐらいだったら床で寝る覚悟が俺にはある。


 混乱した。久々に物凄く取り乱した。

 今日この日まで抱えていた不安や考え事が綺麗すっぱり吹っ飛ぶぐらいに。

 大体サンディの格好はおかしい。下着に包帯にマスクとブーツだ、はたからみれば露出性癖でもあるような変態に見える。


 しかもそれなら俺が【裁縫】スキルで何か造ってやればよかったんじゃないかと今更だけど気付いた。

 それ以前にずっと一人で旅をしててサンディが異性だということを本気で忘れていたレベルだ。

 どうして俺はこういう変なタイミングで度々何かに気付くときがあるのか――。


「そおい!!」


 パンクしそうな頭に穴を開けるべく、まず近くにあった危険(ひわい)なグッズをゴミ箱の中に纏めた。そしてゴミ箱ごと分解して資源(リソース)にした。


 次にベッドに頭から突っ込んだ。すごく柔らかい。

 ああ……まるで今まで悩んでいたのがバカだと思うぐらいふかふかで温かい。

 こんなに気持ちのよいベッドに触れられたのは一体どれくらい久々か。

 もう食べるものは食べてしまったしいっそこのまま明日の朝まで眠ってしまおうかと本気で思いかけていると。


「お待たせイチ! あたしの技術を詰め込んだ最高の作品が出来たよ!」

「うおう!?」


 後ろでがちゃりとドアが開いた。

 人が枕に顔面を埋めてるタイミングで開いたものだから慌てて飛び上がった。しかも変な声が腹の底から出てきた。

 今の姿を見られていないか心配しながら振り返るとそこには。


「おやおや、ベッドの上で待ってるなんて……待たせちゃったみたいだね? 可愛くなったキャンディちゃんと立派になったアンタの服を届けにきてやったよ!」


 前よりもなんだか色々と豪華になったジャンプスーツを持ったマダムの姿と。


「……ただ、いま」


 眠そうな目のサンディがいた。

 そうか、俺の服もサンディも両方とも戻ってきたかと安心しようとしたけど。


 ――なんだよその格好。


 ふくよかなマダムの隣でぼーっと突っ立っているサンディの姿を見て、思わず目を背けたくなってしまった。悪い意味ではなく。


「あ、ああ……おかえり」

「この子の身体は胸がやたら大きいからサイズ取るのに苦労してねぇ、でも安心しな、この世にたった一つしかない、最高の服を仕立ててやったよ」

「……そ、そうか」

「んん? どうしたんだい横なんて向いて? 大体男はこういう格好に結構ムラっとくるもんだろ?」


 ムラっとくるとかいうなよ。

 先ほど分解してプラスチックと化学物質にしてやった道具からして、間違いなくアダルトな関係と認識されているようだ。


「……きに、いった」

「おおそうかいそうかい! そりゃ良かったよ! ちゃんとイチさんを喜ばせてあげるんだよ!」

「……だいじょうぶ、もんだいなし」


 おめーらは一体何の会話をしてるんだよ。

 本格的に今までの考え事が吹っ飛んでしまった。

 もうこれはデイビッドダムへの道のりだとか無事に向こうの世界へついたときのことだとかそういう考えどころじゃない。


 テンションの高いマダムの隣にいる褐色肌の相棒は、それはもうなんとコメントすればいいのか困るぐらいの格好をしていた。


 最初に見えたのが胸だった。

 褐色肌の大きな塊を辛うじて隠しているシャツ。そして手首までをしっかり保護する滑らかな仕上がりのダークグレーのジャケット。

 ジャケットには幾つかポケットが増設されていて、頭をすっぽり覆うようなフードがついている。

 よほど気に入ったのか今のサンディは跳ね気味の髪を隠すようにフードを被っていて、黒いマスクをつけていることもあって寡黙で不思議な人間の雰囲気を一段と強くしていた。


 しかしどう見ても胸の辺りの生地のサイズを筆頭に、色々ミスったんじゃないかと思うぐらいにはみ出ている。

 シャツの下からは褐色肌の南半球とでも言うべき部分がはみ出ていて、生地を無理に押し上げるような大きなふくらみがジャケットの間から突き出ている。


 問題は下にもあった。

 今まで履いていたロングブーツは簡単なベルトや金属のプレートで補強されていて、裸のままだった褐色の太腿は黒い縞模様のニーハイソックスで締まっている。

 太腿の辺りは片方がベルトでぐるりと固定されていて、そこには308口径のライフル弾を収納できるようになっているみたいだ。


 それだけならまだいい。まだいいさ。

 今のサンディはフリルのついた黒いスカートを履いていた。

 でも、それは果たしてスカートとして機能しているのか怪しく感じるサイズだった。


 ――もし一言で表現すれば『際どい』で全てが収まる。


 スカートはベルトで固定する仕組みだったものの、わざと一回り小さくしているのかベルトで接続されている部分からは太腿の付け根が見えかかっている。

 腰のラインもくっきり見えて、今こうして見ている間も何も下着をつけていないんじゃないかという不安に陥るほどだ。


 しかもサンディの身体つきは豊かでむっちりちとしている。

 だからその衣装から色々とはみ出ていて、今だかつてないスリルを呼び起こしている。

 少しでも飛び跳ねたらスカートの中が見えちゃうんじゃないかとか、風でも吹いたらお尻が見えてしまうんじゃないかとか、とにかくよろしくない考えしか呼び起こさない。

 これだったら初めて盗賊(レイダー)に追われたときの方がずっとマシに感じるほどの危なさだ。


「……マダム。その格好は」


