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モンスターガールズオンライン!  作者: ウィル・テネブリス
ポストアポカリプスな生活
24/96

サーチの町を去って

 あれからもう少しだけ、サーチの町に留まってケッテンクラートの操縦法を教えてもらった。

 ついでに【運転】スキルの上がる本もさっと読んだ。


 まず手始めに周辺を軽く走っただけで【運転】スキルが5ほど上がった。

 そしてPDAでステータス画面を開いて、ステータス用のポイントをLUCK(運)に全振り。

 これでLUCKが15になった。


 しかしこれからこの車両を使っていくとなると【運転】スキルが低いままだと何が起きるか分からなくて不安だった。

 本も読んで程度は底上げしたとは言え、安全で快適な旅を出来る工夫や準備は必要だ。


 効果が実感できるかどうかはさておいて、スキルタブで11もあるスキルポイントを応急的に【運転】スキルに全部流した。

 これで【運転】スキルは35、連動したステータスのAGIも上がっている。


 あっさりスキルとステータスを上げた反面、称号は悩んだ。


 レベル4を迎えたせいか一気に増えているからだ。

 (アルコール)を摂取していると傷が癒えていくもの、無条件で【生存術】スキルを20ポイント増やすもの、ランダムで世にも奇妙な遭遇をするという謎に包まれたもの、賭け事に対して強くなるもの、などといった効果をもつ称号がずらっとリストに並び始めている。


 大分選択肢は増えてきた。

 しかしどれもこれもまだ効果が限定されていて中途半端だ。

 目立った物といえば、【人間銃座】という車両に乗っているときに手持ちの銃や備え付けの火器を当てやすくなるというものと、説明文を見ても良く効果が分からない【笛吹き男】というものだった。


 前者は『あなたは移動中の乗り物からの射撃に精通しています! 轢殺しながら頭をぶち抜いてやりましょう! 車両からの射撃にボーナスがつきます。』と書いてあり。


 後者は『あなたはまるで笛吹き男だ! 八方美人なあなたにはいっぱい味方が出来るでしょう。それにあなたの仲間は特別な恩恵を得る事が出来ますよ! 仲間は大切にしましょうね!』という、詳細は書いていないものの興味を引かれる称号だった。


