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モンスターガールズオンライン!  作者: ウィル・テネブリス
ポストアポカリプスな生活
21/96

*21* 手を汚すのは主人公の役目

 その日、町の住人たちは爽やかな朝を迎えることが出来なかったみたいだ。

 町の中央では二人の男――この場合は盗賊(レイダー)が二人、手足を縛られたまま地面に転がっていた。


 この町では老人、大人、子供と老若男女関係なく殺された挙句食われてしまったという。

 そしてあの宿の親父さんの妻子も同じように殺され、死してなお貪られた。


 俺が知っているのは話だけだ、実際の現場は見ていない。


 でもあのスキンヘッドのボスの部下達のことだ。

 惨たらしく甚振って、町の人間に見せしめとしてその姿を見せたんだろう。

 その結果が――冷たい怒りに支配された住人達の姿が二人の盗賊(レイダー)を囲む光景だった。


「やっちまえ! 俺達に散々好き放題しやがって!」

「私の息子を返して! 返しなさい!! 息子を返しなさいよぉぉ!!」

「手足を切り落として磔刑にしろ! ミュータントのエサにしてやれ!!」

「目玉をくり抜け! 歯を全て砕け! 生きている事を後悔させてやるんだ!!」


 麺棒、包丁、シャベルにバット。

 彼らは考え付く限り武器になるものを手に、手足をきつく縛られた盗賊を囲んで丸い壁を作っていた。


 その中に囚われた無法者は良く見ると血まみれ(あざ)まみれだった。

 あれだけ威勢を張っていただろう顔は鼻血と涙でぐちゃぐちゃだ。


 多分だけど、俺が眠りに付いたあとに住人たちが"残党狩り"をしたんだろう。

 盗賊たちは昨日までしていたことを忘れてまで命乞いをしている。


 サーチの住人たちは昨日起きたことをずっと忘れられず、泣いて怒っていた。

 これがこの世界の姿だった。

 俺の前で行われているのは、荒廃した世界における殺すか殺されるかのやり取りの一部だ。


「わっ……悪かった、で、でも俺は見てるだけだったんだ! なっ? お前らの家族をやったのは他の奴だよ! 俺は何もしてねぇしただ見てるだけだった! だから――」

「家畜以下の分際で気安く人間様に話かけるんじゃねぇ!!」


 いよいよ盗賊の一人が泣き出すと、その泣きっ面に何処からかシャベルの表面がたたきつけられた。

そこから「ぎゃっ」と悲鳴が搾り出された。


 しかしシャベルの殴打は止まらない。

 中年の男性が苦しい表情で泣いたまま、ひたすらに盗賊を殴る。叩く。潰す。


「そうだ! こいつは家畜より劣った存在だ!」

「遠慮する事なんてないのよ! 手足をもいで、内臓を抉って、生きたまま地獄を見せてやる!」

「おい、こいつらを押さえ込め! まずは手足の腱を切ってやるんだ!!」

「や、やめてくれよぉぉぉ!? 悪かった、俺が悪かったァァッ!! もうしない、二度としないからからやめてくれええええええッ!!」


 遂に住人達は狂ってしまった。

 人殺しとなんら変わらない顔の彼らは、取り囲んでいた二人の盗賊を『押し潰して』いく。

 じたばた暴れる二人を屈強な男たちが地べたに押さえつけて、子供を無くした女性たちが包丁を手に覆いかぶさる。


 ――程なくして悲鳴が一杯に溢れた。

 暴れる盗賊が無理矢理に押さえつけられて、その度に包丁やハサミで何処かを切られて、聞いた事のない叫びを上げる。


 最低の気分だ。

 リボルバーを握ったまま、俺はそこから一歩も動けなかった。


 ああそうだ。こんな光景はシェルターを後にした時からずっとは覚悟していたさ!

