*15* 実はおいしい化け物の肉
*十四日目*
【修理に成功しました!】
目の前に文字が浮かぶ。素直に嬉しいので手で払わなかった。
俺は手にしていた万能ツール――ナイフからノコギリの刃まで幅広い小道具が折り畳まれたロック機能つきのツールを閉じた。
眼前では壁に埋め込まれた【HVAC(冷暖房空調設備)操作盤】が、千切れた配線をなんとか繋ぎとめて、余分な回路を迂回させて応急処置を施されたお陰で命を吹き返していた。
すると部屋の中に温かい風が流れ込んでくる。
温風がコンクリート製の壁に包まれた室内をじわじわ満たし始めて、数分もしないうちに部屋が暖かくなる。
これでもうかき集めた毛布に包む必要は無い。
あれから更に時間が経った。
俺は夜になれば散弾銃を片手に町の中をうろついて、盗賊がいれば射撃、化け物がいたら射撃、困ったときは射撃、それでもダメならナイフを投げる……といった具合で、シェルターに物資を根こそぎ持ち帰っていた。
夜になれば本を読んでスキル上げ。
本は早めに読むべきだ。本はスキルを上げてくれるけども、じっくり読み続ければ本の持つ限界値までスキルを上げる事が出来る。
例えば弓のスキルが上がる本は読めば20まで上げる事が出来る――しかし20に上がったあとに読んでも、レシピを覚えるぐらいしか用途は無くなるからだ。
そして今日も探索が終わり、物資を持ち帰り、読書にふける。おっとその前に……。
部屋のど真ん中にあった椅子に座って、丸く突き出た扉に貼り付けた木の板を見た。
鉛筆で描いた大雑把な円の中に、モヒカンを生やしたヒャッハーな男の頭が描かれている。
我ながら力作だ。
テーブルに刺しておいたナイフを抜く。
しっかりと研いで鈍く輝く、粗雑じゃない仕上がりの素晴らしいナイフだ。
【鋭利な投げナイフ】のグリップを手にした。
製作スキルが上がり作業に慣れてきて、更に投擲スキルが上がったお陰で理解が深まって立派なものに仕上がっている。
刃は背の半分あたりから緩やかなアールを描くようになっていて、より投擲に特化したかのように鋭く見える切っ先が『投げろ』と主張しているようだ。
グリップの最後尾には穴が空いて、前よりも切れ味は良く、無骨ながらもきちんとした仕上がり。
今の俺がクラフトアシストシステムを起動して投げナイフを作ろうとすれば、この形状をした原型が出てくる。
あとはそれをしっかり研ぐだけで終わる。
勿論研ぎ石は使う前にしっかり水につけて、丁重にじっくりと研げば出来上がり。
さあ、読書の前に一投げいこう。
「ふッ!」
座ったまま半身を扉に向けつつ、腕の力だけで振りかぶり――腰も動かして的に目掛けて投げる。
扉に飾られた場所にあった的にナイフが吸い込まれるように向かっていく。
ばつんと小気味良い音を立てて当たる。
これで木の板の上の盗賊は眉間に刃物が刺さって死んだ。実戦もこんな感じですんなりといってくれれば助かる。
投擲のスキルはもう上がらない。
厳密に言えば、楽勝過ぎて上がらないといったところだ。
PDAのスキル項目をチェックすると投擲が80になっている。
ステータスはそれに応じて上がっているし、読書でスキル値が上がっているから全体的に強化はされている。
最初はステータスが1上がったところで何が違うのかと思うときもあった。
でも今はそれを確かに感じていた。
頭は前よりスムーズに働くし、どんな作業も大抵は出来るほど器用になった、それだけじゃなく筋肉もついて機敏に動く事すら出来る。
そんな自分の具合はというと――PDAを開いた。
STR(力強さ)が22。DEX(器用さ)が34。INT(知性)が26。AGI(敏捷性)が23。最後はLUCK(運)が9。
殆どのスキルが本を読んで最低20まで上がっているお陰で、数値上では前とは比べ物にならないほど成長している。
運の悪さはまあ多少は仕方ないねと無理に納得させているけども、上がる条件が厳しすぎる。
今日の本は【車のトラブルと対処法徹底図解】だ。
この世界じゃ本を読めば条件さえ満たしていればすらすら頭に入るから面白い。
椅子にもたれて適当にページを開く。
目を通すと車の扱い方について書かれていた。バッテリーが上がった時の対処法などが載っている。
幾つかレシピを覚えられる他に運転技術が20まで上がるそうだけど、俺は生憎免許を持っていないし無縁かもしれない。気が向いた時に読もう。
本をのんびり読み始める。
