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モンスターガールズオンライン!  作者: ウィル・テネブリス
ポストアポカリプスな生活
18/96

*18* 生者は往く

 *十九日目*


 ぱんぱん。どんどん。ぱららら。

 目さえ瞑っていればちょっとリッチな花火に思える音は日の出の世界にはとても見合わない。


 本来だったら気持ちのよい朝を迎えるはずだったのに一体どうしてこうなったか――そうだ、盗賊(レイダー)さえここにいなければ俺はまだ気持ちよく眠っていたのに。


「リーダーの仇を取れ!! あの化け物をバラバラにしちまえぇ!」

「柱に隠れたぞ! 炙りだせぇ!」

「ヒャッハー!!」


 弾が遮蔽物を掠めた。

 無数に重なった銃声の分、凄まじい数の銃弾がばちばちと足元や壁を叩いている。


 お陰で身動きが取れなかった。

 敵との距離も分からず、理解しているのは武器と人の数が向こうの方が圧倒的に上という事ぐらいか。


 そこは延々と南へ続く道路の途中にある小さなガソリンスタンド。


 当然ながらぽつんと立っているだけで周辺には他に何もない。

 車の残骸すら置かれずまだ形を保っているそこは、砂漠に浮かぶオアシスのようにも見えた。

 但しこの場合は、近づいてみれば水は干上がっていたといったパターンだ。


 あれから町を出て、食べ物を少しずつ食べて水をちびちび飲みながら敵が襲いかかってこないかとずっと気を張り巡らせていたものの……特に何も起きず夜になってしまった。


 当然疲れた。

 ずっと警戒していたせいで体はがちがちに強張って、精神的にも疲れて早く眠りたかった。

 というわけでたまたまみつけたガソリンスタンドに立ち寄って寝床を確保。

 ぐっすり眠って明日のために……とか思っていたらいきなり誰かが入ってきて、ライトで照らせば盗賊(レイダー)の面々。


 まあつまり、ここは盗賊の拠点だったのだ。

 当然驚いた俺は枕代わりにしていた荷物を抱えて、散弾銃(ショットガン)をお見舞いしながら裏口から逃げて、朝飯代わりのドンパチだ。クソが!!


