*26* 賭博はほどほど計画的に
PDAの時計は午前を示していたけれども、無人の町のどんよりとした重い空気は依然としてそこにあった。
このキッドという町は日本人の感覚からすれば随分違和感を感じる。
モーテルを出て道路を渡れば住宅地が見えて、民家に混じるようにぽつりと小さなカジノがあるのだ。
しかもここは言うまでもなく荒野のど真ん中にあるような町である。
だというのに更にその後ろでは空港があり、滑走路もある。
そしてそれら全てがまるでこの世界を襲ったという戦争を避けて来たかのように無傷で残っている状態だ。
――このフィクションの下に生まれたFallenOutlawの世界は主に二つの災難から成り立っている。
一つは病原菌の蔓延。
致死性が高く、非常に強い感染力を持つウィルスがアジアを手始めに襲ったという。
最初は穏やか、最後は地獄。感染者の発見のし辛さが災いして、対抗する術もないまま多くの人間が死んでいった。
そのウィルスは酷いものだったようだ。脳をぐちゃぐちゃにかき混ぜ激しい痙攣を誘発させ終いには頭の中一杯に攻撃性を植えつけて見境無く他者を攻撃する。
対抗する手段が出来るころにはこの国すらその影響を受けていて、ウィルスの根絶が可能になったあとでも多くの人間が命を失った。
もう一つは核戦争だった。
石油資源の枯渇の問題がすぐ目の前まで迫っていたこの世界では多くの国がエネルギー危機によって経済を破綻させていた。
真綿で首を絞められるようにじわじわとだ。
次に食料供給の問題が、その次は増えすぎた人口の問題が、その更に次がいよいよ人類の文明を麻痺させるまで迫ってきたエネルギーの問題。
トドメは凶悪なパンデミックだった。
結果、小さな国は経済を破綻させて滅びの道を進む。
残された大きな国はヤケクソとばかりに資源の奪い合いを始める。
その時、一体何処の馬鹿がどんな判断をしてしまったのかは分からないけれども、誰かがとち狂って核兵器の発射ボタンを押したらしい。
何処からか報復の核兵器が飛んで、そのお返しの核兵器が更に撃ち出され、結果この世界はいい感じに崩壊したようだ。
結果、地球上から人類が安全に過ごせる場所の大部分が地図から消えて、人類の8割が死滅してしまったというオチだ。
そして終末戦争とばかりに繰り広げられた大戦から時を経て、僅かな人類に選択肢が突きつけられた。
シェルターの中で細々と引き篭もり生活をするか。
外の世界で逞しく生きる盗賊たちと『ヒャッハー』して殺されるか。
或いは人類を襲ったウィルスの名残で生まれた変異した生物のエサになるか。
それとも大戦のショックでエラーを起こした無人兵器に狩られるか。
『選べよ、好きな奴を選ばせてやる』
……とばかりに、プレイヤーの分身である主人公は盗賊の襲撃という不幸な事故によって安全なシェルターを追い出されてしまう。
まあつまり何がいいたいかというと。
そんな世界中を巻き込んだ派手な地球いじめの脅威に晒されたにも関わらず、町が無傷で残っているのが不思議だと思っただけだ。
そして今日も俺は探索を始める。
ケッテンクラートの燃料を第一に、食料からアイテム製作に使う資源まで根こそぎ探すつもりだ。
それにそろそろ新しい武器も作りたいと思っている。
流石にこれから先、ましてや危険の度合いが増していく中で切り詰めた散弾銃と回転式拳銃やナイフだけじゃ心もとないからだ。
粗末な武器をもった盗賊が少し程度ならまだ何とかなる。
最善の注意を払ってさえいりゃタダの雑魚、といったものだ。
しかしあの街を出てからどうだろうか?
明らかに原始的な武器じゃなく銃だの火炎瓶だのと物騒なものを持ち出している。まあそれを言ってしまえば俺も同じだけど。
それが一人程度ならまだしも、例えば五人の盗賊全員が銃を持っていれば尚のこと脅威度は増える。
まだ自家製手榴弾を作れる余裕がある内はどうにかなるだろう。
だけど爆発物だってリソースを沢山使うものだ。いちいち盗賊が出る度にぽんぽん使っていたら、他のアイテム製作にすら支障が出る。
俺は手始めに目の前にあった小さなカジノ&バーの入り口へ向かいながらPDAを開いた。
インベントリ画面から資源を確認すると、金属と化学薬品がごっそり減っている。
次いで布と接着剤とプラスチックのストックに余裕がなくなっていた。
まともに残っているのはガラスと木材ぐらいだ。それから武器に使える【パーツ】というものがそこそこ残っている程度。
お陰さまで今この状態で作れるものが家具だの木製の防具だの【研いでガラスに布巻いたもの】だとか【木材に使い捨てのガラスの刃を取り付けたもの】といった素晴らしく役に立ちそうに無いものばかり。
どうしてこうなったかと思い返せばジャンプスーツのポケットにある残り少ない爆発物に目がいった。
困る前にはパイプボム。困ったときにもパイプボム。困らなくてもパイプボムで盗賊を蹴散らしていたからだ。
これからの自分の戦い方についてもっと色々考えて置かないとダメだな、これは。
手始めに最初に見つけたカジノの中に入るともはや言うまでもなく荒れていた。
というか、一体何をやらかせばこうなるんだろうか?
