*35* ぜんーら
「あっはっは! たった二人で車に乗った奴らを壊滅させるなんて大した奴らだねぇ! やるじゃないかアンタたち!」
――豪快で陽気な笑い声が飛んでくる。
目の前にいる太っ……身も心もふくよかで、竹を割ったような性格の女性は俺達に向かって笑っていた。
その人間の赤い髪は後ろで束ねられていて、一見すればただの面倒見の良さそうなふくよかなおばちゃんに見える。
「ああ、あんたが無事で良かったよ。それにしてもどうして追われてたんだ?」
「なに、時々一人で出かけたくなるのさ。今日は朝からツイてなかったみたいでケツを狙われたみたいだけどね。でもあんたらに助けてもらえたんだかだから大逆転さ、お陰で物資も手に入ったからね!」
そんな彼女はボロボロになった装甲車に寄りかかりながら、まずそうに紙煙草を吸っていた。
すぐ隣にはストックが切り詰められた散弾銃が銃口を上にして立て掛けられている。
「お帰りなさいマダム!」
「ご無事でしたか! その方達は?」
そこへ声が割り込んできたと思えば、灰色の作業服を着た男が二人やって来た。
二人はふくよかな女性に対して明らかに態度が普通のものじゃなかったし、俺には好奇心に満ちた視線を送ってきている。
「ああ、ただいま戻ったよ。この二人はヒーローさ! 車に乗ったバカどもを皆殺しにしたんだよ!」
「おお……彼らが盗賊を? たった二人で倒したんですか?」
「運転手を綺麗にぶち抜いたらしい。それよりも早く荷物を集めて加工の準備を始めな! さっき死んだ盗賊が残した車両も回収だ!」
「分かりましたマダム! おい! 回収急げ!」
「車両の修理も開始しろ!」
「失礼しますマダム。ご不在の間に遠くのトレーダーから発注がありまして、私達の作った防具が大量に欲しいと」
「そんなのあとにしな! 今は客人をもてなすのが先だよ! それよりこの二人に一番いい部屋を用意してやりな!」
「はっ、失礼しました。直ちに手配します」
……一体どうなってんだか。
町中に何軒もそびえ立つ巨大な倉庫の中を整備工場にしたような場所で、溶接機の音や鉄を叩く音がやり取りに首を突っ込んでくる。
そんな場所で『マダム』と呼ばれたふくよかな女性に老若男女問わず色々な人間が集ってくる。
停車させたケッテンクラートの前で呆然と目の前の光景を見ていた俺とサンディは思わず顔を見合わせた。
「なんだかすごい奴を助けちまったな、俺たち」
「……豪快、だね……」
ここはあの看板に書かれていた『ガーデン』という場所だ。
やはり規模はそれほど大きくないものの、町の回りは砂を詰めたトレーラーを障害物代わりにして並べて強固な守りを得ている。
それに付け加えてしっかりと武装した見張りが交代制で町の外を見張っていて、生半可な襲撃じゃここは陥落しそうになかった。
ここに辿り着くまでの経緯はサンディの狙撃で盗賊を無力化したあとから始まった。
残った奴も綺麗に吹き飛ばした俺達は使える物資がないかと物色していたものの……そこへうまく逃げたであろう装甲車がまた戻ってきたのである。
すると装甲車の中から赤い髪のふくよかな女性が顔を出してきた。
装甲車の運転手はまず最初に俺達に礼を述べて、ひとまず『ガーデン』までついてこいと頼み込む。
その次に彼女はこう言った。
『その死体(盗賊)どもの着ているもの全部と車を譲ってくれないか』と。
旅を急いでいる俺は必要以上の荷物はいらなかったので、俺は女性に『YES』と答えた。
そうして使えそうなものはかき集めた上でついていったらこの有様である。
「ありがとよ、お二人さん。あたしゃマダムっていうんだ。このガーデンを仕切ってるただの太ったババアさ。マダムって呼びな」
傷だらけの装甲車の装甲が剥ぎ取られていく姿をバックに、豪快に笑むふくよかな体系の女性は身に着けていた短機関銃入りのホルスターを取り外し始めていた。
どうやらこの町のリーダーだったようだ。
「あー……マダム、な」
「なんだい? この呼び方が気に食わないのかい?」
マダムと名乗ったその人物の外見は一見『面倒見の良さそうなおばちゃん』と俺の感覚から認識できる感じだ。
「いや……歩く武器庫みたいで随分豪快なマダムだな、俺の好みのタイプだよ」
「はっはっは! 今時のマダムは重武装なんだよ! これも今時流行りのスタイルってもんさ!」
ただし顔から下は普通の人間じゃまずありえない有様だった。
