*14* ただでもらえる素敵なアイテム
*十二日目*
「ヒャッハー!! 化け物狩りの時間だ~~~ッ!!」
「あいつらの仇だぜぇ! 出て来いボルダーの怪がぁぁッ!」
「……はっ、はっ……!」
天気は砂嵐。
山側から吹く砂の風で街とヒャッハーたちは今日も元気だ。
クソッタレの盗賊の二人――散弾銃野郎と、のこぎりの刃をつけたバットを手にしたバカ二人が俺を追いかけている。
どうやら盗賊団というものがあって、その組織は俺を【不死身の化け物】として賞金首にしているらしい。
文字通り俺を酷い目にあわせたスキンヘッドの奴がボスでこいつ等は下っ端。
散弾銃の男に至っては俺の頭をぶち抜いたクソ野郎だ。
それよりもなんだよ、そのボルダーの怪って。
酷いあだ名はともかく、物の怪かそれに類する存在として認識されているみたいだ……。
いつどんな時代でも、信じられなかったり科学的根拠で解明できない存在は幽霊や怪物にしてしまうのが手っ取り早いってことか。
きっと盗賊どもは何度死んでも現れる俺に対して思考を止めてしまって、集団ヒステリーでも起こしてしまったんだろう。
この世界は高度な文明が一夜にして荒廃した未来だそうだけど、人類はここまで来てもまだまだ進歩していないようだ。
砂が酷く舞っていてあたり一面が黄色く見えた。
目を細めてるせいで視界がよろしくないけど、それを補うものが俺にはあった。
呼吸が楽だ。道路の車の上に飛び乗って車体を踏んで飛び上がり、次の車も余裕で飛び移り、着地して前にぐんと踏み込む。
自分の体重の制約も感じず軽々と立て直せた。
軽やかに動く足で、しっかり踏み込みながら『ある場所』へと逃げ込んでいく。
緩やかな階段を二段どころか三段四段飛び越えて。
砕けて大きな穴を開けたままのガラスの扉の間へと飛び込んで。
成功。受身を取って直ぐに体勢を立て直して近くにあったカウンターの影に隠れた。
足には全然疲労がたまっていなくて、息もさほど切れちゃいない。
これが称号の効果だった。今まで以上に効率的に走れて、しかも体力も前より増えている。良い選択をした。
「まっ、待ちやがれっっ……! く、くそっ! どんだけ早いんだあの黄色い肌の奴!? 前よりすごく元気に走り回ってんぞ!?」
「構うもんかぁッ! 二人がかりなら問題ねぇぜぇぇッ!」
ずっと後ろから二人のお元気な様子が耳に伝わってきた。
そんな事を言っている間に俺はするりと内部に入っていたけれども。
ひょっとしたらみんな大好き、俺は超がつくほど大好きな『図書館』の中だ。
エントランスは案の定ひどい有様で、焼け焦げたカウンターの上では白骨化した死体がうつむいたまま職務怠慢を続けている。
外から見れば立派な建物だ。
広い土地を陣取るそこは、まだ割れていないガラスが堅牢に形を保っている建物の外観に埋め込まれていて、中にある『お目当て』のものが良い状態で残っていると睨んだ。
本来であればこんなバカ二人に追われることは無かったのに、今日は一段と目ざとく俺を探しているせいで運悪く見つかってしまった。
嫌なときに限ってそこにいるのが盗賊である。
さて、こいつらをどうするか。
周囲の通路をチェックして、退路を確認。
ここがどんな構造なのか良く分からない、したがってこの中でこれ以上逃げてもいずれは追い詰められるだろう。
そうとなればするべきことは実に分かりやすい。
まずはカウンターの焦げた部分に手のひらを置いて表面をふき取った。手が真っ黒だ。
それを顔に大雑把に塗りつけた。顔を影に合わせて黒く馴染ませるように。
肩に取り付けていたフラッシュライトを取り外す。
そしてカウンターで居眠りを延々と続ける人骨の後ろに設置し、天井目掛けてスイッチON。
次に姿勢を低くする。
呼吸をして息を整えて、埃臭いエントランスの隅に溶け込むように移動していく。
