*34* どうやって当てたんだ?
少しだけ痛む腕で双眼鏡で遠くを見晴らすと、サンディの言っていたものが見えてきた。
車だ。大雑把に言ってしまえば車が三両こっちに向かってきている。
一番先頭の車両がふらふらと怪しい動きをしながら道路をぎこちなく走っていく。
「……なんだありゃ?」
それは緑色の装甲車だった。
武装を全て取っ払って、車体の上に荷物の入ったケースを固定したような見てくれをしている。
それは普通の車の倍はありそうな数のタイヤで必死にぐねぐねと曲がりながらこっちに走っていた。
どうしてそんな走り方をしているか一瞬疑問に思ったものの、その答えはすぐに装甲車の隣を追い越してきた。
「……だれかに、追われてる?」
別の車だ。
それもどう見ても――盗賊としか思えない類のものが二両。
適当なスポーツカーを見繕ってガラスを全て取っ払って、間に合わせの装甲をぺたぺたくっつけて車体前面に視察口を取り付けたようなものが最初に見えた。
「らしいな。あのデカい車を追ってるのは盗賊だと思う」
それが装甲車を容易く追い返して横からぶつかっていく。
当然重量のある装甲車はぎりぎりバランスを保ったまま弾いた。
すると車体の上にいた奴が車載していた何か――スコープを乗せた機関銃をぶっ放す。
「……おいおい、見ろよ。走りながら始めやがったぞあいつら」
当たり前だけど装甲車の装甲にそれが当たったところで影響はなさそうだった。
だけど中にいる人間はそれで慌てたのか、今まで真っ直ぐ走っていた装甲車が道路から外れて荒野に向かって突っ込みかける。
「……また、きた」
すると反対側からも違う車両がきた。
今度はSUVだ。
こちらも凄まじい改造のされようで、車高が無理矢理伸ばされていて車体全体が錆びた鉄板で綺麗に覆われていた。
右側の助手席はそこら辺の金属板でも溶接されたのか完全に塞がれていて、機関銃が備え付けられた運転席からはスカーフで口元を覆った男がハンドルと機銃を一緒に操作している。
「こうしてみるとどっちが盗賊が分かりやすくて助かるな。それにしても……こんな真昼間からずいぶん元気な奴らだ」
バランスを崩しかけた装甲車が反対側からも突き飛ばされて、ますます怪しい挙動をしながらなんとか道路に戻った。
そんなSUVの上面からひょっこりと誰かが姿を現す。
火のついた瓶――火炎瓶だ。それを装甲車にたたきつけると、頑丈な車体に赤い炎が広がった。
「まずいな、どんどんこっちに近づいてきてる」
「……どう、する?」
装甲車は執拗な攻撃を受けながらも必死に此方に走ってきている。
中にいる人間はよっぽど肝が据わってるんだろうか。
物騒な見てくれの二両に挟まれ撃たれ燃やされても、兎に角バランスを崩さないように保ちながら道路を走り続けている。
「……このまま素通りしてくれそうにもないだろうしな」
――そんな光景を見て分かったのは二つ。
装甲車が盗賊に追い回されていること。
そしてそれがらまとめてこっちに向かって走ってきているという事だ。
「……かく、れる?」
「いや……そうだな」
助けるべきか? いや、助けるとしてもどんな手段で助けるのか。
どうであれ敵がここを通り過ぎる事は確かだ。
「サンディ、とりあえず隠れるぞ」
「……うい」
俺はケッテンクラートに乗ってエンジンを起こして、道路から外れた場所へと車体を移動させていく。
万が一巻き込まれてぶつけられてしまったらたまったものじゃない、幾らケッテンクラートが頑丈とはいえサイズの差まではどうにもならないからだ。
「まだ距離はある。一応武器を用意しとけ」
ケッテンクラートをとめると自動小銃を握ったまま道路脇で伏せた。
その隣にサンディがやってきて同じように伏せた。
頼れる相棒はすっかりやる気だ。眠そうな目がしっかり開いていて、取り付けたスコープ越しに道路の向こうを見据えている。
そんな姿を見ていると、何処かに感化されたのか割とすぐに判断が決まった。
「……良し、決めた。やるぞ」
襲われている方を助けるべきだ。
俺は余計な事を考えずに自動小銃を構えた。ストックにはしっかりと頬を当てて抱え込むように。
「……どっち、狙う?」
さてどうするかと考えていたら、すぐ横でサンディがかちゃりとボルトを引く音を立てた。
狙うっていうのは言うまでもなくこっちに来ている車のことだろう。
まさか走っている車にでも当てるつもりなんだろうか?