 だけど、だけどこれはあんまりだ。

 俺は決して盗賊たちに同情するわけでもないし、復讐に燃える住人達を咎めるつもりもない。


 納得がいかなかっただけだ。

 ただひっそりと暮らしていただけのこの町の住人が、ある日突然理不尽な目を受けて、理不尽な姿に変わっていくその様子が我慢できなかった。

 そしてその原因は紛れもなく俺自身にある。


 彼らは盗賊(レイダー)を喰らっていた。

 子供を失った若い母親が、孫や息子を一度にいっぺん失った老人が、親しい友人を失った青年が、空っぽになったわが身を満たそうと貪っている。

 人間を(なぶ)って食べた盗賊どもを喰らってしまって、失った人達を取り戻そうとしているだけなんだ。


「……自分がしたことはいずれ自分に返って来る、か」

「……ライトさん」


 凄惨な私刑の現場をただ見るだけだった俺に不意に聞き覚えのある声が届く。

 すぐ後ろからの声だった。

 振り返ると、散弾銃を握ったままのライトさんがそこにいた。


「……なあ、イチさん。この町はどうなっちまうんだ?」

「……どうだろうな。俺にはわからないよ」


 ライトさんはまた落ち込んでいた。

 折角希望を得たのにまたすぐにそれを捨てるハメになったような、取り返しのつかない悲しい顔をしている。


 怒っているようにも見える。泣いているようにも見える。

 ただ一つだけはっきりしているのは、手が震えるほど握っているその散弾銃が今にも盗賊たちに向かってぶっ放されそうだということだ。

 たとえその射線に群がる住民たちがいても、それこそ戸惑いを捨てて引き金を引いてしまうかのように。


盗賊(レイダー)どもは憎いさ。でもな……これじゃあいつ等と全然変わらないんじゃないか? この町の皆はもう、昔みたいに戻れないのか?」


 あっちでまた悲鳴が上がった。腕の腱を切られたみたいだ。

 ……折角胃に詰め込んだ料理が喉をよじ登って戻ってきそうだ。


 俺は今、最高に胸糞が悪い。


「ライトさん。みんなは取り戻そうとしてるだけだよ。でも……方向を間違えてる」


 ここはゲームだ。

 FallenOutlawっていう名前のゲームの世界(なか)だ。

 彼らはNPCだ。嬲られ返されている盗賊もNPC。隣にいるライトさんも、サンディという褐色肌の子も、みんなNPCだ。


 そうだとも。

 今俺の目の前で行われているのは、そのゲームの中で行われているイベントの一部分にすぎない。

 関わらないでほっといてもこの町の運命を決めるのは彼らだ。

 散々な目にあわせた盗賊をすっきりするまで甚振ったあと、盗賊たちがやったことよりも酷いことを成し遂げて二度と消えない狂気を得るだけだ。


 俺の目的はこの住人たちをどうにかする事でも、この町の未来を決める事でもないんだ。

 魔法の国――フランメリアにいって、大好きなミコたちのところへ必ず辿り着く。

 それが俺という主人公に与えられた使命であって運命なのだ。


 こんな小さな町が狂気に侵されて、二度と帰らない大切な人達の亡霊を追って破滅への道を辿っていこうが、俺には全く関係のないこと。

 それにあの憎たらしい盗賊が因果応報として無残にぶち殺されるだなんて、見てるだけでも胸がすっきりするぐらいだ。

 むしろ、そうするべきだ。思いつく限りに甚振ってあの世でも後悔させるぐらいに惨殺してしまう権利があるだろう。


 でも。

 ――でもだ!!