胴には分厚い防弾ベストを着込み、その上には散弾をたっぷり詰めた弾帯をぐるぐる巻き。
その下では鋼板を貼り付けて見てくれが鎧のようになったものを着込んでいるのだ。
そんな金属と一体化したような格好だと言うのにこの『マダム』は涼しい顔だ。
それどころか散弾銃を担いで平然とした様子で歩き回っているのだから恐ろしい。
「それで、あんたの名前はなんだい?」
「ええと、俺は112……イチって呼んでくれ。こっちの女の子はサンディ」
ようやく口を開けるタイミングになったので俺は自分の名前と、それから隣にいる褐色肌の相棒の名前を教える。
するとお世辞にも整っているとはいえない身体つきの女性はタバコを地面に落とし、鉄板で補強されたブーツの底でぐりぐりと火を消して。
「イチイチニ? 変わった名前だねぇ。そっちの女の子は奴隷かい?」
とサンディに視線に送った。奴隷とご主人の関係だと勘違いされてる。
……どうやら物凄く誤解されていたみたいだ。
周囲の視線を伺ってみればそういうことで通っているのか、ときどき倉庫の中で車両の整備をしている人間から怪訝な視線が送られている。
「いや、奴隷じゃなくて……」
「……相棒」
「そう相棒」
そうじゃないと『マダム』に否定しようとするとサンディが得意げな様子で握った拳を持ち上げた。
言葉のスピードもいやに滑らかだ。
とりあえず俺もそれに乗って握った拳の裏をぶつけた。
「ああ! 奴隷じゃなかったのかい! そんなみすぼらしい格好してるからてっきりそういう趣味かと……」
「そういう趣味じゃなくて本人が勝手にそうしてるんだけどな」
「はははそりゃ悪かったね! でもねえイチとやら、その子にそんな格好をさせたままってのは良くないねぇ? 仮にも女の子じゃないかい」
「まあ、確かに」
言われてみればサンディの格好は殆ど全裸もいいところである。
着ているものはブーツに下着に外套に胸の包帯。それから顔を覆うマスクぐらいだ。
確かにこれじゃ奴隷の狙撃手でも連れまわしてるみたいだ。
「でも安心しな! ここはこの世界で唯一の服の楽園だよ! 丁度いいしその子にあたしらが作った服でも着せてやろうじゃないの!」
少し早口気味の言葉を発してから、マダムは愉快そうにサンディの裸の肩をぽんぽん叩いた。
ただし当の本人はとても嫌そうだ。はっきり分かるほど眉をひそめている
「服の楽園?」
「ああそうだよ。ここじゃ服や防具を作ってるのさ。盗賊どもから奪った服や、残された服を再利用して立派な服に仕立てるんだ。あたしらの手に掛かればエッチな下着から五十口径を弾く鎧までなんでもござれだよ」
なんとなく服の楽園の意味を尋ねてみると返答に相手の親指が動いた。
その先にあった装甲車に積まれていたコンテナやらが降ろされると、盗賊たちから剥ぎ取った服や何処からか拾ってきた衣類がたっぷりと詰まっていた。
「今身に着けてるこれもあたしがデザインしたものだよ。308口径ぐらいなら当たり所がよけりゃ弾いちちまう。さっき腹に当たったときは死ぬほど痛かったけどこのとおり元気さ、あざ一つついてないよ」
「まともに受けて無傷かよ……。服だけじゃなくお体の方も頑丈みたいだな」
「はっ! 当り前さ、女は服と身体が資本だからね。ライフル弾ごときで倒れちゃやってられんさ」
「頼もしいマダムだな」
「この世で一番頼もしい女と自負してるよ」
それから自身のふくよかな身体を示す。
その先にあるのはポーチが沢山ついた防弾性のある分厚いベストだ。仕上がりもしっかりしていてとても綺麗な仕上がりだった。
【裁縫】スキルがそれなりに上がっている俺でも、到底真似できないぐらいのクオリティだと一目で分かるぐらいだ。
「まあそんなわけだしその……あんたのキャンディちゃんとかいうのを借りるよ。そんな格好じゃかわいそうだしこのイカれた時代にぴったりな服をプレゼントしてあげちゃうよ。丁度新しい服ができたばっかりで他に試着させる人間が欲しかったんだ」
マダムがそういうと何処からか若い女性が二人現れた。年齢は多分サンディと同じほどだと思う。
武器はもっていないものの服装が際どい。
殆ど機能していないシャツから素肌と胸の下部分は見えまくり、サイズが小さすぎるホットパンツが食い込んでてかなり危ない。
その二人はサンディの左右に立つと無理矢理に腕を掴んだ。
「……やー」