 ガソリンスタンドの割れた窓の向こうからテーブルやら何やらを盾にした連中が一斉に銃を撃ってきた。


 小口径の拳銃の乾いた音や、粗末な小銃(ライフル)の強い銃声、散弾を吐き出す爆音。

 柱がぴしりと銃弾を受け止めてはいるもののびしばし俺の左右を叩く。


 これじゃ動けないじゃないか、こっちはそんなに余裕がないっていうのに、あいつらは一体どんだけ弾をもっているんだ。


 考えるのもいやなほど世紀末な服装――汚い服か皮製のスーツか筋肉丸見えの半裸衣装か、個性を豊かに押し出すファションの連中は朝から元気だ。

 俺はすこぶる調子が悪い。というより気分が悪い。

 あれから町を出て真っ直ぐ道路に沿って移動を続けて、ちょっとだけ休息をとろうとしただけなのに。


 寝起きだったけど目はすっかり覚めてしまった。

 喉がねばついて不快だ、乾燥した空気のせいで悪化してる。

 息をするだけで喉が(かゆ)くて、今すぐにでも水の入ったボトルに口をつけたかった。


「化け物は焼却だぁぁぁぁッ!」

「ヒャッハァー!」


 銃声が止んだと思ったら横を何かが通り過ぎていく。


 火のついた布を口に突っ込まれた瓶だ。

 いわゆる火炎瓶とかいうやつで、それは柱の近くをスルーして俺から離れた場所に落ちた。

 後ろでぱりんと瓶が割れて、燃料が撒き散らされて派手な火の手を上げる。


 すぐ側に落ちていたらこんがり焼かれて焼肉になってたところだ。


「下手糞がァ! 何処狙ってんだアホ!」

「うるせーなまだあるんだからいいだろ!? お前らも投げろよ!」

「全員で投げて丸焦げにしちまおうぜ! 直撃させたら10点な!」


 銃声のかわりにやかましい声が幾つも重なる。この手の類の会話は飽きるほど聞いた。


 銃撃が緩んだ今がチャンス。

 脇のホルダーからパイプボム(鉄パイプで作った手榴弾のこと)を一本抜いて、使い捨てのライターを発火させる。今日は一発で火がついた。


 投げ返されることを考えて短めに揃えた導火線に火がつく。

 じりりと音を立てるそれを手に、ガソリンスタンドの柱から身を乗り出す。


 狙いを定める。相手との距離は15mほど――いける。


 腹に力を込めて、導火線がどんどん無くなるそれを思い切り放り投げた。

 小さな火の手が幾つか浮かんでいるガソリンスタンドの中へと一直線に向かっていった。

 さっと柱の陰に隠れ直す。念のためにホルスターから回転弾倉式拳銃(ナガン・リボルバー)を抜いて。


「まず俺からだっ! ……ってなんだこれ? まさか爆――」

「ち、畜生! ばっ、爆発するぞぉぉぉぉぉ!!」


 阿鼻叫喚の声が聞こえてばたばた騒がしくなったと思えば、派手な爆発音が響いた。


 手にした拳銃を両手で構えたまま身を乗り出してみると、なんとも滑稽な――立てこもっていた場所が派手に炎上して、火炎瓶を投げ損ねたのか火達磨(ひだるま)になった盗賊(レイダー)たちがばたばた悶えている。


 ここは瞬く間に銃声のかわりに悲鳴で一杯になった。

 火をまとった男たちが踊る。火を消そうにも消す水はない。

 店から次々人が出て、不毛な大地に走っていく。


 すると自爆した盗賊の一人が悲鳴をあげながら俺に向かって走ってきた。

 助けを求めているのか、それとも俺が憎くて憎くてたまらないのか。

 武器も持たず火達磨になった男がこっちにどんどん近づいて――。


 拳銃(ナガン)を構えて凹凸の照準の上に男の頭をポイントした。

 引き金を引く。


 *パンッ!*


 散弾銃ほどじゃない小さな反動がしたかと思えば、照準ごしに見据えていた盗賊がぐらりと道を外れて倒れた。


 【XP+100】

 【射撃スキル1増加】


 倒した。

 ガソリンスタンドからは完全に人が消えて、朝焼けの荒野に向かって走っていった奴等もやがて向こうで倒れていく。


 【XP+500】


 遅れて経験値が纏めて視界の中に浮かんだ。

 これで盗賊は全員死亡。こうして俺は無事に朝を迎えましたとさ……。


 誰もいなくなったガソリンスタンドで再び静寂が走る。

 綺麗な朝だった。だけど疲れた、決して肉体的に疲れて限界だとかそういう訳じゃない。


 この手のやり取り――つまり、明らかに敵意を持つ人間ばかりに遭遇して、そいつらと血生臭い戦いをするのに疲れたんだ。


 思えば俺はこの世界に来て文明的で話し合えるような人間と遭遇してきたか?

