*25* 旅の準備はまずご飯
*二十五日目*
ケッテンクラートのある旅路はとても快適だ。
あれから南へ向かってひたすら進んだ。
延々と広がる道路をただまっすぐ進んでいくだけだった。
太陽の照りは酷いものだし空気も乾いて砂も舞う、そんな劣悪な環境だけど、ケッテンクラートの出せるスピードの恩恵はそれら全てを振り切ってしまった。
この乗り物は第二次世界大戦中のドイツが生み出した車両だと、デニスは教えてくれた。
俺は歴史なんて詳しくないし車にだって詳しくない。
ましてこのケッテンクラートは実際にはどんな乗り物だったかすらまだ良く分からない。
本物のこの乗り物が一体どれほどのスピードを出せて、どんな用途で使われたのかはさておいて……舗装されていない地面でも時速60km以上の速度で走れるのだからとても快適だ。
デニスはこの乗り物を"改造"したといっていた。
この場合プレイヤーじゃなくNPCが改造した事になるんだろうけど、そのおかげか操作も楽だ。
それにこの車体の足回りを占めている履帯はどんな地面でも安定した走破性がある。
始めてそれを見たとき感じた頼りなさなんて、日が暮れる頃には残っちゃいなかった。
そうして進み続けて幾分か時間が経ったあと、サーチよりも規模が広い街に辿り着いた。
道路沿いに住宅地がぽつぽつ立っていて、無人になった空港がずっと放置されているような大きな街だ。
サーチと違うのはそこに住む人間が誰もいないという事ぐらいか。
まだ無事な建築物が辛うじて街並みを作ってはいたものの、人の気配は愚か小動物一匹すらいそうにない、生命が途絶えた街だった。
街に辿り着いたときはすっかり夜だった。
その気になれば俺は暗視ゴーグルの【キュクロプス】を被ったまま走る事も出来た。
だけど例えそれで俺だけ夜の世界が見えても、太陽の光がある昼間の世界と違って危険であることは捻じ曲げる事はできない。
それにPDAを見れば疲労が溜まっていたこともあって、仕方がなくその街で夜を過ごす事にした。
マップには『KID』という町の名前が書かれていた。
ミュータントの気配すらしなくて、この一帯そのものがまるで生きる屍のような場所だ。
そして俺は、その気味の悪い街に仕方がなく留まっていた。
□
>>『久しぶりにこのメッセージを書くけど、大分そっちに近づいている気がする。また色々あったんだ……まあ"色々"がありすぎてここじゃ書ききれないぐらいに話したい事が溜まってるんだけど、とにかく俺は無事だ。そっちにいけるところまで、少しずつ近づいている。待っててくれ』
ベッドの上で目覚めた。
裸のままの体をぐぐっと延ばしてから、PDAを枕元から取ってメッセージを書く。随分と久しぶりだ。
*ERROR422*
朝の挨拶代わりにエラーメッセージが出た。
俺は画面を指で突いて、ステータスからスキル項目を開いた。
サーチを発ってからずっとケッテンクラートで走っていたお陰か【運転】スキルが35から55まで上がっている。
20も上がったという事はAGI(素早さ)が2も上がっているということ。
俺は順調にステータスを上げて、少しずつ成長しているみたいだ。
俺はPDAの画面をしばらく見たあと、ごろんとベッドの上から地面に転がるようにごろんと起きた。もちろん裸のまま。
埃があふれ出てきたけど気にしない。
最後に眠ったサーチの宿屋のベッドよりふかふかで柔らかいのだから上等なほうだ。
それからジャンプスーツを着ながら窓を見た。
空はどんより曇っていてただでさえ不気味だった無人の街並みが一層悪化している。
これならサーチの方がかなりマシだ。でも俺はこれから探索しなきゃいけないから気が滅入る。
――ここはキッドの街から少し外れた場所にある質素なモーテルだった。
近くに車中泊施設があって、パーツを抜き取られていたり手も付けらずそのままだったりするキャンピングカーが墓石のように放置されている。
街はダメージがそれほど来なかったのかまだ綺麗な形で保たれていた。
そのお陰でモーテルは埃という敵しか潜んでいない状態で残っていたので、二階の街の様子が見える部屋を使っているというわけである。
ちなみにケッテンクラートは建物の前に置いたままだ。
念のためにシートを被せて置いたけど、この街の様子じゃ盗む人間すら居そうにない。
とりあえず鞄からホットプレートを取り出してテーブルの上に置く。
更にその上にフライパンを設置、加熱し始めたらサラダ油を注いだ。
サラダ油の賞味期限は無限、だそうだ。
