*36* 食べてしまったんかい
女性にひん剥かれて着慣れない服を与えられてしばらく経った。
「……ほんとに脱がせるか、普通?」
正直に言って裸にされるなんてことはもちろん、何よりあの傷跡を見られるのは嫌だった。
だけどそんな俺の傷跡を見て誰かが驚くかと思ったらそうでもなかった。
マダムは胸の傷を見ても全く動じずに――むしろ嬉しそうに身体の寸法を測っていたし、彼女が呼んだ医者も気にしない様子で黙々と片足と片腕を治療してくれた。
開放されると着替えの紺色のジーンズと黒色のジャケットを渡されて、宿の場所を教わった。
その時マダムは『黒色が好きなようだね。』と言っていた。
好きというか、これしかないというか。
――そして俺は今、この『ガーデン』の町中にいる。
そこは沢山の人間が住んでいて、外に蔓延るような盗賊たちとは全く違うコミュニティを築いていた。
周囲を砂を満載したトレーラーに守られたその中では様々な人間がいる。
「……はは、なんだか文明的だな」
俺のように何か目的をもってこの世界を旅する人間。
町から町へと渡り歩く商人。
このガーデンの名産物ともいえる服を作る者たち。
それらが中で一つに混ざり合って文明的な社会を生み出していた。
でも俺には分かっている。
それらは全てあくまでNPCであって、けっして俺のような本物の人間ではないという事を。
このガーデンは多分、今まで見た中で一番規模が大きいと思う。
特に変わったところはこの町に住む人々は一目見れば分かるほどお洒落なことだ。
ガーデンに住む人間はだれもかれもが清潔で傷のないものをしっかり着込んでいる。
服は傷がついていたり汚れているものは誰一人、絶対に着ていない。
子供から老人に至るまで全ての人間が清潔に見えるのだから驚きだ。
「よう、兄ちゃん。ガーデンのマーケットは初めてかい?」
「おい新入り! あんたマダムを助けてくれたんだって? 大した奴だ!」
「ここはぼったくりなんていないから安心しろよ。もしもあんたが不審なものを見かけたらセキュリティに報告してくれ」
ここの住人は身だしなみだけじゃなく内面的な部分も綺麗だった。
外から来たトレーダーや旅人には親しく接してくれるし、町中をぶらぶらうろついていると見知らぬ人間が親しく挨拶を交わしてくる。
やっぱり身だしなみが綺麗だと意識すら変わるんだろうか。
そう考えてみると、外の世界で『ヒャッハー』が挨拶の連中はファッションセンスもクソもない上に小汚いのだから頷ける。
しっかり縫われて痛みも引いてきた足をまだ少しだけ引きずりながら歩くと、
「308口径のライフル弾が10発で1200チップだ! 今だけこの値段だぞ!」
「ガーデン製のケブラーベストを売ってるよ! 今なら一着2000チップ!」
「航空機から剥ぎ取った金属で作った特製アーマーがあるぞ! 値段は5000チップ! こいつがあれば50口径だって防げる!」
人通りの多い場所へ辿り着いてしまった。
そこで町の人間が挙って商売をしている光景がすぐ目に入る。
それは多分、俺がこの世界に来て初めて見る姿だと思う。
「綺麗な水を売ってるぞ! 今なら特別に容器入り200チップ! これ以上安いのはないぜ!」
「おい、この無人兵器の砲弾を買い取ってくれないか?」
「おう、いいぜ。20㎜クラスからミサイルまで、何でも高価買取だ!」
「誰か医療サービスを必要としてる奴はいないか!? 金が足りなきゃ血液で支払ってもいいぞ!」
ここでは外から来た人間もこの町に住む人間も平等に、買い物のために頭を悩ませている。
道の両脇に立ち並んだ店は地べたに物を並べただけの露天もあれば、堂々と置かれた装甲車が改造されて屋台のようになっているのもある。
遠く離れた場所からは肉がじゅうじゅう焼ける音、香ばしい香りが漂ってきている。
「よし……決めた。今のうちに必要なものでも買いそろえるか」