 してない、というか通じない上にだまし討ちを平然とするような卑劣な奴しか目にしてない。しかもそいつ等はみんな俺が仕留めた。


 俺が今まで見てきたのは、俺を新鮮な肉かおいしいカモとしか見なさない野蛮で品のないハイテンションな盗賊のみだ。

 モンスターガールズオンラインだったら可愛いヒロインに自由にお洒落が出来て個性豊かなプレイヤーたちと目の保養になるものばかりだったのに。


 だけどここはFallenOutlawだ。

 残念ながら僅かな文明を啜る少数の普通の人間がつけあわせで、危険な盗賊や暴走したロボットやクリーチャーがメインディッシュのこってりとした一皿である。


 誰かに会えば逃げるか戦うか殺されるか、クエストが導く場所まで俺はずっとこんな感じで不毛な争いをしなきゃならないんだろうか。


 そう思うとなんだか辛い。

 辛いの一言で表せても、心の中がずっしり重くて泣きそうになってきた。

 ミコと下らないやり取りをしていたあの頃がもう遥か昔の出来事に感じる――。


 ……こういうときは何か食べて気を紛らわそう。


 今の俺の唯一の楽しみは食事ぐらいだ。

 賞味期限を超過した食料の大部分は美味しくないものの、甘いものならまだ美味しく食べれる。

 はて何かなかったかなとバックパックの中を漁ろうとすると。


 突然、その音は僅かな振動と共にやってきた。

 延々と南に続く道路の向こうから光が発せられている。

 この音はなんだろうか? 機械が唸りを上げるような、車のエンジン音のような――そうだ車だ。


 道路の向こうから大きな車が此方に向かっていたのだ。

 瓦礫を潰して、ひび割れた道路を我が物顔で突き抜けて、ガソリンスタンドに目掛けてはっきりと進路を向けていた。


 巨大なライトを車体全面につけたそれは普通の車じゃなかった。

 見てくれは部分的に荷台のついたトラックそのもの"だった"と分かるけど、徹底的に魔改造を受けて攻撃的にされた感じだ。

 バンパーには棘が生えた装甲が増設され、運転席周りも車から剥ぎ取ったと思われるパーツでガチガチに固められてる上、助手席から大口径の銃のようなものがマウントされている事が分かる。


 とんでもない鉄の化け物に生まれ変わってしまったそのトラックは人も運んでいた。

ドアを取り払った操縦席に寄生するように取り付くもの、荷台から身を乗り出しているもの、助手席から 此方に狙いを定めているもの――それを見て分かると事は、少なくとも俺をしっかりと見ているという事ぐらいだ。