そして粉末卵を少し多めに容器に入れて、結構前に作り置きしたプールの水のような匂いを発する綺麗な水を注いで『1:3』の割合でがしゃがしゃ溶いた。
サーチに訪れる前に旅の途中で水を汲んでMREについてきた浄水タブレットを入れてぐしゃぐしゃ混ぜたものだ。
匂いが最悪、味も最悪。これくらいしか使い道が無い。
ついでに塩や砂糖も適当に加えて調味。これでベースは完成。
良く暖まったフライパンにそれをぶち込む。
適当に加熱してると固まってくるのでフォークでうまく巻いて――はい完成。
出来上がったものを部屋の中にあった適当な皿に置くと。
【歪なオムレツ。】
ができた……ってちょっと待て、オムレツ違う。これは卵焼きだ、歪言うな。
俺なりに卵焼きを焼いてみたはずが何故か視界の中で【歪なオムレツ】と名前が表示されていた。
それもそうか、洋ゲーが和食を知っているわけでもないし仕方ない。
とはいえ果たしてこれを和食というべきなのか。まあ食べれば分かる。
朝ごはんが出来た俺はテーブルの上に食べ物を並べた。
名前の通り歪な形をした卵焼き、MREについてきたクラッカーとチョコバー。あとはそのまま飲めるサーチの湧水。
以上である。
荷物の中の食料も目に見えるぐらい減ってきているし、ミュータントもいないようだしそろそろ物資を調達しなきゃいけないみたいだ。
となると今日は街を探索して補給だ。
それからどうにかしてケッテンクラートの燃料もここで探しておかなければ。
問題はそれがここにあれば、の話だが。
これからの旅路が快適になったとはいえ、それでも険しい事は変わりない。
おまけに今の俺はまた新しい問題を抱えてしまっている。
まずはクエストのゴール地点である場所が危険地帯と化していること。
盗賊にミュータントに無人の兵器っていう組み合わせは、『泣きっ面にハチのところへ交通事故』みたいなものだ。
負の要素が重なれば不幸の度合いは増していく。
そしてそこに辿り着くまでに必要な物資が一つ増えてしまった。
燃料だ。ケッテンクラートを動かすにはそれを動かすものが必要なわけで、俺と同じく腹が 減ったら満たさなければいけないということだ。
だけどケッテンクラートの恩恵は何もスピードだけじゃない。空間が十分にある後部座席は荷物置き場としては申し分ないし、今まで以上に物資を集めて運ぶ事ができるわけである。
……それだけじゃなく他にも問題が山のように積み重なっているけども、今はとにかく朝ごはんだ。
いただきます。誰もいないモーテルの中でそう一言口にしてから。
早速スポークで卵焼きを裂いて食べて。
「……うげ」
食事中には絶対出すべきではない、そんな声が思わず口から漏れた。まずい。
粉っぽくてコクがなくて砂糖と塩の味しかしない。しかもぱっさぱさ、無駄に固くて美味しくない。
ああ、ついこの前サーチで食べた鹿肉のシチューが恋しい。
【料理】スキルは55まで上がっていてそれなりにはなっていたけど、スキルが上がってもどうしても不味いものはあるみたいだ。
ちなみにPDIY1500の持つ『クラフトアシスト』は【料理】スキルだけに対してもたらす効果が幾らか違う。
例えば以前のように俺がナイフを作ろうとすればストックしたリソースか、手持ちの材料を消費して大体の原型が出来る。
そうすると何となーく作り方が頭に浮かんで、何となーく身体が動いて然るべき処理をしたあとに完成する。
何度か作ったり製作スキルなどが上がると理解が深まってきて、より良い物を作れたり発展型を思いついたりするわけだ。
けど、【料理】はそうはいかない。
あくまで補助してくれるのは作り方の表示――つまり、画面にレシピと作り方が表示されるだけなのだ。
しかも意識的に作り方が何となく分かる程度で、決して料理のアシストは『材料があるので加工しますね、はいできましたあとはどうぞ!』というものじゃない。
つまりあれだ。料理のレシピサイトを見て、工程をメモにとって作るようなものである。
この様子だとどんなにスキルが高くても材料がダメなら味もダメという事か。
……ぱさぱさのクラッカーにぱっさぱさで味気ない卵焼きに、デザートとしてぱさっとしたチョコ風ケーキが詰まったチョコバーを食べた。
口直しの一口は塩素くさくないサーチの綺麗な水だった。
それから部屋の中を片付けて、バックパックを背負って外の世界へと駆け出していった。
ああ、和食が食べたい。
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