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モンスターガールズオンライン!  作者: ウィル・テネブリス
ポストアポカリプスな生活
19/96

*19* きつくて・きたなく・くるしい残党狩り

 *二十二日目*


 始まりのシェルターから南へひたすら歩き続けて三日。

 安全第一の移動と休息を繰り返しながらも道路をひたすら進んだ。

 盗賊(レイダー)なんているほうがおかしいと思うぐらいの荒野に挟まれているのだから、少なくとも人間相手に襲われるという事態は無かった。


 むしろ脅威となるのは横から現れる『恐怖!犬人間!』とも言うべき容姿のドッグマンや、前触れも無く始まる砂嵐だった。


 前者はまだ良い。

 夜の荒野を彷徨っているときに群れを成しているところに遭遇してしまったが、暗視ゴーグルをつけた上で散弾銃や拳銃でちまちま殺した。

 最後の一匹に至近距離まで詰め寄られてしまったものの、銃がダメなら首と心臓にナイフで刺して殺してやった。


 ちなみに倒したドッグマンは全て解体した。

 生存術スキルが上がったし、塩コショウやハーブで調味してしっかり焼いた肉でしばらくの食料ができた。

 ぼそぼそのポークビーンズの缶詰よりはずっとうまいし栄養もあるはずだ。


 その点、砂嵐というものは食えないやつである。

 口を開ければじゃりじゃりする砂が入り、目にも入るのだから顔を保護しながら進まなきゃいけない。


 それでも称号で得た【筋肉質な足腰】と【パル"キュール"!!】のお陰で徒歩での移動はかなり捗っていた。

 おまけにSTR(力強さ)も上がっているので称号の効果と織り交ぜた結果、今や大量の荷物を背負っていても、機敏動くことができる。


 多少大きな壁があっても壁を蹴って登る事もできるし、高いところから飛び降りても足を痛めず適切に着地できるようになった。もちろん沢山の荷物を背負ったままである。

 ここまでくると自分が成長したと言うよりは、ゲームの中の恩恵を頂いているのだと強く実感する。


 そして今、俺は道路を辿ってひたすら南下した途中にある小さな町の郊外にいた。

 俺は借り物の双眼鏡で岩の陰から遠く離れた場所にある町の様子を伺った。

 辺りは真っ暗で驚くほど寒い。


 放置されたぼろぼろの看板に『サーチタウン』としか書かれていないそこは、町というよりは廃墟だった。


 シェルターがあったあの町よりもっと酷い状態だ。

 大して広くもない町の建築物は半分以上がとうの昔に吹っ飛ばされたみたいで、かつて町の中心部だったような場所を囲うように人の住む環境が生まれている。


 このゲームの設定にあった『核戦争』というワードが引き起こした災害が、この町をここまで追いやったようだ。


 そこは辛うじて文明が残った場所だ。

 トレーダーがたまに商売をしに訪れる程度で、人口は50人にも満たない。

 泊まる場所はある、誰も使わないからボロボロでホコリまみれだ。

 食事もある。宿で温かい料理が食べれると聞いたけど残念ながら今の支払うだけの金が無かった。


 そして何より大きいのは、話が通じて取引が出来るようなコミュニティが形成されているということだ。

 つまりこの世界に来て初めて文明のある場所へ訪れたことになる。


 しかしなんで俺がそんな集落の中じゃなく、寒くて暗い郊外にいるのか――。


 サーチの中は電気による照明でうっすら灯され、電力が回らない場所は原始的なたいまつによって照らされている。

 "本来であれば"、この時間になれば照明は落とされるそうだった。

 電力だって無限に得られるわけじゃないし、たいまつだって消耗品だ。

 そのためこの町は夜の九時には照明を全て消すルールがあるそうだ。


 PDAの画面で時間を確認すると夜十一時、元の世界での生活だったらミコのためにまだゲームを起動している時間である。


 しかしその町は盗賊(レイダー)に襲われていた。

 たまたま遠くからやって来たような盗賊たちだ。

 そいつらが一体どうしてこんな寂れた町に来たかというと、その原因は俺にある。


 町の人間曰く、『リーダーを失った盗賊たちが流れてきた』とのことだ。

 先日辺りに指導者を失ったならず者達は20人もの群れを成した上で、近辺を荒らし回り、旅人を襲って殺して略奪して、調子に乗ってここまでやってきた。


 その結果、このサーチの町の近辺に勝手に作った拠点を根城にして定期的にサーチを襲うようになったという。

 最初は当然ながらサーチの住民たちは抵抗した。

 武器もあるし強固な守りだってある。

 しかし戦える人間が少なかった。50人にも満たない人間のうち、銃を持って戦える人間が10人にも満たなかったらしい。


 その結果、あっさりサーチは陥落。

 当然ながら盗賊たちも僅かな死傷者が出たものの、盗賊たちはそれをダシに『俺達の仲間がやられた』などと因縁をつけて防衛に回った人間を見せしめにむごたらしく殺して"食べた"ようだ。