黒いジャンプスーツは身体に丁度良く馴染んでいて、その色は灯りのない場所や真っ暗な夜に溶け込んで俺を守ってくれる。
「野郎! どこ逃げやがった! 逃げても無駄だぜ~ッ!」
バカが一名やってきた。水平に銃身が二本並んだ散弾銃持ちの男だ。
暗闇に慣れてきた視界の中でそいつは辺りを見回しながらのこのこ入ってきた。
その姿はよく覚えているとも。俺を迷わず撃ったのだから忘れもしない。
つまりあいつには返さないといけないものが山ほどあるってわけだ。
決めた、お前は最後に殺す。
「お、おいハノートス! 勝手に一人で進むんじゃねぇ! あいつは化け物だぞ!? 二人で力を合わせねぇと食われちまうぞ!」
「なあに、俺は一度あいつを殺した事があるんだ。この散弾銃で頭を綺麗に吹き飛ばしてやったの忘れたのか? 生け捕りぐらい大して難しくねえ!」
「へっ! そうだったな! 手加減してやれよ!」
暗闇の中ではがっしり身体が銃口を彼方此方に向けながら俺を探しているようだ。
遅れてほっそりとした長身の男がバットを構えてついてくる。
まだどちらも此方に気付いていない。
けれども、攻撃のチャンスは一瞬しかない。
ナイフを静かにホルダーから抜いて、黒い布を巻いたグリップを握る。
今や俺には暗いところで見つからない為の術が身についていた。
「……ハノートス! 光ってる! カウンターの後ろだ!」
「しっ! 黙ってろ! ……おいカルドリー、お前はそこで見張ってろ! 俺がやる!」
「おう、気をつけろよ!」
二人の盗賊が光に気付いたようだ。バカな二人だ、あれはただの囮だっていうのに。
あの忌まわしい散弾銃を持った男が長身の男にカウンターの前に立たせると、逃げ道を塞いだ上で裏に回りこんでいく。
ボリュームを押し殺しているんだろうがほぼ丸聞こえの声が耳に届くと、目の前の光景が思い通りに進んで愉快だった。
けれども我慢してにやりと暗闇の中で笑った。
あまりにおかしいからだ。お前たちが恐れているボルダーの怪の思うつぼである。
「みーつけたッ!! 久々だなぁ? 不死身野郎――――」
そしてカウンターの中に銃を構えたまま一人が突っ込んだ。
今が狙い時だ。
俺は影の中から身を乗り出して投げナイフを構える。
これにはすっかり慣れてしまった。
左足を突き出して、頭辺りに右手を振り上げ、室内の暗さに慣れた目で標的に狙いを定める。
カルドリーと呼ばれた長身の男の後頭部。距離は7mちょっと。動かない今がチャンスだ!
「い……いねーだと!? クソッ! ライトが置いてあるだけだッ! あいつにはめられた!」
「――しッ!」
思い切り右足で地面を蹴って僅かに浮かせて、その力を腕力と一緒に"捏ね"てぶん投げた。
気持ちのよい音を立ててナイフが回転していく。
俺のもてる力を一通り込めて投擲したそれが綺麗に飛んでいる――。
投げた余韻に浸れるのは一瞬だけだ。
「ひゃはははっ! だっせー!! 見事に騙されてやんがっ!?」
あっちで悲鳴がもれた。多分当たった。
俺の眼の中で長身の輪郭がもがきなら崩れる。
二本目のナイフをホルダーから抜く。
影から別の影へと屈みながら飛び込んで、最後に殺す奴の元へ向かう。
「カルドリー!! どうした!? どうしちまったんだ!?」
「はっ、がっ、ハノットスッ…うし…がっ、がっ、ががが……ひゅふっ……」
「カルドリー!! おい、おい!! 大丈夫なのかよ!? カルドリー……カルドリー!! なんとかいえよぉ!?」
ライトを手にした散弾銃野郎が動いた。
俺を探す事なんかよりも、大事な仲間を気遣う方がよっぽど大事なようだ。
――ああ、こいつら素人だ。
泣きそうな声でナイフの刺さった奴に向かっていくそいつを見てそう思った。
俺だったらそんなこともせず絶対に周囲を探す。
単純なことだ。仲間がやられた、そうなると次に狙われるのは間違いなく自分だ。
でもそいつは今、何をしている?