途中でお腹が空いたので、テーブルの上にあった『ある物』に銀のフォークを刺した。
一口大に切って柔らかく焼かれた肉だ。
本を読みながら食べるなんて行儀悪いけど伸ばした手を戻して口に放り込む。良く噛む。
確かな肉の味がする。
少し獣臭いけどたっぷりのコショウやすり込んだハーブで幾分かマシだし、棒で執拗に叩いたからウェルダンでも十分柔らかい。
料理スキルも十分上がっている。
回収した電池で動くホットプレートとフライパンで簡単な料理が出来るようになって、今やアシスト抜きでもそこそこに美味しいステーキぐらいは焼ける。
もきゅもきゅ肉を食べて、コーンシロップで甘味をつけられた"Meka"コーラを一気に飲み干す。
眠くなるまでだらだら本を読んで、寝る前にシャワーを浴びてぐっすりだ。
そういえば一つ、いや、二つばかり良いことを知った。
ドッグマンという化け物の肉はうまい。
獣臭さはあるけども、しなやかに動くからか肉は柔らかくて味が濃い。シチューにしたらうまそうだ。
もう一つは……化け物ネズミの肉は水に漬けてからコショウまみれにするぐらいはしないとマトモに食えないほど臭い。
でもMREのパスタとどっちか選べといわれたらネズミ肉だ。
>>【あれから結構経ったけど……俺はまだ生きてるよ。みんなが心配だ。俺はもうこっちの生活に慣れた。食べ物だって自分で調達できるし、身も自分で守れるようになった。でも……いつまでもこのシェルターに篭ってるわけにはいかない。ここにいる限り俺はずっと、ミコには会えない。だからもう少し待ってくれないか? 旅立ちの準備が必要なんだ】
*ERROR422*
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*十五日目*
温かい部屋で眠れる事がこんなに幸せだったなんて!
身体も温かく目覚めも最高。前より綺麗な毛布を蹴飛ばして、のそのそとバスルームに向かう。
眠い。今の俺は寝ぼけている。
欠伸をしながらジャンプスーツをするっと脱いだ。
バスタブに入ってお湯を出した。
飲めやしないけれど身体ぐらいは洗える、熱いシャワーが出てきた。
スポンジと石鹸でごしごしと体を洗って、髪も洗ってお湯をたっぷり受け止める。
さっぱりとしたところで壁に吊るしたバスタオルで全身を拭く。
今までは冷たいシャワーを冷たい部屋の中で浴びるしかなかったけど、そんな思いは二度としなくていいようだ。
温かいお湯に温かい部屋。
食料確保も安定して、生きる為のスキルも揃っている。
不自由が無くなった温かい身体のまま、風呂場の洗面台に近づいていく。
「……おはよう、俺」
曇った鏡をふき取って、映し出された自分に挨拶。
裸のそいつはとても筋肉質だった、一年分の贅肉があっという間にごっそり削がれて、硬い筋肉で身体の芯が覆われていた。
胸のあたりからは下腹部まで、ヘビがうねりながら走り抜けたような傷が残っている。
帝王切開のようなそれは、自身に刻まれた忌まわしい記憶の象徴だ。
傷の始まりのその少し上では、更に別の傷が花を咲かせたような痕跡を作っていた。
銃弾による傷だ。357マグナムという口径の銃弾を直接受けたことによるものだ。
本を沢山読んで、銃についての知識が入った今なら良く分かる――至近距離から直接背中を撃たれて、貫通した弾が俺の胸を突き破って出て行った。
その結果がこれだ。進入した弾丸が出て行く際に皮膚を爆発させたのだ。
首筋にも目を凝らせば分かる程度の傷跡はある。
斜めに首筋と喉笛にかけて斜めに残る薄い噛み付き跡だ。
傷はまだまだある。罠で死んだときの傷や、致命傷にならなかった傷は消えてるとはいえども、死ぬほど強い一撃はジャンプスーツの中にしっかり刻み込まれている。
でも、今の俺にはそれら全て――この忌々しい傷なんてどうでもよかった。
この体にはもっともっと心配なものがあるんだ。俺は鏡の向こうにいる自分に心の中で言う。
鏡の中の男は氷のように固まった顔を俺に向けている。
怒っているわけじゃない、悲しんでいるわけでもない、視線だけで刺し殺せそうな鋭い黒の瞳に、淡々と人を殺すために整った硬い顔立ち。
"人殺しの目"だ。
敵は容赦なくぶち殺し、敵であればどんなにむごいことをしても心が痛まない。
徹底的に自分の敵を憎んで許そうとしない"主人公"が立っていた。
こんな顔の人間を、あのミコが好きになるんだろうか?
