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モンスターガールズオンライン!  作者: ウィル・テネブリス
ケッテンクラートと世紀末男の短い旅路
27/96

*27* でっかいメタルモンスター

 音を聞きつけた俺は回転式拳銃(リボルバー)の撃鉄を半分起こしながらカジノの外に出た。

 周囲を見渡した。どんより曇った空の下にゴーストタウンがあるだけだ。


 でも道路の向こうからは音が続いていた。

 ぱぱぱぱ、と連続した乾いた銃声。

 その何十倍も重いずっしりとした銃声が数発。

 次いでエンジンの唸り声がむさ苦しい男たちが腹から捻りだす合唱のように響いてきて、やがて音の発生源が姿を表し始めた


 向こうから車が走ってきている。

 酷く不恰好な車がこっちに向かって走ってきているようだ。

 それは果たして車かどうか判断していいのかすら困るデザインだ。

 ベースはそこら辺の道路で放置されていたようなピックアップトラックといったところ。

 だけどそれの荷台を全て傾斜した鉄板でつぎはぎに囲って、更にその頭頂部にスリットのついた丸まった砲塔のようなものがくっ付いている。


 そんな悪趣味で間に合わせの車を使うのはこのゲームのプレイヤーか、敵として現れる盗賊ぐらいだ。

 つまりあれは敵の盗賊(レイダー)。しかも乗り物を扱っている厄介な部類のやつである。


 レベルの高い盗賊――強力な火器や乗り物を使ったりする上に、少数のチームを組んで組織的に動く盗賊はベテランと呼ばれている。

 プレイヤーがうっかり調子に乗って装備やレベルも整わないままマップをうろついていたら、そのベテラン盗賊が車に乗って突撃してきてもれなく轢殺か蜂の巣かを選択するチャンスがくるってわけだ。


 そのベテラン盗賊(レイダー)と思われる奴等は最初こそこっちに向かって真っ直ぐ走ってきているように見えた。

 だけど妙だ。装甲車のように改造されたトラックの銃座は車体の真後ろを向いていて、中に入った奴が後ろに向かって銃をぶっ放している。

 こっちに向かって突撃されて轢殺からのミンチコースはごめんだ。

 俺はそっとカジノの中に引っ込んだ。ドアを半分あけて体を少し乗り出しながら。


 するとどんどん装甲車モドキが進む。

 車体に積まれた機関銃が狂ったようにぶっ放される。

 訳も分からぬまま爆走する装甲車が俺の前を通り過ぎようとする。

 その一瞬、車体の前面にあった視察口の中から人間の両目が見えたような気がした。


 ばきん。


 その時、遠くからまるで金属に亀裂が入って折れたような硬い音がやってきた。

 そんな音が聞こえたと思ったらお手製装甲車からぎゅりりと甲高い金属音がした。

 道路で車体がぐらついた。コントロールを失って酔っ払いのように滑っていく。

 俺の目の前を通り過ぎたばっかりのそれは勢いを失って横にすべり初めて、近くの民家に派手に激突。

向こうでばきばきごりごりと家が一軒ぶっ壊れた。

 廃車になった装甲車もどきから人が出てくる。


「逃げるぞ相棒! このままだと次弾が来るぞォ!」


 案の定、乗っていたのは盗賊だったようだ。

 そいつらは荒削りの木製パーツを取ってつけたような手製の小銃やいかにもハンドメイドと分かる仕上がりの鉄パイプ製拳銃を持っていた。

 格好も今まで見てきた盗賊とも違う。

 動きやすいジーンズやジャケットをしっかり着て肌の露出を減らすような工夫をしていて、全員がそれぞれバックパックを背負っている。


「でもまだ中に一名残ってるぞ! 見捨てるっていうのかよ!?」

「ほっとけ! そいつはもう助からない! それより早く離れないと"あいつ"が――」


 動きも判断も今まで見たものと違って機敏だ。

 家に正面から突っ込んでしまった装甲車から二人ほど男が出てきて、それぞれが車の中から木箱を引きずり出して逃げ始めた。


 よほどその荷物が大切なんだろうか?

