*23* けってんくらーと!!
デニスを追った先には、埃が溜まって空気が淀んでいるような、いかにもそれらしい汚さのガレージがあった。
そこら辺の民家にくっ付いているごく普通の細長いガレージである。
工具と車のパーツが所狭しと壁にくっ付いたそこはなんだかもう人間が作業する場所でもなく、幽霊でも住んでればちょうどいいんじゃないかというぐらいに汚い。
今朝まで寝床にしていた宿屋よりもずっと汚いことだけはっきりしていた。
さてさて、そんな場所についてこいと言って早足で移動するデニスを追いかけた先にあったのは。
「さあさあ来て下さい旅人さん! きっと驚きますよ!」
なんだかノリノリになってきたそいつは中に辿り着くと、こっちに振り向いてニヤニヤしはじめた。
その隣には何かが鎮座している。
灰色よりの迷彩柄で彩られたシートがぽんと被せてあった何かだ。
「なんだなんだ。こんなトコにつれてきて何したいんだ?」
「まあまあそう急かさず! 貴方に是非とも見てほしいものがあるんです!」
きっと車か何かでも入っているんだろうかと思った。
だけどそれにしちゃ随分小さい。車高だって随分と低いものだ。
じゃあ中にあるのはバイクかバギーの類だろうか? いやそれにしちゃ随分と大きい……。
まあどうであれ何かの車両が入っているのは確かだ。
これもFallenOutlawのもつ要素の一つだった。
このゲームはオープンワールドという広々とした世界を自由に歩きまわれる形式を取っている。
そうなると徒歩だけで移動するにはあまりにも大きすぎる。
ただでさえ広大なマップに様々な町やダンジョンがあるというのに、地べたを歩いて走破するのはプレイする側からすればタダの苦痛である。
そこで乗り物の出番だった。
プレイヤーは【機械整備】スキルで壊れた車を修理して乗れるし、好きなように車をいじれることも出来る。
一時期、プレイヤーたちが挙って【私の考えた最強のマシーン!】をスクリーンショットにとって披露しあうというイベントがネット上であったぐらいだ。
その有様はすごかった。
何がすごいというと、カッコよくて強い車がてっきり拝めると思ったら見事に期待を裏切られた。
一体何を血迷ったのか折り畳める自転車に無理矢理V型8基筒エンジンを搭載したナンセンスな何かを筆頭に、ゴミ収集車にすごい量の多連装ロケットを搭載したもの、酷いものだともはやプレイヤーが操縦することを諦め【ロケット推進で回転する巨大な自爆機能つき車輪】なんてものを作るお馬鹿さんもいた。
沢山のプレイヤーが挙ってあげるお馬鹿な画像を見て爆笑するのが日課になってたのを良く覚えている。
その気になれば戦車だって作れるのが売りだとプレイヤーたちの間で評判になってたものだ。
そういった車両の操作は【運転】スキルに依存していた。
これが低いとキャラクターは操作ミスを起こしたりして――車がスリップしたり、アクセルを踏みすぎたりして予期せぬ事故の元になる。
ちなみにとても残念なニュースとして今の俺の運転スキルはたった20しかない。
この20というのは初期値に毛が生えたぐらいの数値である。
その低さがどれくらい影響するかというと……。
俺が初めてゲームの中で車を手に入れて、嬉しさのあまり街から飛び出したところあっさり横滑りを起こして見事に横転してキャラが一度死んだぐらいである。
……流石にそんな目にあうのはゲームの中だけで十分だ、今この世界でそんな目に合いたくはない。
「ふふふ、ご覧下さい!」
シート越しの輪郭じゃ一体何なのか分からなくて頭を悩ませていると、そんな俺を見て愉快なのかご機嫌なデニスが、
「こつこつ修理と改造を重ねて生み出した……私だけの最強のマシーンです!」
がばっとシートを捲りあげた。だがおびただしい量の埃が踊って肝心のものがしばらく見えなかった。