「物騒なやつ――悪趣味なデザインの方だ。やれるか?」
いやとにかく今は足止めだ。効果がなくても少しでも動きが鈍ればいい。
俺はべったりと伏せているサンディの背中をぽんと叩いた。
「……わか、った」
俺も相棒と同じように銃を構える。
といってもこの銃はスコープなんてものはついていない。
段々と車両が近づいてくる。
距離が近づくにつれて自動小銃のピープサイトを倒して近距離に向けて照準を合わせた。
装甲車がどんどん近づく。それにあわせて併走する魔改造済みのスポーツーカーから身を乗り出す盗賊の輪郭がうっすら分かって――
「……もら、った」
真横でサンディのスコープ付き小銃が派手な銃声を上げた。
耳元でいきなり聞こえるのだから危うく引き金を引き絞ってしまいそうになった。
「って……おい! 撃つなら撃つって言えよ!?」
ともあれ走っている車に向かって撃ったんだろうか。
一発目を発射した後でも、走行中の車は特に問題なく走り続けている。
そうしている間にもどんどん距離が縮まる。
喧しいエンジン音が嫌でも響いてきて、車と車のぶつかる嫌な音がした。
「――当たったのか!?」
「……もう一発」
ボルトを引く音がした。空になった薬莢がこっちに飛んできた。
そして大口径の射撃音がまた響いた――弾が当たったかどうかは分からない。
耳を塞ぎたくなるほどの音量に耐えながら、火炎瓶を投擲しようとしている車両に向けて照準をあわせようとするものの。
【XP+200】
……いきなり経験値が入った。
というか併走していたその車がいきなり猛スピードで走り始めている。
装甲車の進行を邪魔するのかと思えば、それは曲がる気配すらなくただ全速力で追い越していく。
しばらく真っ直ぐにフルスロットルで走っていたようだけど、一体どうしたことなのか途中で道路から脱線してしまう。
「ああ……事故ってやがるな」
道路から外れたそれはぐらりと横に傾いた後、それまでのスピードを抱えたまま荒野へと突撃。
そのままごろごろと転がっていくものの、投げようとした火炎瓶が中で割れたのか炎上、程なくして向こうでぼんと爆発した。
【XP+600】
また経験値が入った。
人間一人の経験値が200XPとすれば、さっきの分も合わせて四人死んだことになる。
「……あー、今のは」
「……もう、一発」
そんな様子に目を奪われているとまたがちゃりとボルトが引かれる。熱い空薬莢が頬に当たって熱い。
また隣で小銃の射撃がもう一発始まった。残るは原型のない改造を受けたスポーツカーだ。
だけどあれは流石に無理だろう。どうみたって狙撃する場所がない。
車体の前面は鉄板で覆われて、運転手はスリットの向こうから安全に前を見ているというのに――
【XP+400】
ちょっと待て、一体どうなってるんだこれは。
走っていたはずの車が急に止まり始めて、ぎゅるぎゅるとタイヤがアスファルトに削られる甲高い音が響く。
慌ててブレーキを踏んだんだろうか? 急に速度を落とし始めた車の上から人間がこっちに向かって投げ出されてきた。
「うわあああああああああああああああああああッ!?」
急停止についていけなかった身体が放り出されて面白いように飛んでくる。
車載していた機関銃ごと投げされた盗賊は俺達の目の前で二度、三度ほど地面をバウンドした。
それからとても嫌な音を立てて、ごしゃっと地面を転がり終えるともう動く事はなかった。
【XP+200】
経験値が入った、言うまでもなく今死んだ盗賊の経験値だ。
決して俺がやったわけじゃない、一発も撃っちゃいない、じゃあなんで経験値が?
「当ててるのか!?」
「……当ててる、よ」
まさかと思ってサンディを見た。
無言のままボルトを引いて次弾を装填しながら立ち上がっている。
仲間が敵を倒しても俺にも経験値が入るんだろうか――もしそうだとしたらこいつは見事に命中させてることになるぞ。
『な、なんなんだ!? 一体何が起きてやがんだよ!? 』
『わ、分からない! いきなり二人が死んじまった! あのクソババァの仕業か!?』
……どうやら今それについて考えてる暇もないようだ。
停車した車の中から逃げ出すように現れた盗賊の姿が見えた。
俺はすぐに自動小銃を構えて立ち上がる。
車の陰に隠れようとした二人に大雑把に照準をあわせて――引き金を絞った。
*PAPAPAPAPAPAPAPAPAM!*
自動小銃をフルオートで撃つ。
機関部から「ぱたぱた」という独特の作動音が銃声より盛大に響いて、とてもうるさい。
押さえ込めないというほどでもない反動で身体が揺れた。
でも当たっていない。
弾丸が地面や車を掠めただけで、盗賊たちはあっという間に車の陰に隠れてしまった。
『くそっ! あっちに敵が隠れてやがったぞ! ま、まさかあのババァ……最初からここにおびき寄せるつもりだったのか!?』
