*29* 魔法VS戦車その2
外の世界は最後に見たときと違って良く晴れていて、とても爽やかな感じだった。
どうやらシェルターを隠していた民家はこの町の空港に一番近い場所にあったようだ。
お陰さまで二階から滑走路の全景が良く見渡せる。
そして現在、中はボロボロ、外はバリケードでがっちりと支えられた家の二階から空港の様子を見ていた。
「さて、今日こそあの砂のミュータントが勝ってくれればいいんだが……」
隣で双眼鏡を構えたオチキスが窓から身を乗り出しながら言った。
「そうですな、まああいつは何度も出てくるしいずれ勝ちますよ」
「しかしあの砂の怪物はなんなんでしょうねえ、隊長。生き物ならともかく砂が怪物になるってどういうことなんだか……」
一体何が始まるんだろうか?
俺も違う窓を開けて、双眼鏡を手にとって空港の様子を見た。
そこにはこじんまりした空港がただあるだけだ。
強いて言うならば、滑走路の上で砂が風に乗って舞っているぐらいだ。
しかも全員、口を開ければとにかく「砂」「砂」「砂」とばかりいう。
ここまで砂にこだわるとお前らは砂フェチか何かと疑いたくなる。
だけどみんなの顔は期待に満ちたまま滑走路に向けられていた。
特に迷彩帽子のあいつが物凄く目を輝かせているのはいうまでもなく。
「……き、来たッ! 来たァァァァァッ!!」
その『砂の怪物』とやらの登場を真っ先に喜んだのもそいつだった。黙れハヴォック。
「やっときたか……」
続いてオチキスがそういうと――ふと双眼鏡の視界の中で何かが動く。
あれは……なんだ?
吹いていた風がどんどんまとまってきて、滑走路の中央に集まっていく。
まるであたり一面の砂が、見えない箒で一か所にかき集められるようだった。
風が動かしているんじゃない。全ての砂がまるで意志をもってそこで動いているようだ。
「ほらほら見てよイチさん! あれが砂の怪物だよ! 今現在進行形で変身してるよ! あれやばい欲しい乗りたいカッコイイぃぃぃ!」
「黙れハヴォック! また見回りいかせるぞ!!」
「すいませんでしたァ!」
砂が集まる。それからハヴォックうるさい。
荒野の上で少しずつ固まっていって、やがて巨大な足のようなものになっていく。
すると出来た足を砂が登っていってそれに見合った下半身を完全に成形していく。
その下半身すらも砂がよじ登り、今度は胴体のようなものを形作る。
次に砂が太い腕が組み立てられて、五メートルはあろう高さまで完成してきたそれに頭が生えた。
砂で作られた顔のない頭だ。
それは本当に不自然だった。
どう不自然かというと、まずこの『世界』に合っていなかったからだ。
なんだかその姿は見覚えがあったからである。
それも割と最近――例えばの話だけど、ピンクの髪色をしたうざくて可愛いチビの精霊と、砂漠のダンジョンとかいう場所に冒険したときに見たような。
そうだ、丁度そこにいたボスと同じだ。
そいつは確か全身が砂で作られた巨人の姿をしていた。
とても巨大で、プレイヤーを感知すると砂が寄り集まって砂の怪物が生まれて、そして最後は仕上げとばかりに全身に模様が浮かんで――
「うっひょー!! いつ見てもカッコよすぎるゥゥ!! 隊長、戦車よりあっちの砂の巨人欲しい! あれ乗りたい! あれなんとか飼えないかなぁ!?」
「そんなに欲しけりゃ潰されて来い。俺は止めんぞ」
……全身に複雑な魔法陣のような線が浮かび上がって、青白く光り輝いた。
というか、あれは、
「……サンドゴーレム。」
と思わずそう口に出してしまった。
そうだ、そうだ! あれは俺が良く知っている!
あれは【サンドゴーレム】だ!
モンスターガールズオンラインに出てくるボスキャラだ!