サンディが物凄く嫌そうに首をふるふるさせる。
「ああおいちょっと待て! 何処に連れてくんだ!?」
「この世に一つしかない特別な服を作ってやるっていってるのさ! さっ! いくよキャンディちゃん!」
「勝手につれてかないでくれ! それとそいつはキャンディじゃなくサンディ……」
「大丈夫大丈夫変なことはしないよ! 外にある宿にあんたたちの部屋があるからそこで休んでな! キャンディちゃんは着替えさせたらちゃんと返品するから!」
「いやだからキャンディじゃなくてサンディ……」
「細けえこたいいんだよ! ほらっ! きりきり歩きな!」
「……やー」
ずるずるずる。
囚われた宇宙人のように捕まったキャンディが倉庫の奥へ引っ張られていった。
無気力な抵抗の声を聞いた直後、今度はマダムの目がぎらりと輝いて俺の身体に向くのを感じた。
とても嫌な予感がする。こいつは俺を着せ替え人形か何かにするつもりか。
「……それにしてもあんたのその格好、変わってるねぇ」
「ひっ」
「何びびってるんだい! 別に捕まえて食うつもりはないよ! それよりその服……随分と着こなしてるみたいじゃないか」
本当に矛先がこっちに向いてきた。
マダムの好奇心に満ちた目はしっかりと俺の着ている――改造したジャンプスーツに向けられているみたいだ。
「ああ……これか?」
「シェルターの居住者のジャンプスーツを改造したようだね? てことはアンタ、シェルターの人間なのかい?」
「まあ、な。盗賊のせいで我が家が見事に爆発四散だ。それ以来ずっとコイツを着てる」
「はははっ! あの大爆発でよく生き延びたもんだねぇ! 見た感じ自分でポケットやポーチを追加しているようだけど随分ボロボロじゃないか。穴だらけで随分みすぼらしいこと」
「まあここに来るまで色々あったからな。この前なんて盗賊どもに身ぐるみ剥がされてぶち殺されるとこだった」
「ちょっとあたしにみせてみな」
はがれかけているポーチの部分をつまんで見せてみるといきなり体をべたべた触られ始めた。
マダムの手が物凄くねっとりと身体を撫で回してくる。
それはもうイソギンチャクの触手か何かでも這っているかのように思えた。
「ふむ…………自分なりに色々工夫したってわけかい」
とてもじゃないけどこれほど不愉快なものはないと思う。
一体何が悲しくて中老で小太りの女性にねっとりボディタッチされなきゃいけないんだ。
「……おい、あんまりべたべた触らないでくれないか?」
「いいじゃないか減るもんじゃあないし。それよりもしっかり弄ってるみたいだけどまだまだ甘いねぇ。生地は耐水性があるけど防御性が全くない、歩くときに布地が擦れて微妙に音がするし、最近できたばっかりの穴が二つもある。足と腕をぶち抜かれたようだね、足の方は皮膚ごとごっそりともっていかれたか」
「……分かるのか?」
「マダムには何もかもお見通しさ! まだ完治してないみたいじゃないか? 見せてごらん?」
驚いた。まさか服を見ただけでそこまで分かるなんて。
俺はマダムに大人しく従ってジャンプスーツの裾を捲りあげた。
ゆるく巻いた包帯の上に薄く血が滲んでいてまだ痛む。
「やれやれ……完治もしてないのに良くそんなので歩けるねぇ。傷が開きかけてるじゃないか」
「行かないといけない場所があるんだ。旅してるうちに治る」
「そうかいそうかい。じゃあ……とりあえず脱ぎな!」
「えっ!?」
裾を戻そうとするとまた何処からともなく若い女性が現れた。
それはもう天井から降ってきたんじゃないかと思うほどいきなりに。
しかもどっちも両手を構えてじりじりこっちに迫ってくる――まずい本気で脱がせる気だ。
もはや親切心というよりは獣のような目つきになっている、いや両方とも目がイってる。
「おいまて何するんだよ!? 離せ! っていうか脱がさないで!」
「どの道そんな開きかけの傷じゃいずれ腐っちまうよ。ほら早く全部脱ぎな、ついでに寸法も測らせてもらおうかね! こいつは久々に何か閃きそうだ!」
「大丈夫ですよ、治療のついでにあなたの服を手直しするだけですから。ほら早く脱ぎましょう?」
「そういうことだよ。その服も大分ガタがきてるし、あたしらがもっと強くしてやるよ。着替えはちゃんとあるからさっさと裸になりな!」
「まっまて場所選べよせめて人がいないところでぬああーーっ!!」
衆人環視の中で脱がされた。