 俺はリボルバーの弾倉の中身を隙間から覗いた。

 弾はちゃんと六発入っている。

 歩いた。盗賊たちを超えようと思いつく限り惨たらしい真似をしている彼らへと、歩き続けた。


「おい!!」


 リンチの現場に踏み込んだ。

 住人たちが手を止めて、血まみれの包丁を握ったまま目を剥いた女性と顔があった。

 俺は持っていたリボルバーを構えた――真上に向けて、撃鉄をかちりと親指で起こす。


 そして、引き金を思い切り引いた。


 *バンッ!*


 空に向けて一発撃った。【ナガン】なんかよりもずっと重い銃声が一杯に響く。

 住人達の手が止まった。銃声に驚いた人達が何人かそこから逃げていった。


「なっ……なんだよ!? 俺達の邪魔をするつもりか!?」

「復讐だ! 復讐の邪魔をするな!!」

「そうよ! 旅人さん、お願いだから邪魔をしないで! ここでやらなきゃ、死んだ人達が報われないのよ!?」

「……黙れ!」


 俺は今最高に気分が悪い。

 例えようがないほど(はらわた)が煮えくり返って、盗賊たちを嬲っているそいつらを間違えて撃ってしまいそうだ。


 だからもう一度リボルバーを真上に向けた。そして、


 *バンッ!*


 撃った。

 反動が腕に溶け込んで、それを見た住人たちが更にそこから散っていく。


「ひ、ひぃぃぃ!?」

「な、なにするんだよ!? お前ひょっとしてこいつらの仲間か!?」

「黙れっていってんだろうが!! 聞こえねぇのか!!」


 邪魔な住人がいた。叫んで追い払った。銃は向けなかった。


 こいつらは間違えている。

 確かに復讐は気持ちがいい。殺したいぐらい憎いやつが死ねばスカっとするのは当たり前だ。


 でもこれを生み出したのは俺だ。

 たとえこいつらがNPCだとしても、俺のせいでわざわざ自ら盗賊(レイダー)たちと同じように腐っていくのが納得できない。


 そうだ、そうだとも。

 ここの人達はそんなものに縛られて生きるべきじゃないんだ。


 俺はここの人達のことは良く知らない。

 唯一親しくなれたのは俺を泊めてくれて、美味しいシチューをご馳走してくれて、お礼を言ってくれた宿の親父さんだけだ。


 こいつらが腐ってしまえば、いずれはその腐敗は広がって一つのコミュニティを一瞬で蝕んでいく。

 こんな小さな町なら尚更だ。

 このバカげた復讐が終わってしまえば、関係のない人間や、宿の親父さんも、あの褐色肌の子も同じように腐っていく。


 その末に待っているのはこのサーチという町の緩やかな破滅だ。


 そして俺は、今ここで自分自身の引き寄せた因果の1つを自らの手で葬らなければいけない。

 俺はリボルバーの撃鉄を立てながら倒れている盗賊へと近寄った。


「……あ、ああっ……お、お前……ボルダーの怪物……だよな?」


 縛られたまま手足の腱を切られて、もはや芋虫として生きる事の出来なくなったそいつは言った。

 化け物という言葉だ。

 思えばここに来るまで何度も死んで、あの盗賊たちの前に現れて驚かせたもんだ。


「……人を化け物扱いしやがって、このクソ野郎」

「へ、えへへ……良く覚えてるぜ、ボスが前に嬉しそうにお前の事をべらべら喋っててな…。なあ……助けてくれよ……頼む、もう二度とこんな事はしねぇし、今度から俺は他人を大切にして生きてくよ、改心するよ、これからは人を助けながら生きるよ、二度と人を殺したりはしない。だから助けてくれ、助けてくれよやだ死にたくない……」