するとその中にある物が出てきた。そこにあったのは――。
「……あの、何これ」
……なんだこれ。
一目見て、思わず視線でそう尋ねてしまった。
俺の目の前ではバイクの前輪とハンドルが地面に据えられていた。なんてことないバイクの部分的な姿だ。
「ふっふっふ……びっくりしているようですね。無理もないでしょう」
「いや……びっくりっていうか……」
得意げに笑むデニスがその車体をごんごん叩いた。
物凄く重量感のある音がする。
「この世界で最も安心できる乗り物はバイク? いいえ、早いっちゃ早い乗り物ですけどあれは貧弱だ。それに肝心なところで走れやしないとんだ役立たずだ」
するとデニスは語りだす。
そいつの言う通り、確かにそれはバイクだ。
そう、"車体の先端"だけをみれば誰だって「あ、バイクかな?」とか思うかもしれないさ。
でもなんだ……これは。
今まで見た事の無い部類の凄まじい鉄塊が堂々とガレージの中で鎮座していた。
さながら鉄の王様だ。
まず何から指摘すればいいんだろう。
それは多分乗り物なんだと思う。
全体的に暗い黄色をしていて、車体前面にはバイクのような前輪とハンドルがついている。
「では戦車? 確かに戦車は陸の王だ。頑丈で、威圧感があり、火力という強みがあり、更に悪路を蹂躙する丈夫な足腰がある……。でもスピードがない。燃費も悪くてご短命だ」
しかしその後ろ側は……戦車みたいながっちりとした履帯を左右に装着した車両部分が見事にくっ付いていた。
「ならば。ならば2つを合体させればどうなるか!? 二つの強みを組み合わせれば果たして良いとこどりの最高のマシンが生まれるか!? それとも二つの短所を背負ったキメラが生まれるか!?」
前はバイク、後ろはさながら小さな戦車、そんな感じでバイクと豆みたいな戦車がどうにかして合体してしまったような車両があったのだ。
車でもない、バイクでもない、かといって戦車でもない、どれもこれも当てはまらない独特すぎる外見の乗り物だ。
「そして生まれた怪物がこちら! その名もケッテンクラートです!」
言葉を挟む余地がないほどに凄まじい剣幕で語りだすデニスは、締めにその乗り物の名前を町に響き渡るぐらいのボリュームで名乗りあげたのであった。
……どうリアクションを取っていいか分からなかった。とりあえず驚いてやったほうがこいつのためになるんだろうか。
そんな感じで戸惑っているとデニスは人が変わったようにまた語り始めた。
戦車のようなバイクのような良く分からない車両の装甲をぼんぼん叩きつつ。
「どうです? すごいでしょう? これはですね、遠くにある博物館にあったものを持ってきて俺がレストアしたんですよ! これはかつて昔の大戦で使われたドイツ軍の使う半装軌車の一つで馬力は抜群、そのスピードは最大70km以上を叩き出し牽引車としての機能を持ったと……」
「……お、おおう……」
今までの暗い顔は何処へいってしまったのか、完全にスイッチ入って別人になってしまった。そっちへいくな戻ってこいデニス。
「…………つまり第二次世界大戦のドイツが使っていた乗り物です。回収したときは肝心の中身は空っぽでしたが、もちろん代用品を取り付けて動ける状態にしました。こんな時代でも通用する性能をもっていますよ」
しばらくしてはっと我に返ったデニスが冷静さを取り戻してくれた。
要するに世界大戦中のどこぞの国が使っていた車両だという事らしい。
それにしたってこの見てくれは流石に頼もしさを感じないし、バイクなのかそうじゃないのか分からない中途半端さがとても不安だ。
そもそも運転手が剥き出しだ。
これに乗って狙撃をされたり車両から振り落とされたりして死んでしまう自分の姿を想像してしまった。
試しに手でケッテンクラートとかいう車両のハンドルを触れてみると、視界に文字が浮かんだ。
