*30* キッドの町に背をむける
ずざざざざ。
砲塔を外されて、足回りを形成していた履帯も全て貪欲な漁り屋達にもっていかれた戦車が引っ張られる。
見た目よりも軽い戦車はそれより小さなケッテンクラートの馬力でずるずる牽引されていた。
もちろん軽いといっても普通の自動車とは重さも質量もわけが違うけども、戦車とバイクの間に生まれた子供は余裕の様子だ。
助けてくれたせめてもの礼になればと思って、人間の手じゃとても持ち運べないであろうそれを彼らの拠点へ運んでいた。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ! ケッテンクラートすげええええええッ! ほんっっとに乗れる日来るなんて思ってもなかったァァァァ! 僕いま骨董品に運ばれてりゅうううううううッ!」
「……うるさいから少し黙ってくれよ、頼むから」
しかし一つミスった。誰とはいわないけども後部座席に人を乗せるべきじゃなかった。
戦車を引きずるケッテンクラートの後ろで半立ちになってガッツポーズを取るうるさい奴がさっきから延々と叫んでたまらない。
黙らせてやろうとスロットルをいきなり引き絞って振り落としてやろうかと思ったぐらいだ。
でもこの変態も俺を助けてくれた人間だ。我慢してゆっくりと走行させる。
「いやー……しかしこの無人戦車もすごいね! ほらみてよこれ!」
「ん? なんだよ?」
嫌がる犬を引きずるみたいに戦車を牽引していると、後部座席にいたハヴォックがご機嫌な様子で身を乗り出してきた。
ロック用のトリガーを引いてスロットルを一定の速度で固定させてから目をやると。
「これこれ! あいつが撃ってきた弾だよ!」
「弾……? これが?」
視界の中に手と、それに握られた銀色の棒のようなものが入り込んでくる。
そこで俺はようやく理解した。
鉄の棒なんかじゃなく尖りを帯びた鉄の杭だ。
それも親指ほどの太さに加えて50cmほどはあろう長さである。
つまり……あの無人戦車はこれを撃ち出してたってことになる。まるで吸血鬼の胸に打ち付けるような杭をあの細い砲身で、だ。
この杭は盗賊たちの装甲車を貫き、一人の頭を吹き飛ばして、もう一人の身体を壁に縫いつけた。
こんなひどく物騒なものが恐ろしい精度で撃ち込まれるなんて冗談だろと思った。
もし自分の身体にこれが直接当たっていたらと思うとぞっとする。
或いはちょっと掠っただけでもひどいことになっていたのは確実だ。
酷い出血で危うく死に掛けたけど、当たったのがただのライフル弾だったのは不幸中の幸いなのかもしれない。
「そうだよ! あいつはこれを打ち出してたんだ! 火薬もなしでね!」
「火薬もなしに?」
振り向くとそいつは俺に鉄の杭を手渡してくれた。
受け取ってみるとかなり重い。見た目以上に重いというか、そこらにある銃を片手で持つよりずっと重量感がある。
そいつが言うにはこれを火薬もなしに撃ったようだ。
「そう……こんな重さじゃかなりの火薬が必要だけど、あの砲塔見ただろう? 戦車にしては小さいし砲身が細い! それじゃこれを撃ち出すのは無理!」
「じゃあどうやって飛ばしてきたんだ?」
これをどうやって?
空気圧で撃つには重過ぎるし、それならバネの力でも使って飛ばしてきたんだろうか?
