*28* 魔法VS戦車その1
長いといわれたので分割です
*二十五日目*
目が覚めた。
ふくらはぎからじわりと広がるような痛みと、右腕のぴりりとした痛みで思いきり目が開いた。
身体がだるくてなんだか生きた心地がしないものの、意識はスムーズに目覚めていた。
痛みのせいでかえって冷静に起きてしまったようだ。
きっと余分な血が抜けてしまって頭が冴えてるに違いない。
自分の身体の感覚があると分かってから天井がぼんやり見えた。
視界がおぼつかないが、あれはコンクリートの壁だ。
そういえばシェルターの中もこんな感じだった。
ここはやけに薬くさい。
でも空調設備が効いてるのかちゃんと温かいし、自分は真っ白で清潔な毛布に埋もれていた。
最初は『もしかしてスタート地点に?』だなんて思った。
だけどすぐに違うと分かった。
もし死んでいたらこうして手足が痛むこともなく、完治して生き返るのだから。
「おっ! 気がついた!?」
すると誰かの声が聞こえた。
横目で見ようとしたけど届かないし、霧に包まれているかと思うぐらい目が霞む。
随分声の調子が高くてテンションの高そうな腹の立つ喋り方だ。
そいつがどんな奴なのか知りたい。だけど身体は動かない。単純に身体に力が入らない。むしろ痛い。
「あ、あああ……くそっ、痛ぇ……、俺……生きてるのか?」
「ストップストップストップ! 動いちゃダメだって! 死に掛けてたんだよきみ!? ていうか良く生きてたねあんなに血出したのに!」
身動きの取れない俺に騒がしい声がぶつけられる。
きんきん響いてうるさいんだよ、静かにしてくれ。
「……ああ、くそ……今どうなってる……?」
辛うじて口は動く。
俺は力も込められずに弱く尋ねた。
「出血多量で瀕死だったよ、小口径のライフル弾がふくらはぎを貫通して反対側を酷く開いて突き抜けていった。酷い傷だったよ、普通だったら走れないからねあれ?」
「そこまで細かく教えなくてもいい……」
男性か女性か判別し辛い甲高い声の人間は俺にそう答えてくれた。
だけどそのせいでかえってはっきりと自分の状態がわかってげんなりだ。
弾が当たってずたずたにされて血を一杯流したってわけだ。
どうりで吐き気がして体から力が抜けてるわけだ。
「それで……俺は助かったってことか……?」
「うん、セーフ! 腕も一発貫通してたけど、壁越しに撃たれてたみたいだから運動エネルギーが落ちてて大人しくすっぽ抜けて行ったよ。足よりはマシなレベルってところか」
撃たれたのは右腕、利き腕か。
声を聞いてから右腕を動かそうとするとずきりとしながら動いた。
動かないっていうレベルじゃないけれど、下手に動かしたら悪化しそうだ。
俺は見えない人物に目掛けて嬉しく笑って。
「……そうか。助けてくれてありがとう」
そう礼を言った。話が通じる人間とちゃんと話せるのはやっぱり嬉しい。
「別にいいさ! それより……」
「……それより?」
「きみの持ってたPDAってPDIYの1500型じゃないか! ねっ!ねっ! それ触っていいかなぁぁぁ!? シェルター居住者だけに配られた限定バージョンだよ!? 触っていいかなぁ!? ねえいいでしょ!? それ戦前のテクノロジーの一つでもうこの世にはあんまり残ってない希少なモデルだよ!? 僕だったらもうそれ自分の命払ってでも買っちゃう代物だよ!? 見せてくれないかなダメかな見せてよぉぉぉ!」
「……うるせえよ……ちょっと黙れ……」
とか思っていたら凄まじい調子の高い声が機銃のように飛んできた。
凄まじくうるさい。これでわかった、あの時最初に幻覚だと思った声の奴だ。あのクソうるさい声をぶっかけてきた奴だ。
でもこのままじゃこいつの声でぶち殺される。
これだったら無人兵器の機銃か、あの射出される鉄棒で死んだ方が気が楽だと思い始めてきた。
そんな気がして、また意識が遠のいてきた……。
「おい! うるさいぞ! 病人がいるんだから静かにしてやれアホが!」
「ああっ! 隊長! 起きましたよこの人! PDIY1500もってたから触っていいですか!?」
「お前のせいで顔色が死人みたいになってるぞ!? さっさと出て見回りいってこい!」
「えっまって隊長PDIY1500触りたいんですけど僕! ああちょっと引っ張らないで下さいよ隊長! ねえまって!! PDA触らせて! 指先だけでも! さきっちょだけでもいいからァァァァ!!」
