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モンスターガールズオンライン!  作者: ウィル・テネブリス
ケッテンクラートと世紀末男の短い旅路
33/96

*33* シャープシューターな相棒

 *二十八日目*


 サンディがきてからは夜も安心して休めるようになった。

 俺よりずっと上手な射撃の腕はホルスターにしまった散弾銃(ショットガン)や投げナイフよりもずっと頼もしい。

 お互いに何かを喋る事はあんまりないけれども、それでも一人でいるよりはずっと気分も楽で旅も楽しく感じるものだ。


 あれから少しだけ野宿を挟みながら更に南下を続けている。

 交代制で見張りながら睡眠を挟んでまた日の出と共に走り出していた。

 スピードを出し過ぎないようにスロットルを絞りながらケッテンクラートで道路を走る。

 日照りは強いし相変らず目の前には何も続いていなかったものの、PDAのマップを見ればこの先には【ガーデン】という名前の場所があるらしい。


 そしてそこを抜けた先には道が二つある。

 一つは更に南へ続く道。何もない荒野にただひたすら突っ込んでいくだけの道路だ。

 もう一つは東へ続く道。それをひたすら辿っていけばデイビッドダムが見えるはずだ。

 どちらを進むかは当然決まっている。

 ミコとムツキたちが待つ、フランメリアへと続く道だ。


 しかしこの先、旅路を焦って進んでいてもろくなことはないと分かった。

 盗賊たちにあんなことをされてしまったのだから俺は前より慎重になっている。

 建物を見つけても絶対に気安く近づかない、怪しいものには絶対に触れない、敵が待ち伏せていそうな場所には用心する。

 そんなリスクを避ける考えが常々浮かぶようになってはいたものの、逆にあれこれ考えすぎて神経が疲れるのだから気楽な旅とはいかないものだ。


「サンディ、乗り心地はどうだ?」


 特に気になるものも見つからないので、ケッテンクラートを真っ直ぐ走らせながら後ろにいる相棒に声をかけた。

 ……だけど返事がない。

 声が聞こえなかったんだろうか、もう一度聞いてやろうかと思ったものの、振り向くと。


「……異状、なし」


 ケッテンクラートの荷台にはちょこんと座ったままのサンディがいた。

 勿論、ただぼーっとしているわけでもなく、俺から貰ったばっかりの小銃(ハープーン)を構えながらだ。

 彼女はケッテンクラートの周囲を警戒してくれている。

 時々向きを変えて前方を偵察してくれたり、道路から外れた荒野すら絶妙なタイミングで確認してくれるのだから隙がない。


 ――あの時の俺はどうしてこいつを連れて行かなかったのか。


 快適になってしまったケッテンクラートの座席で、前の自分の決断を思い出して鼻で笑った。

 まあとにかく集中していて聞こえてないならそれでいい。

 前に向き直ってハンドルをしっかり握りなおした。


「……乗りごこち、いいよ」


 そしてしばらくしてからサンディの声が遅れて返ってきた、ちゃんと聞こえてたみたいだ。


「なんだ、聞こえてたのか」

「……イチの声……ちゃんと、きいてた」

「それは良かった。でもずっと集中してたら疲れるぞ? 少し休んでもいいんだぞ」


 後部座席にいる相棒は一緒に旅を始めてからずっとこんな調子だ。

 常に敵が何処かに潜んでいるんじゃないかというぐらいに彼方此方(あちこち)に注意を向けていて、寝るとき以外は常に銃を構えている。

 最初は頼もしかったけど、今じゃ逆に隙がなさ過ぎて心配になるレベルだ。


「……ちょっとの油断、いのちとり」

「そりゃそうだけど……ずっとそうやってたら疲れるだろ?」


 そんな彼女に少しはリラックスするように言ってはみたものの、


「……わたしは、えものをのがさない」


 少しだけキリっとした調子の声で返される。


「少しは気を抜いてもいいんだぞ? ほら、おやつの時間だ」


 俺はジャンプスーツのポケットからチョコバーの袋を取り出して、左手で後部座席に送った。

 MREに入っているチョコケーキとナッツ入りのおいしいチョコバーだ。

 袋からこれだけ取り出して他は全部捨ててもいいぐらいうまい『とっておき』というべきか。

 でもこれは今の功労者が食べるべきだ。


「でも周りを見てくれるのはすごく助かってるよ、ありがとうサンディ」

「……いい、の?」

「いいんだよ。食べてくれ」


 今だかつてないぐらいストレートに感謝しながらも手を差し伸ばすと、少し間をおいてから指からチョコバーの袋が離れていく。


「……うまうま」


 しばらく走り続けていると後ろでサンディがチョコバーを食べ始めたようだ。

 今頃どんな顔で食べているのか考えたけど、どうせ無表情のままもくもくと食べてるんだろう。


「もう少ししたらガーデンって言う場所に着くらしい。どんな場所か分からないけど、それまで休んでていいぞ。働きすぎだ」

「……あい」


 しかしこの眠そうな声の相棒は、ミコと比べると物凄く静かだ。

 俺にぴったりと付いてくるサンディを見ていると、ゴールが近づいているのもあって不思議と俺の相棒の【ミセリコルデ】の姿が思い浮かぶ。

 いや、決して似ている部分があるわけじゃない、むしろ全てにおいて逆だ。


「……お前を見てると知り合いを思い出すよ」


 ケッテンクラートを走らせながら、つい口に出してしまった。


「……だれ?」