ずっしりとした鉄の杭をケッテンクラートの荷台に戻すとごろんと重い音がした。
これがすごい勢いで次々飛んできたというのに、良く死なずに逃げ切ったなと心の中で自分を褒めちぎりたくなってしまった。
きっとこれを作ったやつは吸血鬼に恨みがあって、心臓にぶち込むために作ったに違いない。
「そこでこれさ! あいつは別の発射手段を持っていた!」
すると今度はまた後ろから手が伸びてきた。
ハヴォックの手が青白く発光している半透明の容器のようなものを突き出してくる。
それは予想以上に眩しくて、思わずハンドルを思い切り切ってあらぬ方向に突っ込んでしまいそうになった。
「うおっ、眩しい!? いきなりこっち向けるなよ!」
「ごめんね! で、まずこれは『電池』だ。砲塔の中と車体にこれが沢山詰め込んであった。」
「電池? それが?」
「そうさ! これがあいつの心臓でもあり燃料だったんだ!」
大きさは丁度空き缶ほどで、一生消えそうにない青い光が半透明の筒の中に灯ったもの。
彼いわくこれが『電池』とのことらしいけど、俺にはとりあえず部屋に飾って置くかぐらいの用途しか思いつかない。
荷台を見るとそんな彼は一杯の『電池』で埋もれていた。
戦車を丸ごと運ぶ為に、余計な"砲弾"やパーツを取り外して他の人間が持っていったのだ。
そしてケッテンクラートでこうして運んでいるわけだけど……ハヴォックはその中に詰まっていた謎の容器を根こそぎ取り外して荷台に持ってきた。
今のハヴォックは物凄く輝いている。物理的な方向で。
「僕はもったいぶるのが非常に嫌いだから言っちゃうけど! これは全部あの無人戦車の動力だ! あの戦車の砲弾を撃ち出す火薬だ! あいつはこれで金属の矢を電磁加速させてぶっ放してたってこと! エコだねえ」
そしてそいつはそう言った。
これは電池。つまり言うならば荷台に詰んであるそれが全てあの戦車にとっての燃料であり、火薬でもあったということらしい。
どうも信じられない話だ。
それにこんな光っているだけの容器があんなものを動かしてしまうほどの力を蓄えてるなんて到底考えられない。
「こんなもので撃ち出せるのか?」
「ああ、これはこの地球で最後に作られたモデルの原子力電池だね! あいつはこれをたんまりボディに埋め込んでいて、特殊な装甲板で太陽熱を吸収して効率的にエネルギーに変換してたんだ。僕たちが考えられないほどの恐ろしいエネルギーをね」
「原子……?」
今なんていった?
こればっかりは本当に掴んでいたハンドルをうっかり回してしまって、ケッテンクラートが戦車ともども一瞬だけ変な方向に向かってしまった。
俺の科学知識が正しいものなら、俺の真後ろじゃ放射性物質だとかそういうものが荷台一杯に搭載されてるはずだ。
「原子力電池。世界が崩壊する前に、人類がエネルギー危機で切羽詰ったところで作ったんだろうね。ちょっと頭を使えば太陽光だけじゃなく他のエネルギーも回せるし、これは末永く使えるよ」
「……今なんていった? 原子力とか言わなかったか?」
「原子力電池だってば! 改良型だから光は青白くて、ちゃんと使えば長持ちするタイプだよ! 僕たちが死ぬほうが早いかもね!」
しかも追い打ちをかけるかのようにハヴォックの手が伸びてきた。
良く見ると半透明の容器の底には――なんということでしょう、黄色と黒で彩られた放射能マークがでかでかと表示されている。
いやまてふざけるな、そんな危険なものを何そんなにどっさり置いてるんだ。
「おい! そんなの沢山載せて大丈夫なのか!? っていうか運んで大丈夫なのかそれ!?」
「大丈夫だって!! 崩壊前の技術の結晶だよ? 容器の耐久性と密封性は下手な装甲よりずっと堅実だし電力変換効率もかなりのものだよ? 少しでも破損したらちょっとヤバイけど。ほらイチさん一つ上げる」
「いらねえよ!? やめろこっちに手渡そうとすんな!!」