手元にはあのキッドの町で手に入れたチップと、不幸な交通事故でくたばった盗賊たちが持っていたチップが手元にある。
あわせて残金4500チップ。
どうせデイビッドダムは近いのだから今のうちに必要な物資を揃えよう。
「……うーん。なんかこう、しっくりこないな」
しかしこの格好はいまいちピンとこない。
久々に着るジーンズとジャケットという、ごくありふれた組み合わせはいまいち馴染めなかった。
いつものジャンプスーツはすっぽりと全身を覆うけど、この服は上下が別々でいまいち違和感が拭いきれない。
適当にその辺りの露天を見て何か旅に役立ちそうなものはないかと物色していると。
「よう、そこのヒーロー! ちょっとこっちに来てくれよ!」
程よく低い、お誘いの声が横から耳に刺さった。
きっとこの声の調子は商売をする人間のものだ。
「俺のことか?」
「おう、そうだ。あんただ、あんた。まあこっちに来い!」
大体の見当をつけながら振り向くと、案の定そこには商売をしている男が一名。
目の前にあったのは履帯のついた装甲車の横部分を削ったりして屋台にしたような何か。
その中で盗賊……じゃなくてモヒカンのおっさんがにっこり笑みながら中で肉か何かをじゅうじゅうと焼いている。
「なんだ?」
「うちのマダムを助けてくれてありがとな!」
モヒカンのおっさんはそうお礼を言ってきた。
この世界にしちゃ珍しい裏表のない言葉だ。耳にしてちょっとだけ嬉しくなった。
だけどもしこの人がマダムへの忠誠を捨ててバギーかバイクに乗って爆走していれば多分それはそれでしっくり来ると思う
「ああ、あんたのボスが無事で良かった。でもヒーローはちょっと言いすぎじゃないか? 買い被りすぎじゃ……」
強面の相手に誘われるように、俺は屋台に近づいて中を覗いてみた。
「心配するな、あんたはもうみんなのヒーローなんだ。それはそうと噂で聞いたんだけど車に乗ってる奴を全員殺ったみたいじゃないか! すごい事するなぁアンタ!」
装甲車の中では何かの肉の塊が豪快に串刺しのまま焼かれていた。
その中で肉が焦げないように適度に回転させているおっさんは、あたかも俺が狙撃でも成功させたように言っている。
もちろんあれをやったのは俺じゃなくてサンディだ。あんな人外な真似ができるはずがない。
「いいや、助けてくれたのは俺の相棒だよ。あいつが車ごと中の奴をぶち抜いたんだ。たった一発で二人も」
「相棒? ああ! あの胸が大きい……キャンディって子か! そういえば立派なライフルを持ってたな、まさかあの子が盗賊を?」
「そうだ。まあ、俺も爆弾で二人ぐらい吹っ飛ばしてやったけどな。それからキャンディじゃない、サンディだ、名前を間違えないでやってくれ」
相手はいまいち信じられないと言う様子だ。
無理もないと思った。俺だってサンディがまさか恐ろしい精度の狙撃ができる奴なんて思わなかったのだから。
「あんなかわいい子がそんな凄腕とはなあ……人は見かけによらないっていうか……」
「俺だってあいつがあんなに強いとは思わなかったさ。だから殆どあいつの功績みたいなもんだ、俺がしてやれたのはあいつのライフルを造ってやったぐらいだな」
さりげなく屋台の中を詳しく覗くと、奥で揚げ油が鍋の中で暖まっていて何時でも何かをからっと揚げる準備が出来ている。
隣では今まさに包丁で切られてしまいそうな配置のキャベツがまな板の上に置いてある。
ふと装甲車の表面へ視線を移すとメニューがちゃんと書いてあった。
『7VAA-QuickFood』
焼いた肉を主にした料理や揚げ物を販売しているみたいだ。おいしそうな匂いがしてたまらない。
メニューを見ていると急に腹が減ってきた。
ついでだし軽くここで食べてみようと思っていると。
「へえ……あんた、銃を作れるのか。じゃあなんだ、あんたの職業はガンスミスかい? 良ければ俺にも何か作ってほしいね、十二ゲージのシェルが十二発入るコンバットショットガンとかさあ」
