*22* こんな町いやだ!
あれからどれくらい時間が経ったのか。
町の中央では、外で死んだ盗賊たちの死体がずるずると運ばれて山を作っていた。
その隣じゃそいつらが持っていた武器や物資が乱雑に積まれている。
町の人達は頭を切り替えたようだ。
盗賊の死体を集めて何処かで焼くなり埋めるなりして処分するらしい。
奪われた物資は取り戻したし、盗賊が持っていた武器やカジノチップはこの町の住人に配られている。
町の人々はこれからこの町を自らの手で守ると、どこかに力なく宣言していた。
勿論まだまだみんなの傷は癒えてない。
けれどもこの町にいる全員は、こんな状況でも立ち直ろうと必死になっている。
それはある意味無理をして背伸びをするようなものに見えた。
だけど彼らは少しでもあれを忘れようと、町の再建を始めている。
同時に、敵意の籠った視線も感じる。これは仕方がない。
……なんだかすごく疲れた。
思えばあれからずっと盗賊をこの手で殺してきている。
おまけにこの町がこうなったのは俺の責任だ。
俺があのボスを倒さなければこんな事にはならなかったのかもしれないのに。
ああ考えればこう考えて、こう考えればああ浮かんで、ああもうとにかく頭がごちゃごちゃしてわけが分からない。
さっさとこのサーチから出て行こうかと思いながらも、俺はそこら辺の段差に腰をかけてずっとその様子を見ていた。
いつでもここから出ていく準備は万端だった。
荷物もまとめたから、あとは歩くだけだ。
PDAを見ると【称号を1つ入手可能です!】と画面の端に表示されていた。
画面を叩いてステータス画面を開いてやろうとしたけど、そんな気分すら湧き出てこない。
俺はいつだってこの町からさよならできる状態だ。
でも、町の様子が気になって気になって仕方がなかった。
そんな町の人々の態度はすっかり俺に対して厳しくなっている。
だからこうして座っているだけでも、何処からか冷たい視線がはっきりと向けられているのが分かる。
居心地も悪いし、これ以上この町に厄介ごとを持ち込むわけには行かない。
本当に背中から刺されでもして殺されてしまう前にそろそろ出て行こうかと思っていると。
「……旅人さん、もう行かれるのですか?」
後ろから声がした。
若い男の人の声だ。この声はなんとなく知っている、確か――。
「あー……あんたは……なんだっけか」
振り返るとそこには青年がいた。
ぼさぼさと跳ねた金色の髪に、油と煤で汚れた白いツナギという容姿の人間だ。お世辞にも綺麗とは言えない。
年齢は俺と同じぐらいかもしれない。
確か盗賊どもを倒してサンディを連れてきたときに、俺を出迎えてくれた人間だ。
顔色は青ざめていた。目に深いクマができていて、この町の有様に思い悩んでずっと頭を抱えてるみたいだ。
「俺はデニスです。この町の指導者の息子でした。もっとも今は私がここのリーダーになってしまいましたが」
「ああ、うん、デニスね。悪いな、昨日聞いたような気がしたんだけど疲れて覚えてなくて……」
「はは、昨晩は今にも死にそうなぐらい疲れていましたしね。私の名前よりお体の方を大事にしてください」
この町の指導者は死んだらしい。
こいつが夜中に町に戻ったときにやって来てくれた"お偉いさん"だ。
汚れたツナギの上には弓鋸や金槌、ドライバーのセットから各種スパナまで納められた大きなツールベルトを着けていた。
ぱっと見れば何かの整備士に見えたけど、今やその油臭い人物はこの町を仕切る存在だ。
「……旅人さん、この町を救っていただいて……ありがとうございました」
青年は深々と頭を下げた。
助けた実感なんて湧かない。町は俺のせいで死に掛けているようなものだ。
「別に。たまたま通りかかって気に食わないからやっただけだ。それに、これじゃ救ったなんていえないだろ?」
「いいえ。あなたは確かに救ってくれました」
重い気持ちを出してやったら、はきはきした口調で青年が返してきた。
そいつは青ざめかけている顔に笑顔を浮かべながら俺の隣に座る。
無理に作った顔じゃなかった、本当に自然に作られていて目も笑っていた。青い瞳は潤んでいる。
「復讐で頭が一杯で、ぼろぼろだった町のみんなを助けてくれたじゃないですか。みんなが二度と戻れなくなる前に貴方が連れ戻してくれた」
「いや、全然助けられなかった。それに盗賊を呼んだのは俺だ。本当なら俺は町の人たちにぶっ殺されてもおかしくないはずだ」
「いいえ。あの目ざとい盗賊たちはいずれにせよ湧き出る水に目を付けてこの町へ略奪しに来てたと思いますよ。それがたまたま今日に早まっただけです。この町の指導者として貴方は絶対に殺させはしませんからご安心ください」
はっきりとそいつは言った。