「まあそういわず!! 僕だったら観賞用と保存用と布教用と実用のために四つはキープしておくね!!」
「だからいらねーよ!! 振り落とすぞお前!?」
◇
そんなこんなでケッテンクラートでガレージの前まで戦車の残骸を引っ張ってきた。
「どの辺りに置けばいい?」
「そこでいいぞ。お前ら、牽引用ケーブルを外してくれ」
『うぃーっす』
男どもをまとめるオチキスが指示を下すと、車体と残骸を繋いでいたものがカチャカチャ音を立てて外されていく。
改めて無人戦車だったものをみるとやっぱり凄まじいスケールだった。
大きさは並大抵の車なんて比にならないほどのものだ。
車高も高いし、ケッテンクラートをすっぽり飲み込んでしまいそうな広さもある。
ハヴォックが言うにはこいつは崩壊前の新素材の装甲だとか、効率よく太陽光を吸収するために黒い塗装がしてあるとか、数え切れないほど手が加えられているらしい。
人工知能も効率良く戦闘をするために余計なものは削がれて、砲弾は並大抵の主力戦車の正面装甲をぶち破ってしかも的確に狙って当てる――らしいけども。
でも結局、そんな無駄にてんこ盛りにされた技術は無意味だった。
サンドゴーレムという魔法の世界の敵についに負けた。
科学が魔法に負けて、無敵だと思うほど高性能だった戦車はもう動かない。
「無事に残骸を運んできてくれたか、ありがとう。」
「ああ、これでいいか?」
ケーブルが外れて自由になると男たちのリーダーが礼を言いに来た。
戦車の残骸を分解して運ぼうとしたものの、予想以上に構造が複雑で分解に時間が掛かるそうなので俺が運ぶことにしたのである。
人力で運べるものは全て運ばせて、あとは軽くなった戦車の残骸をここまで引っ張るお仕事。
勿論タダじゃない。持っている物資をいくらかもらうという条件でだ。
俺はケッテンクラートから降りて、荷台に積んである厄介なものをなるべく急いで地面に移し始めた。
昼間なのに物凄く発光していて眩しい。
「しかしここまで引っ張るなんてすごいな。余所者さん、その戦車みたいなバイクみたいな乗り物はなんなんだ?」
「隊長! これはケッテンクラートとかいってはるか昔の大戦の際に使われたドイツ製の車両ですよ! 戦車を牽引したなんて逸話があるぐらいのパワーをもってて坂道も乗り越えたとか言うけどこれは改造されていてすっごい馬力ががががー!」
「ケッテンクラートっていうらしい。北にあるサーチって町で譲り受けた」
「サーチという街って言うとあの寂れた町か? まあここほどじゃないが。あとハヴォック、黙れ」
ケッテンクラートを見たオチキスは物珍しそうな様子だ。勿論他の男たちも興味心身と言った様子。
しかしそんな彼の口からあの町の名前が出るとは思わなかった。
それもある程度、サーチの町の状態も知っているみたいだ。
ところでハヴォックがやかましい。荷台から降りたくなさそうな様子だ。
「サーチを知ってるのか?」
「噂だけじゃな。トレーダーが今にも潰れそうな寂れた町だといってるぐらいは知ってた。どんなところだった?」
オチキスの関心はケッテンクラートからサーチの町へと移ったみたいだ。
どんな町かと聞かれれば、盗賊に襲われたこと、機械を熱く語る指導者、それから美味しい鹿肉のシチューといったものが浮かぶ。
最初に何をどう伝えるべきか迷う。
とりあえず最後の原子力電池とやらを手で掴むと【HIIB-Mk7】と視界の中に出てきた。
少し迷ったあと、荷台に一つだけ放り込む。
「本当に規模が小さい町だよ。この前は盗賊に襲われて大変な目にあって人も減ったけど、なんとか復興しようとしてる。それから……」
「ほう。それから?」
「綺麗な水が湧き出てる」
可能な限り情報を伝えようとしたけど、綺麗な水、といったところでオチキス――だけじゃなくて、周囲の人達も目を丸くした。ハヴォックもだ。