メニューを目でなぞり始めると唐突に尋ねられた。
別に俺はそんな職業でもない。
強いて言うならばMMORPGの中ではあるけどベテランの『騎士』だ。
そのせいか。
「いいや、ガンスミスっていうか……騎士かな」
俺としたことがうっかり余計なことを口走ってしまった。
「騎士だってぇ?」
「あー……いや、なんでもない。忘れてくれ」
モンスターズガールズオンラインの中じゃ似たようなやり取りがあったものだ。
見た目が真っ黒で怖いからという理由で職業が騎士でも周りから盗賊盗賊といわれていたし、結局出会った人間の殆どに盗賊だと認識されている。
勿論その原因の半分はミセリコルデとかいう短剣の精霊のおかげだけれども。
「ははっ! 騎士か! こんな時代なのに騎士を名乗るとは大した奴だ! じゃああの子はアンタの従者ってところかい?」
「冗談だよ冗談。それよりも軽く食事をしたいんだけど何かオススメは?」
俺が騎士だということはモヒカンのおっさんにはしっかり聞かれていたみたいだ。恥ずかしい。
「おう、色々あるぜ。おすすめは削ぎ肉とキャベツのセットだ。料金は前払い、出来立てを食わせてやるよ」
「削ぎ肉ね、ケバブみたいなもんか?」
「いいや違う、削ぎ肉さ、当店オリジナルメニューだよ」
そのことを茶化されながらもメニューを見ているとこの店の持つオススメとやらが最初に見えた。
店の中で焼かれている大きな肉の塊を削いだ――いわゆるケバブの一種なんだろうか。
つまり焼けた肉を削いだものをキャベツの上に載せた料理らしい。
メニューを見る限りは色々バリエーションがある。
キャベツ(生から焼いたものまで)の千切りの上に削いだ肉を乗せたもの、削いだ肉を茹でて刻んだじゃがいもに乗せたもの、野菜のフライ、肉塊のローストとキャベツ、それから。
「……フライド……トーフ?」
トーフ。
そんな名前があった。それを見て日本人である俺が思い浮かべるのは言うまでもなくあの白くて柔らかい豆の汁をにがりで固めた食べ物だ。
まさか、まさかこんな世界に俺の好きな豆腐なんてあるわけがない。
湯豆腐は好きだし麻婆豆腐も大好きだ、というか和食が好きだ。和食を食べたい。
「ああ、アンタはトーフを知らないのか? 豆を搾って汁にして、それを企業秘密の方法で固めた奴だ。豆の味が凝縮されてて慣れると癖になるぞ」
「……え?」
今このおっさんはなんていったんだろうか。
和食を渇望するあまり相手の言葉を都合よく頭の中で書き換えてしまったのか。
まるで俺の知っている豆腐と一致する情報がやってきたあと、モヒカンのおっさんは店の奥からアルミ製の平たい容器をもってきてくれた。
その上には――白くて柔らかそうで、ずっしりとした四角い豆腐が確かにある。
「はっはっは、まあこれを作って食べてるのはこのガーデンぐらいだからそんな顔をされても仕方ないか」
そんなことない、むしろ今すぐにでも食べたい。
俺はポケットにあるチップを何時でも出せるようにして注文を決めた。
「じゃあそれくれ。あとキャベツと削ぎ肉も」
「おっ、いってみるかい? それなら二つで400チップだ」
「400チップか」
それほど高くもないので遠慮せずに400チップを払った。
相手がチップを受け取ると装甲車の中で早速調理に取り掛かり始める。
「まいど。キャベツはどうする? 焼くか? 生にするか?」
「じゃあキャベツは良く焼いてくれ。焦がさないでくれよ」
「あいよ。ちょっと待ってな」
もう少し格好がラフで武器でも持ってれば盗賊と間違えられそうな男が、揚げ油でいっぱいの鍋に何かをぼとっと落とした。
人間の指ほどの太さと長さの何かだ。
よく見るとうっすらパン粉のようなものがまぶされていて、強めの温度まで暖まった油の中で爆ぜるように揚げられていく。
「アンタはマダムを助けてくれたからな、トーフは多めに作ってやるよ」
それは多分豆腐だ。