 しかもすっかりこの土地に根付いたそいつらは、こうして夜に訪れて町にある物資――食料、燃料、人的資源(おんな)を奪いにくるようになった。

 これじゃ搾取の町だ。

 盗賊たちは人がかつての平和な社会を造ろうとしている小さな町を文明的な生活圏じゃなく、自分達の餌場として見なしてる。


 そんな大変な事になっている俺はたまたまここに来てしまい、丁度エサをあさりに来た盗賊が泊まろうと思っていた宿でがさごそ物色している現場に遭遇してしまった。

 ナイフで刺し殺してやろうかと思いながらやり過ごしたあとに、


『ついこの前まで普通に暮らしていたのに、あいつらがやってきたせいで妻も子供が死んだ。親友も見せしめに殺されてしまった。この町はおしまいだ』


 そこの宿主さんが半べそかきながら町の有様をそう教えてくれて――


 まあ、つまりあれである。

 俺が原因で見知らぬ町が襲われ、搾取されていたので勝手に尻拭いをしにきた。

 23時に定期的に盗賊たちの群れが固まって来ると聞いた。

 そしてそいつらが思う存分町で『ヒャッハー!』をしてから離れていくタイミングを狙っている。


 いい加減俺の行く先行く先で派手にやらかしてくれる盗賊たちにはうんざりだ。

 何度も殺されたし邪魔はしてくるしヒャッハーヒャッハーとうるさい。

 それにその盗賊たちはあのスキンヘッド野郎と組んでいた奴等だ。


 だからもう遠慮なんてするつもりはない、腹を掻っ捌いてくれたお礼に全員ぶち殺してやる、今後のためにも一人残らず()る。


 双眼鏡で遠くの町の様子を瞬きすることすら忘れてじっと見ていると、燃料の入ったポリタンクや木箱をもった盗賊たちがげらげらと笑いながら町を出始めていた。


 数は大体二十人ほどで、その内の何人かがたいまつを持って周囲を照らしている。

 武器はバラバラ。殆どが鈍器やナタで武装していてとても原始的な姿だ。

 果たして撃てるのかどうか怪しい拳銃から狩猟に使うようなライフル、二連装の散弾銃や短機関銃を持っているのがたったの数人。


 始まりの街で見た時より重武装に見えるがただの烏合の衆だ。何も恐れることなんてない。


 そして群れを成してだらだら町を出て行くそいつらの最後尾には……褐色肌で黒い髪をした若い女性が無表情のまま、盗賊の一人に引っ張られていた。

 悲しいようにも怯えているようには見えないものの、上下とも白い下着で身を包んでいるだけでとても寒そうだ。


 だけど胸のサイズは驚くほどでかい。

 というかなんだあれは、メロンだとかそういうレベルを超えかけてるほどのボリュームで――。


 ってそうじゃない、今はあいつらをぶちのめすのが最優先だ!