「……他に言いたいことはないのか?」


 だけど俺は化け物じゃない、主人公(プレイヤー)だ。

 物語のレールに沿って選択をして生きていくんじゃない。

 自分の意思で決める。自分の意志で動く。ここじゃ何をしようが俺の自由だ。


 そして俺はこの町に盗賊という一つの災厄を運んできた。

 そいつらのやったことはこの住人達を苦しめている。

 二十人はいた盗賊をたった一人で蹴散らしたのに、この町の人達は自分につけられた傷跡を消そうと――いや、ずっとすがり付いている。


「……はあ」


 溜息が思わず漏れる。

 理由はこれで二つ揃った。

 俺は全身を切り刻まれて身動きが取れない盗賊にリボルバーを向けた。


「あっ、あああ……頼む、お願いだ、殺さないで……」


 頭をポイント。引き金を引く。


 *バンッ!*


 泣きっ面の盗賊の頭をぶち抜いた。【XP+100】と空気を読まずに文字が出る。

 横で転がっていた盗賊の頭にも向けた。


「……殺せよ、殺せ……、頼む、殺してくれ。痛い……もうやだ……」

「とっととくたばれ」


 体中に包丁や鋏が突き立てられて、片目も何かで抉られたそいつはそう言っていた。

 手足が乱雑に切り落とされ、糸を断たれた人形のようにぐったりと砂の上に寝転がっている。

 本当に酷い有様だった。生かさず殺さずとはまさにこのことだ。


 もう何も考えずに引き金を引いた。


 *バンッ!*


 撃った。

 最後の盗賊は完全に沈黙した。

 これでもう、この町の住人は復讐することができなくなった。


 【XP+100】

 【射撃スキル1増加】


 目の前に浮かんだ文字と硝煙を手で払った。こんな時ぐらい出て欲しくないもんだ。

 俺はまた盗賊(レイダー)を殺した。死んだ二人は経験値となって俺の中で生きるんだ。


 リボルバーの撃鉄を少し起こして回転弾倉のカバーを開けた。

 銃を傾けた。エジェクターロッドをかちかち引いて、空になった熱い薬莢を次々と吐き出させる。


「……邪魔しやがって。」


 まだ使っていない銃弾も一緒に抜いて地面に落ちたそれを拾おうとすると、一人の男の怒りの矛先が俺に向けられる。

 どうってことはない、とっくの昔に覚悟していたことだ。

男に睨まれながらシリンダーを回して一発ずつ45口径の弾を詰め直した。


「腹が立つのは良く分かる」

「良く分かるだと!? ふざけるな!! 俺達は復讐をしていたんだぞ!?」

「そうだ! 折角こいつらにやられた事をやり返していたのに、どうして邪魔するんだ! お前はこいつらの味方だったのか!?」


 怒声が上がった。どんどん敵が増えていく。

 それは殺意だった。嬲り者にされていた盗賊に向けていたような突き刺さる視線がぶつぶつと迫ってくる。

 あの時。盗賊に殺され続けていた時も、俺はこんな感じの敵意の篭った視線をいつも浴びていた気がする。


 カバーを閉じてシリンダーに手を滑らせてぎゅるりと回転させた。

 弾が六発、きっちり篭っている。


 シリンダーの回転が止まってからヒップホルスターにそれを納めて、それからちょっとだけ深呼吸をした。

 吐いた。もう一度吸って。


「うるせえ! いつまでこんな奴に縛られてるんだよテメーらはッ!」


 吐き出した。

 腹の中に溜まっていたもの全てをぶちまけた。

ホルスターに収納したリボルバーをもう一度引っこ抜いて、空に向かって一発お見舞いしてやろうかと思うぐらいだ。


 町の皆は黙っていた。

 気付けばライトさんの姿も見えた。

 手からすっぽり抜けた散弾銃を地面に落としていて、戸惑った表情で俺を見守っている。


 俺は続けた。


「俺だってこいつらは許せないさ! ここに来るまで酷い目に合わされてきた! こいつらにやられた傷は今でもしっかりこの身体に残ってる! でもそれはあんたらがやるべきことじゃない!」

「だからって俺達の邪魔をする理由になるのか!?」

「ああそうだ。それにこいつらは……俺が呼び寄せたようなもんだ。あんたらは俺のせいでこうなったんだ。だから俺が始末しなきゃいけない」

「呼び寄せた? おい、一体そりゃどういう……」

「この町の人たちが殺されたのは俺のせいだってことだ。あいつらのリーダーを殺してここまで来させたのは、俺のせいだ」

「な……なんだよそれ……じゃあ、あんたのせいで俺の家族は皆殺しにされたっていうのか!?」


 理屈なんてこの際必要ない。

 思ったことと事実をただ口にするだけだ。自分のやったことを片付けて、この町へ礼をするにはそれしかない。


「だからあんたらはもう、こんな奴に縛られる必要は無いんだよ。悲しいのも分かるよ。怒ってるのも分かる。悔しくてたまらないのもすごく分かる。でも……こんな結果を招いたのは俺のせいなんだ」