豆腐は俺が知っている物より硬くてずっしりとした感じに仕上がっているものの、基本的には一般的な豆腐とほぼ変わらない見てくれだ。
「……それにしても野菜なんて珍しいな」
「ああ、最近は作物が良く入ってきてる。いいことだ」
そうして豆腐が揚げられている間に男がフライパンで大盛りのキャベツを軽く焼いて、プラスチックの平皿の上に盛った。
「さあさあ、うちの主力商品の削ぎ肉だ。ちょうどいい焼き具合、ちょうどいい厚さ、そしてちょうどいい下味が美味しさの秘訣だ!」
奥でじっくり焼いていた肉をナタのような刃物で荒く削ぎ始める。
削ぎ落とした肉が受け取り台の上で小さな山を作ると手際よくキャベツの上にそれらを乗せて、仕上げに容器に入っていたブラウンのソースをかけて完成した。
「おっと、フィンガーもいい頃合いだな。お客さん、塩コショウと特製ソース、どっちがいい?」
「うまいほうをくれ」
「あいよ、じゃあソースだな! へへ、きっと気に入ってくれるさ」
丁度出来上がる頃には豆腐もからっと揚がっていたようだ。
同じくプラスチック製の皿の上に指ほどに揃えられた豆腐のフライが油を切られた状態に転がって、皿の隅に赤いソースの注がれた小皿を添える。
こうして二つの料理が出来るとフォークと一緒に目の前に差し出されてきた。
「召し上がれ! 食器は返してくれよ!」
「ありがとう」
受け取った。うまそうな食事セットだ。
近くに小さなテーブルと椅子があったので腰をかける。
とりあえずフォークで削いだ肉とキャベツを一緒に口に運んでみた。
「……ん」
この肉はなんだろう。最初は豚肉か何かに近くて、噛んでいるうちに焼けた肉のうまみが口に広がっていく。
あのシェルターの外に出てから今までミュータントを食べてきたけど、幾ら頭と舌を捻ってもどれも当てはまらない。
適度な脂もついてるのかコクもある。
臭みはそれほどなくて、炭の香りや香辛料を使ってうまく調理しているのが分かった。
「へっへっへ、口にあうかな?」
「うまいな」
口当たりが良くて食べやすい、という点以外は全くの謎だ。
少し硬いようだけど十分うまい。
ブラウンのソースは肉汁と酢と濃い甘味が効いた不思議な味で、丁度良く焼けたキャベツと一緒に食べると味が丁度良い。
焼加減は少し焼きすぎに思うけど全然問題ない。
全体的に豚肉に近くて、柔らかさも適度なもので食べ応えがある肉だ。
「どうだ? うちの『削ぎ肉』はうまいだろ?」
「ああ、まさかこの世界でこんなものを食べれるとは思ってなかったよ」
あっという間に半分も食べつくしてしまった。
「そりゃよかった。最近になってこの辺りで急に植物が育つようになってなぁ、綺麗な水も沸き始めたんだよ。それにここらで見たことのないミュータントが出始めるようになったんだ。だからこのガーデンは食料にゃ徐々に困らなくなってきてるのさ」
「綺麗な水が?」
「ああ、汚染されていない綺麗な水だ。この町のすぐ近くで発見されたんだよ。だから町の人間の喉も経済も潤いはじめているってことさ」
キャベツと肉を交互に食べながら耳を傾けていると、ふとあることが思い浮かんだ。
そういえばあのサーチの町も、最近になって湧き水が出た――なんていってたはずだ。
それはつい最近見つかったものらしい。サーチの町で水脈が発見されたとライトさんに教えてもらったし、そこで作物も育てられているところも目にした。
そしてここもまた、つい最近になって湧き水が発見されたという。
「今あんたが食べてる野菜や豆もそのお陰だよ。この辺りはすごいんだ、作物がすごいスピードで成長していく。変わったミュータントもいるから肉も手に入る。これじゃ庭園というよりは楽園だな、ははは!」
話を聞いてるとなんだか少しずつ、色々な思考が浮かんできた。
だけど今は食事中だ。まだ熱い内に皿に盛られた『フライドトーフ』を指でつまんだ。
かりっとした衣の中に濃い豆の風味が詰まっていて、揚げ油の味と混ざって複雑な味をしている。