 二人は慌てて使い物にならなくなった装甲車から離れるものの。


「来ひゅっ」


 ばきん。


 あの音がもう一発。

 先頭を走っていた男の頭が綺麗に消えた。

 木箱をもったままそれはしばらく走り続けた。

 そして滑稽にも頭がなくなったことを突然思い出したかのようにぶっ倒れる。

 そこら中に血の噴水がぶしゃっと撒き散らされた。


「ひっ……えっ……や、ああああああああああああああああッ!!」


 その後ろにいた奴が声にならない悲鳴を上げて反転、猛ダッシュ。


ばきん。


 また音がした。背中が突然爆()ぜた。

 そして二人目は物凄い勢いで吹っ飛ばされて、近くの家の壁に綺麗に貼り付けられていく。

 まるで磔刑(磔刑)で打ち付ける杭を手足じゃなくうっかり背中に打ち付けてしまったような格好だった。

 大の字に壁にくっ付いている。


 ……何が起きてるか分からないけど無茶苦茶まずいのは分かった。

 硬い音の正体もそいつらが死んだ理由はまだ分からない。

 だけど装甲車があんな風にされて、人間がこうも容易く死ぬ類のものだ。

 こんなことを出来るのは人間じゃ到底無理――そう思ったところで俺にふとあることが浮かんだものの。


「だ、誰か助けて……、見捨てないでくれ……!」


 遅れて中から一人の男が出てきた。


 ゴーグルで目を覆ったままの男だ。

 手にはすっぽりと抜けた車のハンドルを握っていてなんだかコミカルに見える。

 その代わり出血が酷い。特に頭は破片が刺さったり裂けたりしたのか顔の殆どを血化粧で覆っているようだった。

 足がもう動かないのか必死に這いずりながら両手で逃げ道を探っている。

 そんな盗賊の姿を見て反射的に45口径の拳銃を構えて、頭を狙ってしまう。

 ――だけどそんな痛々しい姿に引き金が引けなかった。俺は銃を降ろして、


「おい、大丈夫か!?」


 相手が盗賊なんてことを忘れてそう叫んでしまった。


「あ、ああ……誰か……いるのか……!?」


 そいつは声を聞いたのか此方に軌道を変えて地べたを這いずり始めた。


 だからといって今体を晒すのは危険だ。

 カジノの外に完全に出て、壁を沿いながら近づく。勿論音のした方向の道路の向こうを注視しながら。

 少しずつ近づいていくと、その盗賊は血でべとべとの手を手繰って地面に跡をつけながら、


「せ、戦車(せんしゃ)……戦車が……追ってくる……!」


 そういった。

耳にした瞬間、思わず近づこうとしていた身体が固まった。


「せん……なんだって!?」

「戦車……無人の、戦車だ!」


 なんてことだ。

 今日一番耳にしたくないものが、そいつの口からはっきり飛んできた。

 ああ、まさか、そんな!!

 よりによって最悪なことを教えられた。

 まさかと思ってた事が今になって来やがった――!