 一瞬違う何かに釘付けになりそうになった。

 変なことは忘れて奇襲を仕掛ける準備をしよう。

 PDAのクラフト画面を呼び出す。武器の項目にあった『ペスト』と書かれたアイテムをクリック。


 すると目の前にナイフの柄を取り外したような刃が出てきた。

 切れ味は紙もロクに切れなさそうなもので、代わりに先が針のように尖っているだけである。

 続いて町で物色した鉄パイプの先に粗末な刃を横に取り付けて、鞄の中から取り出したダクトテープでぎちぎちに巻いて完成。


 【ペスト】ができた。見た目は鉄パイプに刃物を取り付けて鎌のようにしたもので、PDAによれば名前の由来はペスト医師のマスクのくちばしにそっくりだからとある。


 さあ、早く壊滅させてうまいこと寝床を借りて温かいベッド、それがだめならせめて風が当たらない場所で眠ろう。

 もう地面の上で寝るのはごめんだ。


 暗視装置を頭から取り外してバッグに詰め込んだ。

 向こうは光源を持っているからわざわざ使うまでもない。

 それから岩陰から身を乗り出してたいまつを照らす盗賊たちを追っていった。荷物はここに隠してあるから大丈夫だ。


 何も心配する事はない。だって相手は"たった"20名だからだ。



 乾いた空気と冷たい風にはすっかり慣れた。

 この世界に来てからすぐに味わった外の世界の寒さに体は震えて、乾燥した空気に何度も喉が痛くなった。

 でも今は――戦いを前にしている俺には、そんなことすら頭の中にない。

 逆にその辛さで『この世界で生きているんだ』と言う実感が確かにここにある。


 岩陰から移動してしばらくすると、明かりを灯す盗賊たちの最後尾に追いついた。

 物資を沢山持っているお陰で動きは遅いし、すっかり油断して互いに談笑して注意力が散漫している。

 誰も自分の後ろを見やしない――最後尾にいる褐色肌の女の子は、嫌がる素振りも見せないでただ付いていってる。


 パイプボムをジャンプスーツのポケットから数本抜いて、相手の動きに合わせて足並みを揃えていると。


「へへへ、今日も大漁大漁っと。あいつらはまだまだブツを隠し持ってやがる、またお邪魔してやろうぜ?」

「ああ! 今夜は久々に酒がのめるぜ、それに良い"モノ"も手に入ったしよぉ」


 典型的なそれらしい会話が聞こえてきた。この手の台詞は聞きすぎてお腹一杯だ。


「おい! この乳がでかい牛みたいなねーちゃんはどうする? 誰の嫁にするんだ?」

「俺の嫁だ! ミルクとか出るかな!?」

「俺!俺だ! たっぷり堪能させてもらうぜうへへへへ!」

「あぁ!? 俺の嫁だ!! 添い寝してもらう!!」

「へっ……おめーらは甘い事ばかりぬかしやがるな。それならみんなのお嫁さんにすればいいんだよ! ご飯作ってもらおう!」

「その発想はなかったぜ!」

「ヒャッハァー! 女の子の作るご飯だァ!!」

「よっしゃあ! 女の子の手料理が食えるぜえ! 今夜は宴だ!」


 ……何考えてるんだこいつら。

 黙って話を聞いていたら話が変な方向に突き進んでいた。

 なんでいやらしい会話でもすると思ったら離しの流れが手料理の方に急カーブしてるんだ。


 ライターを取っていつでも点火できるように用意していると。


「……わたし、料理……できない……」

『………。』


 一番後ろにいた黒髪の女の子が和気藹々とした雰囲気の盗賊をぶったぎるようにそう言った。

 途切れを含んだ今にも消えてしまいそうな音色だ。


 申し訳なさそうにも聞こえる調子の声を聞いた盗賊たちが一瞬にしてずーんと気分を落として黙り込んでしまった。