 この町の人間がこれ以上ぼろぼろになっていくのが我慢できなかった。


 このままほっとけば確かに終わる話だった。

 盗賊を皆で嬲り殺して、ねじ切った首をさらし首にして、それで復讐は終了。

 大切な人達の仇を討った町の人々は虚しさだけが残りましたとさ……。

 俺は何事もなかったように街を去ってめでたしめでたし? そんなわけあるか。


 この際、彼らがゲームの中のNPCだっていうこともどうでもいい。

 それでもこのサーチという町は、俺の中じゃすっかり気に入っている。

 子供も愛人も兄弟も失った人々がこのまま腐って盗賊(レイダー)のように理性を失っていくのが納得できなかった。


 そしてこうなってしまった原因が俺にもある限り、この人達に――この町に盗賊のような真似事をさせたくない。

 ここは俺が、この世界に来て自分がま人間として生きているんだと実感した場所だ。

 ただそれだけだ、理由にそれ以上もそれ以下もない。


「すまない。こうなっちまったのは俺のせいだ。俺がこいつらのリーダーを殺したせいで……あんたたちはこんなにも苦しんでしまった」

「なんだよそれ……余所者のアンタが一体、俺達の何が分かるんだ? 家族が死んだんだぞ? 大好きな人間も、親友も、あんな風に殺されたんだぞ……?」

「それに……あんたが……あいつらをここに呼び寄せたって? どういう……ことだよ……じゃあ、俺の家族が、俺の友人があんな惨たらしい死に方をしたのもあんたのせいだっていうのか……?」

「……そうだ。黙ってて悪かった、本当に、すまない」

「お前……! お前のせいで……!!」



 このサーチの住民たちはこんな奴らに縛られる必要はない。

 そしてこの盗賊たちもまたこの町の住民に縛られる必要なんてない。

 床でくたばってるこいつらはゲームに出てくるただの敵だ、黙って死んで俺の中で経験値(XP)としていきるだけでいい。


「……俺は余所者だ、部外者だ。でも、この町にいる宿の親父さんはすごくいい人だ。鹿肉のシチューをご馳走になった、すごく美味(うま)かった。泊まる場所も貸してくれた。こんな世界なのに親切な人に会えたのはすごく久々だ」

「……だから、なんだって言うんだよ」

「俺のことは一生恨んでくれてもいい、背を向けたら殺してくれてもいい。だからそいつらの命は俺にくれ。俺はこんな目にあわせてしまった責任を勝手に取りに来ただけだ」

「……ちくしょう、あんたのせいかよ……、あんたが来たから何もかも失ったって言うのか……!?」


 目の前で一人の男が武器を落とした。血がべっとりついた麺棒だった。

 隣にいた女性も手に持っていたものを落とす。盗賊を断った(はさみ)だった。


 シャベルが落ちた。包丁が地面に転がった。がくりと誰かが膝をついた。

 怒声と突き刺さる視線はもうそこにはない。狂ったような殺意も何処に消えた。


「こんな事を言える立場じゃないのはわかってる、でも言わせてくれ。そいつらを手放して先へ進むんだ。俺はもうこの町から出ていく。あんたらも……先へ進むんだ」



 うまいことはいえなかった。

 けれども、精一杯自分なりに言った。


「……もういい、ここから出て行け。疫病神め!」


 目の前にいた男が俺を見ながら崩れ落ちた。

 やり場の無い怒りと一緒に、雄叫びのように泣き叫んだ。

 それは伝染していった。気がついたら皆が壊れたように泣いていた。


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