【ケッテンクラート:ポテトマッシャー】と出た。
ポテトマッシャーというのは多分名前だと思う、何故なら手に入れた車両には好きな名前をつけれるからだ。
「エンジンは残念ながら古きよきオリンピア1500が見つからなかったので直4の2400ccのガソリンエンジンを――、トランスミッションまでも他の車から寄せ集めたものですが、こいつなら急な坂だって余裕で登れますよ? アクセルロック機能もつけておいたので長距離運転の負担も和らぎます。これはまさに俺の考えた最強のケッテンクラート! そして俺はこの素晴らしい乗り物にこう名付けたんです――」
「……ポテトマッシャー?」
「そう! この荒んでしまった世界に広がるでこぼこの大地を茹でたじゃがいものごとく潰して大地を走り回るポテトマッシャ……って何で知っているんですか!?」
「あ、ああ……なんとなく?」
「俺の名付けた名前を一発で見抜くなんて……さすが旅人さんだ! このケッテンクラートの魅力を良く分かっておられる!!」
「……まあ、見えるからな」
青年はまた暴走している。何だか物凄く間違った解釈もされている。そっちにいくな戻れデニス。
一応町のリーダーだということらしいけど、こんなに車両に対して異様なテンションで語る指導者がいてこの町の未来は大丈夫なんだろうか。
「それなら話は早いですね。どうぞ旅人さん、このケッテンクラートを使ってください。これは俺じゃなくあなたが乗るべきだ!!」
「……ええー……こんなの乗って大丈夫なのか?」
「遠慮はいりませんよ。整備もしっかりしてありますし、工具も燃料もばっちり整っていますよ。なあに、バイクみたいな乗り心地ですごく気持ちのよい乗り物ですよ! 一度乗ればきっとほぼイキかけますから安心してください!」
しかも押し付けられた。
なんだか『話が通じる仲間がやっと現れたぜ。』みたいな輝いた目で俺を見ながら、丸い鍵を突き出してきた。
【ケッテンクラートの鍵】
目の前に近づけられるとご丁重にアイテム名も出てくる。
間違いない、押し付ける気満々だこいつ。
乗れって言うのか。
こんな得体の知れない乗り物で死の荒野を駆けろといいたいのかこいつは。
それにとても困ったことに、俺は間違いなく同類として認識されている。
いや乗り物をもらえるのは嬉しいけど、一体さっきまでの沈み込んでいたテンションは一体何処にやってしまったんだこいつは。
「……だから旅人さん。どうか俺の代わりに、そいつでこの大地を駆け回ってあげてください」
しばらくすると跳ね上がった声が落ち着いて、普段の調子の声でデニスは言った。
その横にあるケッテンクラートは綺麗な状態だ。
始めて見る姿だけど【運転スキル】がある程度上がってるせいか、なんとなく、ほんのりとその操縦法が頭に浮かんでくる。
とりあえずハンドルの何処かを弄れば前に進む。その程度のことぐらいなら分かった。
「分かった。ありがたく使わせてもらう」
「大事にしてやってくださいね。どうかお気をつけて旅を続けてください。俺は……この町を良くして見せますよ」
「……ああ、頑張れよ。それじゃ今度こそ行くからな」
「さようなら、旅人さん。もし気が向いたら、ケッテンクラートと一緒にまたこの街に来てやって下さい」
「それまで生きてたらな。また会おう、デニス」
――やれやれ。まさかこんな形で乗り物を手に入れることになるなんて。
答えは「YES」だった。俺は差し出された鍵を受け取った。
それから背負っていた荷物をケッテンクラートの後部座席に置いて、座席に座った。
……でもこれはどうやって起動するんだろうか。
決して良いとは言えない座り心地の座席に腰をかけながら手元を色々調べた。
レバーが色々あったり、計器がついていたり、良く分からない部品がごちゃごちゃでまず何をすればいいか全く分からない。