 装甲車が逃げていたのはつまり、それより強力な何かがいたから。

 粗末な作りとはいえ傾斜した鉄板を貫通したのは、強力な武器か何かを積んでいるから。

 逃げようとしていた盗賊たちがいきなり死んだのも――その何かがまだ追ってきているからだ。

 それはあれである。

 俺がこの世界で最も恐れている。


「き、きた……あいつが俺を見ている!! ああ! そんな!! あの"眼"はなんだ!? あっちに!あっちに!」


 男が道路の向こうへ指を指す。

 そいつは俺の後ろを見て狂ったように叫んだ。

 ゆっくりと振り向いた。


 盗賊たちが走って来た道路の向こうにそれはあった。

 青い光だ。不気味に漂う霊魂のような、宙に浮く青い光が一直線にこっちに近づいていた。

 心なしか重い音がする。俺が乗っているケッテンクラートの履帯(りたい)の音をもっともっと大きくしたような――。

 それを完全に視界に捉えてしまったときだった。

 向こうからたたた、と短い発砲音が聞こえた。小口径の銃弾を数初分発射したような感じだ。


「こっちにきっていあ!!」


 這いずる男の頭が跳ねた。途切れた言葉を残して。

 何があったのかは良くわかった。撃たれた、ただそれだけだ。

 だけど問題なのはその撃ったやつだ。


 姿が完全に見えた。自らの青い光に照らされた巨大な黒いフレームが見える。

 それは黒い鉄の塊とも言うべき姿。

 ぎゅらぎゅらと鈍い音を立てて回る履帯。

 丸みを帯びた黒い装甲で包まれた巨大な車体と、それと比べれば大分小さい砲塔が組み合わさっている。

 青白い光を発しているのはその小さな砲塔だ。絞られたような極端に細長い砲身が青と白の光を発していて俺を見ている。


 あれは怪物だ。

 そんなメタルモンスターの上でレーザー光線を放つ自動銃座が跨っている。

 目で追えば赤い光が地面を薙いで、俺の体を登って額に向かう。

 俺の頭は今狙われている


 間違いない。

 次の目標は俺だ。あいつにとって俺以外に目標はいない。

 するとそいつは弾丸よりも早くてぞっとするような声を車体の中からひねり出す。

 あっちでエンジンが酷い唸り声を上げている。

 鋼鉄の怪物のもつ死の履帯(りたい)が瓦礫とアスファルトを下敷きにしていく。

 そしてそいつは一気に加速して――驚くべきスピードでこっちに走って来た!


「う、へ、あ……!?」


 巨大な無人の戦車(せんしゃ)が道路上にある車や瓦礫を吹き飛ばし、踏み潰しながら迫ってくる!


 ――まずい、まずい、まずいッ!!


 同時に向こうで閃光と銃声。あいつは全速力で走行しながら機関銃を撃ってきたのだ。

 言うまでもなく逃げる。目の前で頭をぶち抜かれた可哀想な盗賊を避けながら、住宅地の中へと逃げようと――


「ぐがっ!?」


 下からばすっという音がした。

 畜生、撃たれた。

 ふくらはぎが熱い、痛い。

 焼けるような熱さと、遅れてやってくる冷たい痛みで身体が石みたいに無意識に硬直しかけた。


 そこからぶしっと血が漏れるのが嫌に伝わった。それよりも痛い、足から血と一緒に力が抜ける。

 でも今止まったら確実に死ぬ。動け、動け俺の足。痛い目なら何度も合って来たはずだ。


 痛みよりも恐怖が勝った。引きずるように住宅地への道に飛び込んだ。

 後ろでばきばきぐしゃぐしゃと建物を壊すような音が聞こえて、何度かあの金属音が響いてきた。

 カジノの壁が小さく爆ぜた。そこから何かが飛び出して、民家の壁に何かが刺さった。


 ――鉄の棒だ。

 自分の親指ほどの太さはある鉄の棒が壁に刺さっている。

 結構な長さはある。けれどもそれよりもまず逃げないと死ぬ。

 うまく動かない足を引きずるように走り続ける。

 足が上がるたびに、地面を踏むたびに、左足から血が吐き出されているようだった。


 また金属音。すぐ後ろを何かが掠めて、近くの壁に鉄棒が突き刺さった。

 ぱぱぱん、と数発分の銃声が三回。カジノの薄い壁から銃弾が飛んできて、うなじをじりっと掠られた。

 あいつの攻撃が近づいてる。撃てば撃つほど俺に近づいてきている。


 ここで死んだらどうなる? 振り出しに戻るのか? 折角ここまできたのに、乗り物まで貰ったのに、スタート地点で目覚めるのか?


 冗談じゃない、そんなの絶対にごめんだ。

 自分が生き返ることも何度も死んだことも未だに信じられない。

 でもこの旅路のゴールは間もなく辿り着く。だというのに――ここで死ぬなんて。

 ごめんだ。絶対にごめんだ。あんな機械の塊に俺の旅の邪魔をされてたまるか!