「ん!? 何かいったイチさん!?」
「………いや、なんでもない」
間違いない、前にミコと倒したあのボスが今こうしてリアリティのある姿で存在しているのだ。
あの巨体、あの模様、そしてダンジョンでかつて対峙したその姿――。
忘れもしないあの別世界のボスがこの荒廃した世界で、滑走路のど真ん中で堂々と立っていた。
開いた口が塞がらなかった。
このゲームには絶対存在しないはずのボスキャラが、さも当然のようにこの世界にいるなんてありえないからだ。
「おお……あいつも来たな」
「戦車も来たァァ!! あの戦車ほんとに砂の怪物好きだねぇ、何か恨みでもあるのかなぁ!?」
そして住宅地の方からがらがらと重い音が響いてきた。
あの無人戦車のものだ。
それは細い砲身と、車体の大きさに見合わない砲塔を滑走路の中にいる【サンドゴーレム】に向けながら堂々と現れた。
そいつは完全に【サンドゴーレム】を敵として見なしているようだ。
それ以外に説明がつかなかった。
双眼鏡の中では青白いセンサーが発光して、砲塔が細かく動いて巨大な砂の怪物の何処を狙うか迷っている。
固まった砂が岩のようになった巨体が動いた。
すかさず無人戦車が後退。けたたましい金属音を響かせながら鉄の杭を速射していく。
ゴーレムの膝を狙っていたようだ。
両方の膝に発射物が当たる。巨体がバランスを崩して倒れる。
すかさず砲塔の上に備え付けられていた機関銃が連射される。
5.56mmの小さなライフル弾が幾らか撃ち込まれたところで、防御力も高くて質量も巨大なサンドゴーレムに効く訳が無い。
だけど牽制にはなったようだ。
顔を狙って集中射撃を受けた巨体が怯んだ。
動けぬままのそれに無人戦車が全速力で側面に回りこんで、首に目掛けて砲を撃つ。
がきんがきんと鉄の投射物が横から首と頭を貫いた。
人工知能で制御される戦車の針に糸を通すような射撃には、生半可なプレイヤーが集まっても倒せない砂の怪物も流石についていけないようだった。
俺は今興奮している。
色々なモノが混ざっていたからだ。
しばらく見ていなかったモンスターガールズオンラインの敵がこうして目の前にいること。
ゲームの世界とはいえ、リアル感で一杯な『本物の』ボスキャラが動いていること。
そして――手違いでこの世界に来た俺のように、砂の怪物もまたこの世界に迷い込んでるということに。
「ふむ……今日も無人戦車の勝ちか」
「いや待ってください隊長! あれ! あれ! なんかいつもと違う! なにアレェェェ!!?」
「……ハヴォック、お願いだから黙ってくれ」
「無理です! 黙ると死んじゃう!」
「……じゃあ黙って死ね」
無人戦車に穴だらけにされたゴーレムが砂を保てず崩壊していくように見えた。
念には念を入れる魂胆なのか戦車が更に後退しながら、砲身をしっかりと頭に向けていく。
一方的に攻撃できる距離を作って、安全にかつ確実にトドメを刺すつもりだ。
だけど俺は知っている。
サンドゴーレムは何も巨体をのろのろ動かして、敵を踏み潰したり叩いたりの単純な攻撃ばかりをするわけじゃない。
あいつの真価は分かっていた。だってかつてあいつに挑んだのだから――。
サンドゴーレムが地面に手を付いたまま動かない。
頭をぶち抜かれると誰もが思っていたのかもしれない。
でもその巨体に刻まれた魔法陣は青白く輝いていた。
この世界では絶対にありえない、魔法の世界で生まれたものだからこそ扱える【マナ】の光だ。
無人の戦車が遠く離れて動きを止めて、サンドゴーレムの頭に砲身を向けたその直後。
砂の巨人の拳が組まれる。
振り上げられて、マナを一杯に集めた巨体が一気に地面を殴りつけた。
滑走路の地面が爆ぜたように盛り上がる。
ゴーレムの巨体より大きな石の柱が次々と、間欠泉みたいに地面を突き出て現れる。
先の尖った黒曜石のスパイクが滑走路を突き抜け、無人戦車の砲身を遮り、それは恐ろしいスピードで相手に迫って。
……鉄の杭を打ち出そうとしていた機械の怪物を下から串刺しにしてしまった。
車体の中央を反対側まで貫かれた戦車が空高く持ち上がる。
金属が滅茶苦茶に軋み音がした。何とか逃げようとそいつの履帯が回る。
苦し紛れにサンドゴーレムに必死に砲身を向けようとするけど、もう手遅れだ。
【黒曜石の槍】という技を喰らったそれは、しばらく抵抗の姿こそ見せたものの。
魔法の効果が終われば車載機銃ごと貫いた槍が砂に溶けていって、深刻なダメージを受けた車体が勢い良く地面から叩きつけられる。
履帯を作っていた金属の板が散弾のように周囲に弾けとんだ。
細い砲身を持つ砲塔がすっぽ抜けて、中からじゃらじゃらと細長い鉄の棒がこぼれる。
そして戦車は――もう動く事はなかった。
「……なんだ、今の。」
「い、い、い、い、今のなにィィ!? 魔法!? 魔法なのか!? 魔法みたい!! すっげえええええ何あの地面から出たの!? あれほんとになんなのさ!? どんな兵器なの!? やべえあの巨人カッコいい結婚したいムラムラしてきた!」
みんな唖然としているようだ。
それもそうだろう。この世界の住人に魔法なんて分かる訳がないだろうし。
それからハヴォックが相変わらずうるさい。
……ともかく決着はついたようだ。
サンドゴーレムはようやくここでの役目が済んだとばかりにその身体をぼろぼろと崩す。
それにしてもどうしたんだろうか……?
そのゴーレムは膝をついたまま、じろりと顔の無い砂の頭を此方に向けている。
心なしか俺に真っ直ぐと視線が向けられているような気がする。
砂の巨体はそのまま此方をじっと見つめながらゆっくりと崩れていった。
最後はただの砂として滑走路に散って、そこに何も存在していなかったかのように完全に姿を消した。
あとに残されたのは破壊された無人戦車の残骸だけで、気がつけば周りの男たちはまたとないチャンスを目前にしてぞろぞろと滑走路に向かっていくのであった。