 色々と考えたもののランダム性のあるものは取る気分でもないし【生存術】スキルは勝手に上がっていくものだ。

 それに酒は嫌いだ。酒を飲むぐらいだったら飯を食べる。

 賭け事も嫌いだ。それに運転中の射撃にボーナスが入るといっても、結局のところ効果は限定されるし状況が揃わないと無意味だ。


 そうなると――詳しい効果は分からないものの、なんとなく【笛吹き男】を選んで画面を押してしまった。


 本当になんとなくで覚えてしまった。

 というのも、今日までこの世界で俺が相手にしてきた人間はほとんど盗賊(レイダー)ぐらいだったからだ。


 俺はどこにいっても敵対的な人間ばかりと遭遇している。

 そしてそういった人間に会うたびに、自分の手で振り払う必要があった。

 だけどこのサーチという町に訪れてようやく俺は友好的な人間と接する事が出来た。


 称号が実際に俺自身に特別な効果をもたらしているのは良く知っている。

 だからこそ、【笛吹き男】という称号の説明文にある『味方が出来る』という部分に何か惹かれてしまったのかもしれない。


 運転スキルも上げた。他の準備も出来た。

 今度は大丈夫だ。まだまだぎこちないけど、徒歩で歩くよりずっといい旅路が俺を待っている。


「それじゃあ本当に今度こそお気をつけて。ええと、名前は――」

「112だ。イチって呼んでくれ」

「イチさんですね。もしケッテンクラートの調子が悪くなったらいつでも俺のトコにきてください!」


 デニスの説明を受けながらガレージの周りを軽く走らせて、ようやく馴染んだところで俺は別れの挨拶を告げた。

 この町の指導者の顔色は良くなっていて、元気に手を振ってくれている。


 エンジンを唸らせるケッテンクラートを進ませた。

 後ろに向けて軽く手を上げて応えてから、スロットルを回してガレージを去っていく。


 町は小さく、そしてボロボロだった。

 町の人々はみんなが懸命に失ったものを取り戻そうとしている。

 時々冷たい視線が走った。そんなの覚悟してたし、それで気が紛れるなら幾らでも向けてくれていいぐらいだ。


 死体が重ねてあった広場を抜けて宿の前を通りかかると。


「おおい! イチさん!!」


 聞きなれた声が宿の入り口から響く。

 思わずケッテンクラートのブレーキを踏んで止まると、宿の親父さん――ライトさんが店の中から姿を出していた。


 宿は相変らず誰も来ていないみたいだ。だけど中からはあのシチューの美味しそうな匂いがする。

 中からひょっとしたらあの褐色肌の女の子も姿を現すかと思ったけど、どうやらライトさん一人だけだったみたいだ。


「もう行っちまうのか!」

「ああ! もう出て行く! 色々世話になったな!」


 ライトさんは元気だった。相変らず筋肉質な身体にエプロンを巻いていて、ヒゲの生えた顔は爽やかに笑っていた。

 本当に僅かな間だったけど、このサーチという町に泊まったことは二度と忘れないと思う。


 特に記憶に残っているのは鹿肉がごろごろ入ったシチューだ。

 いつかまた、この町に訪れて食べに来よう。


「ありがとうな! うちでよかったら何時でも来てくれ! アンタの旅の幸運を祈るよ!」

「ライトさんも元気でな! 何時かまたあのシチューを食いに来るよ! じゃあな!」

「その時はタダで泊めてやるさ! シチューもタダにしておいてやる!」

「言ったな!? ちゃんと覚えとけよ!!」

「勿論さ! だから死ぬんじゃないぞ! 達者でなぁ!」


 ケッテンクラートの抑え込まれたエンジン音に負けないほどの声で見送られて、俺もそれと同じぐらい大きな声を上げてからスロットルをゆっくり回した。

 ライトさんも手を振っていた。俺も手を振り返してエンジンを轟かせた。


 背にした宿が遠ざかっていく。どんどん外への出口が近づく。

 昼時を迎えたサーチの門は粗末なバリケードで保護されていた。

 見張り台には人がいた。盗賊どもの銃を持っていて、外の様子からこれから出て行く俺の様子までしっかり伺っている。


 この町がこれから一体どんな道を通って、どんな未来に辿り着くのかは俺には分からない。

 だからこれ以上、俺がこの町に関わる必要も、残る必要もないということだ。

 この町の歴史を刻むのは余所者の俺じゃない。一つの町のあり方を決めるのは、この町と共に生きる人達そのものなのだから。


 町の出口が近づいてきた。

 オレンジ色の荒野がずっと先へと続いている。

 飲む事のできる綺麗な水や、温かくて美味しい食べ物、安全で快適な寝床、それら全てが保障されない不毛の地だ。


 でも構うもんか。

 水がなくても、食べ物がなくても、寝床がなくても、自分で作って手に入れて、悪運しぶとく生き延びてやる。


 ケッテンクラートのスロットルを絞って荒野へ飛び出そうと――した時だった。

 町から外へと飛び出そうとした直後、前に誰かが横からふらふらと現れた。


 誰かが俺の旅の邪魔をしたのかと思えばそれは半分当たってた

 褐色肌で胸の大きな女の子が、そこでじっと俺を見ていたのだから。

 相変らず眠そうな目つきで、ちょっとぼさっとした黒髪が寝癖のようにみえるせいで二度寝したようにみえる。


 サンディだ。

 勝手にベッドの中にお邪魔しにきた侵入者が向こうでこっちに向けてぷらぷらと手を振っている。

 俺はそいつに近づいて停車した。エンジンも教えられたとおりに操作して切った。

 するとサンディもぽてぽてとこっちに近づいてきて。


「……いっちゃう、の?」


 褐色肌の両手をこっちに向けて呼び止められる。包帯できつく締められた胸が揺れた。

 相変らず目のやり場に困る。かといって視線を下に向けても白い下着が待っているだけ。

 俺はなんとか相手の顔だけを見るようにして、


「ああ。俺はもう行くよ、さようなら。またいつかここに来る」


 そう一言だけ言って去ろうとした。

 あんまり接点がないからだ。

 勝手に彼女を助けて、そしたら勝手にベッドに入られたりしたぐらいで、特にこれといって何か仲をもったわけじゃない。


 強いて言えば同じテーブルで同じものを食べたぐらいで、だからこそ特に関わる必要は無いと思っていた。

 冷たいかも知れないけども、俺は先を急がないといけない身だ。

 遠くで待っている相棒がいる。これ以上無駄な事で時間をかけるわけにはいかない。


「……まっ、て。イチ」


 そう割り切ってエンジンを点け直そうとすると、サンディは俺を呼びとめながら更にこっちに近づいてくる。

 これ以上付き合えなかった。俺はいつでも町の外へと出れるように身構える。


「……なんだ?」

「……わたしも、いきたい」


 ふらつく彼女はいきなりそういってから、じっと俺を見てきた。眠そうな瞳と何もない表情でだ。

 意外な一言だった。

 特に親しくなったり話したりなんかもしてないのに、突然に自分を連れて行けとか言われるのだから困ってしまう。

 でもだからこそ、返答はすぐに言えた。否定だ。


「……あー……悪いけどそれはできない」

「……どう、して?」

「これから行くのは危険な場所で、その向こうにある遠い世界へ行かないとダメなんだ。俺は自分の身を守るのが精一杯、だからあんたを守って連れてく余裕はない」

「……むう」


 サンディはすぐに頬を膨らませた。眠そうな顔がちょっとだけ不機嫌になってるのが分かる。


 でもダメだ。こんな奴を同行させて守りながら旅を続ける余裕なんて無い。

 たとえすごく魅力的な顔つきと身体つきでも、それは俺の旅に連れて行くための条件には当てはまらないからだ。

 俺が成すべき旅に必要なのは、綺麗だったり派手だったりという見てくれじゃなく、今日と明日を生き残る為の力だけだ。


「……さみ、しい」

「大丈夫だ。ここにはライトさんもいる。あんたは一人じゃないさ」

「……つれ、てって。おね、がい」

「ダメだ」


 ここまでされると流石にしつこい。

 俺はスターターを起こしてエンジンを点けた。

 レバーを操作して、お構いなしにスロットルを絞り始める。


「……まっ、て……おいてか、ないで」

「サンディ。良く聞け」


 それでも呼び止めようとしたので、俺は最後に一言だけ残す事にした。

 かわいそうだけど仕方ない。俺にはこの子を連れて行く理由が何処にもないし、俺と一緒に旅をするよりここにいたほうがずっと安全だからだ。

 この旅は俺一人で十分だ。


「どんな理由があっても俺はあんたを連れていけない。どうしても来たかったら、自分の足で進んで来ればいい」

「……まっ、て! ……つれて、って!」

「じゃあな」


 ケッテンクラートが加速する。履帯が回って大地を蹴る。

 町の入り口をあっという間に通り越して、俺は荒野に向かって走っていった。

 サーチの姿が指先ほどに小さくなるまで、サンディの恨めしそうな視線がずっと俺の背筋を狙っているような気がした。


 それはまるで、狙撃手に背中を狙われているようなものだった。



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