昨晩から続く様々なショックが重なったためか色々と吹っ切れているようで、口調も興奮気味だった。
「なあ、おい。あんたも相当やつれてるけど大丈夫なのか?」
「……すいません、もうなんか色々ありすぎて昨日の夜から一睡もできなくて……。ああそうだ、喉が渇いていると思って水を持ってきました。飲みませんか?」
「ん、じゃあ頂こうかな。毒は入ってないよな?」
「毒なんて代物はありませんが、代わりに俺の感謝の気持ちと愛情が入ってますよ」
「……やっぱ遠慮する」
「冗談ですよ。とれたてできりっと冷えた新鮮な水ですよ。さあ、ぐいっといっちゃってください」
そいつはいささか頼りない俺の命の保障と同時に、持っていた大きな水筒をこっちに手渡してきた。
金属製の水筒だ。手に持つとひんやりとしていて【綺麗な水】とだけ出た。
キャップを外して一口飲んだ。変な臭みもなくてきりりと冷たく美味しい。
「……ふう。今日は水に恵まれてるな。ありがとよ、デニス」
「どういたしまして。なんでしたら旅に出られる前に好きなだけ水を補給していってください。町の人たちにもそう伝えておきますので…」
「悪いな、じゃあ後で補充させてくれ。どこで汲めるんだ?」
「すぐそこの農場のそばです。そこに小さな井戸があるんですが……近くに銃を持ったガードがいますからすぐわかると思いますよ」
「わかった。そいつには俺の背中を撃たないようにしっかり言いつけておいてくれよ?」
喉が渇けば汚染された水か泥水を啜るしかないこの世界なら、人間は綺麗で冷たい水のためにどんな残酷なことでもやらかすに違いない。
たまらずもう一口煽って喉を潤すと、隣でデニスは町の外に続く荒野をぼんやりと眺めて、
「……俺もあの盗賊をぶっ殺したくて仕方なかったんですよ。そんなことをしても無駄だって事は分かっていました、あんなものにやり返しても何も得られない事ぐらい良く理解していました。でも俺は理性を失った住人に何もできなかった。みんな泣いて怒ってて、壊れてしまったみたいで怖かった」
とてもこの町の指導者とは思えない情けない言葉を漏らし始めた。
この世界にいるどんな化け物よりも、凶悪な盗賊たちよりも、自我を失ってただ復讐に走ろうと必死になっていたサーチの人々の方がよっぽど怖い。
かくいう俺だって、今度は俺に向けられるようになった敵意を内心ではとても怖く感じているぐらいだ。
もっとも自分が彼らに殺されたとしても、何事もなかったかのようにまたあの街で甦るのだろうけど。
「……俺も怖かった。化け物や盗賊よりあんな人間の姿の方が怖い」
「はは……あなたは正直な人だ。でもあなたは盗賊だけではなく町の人々にも立ち向かってくれた。お陰でこの町はどうにか建て直しつつあります」
俺は遠くの荒野ではなく、目の前の寂れた町の様子を見てみた。
必死にあの事を忘れようとしている人々がそれぞれに生きている。
それを見てこれ以上何かを考えるのはやめにした。俺もそろそろ進まなければ。
「盗賊が攻め込めなくなるぐらい立派な町になるといいな」
「ええ、勿論。この世界で一番ビッグな街にしてみせます」
「さて……これ以上厄介ごとを持ち込む前に、俺はここらで失礼する」
話もここでやめさせようと思って、貰った水筒をこの町の指導者に軽く突き出した。
皮手袋で包んだ手で受け取って、俺と同じように冷たい水を煽った。
するとまた水筒がこっちに戻ってきた。
「そうだ、旅人さん。これから旅立つようですがどちらへいかれるんですか?」
そう尋ねられた。
目的はまだ見失っていない。PDAの画面がずっと目印を表示している、フランメリアへの道が存在するあの場所だ。
「デイビッドダムだ」
返された水筒をもう一度貰って、冷たい水を口に含みながら答えた。
俺の答えを聞いた相手は「意外だ」とばかりに目を丸くしてみせた。
「デイビッドダム……確かそこは、かなり危険な場所ですよ?」
「危険?」
「ええ。核戦争でそこにシェルターが作られたのはご存知でしょうか?」
そりゃ知っているとも。
何せ俺はこのゲームのプレイヤーだからだ。ただし深く知っているわけではない。
シェルターがあることも知っているし、このPDAのマップがそう覚えている。
だけど危険だって事までは分からなかった。
その度合いによるけれども、どうやらこの世界はこの旅をそう易々と終わらせてくれないらしい。
「知ってるさ。それで何が危険なんだ?」
「あそこは盗賊たちが巣食っているんです。中にいた人間はみんな殺されて、中にある技術と物資は全て彼らが吸収しました。今じゃ要塞のようになっていて、しかも無人兵器たちがその近くの荒野をうろついています」
「……マジで言ってんのか、それ」
「残念ですがマジです、それ」