「おい! 誰かこのバカを外に投げ込んでこい! 罰としてこいつに武器は持たせなくていい!」
「まーたハヴォックさんか……。はいはい俺達が連れて行きますから隊長はお休みくださいっと」
「PDAがァァァァッ!」
身体が寒い。眠気が回ってきた。
しかもなんかバカ騒ぎするせいで本当に意識が真っ白になってきた……。
「……すまない余所者さん、あの機械バカは追い払った。しばらく安静にしてろ。」
隊長と呼ばれていた声の持ち主が戻って、申し訳なさそうな情けない声を上げた。
今更いなくなっても手遅れだよ。寝る。
*二十六日目*
また目覚めた。今度は視界も鮮明だった。
左足も右腕も痛いけど、今度ばかりは大丈夫そうだ。
少しずつ体を動かして上半身だけを起こしてみると、早速視界の中に色々なものが映る。
あのシェルターと同じコンクリート製の壁がはっきり見える。
薬品の瓶が一杯に詰まってきちんとした列を作っている棚。
そして左腕に繋がったチューブに、透明な液体を滴らせる点滴バッグに――
「あっ、起きたー? PDA見せてー」
帽子を被った若い男の顔面が超至近距離。
ただの悪夢だったようだ。ちゃんと夢から醒めるために毛布を顔までがばっと被った。
「……おやすみ」
「あっ! 寝るなよオイ! PDA見せて!」
前言撤回する、大丈夫じゃなかった。
起き上がった直後に待ち受けていたのは――黒くて短く切り揃えられた髪の上に迷彩柄の帽子を被った青年だった。
歳は俺と同じほどかと思う。
きりっと顔が整っていて真面目でインテリなイメージがするものの、目覚めたばっかりの俺に向けた言動のせいで全てぶち壊されている。
「……まだ身体がだるい」
「大丈夫だって! ぐっすり眠ってたしもう元気でしょ!? それよりPDA」
「……分かった……見せてやるから黙ってくれ、頼むから」
完全に体を起こしてみるとようやく全体図が見えた。
周りが清潔という点を覗けば何もなく殺風景に等しい部屋で、最低限の設備だけは揃った医務室か何かみたいだ。
そこで俺は腕に点滴をぶっすり刺し込まれて、吊るされた袋から無色透明の液体――少なくとも水ではない何かをじっくり流し込まれてたらしい。
注射が大嫌いな俺からすれば、不調も吹っ飛ぶ恐ろしさだった。
「……おい、俺の身体に何入れてる……」
「あっ、これ? 僕が作った君の血液の代わりになるものだよ。最近よく見かける変わった植物とか蒸留水とか砂糖とかで作ったものでフィクサーって呼んでるんだ。味はおいしくないけどそれよりPDA!」
「ハヴォオオオオオオオオック! またお前か!? また見回りに行きたいんだなお前は!?」
するとまた違うところから声が響いた。今度は野太くてしっかりした声だ。
年齢はぱっと見て30代に入ったばかりと言った感じか。
髪は深いブラウンでうっすらヒゲが生えていてる。
それでも迷彩帽を被った青年よりもがっしりと整った体系をしていて、活発的な顔をしているところもあってかなり生命力がありそうだ。
格好は黒色で統一されたズボンとシャツ、それからジャケット。
ただし衣装のポケットの数と配置、自動拳銃が差し込まれたベルトホルスター、そして手に持っている光学式の照準器がついた小銃を持っていることから……ただの盗賊やトレーダーの類じゃないと分かる。
しかも二人とも同じ格好、同じ装備で統一されている。
少なくとも適当にこの世界を放浪する感じじゃないのは確かだ。
で、その二人は。
「隊長! やっぱりPDA見たいんですけど! もうこれのためなら好きなだけ見回りいきますよ!?」
「……この場の空気ぐらい読んだらどうだ、電子機器オタク。お願いだからそこの余所者をこれ以上悪化させるような真似をするな」
致命的にうるさい。
ダメだ、まずこのままじゃこいつらの会話でまた気絶する。或いは死ぬ。
このまま俺が気を失うまで延々と騒がれるのはごめんだ。
「……そんなに見たいなら見ろよ。だから黙ってくれ。壊さないように」
手短にそういってやった。それだけでも精一杯で大分体力を削られた気がする。
すると青年が目をぎらっと輝かせた。
それはもう嬉しそうに、大好きなオモチャを与えられた子供のように。
もしくは獲物を見つけた肉食獣のように。