『あの狡賢いガーデンの奴らのことだ! まんまとハメられちまったか!』
向こうで怒声が飛び散ったと思うと、いきなり車の陰から銃身がこっちに向けられてきた。
銃口と目が合った瞬間、ぱぱぱぱ、と乾いた連続した銃声――短機関銃だ。
「ちっ! まだ生き残ってたみたいだ!」
急いで伏せて身を守った。
サンディも同じように道の脇に身をかがめると、銃弾が頭の上をひゅんと掠っていった。
「……隠れ、られた。むり」
「膠着したか……ここで打ち合うのは弾の無駄だ。サンディ、ちょっと頼みがある」
すぐにそれは止んだものの、車の陰に隠れたそいつらはこっちの様子を伺っているようだ。
お互い隠れてる状態だ、このまま延々と隠れていても埒が明かない。
かといってうっかり頭を出せば頭をぶち抜かれるのは明らかだ。当然それは向こうにだって言えることでもあるけれども。
『どうするっ!? 逃げるか!?』
『逃げるだって!? どうやってここから逃げんだよ!』
少しだけ顔を出せば向こうも同じように此方をちらちら見ているようで、向こうからはしっかりと銃の装填の音なども聞こえる。
「……なあ、に?」
俺は在庫にあまり余裕が無いなけなしのパイプボムをポケットから抜いた。
それからサンディに自分が使っていた自動小銃を手渡す。
「サンディ、俺が横から手榴弾を投げるからあいつらを撃ちまくって押さえつけろ。」
弾は無駄遣いできないし、特にサンディが使っている308口径の弾は尚更貴重なものだ。
ここで下手に膠着した状態で撃ち合いをするよりはすぐに勝負を決めたほうがいい。
まだ弾の残っているそれを押し付けられたサンディは少し俺をじっと見ると頷いてくれた。
「……わか、った」
「よし頼む。俺は回り込む」
同意を得たところで、ポケットからライターを取ってごろごろと道路脇の地面の上を転がる。
目指すは陰に隠れた盗賊に確実に投げ込める場所だ。
そしてサンディのいる場所からやや離れた場所につく。
突撃銃を構えていたサンディと目が合う。
「カバーしろ!」
そしてサンディが車に向かって自動小銃を撃ちまくる。
ぱぱぱ、と数発ずつの緩やかな連射が始まったのを見計らって、俺はライターで導火線に火をつけて身を乗り出した。
「また撃ってきやがった! しかも女だ!」
「女だァ!? まさかそいつ褐色の肌とかじゃねえだろうな!?」
「ああ! おめーの言うとおり褐色だよ! 胸も滅茶苦茶でけえ!」
「おい、それって……」
……向こうを見ると車の裏で怒鳴り声を上げている奴等が止まっている、これはチャンスだ。
導火線がある程度燃えたのを見計らって思い切り車の裏に放り込んで、その場で伏せた。
「まさかあのイン……えっ――!?」
道の向こうでパイプボムが爆発した。
何かを言いかけた盗賊ごと爆ぜたそれが、頭上に破片と爆風を運んでくる。
【XP+400】
死亡を確認した、これで盗賊は全員死んだ。
戦闘が終わるとなんだかどっと疲れてしまった。
それもそうだけど何より、殆どサンディが一人でやってしまったのだから拍子抜けだ。
念を入れて散弾銃をホルスターから抜いて、構えたまま車に近づいていく。
破片でぐしゃぐしゃになった死体が車体に寄りかかるように死んでいて、開いたままのドアからは……なんてこった。
「……やった、ね」
俺がその中を見て唖然としていると、二つの銃を軽々と持ったサンディが近づいてきた。
「……これ、お前がやったのか?」
「……その、とおり」
自動小銃を受け取りながら相棒に尋ねると、こくりと無言で頷かれる。
どうやら仲間が敵が倒すと経験値はちゃんと俺に入るらしい。
なんだか楽をして経験値を得たようで複雑な気分だ。
俺は撃ちつくした箱型の弾倉を交換した。
「おいおい……こいつら頭ぶち抜かれてるぞ。一体どうやったんだ?」
車の中で仲良く頭をぶち抜かれた二人分の死体を引き摺り下ろす。
ちょっとばかり得意げなサンディをみているとまるで褒めてくれるのを期待しているかのような眼差しを返された。
「……とにかく、さすがサンディ先生だ。お見事」
「……もっと、褒めて?」
「えらいえらい」
「どやあ……」
「さて、早いうちに貰えるもんは貰っちまおうか。手伝ってくれ」
そうして二人で戦利品を集めようとすると、向こうから装甲車がこっちに向かって走ってくる。
銃で撃たれて体当たりをされて車体がぼこぼこ、表面は火炎瓶でうっすら焦げたそれが距離をつめてくると、窓から太めの手が伸びてこっちにぶんぶん振られる。
敵意がないのか感謝の意なのか、もしくは両方か。
「おいサンディ、お楽しみタイムはお預けだ。どうやら俺たちに用があるみたいだ」
俺は一旦手を止めて、まだしっかりと自動小銃を握りながらそれに向かっていった。
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