*16* 手榴弾がきたら急いで伏せろ!!
*十六日目*
「ハッハァー!! またお前に会えるなんてな、嬉しいぞぉ俺はァ!!」
スキンヘッドの男が遠くで叫んだ。
その日は珍しく雨が降っていた。
俺は雨を浴びながら【レストラン】とだけ辛うじて読める状態の何かの文字が書かれた建物に入った。
店内は窓に全て木が打ちつけられたままで進入は出来そうに無かったけど、入り口を覆う大小の柱は十分な盾になる。
埃をまとって白から灰色に染まった柱にしっかり背を押し当てて、俺は少しだけ頭を出して声のした方向を確認する。
四人編成のチームがこっちに来る。
全員此方の行動に気を配っているのかしっかりと遮蔽物に身を隠したり、こそこそと此方を囲んでしまおうと動いている。
武器はばらばらだ。
ナイフをもっているやつもいるし、どうみても骨董品としか思えないマスケット銃すら持っているやつもいる。
その中でもリーダーと思われるスキンヘッドの男はタンクトップの色を雨で濃くしながら、真っ直ぐ此方に拳銃を向けている――。
*パンッ!*
乾いた銃声が雨の向こうから響く。
撃たれた。だけど当たらない、後ろでガラスが割れる音がする。
二十メートルも離れていれば小さな弾丸なんてそう簡単に当たりやしない。
ましてこんな雨でお互いに視界がおぼつかない状況だ、向こうだって当たると思って撃ったわけじゃないだろう。
「どうしたァ!? 銃は撃たねぇのか!? それとも弾切れか!? じゃあ俺がざっくり切り刻んであげようかな!? ひゃははっ!」
「やっちまおうぜ! また人間の開きにして食っちまうか! そこを動くなよ黄色い奴!」
もう一度柱から顔を覗かせた。
此方が何もしないのをいいことに、ナイフを持ったハーフカーゴパンツに半裸の男がこっちにやってくる。
続いて白いつなぎを着て鉄パイプに刃物をくくりつけて鎌にしたようなものを持った男も駆け込んできた。
二人の狙いは俺だ。
どうも"味を覚えて"俺が好きになったようだ。
「てめえの大好きな肉はここにいるぜ! かかってこい変態ども!」
「面白ぇこというじゃねえか! あの時わんわん泣きながら助けてくれ!食わないでくれ!なんて命乞いしてたくせに随分言うようになったなぁ!? 今食ってやるからそこで待ってなァ!」
「ひゃああああっ! 久々の踊り食いだぜぇ!」
敵の数はあっちのほうがずっと上だ。
でも何も怖くなかった、こうして突っ込んでくる敵に向けて冗談すら言える始末だ。
柱から半身だけ出して、腰の両脇に備え付けたナイフホルダーからナイフを抜いた。
最小限の力と動きで横から振るように、半裸の変態の顔面目掛けてほうり投げる。
「ひゃはははほらほらどうしたまた俺達にぎゃひいいいいっ!?」
ヒット。目に刺さった。
念のためにもう一枚腰から抜いた。
そして投擲――雨と空気を切り裂いて、ひゅんとナイフが喉仏に刺さった。
【XP+100】
おめでとう、今日からお前は俺の経験値だ。
目と喉を抑えて口をぱくぱくさせながら、そいつはしばらくふらついてから横に崩れた。
「げ、ゲイリー!? くっ……くっそおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
倒れた仲間に怒った奴が、たまった水を蹴飛ばしてこっちに向かって飛び掛る。
相手の獲物は鎌のような造りの武器だ。見た目は粗末だけど殺傷力はありそうな武器である。
だけど残念な事に、これとそれじゃ相性が悪い。
「死ねェェ!! 化け物がァァッ!!」
仲間の死体を跨ぎ、そいつが雨に濡れた巨体で間合いを詰めに来た。
咄嗟に腰から投げナイフを抜いて顔面にポイント、力任せに分投げる――が、そいつは転ぶのではないかというぐらいに身を屈めながら飛び込んできてナイフを避けられた。
「貰っっっ――たあああああああああああ!」
見た目以上に機敏にバランスを立て直し、あと数歩で身体がぶつかり合う、といったところでツナギ男は鉄パイプをこっちに振り下ろしてきた。
鉄パイプの先で鶏の嘴みたいに固定されたブレードで串刺しにしてしまおうと、俺の腰に向かって斜めに叩けつけてくる――だけど余裕だった。
相手の武器の向きと軌道にあわせて、咄嗟に身体の横半分を捻りながら後ろに引いた。
必要最小限の動きで、腰に突き立てられるはずだったそれをぎりぎり回避。ジャンプスーツの布地にがりりと刃の先端が引っかかる感触がした。
「なっ――! くそっ!」
掠めた武器に身体がもっていかれて相手のバランスが崩れた。絶好のチャンスだ。
腰の大きなホルスターから銃を抜いた。
銃身は断たれ、ストックすらも切り落とされ惨めな姿にされたあの散弾銃だ。
「あの時の礼だ。残さず食らいやがれ!」
ツナギの男の顔面に目掛けて銃身を保持しながら構えた。当然、至近距離だ。
緩やかに力を込めて二つの引き金を同時に、しっかり引き絞った。
二発分だ。前よりもデカい爆音が響いて、散弾の一斉射撃による反動に腕がびくんと跳ね上がった――
一瞬、そいつのおびえたような表情がはっきりと見えた気がする。
次の瞬間には吐き出された散弾の嵐に盗賊の顔が弾けて、仰け反るように地面に転がった。
【XP+100】
さようなら。あの世で仲間と仲良くやってなクソ野郎。
そこに再び乾いた銃声。
さっきよりも近い距離から拳銃の発砲音が聞こえて、咄嗟に柱に隠れた。
弾は何処かへ飛んだ。
「へへへ……お前、おもしれーわ!」
「俺の何が面白いんだ、ハゲ野郎!」
「ああ! お前は何度も死んだはずだ! この前も、その次も、そのまた次も! お前の死に様を見た奴は沢山いた! なのに生きてる! こんなにおもしれー奴は初めてだ、尊敬するぜ!」
そうやって物陰に隠れていると柱越しに賞賛の声が上がった。
俺を褒めるだって?