「っていってますよ隊長! いいよね!?」
「……はぁ。すまない余所者さん」
「好きにしてくれ。っていうか頼むから今騒がないでくれ……あんたら俺を殺すつもりか」
ともかく左向け左。顔を少し横に向けてみれば俺のPDAが置かれたテーブルがあった。
血でべっとりと汚れた使用済みの包帯や、空の注射器が置かれている。
そして俺の言葉を聞いた途端に青年が歓喜してPDAをもってかれた。
「うわーすっげええええ!!! 見てください隊長これ色々情報載ってますよ!? スキル!? インベントリ!? フランメリア!? なんか知らないし良く分からないけどけどすごくカッコいい!! 生きてるうちにこれ触れるなんて今日はあれか! 一生分の幸運使い果たしちゃったかも!? 明日は砲弾の雨かもあはははははは!」
「……すまない余所者さん」
しかもなおのこと五月蝿くなってしまった。渡すんじゃなかった。
そんな青年をよそに『隊長』と呼ばれているその人は本当に申し訳なさそうに謝ってくる。
「別に、慣れてるさ。むしろ良い気付けになった。まるで俺の元気を吸い取ってるみたいで悪魔のように感じるけどな」
「……ははは、本当はもう少し安静にして貰わないとまずいんだがな。その様子だと大丈夫そうだが」
「あはははははすげー! ラジオ機能もついてるー! メールも打てるー!」
これ以上ベッドの上にいるとまた気絶しそうだ。
もはや安静にするよりも起きてたほうが精神衛生的にもマシだと思った俺はベッドから起きて床に下りた。
足が思ったより動くので最初は「いけるか?」と思った……が、ずきりと痛む。
我慢できないわけではないけど歩きたくなくなるレベルのひどい痛みだ。
「……ッ……てえ……。助けてくれたのはあんたか?」
「ああ。酷い出血だったからどうにかしようとしたんだが……生憎手元にちゃんとした医薬品がなくてな、止血と点滴ぐらいしかできなかった。申し訳ない」
「いや……こんな見ず知らずの人間を助けてくれただけ、十分感謝してるさ」
「気にしないでくれ、君は盗賊じゃないようだしな。そのジャンプスーツにPDA……ダムシェルターの人間なんだろう?」
気を紛らわそうと尋ねてみると、男は俺の腕から点滴を外した。
ジャンプスーツとPDAのことを知っているみたいだ。
となると……なるほど、このゲームのNPCか。
「ああ。酷い目に会ったよ。盗賊とミュータントが一緒に来て、とどめはシェルターが自爆だ」
「……それは気の毒だったな。良くあの惨事から生き延びたもんだ」
「たまたま動くバギーがあってね。去り際にちゃんと盗賊を何人か轢いてきた。あいつらは多分こんがり焼けたに違いない」
「ははっ、仕返しはちゃんとできたみたいだな」
とりあえず話を合わせて、冗談を言ってみると男はちゃんと笑った。
一体何処から何処までがNPCなのか、というよりこの世界にいるNPCは本物の人間じゃないのかと常に思う。
「転んでもただでは起き上がらないなんて大した奴だな、君は。俺はオチキス、この機械馬鹿がハヴォック。そちらの名前は?」
「112、イチって呼んでくれ。助けてくれてありがとう、オチキス……あとハヴォック」
「どういたしまして。しかしイチか……変わった名前だな」
「よく言われる」
「でも悪くない名前だ。俺達は……エンフォーサーという組織の人間だ。まあ詳しい話は飯でも食べながらどうだろうか? 食欲はあるか?」
「起き上がれるほどあるさ」
意識がハッキリしてきて軽く会話を交わしたところで、彼の口から俺の知らない単語が飛んだ。
オチキスと名乗った男は自分の後ろを親指で示した。
指先の向こうではここより広い部屋があって、そこから肉の焼けるおいしそうな匂いが漂ってきている。
途端に空腹が腹の中で蘇った。こうなったらもう断る理由はない。
◇
PDAによると時間は昼。
民家に隠されていたシェルターの中は程よい温度で、俺が前にいたところよりもずっと広かった。
俺は皿に載せられた何かの肉を切り取って齧った。
焼加減はレアで程よい噛み応えだ。噛むたびにしっかりと肉の味がする。
肉はいい。噛めば噛むほど生きている実感が湧いてくるし、飲み込めば血と肉に変わっていく感じがする。
そんな風に肉を食べているのは俺だけじゃない。
黒一式の服を着て武器を下ろした男たちも黙ってそれを食べている。