隙さえあれば笑わせようと絡んでくる。
絶妙なタイミングでどついてくる。
困っていれば助けてくれて、悲しんでいれば一緒に悲しんでくれた。
悲しいときは顔で笑って、人工知能のくせに背中でわんわん泣いていた。
それは俺だけに対してじゃない。
ムツキたちが悲しんだとき、周囲の人間が助けを必要としているとき、ミコは誰よりも早く前に出て手を差し伸べた。
そんなミセリコルデという相棒が、こんな顔の人間を見たら果たしてどう思うんだろう。
俺は敵を殺した、必要があったからだ。
生きる為に、自分を保つ為にありとあらゆる手段を用いて殺し続けている。
その人殺しがミコに嫌悪されるところだけは少なくとも思いついた。
それに大分時間が経ったのに、俺はPDAに表示されたクエストすら進めていない。
PDAのメールで『必ず行く』とは何度も何度も今まで送った。
エラーで結局送られてはいないのは分かってる、でも例え送信できなくてもそこに自分の意思を書かないと俺は自分を保てない。
このままだとただ生きる為に他人を喰らうだけの化け物となんら変わらない。
だからフランメリアへ行く。このクエストを達成すればミコが会える。
そして終わりの見えない不毛な毎日が終わるのだから。
そうだ、そうだとも――。
歯を強く食い縛る。
鏡の中の主人公は表情を変えた。
顔立ちは冷たく硬い、けれど熱い意志がはっきりと輪郭の中にあった。
何故なら俺の顔だからだ。俺は今、いい加減にこのシェルター……いや、この世界から出て行くための覚悟をした。
脱いだジャンプスーツの胸元にしまっていたPDAを抜き出す。
オープン、画面を出す、インベントリのリソースを確認すると不要なものを分解して得られた沢山のリソースがあった。
レベルはまだ2だ。
スキルは十分にある、戦い方も、生き方も、そしてこれから何をするべきかも俺は知っている。
クラフトアシストを立ち上げた。
本を読むに読んで一杯増えたレシピの中では、色々なものが作れるとあった。
パーツさえあれば手製の銃も作れるし、ワンランク上の投げナイフも作れる、火薬も、爆弾も、防具も、料理も――材料さえあれば作れるわけだ。
「……パイプボム。サバイバージャンプスーツ。ソードオフ……。」
めぼしいものは幾つかあった。
作成可能と出てきたのは、【サバイバージャンプスーツ】という道具だった。
今までずっと来ていた真っ黒なジャンプスーツを見た。
身体にフィットしているけども、傷が増えてぼろぼろになってきている。
俺は洗面台から裁縫キットを手に取った。
それからクラフトの準備を始めて、リソースを使って部品を生み出す。
黒くて角ばったポケットやベルト、鞘のようなパーツなどが床に落ちた。
裸一貫のまま、作り出されたポケットやベルトを拾って脇で抱えてジャンプスーツをずるずるとテーブルの上へと運んでいく……。
これが終わったら外に出て鉄パイプを集めなければ。布を沢山集めて弓鋸も調達しないと。