 そんな言葉にサンディは興味津々の様子だ。


「俺を待ってくれてる奴だ。俺の旅の理由だ」

「……どんな、人?」

「どんなって……」


 あいつとは色々……いや本当に色々あり"すぎ"たな。

 初めての出会いの直後に何故か俺が狩りに連れていかれてチワワのような犬で死亡。

 当然怒れば何故か逆ギレされて、しかも俺の到着を待つのも暇なので勝手に一人で狩りをしていたと言い出す始末。

 しかも『ご主人様は物理系ですから魔法覚えなくていいですよ!見た目怖いし!』とまで言われて色々なものを否定。

 『まずは二人でお家を買いましょう!』とかいわれたと思ったらデスマーチに等しいスキル上げと徹底的な金策プレイ。

 ログアウトしてる間にスキル上げまくってて主従関係逆転してるんじゃないかという差が生まれながらも、なんとかうまくやってこれた。


「……まあ、騒がしい奴だった。お前の方がずっと大人しいと思うよ」

「……ふーん」


 ただしミコはこんなに胸も大きくないしむっちりしていないしうるさい。

 本人にこれ言ったらもれなく対人アリーナに連れて行かれてぶっ殺されると思う。

 その上この褐色肌の相棒と一緒に旅をしている事なんて知ったら、どうなることやら。


「……でもな、あいつのそばに帰りたいんだ。あいつそのものが俺の帰る場所なんだ」


 だけどミコは初めてあった時からずっと一緒だった。

 あいつと俺との距離が離れるのは俺がログアウトしたときぐらいで、時には保護者みたいになって、時には対等な友人にもなってくれた。

 だからだろうか? 

 サンディを見ていると常にぴったりくっ付いてきたミコの姿が何となく浮かぶ。


「……帰れると、いいね」

「ああ、何が何でも帰ってやるさ」


 運転中なのに色々な事が頭に浮かんできてなんだか楽しくなっていた。

 長かった旅がもうすぐ終わって、その先でまた新しい何かが俺を待っているのだから。

 FallenOutlawのキャラになってしまった俺がモンスターガールズオンラインの中に入ってしまえば、一体どうなるかまでは予測できない。

 でも少なくともこの世界よりはマシなはずだ。

 無法者と戦う必要もなくなって、不毛な土地でサバイバルをすることもなくなる……はずだ。



 それからしばらく走り続けたあと。

 まだ見ぬ異世界の事を考えながらケッテンクラートを走らせていると何かが見えた。

 大きな看板のようなものが立っていて、その後ろにあのサーチと比べてもそれほど大きくはない町の姿がある。


「おっと……遠くに街があるみたいだ」

「……なにか、みえるね」


 一旦その場で速度を落として停車、いつでも走れるような状態にしつつも双眼鏡を手にとって覗いた。

 拡大された視界の中で看板が見えた。

 表面は赤い塗料で塗りつぶされているようで、その上に白い文字でこう書かれている。


 【服の楽園"ガーデン"へようこそ】


 「……服の楽園?」


 最初にその文字を見たとき俺の頭の上にはきっと大きな疑問符でも浮かんでたに違いない。

 確かにPDAに表示されてた【ガーデン】という場所で間違いないようだけど、服の楽園というのはどういう意味なんだろうか?

 看板から視線を横に置くと町の姿もはっきり見えた。

 荒野の上でぽつんと存在しているような見てくれだったもの――巨大な倉庫のようなものが幾つもあって、外を警戒するための監視塔が町を守るように建っている。


「サンディ、ガーデンってのが見えてきた。だけどあれは……安全なのか?」


 一応だけど後ろに向けて疑問混じりの声をかけた。

 だけど返事は来ない。

 ここからじゃまだそこが『ヒャッハー!』な連中が巣食っているような場所なのかは分からない。

 さて、寄るべきか、距離を置いて素通りするべきか。

 いつでもスロットルを絞って移動できるような状態にして考えていると。


「……イチ。後ろから、きてる」

「……ん? 後ろ?」


 突然サンディの声が届いた。

 次いで車の発するエンジン音のようなものがかすかに聞こえる。

 その声には緊張感なんてないけど、後ろから何かが来てることだけは分かる。

 念のため座席に立てかけていた銃――資源(リソース)と分解した盗賊たちの銃を組み合わせて作った、間に合わせの自動小銃を掴んだ。


「敵襲か? じゃあこいつの出番みたいだな」


 サンディの銃が出来たあとに今後の事も考えて作った武器だった。

 連発射撃と単発射撃を切り替えられる機関部(レシーバー)をベースに、木製のハンドガードとストックをつけたものだ。

 5.56mmの弾がたっぷり入る箱型の弾倉(マガジン)がトリガー近くのマガジンキャッチに差し込まれ、冷却フィンのついた長い銃身がハンドガードに沿って伸びている。

 銃口は小さなラッパのように弱く広がっていて、真っ直ぐ伸ばした木製ストックはいざというとき"ぶん殴る"ときのために金属で補強してある。

 これは間に合わせで作った【クラリネット】という名前の自動小銃だ。


「何か来たのか?」

「……こっちに、きてる」


 サンディを見ると無言で今まで通って来た道――北に向けてじっと小銃(ハープーン)を構えながら微動だにしていない。

 何か嫌な予感したので、銃の左側面から突き出たボルトを引いてライフル弾を装填した。


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