すんなり言ってしまった。だけどすぐに後悔した。
単純だ、飲んでも害の無い綺麗な水は貴重だからだ。
それが湧き出る街だなんて知られたら、あんな小さな町じゃ水を狙ったやつらが殺到してくるに違いない。
それこそ、こんな戦前の技術を回収するだけの人間たちが盗賊になってしまう可能性があるくらいに。
「……なるほどな。いいことを聞いた」
くそっ、うかつだった。まずいことを言ってしまったかもしれない。
不適に笑うオチキスを見て思わず身構えそうになった。もし助けてくれた恩がなかったら、俺はきっと反射的にヒップホルスターから回転式拳銃を抜いていたかもしれなかった。
だけどそんな俺の様子の変化をしっかり見てたのか。
「ああ、いや、決して襲うわけじゃないから安心してくれ」
オチキスが軽く笑ってきた。たくらみのない純粋なものだ。
それにつられて周りの男たちも笑った。更に感染して俺も変な笑いがこみ上げてくる。
安心して硬くなった体から力がずるっと抜けて、反動でずきりと足の痛みが蘇った。痛い。
「そんな反応するからてっきり水を奪いに行くのかと思った」
「はは、そんなことするもんか。我々は他人との取引で生計を立ててるんだぞ? まあ実は我々はそろそろこの町を去ろうと思っててな、それに安定した取引の相手や、安住できる地も欲しい」
「ここも粗方探し尽くしちゃったしね! 戦車もこうなったし!」
軽く冗談を言うとそれが気に入ってくれたのか、目の前の男は更に面白そうに笑った。
ハヴォックがごんごんがんがん戦車を叩いてうるさい。
どうやら取引の場所としてサーチを狙っているらしい。
あの町は人が減っているしまだダメージも残っているに違いない。でも取引する相手が出来て、あの町に何かしらのメリットが生まれると考えると――このオチキスの考えてる事はぴったりだと思う。
少し考えが浮かんだ。サーチの町へいってみるように頼んでみるか?
あの町は良い思い出と悪い思い出が一緒になっている。
盗賊の件、美味しいシチューのこと、住民達のこと、ケッテンクラートを貰ったことに、サンディという女の子を捨て置いてきたこと。
良くも悪くも俺に色々なものを与えてくれた町だ。
そんな町への恩返しか、罪悪感からか、少しでもあの町にプラスになるのなら……。
「それなら……もし良かったらだけど、サーチの町へいってくれないか? 人手も足りないし、復興に色々必要としてる」
答えはすぐにでた。
俺がそう言うと、オチキスはちょっとだけ真面目に考えて。
「……いいだろう! それならこれからその寂れた町とやらに出向く準備だ! お前ら! 旅支度だ! 戦車は30分以内に解体してシェルターから持っていけるものをかき集めろ!」
『うぇーい!』
両手をぱんぱんと叩いてすっきりとした顔を浮かべた。
それを合図に周りで戦車を囲んでいたり、回収したパーツを並べていたりした男たちが素早くシェルターの中へ入っていく。
無人戦車だったものは装甲を綺麗に剥がされて、ユニット化された配線や小難しい配置のチップなどを俺に見せている。
……お前には散々世話になったな。
歯が立たないぐらい強かったそいつは、もう砲身を俺に向けることも動くこともない。
そこに残ってるのは裸になった中身と砂の塊ぐらいだ。
「さて……戦車をもってきてくれた礼なんだが」
「ねえねえねえねえイチさんイチさんイチさんイチさん!! ケッテンクラート乗っていいかなぁ!? これ乗っていいかなぁ!? だって大昔の乗り物がまだ目の前で生きてるんだよ!? ちょっとだけでもいいから操縦させて欲しいんだけどダメ!? 大丈夫優しくねっとり乗り回すよ!」
話がまとまってようやく報酬の支払いの話がくると思ったらハヴォックがここぞとばかりに目を輝かせて突っ込んできた。
今のこいつは原子力電池よりずっと輝いてる。黙れハヴォック。
『………』
話を遮られて微妙な空気が流れる。