衣にも工夫をしているのかチーズのような風味がした、そこに丁度良い濃さと硬さの豆腐がとろけて胃にずっしりとくる。
「このトーフもうまいな。サクサクしてトロトロしてて……」
「ああ、そうだろう? おいしさの秘訣は良く水分を抜くことさ。チーズみたいでうまいだろ?」
小皿に盛られたソースにつけてから齧ってみると味が丁度良くなった。
ピリっと辛くて酸味を足されたケチャップだ。多分タバスコか何かが加えられている気がする。
ただの豆腐のフライを引き立ててくれて、スナック感覚でするすると腹の中に入っていく感じだ。
が、気付いたら皿の上はもう空っぽだった。あっという間に食べてしまった。
結構どっしりと胃の中にきたものの、久々に豆腐を食べた感じに今だかつてないほど満足。
「……なあ、おっさん。変わったミュータントってなんだ?」
「ああ、豚みたいなやつなんだが……良くこの辺りに出没するからガーデンの人間が頻繁に狩ってるんだ。味も豚そのもので、肉だけじゃなく豚脂も取れるから重宝してるのさ」
「へー、豚ねえ」
食べ終えた皿を戻すと、代わりに『Meka』コーラの缶を渡された。
『おまけだよ』と店主が微笑んでくれたので遠慮なく開けた。
一口飲むと砂糖とカフェインの味がして口中がびりびり痺れる。
残った油を洗い流してくれるようで格別だ。
「綺麗な水が出るのは大きいが、作物や肉が手に入るようになるのは大きいぞ? このガーデンには大きなチャンスが到来してる、文明の復興だって夢じゃないだろうさ」
「チャンスね……少し夢を見すぎじゃないか?」
口の中をさっぱりさせてると、店主のおっさんがしみじみそう言った。
そういえばサーチにいた宿の親父さんも似たようなことを口にしてたような気がする。
「夢を見るのはただだろう? 食糧と水がいっぱいあれば争いはいつか無くなる。毎日うまいものが喰えれば盗賊だって減ってくはずさ」
もっともあっちは『豊かになればこの世から悪い奴等は消える』なんて甘い考えまでは達してはいないけれども。
そういえば親父さんは今頃元気でやってるんだろうか?
サンディがいきなり飛び出したせいで困ってないだろうか。
ああ、またあの時の鹿肉のシチューが食べたい。
「それはどうかな。食い物と水で腹が満たされたところで、あいつらは別の欲を満たそうとするだけだ。死ぬまでずっとな」
「へっ……言われてみれば確かにそうかもな。世知辛い世の中だぜ」
もう一口飲んでからコーラの缶をテーブルに置いて、残った肉とキャベツを食べようとすると。
「おっと! ここの連中が狩りから戻ったみたいだ! 今日も"ピッグマン"を沢山捕まえてきたらしいな、こりゃあとで卸して貰わないと!」
町の出入り口辺りがざわめいて、人々の間を縫うように赤いピックアップトラックが入り込んできた。
スクラップで車体をしっかり補強されたそれがどんどん奥へと、やがてケッテンクラートを駐車してある倉庫の中へと進んでいく。
『おらおらっ! どいたどいた! 狩猟部隊のお帰りだぞぉ!』
『喜べ、今日は大量だ! 美味い肉のお届けだぁ!』
荷台には見張りとばかりに大柄の男がドラムマガジンのついた自動装填型の散弾銃を手に座り込んでいて、その眼前に今日の『獲物』が詰まれているようだ。
ピッグマンというらしい。
豚人間といったところか。名前からしてどうせドッグマンと同じなんだろう。なんとも安直な名前だ。
俺はしっかりとトラックの荷台を見ながら肉とキャベツを一緒につついてから口に運んで――。
「………んん?」
口に含んで咀嚼しようと思った矢先に思考が停止した。
一瞬、ほんの一瞬だけ荷台にある物を見た瞬間。
俺の脳裏に物凄く見覚えのある物が蘇ってしまった。
そう、まるであの時――キッドの町の空港で無人戦車とサンドゴーレムが戦ったときのように。
「ほら、あれがピッグマンだ。粗末な棍棒をもっていて良く太ってるだろ? あれがこの町の新しい食料の一つさ」