中は辛うじて電力が残っているのか幾つか照明がついていてほのかに明るい。
だけどその中で俺を待っていたのはただゴミが乱雑に転がっている……というものじゃなかった。
むしろ無傷に等しい。放置されすぎて汚れてはいるけどカジノという割にはスケールが小さくて質素な感じだ。
木製の壁はスプレーか何かでダイナミックかつカラフルに描かれた下品な言葉や下手糞な怪物の落書きでパンク寸前だ。
まるで【荒くれ者御用達】みたいな黒と灰色で揃ったカジノの内装から視線を下ろすと。
……大量の骨が散らばっていた。
一体死んでからどれくらい経ったんだろうか。
沢山の人間の骨が様々なポーズを取りながらロビーやカウンターの向こうで姿を晒している。
椅子に座ったままくつろぐように白骨化したもの。
カウンターの上からずり落ちたような姿勢のもの。
入り口から店の奥にかけて倒れたままのもの。
共通しているのはこれら全てが死んでいるという点ぐらいか。
しかしそれなのにどうしてここのはそれほど荒れていないのか――そう思いながら調べてみると。
良く見れば店の入り口、いや店の全体に空になった薬莢が無数に散らばっていた。
拾えば【5.56mmの薬莢】とだけ出て、それは入り口だけじゃなく店の彼方此方に広がっている。
何かおかしい。そう思いながらもっと詳しくあたりを調べれば何やら小さな履帯のようなものの跡が深々と床に刻まれていた。
ケッテンクラートよりも少し大きい跡が縦横無尽に張り巡らされている。
――なんだかヤバイぞ。
一瞬、俺の頭の中でこのゲームに出てくる嫌な奴の姿を思い浮かべた。
【無人戦車】とかいう出会えば一番不幸なタイプの敵さんとやらだ。
まさかとは思うけど、本当にまさかとは思うけど、ここで無人兵器が暴走して、カジノに来ていた人達を皆殺しにしたんじゃないんだろうか。
俺は入り口あたりから引き返して逃げているようにも見える死体を見て、物凄く嫌な予想をしながらも……前に進んだ。
仮にそうでも死体が白骨化するぐらい前の出来事だ。
それに気まぐれに放浪している無人兵器が今更こんなゴーストタウンにいるわけがない。
自分にそう言い聞かせて気持ちを押さえて、俺は物資のために探索を始めた。
そのついでに床に落ちている薬莢を拾っては分解していく。
小さなライフル弾の薬莢じゃ十発分ほど拾わないと解体できないみたいだ。
【リソース入手:金属50】
空薬莢を50発ほど溶かして金属リソースを手に入れた。ちなみに薬莢とは砕いて言うと銃弾の一部で、発射薬を収める容器である。
規模の小さいロビーには人骨と薬莢ぐらいしか転がっていないので奥へと進む。
だけど突き当りには妙に小さな木製の扉が一つあるだけ。
そこを開ければ待っていたのは螺旋階段。
仕方がないのでぐるぐる下がればまた扉。
俺はカジノなんて詳しく知らないし、そもそもギャンブルには興味は無い。
カジノという割には変な構造だ。ここにはそもそも俺がイメージしているような、それらしいものが存在していない。
そして扉を開けた途端。
「……おお」
ずっと閉じていたはずなのに思わず声が上がってしまった。
FallenOutlawはギャンブルも出来るとは聞いていた。まさにここがそうなんだろう。
買ったばかりのゲームなのだから、プレイして実際にそこに辿り着いた事はなかったものの、まさか実際に自分の足で来ることになるとは。
それにしちゃ随分しょぼいが。
木の床や壁で大人しく彩られた空間が目に入る。
そこはまだはっきりとついている照明の光で照らされている。
左を見ればバーのカウンターがあって、まだ中身がある酒瓶や倒れたままのグラスが並んでいた。
カウンターから少し離れた場所にはまだ画面が明るいままの四角いスロット台があって、段差を降りれば似たような構造の機械が緑の画面に【PlaceBet】と客にチップを要求している。
ここはまだ電力が生きているみたいだ。
イメージしていたものとはずっと違ったけど、ちょっとした隠れ家のような場所でわくわくする。
ということで早速お構いなしに探索を始めよう。
バーのカウンターから何か物色しようと試みた。
表面上は何もなかった。キャップをあけると変な匂いのする酒の入った瓶ぐらいしか見つからない。
本当に何もない。食べ物すら置いてないぞここ。
この際『そこら辺のグラスでも分解してやろうか』と思いながらカウンターの上を撫でていると……指先に何かが当たった。