このまま話を続けても何がなんでも首を突っ込んでくるところまでが浮かぶ。
分かった、分かったよ、好きなだけ乗り回せ畜生。
「……ああ、どうぞ」
「やったあぁぁぁぁッ! んじゃ早速乗らせてもらうね!」
「いやまあ乗るぐらいならいいけど操作法は分かるのか? っていうか絶対壊すなよ?」
「大丈夫大丈夫! この子の乗り方ぐらいなんとなく分かるよ! それじゃ早速イーッヤホオオオオオオオオオゥゥゥ!」
俺が許可した途端にケッテクンラートの席について、ハヴォックはスロットルを思い切り捻って爆走してしまう。
ガレージの入り口を横切るように凄まじいドリフトを見せ付けてくれた。
それからエンジン音よりうるさいハヴォックが人生の絶好期とばかりに叫んで、滑走路へとかっ飛んでいった。
こうなると運転手の安否よりもケッテンクラートの履帯とガソリンの残量が心配だ。少し後悔した。
「……もうこれを言うのも何度目か分からないが、すまない余所者さん」
「もう謝らなくていいよ……。本人が元気ならもうそれでいいよ。でも壊されたらただじゃおかないからな」
「一応、あれでも我々の中じゃ一番優秀なんだ。ただちょっと頭が良すぎてあらぬ方向に振り切れてる」
「バカと天才は紙一重っていうしな。まさにあいつのためにある言葉だと思う」
「ああ、全くもってその通りだ。実際我々はあいつの機転や発明に何度も助けられてるしな」
もう色々とあきらめ尽くしたオチキスが遠い目で滑走路を見た。
つられて見て見たら砂埃が派手に巻き上がっている。
フルスロットルで道を爆走したり、アクセルロック機能を駆使して両手を上げて立ち上がってる姿が見えた。
ついでにこっち見てきた。満面の笑みだ。手も振ってハヴォック大満足。
「……確か燃料が欲しいって言ってたな。それなのにあんな事をさせてしまって申し訳ない。相応の支払いはするから安心してくれ」
ああ、オチキスの表情が一層曇ってる。
彼の言う『あんな事』をしている張本人がしばらく滑走路を自分の庭のように走ったあと、少しずつスピードを落としながら戻ってきた。
ケッテンクラートの燃費は良いとは言えないし燃料の残りも心配なのだから、正直な感想としては乗せるべきじゃなかったと思う。
だけど盗まないでちゃんと返してくれるだけまだマシだ。
そもそも話が通じる相手というだけで、一体どれほどマシなことか。
「……ふー」
お互い頭を悩ませているところに、なんだかもう全ての煩悩を解消して悟りでも開いてしまったような奴が戻ってきた。
ケッテンクラートが『お腹一杯走りました』とばかりに滑らかに目の前で止まる。
エンジンも切られて静かになった。
座席に座ったまま無言で目を閉じていたそいつは少しして立ち上がって。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ! ありがとう!ありがとう!すごくありがとう! 僕は今すごく感動している! こんなに親切でノリのいい人がまだこの世界にいるなんてぇぇぇ! 神様か! きみは神様か何かかい!? 僕は君にどう感謝すればいいか分からないからとりあえず抱きつく! 愛してる! 結婚する!?」
「ちょっ、抱きついてくるなよ!? やめろ! 気持ち悪いわ!」
今だかつてない振り切れそうなテンションで叫んで抱きついてきた。流石のオチキスもこれには苦笑いだ。
でも野郎に抱きつかれて喜ぶ趣味なんてないぞ俺は。
俺はまだ痛む足でバランスを取りながら両手で素早く押し返した。
「おうふっ!」
「……本当に申し訳ない、余所者さん。燃料のタンクが二つあるから使ってくれ」
「二つも貰っていいのか?」
「どうせ車が手に入らないからな。それにまあ……その馬鹿が迷惑をかけたお詫びだ。おい! 誰かジェリカンをもってこい! 満タン二つだ!」」
オチキスの言葉が飛ぶと、ジェリ缶をもった男が小走りにやってきた。