 バカらしいけどやるなら今がチャンスだ。


 足並みを止めない盗賊たちに追いつくように歩幅を調節して近づいていく。


 極力呼吸は抑えたまま、暗闇の中から一歩二歩。

 最後尾の人間に腕を伸ばせば手で触れられる距離に達した。


 前の列から距離を置いた状態で盗賊が三人固まっている。

 一人はたいまつを握っていて、一人は前方を警戒、もう一人は真横の褐色肌の女の子のお尻を掴んだまま歩いていて隙だらけだ。


 誰一人後ろを警戒しようとしない。

 こいつらはピクニック感覚で略奪をしに着たんだろうか。


 それならこうする。

 ベルトの間に一度パイプボムを挟んで腰のホルダーから投げナイフを一本手に取る。

 歩くペースを整えて足音をあわせる。


 右手でしっかりとナイフを持ったまま、黒髪の女の子のお尻を撫で回していた一人へ踏み込んだ。

 左腕を脇の間に通して手で口を塞ぐ。

 並行して、盗賊の体を思い切りこっちに手繰り寄せた。


「それにしてもこのねーちゃんってよぉ、確か宿屋にむぶっ!?」


 腕の中で盗賊の身体がびくりと震えた。

 反対側から逆手に持ったナイフで首をざくりと突いた。生肉を包丁の切っ先で刻むような感触がした。


「むっ! ぶっ! ううぅぅぅっ……!」


 引き寄せるようになぞる。

 首を掻っ切った。こいつはもう声も出せない。


 盗賊だったものを後ろに向けて投げ捨てて、今度はたいまつ持ちに急いで駆けた。

 もはや二度目は作業だった。さっきと同じように左手で口を押さえて、


「……ん? んぐふっっ!?」


 背後からざっくりと首を斬る。

 音を立てないようにたいまつごと男を地面に押し倒した。


 ろくでもない二人は死んだ。最後尾には隣にいた男がいなくなって褐色肌の女の子が此方に向かってきょとんと首を傾げていた。

 特に悲鳴を上げたりすることもなくただ呆然と此方を見ている――どうであれ今は邪魔だ。


 そいつに向かってくいくいと手招きをしてみた。反対方向に首を傾げてきたものの、下着姿の褐色娘はふらふらとした足取りでこっちにやってきた。


「……なあに……?」


 一体こいつはなんなんだろうか。

 口は半分空いて幼い印象が残りながらも、大人のような魅力を潜めた褐色肌の顔を向けて――俺の言葉を待っているようだ。


 ともあれベルトからパイプボムをまとめて三本、指に挟んで抜いた。

 ライターを抜いて着火、導火線の先端に次々火を点ける。

 短めに調節した導火線がじりりと燃え始めた。


 俺はそれを1本ずつ手にとって、最前列と中間に目掛けて放り投げる。

 仕上げに褐色娘の背後にパイプボムを放り込んだ。

 今夜は大盤振る舞いだ、ここでケチるより然るべき時に遠慮なく使ったほうがいい。


「……あ? なんだ…? って……!」

「やべぇ手榴弾(グレネード)だァァァッ!! てめーら伏せろォォォ!」

「なんだァ!? 敵襲かァ!? あいつらまさか待ち伏せしてたのか!?」

「畜生! あいつらまだ武器を持ってやがったのか!?」

「おっ、おい女がいねえぞォォッ!!」


 向こうでぼとりとパイプボムが落ちて、それに気づいた奴がいたのか声が跳ね上がった。

 バスの中で吐いたやつがいて、それに感化されて吐くように次々と悲鳴があがる。


「……どう、したの……?」

「ああくそ! 早く伏せろ馬鹿野郎!」


 そんな声を聞いて褐色女は俺から盗賊たちに振り向いてきょとんと首を傾げた――投げ込んだ爆発物なんて分からないかのように。


 クソったれ、こいつがいなかったらまとめて一気に吹き飛ばしてやったのに!!