 それはすぐにこっちまでやってきた。

 ガソリンスタンドの前で改造を施されたトラックが汚れた煙を撒き散らしながら停車する。金属で補強された大きなタイヤがアスファルトを削る。


 車からぶら下がっていたり、或いは荷台に乗っていた人間たちがぞろぞろと降りてきた。

 その格好は全員真っ黒だった。

 汚くて真っ黒というわけじゃない、黒尽くめのパンツにジャケット、そして顔を鼻の辺りまですっぽり隠す黒いマスクといった統一感を持つような格好だからだ。


 そして全員、武装していた。

 少なくとも盗賊よりもずっと良さそうな――良く整備された上で、長く使いこなされた見てくれの自動小銃や散弾銃を構えている。


 でも俺が今この場で理解できないのは、そいつらが一斉に無言のまま武器を持ち上げてて銃口を向けてきたということだ。


 まさか盗賊……? いやでも盗賊にしてはそういう雰囲気じゃない。

 とりあえず両手を上げてみる。無言だった。

 首を傾げて片手をふらふらと適当な一人に振ってみる。無視された。

 ノリが悪いなと思って手を下ろそうとすると、一斉にがちゃりと音を立てて銃口を強調してきた。


 まさかここまで来たのにこいつらに殺されるんじゃなかろうか――と思っていると、荷台から誰かが降りてくる。


「お前達、武器を下ろせ。君もだ、手を下ろしていい」


 気だるそうに荷台から降りてきたそいつはこっちに向かって歩いてきた。

 同時に俺でも聞き取れる言葉でそう一言発すると、周りにいた黒尽くめの奴等はあっさり銃を下ろしてくれた。


 その男の姿はいうならばユニーク、とても変わっていた。

 この荒廃した世界に見合わないような黒いスーツ姿の上に銃のマガジンを収納するポーチがついたベストをしっかり着込んで、つばの広い帽子を深く被った白髪の老人だ。

 (ただ)し、その手にはしっかりとフラッシュライトのついた自動拳銃を持っていたが。


盗賊(レイダー)か?」


 どう接すればいいか分からず相手の言葉を待っていたらいきなり問われた。脳にずっしり響くような声の重さだった。


 でも俺は盗賊なんかじゃないさ。むしろ俺はいつもカモにされる側だ。

 普通のカモとは違うのは、返り討ちにして逆に略奪するってところか。


「いいや、盗賊じゃない。あんたは?」


 ここは下手に嘘をつくよりも正直に言った方がいい、そう思って言うと。


「……南で商売をやっているトレーダーだ。ある奴に少し借りを返しにここまで来たんだが……」


 果たして俺の返答の何処に信頼できるものがあったのか、相手は少し緊張が解れた様子で答えてきた。


 ……トレーダー、そう一言聞いてふと思い出した。ここはFallenOutlawの世界だ。


 トレーダーというのはNPCの一人で、いわゆるこの世界で武器や道具を販売する商人のこと。

 彼らは武装した護衛を雇ってこの世界の各地を転々と移動しながら商売をしている。

 レベルの高いトレーダーは質の良いアイテムを大量に持ち歩いていて、トラックや装甲車と言った乗り物を利用した上で、ステータスも装備も強い兵士を雇っているのだ。


 つまりこいつは……良いトレーダーだ。

 此方が手を出して荷物を奪おうとしない限りは、だけど。


「借りって?」


 老人に尋ねると、そいつは帽子を外して犬のように豊かな白髪を見せてきた。

 それから少し困ったような顔つきで。


「ああ、私の商売仲間が最低の野郎に『おもちゃ』にされてな。遠くへ商売しにいくついでに、向こうにある町にお礼参りといこうとしたんだが」

「ああ……つまり仇をとりにきたのか?」


 あんまり穏やかな話じゃないみたいだ。

 とはいえ俺だって穏やかな手段を取らずに、ついさっきこんがりと人を焼いてしまったところだ。


 しかしその老人は俺が今まで通って来た道――この世界のスタート地点でもある寂れた町のある方向を見ていた。

 まだかすかに見える程度にあの街の姿があった。


「まあそういうことだな。そいつはこの辺りで旅人を襲っている盗賊(レイダー)のボスだ。自分の事をタロンだとか名乗っていて、クソみたいな自作の爆弾をあちこちに撒き散らして人の足をもぎ取ろうとするロクデナシだ。私の仲間もそいつの地雷で足を吹き飛ばされて先月くたばっちまった」

「はあ」


 老人が忌々しそうに強い口調でべらべら話し始めた。

 周りにいる護衛たちは『また始まったか』とばかりの呆れた様子で此方を見ている。


 しかしなんだろう……話を聞いてふと、ある人物の姿が思い浮かんだ。

 町中に仕掛けてあった地雷の事も思い出した、俺が踏んで死んだのだから良く覚えている。


「そいつを見かけた事はあるか? ハゲで気色の悪い言動で子悪党をぞろぞろ連れまわしてるような奴だ。必ず捕まえてたっぷりいたぶってからぶっ殺してやろうと思うんだが悪知恵が働く奴だ、きっとあの町の何処かで潜伏して、こうしてる間にも迷い込んだ人間を――」