無骨で真っ黒なそいつらは、ここで場違いかもしれない俺に軽蔑の眼差しや好奇の視線は一切与えてこない。
俺のことが眼中にないんだろうか。
あるいは同じ黒づくめ同士、同類か何かと思われているのか。
「……それで要するにだ。我々はこの『キッド』の町に住み着いている組織だ。世界が崩壊する前に残っていた技術を発掘して生計を立てている」
「それがエンフォーサー?」
「そうだ。武器、エネルギー、車、とにかく崩壊前の技術は安定して高く売れるからな。例えそれがあの無人の戦車でも」
「無人戦車ね」
正面で、オチキスは大雑把に切り分けた肉にコショウをかけながら言った。
どうやらここに居る人たちは世界が破綻する前に残した遺産をかき集める集団らしい。
だけど全員の格好は統一されていて、使っている銃器も全て同じにして弾薬の共通化を図っている。
彼らはただの漁り屋なんかじゃなくそれなりの力を持っている集団なんだと理解できる。
「それにしても……あれにはひどくやられたみたいだな。あれだけ血を流したというのに良く生きていたな。君は本当に運が良い」
「人の身体に穴開けられて運が良いもクソもあるか。勝手に風通しを良くしてくれやがって、一生恨んでやる」
「はは、あの戦車を設計した人間は相当意地の悪い奴だったに違いないな」
「設計者がまだ生きてたら生け捕りにして同じ目に会わせてやるよ。ところで、あんたらはあの無人戦車を捕まえるつもりなのか?」
まさかと思って聞いてみた。
オチキスは『半分当たっている』とばかりに頷く。
「ああ、捕まえる……というのは無理だろうけどな、チャンスなんだ」
「マジでやるつもりかよ……、そのチャンスっていうのは?」
「そうだ。まずあの戦車はもう結構前から居座っているんだ、確か……」
「約24日ほど前だね!」
お互いに肉をつつきながら話していると、あのテンションの高い奴が肉をがじがじしながら割り込んできた。
PDAを散々いじってご満足のハヴォックだ。
「いやねえ、実はこのキッドの町にちょっと面白いものが出ててね。僕たちはそれに賭けてるのさ。あれはすごいぞ!」
「まあそういうことだ。我々はあの戦車がぶっ壊れるのを待っているわけさ。あいつがやられたら回収して、バラして売って大儲けだ」
「あー……つまりどういうことなんだ?」
「見れば分かるさ! きっと驚くぞぉ?」
「そうだな。こればかりは俺が説明するより見た方が早い」
「……んー? 勿体ぶらずに話してくれよ」
「僕も説明したいんだけどなあ、ちょっと複雑すぎて……ねえ隊長?」
「そうだな……、あれはこの世のものとは思えないというか……あれも未知のテクノロジーなんだろうか?」
話の筋が掴めない。
話を聞いていれば何やら『戦車をぶっ壊して回収する』だなんて言っているようなものだけど、まず人間の手じゃ破壊は不可能だ。
あのメタルモンスターは鉄の棒を凄まじい勢いを射出してきて、正確に機銃を撃って、多少の障害物はお構いなしに壊して突破してくるのだ。
だけど別にここにいる人間であの戦車をどうにかしようだとかいう話の流れじゃない。
じゃあ一体、この人達は何を考えているのか。
残った一口を放り込んで噛みしめてると。
「……隊長! 出たぞ! 空港にあいつが出た!」
一人が忙しく階段を下りてきた。
シェルターの中に喜ばしい調子の声が響くと、みんなが一斉に立ち上がる。
「出たか! 全員立て! さあ見に行くぞ!」
「うーっす」
「さて今日はどっちが勝つかな。お前らはどっちに賭ける?」
「俺は砂の方に1000チップだ」
「俺は今日も戦車の方に1500チップ。どうせ砂の方がまた折れるさ」
オチキスが笑みながら真っ先に階段へ向かっていくと、男たちもその後にぞろぞろと続いて黒い列を作った。
訳も分からずそんな様子を見つめていると。
「ほら! イチさんもおいでよ! やばいよやばいよーマジで燃えるから僕と見に行こう!」
「……引っ張るなよ。怪我してんだぞ」
「ほらっ、じゃあ僕の肩を使いなよ。なんだったら背負ってあげようか?」
「いや……肩だけ貸してくれ、ゆっくりな」
目を輝かせたハヴォックに手を引っ張られてすごい勢いで連れて行かれる。
撃たれた足が鈍い刃物にでもつつかれたようにずきりと痛んだものの、この馬鹿は肩を貸してくれたので移動にはさほど苦労しなかった。