 本当だったら盗賊の横から現れるか、ねぐらに戻ったところで束ねて点火したパイプボムでも放り込んで綺麗さっぱり吹き飛ばしてやるつもりだったのだ。

 しかし罪の無い女性もろとも爆破するのは気が引けるし、町の人間に非難されてちゃたまらない。


 仕方がなく胸がでかいだけで他は間の抜けた様子の女の子の手を引きずり、俺は一緒に地面に倒れた。


「ぐっ!」

「むぎゅ」


 額から地面に飛び込んで思い切り頭を打った。

 同じように頭からダイブした女の子の顔が、すぐ隣でべしゃりと潰れた。

 俺達の後ろで三本のパイプボムが一気に爆ぜた。酷い爆音が響いてきてひゅんと鉄片がすぐ上を掠めていく。


 【XP+1400】


 遅れて悲鳴も聞こえた。考えるまでもなくその場で立ち上がって腰のホルダーから2本のナイフを両手で抜く。


「ち、畜生が…っ! まさかボルダーの怪か!? あいつが俺達を狙ってるのか!?」

「あんなの噂話だ、くだらねえ事を信じるんじゃねえ!! それより他の奴等はどうした!? まだ生きてる奴は――」


 振り返るとそこには盗賊たちが倒れていた、まだ何人か生き残りがいる。

 破片と爆風から生き延びたのか、顔は血まみれで体はズタズタにされた二人の盗賊がよろよろと起き上がろうとしている。


 そいつらが立ち上がった直後、一人が俺に気付いた。

 目が合った。もう一人もつられて俺を見て、咄嗟に手にしていた二連装の散弾銃を此方に向けてきて――。

 こっちも両手に持っていたナイフを後ろに引き絞るように構えてすうっと息を吸って、


「シッ!!」


 吐いて、振った。

 二人の首に目掛けて二本のナイフを同時に投げた。

 一瞬の風を切る音の直後、トリガーを引き絞ろうとした二人の喉と顔面にそれは深々と刺さった。


 【XP+200】


 二人がこひゅこひゅよ聞くに耐えない声を上げて仰向けに倒れた。

 死ぬ間際に絞られた引き金のせいか、暗闇の中で散弾が祝砲のような音を立てて空へ打ち上げられる。


「く……そ……が……!」


 鉄片で引き裂かれた盗賊たちの中からもう一人起き上がった。

 酷い有様だ。顔は破片で殆ど壊され、目は片方つぶれている。


「おい……ボルダーの……怪め……どんだけ殺せば……満足すんだよ……!」


 それでもなお戦おうと握った大型のナタを振りかざしてこっちにやって来た。

 今度はホルスターから切り詰めた散弾銃(ショットガン)を抜いた。

 腰溜めに構えたまま雑に狙いを定めて引き金を引く。


 *ダァンッ!!*


 【XP+100】


 散弾銃が腰から跳ねた。敵は散弾の雨でなぎ払われて地面に転がる。


「で、でやがったなぁぁぁぁッ!! ボルダーの化け物めぇぇぇッ!!」


 暗闇の中からの怒声が横から突っ込んでくる。

 大男だった。カミソリの刃を一定間隔で埋め込んだバットという物騒なシロモノを振りかぶっている。

 それはそいつを大きく振り上げて俺の頭をカチ割ることこそが生きがいのように迫ってきた。


 バットが振り下ろされた。動きは単純だった。横に踏み込んで縦振りの一撃をすれすれで避けた。


 刃を埋め込んだバットが目前を掠った。

 それに合わせて背中にぶら下げていた【ペスト】を抜く。


「だああああああああああああああッ!!!」


 大男の横に駆け込み、地面を踏んで、腰の力と体重を乗せて横なぎに振って――先端にくくり付けられた刃を胸に叩き込んだ。

 骨を砕いて肉を裂くような感触がする。

 大男の口から「ほふっ!」と変な声が上がって、手にしたバットががらんと落ちる。


 【XP+100】

 【近接武器スキル1増加】


 胸からペストを引き抜いた。

 片手で大男の体を押し倒すと何人かが起き上がって逃げ始めていたことに気付く。


「ひ、ひ、ひぃぃぃぃぃっ! ば、化け物だあああぁぁぁッ!!」

「もう無理だ! 逃げる! 逃げるぞ!! あんな奴勝てるわけねえ!!」

「ま、まってくれ! 俺を置いてかないでくれぇぇぇッ!」


 向こうで男たちが散り散りになって走っている。

 暗闇めがけて一目散に逃げていくが、最後尾の男が置いていかれてしまっているようだ。

 逃げ遅れたやつ以外は結構なスピードでぐんぐん逃げて、手持ちの銃で狙ってもそうそう当たらないようなところまで達している。


「やだ! 死にたくない! 待ってくれよぉぉぉ!!」


 仕方がない――途中で足がもつれて転んで、また起き上がった最後の獲物にペストを向けた。

 ペストを持ち上げる。地面を蹴った。勢いをつけて振って、手放す!


 投げナイフなんかよりもずっと重いそれがふぉんふぉん風を切る。


「た、たのむ……おいていかないでくれみんがあ"あ"あ"ああぁっ!?」


 程なくして最後の盗賊が走り出そうとした直後、あっちで背中にぐっさりペストが刺さった。


 【XP+100】

 【投擲スキルが1上昇】


 戦いが終わった。目の前に浮かんだ緑色の文字を手で追い払う。


 結局皆殺しにはできなかった。

 だけど十分だ、これだけやってしまえばしばらくは大人しくなるだろう。


 ……それにしても気分が悪い。

 この世界に来てからずっと戦ってばかりで、なんだか虚しくなってきた。

 戦えば戦うほど自分の中にある自我が水で薄められるようなものに近い。


 目の前には『戦利品』が死体と一杯に転がっている。

 でもそれを回収する気にはなれなかった。

 沢山転がった盗賊たちの死体を見るたびに、頭の中がぼやけていく。

 戦利品なんて今はどうでもいい。今すぐにでも人の温もりがあるサーチの町へ戻りたい。


「……かえ、れる……?」


 何も出来ずに立ち尽くしていると、褐色肌の女の子の途切れ気味で細い調子の声が飛んできた。

 訳も分からず振り返るとそいつは下着姿のまま、くいくいと俺のジャンプスーツを引っ張っていた。

 そして空いた手で小さな町の方向を指で指してしている。


 地面に落ちたたいまつで顔がよく見えた。その子は鼻血を流しててちょっとだけ涙目だった。


 町は真っ暗だった。

 一つのコミュニティが野蛮な人間の所業に屈してしまったように明かりは全て消されていた。

 今頃この子は二度と帰らず、沢山の男達に乱暴をされていると思ってるんだろう。


 だけどその"生贄"は無事だ。

 俺の不手際で顔を打って鼻血が出てる事を除けば。


「帰れるよ。早く戻ろう、そんな格好じゃ風邪引いちゃうぞ」

「ううー……」


 俺は帰りたがっているその子の手を引っ張って、盗賊の死体の海から逃げるように離れていく。

 少し間を置いてから、メタリックなBGMが空気を呼ばずにあたりに流れた。

 敵がいなくなって安全になったからだろうか。またレベルが上がって4になった。


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