やっぱりあいつはおかしい、目の前で部下が殺されてるのに不死身の男を褒めちぎろうなんて常人のやる事じゃない。
ソードオフショットガンの留め金を外して銃身を折る。
片方の銃身から空になった薬莢を抜いて、新しいショットシェルを込めた。
赤くて大粒の散弾が入った散弾銃の餌だ。適切な距離さえ得られれば、あのサイコ野郎の頭も綺麗さっぱりフっ飛ばしてやれる。
もう一度遮蔽物から身を乗り出す。
そこに目ざとく狙いをつけていたマスケット銃の男が此方に向けて撃ってきた。
どんっという鈍い銃声がしただけで、掠めるどころか近くに当たった感じすらしない。
二人は廃車の裏で武器をこちらに構えたまま固まっているようだ。
「お前はなんだ!? 幽霊か!? ゾンビか!? それとも神様かなんかか!?」
幽霊、ゾンビ、神様、共通点といえば『ありえないもの』ぐらいしかない。
あいつらはよほど俺を人間以外の生物に仕立て上げたいんだろうか。
俺はどれでもなくただの人間だ。
それも自分が生きる為に他人の命を喰らって生きる、この世界に蔓延っている類である。
あいつらが思ってるほど大層立派なものでも、死に損なってこの世に残った存在でもない。
「人間だ!!」
向こうから聞こえる声の主がまだそこにいるのを確認して、増設したジャンプスーツのポケットから鉄パイプのようなものを取り出す。
導火線がついて穴をしっかりと金属製のキャップで塞いだものだ。
使い捨てのライターをポケットから出して火をつけようとする。かちかちと発火させようとしても中々火が点かない――三度ぐらいかちかち鳴らしてようやく火が点く。
導火線の先端を炙った。
するとじりじりと火薬が燃え始めて投擲の準備が出来た。言うまでもないがこれは爆弾だ。
「人間!? 人間が何度も生き返るわけねーだろ! お前は化け物だ!! 知ってるか? 化け物はいずれ人間サマに狩られるのが運命だ!!」
「ああそうかい!」
相手はまだ動いていない。
膠着しているし、相手もそろそろ次の一手に動こうとしている。
だけどまだダメだ。まだ投げちゃいけない。
少し長めに伸ばした導火線が燃えていく。
じりじりじりじり燃えて、導火線が残り八割、六割、四割――今だ!
「この前のお返しだ、受け取れ!」
俺は身を乗り出したまま、廃車目掛けてそれを投げた。
導火線のついた鉄パイプ製の手投げ弾が雨の中を突っ切っていく。
ちょっとやそっとの雨じゃ消えないそれは、うまくボンネットに乗っかってごろっと表面を転がった。
「ちぃっ! そんなチンケな爆弾で殺せると思って――」
一瞬、二人が固まった。
マスケット銃を持っていた男が慌ててそれを掴んで持ち上げ、こっちに向かって投げようとした瞬間。
俺は柱の裏に隠れて耳を塞いだ。そして。
爆弾が爆ぜた。
柱の後ろから花火なんて比にならないぐらいの爆発音が響いて、破片が柱をこつこつ叩く。
向こうがどうなったかは容易く想像できる。
抱え上げた手の中で爆発してしまったんだ。持ったやつは即死、隣にいた奴も死ぬに決まってる。
【XP+100】
……と思ったらそうでもなかったみたいだ。
目の前に浮かんだ経験値入手の文字を見て、切り詰めた散弾銃を両手に爆発地点へ向かう。
三人殺して経験値が合計で300手に入った。
敵は四人だった、じゃあ最後の四人目は?