カジノチップだ。手に持って観察すると。
【チップ:100$】
ご丁重に文字がそう知らせてくれた。今のこの世界じゃ立派な通貨代わりだ。
――しかし困った。本当に何もないぞ。
折角ここまできたのにたった一枚のチップを見つけただけという有様だ。
探索しようにもする場所がない。
これ以上ここにいても仕方がないのでチップを手にその場を去ろうとした。
……だけど一瞬、このしょぼいカジノにある物を見てある事を思いつく。
俺は手にしたチップの表面を見つめて、それからカウンターの前に置いてあった黒くて四角い台と見比べた。
どうやらそれはスロットマシンのようだった。
このゲームのシステムに則って、崩壊した世界で流通しているチップでプレイするタイプのもののようだ。
画面の中ではナイフだの銃だの手榴弾だのと物騒な絵柄が止まっている。
この世界らしいって言えばこの世界らしいデザインだ。
そして画面下に【1・10・50・100】とベットするチップの数が表示されているだけだ。
システムは極力簡易化されている。
本体の右側にはチップを投入する部分が、反対側には絵柄を揃えた場合の支払い金額がずらっと表示されていた。
さて、この拾ったチップを入れるべきか入れないべきか。
俺は賭博は苦手だし好きでもない。
でもこの一枚のチップはトレーダーとの取引で利用できる通貨だ。
わざわざこの一枚を無駄にするような真似をするか、これから先のために使わないでおくか。
そんな考えが浮かんだ。
だけどしばらく考えてやっぱり今はこの場の勢いとノリが大事だと判断したため、ここは惜しまずスロットマシンにぶち込む。
そしてタッチパネルに指を触れて【100】チップでスタート。
早速画面で絵柄がぐるぐる回る。
『覚悟はいいか!? クソッタレ!!』
しかもやたら渋い男性の声で汚く罵られた。ここのカジノはプレイするたびに客が罵倒されるのか。
リールが次々止まり始める。
弾倉が銃の後部に付いた突撃銃の絵柄でストップ!
同じく突撃銃の絵柄!
仕上げに突撃銃!
バカ騒ぎにぴったりな調子の電子的なBGMが流れはじめた。
……当たっちゃったよおい。
『見直したぜ! 俺を○○○○してもいいぞ?』
「……はっ、悪いけど遠慮しとくよ」
また渋い声でさっきより酷くなった言葉が聞こえた。思わず呆れて口で否定してしまう。
とてもこれが当たりとは思えない。それにこいつは初対面の俺の何を見直したんだろうか。
すると突然。
【3000チップ獲得】
緑色の文字がぱっと浮かんだかと思うと、目の前の下品なスロットマシンを介さずにいきなり手元にチップがじゃらじゃら落ちてくる。
100$のチップがいっぱい転がってきた。当然床に全部転がっていく。
こういう時ぐらいゲームのシステムに乗っ取った渡し方じゃなく普通に目の前の台から出せないものなのか。
仕方がなく地道に集め続けると30枚のチップが集まった。
全て100$のチップなので浮かんできた文字の通りに合計3000チップ。
【LUCK+1】
更に遅れてステータス上昇のお知らせも浮かんだ。
どうやらこれはラッキーな出来事だったらしい。今日はすごくツイてる。
ちょっとした好奇心のお陰で30倍に増えたチップをしまった。
地上に戻って探索の続きをしようか。
そんなこんなで通って来た階段をぐるぐると登って白骨死体だらけのロビーへと戻る。
物資は手に入らなかったけどチップは手に入った。これから取引できる場所があったら是非使おう。
懐が暖かくなって満足である。
でも決して『これを更に増やすぜ!』ともう一度スロットやらに突っ込むつもりはない。
何故なら俺はギャンブルが大の苦手だからだ。この大当たりをわざわざ大失敗で汚すことなんてない。
地上へ戻ると相変らずの曇り模様が窓の向こうにある。
そんな雨でも降ってしまいそうな外へと向かおうとするが。
少し様子がおかしい。
扉を開けて乾いた外の空気を一杯に吸った途端、急に遠くからばばば、と連続した大きな銃声のようなものが聞こえる。
それに続いて爆音のようなエンジンの唸る音や無数の銃声が次々鳴り響く。
また大きな銃声が聞こえる。今度は人間の男だからこそ出せる野太い悲鳴が聞こえてきた。
一体何が起きてるんだろうか?
いや、とにかく考えるよりも実際に見たほうが早い。
俺はヒップホルスターから回転式拳銃を抜いて慎重に飛び出していく。