本当に最悪なニュースだ。
つまりPDAの示す先にあるというのは、ただのゴールじゃなくて無法者どもの要塞というわけである。
それもシェルターの中に残っていた遺産で変な方向に力をつけて、無人兵器なんていうオモチャがその近くで暇を持て余しているみたいだ。
「どんな無人兵器だ?」
「空を飛んでいるのと、無人戦車が両方いるみたいです。数は分かりませんが無差別に人間を襲っています」
「……そうか」
無人兵器。
FallenOutlawで主人公に立ちふさがる敵といえば大体はこうだ。
盗賊たち、ミュータント、そして"頭"がいかれて人類を襲うようになった無人兵器と呼ばれるものだ。
この中でもしも遭遇したら一番タチが悪いのは――ヒャッハーうるさい盗賊や食べれば美味しいミュータントよりも無人兵器である。
ゲーム内では出現率自体は低かった。
いや、低く設定されていると言うのが正しいか。
それもそうだ。何故ならその無人兵器というのはデカく、強く、そして少数ながら複数で固まっている事が多いからだ。
大きさは人間と同じサイズなんて生ぬるいレベルじゃない。
どう見ても人間様よりデカいのだ。
例えば無人戦車というのがこの世界にいる。
それはどんな地形も走破する大きな履帯などを備えて、生半可なロケット弾ぐらいは平然と受け止める合金に覆われている。
30mmの機関砲と全方位をカバーする機関銃などで武装し、中に積まれた高性能なAIは恐ろしい精度で人間を狙い撃ちにするのだ。
盗賊だろうがミュータントだろうがなんだろうがお構いなしである。
とりあえず射線に入ってれば機関銃で撃つ。
遮蔽物に隠れても見抜かれて機関砲で吹き飛ばされる。
運よく接近して張り付いても近接散弾とか言うものを発射されて、鉄球の雨で蜂の巣にされる。
弱点は足が遅い事ぐらいだ。だけど唯一の弱点であるそのスピードの遅さは全く機能していない。
一度狙われてしまえばきゅらきゅらきゅらきゅら音を立ててしつこく追ってくるし、見つかったところで下手に逃げても向こうの照準のほうが先回りして的確に殺しにかかってくる。
車に乗っていても見つかった時点で恐ろしい精度の機関砲がぶっ放されてアウト。
とにかくヤバい、本当にヤバい、そんなやつが気まぐれに荒野をうろついているゲームなのだ。
「それから……トレーダーの方が来た際にこんな噂も聞きました。ダムのある方角から見たことのない不気味な化け物が現れ始めているとか」
耳にしてただでさえ胃がきりきり痛み出すというのに、追い打ちとばかりにそう告げられてしまった。
恐らくミュータントのことなんだろう。すなわち無人兵器と化け物が巣食うこの世の地獄と化していることだけがスムーズに理解できた。
よほど最悪な場所になってるのか「それでも行くのか」とばかりにデニスは俺をじっと見ている。
「……そんな危険な場所に本当に行くんですか?」
「それは」
返答はもう一つしかない。というかそれしかない。
「俺にはそれしかないんだ。待ってる奴がいるんだ、そこにいかなきゃいけない。じゃあな、俺はこれで……」
がっかりするような情報を山ほど聞いてうんざりした俺は、側に置いてあった荷物を手に取った。
さあ、また旅立ちの時間だ。
そうして俺は敵意の視線を一杯に受けながら町の入り口目掛けて歩いた――のに。
「歩いてですか?」
デニスがぬるっと追い抜いてきて、目の前を遮る。
余計な親切心でも働いているのか、それとも実は全ての元凶である俺を恨んでいてここに引き留めてぶち殺そうと内心で考えているんだろうか?
「ああ。大事な人達が待ってるんだ。だから何が何でも行かないといけない」
――それにぶっちゃけると、居心地が悪すぎて早く出て行きたい。
それからPDAの画面を見てスキルを振り分けてステータスにポイントを振って称号を取りたい。
「もうちょっといたかったけどここでお別れだ。またいつかここに来るよ。」
「でもでも徒歩では大変ですよ。道中危険ばかりですし」
そう答えて更に進もうとするとまたそいつの顔が目の前をぬるっと遮った。しつこすぎて頭にきた。
「おい、 俺は急いでるんだ! これ以上邪魔しないで――」
流石にこうも前をふさがれると迷惑この上ない。
立ち止まってそいつに目掛けて一体何のつもりだと強く言ってやろうとしたら。
「それならいい物がありますよ。ちょっと俺についてきてください」
「え?」
デニスは爽やかに笑った。
それからくるりと振り返って町の奥へ行ってしまう。
それにしても妙に軽い足取りだ。あれだけ最悪な出来事があったというのに背中が嬉しそうに見える。
一体何を考えているのか分からないけど、仕方がなく俺はそいつのあとについていった。