答えは【死に損なってる】ということだ。
「へ、へへ、へへへ……。やるじゃあないの……」
車の陰にしっかり銃口を向けながら回りこむとそいつの声がした。
スキンヘッドの男がまだ拳銃を握りながら、息苦しく笑っていた。
うつぶせのまま地面に伏せてる。その代わりあたり一面が血の水溜りを作って真っ赤だ。
銃口は此方に向けられちゃいない。正しく言えばもう銃を持ち上げる力すらないようだった。
その背中は真っ赤に染まっていた。至近距離から熱々の破片をたっぷり浴びた証拠だ。
どうであれこいつは撃たなくても死ぬ。
勝手に失血して死ぬし、どの道こんなに破片を受けちゃ身体は仲間でずたずただ。素人目にもそう分かるほどだった。
「アンタに褒められても全然嬉しくないな」
「ま……まあそういうなって……それにしてもよ、てめーも随分強くなったもんだ……な」
スキンヘッドが銃を手放した。
地面に回転弾倉式の拳銃が転がって、それを震える手で弾いてこっちに滑らせてきた。
散弾銃を向けながらそれに軽く触れた。
【ナガン】という名前が表示される以外におかしいところはないし、パーツもしっかり整えられて非常に良い品質だ。
「お前と会ったのはもう二週間ほど前か……へへ、ウサギみてーに逃げ回りやがってよ……」
盗賊のリーダーは降参したと言わんばかりにごろっと仰向けになって、大の字に腕を広げる。
まるでその姿は雨を受け入れているようだった。
背中の痛みなんてとうの昔に感じていないんだろう。
ゲームのろくでもない登場人物のくせに、嫌に達成感のある顔つきだ。
「おい……、おめーに1つ良い事を教えてやるよ。この世界で生きている奴が……嗜まなくちゃいけねえ流儀だ」
「……流儀?」
「ああそうだ。このイカれた時代で、生き残る為のルールだ……」
血まみれの片手で手招きをされた。
段々とそいつの声は掠れていく。辛うじて振り絞った声は不思議と好奇心が湧き上がる音色だ。
拳銃を拾った。ホルスターに切り詰めた散弾銃を戻した。
それから周囲を見渡して他に誰かいないか探ったあと、男に近づいた。
「ひゃはは……、物心ついてからそこらへんの奴をいっぱい痛めつけて……地雷で足をフっ飛ばして……倒したやつの肉をいっぱい食って……そろそろ飽きてきた頃だったんだわ……ちょうどいいタイミングで、死ねそうだぜ……!」
笑っている。
一体どうしてこんな状態になってまで笑えるのか。
やっぱりイカれてやがるんだなと思った。
どう足掻いてもおかしいやつはおかしいということだ。こんな奴に構ってやる価値なんてない。
「黙れ。そこで勝手に一人で死んでろ。あわよくば地獄に落ちろ、クソ野郎」
「うひひひ……! つれねえなあ、おい……! まあ聞けよ、この世界の流儀ってのはなぁ……」
そう思って自然に死ぬまで待ってやろうかと思った。
だけど、そいつはいきなり着ていたジャケットを左右に開くように両手で破った。
平べったくて何やらセンサーのようなものと回線が複雑に絡んだ『板』がそこにはあった。
防弾用の道具だろうか? 一瞬そうは考えたけれども、形状的におかしいとは直ぐ分かった。
火薬の匂いがしたからだ。
表面にはボルトや釘やベアリングがびっしりと埋め込まれていた。
そしてそいつは板に取り付けてあった紐をつまみ、俺に狂った笑いを見せながら。
「出来る男ってのは……常に隠し玉を持っとくべきだってなぁぁッ!!」
「……!!」
紐を思い切り引き抜いた。
間に合わない。ヤバいと思って身体は動くけど、これじゃ間に合わない――!!
せめてもと思って両手で頭を守りながら伏せた。
スキンヘッドの笑い声が途絶えたかと思うと、後ろで本日二度目の爆発が起きた。
ぼんっ! と俺が投げた手投げ弾よりもやや大きくて、指向性のある爆音が上に向かっていく。
破片や爆風は来ない。一体なんだと思って自爆したかのように見えたスキンヘッド男の姿を見ると。
――そいつは紐を握ったまま絶命していた。
五体は満足だけど腹がこんがり焼けている。貼り付けておいた爆薬が名残となって酸っぱい匂いを漂わせていた。
ただの自爆じゃなかったようだ。
【指向性地雷】というものを腹に貼り付けて、巨大な散弾をばら撒いて俺の頭を吹き飛ばそうとしたらしい。
【XP+300】
最後の抵抗のつもりだったんだろうけど失敗に終わったみたいだ。
空に打ち上げられた散弾が何処に行ったのかは分からない。
きっと遠くまで飛んで、そのあとぱらぱらと雨のように降ってくるんだろうか。
でもこうして最後の敵は死んだんだ。
指向性地雷が向かった先を目で追えば、雨が止んだ曇り空が『ノルマは達成したので』とばかりに薄情に撤収し始めていた。
丁度狙いを外した散弾が向かう先から雲が剥がれて光が差し込んだ。
温かい光が当たって、凝った緊張が解れていく。
戦いの後の余韻に浸る間もなく、空気を読まないメタル風のレベルアップのお知らせが横から響いた。
レベルが3になった。