自分の持っている武器も、ここに何をしにきたかも、そして自分が狙われていることすら頭の中からすっぽ抜けている。
「あっ……ああああああ……!?」
散弾銃男がライトを落とした。
落ちたライトがぐるりと回って、光が一瞬こちらをかすめた。
一歩踏み出し、床を蹴りながら距離をつめる。
「カルドリー……カルドリー……そんなぁぁぁぁ……!」
一歩、銃を落としてそいつが嘆く。
もう一歩。仲間の死にそいつが崩れた。
更にもう一歩。
「畜生ォォォォォォーーーッ!! 化け物が!! クソッタレの化け物が! よくも俺の親友を――」
散弾銃を落としたただの薄汚い男が叫んだ。俺に背中を向けたままで。
右手にナイフを逆手に握って、左手でとんとんとそいつの背中を叩いた。
はっと立ち上がって振り向いてくれた。
あの忌まわしい男の顔が至近距離で見えた。驚きと怯えと怒りが交じった複雑な表情だ。
俺は獰猛な獣になったつもりで、
「――がおっ!!」
「うっ、うわああばばばばばふぅっ……!」
下手糞な動物の声真似をしながら、振り返った男の肩を左手で引っ張り、裸の喉を爪のようにナイフで引っかいた。
突き立てて、引っ張る。お世辞にも鋭いとは言えない刃でざっくり切れる。
「良く聞け。俺は化け物じゃない。俺は人間だ。てめえに借りを返しに来てやったぜ」
果たしてそいつに意識があるかどうか、NPCとしての機能が働いているか。
まあどうであれ、そう耳元に顔を近づけてそう伝えた。
ナイフを首の中で思いきり捻って抜いてやると、仕留めた獲物が喉を抑えて……ぐらりと倒れる。
【XP+200】
【近接武器スキル1増加】
【投擲スキル2増加】
二人やった、ついでに投擲が2も上がったようだ。
多分難易度の高い事を成し遂げたからだろう。
さあ、楽しい収穫タイムだ。
死体漁りを始めた。面倒なので緑色の文字は手で払って消さなかった。
◇
黒いダッフルバッグを肩から提げながら図書館の中の探索を始める事にした。
当然このバッグは"もらい物"だ。
中には散弾銃の弾や食べ物などで一杯。仕返しも出来て一石二鳥、大いに幸せだ。
スリングつきの散弾銃もしっかり頂いた。
よほど手入れをきちんとしていたのか、状態の良い散弾銃――【水平二連散弾銃】を手に入れることが出来たのだからツイている。
散弾銃男のバッグの中に入っていたチョコバー(言うまでも無くMREに入っているものである)を齧りながらてくてく前へ進んでいく。
カウンターを通り過ぎれば、すぐに本で一杯の棚がずらりと並んだ素晴らしい光景が目に入った。
……但しその殆どが真っ黒こげだ。
入ってすぐの場所にあったファンタジー系小説の棚は全滅で、その裏側も木炭のようだ。
ここに来た理由は単純なものである。
本だ。スキルを上げて、レシピを覚えるための本がある……と思ったんだけどこの有様じゃ期待はできない。
奥にいけばDVDが置いてある棚もあった。
但しパッケージごとボロボロになっているし所詮は図書館においてるものだ。
ここにRに18がつくようなものはないだろうし、サメが空を飛んで人を襲うようなB級映画は絶対にない。
仕方が無いので可能な限り回収できそうなものは探そう。
肩につけていたライトのスイッチを入れて照らした。
良く目を凝らすと無事な本の存在がまばらに棚に挟まっているようだ。
手近なところに手を伸ばすと【お子様と遊ぶ弓術】という本を発見。
俺には子供なんていないし弓なんて全く詳しくないけど、とりあえず取っておこう。ダッフルバッグに詰め込んだ。
【護身格闘技-暗殺編-】【サバイバルの初歩技術-血を啜ってでも-】と書かれた本を発見。
ちょっと待ってほしい、ここって図書館だったよな?