 スキンヘッドの男の姿ぼんやり浮かんだ。

 最後に腹に仕込んだ指向性爆薬を外してくたばったあいつだ。

 まさか……。拳を握って苛立つ老人の獲物とやらは、俺がこの前殺した奴じゃないんだろうか。


 ああ、なんだかややこしい状態になってきたぞ。

 ため息をついた。それからヒップホルスターに手を伸ばしてリボルバーを抜く。

 すると当然護衛の兵士の方々が一斉に銃を向けて来た。がちゃがちゃがちゃと。


「あー……そのハゲなら俺が殺しちゃったかも」


 銃身を掴んで『引き金は引きませんよ』とばかりに周りに見せ付けて言った。まだ銃は突きつけられている。


「なんだと? あのロクデナシをお前がやったっていうのか?」


 良く見せ付けていると、その老人はいきなり目を丸くして食いかかってきた。


「仲間を連れてたけど少しずつ、皆殺しにしてやったよ。そいつは腹に指向性爆薬を貼り付けていてこんなものを持ってた」


 逆手に持っていた【ナガン】というリボルバーを差し出す。

 信じられないなとばかりに疑いの顔を浮かべていた老人は一瞬首を傾げた、だけど突き出したそれを眺めて、すぐ絶句した。


「……これは……」


 この流れからしてどうやら当たりだったらしい。

 俺は老人の手に銃を握らせた。

 すると怒りに満ちていた表情から一変して、急に物悲しそうな顔を浮かべる。


「それは?」

「……これか? これは私の仲間がずっと使っていた銃だ、共産主義者たちの国の銃だ。忘れるものか、あいつはいつもこんな骨董品を商売仲間たちに自慢してた」

「……あんたの知り合いの物だったみたいだな。返すよ」


 この銃はもう俺には必要ないみたいだ。

 ここはゲームの世界だ、NPCがNPCの死を悲しむのも予め作られた設定の一つなのかしれない。

 だけど俺の目の前にいる老人は少し意識すればやっと分かるほどに早口に、意気消沈な調子でそう語る。

 NPCというよりは、本物の人間に限りなく近かった。


「……それで、ちゃんとあのハゲにはお仕置きはしてくれたんだな?」


 相手が落ち着くまで少し待っているとそう聞かれたので。


「ああ、爆弾でふっ飛ばしてやった。そしたら背中がぐちゃぐちゃになってて勝手にくたばったよ」


 と答えた。

 実際俺もあいつに仕返しが出来てすっきりしたから街を出たようなもんだ。


 すると俺の言葉を受けた老人は突然にっこり笑い出した。

 よほどご機嫌になったのか軽い足取りでトラックの荷台へ歩き出して。


「はは、はははははっ! いいぞ、実に良い事をしてくれた!! 今日はとっておきの商品があるぞ、特別に安く売ってやろう! タダじゃ売れないがな!」


 そう俺を手招いた。荷台の上には当然商品が載せられている。

 タダでくれずに割引という形で売ってくれるあたり筋金入りの商人らしい。


 とりあえずは老人の後についていって、買い物をはじめることにした。

 向けられた銃はいつの間にか引っ込められていた。




「さあいらっしゃい旅人よ。欲しいものはあるか?」


 荷台の前にはずらりと防水性の木箱たちが並べられていた。

 長方形のそれはフタがあいていて、中に様々なものが雑多に詰まっている。


 本当に『色々』という言葉でしか表現できないラインナップだ。

 様々な口径の銃弾が大雑把にまとめられて並んでいて、錆だらけから新品同様に磨かれた拳銃やライフルなどの小火器、表面がぎざぎざとした球体型の手榴弾の隣にいつのものか分からない豆の缶詰とドッグフードがくっ付いている。


 隣の木箱にはテディベアの三兄弟が仲良く銃身が2本ある散弾銃を切り詰めたものに押し潰されていて、それを覆うように見慣れたモスグリーンのパック――MREが一杯に詰め込まれていた。


 他には双眼鏡、釘が100本、工具箱に信管が繋がったままの地雷……。

 どれをみても特に急いで必要とするものはないし、喉から手が出るほど欲しいものもない。


 ジャンプスーツのポケットからカジノのチップ――厳密に言ってしまえばこの世界での通貨を取り出した。


 100$のチップが数枚、正直いってこれは『ないよりマシ』程度だ。

 ここに来る前の生活を基準として例えれば、数百円程度の小銭をポケットに入れてある程度――つまりコンビニでおにぎりやジュースを買える程度である。


 だからこの中で買える物なんてごく一部ということ。

 残念ながらちょっとした小道具や食べ物ぐらいしか買えないだろうし無理に買うものでもない。


 でも確実にあったほうがいいものはある、それは銃弾だ。

 投げナイフじゃどうにもならない奴には散弾銃(ショットガン)が一番効く。

 その威力はこの世界にいるどんな奴も理解しているし、至近距離からぶっ放されて無事な奴なんてそういないからだ。


「えーと……ショットガンの弾はあるか? 12ゲージのやつ」

「あるぞ。在庫は20発、全部ダブルオーバックだがいいか?」

「幾らだ?」

「1発50チップでどうだ?」


 1発50チップということは、6発買って300チップぐらいか。


この世界では銃弾は貴重なものだから本当はもっとするはずだ。

一応はちゃんと割引はしてくれているようだけど、今の手持ちじゃ6発買うのが限度。


 しかし散弾銃の恩恵は弾があってこそだ。

 化け物に襲われた時、盗賊に襲われた時に咄嗟に強烈な一撃をお見舞いするこれは、今手持ちの金を全て使ってまで買う価値がある。


「6発くれ。状態の良い奴な」

「まいど。盗賊を見かけたら頭を綺麗に吹っ飛ばしてやるんだぞ」

「そうできるように努力するよ」

「それから双眼鏡はいくらするんだ?」

「100チップだ」

「じゃあそれも」


 荷台に寄りかかっていた老人に100$のチップを四枚渡した。

 老人は受け取ったチップをスーツのポケットにしまって、木箱の中から散弾と双眼鏡を取り出して手渡してくる。

 双眼鏡は随分とコンパクトの迷彩模様で、散弾は赤いプラスチックに覆われて重みのある弾だ。


 これで買い物は済んだ。また南へ進もう。

 ジャンプスーツの中に散弾を詰め込んでその場を去ろうとすると――。


「おい待て若いの。私から個人的に渡したいものがあるんだが」

「あ? なんだよ? 先急いでるんだけど……」


 呼び止められる。

 仕方がなく振り返ると、にやにや笑った老人が護衛の一人に荷台から木箱を下ろさせていた。


 なんだと思ってみていると俺の目の前に乱雑に木箱が置かれる。

 MREと同じモスグリーンの木箱だ。

 老人は一段と俺に向けて顔をにやにやさせて、オーバーな動きでその木箱を開ける。


「買ってくれたサービスだ、遠慮なく持っていけ」


 MREの山でもプレゼントするつもりか?