濃い赤色で表面に『20L』と書かれた二つの缶だ。給油用のノズルがついていて随分と重そうだ。
「ありがとう。これで旅が続けられそうだ」
目の前に置かれた。試しに拳骨でごんごん叩くと重い音が鳴った。
ちゃんと【ジェリ缶20L-ガソリン』とも表示される。
取っ手を掴んでケッテンクラートの荷台に運ぶと意外と重く、けれどSTRが上がっているお陰なのかスムーズに乗せられた。
燃料がたっぷり貰えただけでも十分だ。
最低限必要な物資はもらえたし旅を続けよう。
ケッテンクラートのチョークレバーを引く、下に隠れたスターターを捻ってエンジンを稼動、レバーを戻して準備完了。
ぶるんとエンジンが唸った。今日も旅の続きがまた始まる。
「これから何処へ行くんだ?」
スロットルを操作しようとしているとオチキスが聞いてきた。
答えるまで考える間もなかった。
「デイビッドダムだ」
「デイビッドダム? あんな盗賊と無人兵器のユートピアにいくのか?」
「待ってる人がいるんだ。それじゃ」
「とんだ命知らずだな。死ぬんじゃないぞ、イチさん」
「しぶとく生きてやるさ。あんたも死ぬなよ、オチキス……それからハヴォック」
二人に見送られながらケッテンクラートを進ませた。
「ああ、じゃあな! 俺達はこれからサーチへ向かう、旅の幸運を祈る!」
「そっちもな! サーチの人達の力になってやってくれ!」
「じゃあねイチさああああああああん!! ありがとおおおおおお!! 愛してるううううううううッ!」
「黙れハヴォック!」
「あひい!」
軽く手を振って前を見た。心なしか背後で汚い悲鳴が上がったけど気にしないでおこう。
スピードを出し過ぎないようにその場を離れ始めると。
【XP+4000】
いきなり大量の経験値が入った。
しかもレベルが上がった。メタルなBGMが定番のように響いてレベルが5になる。
ちょっとしたクエストだったんだろうか? とにかくここですることはもうない、旅を続けよう。
無人戦車の消えた街は静かだ。
潰れた民家を避けて通れば、柱を失って倒れたり、ジェンガのようなバランスで形を保ち続けている残骸が見えた。
あの戦車はずっとここで獲物を狩っていたんだろうか?
あの【サンドゴーレム】はどうしてここにいたんだろうか?
俺と同じく迷い込んできたのかもしれない。
無人の戦車はそれを宿命と見なしてずっと戦っていたのかもしれない。
真実は分からないけど、魔法の世界は着実に近づいている。
道路に出るとカジノの近くで派手に事故を起こした装甲車が見える。
まだ盗賊たちの死体も綺麗に残っているし、散らばった木箱もそのままだ。
一旦接近して停車させると、俺はそこに残されたものをかき集めた。
盗賊たちは僅かに残った銃弾や雀の涙ほどの携帯食料、それから電池を持っていた。
勿論武器も残っている。
鉄パイプに銃の機関部を丸ごと突っ込んだような単発式のライフル。
回転弾倉式の拳銃に銃身を継ぎ足してストックを強引につけたもの。
あとは猟銃を無理矢理補強して四角い弾倉が横に伸びたものが一つ。
しかしどれも品質が最低と表示されて、状態も悪いと視界に浮かぶ。
なので【解体】で片っ端から資源に変えた。
金属がたっぷり。プラスチックや木材も手に入って、パーツも手に入った。
最後に飛び出た木箱があったのでこじ開けてみると……。
こりゃまた酷い。錆びていたり金具がゆるんで壊れかけている使い物にならない銃器が色々詰め込まれていた。
それから品質が最低と表示されている銃弾がたっぷり詰まっている。
どれをとっても【分解】としか表示されないのだから、これも全て分解。
科学物質や金属も補給できた。パーツも沢山出たし、食料以外はこれで手に入ったわけである。
俺はケッテンクラートに乗って再び履帯を動かした。
ひとまず道路を辿っていこう。デイビッドダムはもう少し先だ。
◇