無理もない、俺は車を運転した事が無いからだ。
というそもそも運転免許すら持ってないのだからどうやったら進んで止まるのかという基礎知識すら危うい。
唯一分かるのは小さな鍵を突っ込む鍵穴ぐらいだ。
とりあえず鍵を突っ込んでみたもののそこから先が分からない。
捻れば起動するんじゃないのか? と思ったけどダメだった。かちっと動いただけで終わる。
何か起動する部分がきっと近くあるんじゃないかとがさごそ手で探るものの、
「……どうしました?」
中々ガレージから出発しない俺に大きな【?】マークを浮かべていたデニスに尋ねられた。
恥ずかしい、物凄く恥ずかしい、去り際にカッコつけたのに全く一歩も進めてない。
というかそもそもこれは第二次世界大戦の乗り物だとか言っていたんだけど、そんな古い車両の操作法なんて尚更分からない。
「……どうやって運転するの、これ」
完全にどうすればいいのか分からないので正直にぶちまけた。
鍵を差してから「次に何をすればいいの?」といった具合に運転席を指で示すと、デニスは突然思い出したかのように。
「ああすいません! そういえば操縦の仕方を教えていませんでしたね! それは昔のものですからちょっと色々面倒なんですが、慣れればすぐ出来ますよ!」
と言いながら転席に近寄ってきた。それならそれで最初に教えろよと思った。
デニスは手袋で覆われた手が手で鍵穴の近くにあったレバーのようなものを引っ張って。
「これはチョークレバーといいます、これを操作して……ここにあるスターターを捻ってください」
「チョークレバー……これを引っ張って……それからスターターを横にぐいっと捻ればいいんだな?」
「そうですそうです! あまり力を込めずじっくりと捻るような感じでやると……」
その下にあったスイッチに指先を向けたので、その言葉通りに摘まんでかちっと捻った。
すると車体が重々しいうねりを上げる。
車体の奥からエンジンの動く振動がぶるるっと伝わってきて、バイクと戦車が混じったような乗り物は俺の下で目覚めた。
「お、起動した」
「おほー!! 起動したぁぁ! この音がたまらないぜぇ!!」
「……なんかさっきからテンション高いなお前」
操縦の仕方は分からないし免許すら持っていないけど、その音と振動は不思議と興奮できるものだった。
今から俺はこれに乗って走るんだ――
そう思うだけで、このケッテンクラートとかいう乗り物は見た目以上に頼もしく感じた。
「次はどうすれば?」
「エンジンが始動して安定したらこのレバーを戻せばOKです。スロットルは右ハンドルで、変則はレバーで、下にペダルがあることも忘れないでください。まあ基本的な操作はバイクと同じですのでなんとかなりますよ。見た目は複雑な乗り物ですが素直ですごく可愛い子ですよ!」
「………あー、進むには右ハンドルを捻ればいいんだな?」
なるほど分からない。
説明されてもとりあえずハンドルでスロットルをいじってすごく可愛い程度しか理解できなかった。
とにかくスロットルをいじればいいぐらいは分かったので、早速言われた通りにやってみることにしよう。
「……じゃあ改めて。またな」
「はい。お気をつけて!」
もう一度別れの挨拶を告げる。
そして俺はエンジンがかかったままのケッテンクラートのスロットルを――、
全力でまわした。
「あ、改造して物凄く早くなっているので気をつけてくださいね。最大時速90kmは叩き出せるようになってるので――」
「うおおおおおおおおおおおうっっ!?」
ケッテンクラートが凄まじい勢いで加速を始めたと思うと、見た目からは想像できないぐらいのスピードが出た。
俺は後部座席に積んでいた荷物を散弾みたいに撒き散らしながら、物凄い勢いでガレージから飛び出してしまった。
どうやらこれは出発前にもうちょっとだけ操作方法を教えてもらう必要があるらしい。