 吐き出す言葉に彷徨ってなんとか訪ねると、マダムはサンディの胸をぺちっと叩いて強調してきた。

 それだけですっごく揺れた。


「ああ、これが今の世界の流行さ! 身体にフィットさせといたから狙撃の際に地面に伏せても安定するようになってるよ! 動きやすさも抜群さ!」

「いやそうじゃなくて。動きやすさとかじゃなくてその……際どいと言うか」

「……あ、ひょっとして下着のことかい? 大丈夫ちゃんと黒の紐……」

「そっちじゃねーよ! 誰が下着のほう心配した!?」」


 それでも一応本人は気に入っているのかすっぽり被ったフードを両手で押さえていて、無気力な顔ながらも何処となく嬉しそうだ。

 そんな彼女の(気になってしまう部分は極力見ないように)様子を見ていると、俺の視線に気付いたのか横に首を傾げて。


「……はい、てるよ? くろ……」

「いやそこは報告しなくていい。見せなくていいから降ろせ」


 スカートの裾を持ち上げてきた。

 全力で首を捻って回避した。

 この町の住人たち(とサンディ)は一体どんな思考をしているんだ。


「……みても、だいじょうぶ」

「あっはっは! この子はよほどアンタが気に入ってるみたいだねぇ!」

「そういうのはたとえどんな相手でも気安く見せるもんじゃないぞ!」

「なーに言ってるんだい、好きな人になら幾ら見せたって構いやしないだろ! なあサンディちゃん!」

「……うい!」


 悪意かあるのかどうなのか分からないマダムがばんばんとサンディの背中を叩くと、キューで突かれたボールのようにすすすとこっちに寄ってきた。


 近づかれるとその身体つきと、何よりシャツとジャケットを押し上げる膨らみが目に入ってしまう。

 当の本人は相変らず気力が抜けたようにぼーっとしていたものの、いつもより近くまで体を寄せてきている。

 もしかしてこのマダムがサンディに何か余計なものを吹き込んだんじゃないのかと思えてきた。


「アンタのジャンプスーツはばっちり仕上がったよ。『まるで神が宿ったかのような凄まじい裁縫だった……』とでもいうほどにね」


 するとテーブルの上にマダムの持っていたジャンプスーツがどんと広げられる。

 それは相変らずの真っ黒なジャンプスーツ。だけど一目見て『すごい』といいたくなるような徹底した改良振りだ。


「ああ、待ってたぜ。早くこいつが着たくてしょうがなかったんだ」

「ボロボロだったから修繕ついでに防弾加工もしてやったよ。腹のあたりにあったポケットは取り外して動きを阻害しない場所に移した。その代わりプロテクターで腕や足回り、腰や胸を保護してやったよ。サイズも絶妙な『あそび』をもたせた状態であんたにあわせたから、前よりはずっと動きやすくなってるさ」


 思わず嬉しくなって口笛が流れるほどの仕上がりだ。


「プロテクターは9mm口径の弾ぐらいなら防げる強度だよ、装着も簡単にできるし必要なら取り外せる。補修もしやすいようにしてあるからあんたでも簡単に修繕できたりするはずだ」


 マダムの説明を受けながらテーブルの上で大の字に広がったジャンプスーツを見ると、まず黒いプロテクターで部分的に保護されているのが見える。


 肩、腕、胸、腰、膝、両脚。そういった部位に軽くて丈夫なプロテクターが取り付けられていて、簡単に取り外す事ができるようになっている。

 それまで適当につけていたポケットは全て外されていて、かわりに腰と胸のプロテクターの間にベルトで固定するポーチがあった。

 肩と腕の間、腰と膝の間、そういった場所の側面にポケットが作られているようだ。

 胸を保護するプレートをぺらっと捲り上げてみると、そこにちゃんとPDAを保護するポケットが隠れていて安心した。


「まあ細かいところは着てみりゃ分かるさ。バックパックも補強して調整してやったから思う存分動き回りな」

「ありがとうマダム。こりゃすごいな、見てるだけで心強い」

「あっはっは! そりゃそうだ! なんていったってこのガーデンで一番腕の立つ職人だよあたしゃ! それにあんたのお陰で新商品も思いついちまったからむしろ感謝するのはこっちの方さ!」


 さながらちょっとした鎧のようになったそれは、これからの僅かな旅路を考えると切り詰めた散弾銃(ショットガン)の存在が(かす)むぐらいの頼もしさがある。

 マダムはそんな自信作に手を触れて、にっこりと俺に笑いかけてきて。


「あんたは黒が好きみたいだけどあたしも黒は好きだよ。黒ってのは何ものにも染まらない強さがあるからねぇ、血の赤色、荒野の黄色、廃墟の灰色、そんな色だらけのこの世界で生きるにゃぴったりじゃないか」


 そう言ってくれた。

 なるほど、何ものにも染まらない強さというのは言葉にしてもカッコいいじゃないか。


「……さて、とりあえず今日はこのガーデンでゆっくりしていきな。あんたの旅の話も聞いてみたいし、このガーデンで一番うまい料理もご馳走してやりたいからね。思う存分くつろいでおくれ」

「そうさせてもらう。色々してくれて本当にありがとう、マダム」

「こんな服を作ることすら命がけの世の中なのに、わざわざあたしの命を救ってくれた酔狂な旅人さんだ、ちゃんともてなさなきゃ罰が当たっちまうじゃないか!」


 旅を急ごうと思ったけど今日はやめておこう。

 遠慮なく休もう。もしかしたらこれがこの世界での最後の休息になるかも知れないから。




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