「………ピッグ……マン……?」
荷台には死体が重なっていた。
事細かに言うならば、どれもこれもが銃殺されている。おそらくは散弾銃でぶち抜かれている。
穴だらけだったり頭がひどいことになってることから、加減して生け捕りにする気など微塵も感じられない、生きてる奴は絶対にいない。
「おう、見た目はキモいが立派な肉よ。豚のミュータントなんて昔の人間はなんて恐ろしいモン作ったんだろうなあ?」
ほのかにピンク色のかかった皮膚に、肢体に纏わりつく脂肪と程よい筋肉。
腰には汚い布がまきつけられているだけで、その顔はまさに豚を凶暴にしたもの。
豚の鼻に鋭い牙と眼窩から飛び出しかけた瞳が二つ。
どんなものか尋ねられれば絶対に歩く豚と認識されるような見た目である。
けれどもその"ピッグマン"という生き物の腕には、魔力で制御されたことを示す魔法の線が描かれていた。
それは魔力のある地で作られた怪物を示していて、また何者かによって制御されているという事を示すマークでもある。
「……この店の肉ってまさかあれか?」
「そうだぞ。スモークを効かせたこだわりの調理法だ」
とにかく今の俺は割と後悔している。
なぜなら死んだそいつの目と食事中の俺の目が合ってしまったのだから。
「これから倉庫の奥で解体されるのさ。臭くて溜まったもんじゃないが、しっかり下ごしらえして調理すれば最高だぞ。そうだろ?」
言葉が出ない。
まず最初に、モンスターガールズオンラインにオークという敵がいる。
いわゆる、雑魚敵にされたり、ネット上でやたらと高貴な姫様や凛としている女性の騎士にぶつけられる奴のことだ。
モンスターガールズオンラインでも良くそのネタを口にする人工知能ヒロインがいたものだ。
「………あれが、削ぎ肉に?」
そいつはゲームに降り立ったプレイヤーの殆どが必ず戦うことになる敵だ。
スキル上げ、金稼ぎ、ちょっとした戦闘の練習や新たに覚えたスキルの実験台にもなる敵だった。
初心者が一人でも相手に出来るものから、プレイヤーが1束になって掛かっても苦戦するほどのものまで幅広くカバーする、我等がプレイヤーたちとヒロインたちの永遠の友である。
友と書いてエネミーと読むのがモンスターガールズオンラインの流儀だ。
「お、どうした? 流石に解体する前の姿はキツかったか? なに、見てくれはアレだけどそのうち慣れるぞ!」
まさかと思うけど、この世界には向こうの世界のモンスターが流れ込んできてるんじゃないんだろうか?
だってあれはどこからどうみてもオークだ。
俺が近接武器のスキルを上げきるまでお世話になったオークどもだ。
あれは【歩兵オーク】といって、山の中にある巨大な神殿遺跡に住み着いているオークたちの下っ端部分である。
――つまり、俺はそのオークを本当に食べてしまったのか?
「俺も最初はあんなモン食えるかと思ったけど今じゃ絶対手放せないものさ。ドッグマンに比べて弱いし沢山いるから狩り放題食べ放題ってやつだ!」
……でも良く考えてみればドッグマンだって見た目はワーウルフといわんばかりの見てくれだけど元々はただの犬だ、それに食べればうまかった。
それならオークだってただの豚みたいなもんだ。じゃあ何も問題ない。
残った肉をかき集めてキャベツと一緒にかっ込んだ。
それにしてもオークがこんなにうまいとこの世界で気付くなんて思わなかった。
人生とは何があるか分からないな。だからこそ面白い。
「うまかった、ごちそうさま。スモークが効いてて絶妙だった」
「そういってもらえると嬉しいねえ。また食べにきてくれよ? 今度は大盛にしてやるよ」
「ああ、その時はまた『トーフ』も貰おうかな?」
「また来いよ、ヒーロー!」
「その呼び方はよしてくれ。じゃあな」
装甲車に設けられたカウンターに食器を戻して、まだ残っているコーラ片手に町の中へと迷い込んでいった。