 冗談じゃない、もうパスタはごめんだ――なんて思っていたら、そんな事を考えてる場合じゃなくなってしまった。

 木箱の中にはMREのパスタ味の山じゃなくて、新品同様に綺麗で頼もしい見てくれの道具が幾つか入っていたのだ。


 食指が動くどころか俺に課せられたクエストを忘れてしまうほどに素晴らしいものだ。


「こ、これ……いいのか?」

「ああ。このあたりの盗賊に一発お見舞いしてくれた事に対する個人的な礼だ、いらないなら別にいいが――」

「頂きます! ありがとう!」

「はははっ、そういう反応をされるのが一番嬉しいじゃないか。大事にしろよ?」


 これ、とは。

 木箱の中に入っていたものは幾つかの道具……少々古めかしい回転式の弾倉をもつ拳銃に、片手で持てる大きさのハンドルのついたボックス。

 極めつけは『一つ目』のような構造をした暗視ゴーグルだった。

 手を伸ばしてそれぞれ確認してみると。


【キュクロプス】

【万能充電器】

【シングルアクションアーミー】


 アイテムの名前もしっかり表示された。

 タダで貰えるならと俺はお構いなしに頂く事にした。


「そいつらは最高の品質だぞ、特にその充電器は地球が荒廃する前の最新モデルだ。それ1つで車のバッテリーも賄える」

「そりゃすごい。ありがたく使わせてもらう」

「充電用のケーブルも色々つけておいた。(プラス)(マイナス)を間違えるなよ?」


 充電器はベルトで吊り下げるサイズだ。

 折り畳み式のハンドルを収納すると大きめのポケットにすっぽり入った。充電に使う付属品はバックパックに入れよう。


 続いて暗視ゴーグルを手にした。

 【キュクロプス】という名前らしい。単眼の巨人という意味か。

 試しに頭に被せて紐で固定すると、ちょっとサイズ大きく感じるものの丁度良く装着できた。

 暗視装置本体を手で持ち上げる、手で降ろす、持ち上げる……スムーズに切り替えれて使いやすそうだ。


「その【キュクロプス】は少々古いが十分使えるだろう。充電器で充電できるように調整してある。光シャットアウト機能付きだ」

「充電はどうやるんだ?」

「さっき渡した充電用ケーブルの中に暗視ゴーグル用の青いケーブルがある、それを充電器とゴーグル本体に接続して回せばいい。こまめに充電しておけよ?」

「そうか。ありがとう」

「あとは……そのリボルバーは北にある街で見つけたシングルアクション式、弾は45口径のリムレスを撃てるように改造済み。別にカウボーイになれとはいわんがそいつで盗賊どもをぶち抜いてやれ」


 老人は饒舌に、しかも嬉しそうに話してくれた。


 貰ったもの一つ一つを丁重に受け取りながら話を聞いていると、なんだか俺もつられて笑ってしまう。

 明るく豊かな表情を見せてくれたお陰で伝染したんだろう。

 なんだか久々に笑った気がして気持ちがいい。


 最後の説明のあとに手に取ったリボルバーの用心金(引き金を守るパーツ)に指を引っ掛けて、ガンマンさながらのアクションをしてみようとしてみた。

 だけど失敗、バランスを崩してぐるりとぎこちなく回してからヒップホルスターに差し込んだ。


「その腕じゃガンマンへの道は遠いようだけどな」


 そんな俺を見て老人は苦笑した。

 日本人の俺が別に西洋かぶれになるつもりなんてさらさらない。

 木箱に詰まっていた45口径の弾のパックも頂いて、俺は別れを告げて更に南へと進んだ。


 ……ガソリンスタンドを後にしようとした直後、やっぱり一旦戻って盗賊(レイダー)たちの死体からまだ使えそうな武器や弾薬をたっぷり手に入れた。

 その日の朝食は冷たくて粉っぽい豆料理の缶詰にタバスコをかけたものだった。



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