 民家を過ぎって、また別の民家へ。

 銃弾が飛んで、金属の棒も。

 柵が撃たれて砕け散る。物置小屋に棒が刺さる。

 撃たれた事も忘れていた。

 まだ無事な足で地面を蹴って柵を乗り越え別の民家へ転がる。

 背後で戦車が突っ込んで、家が壊され崩れされる音がした。

 明らかに距離が縮められている。


 戦車って言うのは動きが鈍重でカメみたいだと思っていた。

 だけどあいつはなんだ、なんであんなに早く動いて、人間様より正確にしつこく俺を追いかけてくるんだ?

 高性能な人工知能(AI)を積んだ無人兵器だからか? ふざけるな人工知能なんざ武器に使うなロボット三原則は一体何処に置いてきた忌まわしいクソ戦車め。


「こんなところで……死んでたまるかあああぁッ!!」


 銃声がまた響いて近くを掠った。

 負けじと俺は全力で叫び返した。

 けれどもメタルモンスターの勢いは止まらない。あいつはすぐ後ろで全てをぐしゃぐしゃにしながら迫ってくる。


 そうやって逃げて逃げて辿り着いたのは滑走路の見える道だった。

 向こうに見えるのはこの町にある空港だ。空港というくせにびっくりするぐらい飛ぶ飛行機もない、そして隠れる場所もない。

 いよいよ履帯(りたい)の音がさっきよりも濃く感じられる――このまま走っていてもいずれ撃たれる、でも幾ら撒こうとしてもあいつはひたすらついてくる。


 足もなんだか感覚がなくなってきた。それに身体が寒くなって、視界がかすんできた。

 ダメだ、もうダメだ……身体が止まる、血が抜けすぎているのが分かる。

 一体どうすれば――


「うおぉぉっ!? すっげー燃えるシチューエションだ! 無人兵器と追いかけっこしてるよオイ!」


 幻聴すら聞こえた。しかも声が裏返ってすごく早口でうざい部類の。

 畜生、最後は幻聴か。こんな不快な声を聞いてこのまま――


「関心してる場合かこの機械フェチが! あのままだとやべえぞ! 早く助けてやれ!」

「おーい! こっちだ余所者(よそもの)! こっちに走って中に入れ!」

「あいつ怪我してるじゃないか! 誰か治療キットもってこい! 足が腐る前になんとかしてやれ!」


 意識がいよいよ吹き飛びそうになっていると言うのに、やけにその声がこっちに向けられてはっきり飛ばされているように感じる。


 ……いや、違った。

 光を四方に散らす建物が目の前にある。良く見ると投光照明がついている。

 バリケードのつもりなのか金網や木の板で周りを囲まれた普通の家だ。

 けれどもその上からは確かに声が聞こえる。

 二階の窓からどたばたと人の影が動いてるのが掠れてきた視界の中でも分かる。

 それは俺に投げかけられていて、ようやく認識し始めた頃――その家のガレージのシャッターが開いた。


「こっちだ! 階段があるからすぐに降りろ!」

「クソッ! 戦車が近づいてるぞ!」

「まだ間に合う! 余所者(よそもの)、滑り込め!」


 その声は確かにこっちに飛んでいたし、開いたシャッターの向こうから銃をもった男の姿が何人か見えた。


 思考すら凍ってきた。後ろからまた銃声が聞こえる。

 撃たれた、腕が痛い。だけどまだ走る。

 すぐ目の前だ。地面を蹴った、頭から派手にガレージに飛び込んだ。


 ダメだ、視界が灰色に染まってきた。

 冷たい床をぺろりと舐めた。

 背後でシャッターがごろごろと音を立てて閉まっていく。

 金属音が聞こえて鉄の棒が真上を飛んでいくのが分かる。


「ああくそっ! 倒れたぞ!」

「ダメだ出血しすぎてる! 引きずれ! 早くシェルターに引きずり込め―――。」


 連続した銃声が数回。それから金属音が数発分。

 まだあの戦車が俺に向けて攻撃しているということを理解できた。

 色が抜けて灰色になった世界で、力が入らない両手を誰かにつかまれる。二人ががりだ。

 そのままずるずる引きずられて、身体の力が抜けて……眠くなってきた。



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