この図書館での在り方を色々な疑問を感じさせるタイトルだけど無いよりある方がはるかにいい。ダッフルバッグ行き。
【週刊裁縫オタクの読本】【素晴らしきDIY生活】【自動車整備初心者への本】というのもあった。
こういったタイトルはまだ理解できるけど、護身術の本なのに暗殺というのはいかがなものだろうか。これもお持ち帰る。
【彼女に試すプロレス技~R18ぎりぎり編!~】お前に至っては一体何なんだよ。でも一応持ち帰ることに。
……あれやこれやと本をひたすら詰め込んだ。
ダッフルバッグが一杯になって、背負っていたバックパックを下ろして詰め込んでまでかき集める。
PDAの画面を見ると『積載量ギリギリです』と書いてある幸せな状態だ。
歩いてみると確かに重かったけども、まだまだ普通に動けるレベルだ。
【筋肉質な足腰】という称号を収得して正解だった。
さあ、危険になる前にさっさとシェルターに帰ろうか。
ずっしり重くなった荷物をもって帰路についた。
あとは拠点に戻って、本を読みながらのんびり過ごすだけだ。
がちゃがちゃ音を立てながら入り口へと向かうと外がすっかり暗くなっていた。頑張りすぎたみたいだ。
肩のフラッシュライトを入り口に向けながら踏み込もうとすると――。
*グルルルル……!*
正面から犬のような鳴き声が此方に届く。
聞き覚えがある、というか良く考えてみれば俺の良く知っている泣き声だった。
俺は一旦荷物を下ろして担いでいた散弾銃を真っ直ぐ構えた。
ストックに肩を当てて頬を横から当てながら向けると――横から白黒の毛むくじゃらの何かが姿を現す。
それはゲームではドッグマンと呼ばれてたミュータントだ。
未知の病原菌に感染した動物の成れの果て、シベリアンハスキーのような体毛に二足歩行の姿勢に、爪は小さなナイフのように鋭く伸びている。
2mはあろう巨体は夜の空気を吸って元気にみなぎっている。
可愛くない獰猛な顔に杭のように伸びた牙が凶暴性を表現してるようだ。
忘れもしない。大分前、夜に外をうろついていたらこいつに追われて首を齧られたのだ。
甘噛みなんかじゃなくて獲物を喰らう類のそれだった。お陰で死亡記念が一つ増えて、犬が大嫌いになった。
「よう、あの時は世話になったな。」
言葉を投げかけてみた。
同時に散弾銃の撃鉄を起こした。
ぐるるると唸り声で返されるだけで会話は成立しない。
挑発とでも受け取ったんだろうか? ドッグマンは爪を振り上げて飛び掛ってきた。
動きが単純で良く分かる。
焦らず構えていた散弾銃の引き金に指を添えて、ぐっと力を込めて引き。
*ダァンッ!!*
すごい衝撃が走る――思わず銃を落としそうになるものの、犬の化け物は散弾を受けて派手に吹き飛んだ。
構えたまま近づく。
まだビクビクと動いている。念のためもう一度散弾銃を構えて顔面をポイント。
ドッグマンは人間じゃない顔を歪ませて俺を見ている。恨んでいるのか、命乞いをしているのか。
どちらにせよ――向かう先は同じだ。
*ダァンッ!!*
爆発音が響いた。銃口の先にあった化け物の頭がどうなるかは考えるまでも無い。
【XP+200】
トドメを刺した俺は置いた荷物を背負って、また次の脅威が来る前にその場を離れた。
拠点に戻ったらまず、この銃の使い方を調べないと。
……ああそうだ。
帰る直前ふと思い出して、ドッグマンの死体に近づいて【解体】を押した。
◇




